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「レジストを知覚する―差別と抑圧のエッチング―」

川添 睡 2018/11/17〜18 障害学会第15回大会報告一覧,於:クリエイト浜松

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last update: 20181101

キーワード:エッチング/Etching、認識における不正義/Epistemic injustices、レジスト/Resist

報告要旨

石川は「障害学を語る」で、「健常者は障害者とは出会っていない」と記した。
また障害学には「自己の立場を忘却できる立場にあることの特権性、暴力性を暴き、揺さぶり、そうした非対称性を壊していく」ことが求められているとした (石川, 2000, p42)。
そして現在なお出会っていない、というのが健常者ではない筆者からの忌憚ある評価である。

星加によれば、ディスアビリティは「不利益が特有な形式で個人に集中的に経験される現象」であると表現される (星加, 2007, p195)。
なぜ不利益は集中するのだろうか。あるいは健常者を主語として問いを立てるならば、
なぜ私たちの間で、まっとうであるという選択と承認は、あるいは特定の利益は、しばしば特定の人達をすり抜けて健常と呼ばれる個人たちへと集中するのだろうか。
このような障害される者が社会生活上で感じる抑圧と周縁化の経験を、知覚・解釈する枠組みとして「エッチング/etching」という比喩を提示する。

エッチングとは物体の表面を加工する際の技法であり、古くは版画/printmaking、現在は微細な回路の作成にも用いられている。
銅版画を彫る際にエッチングでは、銅板を直接的に細く尖った鉄筆で溝をつけて線をひくのではなく、化学薬品の組み合わせを用いて間接的に描画を実現する。
私達も、社会上直接の抑圧によってではなく、複合的で責任のつながりを間接的にした形態で疎外される/する経験がないだろうか。
エッチングは「酸」と「鉄筆」と「レジスト (防蝕剤)」の複合的なプロセスである。
まず銅板の表面に酸を防蝕する作用のある「レジスト」を塗布し、版画の描き手/printmakerは彫る予定の部分のみに対し「鉄筆」を (銅板自体は凹まない程度の力で) ひいて、ひいた部分のレジストを「剥がす」。次に銅板を「酸」に浸すと、レジストの無い部分だけが選択的に酸に浸食され、レジストされた部分と比して銅板に凹みを作ることが出来る。こうして描き手は銅板に画、つまりインクの集中する道筋のパターンを作り上げる。
エッチングとは酸と (鉄筆と) レジストの分業によって、差異と階層を作り差別化するという汎用的な様式であり、どこがレジストされどの部分のレジストが剥がされるかは常に恣意が介在する。
社会的なことをエッチングの枠組みへと敷衍すると、特定の箇所に何かが勝手に「集中している」「引き寄せている」ように感じ取れる現象、物事の合理的あるいは自然な解釈の「流路」に対して別の説明を与える。例示の際には「酸の等方性」という概念についても触れる。
エッチングは必ずしも「酸の浸食=不利益」「レジスト=特権」という位置づけでのみ解釈する必要はない。逆にレジストによって特定の対象以外には社会資本へのアクセスが妨げられていると解釈可能な形態もある。いずれにせよ社会におけるレジストと酸は制度・慣習・アクセスにおいて、または思考や意味づけという認識において無徴として通用する。感情的には「恐れ」がレジストに介在することも多い。

エッチングという概念は個人の経験する抑圧を、その背景に及ぶメカニズムを推察する助けとなる。
しかし社会のエッチングを分析することは、ややもすればエッチングの機構自体をそのまま認めて、いかに自身がその中で割を食わない状態に包摂されるか、またはいかにリスクを「配分」していくのが適切か、という「戦略的」な態度へと進路づけられがちである。
求められているのは、エッチングの制御法を知ってゆくという社会学としても通用する態度、より良きprintmakerになるという様なものではなく、エッチングを常用する現在の社会構想自体の無力化を模索する、障害学的な姿勢であると筆者は考える。
重要なのは、しばしば障害される私たち自身からもレジストされる感情と問いに気づくこと、健常というレジストに鉄筆を入れること、それをした後に社会のエッチングがクィア (台なしに) されていくこと、である。

引用
石川 准 倉本 智明 (編著) 長瀬 修 (編著), 2000, 障害学を語る, エンパワメント研究所
星加 良司, 2007, 障害とは何か──ディスアビリティの社会理論に向けて, 生活書院
倫理的配慮
例示された研究指針の内容を順守し、精神を尊重し、そこから発展する議論と対話に参加することを言明します。本発表には、個人 (自然人) を直接の対象とした調査や分析は含まれません。筆者は発表で引用した内容とその手法ないし解釈の効用について、当事者等より異議を受けて対話に応じる義務を負います.
学会当日における発言機会にも男性優位、健常者優位の傾向があります。
それを是正する模索として、(口頭発表の場合には) インターネット上にて発表に対する質問とコメントの事前受付を試みます。
本発表の情報保障の為の資料が大会ホームページに掲載される、凡そ10月26日以降から大会開催の前日11月16日まで、投稿フォームを開設します。当日の質疑応答の時間は一部 (最大半分程度?) をその返答に充てたいと思います。



*作成:安田 智博
UP: 20181101 REV:
障害学会第15回大会・2018 障害学会  ◇障害学  ◇『障害学研究』  ◇全文掲載
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