本研究の目的は、言語政策の観点からショウガイ表記における政策介入の是非に考察を加えることである。
英語の “disability” にあたる単語「ショウガイ」の表記は、辞書的には「障害」である。しかし、表記の多様化が指摘されている (木全 2006; 千草 2016)。旧漢字を用いた「障碍」(e.g., 佐藤 2014)、二文字目をひらがなに置き換えた「障がい」(e.g., 天畠・嶋田 2017)、そして二文字ともひらがなに置き換えた「しょうがい」(e.g., 佐伯 2016) などである。
この議論は言語使用や政策決定の問題といえるが、思想の問題として扱われることが多い。そこで本報告においては、言語学および言語政策の枠組みを援用し議論を進める。
2009年に設置された障がい者制度改革推進会議は作業チームを通して、法令等における「障害」表記の検討を行った。その結果、ショウガイの表記や名称については「それを引き受ける人のアイデンティティと深くかかわっている」(杉野 2014: 19) と強調した。
内閣府が2017年に実施した「障害者に関する世論調査」(n=1,771) においては、「障がい」表記がふさわしいとの回答が、「障害」に対するそれを上回った (内閣府 2017)。
書きことばにおけるショウガイ表記の実態には、いかなる特徴がみられるだろうか。国立国語研究所の『現代日本語書き言葉均衡コーパス (BCCWJ)』 (国立国語研究所 2018) においてWeb上のプログラム「中納言」を用いて「障害」、「障碍」、「障がい」、そして「しょうがい」の4表記を検索し、Microsoft Excelによって頻度を算出した。すると、テクストの種別を超えて全般的に「障害」の頻度が突出していた。
ショウガイの表記には世論と実態のかい離が見られる。言語学および言語政策の視点から、これをどのように考えることができるだろうか。
国広 (2000) は言葉の言い換えについて、「言い換えとは、ある語または句をほぼ同じ意味を表す別の語または句に変えることをいう」(国広 2000: 20)と述べた。そして、その理由には「社会言語学的理由」、「連帯性の維持」、「よき理解のため」、そして「表現効果」の4つがあることを論じた (国広 2000)。
一方、杉野 (2014) はショウガイ表記と「アイデンティティとのかかわり」を指摘した。それでは、話者は言語使用において「アイデンティティ」と、国広がいう4つの理由をいかに関連させているのか。また政策決定者は、その点を科学的に踏まえてショウガイ表記を検討しているのか。これらが、言語政策の観点から見たショウガイ表記問題の焦点になると、報告者は考える。
報告者は本研究を、「日本社会学会倫理綱領にもとづく研究指針」および「日本社会福祉学会研究倫理指針」を遵守して行った。分析の対象は公開されている文献およびデータである。研究の一部においては、国立国語研究所による『現代日本語書き言葉均衡コーパス (BCCWJ)』を用いた。BCCWJにおける言語データには、著作権処理が施されている。