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「無年金障害者問題の動向‐無年金障害者のための「年金110番」をとおして‐」

磯野 博 2018/11/17 13:45〜14:10 障害学会第15回大会報告一覧,於:クリエイト浜松

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last update: 20181110

2018年障害学会発表 自由研究発表(壇上報告)レジュメ

               無年金障害者問題の動向
        ‐無年金障害者のための「年金110番」をとおして‐

                   静岡福祉医療専門学校 総合福祉学科長
                   無年金障害者の会 幹事
                   磯野博(isono@can.ac.jp)

1 研究の目的
○無年金障害者の会が行った「年金110番」の相談事例おとおして、無年金障害者問題の
 昨今の動向を明らかにする。
○その内容を障害者権利条約定期審査パラレルレポートに反映する

2 研究の視座
○パラレルレポートは障害者NGOによって作成されており、本研究は研究の視座として
 障害当事者としての立場性を重視する。
                   ↓↑
○障害学会は、障害当事者としての立場性を重視しており、当事者学の観点から、障害者
 を巡る諸課題を解明する場である。

3 研究の背景
○2014年、日本は141番目の締約国として障害者権利条約を批准しており 1)、批准後、
 2年以内に条約に関する包括的報告を障害者権利委員会に提出する(第35条)。
 ⇒日本政府は、2016年6月30日、政府報告を提出した 2)。
 ⇒政府報告の「第1部 総論」には、以下のような記述がある。
  「なお、我が国においては、業務災害に係る給付、障害年金等についてはそれぞれの
   施策に包括されて計上しており、障害者施策としては計上していない」
                   ×
○2020年春頃、障害者権利委員会による最初の審査が見込まれており、障害者権利条約の
 履行状況を障害者NGOの立場から主張するパラレルレポートの作成が急がれている。
 ⇒日本障害者協議会(JD)は「パラレルレポート草案」をまとめている 3)。
 ⇒「パラレルレポート草案」では、第28条関連として、政府報告では一切触れられは
  しなかった障害年金に関しても述べている。

2 障害者権利条約の特徴
○21世紀最初の国際人権条約であり、2006年、第61回国連総会において採択され、
 2008年に発効された 4)。
 ⇒2018年6月現在、締約国は177ケ国・地域と、国連加盟国の約9割を占めており、
  障害者政策の国際標準ともいえるものである。
@"Nothing about us without us !"と障害当事者の積極的関与によって策定される。
A"Society on an equal basis with others"と障害のある人々と障害のない人々との
 "Inclusion"の実現が求められている。
BICFが障害の定義である。
C"Denial of reasonable accommodation"が差別の定義に含まれている。
D自由権的権利保障と社会権的権利保障を統合する包括的人権モデルを採用している。
                  ↓
○高藤(2009)は、第28条「相当な生活水準及び社会的保障」は締約国に対して5項目
 の義務を規定した生存権保障条項であると主張している。
a 障害者が清浄な水のサービスを利用する均等な機会を有する。
障害者が適当かつ費用の負担しやすいサービスを利用する機会を有する。
b 障害者が社会的保障及び貧困削減に関する計画を利用する機会を有する。
c 貧困状況において生活している障害者及びその家族が障害に関連する費用について
国の援助を利用する機会を有する。
d 障害者が公営住宅計画を利用する機会を有する。
e 障害者が退職に伴う給付及び計画を利用する均等な機会を有する。

