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「保育の営みの「医療化」プロセスへの影響にかんする一考察」

大村 あかね 2018/11/17〜18 障害学会第15回大会報告一覧,於:クリエイト浜松

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last update: 20181101

キーワード:保育、医療化

報告要旨

1990年代半ばから、教育問題や社会問題の背景に発達障害児・者の存在が指摘され、2004年には「発達障害者支援法」が制定され、発達障害者とされる人々が支援の対象として認識されるようになってきた。少年事件と発達障害の関連や、教育現場における発達障害児への対応が課題として取りざたされていること、また、様々なメディアを通じて発達障害にかんする「知識」は急速に広まってきている。いわゆる健常者として生きてきた人の中にも、こうした知識を得て、同じ生きにくさを抱いてきたことを自覚するに至る場合が想像される一方で、親が我が子に対して、また教師や保育者などが自分の担当する子どもの発達に対して、そのような意味を含んだまなざしを向ける機会は増えていると思われる。
 保育現場においても、「気になる子ども」として診断がつかなかった子どもに、発達障害の特性として挙げられるものと同様の傾向が認められると、「診断を受けてほしい」「この子には何か生来的に持っているもの(障害)があるのではないか」といった声が聞かれるようになってきた。もともと「対応の難しい子ども」「気になる子ども」とされてきた子どもが、医師のもとで診断を受けることを求められる、ということは、不適応や逸脱のカテゴリーで捉えられてきた対象が医療の対象となる、いわゆる医療化現象であると考えられる。
 自治体の制度を活用して「特別なニーズ」に対応した保育(具体的には、加配保育者配置のための予算をつける等)を行っていくとするならば、障害者手帳を持っていることや特別児童扶養手当の対象児であることを条件としている自治体も多く、「特別な支援」を受けるためには、診断を受けることがより確実な道のりとなっている。つまり、自分の子どもに障害があるということへの保護者の承認を必要としている。また、加配保育者がどのような入り方をするにせよ、保育の中では加配の対象児として保育者に意識される。つまり、「特別な支援の対象児」(以下、「支援児」とする)として、健常児との差異を明確にされる。
 実際に保育が行われる現場においても、集団生活における支援児と他児との行動の違いや、保育者の支援児に対する対応の違いを、周囲の子ども達が認識し、多様に影響し合う姿が認められる。しかしそれは決して障害の有無を際立たせるということのみを意味するのではない。自分だけのための特別な支援を必要としているのは、支援児以外の子どもも同様だからである。
 保育は、養護と教育を一体的に行うことであると言われる。たとえ障害が認められなくても、生活環境の変化や仲間関係の変容などの環境要因によってニーズが発生することもあり、どの子どもも固有の育ちを見せることから、個別の養護的・教育的ニーズを持っていると言える。つまり、常に支援を必要とする子としない子がきれいに分けられた状況で保育が行われているわけではないのである。 ここから、保育における相互行為による差異化のもとに進行する医療化という側面と、子どもという意味では他児と同様の当たり前の要求を持つ存在としての同等性を強調する両方の視点が、保育には存在することが考えられる。特に後者は、子ども理解において、対象を肯定的にとらえるという保育者に求められるマインドと深いかかわりがある。
 また、幼児教育が小学校以上の教育と根本的に異なるのは、子ども自らが興味・関心を持ち、主体的に取り組めるように、直接何かを教えたり指導するよりも、環境を通した指導が中心となるところにある。つまり、一つの活動を行うための方法や筋道は様々であり、子どもの体験内容も多様であることが前提であり、その中で、互いの興味関心に気づき、共に楽しみ、いつしかそれを重ね合わせて、協同的な活動への取り組みが見られるようになっていく、という、子どもがスタートの見通しがあるのである。
 このように、保育という営みが持つ特性や、そもそも乳幼児期という、発達著しい時期の子どもが対象であること等が、保育現場における医療化のプロセスにどのような影響を及ぼすことが考えられるのだろうか。
 本研究に関連する先行研究を調べると、学校における医療化の実践を論じた木村(2015)や、養護学校や療育現場などにおける実践の中で、相互行為によって「障害」が達成されるさまをエスノグラフィーによって描き出した鶴田(2015)、保育現場における「特別な支援」の諸相と、保育士によるその意味の構成―再構成について論じた末次(2014)等がある。これらと、幼稚園教育要領、保育所保育指針、認定ことも園教育・保育要領を参照しながら、保育の営みと、それが医療化のプロセスに与える影響について、考察したい。


参考文献
木村祐子「発達障害支援の社会学−医療化と実践化の解釈」東信堂 2015
末次有加「『特別な支援』をめぐる保育士の解釈過程」子ども社会研究 20号 2014
鶴田真紀「障害児教育の社会学―発達障碍をめぐる教育実践の相互行為研究―」2015



*作成:安田 智博
UP: 20181101 REV:
障害学会第15回大会・2018 障害学会  ◇障害学  ◇『障害学研究』  ◇全文掲載
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