自閉症スペクトラム障害（以下ASD）は，社会性の障害と常同行動という2つの特徴をもつ発達障害の一種といわれる．特徴は幼児期から認められるが，障害の度合いは個人によってさまざまであるため，現在ASDでは，最終的に健常者とも連続するスペクトラムな障害観が採用されている（APA 2013）．
近年，ASD者本人から，自身を単なる医療の対象者やラベリングされた被害者ではなく，肯定的に価値付けようとする動向が生じている．社会学者でありASD者でもあるSinger（1999）は，障害の社会モデルを参考に，階級・ジェンダー・人種といった従来の政治的カテゴリーに神経学的差異を加えるべきであると主張し，神経学的多様性運動を展開した．言論の核にあるのは「自閉症文化」といわれるものである．自閉症文化と神経学的多様性運動との関係を論じたJaarsma & Welin（2011）は，自閉症文化が「自閉症者の言語スタイル，他人への関わり方，価値などの違いなどに基づいている」（2011: 26）と述べている．このように，主張の大きな枠組みは確認できるが，個人の言論というレベルに目を向けると，医療への姿勢や他人との関係など，ASD者間でも対立すると思われる主張も散見される．
よって本報告では， ASD者が主張するASD者像や自閉症文化の有無・内実を確認するために，ASD者による著作物を検討する．
分析の対象はGrandinとWilliamsの自伝である．Grandinは1986年に『Emergence』を出版したASD女性である．Grandinは自身を的確に抱きしめてくれる「締め付け機」の作成に傾注した．そして，母親や教師の支援を受けて大学院へ進学し，視覚的に考える才能を活かして非虐待的な屠殺機具の設計者となった．その6年後，1992年にWilliamsというASD女性も『Nobody Nowhere』を出版した．Williamsは主に母親から虐待を受けて育ち，良い支援や教育を得ることが困難だった．しかし，自身のなかにキャラクターを作って使い分けることで自活し，社会適応を果たしていく．
この2名の手記はASD者によって展開された早期のASD論であり，非ASD者のみで行われていた論争への参加という点で分析する意義は大きい．しかし，GrandinとWilliamsの経歴や手記に描かれた出来事は，一部で共通し，一部で大いに異なる．よって，彼女たちの自伝を分析することで，ASD者の主張を類型化するための基盤を構築したい．
なお，本報告は発表済みの書籍を対象に分析を行うため，倫理規定には抵触しない．