HOME > 全文掲載 > 優生:2019(日本)

優生手術問題:活路と展望(4)――5・28仙台判決に結集しよう!
「一時金新法」を超えて

山本 勝美 20190518

第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回

Tweet
last update:20200722


ひと握りの市民グループから

 「強制不妊手術に対する謝罪を求める」取り組みは、昨年の1月30日を境に、過ぐる21年間のひと握りの市民グループによる行動から、国を法廷に引き出すほどの強力な闘いへと飛躍した。その飛躍は、大きな波紋を描いて列島を縦断していった。
 今回は、各地に広がった国家賠償訴訟の提訴のうねりと訴訟の被告である政府の対応ぶり、国会の全会派を含み込んだ「優生手術(強制不妊手術)を受けた者に対する一時金の支給等に関する立法措置」の三つに関する経過とその結果を追求していこう。

日本弁護士連合会へ人権救済申し立て

 1996年、国内外の批判を受け、優生保護法は「不良な子孫の出生防止」のための優生条項を削除して、母体保護法へと改正された。
 翌1997年、「福祉国家」スウェーデンでも、強制不妊手術が実施されていたことが地元の日刊紙でサレンバ記者によって暴露され、日本でも大きく報道された。これを機に、優生保護法廃止に向けて取り組んできた仲間たちにより、「優生手術(=強制不妊手術)に対する謝罪を求める会」が結成され、強制不妊手術の実態解明と被害者に対する謝罪、公的補償を求める取り組みが始まった。
 その一環として1997年に「強制不妊手術被害者ホットライン」を実施した際に仙台で被害を訴え続けてこられた飯塚淳子さん(仮名)がこれに応じ、以後求める会と連携しつつ、ご自身で宮城県に対し、個人情報開示請求をされた。ところが、県当局は飯塚さんが優生手術を受けた昭和37年度の記録のみが見当たらないと回答してきた。飯塚さんはこの姑息な言い訳に怒り、以後「求める会」と共に国会議員への訴えや、母子保健課との交渉に参加していかれた。
 飯塚さんは、これらの取り組みのなかで、たまたま仙台弁護士会で実施中の市民電話相談に乗っておられていた中で、ご自分の強制不妊手術についても触れたところ、相談相手の新里宏二弁護士が、この件についてもっと詳細に話して下さいと対応し、法律事務所で仔細漏らさず説明を受けた。こうしてついに、今日の強制不妊手術の問題が大きな社会問題となる契機が生まれた。
 2015年6月23日、飯塚さんは新里弁護士の支援のもと、日本弁護士連合会(日弁連)へ「人権救済申し立て」を行い、同日、議員会館で開催されていた院内集会で飯塚さんから人権救済申し立ての報告がなされた。この集会は多くのメディアによって報道され、お茶の間の一般の人々関心をも呼ぶこととなった。並行して、被害を受けた5名からの訴えが「求める会」にあった。
 その一人、岩手県の片方司(かたがた・つかさ)さんは、優生保護法改正後の2003年になって、公立精神病院に入院中に、ご家族と医師によって「不妊手術を受けないと一生退院させない」と手術を強制され、不本意にも同意させられた。
 ところが、退院後、当時のパートナーとの間に子どもができたとき(結果的に流産した)、彼の兄夫婦は二度と子どもをつくらせまいと、今度はパートナーに対して強制不妊を断行した。このことに、片方さんは激しい怒りのうちに悶々として過ごしておられた。ちょうどその折に、飯塚さんの「救済申し立て」のニュースが流れ、「あっ、これは俺の問題と同じだ!」と。「岩手県のものです。私の実名は出してもいい!東京へも行く!」と求める会に連絡があった。
 また、直近の全国一斉相談でも障害者のカップルから、家族に不妊薬を強制されている、という相談が来ている。
 このように優生保護法第1条の優生学的原点の文語、強制(及び同意)不妊手術、対障害胎児施策など優生思想、及び同施策等の全てが削除され、母体保護法に改正されたものの、今日なお「障害者は産むべきでない」「産んでも育てられない」という優生思想と強制不妊の策謀が根を張っている現実が明らかになった。
 こうした現状にかんがみ、厚労省に対して、今後なお優生保護法の問題性、それを支えてきた国の責任を明らかにし、反省と今後のあるべき社会を目指して行く必要がある。

