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横山晃久氏・尾上浩二氏他インタビュー

20180317 聞き手:立岩真也・岡部聡・田中恵美子 於:郡山市

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横山 晃久  ◇尾上 浩二  ◇聞き手:田中 恵美子・岡部 聡・立岩 真也
◇文字起こし:ココペリ121 【4上07】横山氏尾上氏他 79分

※インタビューを設定したのでなく会食での会話を録音させていただいているものですので、その点御留意ください。
※点検・直し中のものです。


横山 だから、三兄弟なわけ。

岡部 横山さん、

横山 白石さん、

岡部 あ! 白石さんね。

田中 白石さんも入ってる。

横山 福永…、

岡部 福永さん。うん。

田中 いい、三兄弟ですね。

横山 ええ(笑)。三銃士。

岡部 白石さん、そこに関わってるんですか?

横山 ない、ない、ない。

岡部 勝手に三銃士と呼んでるだけで(笑)。

一同 (笑)

横山 僕は、白石さん、尊敬してるからね。

一同 (笑)

岡部 橋本さんは「好きな人」。白石さんは「尊敬」(笑)。

尾上 三銃士って、誰? 白石さんと?

岡部 白石さんと福永さんと横山さん(笑)。

田中 すごい三銃士ね。

岡部 わかる気がする。確かに。CP三銃士。

一同 (笑)

横山 ぽいでしょ(笑)。で、僕ん中で、青い芝、一番過激だったのは、白石さんだったわけね。

岡部 福永さんより。そうなんですか(笑)。[00:02:47]

尾上 あの、『ふたつの地平線』って映画観たことある?

横山 あるよ。うんうんうん。

岡部 あ、私、無い。

尾上 是非1回見てください。えっとね、まだ、長髪のふさふさな白石さんが、

横山 (笑)

尾上 バスん中でね、誰かが、叫んでるんだよ。

横山 かっこ良かったよ。本当に。

尾上 誰かなと思ったら、マイクで、「われわれ、全国青い芝の会…、日本脳性マヒ者協会、全国青い芝の会です」。あの、中で、アジってんねん。

横山 かっこ良かったよ。本当。俺、それ、憧れたもん(笑)。

岡部 そうかぁ? 憧れるとこ、違うよ(笑)。

一同 (笑)

岡部 あぁそうか、そん時のやつが、

尾上 『ふたつの地平線』。川崎バス闘争。

岡部 それ、何かに出てます?

尾上 えっとね、ユーチューブにも出てるんじゃないかな。「川崎バス闘争」で調べたら出てき…、

岡部 はいはいはいはい。

横山 かっこ良かったねぇ(笑)。俺、それから、白石さんは憧れだったの。

岡部 憧れてたの(笑)。

一同 (笑)

岡部 それもそれですね。[00:03:57]

■楠

横山 いや、俺、憧れてた人、いっぱいいるよ。白石さんと、尾上君もそうだったし。

岡部 ん?

尾上 憧れるの、逆さまじゃないですか。

一同 (笑)

横山 あと、あの、楠〔敏雄〕さん。

岡部 楠さん。あぁ。楠さんは、中々(?)だったからなぁ。

田中 そこはCPじゃないけど、いいんですか。

横山 運動的にね。

尾上 これね、荒井〔裕樹〕さんインタビュー※の時にも答えたんですけど、文章だけ見ると、楠さんは、何か全国青い芝にもすごいきつくしてたように…、『「障害者」解放とは何か』では見えるんだけど。でも、要は、全障連のあれは、全国事務局長としての立場の文章で。僕ずっと横にいてるじゃないですか。
※尾上 浩二・荒 井裕樹「「善意」と闘うことは「悪意」と闘うことより難しい」→荒井 祐樹 編 20190815 『どうして、もっと怒らないの?――生きづらい「いま」を生き延びる術は障害者運動が教えてくれる』
,現代書館,196p.

