現在、私は、株式会社図書館流通センターの子会社である株式会社図書館総合研究所に勤務し、LibrariE & TRC-DLという、主に公共図書館向けに配信する電子図書館のアクセシビリティに関する業務を担当しています。この度、神奈川県ライトセンターの職員さんから、「ちょっと変わった経歴で、珍しい仕事をしているようなので、その当たりの話を聞かせてほしい」とのお話をいただきましたので、私がどうしてこのような仕事をするようになったかの経緯を紹介させていただきたいと思います。
私は、1968年に岐阜県で、いわゆる健常児として生まれ、小学1年のときにスティーブンス・ジョンソン症候群という病気をして視覚障害をもつことになりました。そして、小学4年のときに盲学校に転校し、マッサージ・鍼灸の資格を取って病院のリハビリなどに勤務してきました。私が大学受験をしたのは、2001年、33歳のときでした。1999年に高知システム開発のMyReadというOCRソフトを購入したところ、たくさんの誤認識はありましたが、墨字の本をその場で読むことができました。これを使いこなせば、授業で配布される資料もすぐに読むことができるだろうと思って大学にいこうと考えました。そして、大学のHPの受験案内のページに、点字受験を受け付ける旨の記載があった花園大学を受験し、入学しました。
そして、大学入学後、勉強をしたり調べ事をすることが楽しくなってしまった私は、立岩真也という先生の指導を受けたくて、2006年に立命館大学の先端総合学術研究科という大学院に進学しました。大学院では医療社会学、具体的には、中途失明した方が視力回復を目的とした手術を繰り返し受けたり、先端医療といわれる治療法を試したりする自己決定がどのように作られていくかを調べていました。こういったことを調べるには、社会学や医学の論文をたくさん読まなければならず、視覚障害がある私には、大変な苦労を伴うものでした。
この間、私の使用文字は、視力低下の程度と支援技術の開発に伴って、拡大文字、点字、オープンリール、カセットテープ、DAISY、PCやスマホ、OCR、電子書籍というように、次々と変わってきました。私は本を読むことが好きでしたので、本を読むことができるのであれば媒体にはこだわらず、使えるものは何でも使ってきました。たぶん、視覚障害者が利用できる媒体は、一通り使用してきたと思います。
しかし、大学院に進学してからの私は、漢字仮名交じり文をPCのスクリーン・リーダーで読み書きすることが大半になり、点訳や音訳は全くというほど利用しなくなりました。理由は、大きく二つあります。一つ目は、調べたことを論文にまとめて発表するときには、視覚的な文字、つまり、漢字仮名交じりの墨字で書くことになるからです。多くの学会誌などには投稿規定が定められており、文字数や行数、フォント、記号の種類までも細かく規定されています。それに従った表記でなければ、受理されません。そして、大半の学会誌の投稿規定に点字についての規定はありません。ということは、点字で執筆した論文を投稿しても受理さえされないのです。これが、点字使用者に対する不当な差別的取り扱いに該当するのかはわかりません。しかし、点字原稿を受理するように投稿規定を改めるように交渉するところから始めるのは大変すぎます。また、投稿する学会誌は一誌ではありません。そこで、たいていの視覚障害学生は、点字使用者であってもPCで墨字で執筆して投稿することになります。そして、私も同様の選択をしました。
もう一つは、正確な文字表記を確認する必要があるからです。論文を執筆するには、他の研究者が発表したたくさんの論文を調べて書きます。そして、他の研究者の論文を参照し、引用するときには、大げさにいえば一字一句違わないように正確に記さなければなりません。点訳や音訳で資料を読む場合、これが大きな問題になります。つまり、墨字では、同じ単語でも文章の雰囲気などによって漢字で表記するか仮名で表記するかを使い分けるということがあると思います。点訳や音訳で資料を読んだ場合、自分がその資料を引用するときには文字表記を推測することになります。そうするとおのずと推測した文字表記が間違っているということが起こりえます。掲載に際して審査がない場合は、それでもよいかもしれませんが、査読といって審査がある学会誌の場合は、こうした表記間違いも認められません。論文は審査を通過したものの方が高く評価されますので、特に大学院生は審査を通過した論文を書くことを目標にします。ですので、資料を読む際には、常に正確な文字表記を確認できる状態にしておくことが大切になります。
このように、大学や大学院に在籍する視覚障害者にとっては、資料は読むことができればいいというのではなく、その資料を使って漢字仮名交じり文で自分が執筆するというところまで考えておかなければなりません。そこで、大学院に進学した私は、インターネットで点訳ボランティア団体を検索し、テキストデータ化という作業を説明して依頼するということを繰り返しました。また、同じ大学院に在籍する院生たちにもテキストデータ化の作業を引き受けてもらいました。作業を引き受けていただける方が徐々に増えていったのはありがたいのですが、私は、新たに作業を引き受けてくださる方が見つかる度に作業手順を説明しなければならず、テキストデータ化していただいた文献を読む時間を取りにくいという本末転倒な状況になっていきました。
そこで、テキストデータ化の作業を手伝ってくれるようになっていた立命館大学障害学生支援室と協力し、同じ研究科の院生と共にテキストデータ化のマニュアルを作成しました。また、立命館大学障害学生支援室にテキストデータ化のための予算を確保していただくために、テキストデータ化の作業に要する金額を試算して論文として発表するということもしてきました。テキストデータ化は、作業自体はPCのごく基本的な操作をできる人であれば誰にでもできますが、大変な労力と時間を要します。ですので、金額に換算すると、立命館大学障害学生支援室の予算を圧迫するほどになっていきました。そこで、2010年ころから日本でも普及してきた電子書籍や電子図書館がスクリーン・リーダーで読み上げ可能になれば、テキストデータ化しなければならない本を減らすことができると考え、電子書籍と電子図書館のアクセシビリティについて調べるようになりました。
私が大学院に進学してもともと調べたかったのは、医療社会学分野のことです。あくまで情報アクセシビリティについては、テキストデータ化の作業をする人を養成したり、大学の予算を確保したりなど、医療社会学分野の資料を読むためにやむを得ず調べてきたことであり、私にとっては副業でした。そして、大学院を修了するに当たって就職活動をすることになります。しかし、自分の関心の中心である医療社会学分野では全く採用されませんでした。採用が決まったのは、電子図書館のアクセシビリティに対する取り組みを始めていた現在の職場であり、私にとっては副業として取り組んできた分野の仕事でした。今でも医療社会学に未練がないわけではありませんが、私は何年も大学院生をしていましたので蓄えがなくなり、、、収入を得ることを考えなければならなくなっていました。ですので、即決で今の職場に入社しました。
近年では、様々な支援技術の開発によって、視覚障害を気にすることなく、それなりに便利にいろいろなことができるようになってきたと思います。ですが、支援技術を使用するには、視覚障害者にある程度のICTスキルが求められる場面もあります。それは新たな障壁ができたという面もありますが、ある程度のスキルを身につければ利便性が増すわけですので、頑張ってみてもいいのではないでしょうか。また、同時に、商品の開発者は、高度なICTスキルを要しなくても利用できる開発に注意しなければなりません。この両者が折り合う地点をどの辺りに定めるかには、視覚障害者自身が強く関わっていかないと、便利なものはできないと思います。私は、自分が本を読むことに苦労してきたということもあって、できるだけ不便なく誰もが本を読むことができる環境を作れればと思って、現在の仕事をしています。