障害者は自身の身体を介して現実社会に関わる中で、生存戦略として身につけた文化をもつと考える。その前提に立ち、障害学生を受け入れた大学はいかにすればその意味での文化を尊重した支援を提供することが可能になるかということが本研究の課題である。
カルチュアル・スタディーズの先駆者とされるR.ウィリアムズは、文化を「生活様式の全体」として社会的に定義づけている(Williams 1961=1983)。生活様式というものを身体とそれを取り巻く環境との交互作用パターンであると把握すれば、インペアメントのある身体は、それゆえに同一インペアメントにはある程度共通する「生活様式」を育み、維持する基盤であると位置づけ得る。本研究では、インペアメントのある身体が紡ぎ出した生活様式を「インペアメト文化」と称する。また、この生活様式は更に環境の側が有するディスエイブリングな特徴(ディスアビリティ)からも影響を受け、それからも一部規定される。こちらは「障害者文化」と呼ぶことにする。「障害者文化」とは「インペアメント文化」とディスアビリティとによる共同産物を意味する(松岡2018)。
障害者差別解消法に伴い、大学においても合理的配慮の提供が義務化された(私大は努力義務)。法第6条に基づく政府の基本方針(2015年2月24日閣議決定)では、同法が障害者権利条約批准にむけた国内法整備の一環として制定されたこと、合理的配慮を「障害者が個々の場面において必要としている社会的障壁を除去するための必要かつ合理的な取組(以下、略)」と定義づけ、障害の社会モデルに準拠していることが明示されている。こうした政策は次の2点で評価できるだろう。一つは、大学という「知の場」で社会モデルの認知を高め、他学問領域への社会モデル波及が見込まれることである。二点目は、杉野(2018)が指摘するように、学生・教職員における価値観の相対化が可能になることである。
一方で、合理的配慮を提供する現場では、むしろ医学モデルの影響が強まっている点に懸念の声がある。例えば先の杉野(2018)は、専門スタッフ・部局の充実により、専門的見地によって支援開始判定や中味が左右されるという医学モデルの「焼け太り」リスクを指摘する。同じく星加(2018)も、かえって障害の医学的側面に注目が集まってしまう「インペアメントの再注目」というべき現象に警鐘を鳴らしている。
本研究は、以上の問題意識から出発し、大学での合理的配慮提供における医学モデルの色合いを相対的に減少させ、社会モデル的な視点をより浮き彫らせるための手立てとして、インペアメントの文化的側面に注目した。ここではインペアメントのある身体こそが環境と交互作用を行なう、障害者の「生きる戦略」のツールであり、戦略の中味を左右するという言説を取り上げてみることにする。敢えてインペアメントを取り上げることが、「インペアメントの再注目」が生じている現場への対応として現実的な戦略になると考える。
大学での合理的配慮の提供が医学的基準(診断、等級など)から出発せざるを得ない点を踏まえつつも、こうした文化的側面(インペアメント文化)を尊重し、異文化交流を意識することで、支援が医学モデルに偏重し過ぎることを防ぎ、支援者側に環境的側面への関心を惹起させ得る可能性を見いだせるのではないか。
本研究では、上記を目的に据えて、障害学生が紡ぎ出している「インペアメント文化」ないし「障害者文化」をインタビュー調査で抽出し、そのアーカイブ化を試みている。今回の報告はその中間経過であるが 、あわせて上記の問題意識や「インペアメント文化」「障害者文化」定義の妥当性、またそれらが合理的配慮提供の場における「ディスアビリティの再注目」に貢献できるかどうかを議論してみたい。
なお、本研究は科研費(基盤研究(C)16KO4224「大学におけるインペアメント文化を尊重する合理的配慮マニュアル作成に関する研究」研究代表者:松岡克尚)の助成を受けている。また関西学院大学の「人を対象とする行動学系研究倫理審査委員会」による審査を受け、その承認を得た(受付番号:2017-08)。