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「欧米での患者中心医療の外側で起こっていること」

山崎學, 201805,『日本精神科病院協会雑誌』2018年5月,pp. 401-402.

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last update:20180625


欧米での患者中心医療の外側で起こっていること

 恒例になってしまったが、サンピエール病院の朝礼での鶴田聡医師の話が興味深かったので、同君の許可を得て、以下にその内容を掲載する。ちなみに同君は当院の行動制限最小化委員会委員長でもある。

 患者中心医療という、隔離拘束など精神病患者の行動制限を最小化しようという試みが世界中の医療現場で進んでいます。東京の松沢病院では拘束が5年前の3分の1になったようですが、日本全体では隔離拘束はむしろ年々増えているようです。反対に欧米の精神科医療現場では「隔離拘束はゼロにできる」という考えが主流になっているようで、興奮を鎮静させるための投薬すら「科学的拘束」と言われるようになってきています。その結果かどうかはわかりませんが、欧米の精神病患者が病院内外で暴れているといったニュースをインターネットなどで見る機会が多くなっているように感じます。それらの映像を見ると、医療関係者は遠回しに眺めているだけで、暴れている患者に積極果敢に対応しているのはセキュリティーオフィサーという職種のようです。セキュリティーオフィサーとは日本の警備員にあたる人材のようで、欧米では医療現場の安全を守るために、彼らが暴れる患者の隔離や拘束を積極的にサポートしているようです。
 イギリスの病院では拘束用具を使うことは禁止されているはずなのですが、実際に映像を見ると、暴れる患者はストレッチャーにベルトで固定されています。セキュリティーオフィサーの行う固定は「医療的拘束」にはあたらないようで、彼らの行う拘束は報告する義務もないようです。イギリスのある新聞社が行った調査では、年間3,0OO件ぐらいはこのような拘束が行われているという結果が出ました。セキュリティーオフィサーの行う拘束はかなり手荒で、後ろから患者の首を絞めたり、うつ伏せにした患者の背中に乗っている人もいて、あれを日本で看護師が行えば完全にアウトな手技ではないかと思われます。
 アメリカのニューヨーク州立病院ではセキュりティーオフィサーは「ホスピタルポリス」と呼ばれており、病棟に張りついて患者や家族の出入りをチェックし、患者を診察室や保護室に連れていったり、抵抗する患者をストレッチャーに乗せたり、デイルームで椅子を振り上げる患者に対応しています。
 昨年3月のアメリカの某病院救急外来でのことです。腕を怪我した48歳の男性患者が治療中に興奮し、セキュリティーオフィサー3名がストレッチャーにうつ伏せにして四肢を拘束している最中、患者が窒息で死亡したと診断されました。しかしこの事件の一部始終の映像が公開され、それはまるで集団リンチのようでした。セキュりティーオフィサーだけではなく、当然病院の責任者も責任をとらされると思っていましたが、不起訴になりました。病院関係者は「セキュリティーオフィサーは拘束の手伝いをしていただけ」とシラをきり、その病院がセキュリティーオフィサーを委託していた外部の民間企業は、「うちのセキュリティーオフィサーに過失はなかったが、1人はその後に退職し、2人は別の部署に移した」と説明し、死亡した患者の母親は「この州に正義はない」と泣いていました。
 さらに問題なのは、セキュリティーオフィサーが拳銃や電気銃を持っている場合が多いということです。大学にポリスが常駐するのが当たり前になっているアメリカでは、病院でも武装したポリスの常駐が当たり前になってきました。ある報告では、アメリカの病院でセキュリティーオフィサーが拳銃を持っているところは52%、電気銃や非殺傷性の武器が47%、武器を持たせない病院はたったの15%でした。電気銃は非殺傷性のものと言われますが、実際に電気銃で死亡した例は少なくありません。やはり昨年のアメリカの某大学病院で、躁うつ病の26歳の男性患者が長い待ち時間に飽きて裸で踊り始めました。セキュリティーオフィサーが駆けつけ、その患者を抑えきれずに電気銃を2発撃ちましたが患者の興奮は収まらず、最終的に拳銃を2発発射して瀕死の重傷を負わせるといった事件がありました。拳銃を撃ったセキュリティーオフィサーは現役の警察官で、オフタイムのアルバイト中でした。幸い患者は3カ月後に無事に退院できましたが、司法当局は病院側には一切の過失はないとし、治療費は全額患者もちで、さらに通っていた大学は退学処分になったということです。
 セキュリティーオフィサーの武装についてはアメリカでも賛否両論があり、救急医療現場での射撃事件のうち、23%はセキュリティーオフィサーの拳銃が相手に奪われて起こっていたという報告もあります。病院の安全部門を請け負う民間警備会社はいまや成長産業で、拳銃や電気銃だけでなく、催涙ガス、手錠、警棒、そして最新鋭の双方向性通信システムで武装し、患者や医療現場を監視しています。欧米では、もはや患者の暴力は治療の問題ではなく治安問題になり、さらにアウトソーシングされてミリタリゼーションになりつつあります。そして欧米の患者はテロ実行犯と同等に扱われるようになってきています。これも時代の流れなのでしょうか。
 ところで、僕の意見は「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」ということですが、院長先生、ご賛同いただけますか。

 精神科医療現場での患者間傷害、患者による職員への暴力に対応するため、日本精神科病院協会では精神科医療安全士の認定制度を検討している。

――全文掲載終わり――

(参照:)
山崎學 2017/02 「アメリカでの隔離拘束最小限化成功の影響」



*作成:伊東香純
UP:20180624 REV:20180625
精神障害/精神医療:2018  ◇障害者と政策:2018  ◇介助・介護  ◇病者障害者運動史研究   全文掲載
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