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「英米におけるセツルメント活動と我が国における作業療法の源流との接点」

西村 博史 2018/11/17〜18 障害学会第15回大会報告一覧,於:クリエイト浜松

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last update: 20181101

キーワード:歴史、専門職性、精神科作業療法

はじめに

作業療法とは、現代においては主に3障害(身体、知的、精神障害者)を対象としたリハビリテーションの一療法である。その名の通り、作業を治療に用いるユニークな療法である。作業療法の有史以前は、精神障害のある者に対し、散歩やその者の好む活動を提供することで安寧をもたらしたとする記述が見られる。このように、作業療法の源流は精神障害者への処遇にある。本論では、英米の慈善活動を原点とするセツルメント活動と、York Retreatを起源にするとされる作業療法との接点をたどることで、作業療法の持つ社会的意義について考える。


セツルメント活動

セツルメント活動settlement activityとは、移民やマイノリティ、貧窮者などへの社会的排除に対する救済を目的として19世紀末から米国において相次いで興った慈善事業である。我が国においては社会問題の解決法としてのちの社会福祉の原型となった。1884年に英国にて初のセツルメントであるトインビーホールが設立されると、米国では、Jane Addams(1860-1935), Julia Lathrop(1858-1932 合衆国初代児童局長)らにより1889年、シカゴにハル・ハウスが設立された。設立者の一人であるAddams は、1910年代の米国において最も有名な社会改革者であり「ソーシャルワークの母」と称されている。セツルメント活動を全米に広げた行動力、影響力が評価され、1931年ノーベル平和賞を授賞している。


アーツアンドクラフツ運動の思想

アーツアンドクラフツ運動は、William Morris(1834-1896)により創始された社会運動である。Morrisは、産業革命により安価で粗悪な製品が出回ったことを批判した。1865年にモリス商会を設立すると、手作り品の販売に限らず、欧米からLathropら多数の留学生を受け入れ、製本技術などを教授した。アーツアンドクラフツ運動には、個人の尊厳に焦点を当てた労働観が内包されていた。
 Morrisの下で製本技術を学んだLathropは、不幸な人々に対するプログラムにアーツアンドクラフツ運動があることを知る。1906年にハル・ハウス内のシカゴ社会事業学校に作業治療コースを開設した。米国作業療法のパイオニアとされるE. Slagleはそこで学んでいる。


米国作業療法の源流

作業療法の源流は、英国におけるYork Retreat(1792年設立)であると言われている。当時の精神障害者は、癲狂院asylumへの「収容」がもっぱらであり、人道的な処遇への配慮は皆無であったという。米国における作業療法は、プラグマティズム、アーツアンドクラフツ運動、精神衛生運動、セツルメント活動が当時の社会主義的かつ、民主制の実現を目的とした社会改良運動と重なる形で展開していったという。


我が国における作業療法の源流

我が国の作業療法の有史以降では、呉秀三(1865-1932)の名が挙げられる。呉は、巣鴨病院の精神科医として精神障害者の処遇改善の為に作業療法を開始したことが知られている。当時の精神障害者の処遇は、私宅監置がもっぱらであり、これを非人道的なものと考えた呉は、精神障害者に対し精神医学的治療が必要であると主張した。


考察

本論において、セツルメント活動とアーツアンドクラフツ運動の作業療法への影響について確認した。セツルメント活動は、当時の中流階級の価値観を貧窮者へ押し付ける「入植=settlement」としての側面を持っており、批判にさらされ一時期衰退したという。しかし、第二次大戦後、セツルメントの流れは社会福祉に受け継がれた。
 セツルメント活動やアーツアンドクラフツ運動の発端は、社会的に排除・疎外された者に対する救済を目的としたものであった。こうした概念は、人道療法moral treatmentに端を発した作業療法にも通底した概念と言えるのではないだろうか。Addams、Morris、Slagleらが活躍した19世紀末から20世紀初頭にかけての貧困とは、その日暮らしもままならない「絶対的貧困」が主なテーマであった。一方、現代のわが国における貧困の概念は相対的なものへとその質を変容させている。我が国の作業療法の出発が、米国の作業療法の流れを汲んでいるとするならば、これらの活動が目指した社会像を作業療法も共有できるのではないだろうか。
 呉が、「我邦十何万ノ精神病者ハ実ニ此病ヲ受ケタルノ不幸ノ外ニ、此邦ニ生レタルノ不幸ヲ重ヌルモノト云フベシ」とその著書で述べた精神障害者の生活・療養環境の不遇は、現在も解消されていない。作業療法の源流から現代史において確立が試みられている「専門職性」は、果たして呉の指摘した精神障害者の「不幸」を解消する手段となり得ているのだろうか。本論において、社会的に疎外された者に対する英米および我が国の処遇の歴史を振り返ることで作業療法の実践基盤を確認できたことは意義深いと考える。
 なお、本論では障害学会の定める倫理的配慮が適正になされている。


文献
鎌倉矩子、山根寛、二木淑子編 鎌倉矩子著 作業療法の世界―作業療法を知りたい・考
 えたい人のために― 三輪書店 2001
日下部修 精神科作業療法の形成に関する研究(1)―呉秀三を中心に― 福岡大学大学院論集
 42(1) 15-28 2010
G. Frank, R. Zemke Occupational therapy foundations for political engagement and social
 transformation pp111-136 2008



*作成:安田 智博
UP: 20181101 REV:
障害学会第15回大会・2018 障害学会  ◇障害学  ◇『障害学研究』  ◇全文掲載
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