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「インドネシアの精神障害者の社会運動における西洋的精神医療の位置づけ」

伊東 香純 2018/11/17〜18 障害学会第15回大会報告一覧,於:クリエイト浜松

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last update: 20181031

キーワード:精神障害、社会運動、インドネシア

1.はじめに

精神障害を理由として、狭い檻の中に拘禁されたり、鎖で柱や床に拘束されたりしている人たちがいる。そのような状況は、十分ではないものの、明らかにされつつある。その状況が報告されるとき、強調されてきたのは、いかに悲惨であるか、また、その改善における精神医療の充実の重要性である。ここでの精神医療は、西洋世界で主流となってきた精神医療を指す。他方で、英国と米国の精神障害者の社会運動を主な検討の対象とした先行研究は、それらの運動が精神医療の在り方に異議を唱えてきた歴史を明らかにしてきた。このような先行研究を踏まえると、西洋以外の地域でも精神障害者は、精神医療の普及を必ずしも歓迎しているとは考えられない。実際に、拘禁や拘束の報告において、精神障害をもつ本人たちの主張はほとんど取り上げられてこなかった。そこで本報告は、インドネシアの精神障害者組織を例として、精神障害者が精神医療に対してどのような主張をしているのかを明らかにすることを目的とする。


2.検討の対象

本報告では、ジャカルタに拠点をおくインドネシア精神保健連盟(Perhimpunan Jiwa Sehat Indonesia: PJSI)の活動と、PJSIの会員であるAさんに注目する。報告者は、2018年3月にPJSIを訪問し、会員へのインタビュー、活動の同行をおこなった。PJSIは、2010年に発足した。発足当初は、精神科医がリードする組織であったが、2014年頃から精神障害者のみの組織となった。現在では、障害者権利条約の締約国会議での講演や国内の法整備に向けた運動、地域でのピアサポートなど幅広く活動している。Aさんは、社会的ケア施設に入所していた経験があり、訪問時点では、抗精神病薬を服用しながらPJSIで活動している男性である。社会的ケア施設は、精神障害者、ホームレス、親元で暮らせない子どもなどを収容するための施設である。精神障害者の収容施設では、精神病院ではないが、精神病の治療は施される。


3.PJSIの政治運動

PJSIの政治運動は、多岐にわたる。それぞれの会員が要職者との会議で自分の考えを発言することを重要視しており、政策決定のための多くの会議に参加している。精神障害を理由とした選挙権剥奪に対する反対運動、精神衛生法における精神障害を理由とした強制治療、強制入院に対する反対運動などをしてきた。社会的ケア施設に対しては、Human Rights Watchや国内の人権委員会と協力して、施設を訪問し改善すべき点を指摘してきた。それによってジャカルタにあるGALUHでは鎖が使用されなくなった。また、LARAS3では、これまで男女ともに頭髪を剃られていたが、女性の短髪が許されるようになった。


4.PJSIのピアサポート――Aさんの例から

PJSIでは、週に2、3日、都合のよい人が事務所に集まって、今後の活動の計画を立てながら、それぞれの近況を報告している。また、活動を休んでいる会員の訪問もしている。この活動には、同様の経験をしている人どうしで経験を共有するという従来のピアサポートと同様の目的に加えて、家族に対して家を訪ねてくる友人がいることを伝え、家族が困っていることを本人のいる場で共有するという目的がある。
 次に筆者が同行したAさんの自宅訪問について述べる。Aさんは、霊が左手からやってきて、そこで侵入を許すとお腹まで入ってくるので困っているという。さらに霊は、Aさんの信仰している神に背くような命令をするので、Aさんは板挟みになってしまう。精神科医はそれを統合失調症として説明するが、Aさんはその説明は信じていない。Aさんはクロルプロマジンを服用している。Aさんの家庭は貧しくはないが、薬の値段が高いので困っているという。PJSIの会員は、Aさんとその母親に対して、Aさんと同様の経験をしたものとして、助言していた。その内容は、精神医学的なものではなく、信じられるものを見つけてから状況が改善したという体験談や、AさんにPJSIの活動に参加してほしいということであった。


5.おわり

PJSIは、収容施設の環境改善の要求など、英国や米国の精神障害者の運動の研究において焦点が当てられてきた活動にも取り組んできた。ここから精神障害者は、檻での拘禁や鎖による拘束の代わりとしての精神医療の普及を必ずしも歓迎しているわけではないことが明らかになった。
 さらに、ピアサポートに注目したとき、第一に、精神医学的診断を認めなくとも、困難の対処方法の一つとして向精神病薬は受け入れられていた。第二に、ピアサポートの対象は本人だけではなく周囲の家族に対してもおこなわれていた。このような活動は先行研究で記述されてきた活動とは異なっているものの、精神障害者は、精神医学的診断を根拠として本人に解決の負担を求めることを否定しているといえる。


[倫理的配慮]
本報告の調査は、「立命館大学における人を対象とする研究倫理指針」に則って実施した。
[謝辞]
本報告の調査は、2017年度「立命館大学大学院国際的研究活動促進研究費」の支援を受けて実施した。


*作成:安田 智博
UP: 20181031 REV:
障害学会第15回大会・2018 障害学会  ◇障害学  ◇『障害学研究』  ◇全文掲載
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