HOME

廉田俊二氏インタビュー・5

2018/08/10 聞き手:権藤 眞由美 於:兵庫県西宮市・メインストリーム協会

Tweet



廉田 そうそう。で、そんな活動、ずーっと、アジアも含めてそんな感じで。まあだから、アジアのメンバーにはね…、アジアだけじゃないかも分からへんけど、もう俺、すごい運とかも大事に、出会いと運。だからメインストリームと出会ったことをラッキーやなと思ってもらえたらな、と思いますかね、俺たちに震災が来たみたいに。だから自立センターも作れたし、今、これやってて、生きがい、やりがいがあるみたいに思ってくれたら嬉しいかな、と思いますけどね。だから俺たちが幸運、俺たちとの出会いが幸運みたいに、いずれ思ってくれたらええかな、ぐらいな感じではありますけどね。  まあそんなことをずっとしてるうちに、アジアでそんなことをやってるっていうのをJICAの人が知ってたりとかして。どっかで。まあどっかでいうか、ちゃんとあるんですけども。それを見てきて、その中の西村さんっていうね、元々ネパールに赴任してて。で、ネパールでイベントやった時とかにもちょうど赴任してて、ちょっと会ったことがあるんですけども。その人がその3年間か何かの赴任終わって、関西に帰ってきたんですよね。JICA大阪に帰ってきた時に、「メインストリームと、自立支援みたいなことのプロジェクトがやれたらいいなあ」と。
 たぶんJICAとかと一緒に交流センターがやってるのは、ヒューマンケア…、ヒューマンケアじゃないな。ヒューマンケアではないんやけど、DPIとかがたぶん、中西さんの奥さん、由紀子さんとかが色々やってるけども、やっぱり東京がやってることで、地方ではやってなかったりして。JICAは「メインストリームとやりたい」って言ってきて、その人がね。じゃまあやれることがある…、「まあやりましょうか」みたいになって、それが中米の…、プロジェクトやなくて、中米の4ヶ国から始まったんかな。コスタリカ、グァテマラ、ニカラグア、ホンジュラス。その4つの国から毎年2人ずつ、8人が一緒に、1ヶ月半ほどの研修なんですけども、その間にさっき言ったような一緒に遊んだり、研修したり、みたいに…、こと、後先、志的な。それは「メインストリームイズム」と呼ばれるものがあるんですけれども、実は(笑)。

権藤 うんうんうんうん。

廉田 その、そういうものを伝えて、「やるかあ」みたいな。この仕事の面白さを伝えるようなことをやってたのが3年。次の3年、まあ延長したんですけども、それは南米も。プラス5ヶ国、南米から入ってきて3年間やって。そういうので、JICAと一緒に中南米、みたいなことが始まったいったんです。
 で、その中で、JICAとか全く知らんかったけど、そんなんで草の根の、技術協力みたいなんでお金が出たりとかもあるのを知ったりとかして、「まあここまでやったんやったら、ひとつ中米で、ひとつアジアみたいに自立センターができるような、なればいいなあ」と。でももううち、これ以上海外ばっかりにお金出すほどのお金がもうなくなってきてるから。各センターも、アジアも、増えていくわけですよ、物価が上がったりとかして。
 「海外に潰されてまうぞ」みたいになってて。まあ、「じゃ、そのJICAの金とか使ってやれるんやったらやってみようか」って。で、メンツ的にも色々考えて実現可能なのが、まあコスタリカやったかな。まあその、志を持ってる感じがあったんですよ。リーダーいなかったんやけどね。アジアとは違う。アジアはもう、カリスマリーダーがみんないるんやけど、そこはいなかったんです。だからちょっと新しい試みでしたけどもね。でもそれを始めたのが2011年からかな…。12からかも分からんな。うん、12年から草の根でやり始めたんかな。  まあそんなんで5年間終わって、さらにもう第2フェーズで、今、あと5年間、残り4年…、まあ3年半かな、になりましたけど。コスタリカではそういう感じでやってるんですね。で、そのあとの後ろの3年間で南米も入ってきて、5ヶ国ほど増えたんですよ、研修受けるのがね。でもそこはもうあんまり上手にできなかったな。ちょっとあまりうまくいかなかった。3年間で終わってもうたんですけども、その…、やっぱりそんなにようさん研修生、ここ受け入れられ…、うちのやり方としては、ここに寝泊まりしながら合宿みたいなんでやっていくんですよ。ちょっと、あの、JICAってもっとスマートな感じで普通はやるんやけど、うちはそんなんじゃないし。何か「裸の付き合い」みたいなところがあるんで、そういうやり方をするには、まあ8人、9人が限界なんですよ、いっぺんにここでやろうと思ったら。[02:20:20]
 じゃあそれまでね、4ヶ国の時は各国2人ずつ呼んでたわけです、8人。でね、2人は面接で選ぶんですけども、そういう時選ぶんはね、1人ちょっと賢そうな奴選んで、もう1人はアホそうな、ちょっと勢い重視とか、おもろ…、ムードメーカー的な奴を選んだり、遊び心で選ぶのが芽が出たりとかあるじゃない。エリートはちょっとすぐ辞めよるから、こっちの世界はね。そんなんで遊び心があって選んだからよかったんやけど、その9ヶ国になってからは、各国1人になったんですよ。これまでの4ヶ国は、まあこれまでに何人か輩出してるからいいけど、南米の5つの国が入った時は、それぞれ1人ずつ来るから。それ、ベネズエラ、コロンビア、ペルー、ボリビア、パラグアイ。この5ヶ国から1人ずつ。まあ1人ずつ言うても3年間やけどね、3人来ることになるんやけど、各。でもね、それ選ぶん、やっぱり賢い奴選んでまうんですよ。その、おもろい、アホな奴みたいな勢いだけでは、なかなかこう広がり持たすん難しいやん、帰ってから1人やし。で、それがやっぱあかんかったんやろね。もうひとつ、こう、上手くやれんかったとはいえ、それでもボリビアにはまあ、いいリーダーがいて。ぺリッサっていう、まあ、ちょっとあの、「同じ匂いのする奴かな」と思える人がいたので、今ぺリッサは応援してますね。それもうち独自でやってますけど。だからその、普通に考えたらね、どこが一番そういうのが実現しやすいかっていったら、コロンビアとかペルーの方が経済的にも豊かだから、可能性高いんやけどもね。でも何ぼ可能性高くてもね、人がもひとつやったらあかんし。でもそのぺリッサは、ネパールみたいな貧乏な…、ボリビアってやっぱり貧しいんですわ。でも一番根性もあって、「ええかな」と思って応援してますけどね。
 だからといって行き着く先とかも、何も、そんな今後の計画とかもないですよ。うん。とにかくどうにかして自立運営できるような所までは応援したいかな、うん。ちゃんとやってくれてるんやったらね、うん。

権藤 まあそれがここのスタッフの人たちにも理解してもらえてるってことは、廉田さんがいなくなったとしても続いていける…、

廉田 続くとは思いますけどね。

権藤 結構ほら、リーダーが変わると、そこで途切れちゃうというか。[02:23:28]

廉田 うん。それはないと思いますわ。うちの中で…、聞いたことあるかな、「修行研修」いうのがあって、ターポイ(ターニングポイント)とはまたちゃうねんやけどね。俺、ほら、「旅で修行」とか言ってるじゃないですか(笑)、「旅が修行」とか。だから、「修行は必要やな」と思ってて。俺らの頃は旅やったんですよね、自分が旅して色んなことするので。旅に…、「旅は修行や」って言ってるから、例えばうちの職員で、ちょっと、「2ヶ月ほど旅行きたいんです」ってもし言ったとしても、それ認めるんですよ、ちゃんと給料も払って。一人旅やったらね。その、やっぱり人間成長したりとか、身についたり、視野が広がったり、俺、力つくと思ってるから、それは認める。それ以外、でもね、その頃は自分探しの旅やったりもしてて、やから今のうちのスタッフにとってはね、自分探しでもないんですよ。「この仕事やっていく」って決めてる人にとってはね、「あんまり旅したところで」って考えた時に、じゃこんだけアジアとか、中南米とかにセンターあるんやったら、「そこでも手伝いに行くか」みたいな方が、そういう何にもない中で頑張ってるとことか、の方がよっぽど、何か自分らも伝えることがあったり、学ぶものがあったりするから。「じゃあお前2ヶ月ほど行ってこいや」みたいな、修行研修っていうのがあるんですよ。言葉もちゃんと喋られへんのに。 で、それは健常者もあるし、障害者もあるんですけども。障害者バージョンなんかちょっと面白いですよ。だってそんな…、

権藤 障害者バージョン。

廉田 うん。もともと健常者、よく行かしとったんですよ。こっちが介助余ったりとかする、たくさん介助が…、バイトの人がたくさん来たら、仕事与えないと辞めていくから、「スタッフ遊んどってええぞ」って。もう全部ふって、遊んでる時に「じゃお前モンゴル行ってこい」とか、「カンボジア2ヶ月行ってこい」とかってこう。自信になるでしょう、そういうのんて。まあそういうことやってたのを、まあ、今度介助者不足になってきたりしてね。介助者余ってるわけじゃなくて。ほんなら今度障害者送り込むようになって。「向こうで介助受けてこい」って言うて。

権藤 (笑)

廉田 それね助かるんですよ。人手不足な時に、その、ごっつい重度な奴が向こう行ってくれたら。そんなことをしてますかね。  だからそういうので、あの、「こいつはモンゴル」「こいつはカンボジア」。日本も修行行ってるからそんだけ向こうのメンツともすごい、俺なんかよりも仲良くなってるわけやから。そういう人たちがおるから、続いていくとは思いますけどね、当然。うん。結構、でもそれも自信になると思いますよ、障害者も。そういう、そんな頚椎損傷とかで、大人になって20歳ぐらいで急に事故で頚椎損傷になって、そんで病院おって、自立して。そいつが何語れるかって言ったら、語れるもんないでしょう? そんな。だって怪我して病院行っとっただけやから(笑)。