強制不妊手術、初の国家賠償訴訟

 さらに変革の波を高める動きがあった。
 まず、2016年にジュネーブで開かれた国連の女性差別撤廃委員会である。委員会の要請に対して、日本から三つの女性市民団体が代表をロビー活動に派遣した。その結果、日本政府に対して「すべての強制不妊手術の被害者に対して法的救済へのアクセスのための支援をするように」という、これまでにない強烈な勧告がなされた。
 勧告を受けた日本の国会質疑で、塩崎厚労大臣は「被害当事者の方に対して職員が積極的に対応します」との前向きな答弁がなされた。厚労大臣の答弁に沿って、厚労省子ども家庭局母子保健課は「求める会」との話し合いが設定され、飯塚さんが参加した。
 さらに、日弁連の専門委員会が、勧告を積極的に受け入れる集会を開いた。その半年後に、(同意を含めた)強制不妊手術の被害者25000人、及び障害があると推測された胎児の中絶をも含めた件数に対する優生学的な施策に関する完璧な意見書「旧優生保護法下における優生手術及び人工妊娠中絶等に対する補償立法措置に関する意見書」を作成し、厚労大臣に提出した。かくして飯塚さんの「人権救済」の訴えに対して、日弁連としての国に対する訴えがなされた。
 さて、飯塚さんのニュースを見て行動を起こしたもうひとりの人がいた。新里弁護士の事務所を訪ねてきたのだ。新里弁護士ご自身が驚いた。その方が宮城県内の佐藤路子さん(仮名)である。義理の妹、由美さん(仮名)が15歳で強制不妊手術をされた心身の痛みに、結婚の入籍以来、耐え難く忍んでおられた。新里弁護士はすべてを理解し、路子さんは由美さんの個人情報開示を請求され、由美さんの台帳の情報を開示させた。
 弁護団は訴訟に関する最終検討に入った。その方針に対する壁は、民法に規定された「除斥期間」、法的な訴訟は問題の発生後20年以内という「時効」、タイムリミットがある。これに対して、弁護団は旧法(優生保護法)改正の1996年以降、補償に関わる施策の不作為に言及した、2004年の坂口厚労大臣(当時)の国会答弁から起算すべきという見解に立った。その上で、憲法第13条「個人の幸福追求権」違反の国家賠償訴訟として準備を進めた。

仙台から全国へ

 2018年1月30日、佐藤由美さんの仙台地裁への提訴がなされた記録の内容は、ほんの2、3行、しかも由美さんの診断名が「先天性精神薄弱」と記されていた。ところが、生後所持していた厚生省発行の療育手帳には、乳児期に行った口蓋破裂手術の麻酔の後遺症として「非遺伝性の精神薄弱」という、虚偽記述の人権侵害まである。
 路子さんは、国は障害者とその家族が安心して暮らせる世の中になるような法律をこそ作るべきであるとして、義妹の由美さんをサポートして国家賠償訴訟を提訴した。事前に特定メディアによる報道がなされたこともあり、当日までに国内のメディアがこぞって仙台地裁前に集合して、報道陣の黒山が築かれた。
 飯塚さんの投げた石は、全国に大きな波紋を広げていった。メディアたちが自分たちの社会的使命感に突き動かされながら、競って活動しているのがひしと伝わってきた。久しく舞台裏で準備されていたが、まさしく今、隠していた歴史的テーマの幕が切って落とされた――そんな状況を感じさせる程に一挙に並ならぬ緊迫感と活動力が溢れ出てきた。
 東京の北三郎さん(仮名)は、16歳のとき、仙台の入所施設で施設職員によって組織ぐるみで、同施設の2人と共に強制不妊手術を受けさせられた。その後、東京に転居され、仕事先の知人の紹介で結婚された。しかし、ご自身が受けた手術について告白できず、長年胸の内で悩み続けていた。
 その間、配偶者には、親族、知人から「赤ちゃんはまだ?」との問いかけがあり、また他人の赤ちゃんをあやしている姿を見守り続ける苦悩に耐え切れなかった、と今に至ってようやく告白する時を見出しておられた。
 ただ、5年ほど前に、配偶者が白血病で亡くなる数日前、病床にある彼女に泣いてお詫びしたとのことだった。――そのような永い苦悩の過去を抱えて悩んでいたが、新聞で仙台の訴訟を知り、直ぐに新里弁護士に電話し、裁判の日に仙台で会われた。

