HOME > 全文掲載 > 出生前診断(Prenatal Testing)

「新型出生前診断(NIPT)の拡大実施に反対する意見書」

グループ生殖医療と差別 20190313

Tweet
last update:20190318

2019年3月13日

日本産科婦人科学会理事長 藤井 知行 殿
日本産科婦人科学会倫理委員会委員長 苛原 稔 殿

グループ生殖医療と差別
(旧「優生思想を問うネットワーク」)
〒556-0005 大阪市浪速区日本橋5-15-2-110
女性のための街かど相談室ここ・からサロン気付


 貴学会理事会では、今年3月2日、新たに「母体血を用いた出生前遺伝学的検査(NIPT)に関する指針(案)」(以下、「新指針案」)を承認し、従来の「臨床研究」という位置付けを変更し、施設要件を大幅に緩和してNIPT実施医療機関を一気に増やす方針を決定したとのことです。
 私たちは貴会に対して、これまで何度も意見書 1 を送付し、本検査の実施に反対である旨を述べてきました。今回、本検査の実施が拡大され一般診療として行われるようになれば、これまで以上に、障害や病をもつ人々は生まれるべきではないという風潮が強まり、障害や病とともに地域の中で当たり前に暮らしていくことや、女性(カップル)たちが子どもを安心して産み育てることがより困難になるのは明らかです。
 本検査の拡大実施に強く反対するとともに、改めて、出生前診断の是非やそのあり方についての幅広い議論を行うことを要望します。


1.NIPTの急速な拡大は、障害胎児の出生排除、障害者の生命の否定を押し進めます
 今回の「新指針案」では、「基幹施設」に加えて「連携施設」を新設するとしています。「連携施設」は、これまで施設認可の要件としていた小児科医師の常勤、臨床遺伝専門医の資格、遺伝専門外来設置も不要とし、研修を受けた産婦人科医師が常勤しているだけでよいことから、市中の産婦人科医院などでも実施できるようになり、NIPTは急速に普及すると予想されます。
 「新指針案」の中でも、「簡便さを理由にNIPTが広く普及すると、染色体数的異常胎児の出生の排除、さらには、染色体数的異常を有する者の生命の否定へとつながりかねないと懸念されている」(「新指針案」[1]はじめに)と述べていますが、その「懸念」が現実のものになるのは火を見るより明らかです。
 NIPTは、ダウン症などの多様な染色体をもつ存在を、誕生の段階で「ふるい分けてもよい対象」とみなすことであり、その一般医療化はそのような行為を通常の医療の中で実施するということです。
 しかしながら、多くのダウン症のある人達は、地域の学校に通い就労もするなど様々な社会活動を担っておられます。厚生労働省の研究班による調査でも、ダウン症のある人の9割以上が「毎日の生活が楽しい」と感じており、周囲との人間関係にも満足していることが明らかになっています。2 2014年には「障害者権利条約」が批准され、2016年4月には「障害者差別解消法」が施行された現在、必要なのは、障害のある子が生まれないための技術の普及ではなく、彼らの安全な出産と育児を保障する医療・保健体制と、あたり前に地域の中で育ち暮らしていくことを支援する福祉・教育の充実です。


2.「連携施設」の公認は、非認可施設の問題をさらに拡大します
 今回の指針改定の主要な理由として、非認可施設での検査実施によって、事前に「適切で十分な遺伝カウンセリングを受けることなく」検査を受けている妊婦が増加していることを挙げ、「全国の妊婦がその希望に応じて適切な遺伝カウンセリングに接することができ、適切な情報を得たうえでNIPT受検の可否を判断できる環境を整える」(「新指針案」[2]検討の経過)ために実施施設拡大を行うとしています。
 しかしながら、連携施設を増やすことで、現状が改善に向かうとは到底考えられません。
 特に、連携施設での検査施行前後のカウンセリングは、「NIPTに関する説明および情報提供とそれに対する妊婦の同意をもって、遺伝カウンセリングに代えることが可能」(「新指針案」[5]−2 NIPTを行う施設が備えるべき要件)とするなど、不十分でもよいとしています。検査実施前後には、多様な染色体をもつ子どもが生まれる意味、多様な染色体を持って生まれた子どもの成長過程や家族の実情、経済面も含めた社会的支援等についても丁寧に伝え、妊婦らの不安な気持ちを受けとめて、検査を受けないという選択肢も含めて、納得した選択ができるよう援助する必要があるはずですが、連携施設には、そのようなサポートは期待されていません。これでは、連携施設も非認可施設とほぼ同水準といわざるをえません。このような連携施設の増加は、むしろ、現在の混乱をより拡大させるのではないかと考えられます。
 非認可施設の増加を問題視する日産婦が、「検査の説明および情報提供とそれに対する妊婦の同意」だけという簡略な手続きで検査が可能な「連携施設」を公認し、全国に増やすのは本末転倒です。