権藤 だからねぇ、何もそのねえ、ないですよね。

廉田 そう、そう。まだおかしいけど、俺とかやったら、その、何やろう、あるじゃないですか、合コンの旅行ったりとか、大阪―東京歩いたりとか、ヒッチハイクで横断したりとか、

権藤 生きてる内容の濃さが違う。

廉田 大阪―東京を歩いたりとか、色んなことをやってきてるけど、そんなん何もないから。やっぱり自信持って、ちょっと語れるものを、って思ったら、そんなちょっと破天荒なことしないとおもろいことにならへんから、行ってもらってますね、そういうのに。だからさっきの祭りとかっていうのも、祭りをカンボジアやっぱそういうイベント大きなんしたことないし、「お前行って下準備やってこいや」みたいなんで。さっきのその、ボランティア100人ぐらい集まったんですけど、その、日本語学校とかに行って。それ集めたんそいつですよ。養護学校回って、うん。

権藤 おー。そりゃすごいな。100人。[02:27:28]

廉田 そうそうそうそう、そういう、うん。いや、「200人ぐらいおったけど、100人ぐらいに制限した」って言ってましたよ、多すぎるので。ぐらい、人集め上手にできた言うてました。いい経験みんなしてると思うわ、そんな中でね。

権藤 なかなかできる経験じゃないですよね。

廉田 ないと思いますよ、うん。

権藤 そして、集めれたっていうの、その人の力ですもんね。

廉田 で、向こうは向こうでね、やっぱりその、自立もちょこちょこしてるレベルやけど、やっぱそういうのが行ったら介助、ぐっと厚く要るから。介助者も養成せなあかんし。カンボジアのレベルじゃない…、うちに平田っていう奴が頚椎の1番やから、もう顔しか動かへん。奴がパキスタンとか行ってるわけやから。
 それで、全部介助、言葉もでけへんのに。色々作らなあかんのよ。ビデオとか作って、「こうやって摘便やってくれ」とか全部やらしてるんやから。向こうにとってもいい経験みたい、「そんな障害者、関わったことない」とかっていうのも含めてね。まあだから、まあ継続できるやろうとは思うんやけどもね。そりゃうまくお金が回ってる時の話やろうけどね。まあまあ、何とかなるんじゃないですかね。

権藤 うーん…。何か先が、ちゃんと…、何だろう、考えてやってるわけではないっていうふうにおっしゃってますけど、何かうまい具合に人が育ってるというか、育てられてるというか。

廉田 やっぱりね、面白いことせんとね、飽きるんです、俺たちも。

権藤 まあ、人はですね。



廉田 誰でもね。何ぼ面白いことでも、10年やったらマンネリ化するし。で、最初の頃は俺も若かったしね、やっぱりその大阪―東京歩くような活動のその、年に1回やけど、夏の時期にそういうのんがあるっていうのが面白かったんやね、TRYをずっとやってた。
 で、そっからね、障害者甲子園っていうのをやりだして。これは93年から2002年までですけども、まあ野球するわけじゃなくて、全国におる障害のある高校生を西宮に集めるぞーみたいな。作文とか書いて50人ほど選んで、その50人ぐらい集まって3泊4日の合宿をするんですけど、西宮で。その介助をするのは西宮の障害のない高校生たちなんですよ。

権藤 ほおおー。

廉田 その子たちがボランティアと実行委員とかがいて、その実行委員20人ぐらいが作っていくんですよ、そのイベントを。あの、3泊4日の間に何するか、っていうのをね。まあ大人の全国集会みたいなもんですけど、それの合宿版ですよ、高校生の。そういうことをやり始めたんです。[03:30:17]
 で、ま、そもそも何でそんなことやり出したか、って言ったら、この、元々車いす集会やっとったじゃないですか、大人の全国集会。で、そんなん見てて思ったことは…、ボランティア集めたんですよ、あの、介助の子も集めたけど、その「有料の介助やろうぜ」っていうんで。昼間はボランティアとかで、あの、何やろう、大会の準備したりとか色々あって。でも、千何人集まったんですよ、大きなイベントですからね。3日間で、毎日400人ずつぐらい人が必要なので、ボランティアがね、そういうので。でも学校単位で来てくれたりもあって。高校生とかも来てくれるけど、来てる障害者皆おっさんとか、おばはんとか、それなりの大人で。「これ、たぶん高校生、同じぐらいの年代どうしの方がたぶん面白いんちゃうんかな。でも障害のある高校生ってどうしてるんかな」ってなっていくわけですよ。ったら、みんな養護学校行ってたり、普通学校行ってるけれども、そもそも3ぱ…、2泊3日のその全国集会も、金、土、日とかね。土、日、月とかで3日間やるんやけど、「じゃあ学校休まなあかんやん」って、その、月曜日とか。あの頃週休2日やったかどうかも怪しいんですよ。隔週やったかも分からへん、みたいな時代やから。そんな学校休んでまで、そんなわけ分からん障害者の集まりに、「行ってこい」って言う養護学校ないやろうし、お金もかかるし、って考えたら、「やっぱりそれ、高校生向けのん作らなあかんのんちゃうんかな」って思ったんですよ。夏休みとか、休みの時期に。で、金もかからんでええように、「こっちで全部、出したるわ」と。その、お金集めてね。「招待したるわ」っていうようなイベントしよかな、と思って。
 ま、そんな辺ですかねえ。高校生どうしの方が遊びに行ってもおもろいやろうし。で、さらにその全国集会で話し合われてる中身とかもね、「自立」とかね、その、「学校教育の問題」とかね。その、「普通学校に行くのか、養護学校なのか」みたいなこととかね。「それ全部、高校生ぐらいが話す中身ちゃうんか」って思ったんですよ。自立なんか、高校…、健常者で言うたら、高校卒業したあとに就職するか、大学行く時でも一人暮らしするみたいなんで。やのに、それをおっさんらがやっとるわけですよ、障害者は。施設入っとるからね。でも本来、高校生ぐらいから考えておかしくない話やのに、そっちの方が主役やのに、「おっさんらばっかりで何やっとんかな」って思い出ししたら、「高校生集めなあかんな」っていうふうになっていって、やり始めたのかな、その障害者甲子園って。地元で実行委員を5月頃集めて、「こんな集会するけど」って、10人か20人集まって来るんですよ。でもう、メインストリームの事務所が、部室みたいになっていくんですよ。毎日、高校生が集まってきて、「あれや、これや」って言い出して。で、お金結構かかるんですよね、招待するから。それでもね、えーっと、これ、朝日に何かその、おもろそうに書いたんですよ、企画書を。朝日うまいこと乗ってきて、200万くれることになったんですよ。「おもろいな、これ!」みたいな。で、それ200万と、あとは募金で200万。高校生上手なんですよ、俺らがやるよりも。
 高校生やっぱり気持ちいいんですよね。悪そーうな奴らも来るけども、募金の時はちゃんと制服キチッと着て行ったりとかして、可愛いんですよ。で企業回りも高校生にやらしたんですよ。大人がやることを教えて、高校生が気持ちよく、「こんなことやろうと思うんです」って言ったら、「出したろ!」みたいな気持ちになるんですよ。障害者が可哀想な感じで行くよりは、よっぽどハツラツとしてて(笑)。で、それも200万ぐらい集めて。だいたい600万ぐらい毎年集まってね。その内の400万ぐらいで障害者甲子園やって、200万は俺らがピンハネして、それで食いつないどったんですよ、メインストリームは。
 毎年、「潰れる」言いながら。お金なかったからね。そんなこと10年やったんですよ。で、えー、実はその、高校生やった子たちが、ここのスタッフになってるんです。色んな子、下行ったらたぶん…。

権藤 あー、この10年の内の。[02:34:52]

廉田 そうですよ。その、全部じゃないけども。だから今、30…、今このコーヒー持って来た女の子とかいましたよね。あいつは第10…、9回ぐらいの、障害者甲子園の実行委員やって。ていうのが一番若い方で、一番上は43ぐらいなってます。最初の高校18歳で、高校3年生やった子が、そのあと大学行ったりとかして、ここでスタッフになって。でも高校の時に一緒にね…、その、あいつらもう家帰らへんのですよ、あの、夏休みとかは。うちの事務所で、準備もあるし、「こんなことやったらおもろいな」。3泊4日の合宿もおもろいことしてるんですよ、結構。その、何か高校生アホやからね、あの、賢い奴は…、ここら辺はね、灘高っていうすごい賢い学校もあるけど、アホみたいな学校、それが一緒にこう実行委員となってやるから、まあおもろいことになるんですよ。ほいで、まあアホな奴らがおる時の、その実行委員とかで、最初はね、障害者と健常者の高校生どうし…、障害者って施設…、親とか兄弟とか、施設の何か、先生みたいなんとは外へ遊びに行ったことあるけど、同年代の高校生と遊びに行ったことがなかったりするん。「とりあえず遊びに行かそうぜ」とか。「最初は講演やって、話し合い…、分科会みたいな話し合いしようぜ」とかね。でもその、介助も全部高校生同士でやるからね、教えて。うんこ取るのも、全部それやらして。まあそんなイベントやったんやけれども。ま、お金集めもね、全部ひっくるめて。  えーっと…。で、そんな中で、最初はそういう交流から始まって、こっちも欲が出てくるんですよ。高校生に色んなことやらしたくなってきて。この、ここだけで、この、体育館に寝泊まりするんですけども、その遊びに行ったりとか、観光とかするけど、「こんなとこだけでやっとんじゃなくて、このやってることを、ま、新聞には載るけど、もっと社会に広げること、何か、何かせえへんか?」とか言って。じゃ「障害者のホームステイ」みたいなことを企画したりとか、普通の…、当時やったらまあ外国人やったと思うんやけど、ホームステイという言葉は、普通はね。「障害者をホームステイさせませんか?」みたいな、一般の家にその、高校生の障害者とボランティア50人ぐらいおるんですけど、それと一緒になって、普通の家行って、何か、その人たちに色んな経験してもらうみたいなことをやったりとか。
[02:37:27] あと、「やっぱりお前ら自立するとか、これから生きていくには、自己主張できなあかんぞ」と。「自分の言いたいことが言えなあかんぞ」とか言うんで、梅田に舞台組んで、1分間スピーチっていって、100何人…、100人ぐらいおるんや50…、全員が、1分間で社会に物申す、みたいなのをやらしたりとかね(笑)。俺ら好きなことやらしとった、「こんなんおもろいぞ」言うて、色々やらして。そのうち運動もさせたくなってきて。その、分科会とかでまとまったことを要望書にまとめて、何かね…。で、それ上手に持っていくんですよ。「社会変えたいなあ、みたいになったら、どないしたらええんやろう?」とかになって、「誰に言ったら変わるんやろ?」とかって高校生話し合っとんですよ。「誰やろな?」「天皇ちゃう?」とか言うとんねん。

