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「障害・職業・社会階層――2011年アイルランド国勢調査個票データの分析」

榊原 賢二郎 2018/11/17〜18 障害学会第15回大会報告一覧,於:クリエイト浜松

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last update: 20181101

キーワード:障害統計、社会階層、障害種別

報告要旨

本報告の目的は、ふつう障害とみなされている身体的条件と、その人が就いている職業の種類の関連を統計的に分析することである。それを通じて、障害者が被っている社会的不利益の程度を明らかにし、更に障害問題と社会階層問題とを架橋することを試みる。
 本報告では、IPUMS-International(Minnesota Population Center 2017)というデータベースからダウンロードした2011年アイルランド国勢調査の個票データを用いる。当該データは全個票データから約1/10を再抽出したものであり、474,353件のデータから成る。その内、15歳以上64歳以下の回答は30万3773件、その内就労しており職種や分析に用いる変数に欠損値(無回答などの不完全な回答)がない回答は16万3058件であった。このデータをロジスティック回帰という方法で分析した。
 この調査では、次のような身体的条件の有無を質問している。盲または深刻な視覚的損傷▽ろうまたは深刻な聴覚的損傷▽歩行・階段昇降・手を伸ばすこと・持ち上げ又は持ち運びといった基本的身体動作のの困難▽知的障害▽学習・想起または集中における困難▽心理学的・情緒的状態▽痛み・呼吸その他の慢性疾患・状態。この一覧は、ICF(WHO 2001)の用語で言えば、身体機能/構造と活動の水準が混ざっているが、これらの変数と職種との関係を分析することは、障害に関するデータがまだ少ないことから有意義であろう。
 職種はアイルランド中央統計局が回答後に分類している(アフター・コーディング)。欠損値を除くと、小分類は89個であり、更に大分類9個にまとめられている。
 同データに対する報告者による以前の分析(雑誌投稿中)では、上記の身体的条件が非就労と強く関連していることが分かっている。年齢(二次式)・性別と上記身体的条件の有無によって就労/非就労を説明する単純なモデル(ロジットモデル)では、オッズ比(起こりやすさに関わる指標)は以下のようになる。視覚: 0.58、聴覚: 0.73、肢体: 0.21、知的: 0.36、学習: 0.50、情緒: 0.23、その他: 0.48。つまり、上記の身体的条件は、就労機会を制約するものであり、いずれも障害問題に関わっている。ただし、種別によって就労機会が制約される度合いは大きく異なっており、肢体・情緒・知的損傷は特に就労機会を制約している。
 今回の分析では、こうした就労機会の制約に加え、職種面での制約があるかどうかについて検討した。各種身体的条件を持つ人の職業構成(相対度数)を見ると、全般的に見られる傾向としては、専門職が少なく、「単純労働」が多い。年齢(二次式)・性別と上記身体的条件による簡潔なモデルでは、専門職へのなりやすさを示すオッズ比は、視覚・有業: 0.83、聴覚・有業: 0.73、肢体・有業: 0.61、知的・有業: 0.31、学習・有業: 0.39、情緒・有業: 0.84、その他・有業: 1.10であり、その他を除いては1を下回った(視覚以外有意)。これは専門職になる機会が制約されていることを意味する。経営者についてもやや緩やかながら同様の傾向が見られる。他方、単純労働については、視覚・有業: 1.25、聴覚・有業: 1.20、肢体・有業: 1.34、知的・有業: 2.66、学習・有業: 1.68、情緒・有業: 1.09、その他・有業: 1.04となった。視覚・情緒・その他は有意ではなかったが、全般的には単純労働が多くなる傾向が見られた。
 以上は社会階層における不利益を示している。即ち上記の身体的条件は、経営者や専門職といった全体として社会的資源(富・威信等)に恵まれた階層への参入に不利に作用しており、社会的資源に恵まれていないと考えられる単純労働が多くなっている。ただしそうした社会階層上の不利益は、種別によって大きく異なっており、社会学的障害統計は障害種別を考慮する必要がある。

 本報告は、個人が特定されない匿名データを用いることにより倫理面に配慮している。また職業分類については大分類を中心に扱い、小分類の内特に該当者数が少ない分類に留意する。

Minnesota Population Center (2017), Integrated Public Use Microdata Series, International: Version
  6.5 [dataset]. Minneapolis, MN: University of Minnesota. https://doi.org/10.18128/D020.V6.5 .
WHO (=World Health Organization) (2001), International Classification of Functioning, Disability
  and Health, Geneva: WHO.





*作成:安田 智博
UP: 20181101 REV:
障害学会第15回大会・2018 障害学会  ◇障害学  ◇『障害学研究』  ◇全文掲載
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