全国優生保護法被害弁護団の結成

 被害者の連帯の輪が確実に広がり始め、提訴する方々が各地に現れた。このような動きから、新里弁護士と各地の弁護士が連絡を取り合い、昨年(2018年)5月27日に全国優生保護法被害弁護団が結成された。またこの間も「優生保護問題全国ホットライン」による相談受付が繰り返され、現在、北海道、宮城、東京、静岡、大阪、兵庫、熊本の各地裁で訴訟が取り組まれている。被害者の提訴は現在20名を数えるに至る(2019年5月10日現在)。

優生保護法被害者・家族の会の結成

 昨年12月4日、参議院議員会館で全国の被害者・家族が一堂に会し、自分たちの自立した組織を作ろうとの趣旨で「優生保護法被害者・家族の会」結成集会が持たれた。
 被害者の方々は、ある意味で「求める会」に、また各地で裁判が始まってからは「全国弁護団」及び各地の弁護団に支援されて活動してきた。支援者に支えられてきたが、当事者の意思を、いっそう明らかにすべき状況が意外と早く迫っているという弁護団の判断から、このような自立的な組織が求められた。
 それは一にも二にも被害者に対する「救済立法」の動きが早まってきたことにある。国に謝罪と補償を求める当事者の声がなければ「第三者」の動きに翻弄されかねないという状況判断があった。当事者として、自分たちはいったい何を国に求めて提訴に踏み切ったのか、が問われる局面が近づいてきたのである。
 集会では、小島喜久夫さん(北海道)、飯塚淳子さん、佐藤路子さん(宮城)、北三郎さん(東京)、小林宝二さん、喜美子さん御夫妻、高尾辰夫さん、奈美恵さん御夫妻(兵庫)など8名が一人ひとり自らの意思、心境などを発言された。最後に、会の代表として飯塚淳子さんと北三郎さんが承認された。

両議員連盟、統一法案提出へ

 12月10日、与党議員連盟ワーキング・チーム(WT)と超党派議員連盟プロジェクト・チーム(PT)が合同で「旧優生保護法に基づく優生手術を受けたものに対する一時金の支給等に関する立法措置について(基本方針案)」を作成し、超党派議員連盟PTの公開討議の場で公表された。
 会場からは、前文(1)「我々は真摯に反省し……おわびする」、(3)「国として……」とあるが、「我々」と「国」は同一なのか、また「国」とは何を指すのか、との質問が出された。これに対して、福島議員から「国」とは「行政府と立法府の両方を意味する」。また「我々」は同じ意味だが、もっと多様な意味を含む、という回答がなされた。30分が過ぎて、司会の尾辻会長が、急遽、閉会宣言をして公開討議は終了した。
 メディアによれば、当日その後直ちに与党議員連盟WTとの合同会議で、両議連の協議の末、統一法案として承認されたということだった。年末国会の時間の制約を背景に、拙速な協議の末、統一法案として採択された感が否めない。
 最大の問題点は、お詫びの主語である「我々」とは具体的に誰なのか?という疑問が残されたままであり、翌日の報道も多くが同様な指摘をしている。
 どのような立場の人が見ても、この問題の大きさは一目瞭然である。それを承知で、両議連のチームが一致した背景には、与党側の、目下係争中の被告=政府に対する配慮がある。裁判では、政府は謝罪する必要がない、との姿勢で一貫している。
 旧優生保護法は議員立法で、1948年の国会で全会一致で採択された。政府はそれを行政府として実施したまでである、との弁解で通す構えである。しかし、幾多の通知文、とりわけ後世において批判の対象になっている「優生保護法の施行について」(昭和28年厚生省発第130号厚生事務次官通知)の発信者としての責任をどのように考えるのか、また被害者の様々な苦悩の人生に対する責任をどのように考えているのか、などへの説明はなし得ていない。
 他方、超党派議連によって妥協案として、前文の(3)に挿入された「国として……」のくだりにたいしては、「我々」とどのように調整するのか?調整の不十分な立法に関する責任は?等々、批判の対象にされるだろう。
 なお、両議連、特に与党議員連盟WTの視点には評価すべき点があるので、特記しておきたい。
1)被害者であるかどうかの認定に関して、当時の審査会の書類は必ずしも必須としない。本人及び家族、その他の関係者の証言、その他の機関の関係書類、医師の診察、その他の証拠、証言、等による立鉦が可能な事例で代え得る。
2)当時の「同意」には信頼性に疑義があるので、当事者が同意したか否かは問わない、等、被害者の認定範囲を可能な限り広げている。なお、「求める会」は両議連からヒアリングを行った。超党派議連PT、代表2名のみ。これに対して、与党議員連盟WTには特に人数制限なく、5名が出席した。