権藤 (笑)

廉田 「天皇は違うんちゃうか?」言うて。「横山ノックかな」とか、当時大阪府の。総理大臣ちゃう?」とか言い出して、「えっ? 廉田さん、総理大臣に、じゃあ要望できるん?」とか言うから、「いや、聞いてみな分からへんなあ」みたいなん言うて。でそっからね、今度首相官邸まで、みんな全国からここに集まってきてるのに、3日目の夜行とかで、今度、ムーンライトながらみたいなんで、あんなん夜行でずーっと東京まで今度、全員100何人が移動して、で、首相官邸まで要望者を出しに行く、っていうのもやったりとかね。その頃はね、小泉さんの時代やったんやけど、あの人いつも夏休み取っててね、ちゃんと。いないんですけども、でも官房長官みたいなの代わりに。でもそれ安倍さんやったんですよ、当時。今は総理大臣やってる安倍さんに2回渡してますね。そういう段取りしたりとか。結構面白いことやね、やってたんですよ。その、イベントをね。この、イベントやっぱりね、面白いイベントしようと思ったらね、その、やっぱりイベントを成功さす要素みたいなのがあるんですよ。
 まあそういうのんで、やってきた子たちが今ここの、

権藤 スタッフになってるっていうことですね。

廉田 スタッフになってるからね、それを作るっていう。俺もやりやすいですよ。もうずーっとそんなん。だからうちの子たちは、介助歴は長いですよ。今40歳とか言ってるけど、介助歴25年とか言ってるんですよ(笑)。15、6からやってるから。高校生…、あっ、この障害者甲子園の高校生の、実行委員やってた子が実行委員会終わったあとにそのままバイトで始めたんです。うち、高校生をいち早く取り込んだんですよ。

権藤 今でも高校生のアルバイトっています?[02:40:17]

廉田 おりますよ、はい。いっときはね、もう、いなか…、あんまりいなくなって。甲子園やめてからはね、なかなかいなくなったけど、またちょっと入ってきてますね、ちょこちょこ。
 だからメインストリームはね、実は海外支援もやってるんやけど、それは一部で。メインストリーム全体が面白いと思うんですけどね、色んなことやってるから、ほんとは。まあ言いたかったのは、その、今言ったTRYっていう時代があって、10年間(笑)、まあ途中からですけどね。86年から95年までがTRYみたいな。大阪―東京に絡むようなそういうバリアフリーの活動で。で、かぶってるんですけども、93年から2002年までは障害者甲子園っていう、高校生を何か、育てようや、みたいなことをどんどんやってて。それこそ、海老原さんとか知ってます? あんまり知らん? 海老原さんって、女の、東京の。何か、呼吸器の映画みたいなんとかやってたりとか。海老原さん知らんかな、えびちゃん★。

権藤 わかんないです、えびちゃん。

廉田 えびちゃん。海老原さんもまあまあ、今はいっぱしのリーダーですけども。(笑)第1回の障害者甲子園に来た子ですけどね、16歳の時。まあ、活躍してくれてるんで嬉しいんですけども。まあそれが2002年まであって。2003年からは海外…、あ、支援費が始まったから、めっちゃ忙しくなって、そんなことがなかなかできんようになって、「どうしようか?」っていうので、まあダスキンを受け入れてたのもあって、そっから海外支援が始まっていくんですよ。で、だから自立センター以外のことやっとるわけですよ。あの、本来の本業からちょっと離れたような、どうなんやろう、人材育成のようなものが、最初は国内やったり、今は海外やったりで。
 やっぱり自立センターの仕事ってね、実はあんまりおもろないんですよ、日常業務を真面目にやってたら。だって、そうでしょう? コーディネーターはその、誰々を派遣するコーディネートだけやし、介助行って、ただ単調に介助しても何も面白くないし。動きがないと面白くないじゃない、動けるようなもん作らんと。で、交渉言うても、喧嘩ばっかりするの嫌じゃないですか、もう。ほらもう、笑ろときたいわ、ほんとのこと言うと。
 で、そう思ったら、これを、こんなおもろない、堅い真面目な仕事をおもろくしようと思ったら、何か違う風を入れなあかんのですよ。それが、甲子園やったり、外国人やったりみたい。そんなのを上手くこう、合わしながら、何かこう、視野が広がったり、世界が広がっていって楽しくやれてるんかなっていうのが今かな、思う。うん。「じゃあ次何しよか」みたいな、なっていくわけですよ。
 うん。そう。だから、他の真面目なセンターからしたら、何かメインストリーム余計なことばっかりしてる感じでやってるんですよ。余分なね、何か、余力ありそうなことやってて、妬まれるかもしれへん。楽しんでるから。

権藤 (笑) 楽しそうやなって思うんじゃないですか。[02:43:27]

廉田 そう、楽しそうにいてるからね、そうなんですよ。だから地道にしとるところは地道にやってくれたら、全然そんなとこがあるからありがたい話やけど。うち、そんな真面目な奴おれへんから、それじゃもう、飽きてきて、モチベーション難しかったりとかするから。やっぱ常に…、あの、俺、自立センター面白くないとあかんと思ってるとこなんです。で、他のセンターそんなこと言わないですよ。別に「おもろい」とか大事にしてないじゃないですか。うちは「おもろい」をすごく大事にしてて、「おもろいって何やねん?」てなるんやけど。それはね、何でかって言うと…。何か、海外支援の話やなくなってしもたけど、申し訳ないですね。

権藤 いや全然。いや全然、全然。

廉田 「何で自立さすんか?」っていうことなんですけども、それはやっぱり人生おもろくするためやと思ってるんですよ。施設とかにいて…。人生豊かで楽しい方がいいに決まってるし、それ、疑う人はいないですよね。

権藤 ですね。

廉田 絶対おもろい方がいいに決まってて。でそれは、それで。だから「自立しようや」って言うんですけれども。で、だからその人が自立して面白い人生歩んでくれてることが大事なんやけども。うちの場合は、さっき言ったみたいに、その、さっきの、「メインストリームイズム」というのがあって、その「人生賭けとんか」みたいなことでスタッフ選んでるわけですよね。で、じゃあ他の…、他のっていうか、「自立センターは、普通の会社と何が違うんや?」っていう話になった時にね、あの、まあちょっと極端なこと言うけど、「普通の会社は9時-5時としましょう」と。まあそうはいかへん会社もたくさんあるけども、9時-5時で終わりますよ、と。「残りの時間を自分がどう生きるか、自分の人生のやりたいことを楽しんで生きていくのが普通の生き方や」と。「だからプライベートと仕事とはキチッと分けてやれるんが、一般的にはそれがええんやと思う」って。「ただ俺らの仕事っていうのは、分けられへんぞ」って。「そんな綺麗に、こっからここまでって分けられへんと思うで」って、いうふうに言ってて。
[02:45:43] また変な話ですけども、うーん、「大学で授業やってます」と。それで自立の話とか、権利の話とかしたらすごい仕事っぽいことやってるけれども、「自立センターこういうとこですよ」って。ただ「今日、同窓会で、俺、飲み会で久しぶりに昔の仲間と飲み会やねん」って言って、「そこで廉田何しとんねん?」って、「いや、俺自立センターいうのやっててやあ」って言うて、そこで話す話と、大学で話してる話は似たような話で、やってることは一緒で、でも向こうは仕事っぽくて、こっちは何か遊びっぽいけど、俺は一緒やと思ってる。それは俺らが伝えるのが仕事なんやから、「この時間とか、場所とか関係なくって、だから、ずーっと仕事してるみたいな感じかも分からへんで」って、この仕事やるっていうのは。ただ、プライベートの時間も必要やから、上手に自分で、外国遊びに行くでもええけど、何か見つけな、やってはいかれへんけども、そういうところやから、もしね、生き方として、こっからここまで仕事で、ここは、土日はもう完全に休み」みたいな、プライベートとは完全に分けたい人はうちではやられへんよ、無理や。  だから、ごっちゃごちゃになってて、「もう全部仕事」みたいに。だって「人生賭けろ」言ってんのやから、全部仕事みたいになってるけども、そういうスタイルをおもろいと思えるんやったら一緒にやっていけるわって、いうことで集まってきたスタッフなんですよ、ここはね。だからここ12時でも開いてる店なんですよ、実は。その、形的には8時半までとかになってるけど、ほんなことあり得へんのですよ。だって、「飯でも食おか」ってそこで作り始めたりとか、たぶん俺も12時までに帰ることはもう、ほんまに少なくって、ここにおる方が多い。まあスタッフはうまいこと言ったけど、ここは、「みんなの持ってる家が寝室で、ここはリビングや」って、いう言い方をしてる、
 で、そんなメンバーばっかり集まってるから。じゃあその、ここで過ごすというか、ここで関わってるのが全部人生じゃないですか、俺らスタッフにとっては。ということは、「人生面白くないとあかん」って言ってるんやったら、この、人生賭けてやってるほとんどの時間を費やす、この自立センターのことが面白くないと俺らの人生面白くならへんから、やから「自立センターおもろくないとあかん」っていうのが、うちのスタイルやから、必要やなと思って、言ってる感じですかね。
 そういうことができるような仕組み、上手にできてるんですよ。例えば、スタッフに面接して、で、この西宮の、この近くに住まなあかんのですよ、まず。スタッフになる時。西宮で、健常者でも、すぐ近くに家があって両親と暮らしてる奴も、いちいち自立せなあかんのですよ、自立センターだから。というので、この事務所を囲んでみんな近くにおるんですよ。やから、大阪の子なんか一人もいないんですよ。そんな奴は「役立たず」って呼んでて、こっちで障害者が「うんこ漏れた」言うてんのに、「いや、終電終わったから行けません」って言う奴なんかいらんぞ、ってなってるし。いつでもスッと行ける所におらなあかん、ていうのがあって。だから、うち終電とか気にせんでええから、ここにずっとうだうだ、3時4時になって、「おお、そろそろ帰るわ」とかっていう、これちょっとうちのスタイル、特殊かもしれないですけども。うまいこと、そういうふうになりましたね、何か。他のセンターで真似しにくいのはそういうとこなんかなって。地の利の問題もあるじゃない、東京でそんなん言ったところで。うーん、この面白さ、ちょっと分からへんと思いますね。うん。でもそういうことが今は、できてますかね。面白いことになってるんですよ。

