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「「健全」な労働力を「培養」する――『少数派報告』第1部(1909)を手がかりとして」

高森 明 2018/11/17〜18 障害学会第15回大会報告一覧,於:クリエイト浜松

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last update: 20181101

キーワード:社会モデル、社会モデル、地域共生社会

報告要旨

戦前の社会政策思想史に関する著作の中で、日本の社会政策学者大河内一男は社会政策の使命を、肉体的に「健全なる」社会層の「保全」と「培養」であると述べていた(大河内,1939,p.97)。筆者は、第二次世界大戦中に国家統制の下での「健全」な労働力の「保全」と「培養」を力説した大河内の社会政策構想そのものに賛成するつもりはない。しかし、大河内の考える社会政策の使命は、20世紀前半までの社会政策学の重要な特徴を的確に捉えているとは評価している。報告者がつけ加えるとすれば、20世紀前半の社会政策学は、公共職業安定所、職業訓練機関を通じて、「健全」な労働力の選別を行うとともに、「不健全」な労働力の「摘み取り」を目指そうとしていた点である。
 「健全」な労働力の「保全」、「培養」、「選別」という特徴は、初期のイギリス社会政策学にも強く見られる。ナショナル・ミニマムの最初の理論家であるウェッブ夫妻は、産業の効率を維持するためには、国民の身体効率(physical efficiency)を維持することが不可欠であるとする観点から、「健全」な労働力の「保全」、「培養」、「選別」を積極的に推進しようとした。これらの社会政策の取り組みのうち、「保全」「選別」については、高森明が障害学の観点から主にウェッブ夫妻の政策構想からその特徴を明らかにしようとしている(高森,2018,p.144,p.159)。しかし、「培養」を実現するための政策構想については、先行研究が十分に扱っているとは言いがたい。
 「健全な」労働力の「培養」について、ウェッブ夫妻はすでに主著『産業民主制論』(1897)の中でその重要性を指摘していたが、具体的にどのような取り組みを行うかについては十分な言及がなかった。しかし、1909年王立救貧法委員会における『少数派報告』第1部第3章「出生と幼少期」において、個人衛生(individual hygiene)の観点から「健全」な労働力を「培養」するための具体的な取り組みについて勧告を行っている。本報告では同報告第1部第3章を中心にして、ウェッブ夫妻がどのように「健全」な労働力を「培養」しようとしたのかを明らかにしようと試みた。
 第1部第3章において主題となっているのは、乳児死亡率を減少させるための取り組み、骨軟化症を予防するための取り組みだが、本報告ではあえて主題とは言えない生殖の管理に関する取り組みに重点を置き、今大会のシンポジウム1に対する筆者なりの話題提供を行いたい。


【主な参考文献】
江里口拓,2008,『福祉国家の効率と制御―ウェッブ夫妻の経済思想』,昭和堂
樫原朗,1973,『イギリス社会保障の史的研究1 ―救貧法の成立から国民保険の実施まで―』,法律文化社
高森 明,2018, 「『ナショナル・ミニマム構想における「雇用不能者」」,『障害学研究』第13号
Oliver,M.,1990,The Politics of Disablement,London:Macmillan(=三島亜希子・山岸倫子・山森亮・横須賀俊司訳,2006,『障害の政治 イギリス障害学の原点』,明石書店)
大河内一男,1969,『大河内一男著作集 第5巻 社会政策の基本問題』,日本評論社
杉野昭博,2007,『障害学 理論形成と射程』,東京大学出版会
Webb, S. & Webb, B.,1897, Industrial Democracy, London: Longmans, Green and Co.
Webb, S. & Webb, B.,1909,The Public Organisation of The Labour Market:Being Part Two of The Minority Report of The Poor Law Commision,London:Longmans,Green and Co.

【倫理的配慮】
・障害学会の一般研究報告の募集規定に従って、報告を行うことを誓います。
・二重投稿は決していたしません。
・報告に使用する史料は著作権法および通常の歴史学会でのルールに則り引用いたします。



*作成:安田 智博
UP: 20181101 REV:
障害学会第15回大会・2018 障害学会  ◇障害学  ◇『障害学研究』  ◇全文掲載
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