4 無年金障害者とは
 2002年、当時の厚生労働大臣であった坂口力から坂口試案が示され、大臣の私的な提案
 ではあるが、無年金障害者が以下の4類型にカテゴリー化された。
 ⇒1996年の身体障害者実態調査を基にし、調査対象地区を決め、年金を受給していない
  障害者の事例を調べ、それを全体に置き直して推計している 5)。
@1982年の国民年金法からの国籍要件撤廃前に障害が発生した在日外国人(推定5千人)
A1985年の第3号被保険者制度制定前に国民年金に任意加入をせず、その期間中に障害が
 発生した専業主婦(推定2万人)
B1991年の学生への国民年金強制適用前に国民年金に任意加入をせず、その期間中に障害
 が発生した20歳以上の学生(推定4千人)
C国民年金の強制適用の対象になっていながら、未加入あるいは保険料を未納しており、
 障害が発生した者(推定9.1万人)
 ⇒AとBは、2004年に制定された特別障害給付金法の救済対象になった。
 ⇒@は、同法の附則において救済対象に加えることが検討課題として挙げられている。
 ⇒Cは公的年金への未加入者・保険料の未納・滞納者としてひとくくりにされている
  が、その要因は多様である。
                    ↓
○Cに関連して障害年金が受給できないかと無年金障害者の会に電話、メールなどで照会
 するケースが年々増加している。

5 無年金障害者のための「年金110番」の概要
<開催日時・会場>
○第1回:2010年3月20日(日)10:00〜15:00 プロボノセンター(大阪市内)
○第2回:2010年8月28日(日)10:00〜15:00 プロボノセンター(大阪市内)
○第3回:2011年8月28日(日)10:00〜15:00 プロボノセンター(大阪市内)
○第4回:2014年3月29日(日)10:00〜15:00 神戸合同法律事務所(神戸市内)
<相談者の状況>
○件数:196件
○地域:大阪府(87件)、兵庫県(55件)、京都府(9件)、和歌山県(5件)、
    愛知県(5件)、青森県(5件)、奈良県(3件)、東京都(3件)、
    滋賀県(2件)、静岡県(2件)、長野県(2件)、
    千葉県(2件)、埼玉県(2件)、香川県(2件)、福井県(1件)、
    神奈川県(1件)、愛媛県(1件)、不明(9件)
○性別:男(107名)、女(72名)、不明(17名)
○年齢:20歳代(12名)、30歳代(33名)、40歳代(42名)、50歳代(34名)、
    60歳代(33名)、70歳以上(25名)、不明(17名)
○手帳:身体障害者手帳(112名)、精神障害者保健福祉手帳(67名)、
    療育手帳等(3名)、不明(14名)
              *不明には、障害関係の手帳を受給していない者を含む。
<相談類型>
○障害年金受給可能性有:59件
 ⇒20才前初診の確認、保険料納付要件の調査などが必要である。
○ 特別障害給付金受給可能性有:2件
○障害年金受給可能性無:82件
 ⇒保険料納付要件、初診日証明などの確認が困難である。
○障害年金受給可能性無:10件
 ⇒障害認定基準によって障害程度が軽いと判定された。
○障害年金受給可能性無:32件
 ⇒初診日が65才以上などである。
○その他:11件

