本報告は、日本の障害者政策のマネジメントにあたって好ましい政策評価システムとは何かを明らかにすることを目的としている。
政策評価とは、政策の効果に関する調査を通じて、政策のよしあしを判断する活動である。この活動は、政策を実施する前に効果の予測の一環として実施される場合もあれば、政策実施体制の継続的な監視や総括の際に実施される場合もある。よりよい公共政策を立案し、国民全体の生活を豊かにするためには不可欠な活動である。
日本の障害者政策に関しても、政策評価は、行政を中心として実施されてきた。それは、日本の府省においては「行政機関が行う政策の評価に関する法律」によって義務づけられた活動であり、障害者政策に限らずあらゆる政策分野を対象に実施されている。
しかし、障害者政策のマネジメントには、二つの困難がある。第一に、障害当事者のニーズが多様であるゆえに、具体的かつみなが同意する政策目的を同定できず、政策効果の把握が困難である。まず、障害の種別が多様である。身体障害、精神障害、知的障害だけでなく、近年では発達障害や難病も「障害」として認定されるようになった。また、当事者の生活状況(たとえば、経済状況、家族構成、居住地域)によってもニーズは異なる。第二に、縦割り行政であるがゆえに、障害者政策全体の包括的な評価が困難である。障害者政策は、医療・雇用・バリアフリー・教育など多岐にわたる政策領域を包含している。それゆえに、厚生労働省、国土交通省、文部科学省など多くの省庁が障害者政策の実施に携わっている。障害者政策全体を統括する府省として、内閣府が存在するが、個別の実施主体間の政策調整には多大なエネルギーが必要である。
他方で、困難があったとしても、日本は障害者権利条約に批准している国であるゆえに、障害者一人一人の社会的障壁を解消し共生社会を実現するために政策評価を実施する必要がある。そのための活動は、国内における障害者政策の監視の必要性を謳う障害者権利条約第33条の規定により正当化できる。また、2018年に策定された第4次障害者基本計画においても、エビデンスに基づいた政策形成や当事者視点の施策への反映の重要性が記されている。以上をふまえると、障害者政策の評価においては、政策が当事者各人のニーズに合致した効果をもたらしているか、ないしはニーズに合致しないがゆえに負の効果をもたらしていないかといった点について深掘りする調査の実施が必要となる。つまり、大学評価や指定管理者評価のような従来イメージされる一定の規定基準に沿った「審査型」の評価ではなく、新たなニーズや問題を探索する「発見型」の評価の実施が重要である(北川 2018; Scriven 1991)。
しかし、これまでの障害者政策研究においては、行政や障害当事者団体等のアクターを含めた政策評価システム全体の分析は行われてこなかった。たしかに、障がい者制度改革推進会議総合福祉部会の骨格提言の頓挫の経験等をふまえて、政策問題を精緻に分析し政策提言につなげる障害当事者団体側のシンクタンク機能の強化の必要性の指摘は行われてきた(福島 2013; 石川 2014)。また、障害学研究者が既存の政策の効果を調査しその結果を公開する営為は積み重ねられている(たとえば、鈴木 2016)。しかし、そもそも、現状において政策評価システムがどのように運用されどれほど機能しているのか、あるいは既存の政策評価システムにおいてはどのような具体的課題が生じているのかは明らかにされていないのである。
そこで、本報告では、まず、行政による政策評価活動の事例分析に加えて、障害当事者団体による政策評価に類する調査活動の事例分析を行って、障害者政策の政策評価システムの現在地を確認する。その結果として、障害者政策に適する政策評価を志向する場合、行政は、審査型評価を重んじる既存の各府省の政策評価のみに依拠するのではなく、発見型評価を得意とする障害当事者団体の調査を活用した方がよいことを示す。そのうえで、障害者政策のよりよいマネジメントのためには、行政と障害当事者団体との協働・連携が重要であり、とりわけ政策評価システムの構築にあたっては、既存の先行研究における指摘の通り、協働型のシンクタンク機能の充実が急務であると指摘する。
なお、本報告では、公表資料を適切に引用したうえで、二次分析を行っている。