今後に残された検討課題

1.両議連の統一法案に対して、とくに「我々」に代わる主語の明確化(立法府及び行政府)を求める。
2.被害当事者のプライバシーには十分に配慮しつつ、なお地域に埋もれた当事者に対する働きかけにベストを尽くす。
3.謝罪については、お金よりも先ず心の傷に対しては心で応える、という原則を貫いていただきたい。
4.最終的に、一時金が320万円に固定された。同様の強制不妊手術に対する補償額をスウェーデンの補償額から換算したとされる。しかし、高度の社会保障制度が確立した北欧の例から無前提にスライドさせた金額を基準にすることは方法として無理がないか?日本のように、裁判に賭けている人生の重みの金額換算との格差に一桁開きがあるという比較モデルもない。
5.旧優生保護法の改正後になお発生した強制不妊手術事例に対する対策が排除されているが、片方さんほか、直近の訴えが届いている。厚生労働省、国会共に、旧法の批判的総括を行ない、今後の事例発生をなくする態勢作りに努めていただきたい(次回、詳述する)。

付記――国賠訴訟の、いや自己決定権の勝利!

 2019年3月に入って、急に状況があわただしくなった。上記「基本法案」の政治日程が具体化してきた。4月、いよいよ衆議院の厚生労働委員会、本会議、参議院の厚生労働委員会、本会議、と進んでいく。
 以下では、両議員団、障害者団体、全国弁護団、被害者・家族の会、求める会の動きをお伝えする。主な催しの期日と主催団体名、各団体の代表的な声明文、意見書を掲載する。

◆3月5日
院内集会「旧優生保護法下における強制不妊手術に関するJDFフォーラム」日本障害フォーラム・全国優生保護法被害弁護団
 各主催団体、与党WT、野党PT、当事者・家族の会(主なメンバー5名の発言)、弁護団(多数)の発言、最後にアピール(但しこの段階では賛否不明瞭)。

◆3月14日
 超党派議員連盟の総会で法律案を公表。その後、与党WTと法律案を協議し合意。合同案として記者会見。

◆3月14日
 全国優生保護法被害弁護団、被害者・家族の会、優生手術に対する謝罪を求める会が記者会見。合同案に対して批判的見解を表明。
◇全国優生保護法被害弁護団
「議会として、ここまでの成果を作成されたことは評価される。ただし、弁護団としては更なる改訂を求めていく」
◇被害者・家族の会
「このままでは認められない」

◆4月9日
 優生手術に対する謝罪を求める会が法案に対する意見を発表。

◆4月24日
 参議院本会議で最終的に法案が採決されたあと、衆議院議員会館多目的ホールで、優生保護法被害弁護団、被害者・家族の会、優生手術に対する謝罪を求める会日本障害フォーラム(JDF)が抗議集会を開く。

優生 2019(日本)声明―― 一時金支給法成立に対する声明・記者会見

◆5月28日
 仙台地裁にて、優生保護法による強制不妊手術に対する国家賠償訴訟の初判決。個人の尊厳や自己決定権の侵害、国の不作為の認定に対する判断が注目される。

資料

1)官報「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」全文(PDF)
 https://www.mhlw.go.jp/content/11908000/000504837.pdf
◆前文
 昭和二十三年制定の旧優生保護法に基づき、 あるいは旧優生保護法の存在を背景として、 多くの方々が、特定の疾病や障害を有すること等を理由に、平成八年に旧優生保護法に定められていた優生手術に関する規定が削除されるまでの間において生殖を不能にする手術又は放射線の照射を受けることを強いられ、心身に多大な苦痛を受けてきた。
 このことに対して、我々は、それぞれの立場において、真摯に反省し、心から深くおわびする。
 今後、これらの方々の名誉と尊厳が重んぜられるとともに、このような事態を二度と繰り返すことのないよう、全ての国民が疾病や障害の有無によって分け隔てられることなく相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に向けて、努力を尽くす決意を 新たにするものである。
 ここに、国がこの問題に誠実に対応していく立場にあることを深く自覚し、この法律を制定する。

2)優生保護法被害弁護団
 http://yuseibengo.wpblog.jp/


*作成:北村 健太郎
UP:20190521 REV:20190526, 20200411, 0618, 0722
優生学・優生思想  ◇不妊手術/断種  ◇優生:2019(日本)  ◇病者障害者運動史研究  ◇全文掲載

TOP HOME (http://www.arsvi.com)