権藤 うん、関係性やな、やっぱり。

廉田 その健常者の家もバリアフリーじゃないとあかんのですよ。俺厳しいんですよ、そこは。

権藤 (笑) なるほど、遊びに行けないから。[02:49:35]

廉田 そう。「お前、社会変えよう言ってる奴が、自分の家は入らんといてくれはないぞ」って。「まずは自分ところから変えんと、インチキやぞ、それは」って。だから全員家探し、苦労してますよ、健常者であっても。「ここスロープ置いていい?」 大家さんと相談せなあかんから。面白いじゃないですか、それも。何かそういうふうにした方が。いくつかそういう「メインストリームイズム」と呼ばれてる厳しい世界があるんですよ。

権藤 あるんですね。ほおー。

廉田 うん。そんなん、ちょこっとあった方が面白いですよね、何か張りがあって。ちょっと誇りに思えたり、格好よかったり。「そういうの格好ええと思えたらええやないか」っていう感じですかね。生き様として。うん。

権藤 うーん…。

廉田 いやでもね、こんなセンターで、初めてこんなセンターに出会って、ちょっと申し訳ないけど、さっさと熊本のセンターとか行ったら、もう、真面目そうでしょう。何かその、笑いとか大事にしてないから。何かそれはそれでね。そうそう。だから熊本は熊本で、もっと自分らのいいとこアピールすればいいと思うんですよ、良さをね、上手に。

権藤 うん。私もその介助をやってて、例えば、京都の人に介助してる時は、「何かちょっと違う」って言われて。その何か違うの、何かって言ってくれないんですよ。すごい自分で考えるんだけど、大阪の人とかだと「ねえちゃんパンツ食い込んどるで、私のパンツ!」って言われて。「すいません!」って言って、ズボンあげた時パンツがギュッと食い込んでて、「わーっ!」て言って。うん。大阪の人はそう、はっきり言ってくれるんだ、って思って。熊本の人だと、うーん、まあちょうど中間ぐらいかなあ、っていう感じで。「それぞれ地域性がある」と思いながら介助してましたね。うーん。地域性かなあ、やっぱり。

廉田 いや、でもこのスタイルもなかなか難しいですよ。

権藤 いや、難しいと思います。

廉田 もうどんどんね、俺が言ってることはもう古いことやと。ちょっと古いところもあるじゃないですか。さっきから言ってる、「暑苦しいこと」って言い方しますけど、「そんなこと言ったら、今の子は働かへんで」みたいな。もう、ブラック企業ですよ、このまま説明したら。俺最初にそっから始まる、「うちブラックやぞ」って。「でもみんなに聞いたらホワイト言いよんねんや」って言うわけ。

権藤 (笑) なるほど。

廉田 そう。最終的にはね、やらされてるか、好きでやってるかなんですよ。

権藤 そうそう、どっちかですよね、そうそうそう。

廉田 そこだけなんですね。だからそんな「やらされてる感」でやってる人は誰もいないから、おもろがってるけども。でも、その、さあ、大学卒業してさあ、入ってくる子にとっては、今はもう通用しなくなってきてるんかもしれないですね。俺、形変わっていくの嫌なんやけどね、何か。これはこれで面白いもんね。派遣屋さんになってまうからな、そうじゃないと。いつの間にか。面白いですよ、だから、うちのスタッフ、全員。別に一人一人聞いても、なかなか、あの…、[02:52:53]

権藤 田村くんもメインに行って、あの、「夜通し遅くまで何か話したりとか、遊んだりとかっていうの覚えた」って言って。

廉田 そうなん。

権藤 すごい嬉しそうだった、うん。

廉田 夜が大事いうのもあるんですよ、うち。(笑) 昼間はね、やっぱり人来たりする時に、あの、パソコンとか打っとんはあかん、っていう教えがあって。「何じゃそれ?」って。「ちゃんと相手して伝えるのが仕事やって言ってんのやから、こっち向こうぜ」みたいなことになったら、やらなあかんことでけへんかったりするから、「もうそれはお前(?)に勝手にせぇ」。でも自分のペースでやったらええんやけど。そんなに急がなあかん仕事って滅多にないし。まあ、そんなんで、「こっち向け」みたいなんがあるんですよね。だからどんどんどんどん遅くなっていって。で、もっかい言うと、コミュニケーション取らな、昼間に喋るのもあるけども、やっぱり夜とかの方が、何やろう、不思議なもんで、昔から、ぐっと来るもんありますよね。あのしみじみとした、何かあれ、飯食いながらでもいいし、何でも。不思議なもんやね、それって。

権藤 夜が更ければ、更けるほど。

廉田 そうそう、盛り上がってくるね。そこを結構、そういうので夜大事にして、夜型やね、完全にここは。「夜、大事やねん!」って何の根拠もなく言ってるから、うん。仲良くもなりますよ、その方が。うん。

権藤 うん。私も実習で行く時は、泊まりでできるところは泊まりで行って、夜勤の人が暇な時間遊びに行って、話を聞く。その時間だと結構ほら、あの、ほんとのことを話してくれたりとか、うん。けど、昼間だとやっぱみんな忙しいし、なかなか話す時間が取れないんだけど。夜中はね、結構みなさん話してくださってましたね。うーん。だからいつも寝不足。[02:54:59]

廉田 まあそうは言ってもね、うちも歳とった人も増えてきてね。言うてもできたん早い、89年、まあまあ早いやないですか。もう来年30年ですよ。これやり出して。

権藤 30周年ですね。

廉田 そう。やから、歳とるわな、言うても。始めた時は若手やったんやけどな、俺も。28とかで(笑)。ほんまに。

権藤 そっか。え、じゃ

廉田 58です。61年生まれです。

権藤 ああ私とちょうど10こ。
 うーん…。まあ何か、田村くんが「面白い」って言ってるのが、ちょっと色々話を聞いて…。
 まあでも、他所が真似しようと思ってもできないな。

廉田 ん?

権藤 他所が真似しようと思ってもなかなかできないな。

廉田 やってほしいけどね、何か。何ができへんのやろ。スタッフ既に、就職の気持ちで来てるスタッフがおったりするじゃない。よくね、他のセンターの職員研修とか行ったりもするんですよ。でも俺らが教えれることって自分らがやっとることしかできないから。でね、まあ「面白そう!」は言ってくれるんですよ。で、さあ、最終的に「こんなセンターにしたいか?」って聞いたら、別れますね。半々みたいな感じで。若い子たちは、「それ面白そう」ってなるかもしれへんけど、それなりに家庭持ったりとかしとる人にとっては、「えっ?」みたいな、「しんどいやん」みたいなことになるんですよ。だっていつ仕事、終わるんか分からへん、みたいになってて。

権藤 うん。切れ目がないからですね。うんうん。

廉田 そう、そうそうそう。でもそんな言うたら、うち、子どもプロジェクトが生まれたりとかいうのは、

権藤 うん、やってるんですよね、うん。

廉田 そういうのも全部繋がってきてて、やってるんやけども。なかなかね。難しいみたいかな。面白いけどなあ。でもね、アジアのセンターは、こういう…、ここで、これを見て、作ってるから、結構これに近いんです。だから最初から作る段階からやったら、やれるんやけど、既にね、もう、

権藤 そうそう…。でき上がってると、

廉田 …ところに「研修」言われても、かき乱すだけでね、何か分裂さしてまいそうで、ちょっと怖いんですよ。 [02:57:36]
権藤 そうですね。それがいい、って思って響く人はすごく響くだろうし、「今の生活壊したくない」って思う人はね。なかなか入ってこれないだろうし、うん。

廉田 そう、だから少数派なんですよ、うち。何やかんや言いながら。悲しいかな。

権藤 まあでもここで、うまくいってるのであればですね、他所もね、いいんだろうけど。どっかしら、やっぱなかなか若手が、入らなかったりとか続かないっていう要因は何かあるんでしょうからね、他所のね、何か。ここ若いですよね?