3.妊婦の不安を払拭したい思いは、「規制できない」というけれど〜妊婦の不安を払拭するのは、安心して産み育てることのできる支援体制の充実です
 また、実施施設を拡大しNIPTへのアクセスを容易にする理由のひとつに、妊婦のニーズがあげられています。曰く「さまざまな不安に苛まれる妊婦が、妊娠の結果を予測しうるあらゆる情報を、可能なかぎり入手したいという考えをもつことは必然」であり、「簡便、無侵襲、高精度であることから、実際にNIPTを受けることを希望する妊婦は少なくないものとみられる。少子化、妊婦の高年齢化が進行する現代において、…妊娠にまつわるさまざまな不安を少しでも払拭したいと希望する妊婦の切実な思いは尊重されなければならず、一概に規制することはできない」(「新指針案」[4]NIPTに対する基本的考え方)としています。
 現在、NIPTの主な対象と目されている高齢妊婦たちは、「妊娠適齢期」や「卵子の老化」、「高齢出産による胎児のリスク」等の報道が氾濫するなか、妊娠・出産という行為自体に大きな不安を抱かされています。さらには、経済的にやっていけるか、うまく子育てができるか、育児と仕事は両立できるか、保育所には入れるかといった出産・育児をめぐる様々な心配も山積しています。このような社会的困難を背景に生み出される不安は、時として、胎児の障害に対する不安にすりかえられ肥大化してしまうことも多いのではないでしょうか。
 また、障害児やその家族へのサポート体制も十分とは言えず、いまだに根強い障害や遺伝病への差別・偏見も存在します。その一方で、障害のある人達が地域の学校に通い、家族や周囲の人達と豊かな人間関係を築きながら、様々な社会活動を担っているという事実は、なかなか伝わっていません。そのような中で、「手軽で母子に安全な検査がある」と提示されれば、多くの妊婦、特に高齢妊婦たちは、NIPTを受けてみようかと思わざるを得ない。そして、障害の可能性が示された場合には、その子を安心して産み、育てる道筋を見出せずに中絶に至ることも多いのではないでしょうか。
 このように、出産・育児全般の劣悪な環境、障害児やその家族へのサポート体制の不備、いまだに根強い障害や遺伝病への差別・偏見が、障害の有無を早期に知り、障害をもつ子の出生を回避すべきという強い圧力となって、女性やカップルの選択を方向づけています。
このNIPTが、一般の産婦人科医院で提供されるようになり、さらには、妊婦検診に組み込まれるようになれば、「誰もが受けるのが当然の検査」、「受けない選択がしにくい検査」になっていきます。
 しかしながら、出生前診断の後に選別的中絶を行った結果、その事実をずっと心の奥底に重荷として抱え続けている女性がいます。産まれた子どもを前にして、出産前に検査を受けたことや検査を受けるかどうか迷ったことに対して自責の念を感じる女性もいます。NIPTは、より多くの女性に提供される可能性が高く、その分、より多くの葛藤や苦悩を生み出します。
 妊婦の不安を本当に払拭するには、女性本人に障害があろうとなかろうと、高齢妊娠であろうとなかろうと、また、生まれてくる子どもに障害があろうとなかろうと、安心して産み育てることのできるよう支援体制を充実させることです。