6 無年金障害者のための「年金110番」の相談内容の分析 T
○196件の相談事例のうち、障害年金受給の可能性がない92ケースを分析する 6)。
 ⇒65歳以上に初診日があるケースを除く。
                    ↓
○障害年金における3つの受給要件があまりにも厳格であり、硬直化しており、障害者に
 対して普遍的に保証されるべき公的年金の受給権から排除されている。
<保険料の納付期間要件>
 1985年の国民年金法等の抜本改正により障害基礎年金が創設され、障害年金の「保険料の納付期間要件」は、初診日のある月の前々月までの保険料の納付期間と免除期間の合計が加入期間の2/3以上であることが基本になった。しかし、この制度改正以前に保険料の滞納がある場合には無年金障害者になる可能性があるため、初診日以前の1年間に保険料の滞納がなければ受給要件を満たすことが、10年間の経過的特例措置として設けられた。この特例措置は延長され、現在も有効である。とはいえ、この「保険料の納付期間要件」に1ケ月でも足りない場合、その障害に対する障害年金は一生涯受給できないのである。 
 一方、初診日が20歳未満である場合、障害基礎年金の受給要件に「保険料の納付期間要件」はなく、無拠出年金になる。
<障害の状態要件>
 障害基礎年金の導入により、制度間の障害等級表が統一され、1986年3月31日、都道府県知事宛てに社会保険庁 年金保険部長が通知した「国民年金・厚生年金保険障害認定基準の改正について」(庁保発第15号)が「障害の状態要件」になる 7)。障害認定基準は、日常生活能力をスケールにしており、初診日から1年6カ月後の障害認定日における障害の程度を障害等級表に当てはめて評価している。ところが、この日常生活能力は、「社会人として平均的な環境のもとにおいて日常の生活を他人の力に頼ることなく送れる能力」であり、平均的な生活環境における一般的な日常生活能力を考慮した想像上のものである。
<初診日の認定要件>
 「初診日の認定要件」とは、公的年金への加入期間内に初診日があることを意味する。初診日とは、障害の原因である傷病に関してはじめて医師または歯科医師に受診した日であり、傷病を発症した発症日ではない。ここで重要になるのが医師による証明、いわゆる医証である。
 しかし、難病や精神疾患といった障害は、事故による怪我のように初診日が明確な障害とは異なり、初診日の特定が困難な場合も多くある。また、 初診日の特定を困難にしている理由のひとつとして診療録(カルテ)の保存期間がある。日本の医師法では、診療録は最低5年間保存することが義務づけられているが、それ以降は保存の義務がない。
                    ↓
○この3つの受給要件のうち、昨今、相談が急増しているのが「保険料の納付期間要件」
 である。
 ⇒かつての終身雇用を前提にした雇用形態ではなく、既に全労働者の4割程度を占める
  弱年層を中心にした非正規労働者は現在の「保険料の納付期間要件」は適合しない。

7 無年金障害者のための「年金110番」の相談内容の分析 U
○具体的な相談内容には、以下のような文言が頻繁に見受けられる。
 ⇒手続きが複雑で分かり難かった。
 ⇒求職中で手続きに行かなかった。
 ⇒忙しくて手続きに行けなかった。
 ⇒ちかく手続きに行くつもりであった。
 ⇒「療養中で手続きに行けなかった。
 ⇒次の職が決まっていたので手続きをしなかった。
                    ↓
○「第2回無年金障害者実態調査報告書」(2005)は、坂口試案におけるカテゴリーCに
 着目し、「保険料の滞納理由」の調査結果が記されている。そのうち、上述のような
 「手続き的要因」が1/3を占めている。
                    ↓
○無年金障害者の発生要因には、3つの受給要件に代表される「構造的要因」に加え、
 「手続き的要因」が連鎖している。

8 無年金障害者のための「年金110番」の相談内容の分析 V
○具体的な相談内容には、以下の文言も頻繁に見受けられる。
 ⇒障害者になるとは想像もしていなかった。
                    ↓
○同様に「第2回無年金障害者実態調査報告書」(2005)での「保険料滞納理由」には、
 「障害者になるとは思わなかった」が65.4%と突出している。
○既に国民年金の保険料の納付率は60%程度であり、高額な保険料を支払えない滞納者は
 330万人を越えている。しかし、新聞報道によると、このうち47.2%の人が障害年金を
 知らないという 8)。この330万人は、病気や怪我によって重度の障害を負った場合、
 何も知らないままに無年金障害者になるリスクがある。
                    ↓
○国民の意識として、公的年金は老齢による稼得の喪失を念頭に置いており、障害による
 稼得の喪失を念頭に置いておらず、老齢年金は保険方式が馴染み易いのに対して、障害
 年金は保険方式が馴染むかということも検討課題である。