廉田 いや、そうでもないよ。

権藤 そうですか。さっきパッと1階見た時、「何かみんな、若い!」と思って。

廉田 いやいやいやいや、ほんなことない、ほんなことない。でね、1階もね、あれ、生活介護今やってるんですよ。で、生活介護、そろそろ? 今何時ぐらい? これ。

権藤 今何時? あ、えー。

廉田 あっ見ます、見ます、いいですよ。5時前ですね。生活介護やり始めてるから、何か変な上っ張りみたいなの着てる奴がおるんですけど、チョッキみたいに。

権藤 あー、はいはいはい、着てましたね。ビップス何とか、うんうん。

廉田 あれはね、あれは生活介護やってる…、スタッフでありながら生活介護の人や生活保護受けてる人は、そういう形でも採ってるので、えーと、その生活介護の担当があれ着てるんですよ。だから介助はそこに頼むんですよ。でもそうじゃない、ウロウロしてる奴らもおるんやけど、それは誰か、っていったら、スタッフやったり、バイトやったりは、ちょっと見分けつかへん。色んな人が出入りしてるから、みたいな感じになってますわね、スタッフね。生活介護の人とか結構歳とった人も多いけどね。

権藤 ああ、そうですか。何か着てるなあって思って。何の、こう、あれ何だろうと思いつつ。うーん。他所が何か、年齢構成が高いからか、まあ私も京都のJCILと熊本としか、(?)。

廉田 JCILもあれやなあ。古いとこやから、ちょっと高齢化しとるなあ。[03:00:02]
権藤 うん。働いてる方はまあ、ちょこちょこっと若い方いますけど、それでもまあ立命の院生とかも、けっこう働いてて。結構、もう院生ってなるとまあ、年もいってる院生とかも多いかな。だから年齢構成としては、結構上かなあ、とは思いますね。うん。だからここ来て、「うわあ!」って思いました、もうほんとに。「わ、若い子ばっかり」って思って。

廉田 いやあ若い感じはせえへんけど、あんまり。

権藤 うーん。なかなかね、若い子って。まあそういう意味ではね、田村君も、熊本に残るか、うん、こっちに来るか、悩んでるのかなあ、決めてるのかなあ。

廉田 どうなんでしょうね。ほんまに働くんやったら、ちゃんと面接せなあかんし。

権藤 がっつり。

廉田 今回はちょっとそこまでのね、ちょっと突っ込むやろうけど。いや、でも俺も「何か喋ってくれ」言われてたな。そのさっきの「メインストリーイズム」っていうのがあるんですけど、うちで働く時の心得みたいな。それを話してくれ、って言われてたんや、うん、最初に。あ、「インターンみたいな感じで来る」って言ってました。

権藤 あ、インターンって言ってました。

廉田 インターンシップ、いう言い方をしてて。だから、今回ね、ぜんぜん関係ないけど青学のね、学生がここで合宿…、青学ぜんぜん関係ないんやけど(笑)。何やったやろ。えっと、リハ協で働いていた千葉さんっていう人がいるんですけど、今、青学で先生してて、英語が堪能な人で。でもマーケティングか何かのゼミの生徒がいるらしくって、全部でゼミ生が11人おるけど、その中で2年生や言ってたかな、「ゼミ合宿をしたいな」いう話になったらしいです。で、「関西の方行きたい」って言って、勝手にやりゃええんやけど、「メインストリームで合宿する」みたいなことになって、おかしいんやけど。それはまあ、あの、パキスタン人とかが、まだリハ協時代にパキスタンから集団で来た時に、ここで研修とかしてるのがおもろかったんやろね、たぶん。「まあこういう世界も知っとってええことかもしれへんから」って言うので、何するんか分からへんのやけど、合宿で2泊3日で来るんですよ。31、1、2かな、8月の。それを、俺はあんまり噛んでなくて、まあそれを受けただけで、その若い子らが企画してますわ、中身をね。
 もう俺なんか出る番もあんまないですよ、ほとんど。  ほいでそれでやってるのんで、その、ターニングポイントに参加したナツオと、もう一人、みくちゃんっていう女の子が、大学、今2年生で、筑波大学に行ってる子がいるんですけども、2人がインターンシップみたいなので来て。その時はうちのスタッフ側として、その、受け入れる側として、その青学の人たちにこう、接するから心得を先やるんでしょうね。もしスタッフやったら「こんな感じで俺らはやっとんやから」みたいなのを。それで、その間やって、そのあと「どうやったか?」みたいなのを聞いたりするのかなあ? よう分からへんけどね。…っていうふうに聞いてますけどね、うん。

権藤 なら、ちょっと本格的に、うん。[03:03:25]

廉田 どうなんやろね。まあ、みんなとは仲いいと思いますよ、ナツオも、そうは言いながら、可愛がられてる。あいつ喋るん上手じゃないですか、何だかんだ言うて、前で喋るんが。根性ないだけで、上手にしゃべりよるから(笑)。うん。

権藤 うまいですね、うん、そこは。うまいですね。やっぱり高校生の時に女の子ばっかりの中で3年間過ごしたからですかね。

廉田 はあ、女の子と喋るの上手なんかな。

権藤 うーん、けどね、うまい具合にこう、うまくいかない。

廉田 彼女は、彼女はね。

権藤 そうそうそうそう(笑)、彼女はできない。

廉田 彼女はできないよね。うん。うん。

権藤 そうそうそうそうそう。それで本人は悩んでるんですけどね、うん。軽く見られるのかな。

廉田 うーん。

権藤 そうか。なら、月末にちょっと来て、「メインストリームイズム」を聞いて。

廉田 まあ、そんな暇なんですか、結構?

権藤 本人?

廉田 いや、あなたです(笑)。

権藤 私ですか、全然暇じゃない。

廉田 自由人みたいな感じなんですか。

権藤 いやいやいや、全然自由人じゃないです。

廉田 学校はちゃんと…、それ何? 正職員で働いてるんですか?

権藤 嘱託です。

廉田 嘱託でもちゃんと行かなあかん。夏休みだからちょっと楽なんですか。

権藤 そうです、自由が利くんですけど、あとは自分のお財布加減ですね。

廉田 ああ、そうなんや。

権藤 はい。今の仕事も「貯金がなくなったら辞める」っていうふうに言ってるので。

廉田 何がなくなったら?

権藤 貯金。

廉田 (笑) なるほど。え、貯金を食い潰しながら今の仕事をしてる感じですか。

権藤 はい。

廉田 うわあ、大変。

権藤 でも、えっともう次の引っ越し代は貯めてからじゃないと辞めれないので。ちょっとそこだけは、引っ越し代と次の敷金礼金代。うん。だからずっとは居れないですって、大学にも言って、働かせてもらってます。

廉田 ああそう、その日暮らしみたいなことしてんねんね。すごいね。かっこいいやん。

権藤 いやいや、全然、全然(笑)。だから同じ年代の友だちとは「もうそろそろ遊べないよ」って私は友だちに言ってるんです。みんなはほら、子どもも手が離れてきて、でもお給料はみんな上がって来て、けっこう余裕のある生活なので、「温泉行こう」とか「旅行行こう」とかって言ってくるんやけど、まあちょっと私は「みんなと同じ生活はできない」って言って。まあ若い頃からそうは言ってたんですけどね。奨学金借りて大学院にも行くから、それを返さなきゃいけないのが結局どんどん遅くなってってるだけであって、返さなきゃいけないから、みんなが余裕ある時には私はそこから返済を始めると。

廉田 なるほど。

権藤 うん。だから一緒に遊べなくなるって言って。  うん。ちょっと、田村君のやつも見てみたいなあ。うちもちょっと色々、大学も色んなことがあって、なかなか、まあ定時では帰れないですし。

廉田 ふーん。

権藤 中身を、自分がいる間に、こう、少し変えれるものは変えたいと思っているので、まあそういうので、上と交渉したりとか書類作ったりとかっていうのが、やっぱ休みじゃないと難しいかな、っていうのもある、うん。[03:06:45]
廉田 何かね、昔はね、俺も、メインストリームイズムみたいなんを…、まあメインストリームイズムっていうのは、まあまあ最近できた話なんです。そんな形じゃなくて、スタッフ雇う時に、俺、健常者にやっぱ厳しいんですよね、障害者にはちょっと甘いんやけど。健常者やと厳しいことを言ってるところが多かったんですけども。その、さっきの家借りる話もそうやけども、もともとスタッフになる時の、そのブラック企業の運動…、革命、小さな革命の話から始まって、まあ、「普通の幸せ望めません」みたいな話するんです。  まあでも普通の幸せが何かよう分からへんけども、一般的な話になったらね、どうやろ…、えー、結婚もやね。結婚も「こんなとこ入ったら結婚難しいぞ」っていうのがあって。さらに、何やろなあ、ゴールデンウィークやったら家族旅行、盆には里帰り、正月は家族また顔合わせて新年迎える。クリスマス、バレンタインでは彼氏彼女とデート、みたいな世の中の、何か、一般的な幸せ、何やよう分からへんけど、あるやん、そういう行事が。「それは普通の人がやることやから、うちのバイトの介助者たちはみんなそれやるよ」と。「で、そこで手薄になる時の出番がお前らやぞ」ってなってて、「スタッフなんやから。そうなったら、この先たぶん、今言うたゴールデンウィークどうのこうの、一生ないと思ってくれ」って。でももう、「そんなこと別にかまへんわ」と。「ゴールデンウィーク以外の別の時に何ぼでも休もうと思ったら休めるし、そっちの方が安かったりするしね。で、そういう、みんなと同じようにはいかへんけども、人とは違うけども、こっちはこっちの面白さがあって。その、普通の幸せやない、もっとおもろい、まあ幸せなんか何か、やりがいが俺はあると思ってるから、そう思えるんやったら一緒にやれるけど」みたいなことを最初に言ってやってる感じなんやけど。それでずっとやって来たけど、そうは言っても、普通の仕事も最近厳しいよね。正月やろうが、お店とか開いてるやん。