横山 はい。はいはい。

尾上 全障連というか、障害者解放委員会の中で、一番影響受けたの、多分、楠さんだと思いますよ。あんまりね、公の場で言わなかったけど、「楠さん、青い芝と、何で一緒にやろうと思ったんですか?」という話をした時に、彼は元々、大学時代に、その頃の中核派に入って、狭山差別裁判とか、「部落解放だ!」とか言ってた。でも、ところが…、で、そのまあ、その、部落解放に合わせて、障害者解放も行ったんだけど…、横塚さん達と会って、はっと気づいたら、その、自分が、食事をまあ一緒にとると。視覚障害で、色んなものがあったら、やっぱうまく食べれないじゃないですか。で、不細工な食べ方にならない、カレーをつい無意識のうちに選んだりとか。やっぱりそういうのにも、「自分の障害っていうのをどこまでさらけ出してたのか?」っていうのを、大阪青い芝の連中との出会いだったりで気づいていくわけです。彼の中で、社会運動の活動家としての障害者ということから、もう少し、障害者自身のアイデンティティみたいなものを発見していく、いわば、何ちゅうの、その運動する社会的な主体としての障害者からもうちょっと何かこう、あの

田中 生活に密着した、

尾上 そう、密着した、障害観を持つのはやっぱ、青い芝運動との出会いなんですよね。

立岩 尾上さんさ、楠さんと結構長かったの?

尾上 うん。無茶無茶長かったですね。僕、元々、大阪市大って青い芝の介護者が、ようけいてたから、青い芝が拠点校にしてたとこだから。で、5月ぐらいから青い芝に引っ張られるでしょ。でも、ま、多分、あの時代ていうのがまだ大学にいてる障害者、そんなにいなかったので。で、しかも、大学に行ってる障害者…、どっちかというと、あの、高等教育を受けて、「障害があってもここまでやれる。」みたいな、(?)から、やっぱり、大学に行ってて、障害者運動に首突っ込む障害者ってやっぱり珍しかったと思うんですよ。

立岩 はいはい。

尾上 楠さんがどっかから聞きつけて、全障連にいてた、本田〔永村実子〕さんという人から、電話かかってきて、「楠さんが会いたいんだけど。」っていう。

立岩 本田さんて今でも活躍してるのかな。

尾上 「ゆめ風」の本田実子さん

立岩 この間ね、富山で、平井〔誠一〕さんに話聞いてたら、「本田実子、電話番号教えたろか」って言われて。

尾上 そう、その本田実子さんから電話かかってきて、「楠さんが…」。まあ、ちょっと運動かじった立場からすると、楠さんて全障連の事務局長じゃないですか。

立岩 大学1年生の…、

尾上 で、楠さんと会うのが、夏休み明けぐらいの9月ぐらいで、楠さんが勤めてた高校ていうのは天王寺高校の夜間部だったのね。で、僕ちょうどなぜか天王寺高校から歩いて5分ぐらいのとこに住んでて(笑)、たまたま。で、よく僕が使ってる駅のすぐ近くの喫茶店を知ってるて。「じゃ、喫茶店で会いましょう。」ていう話になって(笑)。

立岩 ふーん。

尾上 で、楠さんと…、「あ、これが楠さんだ。」とかいう感じで(笑)。へへー、雲上人みたいな。で、その時も今思えば、確かに、楠さんもやっぱりカレーを…、まあそれは別に障害者だから云々じゃなく、カレー頼んでて。で、その時に色々話したんだけど、僕にとって覚えてんのはね、唯一覚えてるのは、「尾上君、あの、福神漬けは、あるかね。」「あ、こっちの端にあります。」「ちょっとどけてくれたまえ。」「え、楠さん、福神漬け、だめなんですか。」 もう、漬物が全部、だめなの(笑)。「あ、楠さん、福神漬けがだめなんだ。」という、それしか覚えてなくて(笑)。

立岩 でも、そういうこと、あるよね。

尾上・岡部 あるあるあるある。

立岩 人と会った時に、そういうことしか覚えてへんていうのあるよね。

尾上 覚えてない、覚えてない。

立岩 話の中身、何も覚えてない。え、あるよ、あ…。

岡部 (笑) それ、研究者としてはちょっとあれ(笑)。

尾上 で、ちょっと覚えてんのはね、今から思えば、楠さん、ちょっとこう、オルグしようと思うモードやったんやね。「尾上君は、『経哲草稿』を読んだことがあるかね?」とかって言うのよ。

