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「セルフヘルプ・グループにおける「専門的サービス」提供のあり方」

杉本 隆 2018/11/17〜18 障害学会第15回大会報告一覧,於:クリエイト浜松

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last update: 20181101

キーワード:経験知、専門知、資格認定制度

1.背景

障害者福祉の分野では、1996年の市町村障害者支援事業の開始以来、市町村が実施主体となり、障害者団体などに事業を委託する形で「障害者相談支援事業」が実施されてきている。それ以前は障害当事者によって担われてきたピア・カウンセリングが、「相談支援」として「事業」に組み入れられ、委託料を受けて提供される「専門的なサービス」になりかねない事態となった。全国自立生活センター協議会(以下、JILと略記)は、「ピア・カウンセリングの社会的認知を取り付け、JIL育成のピア・カウンセラーが人材として適していることをアピールしよう」(横須賀 1999: 181)として、1998年にピア・カウンセラーの認定制度を開始した。しかし、認定制度が有するピア・カウンセラーの専門化などに批判が寄せられる(倉本 1999;横須賀 1999)中、「時代のニーズに応えるという一定の役割は果たした」(白杉 2018: 78)として、2004年度に認定制度は廃止された。
 JILの認定制度の採用と廃止は、障害者へのサポートのあり方に重い課題を提起した。類似の状況にあるセルフヘルプ・グループ(以下、SHGと略記)の課題を明らかにすることには、この提起された課題を受けとめる意義がある。


2.調査対象の概要

調査対象とするSHGのA会は咽喉頭がんの患者会である。咽喉頭がんを切除手術すると、喉頭が摘出され失声する。失声後、代用音声を使うことになるが、訓練が必要である。わが国では各地の患者会で、代用音声をマスターした患者が指導員となり、新たな患者を訓練している。A会は、代用音声という技法伝達に特化したSHGである。参加者に、ピア・カウンセリングのような対等性や相互性はない。教える、教えられるという、一方向性で、役割は固定的である。
 指導内容はリハビリテーションと差はなく、「専門的サービス」の提供をしていると位置づけられる。米国では病理医が代用音声の指導にあたるということからもその専門性が分かる。日本でも、1997年言語聴覚士が専門職として制度化された。A会で使われている教本も、医療専門家の監修による。この教本をもとに、「専門家でない」指導員が、自らがマスターした代用音声に関する経験知をくわえて、新たな患者を指導しているのである。


3.目的

本報告は、「専門家でない」指導員が指導することによる葛藤を分析して、SHGにおける経験知と専門知との関係を考察し、SHGによる「専門的サービス」の提供のあり方についての課題を明らかにするものである。


4.方法

A会の指導員に対する半構造化インタビューを実施した。インタビュー項目は、指導にあたっての心がけ、指導のための準備や教材づくり、参考にしている情報などである。
 A会では、指導員の指導内容の質を維持し高めるために、1980年代から研修会を実施するなど、さまざまな活動を行ってきた。A会の活動に関連する資料などから、A会が行っている「専門的サービス」の品質の維持・向上に関する活動を把握する。


5.分析結果

指導員の葛藤は、指導する相手との間の対人関係の緊張と「専門家でない」者が指導することとの二つから来ている。対人関係の緊張は、指導する「姿勢」を正すことと「緩和」を工夫することとで対処されている。
 「専門家でない」自分が指導することから来る葛藤には、指導現場での指導の質の向上によって対処しようとしている。また、指導員個人の対処に任せるのではなく、SHGでも経験知の質の向上を図る取組みを工夫してきている。しかし、経験知への不安は残り、葛藤は解消されていない。


6.考察

SHGにおける経験知の果たす重要な役割は早くから指摘されている(Borkman 1976)。しかし、A会のように、提供するサービスがリハビリテーションと同様の「専門的サービス」である場合、それを裏付ける専門知との関係を意識せざるをえない。これに対応するには、あくまで経験知に依拠する方法と、専門知を取り込むなど専門知との関係を持つ方法とに分かれる。それぞれの得失を検討することによって、SHGの「専門的サービス」の提供に関する課題を克服する必要がある。


*倫理的配慮
 本研究ならびに研究のために実施した調査は、とりわけ「日本社会学会倫理綱領」の第2条「目的と研究手法の倫理的妥当性」、第3条「プライバシーの保護と人権の尊重」および「日本社会学会倫理綱領にもとづく研究指針」の研究と調査における基本的配慮事項を遵守して行ったものである。

【文献】
Borkman, T., 1976, “Experiential Knowledge: A New Concept for the Analysis of Self-Help
  Groups,” Social Service Review 50(3): 445-456.
倉本智明,1999,「〈ピア〉の政治学」北野誠一他編『障害者の機会平等と自立生活――定
  藤丈弘 その福祉の世界』明石書店: 222-236.
白杉眞,2018,「自立生活運動が相談支援に及ぼした影響――ピアカウンセリングをめぐる
  動きに注目する」『Core Ethics』14: 71-82.
横須賀俊司,1999,「ピア・カウンセリングについて考える」北野誠一他編『障害者の機会
  平等と自立生活――定藤丈弘 その福祉の世界』明石書店: 174-189.


*作成:安田 智博
UP: 20181101 REV:
障害学会第15回大会・2018 障害学会  ◇障害学  ◇『障害学研究』  ◇全文掲載
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