権藤 開いてますよ。

廉田 ねぇ、全然。

権藤 私もともと商売の方が長いから、もうそんなね、土日とかはだいたい休みじゃないし。みんなが遊んでる時に稼げる仕事だから、そうそう。ま、違和感はないですけどね。

廉田 そうそう。だから世の中の方が厳しなってきて、「うちの方が甘いなあ」みたいになってきたって、最近はちょっと思うぐらいで。[03:09:12]
権藤 (笑) そうですね。まあね。うーん。だからいつまでも残ってるっていうのも、ある意味その仕事の量が多いのか、もしくは仕事ができない人なのか、まあどっちなんでしょうねえ、みたいなことがほら、やっぱ人事から見たらそう見られちゃうわけですよ。「別に残業代が欲しくてやってるわけじゃなくて、必要なことだからやってるわけであって」っていう話をして。うーん。まあ人によっては色々取り方もあるな、と思うんです。でも帰れないものは帰れないからですね。うん。でも一時期、一人で仕事してることがあって、その時は、もう学生さんと話す時間もないないんですよ。自分がやらないと、一人だから、学生さんも手続きとかが遅れてしまう。だからみんなにほんとに申し訳ないけど、一人の間は、私はどうしてもパソコンの方を向いてなきゃいけない。だから「話しかけたい時はもう、話しかけて」と。今までそういうことなかったんですよ。もう、「昼間は学生さんと話をして」って、「いない時に事務仕事をするってことができてたんだけど」って言ったら、みんな、「最近ほんとに忙しそうですね」って言うようになったから、「ほんとはいけないんだけどね、こういう状態はね」って言いながら。
 でもね、なかなかコミュニケーション取らないと何を考えてるかも分からないし、ほんとにやりたいことも分からないし。うーん。まあほんとに、9時-5時じゃやれない仕事なんだけど、同じ事務職だと思われると、何かこう、「何でやれないんですか?」みたいなですね。「学生さんとそんな話(はなし)してるのは大事なんですか?」みたいなね。「いや、大事でしょ」って思うんだけど。

廉田 うんうん。

権藤 ただこう、だべってるようにしか見えないんだろうなあ、っていう。まあ事務方だけど、ただの事務方ではないからねっていう。でも、なかなか理解難しいですね。

廉田 難しいと思うわ、それは。俺らはその、「だべってるのは仕事」って位置づけてるから。ほいで、「パソコンでやってるのが雑用」って言っててね(笑)。その、請求とか。普通は違うじゃないですか、そこ…、それこそ、会計やってる奴かわいそうなんやけど。「あれ雑用やからな」って言ってて。

権藤 (笑) うーん…。

廉田 うん。まあそういうふうに何か、価値変えていかんとなかなかそうならんもん、ほんとに。

権藤 ならないですもんね。うーん。価値を変えるって、なかなか簡単ではない。うーん。それを「文章にして出せ」とかって言われるからですね。

廉田 ややこしいこと言う。

権藤 文章!?(笑) うん。だからもう、こう、色々計画を立てたりとかして、「それが何で必要なのか」みたいなのを。何か、学生さんたちが楽しくしてる様子がないと、本人たちも楽しくないと参加しないだろうし。まあ一緒に考えてって、理解してくれる上司がいれば、通るし。[03:12:15]

廉田 まあ、障害者運動自体が価値変えるような仕事やからね、そもそもが。普通の…、今の世の中の基準の常識とか価値やったら、もう障害者やっていかれへんわけやから、ほんとに。

権藤 いや、もう、ほんと今度の、重度訪問介護で生活支援事業というのがあって、あの、大学の中で生活介助が使えるようになるんですよ、生活介助。トイレとか…、

廉田 重訪の中で?

権藤 重訪の中で。

廉田 もともとあの、パイロット・プロジェクトみたいなのやってるじゃないですか。それをやるの?

権藤 そうそうそう、そうです。であって、でもですね、あれって市町村の裁量で委ねられてるので、そこそこによって全然違うんですよ。

廉田 時間数とか、そういうのね。

権藤 時間数も違うし、捉え方も違うし。で、何だろう、担当の人によっては…、

廉田 小腹空いたんで、食いながら聞きます。ボロボロやけど。

権藤 担当者の人によっては、「いやいや、彼は見たからに重度だから、移動支援から必要だと思うので付けまーす」とかっていうところもあるわけですよ。「いや、本人に聞いたか、今?」って思うわけですよ、こっちとしては。「いや、自走できてるけど?」と思って。うん。

廉田 知らんのやね、そもそもが。仕組みとかも。

権藤 もう、そう。で、もうほんとに「できるだけ手厚く」とかっていうところもあれば、逆に、何かこう、「まだよくその、事業自体の中身もよく分からないんで、もうちょっと調べさせてもらっていいですか?」とかって、いつまでも返事をくれないところとか。うちちょっと、あの、市をまたいで利用したいっていう子…、あ、県をまたいで利用したいっていう子がいるんで、両方とちょっとやり取りをしてるんですけれども、温度差があって。「そんな至れりつくせりで付けたら、大学生になった意味ないやん?」って。「自分でやれるとこはやらそうよ」と思うんだけど。うん。まあ役所の担当の人によっては、なかなか難しいんだな、と。「そこまでうちが言っていいものではないだろうから、言えないねー」って言って。

廉田 ふん。熊本学園って確かぎょうさん障害者おるんでしたよね、それなりに。

権藤 それなりに。今、車いすの学生さんが11人かな。

廉田 ああ、多いね。

権藤 あと結構、発達も多いですね、

廉田 ふーん。そんなん、ちゃんと単位取れるの? 実際どうやってんの? 特別なルールを作ってんの? 普通の奴は取れないやん、まあ。いやね、成績だけで言うたら。

権藤 成績ですか、恐ろしくいいのが取れますよ、みんな。

廉田 ふぅん、そうなんや。優秀やな。

権藤 (笑) 恐ろしくいいのが取れちゃったりする。うーん。まあ私たちは代筆とかに入るからね、ほんとのことが分かるんですけどね、うん。まあ、ぶっちゃけ「教員の質の問題かなあ」ってすごく思いますね。

廉田 だって俺ら留年してるのに、めっちゃお金かかって怒られてるのに。なあ。[03:15:24]

権藤 うちもそうしてほしいんですけどね、ほんとに。じゃないと、本人が社会に出てった時に、生きていけないじゃないですか。挫折を知らないから。書けばほら、通るとか、いい単位がもらえるとか思っちゃってるんで。それを「違うよ」って支援室が言ったところで、「先生はそう言ってないんだから、うるさいなあ」って思われちゃうわけですよ。

廉田 養護学級の1年学級みたいなもんやなあ。簡単に言えばねえ。そうなん。大学に行けるようになったんはええことやろうけどね。

権藤 うん。みんなとおんなじようにしてほしいですね。そこはね、ちゃんと。評価はね、と思います。だって8年まで居れるわけだからですね。まあでもどんどん、増えてくると思います。

廉田 そうやろね。まあ増えてくのはまあ、ええことかもしれへんのやけどなあ。でもなあ、そのターニングポイントっていうのやり出したきっかけはね、みんなそんだけ大学行きだしたのに、この業界に来うへんのですよ。その、俺らの頃と比べたら大学なんかようさん…、色んな学校に行ってるやん、障害者。なのに、みんな三井住友とか、公務員とかに憧れていて。いやまあ、ええんやけどね。そういう人も必要やから。

権藤 うんうんうんうん、わかります。みんな口揃えて「公務員」って言うもん、びっくりする、マジで。

廉田 そうそうそうそう。でもなあ、それ、いやこっちは障害者やからこそできる仕事がようさんあって、己を活かせれて。向こうはほんま駒で、「むしろ足手まといやけど、おまけで雇ったってる」みたいなレベルやのに、何であっちがそないにええんかな、って思うのが悔しくてやり出したのが、そのターニングポイントなんですよ。

権藤 あれ、価値観だと思いますね。きっと何か、ああいう所で働いて…、

廉田 そんなん乗せられてんのかっこいいかな。

権藤 見たらたぶん、かっこいいと思ってるんです。だから何か、「違うと思うよ」って言って。

廉田 憬れてるしね、やっぱり。そういう、ネームバリューに。いやでも、健常者でもそうやけど? まあ、その…、

権藤 私あんまり思わんけど(笑)。

廉田 俺もちょっと、ほんまはね…、俺もともとソーメン屋から始まってたから、そういう就職とか考えたことがなかって、大学の時、「どっかで働こう」とかね。「何で考えへんかったか?」言われたらよう分からへんけど。全くないから、ちょっとその気持ちがほんまに分からなくてね。そんなにいいもんなんかなあ。

権藤 ほぼほぼ、進学してきた子たちの大方、公務員です。

廉田 ああ、そうなんや。

権藤 はい。で、本人たちもだけど、親も「公務員」って言ってる。

廉田 でも分からずに言ってるんでしょ、それは。よう分からずに。

権藤 公務員の仕事が、ってことですか?