9 無年金障害者のための「年金110番」の相談内容の分析 W
○相談員からは、以下のような感想が出されている。
 ⇒任意加入時代の学生や専業主婦、公的年金制度から排除された在日外国人など、従来
  の枠組みでは捉えられない無年金障害者が急増している。 
 ⇒若年層を中心に雇用の流動化・非正規化による無年金障害者、無年金障害者予備群が
  急増している。
 ⇒厚生年金保険事業所未加入問題など、常勤労働者の無年金障害者が顕在化している。
                    ↓
○同様に「第2回無年金障害者実態調査報告書」(2005)での「保険料滞納理由」には、
 不安定就労・低所得によるものが1/3を占めている。
○総務省が厚生労働省に対して2006年に行った勧告,「厚生年金保険に関する行政評価・
 監視結果に基づく勧告」によると、厚生年金保険に加入義務があるみも関わらず届け出
 をしていない事業所は約63万〜70万ケ所あると推計しており、対象事業所全体の約3割
 を占めている 9)。そのため、厚生年金保険に未加入の事業所で働く労働者約267万人
 は、厚生年金保険の対象事業所で働きながら、病気や怪我によって重度の障害を負った
 場合、何も知らないままに無年金障害者になるリスクがある。
                    ↓
○元来、障害年金は、稼得能力の減退・喪失に対する所得保障であり、労働・雇用政策と
 有機的に連携する必要がある。

10 障害年金の方向性
○高橋(2015)は障害年金の方向性を検討する際の論点として以下の3点を挙げている。
@「労働能力を有する者には働く権利の保障を、労働能力が欠けている者には所得保障
 を」を基本にすべきである。
A就労している障害者には十分な所得保障がされておらず、障害年金もしくは賃金保障の
 適切な適応が必要である。
B障害年金の絶対的水準があまりに低く、家族から自立した通常の社会生活を営むことが
 できないため、「所得保障が必要な者には漏れなく所得保障が提供されること」、「所得
 保障の水準は人たるに値する生活を営むために必要な額であること」という原則を前提
 にすべきである。

11 今後の課題
@相談事例を更に精査し、詳細な分析を継続する。
A関連する既存の統計などを活用し、事例分析の結果を普遍化する。
B現在、社会問題化している障害基礎年金支給停止(予告)問題と障害者雇用率水増問題
 に関しても追求していく。

【注】
1)本研究では、2010年12月23日、組織として集団的に本条約を批准したEUを含め、
締約国にしている。
2)政府報告(本文)は以下を参照している。
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000171085.pdf 2018.8.14 アクセス
3)パラレルレポート草案などは以下を参照している。
 http://www.jdnet.gr.jp/report/17_02/170215.html 2018.8.14 アクセス
4)本稿では、本条約の英語、日本語として、以下の外務所HPを参照している。
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken/index_shogaisha.html 2018.8.14 アクセス
5)本推計の根拠は、2006年4月11日の参議院 厚生労働委員会での渡邉芳樹政府参考人
(厚生労働省 年金局長)の発言にある。
6)相談事例の分析に関しては、無年金障害者の会 幹事会の承認を得ており、住所・氏名と
いった個人情報を特定できない資料の提供を受け、研究上の倫理を担保している。
7) 庁保発第15号には以下からアクセスできる.
 http://www.www.shougainenkin.com/ninteikijun/0_00.html 2018.8.14 アクセス
8)これは、朝日新聞 社説「障害年金‐受給要件の見直しを‐」(2014.2.2)において
報道されている。
9)総務省勧告「厚生年金保険に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」
(2006.9.15)は以下を参照している。
 http://www.soumu.go.jp/main_content/000253111.pdf 2018.8.14 アクセス

【参考文献】
○無年金障害者の会(2005)『第2回無年金障害者実態調査報告書』
○高藤昭(2009)「第一章 障害をもつ人の社会的地位の進展 第四節 障害者権利条約」
 『障害をもつ人と社会保障法』明石書店
○高橋芳樹(2015)「障害年金の改善と格差問題の解消をめざして‐『精神・知的障害に
 係る障害年金の認定の地域差に関する専門家検討会』を批判する」 『響き合う街で』
 No.74 やどかり出版




*作成:安田 智博
UP: 20181110 REV:
障害学会第15回大会・2018 障害学会  ◇障害学  ◇『障害学研究』  ◇全文掲載
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