4.「連携施設」によるNIPTの普及は、出生前診断の商業化を進めます
 今回、貴会が、他学会の賛同も得られない中で、強力に施設拡大を目指す背景には、開業産婦人科医等からの強い要望があると言われています。
日本産婦人科医会は、NIPT開始当初から、「施設の強い限定ではない、遺伝カウンセリング体制の整備などの厳しすぎる条件ではない適切な方法」での実施や「本検査は、出生前診断の常として、人工妊娠中絶に係わる説明も必要になることから…遺伝カウンセリングにかかわる医療者チームに母体保護法指定医である産婦人科専門医を加えること」 3 を要望していました。今回の「新指針案」は、まさにこれらの要望を実現したといえる内容です。
 しかしながら、NIPTは妊婦から採血して検査会社に出すだけで大きな利益が得られることに鑑みれば、「連携施設」の産婦人科医によるカウンセリングで、「検査を受けない」という選択肢も選べるような説明や情報提供がなされるのかどうか、疑問を持たざるをえません。さらには、多くの妊婦に受検を勧めるために、過剰な不安を抱かせるような宣伝もされるかもしれません。NIPTが多くの産婦人科医院で実施されるようになれば、同時に、検査会社の売り込みも激しくなり、出生前診断が商業ベースで拡大するのではないかと懸念します。

5. WebサイトやBabyプラスアプリでの、「アンケートによる意見公募」は中止せよ
 現在、貴学会のWebサイトやBabyプラスアプリで、アンケート方式による「NIPT実施施設の改定案についての意見公募」が実施されています。しかし、NIPTがはらむ倫理的・社会的問題についての説明が皆無であることに加えて、設問や選択肢が恣意的で、「新指針案」に賛成する意見が集まるよう作成されたのではないかとさえ思えるほどです。 4 しかも、「同じ画面を15分以上開いている場合、タイムアウト」であるとしており、深く考えずに選択することを求めています。
 このようなアンケートでは、市民の意見を公平に集めたとはいえません。
WebサイトやBabyプラスアプリでの、アンケートによる意見公募は、即刻中止してください。

6.「新指針案」提案にいたるまでの議論を公表し、NIPTの普及がもたらす倫理的問題について社会的論議を尽くすことを求めます
 報道によれば、貴会倫理委員会の中に設置された「NIPTに関する検討委員会」は3回開催されたものの、2019年1月に打ち切られたと伝えられています(『毎日新聞』 2019.3.3)。委員会に参加していた日本小児科学会、遺伝看護学会等が、「新指針案」発表後に、これに懸念を示す声明 5 を出していることからも、合意に至らなかったのは明らかです。とすれば、「新指針案」はどのような経緯を経て、発表されたのでしょうか。
 「NIPTに関する検討委員会」や倫理委員会、理事会等におけるNIPTをめぐる議論を詳細に公表し、貴会として、何をどのように検討したのかを明らかにして下さい。そして、NIPTの普及がもたらす倫理的・社会的問題について、検査の対象とされる障害者や実際に検査を受ける女性達を含めて、広範に論議を行うことを求めます。 




1 「新型出生前診断の臨床実施開始に対する意見書(2012年10月25日付)」、「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針(案)に対する意見(2013年1月21日付)」、「新型出生前診断の拡大実施に対する意見書(2018年3月8日付)」

2 健やか次世代育成総合研究事業「出生前診断における遺伝カウンセリング及び実施体制及び支援体制の在り方に関する研究」平成27年度研究報告書(研究代表者小西郁生、2016年3月)

3 「『母体血を用いた出生前遺伝学的検査に関する指針(案)』への検討要望事項」(日本産婦人科医会 2013年1月21日)

4 例えば、「このような詳しい遺伝情報を含む出生前診断についての最初の相談先として、下記の中で誰が適当と考えますか?」との設問に、産婦人科の専門医、小児科の専門医、遺伝の専門医、その他の医師、わからない、の中から一つを選ぶことを求めています。おそらく、多くの回答者が「最初の相談先」として産婦人科の専門医を選ぶと思われますが、それを根拠に「多くの人が、新指針案どおり、NIPT検査前の遺伝カウンセリングは産婦人科医のみが適切だと判断した」と主張するとすれば、あまりにも恣意的と言わざるをえません。

5 「母体血を用いた出生前遺伝学的検査(NIPT)新指針(案)に関する日本小児科学会の基本姿勢」(日本小児科学会 2019年3月5日)、「母体血を用いた出生前遺伝学的検査(NIPT)の指針改定に関して」(日本遺伝看護学会 2019年3月5日)


TOP
UP:20190318 REV:
産・生  ◇出生前診断(Prenatal Testing)  ◇遺伝相談(Genetic Counselling)  ◇全文掲載

TOP HOME (http://www.arsvi.com)