廉田 うん。どっか、何か、「安定してるから」っていうことでしょ、結論から言うと。

権藤 ああ、そうそうそうそう。結論から言うと、そうです。[03:18:19]
廉田 不安定が面白いんやけどなあ。

権藤 うーん。その不安定の面白さっていうのを経験したことがないから。うん。

廉田 ないんやね。

権藤 だからその、例えば不安定になった時に自分で工夫をしたりするわけじゃないですか。「どうやったらいいだろう?」とかっていう。それがないんですよね。だからもう、何かあれば、人を付ければそれでいいっていうふうに、何でも完結させてしまおうとするから、「もうちょっと考えてみてもいいんじゃない?」って言うけど、「いやいや、もう、人付けてもらえばいいです」っていうふうに持ってっちゃう。

廉田 ちなみに今の熊本のセンターはね、どんな、あの…、結構絡んでるんですか?

権藤 大学としては絡んでます。すごく、あの、絡ませてもらってます。あの、何でかって言ったら、さっき言ったように、私たちの言葉では響かないので、やっぱり当事者どうしっていうことと、あと、私がやっぱり考えるのは18歳で大学生として入学してきてるけれども、とても大学生とは思えないような…、

廉田 幼いよね。

権藤 幼いんですよね。で、その、自立生活プログラムも、養護学校とかにけっこう回って、色々説明をされてるみたいなんですけれども、実際、全然参加して来ないと。でも、うちに進学してきてる子って、養護学校の子がいっぱいいるんですよ。たら、本当は高校の時に、もうちょっとそれを経験してれば、違った感じで大学入学してきてるんじゃないか、と思うわけですよね。だから今度、学生ILPっていうのをやるんですよ。で、大学生で経験してみて、「ちょっとうちの子変わって…、ちょっと変わったよ」っていうふうに親伝いで話がわーっと広がると、養護学校って親どうしの繋がりが強いんですよね。で、高校生からやろうってなれば、もうちょっと違ってくるかな、と。「だいたいこれは大学の仕事なのか?」っていうふうに、あの、東(ひがし)さん…、東さんから言われて、「いや、違う」と。違うけど、もうここでやらないと、彼、彼女らはもう4年まで成長が見込めないと。実際もう、ね、なかなかみんな今の生活から離れられないので。

廉田 ふーん。

権藤 まあナツオくんはここに来たから、ちょっと違うんですけどね、うん。で、「1年生にそれをやってもらおう」って言って、秋学期、ヒューマンさんに関わってもらって、参加してもらいます。うん。

廉田 ふーん。なるほどねえ。そんなことが、大学生も。

権藤 もうほんとに、もう、子どもみたいですね。[03:20:57]
廉田 ふーん。ヒューマンネット熊本は優秀なセンターやったね、今は知らないけども。何か賢い人、輩出してるじゃないですか、もともと始まった時とかね。

権藤 平野さんとか、東さんとかねぇ。

廉田 村上さんもいたし、

権藤 村上さんもそうだし、うん。

廉田 結構優秀な人ようさんおりましたよ。ただ世代が変わってきてへんのや、そのあとも。誰だ? 筋ジス兄弟とかいう…、

権藤 ああ、えっと山下さん?

廉田 ああ、とかそうです。山下さんと、

権藤 あと、日隈(ひのくま)さんが今、代表で。次の、次世代が植田さんって言って、30過ぎぐらいかなあ。

廉田 ふーん。ああ、植田くん? 植田くんは30くらいちゃうかな。

権藤 うん。なので植田さんにもよく、学生さんたちと関わってもらって。うん。それでもやっぱ、「就職先は公務員かな」っていう子は、やっぱ言うし。特に重度であれば重度であるほど、こだわるかなあ。

廉田 ふーん。重度になればなるほど、公務員難しくなると思う。受け入れの方も。働いてます? そんな介助のバリバリ要るようなやつが。あんまり見たことないんやけどね、実際はねえ。

権藤 それこそ、「運動してね、社会を変えていくっていうのも一つの仕事なんじゃないの?」っていうふうに話をするけど。まあ、うん、公務員の方がかっこよく見えるのかな。

廉田 そうなんや。

権藤 まあちょっとずつ、うん。「ヒューマンさんと関わってもらうことで、変わるかな?」とは思ってるんですけど。ただ、ヒューマンさんも年齢が高いからですね、職員さんの。

廉田 そうなんよねえ。話、合わんよね(笑)。たぶんね。「一緒に遊ぶ」なんてないもんね。
 うち熊本から一人来てるんですよ。せやし、あとで紹介しますわ。古木くんって言って、

権藤 あ! 震災の時に。

廉田 そうそうそうそう。

権藤 あー! 私、避難所にいた時にお会いしてます。たぶん覚えてないだろうな、彼は。うん、はいはいはい。

廉田 何か、避難してきて、そのまま。

権藤 そのまま、うん。「向こうがいい」って言って、「あ、そうなんだ」って言って(笑)。

廉田 そうそうそうそう。「えーっ!」ってなって。

権藤 そうそう。「避難だけじゃなかったんだね」って言って、びっくりしました、私も。

廉田 いやあ、あれもね、ま、600時間ぐらい要るような子ですよ、介助そのものが、全介助。

権藤 全介助ですもんね。[03:23:48]

廉田 うん。それが、「いきなりかい?!」みたいなんで。

権藤 いきなりですよね。

廉田 いきなりやけど、避難やから、「ちょっと全員もう休み返上やぞ」って。あの、俺らも震災で…、うちね、熊本に行ってへんのですよ、全然。で、それはね、何か…、うーん、まあ行っても大したこと…、ま、他も行ってくれてるんやけど。いやあこれ、俺勝手なこと言ってるかもしれへんけど、「行っても大したことできへんな」と思って、地の利も分からへんし。だって熊本は震災やけど、ほか周りもうちょっと震災じゃないとこあるんやから、「どないか人ぐらい集まらんか?」って思ってて。こんな、関西くんだりからわざわざ、ごっつい交通費かかって行くぐらいやったらね。で、俺はその、その時はうちで、同じ阪神大震災があった時に出したわけですよ、外に。「ここ不便やから」って言って、その、名古屋に出したり。さっき言った「自立ツアー」みたいなんやっとってね、それもともと3月か何か…、2月か何かに予定してたんですよ。で、震災でガッ、あんなことになって、ちょっと自粛ムードみたいな世の中になってたけど。で、「いやあ関係あらへんって。こんなとこおっても不便なだけやから、アメリカ行こうぜ」ってなって(笑)。ほいで、あの、もうその、それこそバークレーとか行ったりして、で、ラスベガスとかも行って、とかね、遊びも入れながらやないと、上手くでけへんから。
 …そんなんで、行ったんですよ、とりあえず。で、「メイン何しとんねん?」って、「こんな時に」とかって、周りからめっちゃ非難されましたけどね。ま、とにかく、ほんま、おってもね、介助者もそれこそ被災してるから、上手く回らへんからもうとにかく、みんな出たんですよね、大変な人は。で、残り何とかなる奴だけは残って、「あとどないかしよう」ってやっていったのがあるのと。で俺ら残っとった時にね、東京とかからようさん来てくれたんですよ、ボランティアが。「何しましょう?」って来るけど、やることあらへんし。そいつらのなんか満足さしたるの方がしんどくって、手配が。何か仕事…、何もせえへんかったらかわいそうじゃないですか。ないのよ、ほんまに、避難さしてたから、ていうのがあって。  とにかく、あの、進んでは…、「進んで行く」いうのはおかしいけど、「とにかくうちは受け入れる方しよう」って。何せこの人今おっても大変なだけやし、その間じっと我慢もせなあかんから、そんなんで精神的に参るぐらいやったら、こっちで羽根のばして遊んどって、落ち着いたら帰ったらええから。で、まあ、その間にね、あの、募金するとか。俺らそれやったんですよね。「行って、金持って帰ってくれたらええわ」いう。そんなんで、さらにうちは一段階ステップアップしたぐらいやから、その震災をきっかけに。「そういう経験やから、それでええやんか」言ってて。あの、あんまり、行くのは全然やらん…、受け入れる方だけ。「受け入れるのは何とかするわ」って言ったところに、その600時間ぐらいのが飛び込んできて。

権藤 (笑)

廉田 言ったものの、「結構やぞ、これ!」ってなって。で、もう全員あの、「どないかして、やろうぜ」って。「言うても、2、3週間もすれば向こうも落ち着くやろから」っていうつもりでやったのが、そのまま「おる」いう話になっていって。「ひょえー!」ってなってて、みんな。

権藤 (笑) いや、びっくりしました、ほんとに、もう「帰って来ない」って言って、「えーっ!」て言って。「移住する?」って言って。

廉田 うん、そんなん。あれちょうどまだ介助者がまだおったから、何とかなったんかなあ。大変な時でしたけどね(笑)、人(ひと)的に。いやああのクラス、一人で自立さすっていうのはサッとはできないですよ、普通準備しながらやるやつやから。うん。でしたけどね。まあ、気ぃようやってるからいいけど、まあ。

権藤 うんうん。こっちの生活がやっぱ楽しかったのかなあ。

廉田 「もともと行きたい気持ちもあった」って言ってましたね。何かあの、「ヒューマンとちょっとそり合わん」みたいなところもあって。何や、何でか知らないけど。細かいこと知らないし。

権藤 まあ、自分が楽しく生きれる場所が見つかったってことは…、

廉田 まあね。

権藤 うんうん、いいことですよ。たぶん受け入れた側は大変だったと思いますけど。[03:28:35]

廉田 その時は「どうする?」みたいになったけどね(笑)。ほいで、いやいや、「うちしか知らんやろ?」って、「他も見てきたら?」って。あの、「色んなセンターあるから」って言うても、「いや、もういいわ」みたいなことになって。「あー、えー、そうなん?」みたいになりましたけどね。

権藤 ああ、そっかあ、メインに行ったんだったんだ。

廉田 そうです、そうです。うん。やっぱちょっと、熊本にはぜんぜん応援できてないんよね、結局、それしたぐらいで。

権藤 いやいやいやいや、いやいやいや。もう、うん。

廉田 でもね、俺らそんなやり方しかほんとに。東北の時もそうで、受け入れたりとかはしてたんやけど。あれどうなってる? 今も続いてるの? 時々、噂には聞くけども。

権藤 被災地障害者センター?

