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「吉田おさみの実践の歴史」

桐原 尚之 2018/11/17〜18 障害学会第15回大会報告一覧,於:クリエイト浜松

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last update: 20181101

キーワード:全国「精神病」者集団、吉田おさみ、精神障害

報告要旨

吉田おさみは、1974年に全国「精神病」者集団に加わり、以後は「精神病」者解放の理論的支柱を担ってきた人物である。吉田は、狂気の存在が既存の社会秩序への変更を可能とするとした「狂気の反逆」を主張したことで知られている。障害学の研究においても吉田は言わずと知れた存在であり、論文における引用や言及も枚挙にいとまがない。しかし、その大部分は、吉田の「精神病」者解放の理論にかかわる部分であり、吉田自身が患者会を結成して、実際にどのような活動を展開してきたのかについては、前者と比較すると引用や言及があまりに少ないと言わざるを得ない。
 本報告は、1974年から1984年まで全国「精神病」者集団の活動家として理論的支柱を担った吉田おさみの患者会活動の実践の歴史を明らかにすることを目的とする。方法は、全国「精神病」者集団ニュース、まどの会の活動記録を一次史料として歴史を叙述する。
 吉田は、大阪大学大学院でドイツ刑法史を修士論文としてまとめている最中に体調を崩し、奈良医大付属病院への通院を機に精神病の診断がつけられた。その後、吉田は何度か体調を悪化させ、約10年にわたって岩倉病院や信貴山病院で入退院を繰り返した。信貴山病院からの退院後、定期購読していた『朝日ジャーナル』の広告欄で当時岩崎書店から出版されていた雑誌『精神医療』の存在を知り、『精神医療』に掲載された西山志郎の原稿を読み、掲載されていた連絡先に手紙を出し文通したことをきっかけに全国「精神病」者集団に入会した(吉田 1981: 247)。その後、1975年5月4日に開催された全国「精神病」者集団主催の第2回全国患者集会に参加し、これを機に当時定期的に開催されていた全国「精神病」者集団連絡会議(代表者会議)にも出席するようになった。いつしか事務局教宣部の書記を引き受けるようになり、その後、機関紙『絆』の編集担当にもなった。1977年夏、吉田は、「梅谷尚司くんを普通学級へ入れる運動」に参加し、部落解放同盟奈良県支部との接点を得た。これを契機として吉田は、奈良赤堀さんと闘う会の結成の準備に中心的に携わった。吉田は西山が中心となっている灯会に参加し、そこから着想を得て、1977年7月に信貴山病院退院者が入院者へのよびかけをおこなってまどの会を結成した(西山 1995: 121)。
 まどの会は、信貴山病院内で入院している精神障害者と退院して院外で地域生活している精神障害者の両方に会員を抱えていた。院内会員と院外会員の相互の交流を促進するべく、信貴山病院への訪問面会活動を続けた。結成の当初、まどの会は院内で会合をもつべく努力し、1977年11月にはまどの会の代表者2名が信貴山病院長への面会と交渉の場の設定を求めた。しかし、交渉は実現しなかった。そのため、退院者が中心となって病院外での例会をもちつつ、入院者への面会を続けることになった。1979年2月、入院者の会員からの要望をうけて、開放化、退院の促進、通信面会の自由、措置患者の外出、外泊制限の撤廃、元入院患者の面会室立入り禁止撤廃の5項目を要請する署名運動をはじめた。
 同年7月30日、支援者約20人と共に信貴山病院へ行き、署名要請文1084人分を手渡すとともに院長代理として出席した事務長と話し合い、手紙を検閲しないことを約束させ善処または検討するとの確認書をかわした。この確認書によって、まどの会の会員は、信貴山病院の面会室へ行けるようになった。その後もまどの会は、信貴山病院長との交渉を求めたが、病院は期日を引きのばすことで交渉を回避し、他方では、入院しているまどの会会員に対して直接、あるいは家族を通してまどの会をやめるようにと働きかけていた。1980年3月21日になって、ようやく信貴山病院長とまどの会の話し合いが実現した。まどの会は、入院中のまどの会会員に対して会員をやめるようにと圧力を加えないこと、買物は原則として自由にすること、退院への努力をすることが約束された。しかし、実際には約束の一部が反故にされたため、まどの会は、日本精神神経学会に信貴山病院への調査の申入れをおこなった。日本精神神経学会は、信貴山病院に代表団を派遣し調査することを理事会で承認した。
 以上の叙述を通じて、これまでの理論家=吉田おさみ像とは異なる、実践家としての吉田おさみ像を示すことができた。尚、本報告は、研究倫理について所属研究科及び指導教員の指導を受けて作成した。


文献
全国「精神病」者集団ニュース,1979年9月号から1983年12月号.
西山史郎,1995,「地を這う灯会」「病」者の本出版委員会(編)『天上天下「病」者反撃!
  ―地を這う「精神病」者運動』.社会評論社.
友の会(編),1974,『鉄格子の中から――精神医療はこれでいいのか』海潮社.
まどの会,1980,「信貴山病院処遇改善運動経過報告」『臨床心理学研究』18(1): 33-37.
吉田おさみ,1981,『狂気からの反撃』新泉社.
――――,1983,『「精神障害者」の解放と連帯」新泉社.



*作成:安田 智博
UP: 20181101 REV:
障害学会第15回大会・2018 障害学会  ◇障害学  ◇『障害学研究』  ◇全文掲載
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