廉田 被災地障害者センターとか、会議とか、にちょこっと。今度もまた会議あるみたい、8月にちょっとするみたいやし。あの、ちょっと…、あんまりうちは行ってないからね、だから話せることもなくて。でもうちのさっき来た沖田っていうのが事務局長なんですよ。奴は関わってるから行くみたいやけど。

権藤 うーん。どうなんでしょうねー…。まあ…、

廉田 あんまりうまいこといってる話は聞かないですね、何か。

権藤 いってそうには見えないですけどねえ…。うーん、まあ…、

廉田 震災の処理、下手くそやなあ。土地柄かなあ、よく分からんけど。俺らはうまいこといったんやけど、ほんまに。

権藤 全然いってないですよ。まったく。スタッフも続かないし、辞めちゃってるし。東先生にも「やめたら?」って言ったんだけど、やめないし。

廉田 何か、自立センターみたいにしたかったり、そんな思いはあったりするんやろうね。やけどもそれ、本気でやる奴がおらへんかったら、できへんからね。何ぼ周りがしたくても。「じゃ、誰なん? 本気な人」って言った時に、「俺や!」って言える奴がおらんと無理やと思いますよ、その、アジアの時にいつも言ってるみたいに。で、そいつが仲間を集める力があるとかっていうのがなかったら。形だけは見えるけど、持続は無理やと思う。残念ながら。

権藤 そこに障害のある人とない人が一緒にやってこう!っていうのがないと、無理なんでしょ。で、障害のない人どんどん辞めていくわけじゃないですか。で、そうなると、その、障害者の人も、だんだん何かこう、やる気が失せてきてというか、最初「やりたい」って思ったんでしょうけどね、うん。[03:31:26]

廉田 もう2年過ぎましたか?

権藤 もう、はい、丸2年過ぎました、はい。

廉田 過ぎましたよねえ。

権藤 今後どうなっていくか。

廉田 難しいもんなんやなあ。俺らもほんま、運がよかったんかなあ。

権藤 うーん、だから色々大阪で、会議で話が上がってるっていうのは聞きますけど。お金もね、結構、大きなお金が動いてるし。

廉田 動いてはいたけどねえ。でもお金動いたら、「その分何か残したい」ってなってしまうんやろうけど、残らんこともあるからな。

権藤 社団福祉法人? …なんかにしたんですね、確かね。

廉田 ああ、そうなんや。ふーん。

権藤 確か。だからもうこう、パッとやめれないというか、

廉田 あ、そうなん。わー…。

権藤 何かそんな感じになっちゃったんだと思います。確かそうだったと思うけどなあ。

廉田 うーん。誰が本気でやってる人なんですか? そこで。この人、っていうのは。

権藤 いや、もう今、私には分からない。まあ東さんは一所懸命やりたいみたいですけどね。でも実際もうほら、色々兼務してるし。大学の教員もそうだし、弁護士の仕事もそうだし。今度、郵政のやつでまた、色々動いてるし。

廉田 まあ、片手間ではできんからな、自立センターなんか。そんな甘いもんじゃないと思ってるからね。まあ、やり方も…、アジアのメンバーには全部それを言うんですよ。あの、「大学の先生やりながら」とか、色んなこと言うてたんですよ。「あ、もう片手間のやつは俺、応援せんわ。無理やわ」って。そんなん…、そんなんでできるんやったら、誰でもするけども。最初のセンターって、そんなもんじゃないから、その国の…。難しいよね、自立センターの運営って、それなりに。

権藤 やっぱ、うん、軸となる人がやっぱりちゃんとこう、構えてないと。

廉田 うーん。何か、ま、障害者はもちろん大事なんやけども、実は健常者もすごい大事で。やっぱええ健常者がおらんと、こんなん上手くいかへんわ。ほんとに。うちはもうほんとにその、そこが恵まれたかな、と思ってて。その障害者甲子園みたいなのやっとたりしたのもあってね。うん。うまく…、今の所はうまくいってるなあ、何とか。

権藤 その、やっぱ人材を見つけるっていうのが難しいんだろうなと、思いますねー…。うーん。[03:34:25]

廉田 でもこの先、もっと大変になってきますよ、たぶん。新しい人なんかは。障害者は何ぼでもおるかもしれへんけど、健常者でこんなとこで働きたいっていう人は、少子化も含めて、介助そのものがもう立ち行かなくなると思うけどね。俺もう、すぐにでも外国人入れたいんですけどもね。[→]



廉田 うーん。何か、ま、障害者はもちろん大事なんやけども、実は健常者もすごい大事で。やっぱええ健常者がおらんと、こんなん上手くいかへんわ。ほんとに。うちはもうほんとにその、そこが恵まれたかな、と思ってて。その障害者甲子園みたいなのやっとたりしたのもあってね。うん。うまく…、今の所はうまくいってるなあ、何とか。

権藤 その、やっぱ人材を見つけるっていうのが難しいんだろうなと、思いますねー…。うーん。[03:34:25]

廉田 でもこの先、もっと大変になってきますよ、たぶん。新しい人なんかは。障害者は何ぼでもおるかもしれへんけど、健常者でこんなとこで働きたいっていう人は、少子化も含めて、介助そのものがもう立ち行かなくなると思うけどね。俺もう、すぐにでも外国人入れたいんですけどもね。[→★]



廉田 メインストリームイズムみたいなこと叩き込まれてるところに、女の子やったら特に、外の人と恋愛して、「今日ちょっと事務所行くわ。帰ってこうへんかも分からへんけど」けどって言ったら、「何やねん?」って言ったら、「外人来てるから盛り上げなあかんのや」って言って、「それ何や、仕事か?」みたいな話になったら、分からへんやん。ここのこと分からん人は「何やそれ、お前?」ってなって、ちょっと理解されへんから、難しいことになってしまってるんよね、そこは。

権藤 「そこはいなきゃいけないの?」って言われちゃうってことですよね、うん。[03:47:57]

廉田 そうそうそうそうそう。なっていくんやろね。「何かおかしい団体ちゃうんか?」みたいな、例えばで言えば。

権藤 ああー、ああー。

廉田 考え方、宗教団体に取れんこともないからね、ほんまに。

権藤 (笑) 「洗脳されてるんちゃうか?」みたいな。

廉田 そうそうそうそうそう、うん。

権藤 はーん。「行かないといけない」。

廉田 独自の文化が、あるからね、うん。

権藤 うーん、てなると、それを分かってくれない人とはお付き合いできないですもんね、って自分が思っちゃう。だって「ここの仕事がいい」と思って働いてるのであれば。

廉田 そうやろね、ケンカばっかりになるもんね。うん。そうなんよ、だから難しいんよね、何か。

権藤 難しい。

廉田 そう、難しいことにしてしまったんよね、ちょっと。だから中で結婚するのが、増えてはいくん。だからその子どもプロジェクトに繋がるけど。だからといって、全部中では無理やん、さすがに。無理やから、残ってる人たちがおるっすよ、まだ。ちょっと前までは若かったけど、何やかや言うて男もみんな40前後。女もそうやなあ。なってるね。

権藤 難しくなるな、うん。そうねえ、仕事が楽しいとねえ…。

廉田 そう、仕事楽しいんはええことやけど、楽しすぎても困るよ。ほんまに。知らない間に日ぃどんどん過ぎていくから。笑とる間に。

権藤 そうですね、いやあほんとに。うーん。だからって後悔はないと思うんですけどねえ。分かんないけど。うん。そうねえ…。ま、それを理解してもらおうと思う人見つけようと思うと、それはちょっとひと苦労かな。うーん、と思います。

廉田 うん、そうやろね、外の人はね。全然知らん人には難しいわな(笑)。さすがに。[03:50:18]

権藤 私も、「海外行ってきまあす」ってやっぱ、言うと、まあ何ヶ月も出ていったりして。そうすると、「わあ、何か一人でも生きてけそうだね」ってなると、「さよなら」ってなっちゃいますしね。「全然、そんなことはないんだけど。向こうでも大変苦労してるんだけど。楽しみだけで行ってるわけじゃないんだけどなあ」と思いながら。まあ、まあまあ。私の中では、研究がしたくて行ってるだけだけど。相手からしてみれば、研究だろうが、何だろうが、置いていくことには変わりがないので。

廉田 まあね。

権藤 はい。「理解できないな、その世界が」っていうので終わっちゃう、っていう。うーん。まあ「ここに来れば楽しい」ってのがあればね。その楽しさを外に求めなくても、よくなるんでしょうね、きっと。うーん。

廉田 ここの方がおもろいことできるし、他ではできひんようなことがあったりするから。うん。でも、まあまあ、そんなん言うても。

権藤 うーん…。でも変えられないですよね、なかなかね、もうそれはね。

廉田 いやあもう、これちょっとね、みんなが変えたかったら、まあその、時代と共に微妙に変わるんかもしれへんけど。

権藤 変えたかったら、たぶん自分で変えようと思うんじゃないですか、その生活スタイルが、少しずつでも。

廉田 ちょっといったん休憩して、下降りましょうか。もっかい上がってきたらええんやけど。[音声終了]


UP:20180911 REV:20210124, 1031
廉田 俊二  ◇障害者と/の国際協力・社会開発  ◇生を辿り途を探す――身体×社会アーカイブの構築  ◇病者障害者運動史研究 
TOP HOME (http://www.arsvi.com)