一同 (笑)

尾上 「僕は、『経哲草稿』は読んだことあるけど、もう、どっちかというと、『ドイツ・イデオロギー』の方がいいと思うんです」と。こっちもちょっと偉そうに…。

立岩 ちょっと偉そうやね。

一同 (笑)

尾上 大学1年、今から考えたらね、無茶無茶偉そうやね。「いや、僕の中でしっくりくるのは『ド・イデ』の方ですけどねー。」とかいうような。

立岩 へえー。何かそれ、楠さん、それに対して何か言うた記憶あります?

尾上 えっとね、多分、それはどっちか言うたら、話の枕ことばで、でそのあと、「尾上君はじゃあ青い芝の行動綱領、どう思ってんのか?」と言う。まあ、つまりその、マルクス主義とかそういう社会科学のことを、知識持ってる人間だな、というふうに、最初それでリサーチしたんだと思う。[00:10:03]

立岩 いちおう、それで総合的に、「ああ、マルクス、いちおう、読んでんだな。」と。

尾上 ああ。そう。で、その人間から見た時に、青い芝…、まあ、その時期ですから、青い芝の行動綱領っていうのはやっぱり、観念的な部分もあるじゃないかという、そこの、あの、何ちゅうか、前振りだったんですね。

立岩 んー。でも、それってさ、1年生だったら18とかそういう…。

尾上 18。

立岩 18に、そういう話してたの?

尾上 です、です。

立岩 偉いと思う(笑)。

尾上 (笑) いやいや、あの、耳年増っていうやつ。だからその、ジャズ喫茶行ってた頃で、その頃の大阪のジャズ喫茶って、まあいわば全共闘くずれの人間が、もう運動に疲れて文化にのめり込むという場で、ジャズ喫茶の中に大学ノートがおいてあって、交換日記みたいなやつで、「俺は吉本隆明を読んだ」とか、独り言みたいな批評がたくさんあるんですよ。で、僕の世代、さすがに高校生で誰も吉本隆明とか、そんなん読まないんですよ。で、それで、まあ最初、実際僕読んでたのは、サルトルとかカミュぐらいだったんですよ。で、吉本隆明読んで、で、『空想から科学へ』とか、何かその、ジャズ喫茶でほとんど何か、そういう、その手の本、何を読んだらいいかがわかったみたいな感じの、17、18…、ちょっとこじれてたていうか。こじれてたから楠さんのその質問にも、対応できたんだと思います、

立岩 悪いけど、僕は田舎出やから(笑)、めっちゃ田舎出やから、ジャズ喫茶とか大学入ってからやで

尾上 こじれた障害者で、すいません(笑)。

立岩 ほんま。だから2年ぐらいずれてますね、明らかに。

岡部 そうですか。

立岩 だから大阪は、やっぱり都市に住んでる人は、そう、高校ん時からジャズ喫茶とか行けるけど、佐渡にはない。

一同 (笑)

岡部 そうですよね、佐渡出身ですもんね。

立岩 そう僕佐渡です。

横山 ああ、新潟か。じゃあ、修ちゃんと…、

立岩 そう、修さんとも同郷やし。

尾上 同郷。県人、県人会。

立岩 県人会。県人。

尾上 高校2年ぐらいからちょっと、こじれだすからね。授業、5限…、6限目まであんねんけど、5限目ぐらいでさぼって、じゃあそうすると、3時ぐらいからジャズ喫茶にこもって、夜の8時9時ぐらいまで5時間ぐらいずーっと延々と本を読むから。僕、この中で、一生に、一生の中で一番本を読んだ時というか。で、多分、その、それだけ、それだけを食いつぶして今に至るみたいな、うん。

岡部 でも、その時代ってやっぱジャズ喫茶って何かこう、そういう何か、(?)、

尾上 そうそう。そういう、何か、ちょっとあやしい感じの、

岡部 ああ。今、ほら、『あまちゃん』で有名な大友良英っていう、

立岩 ああ、大友…、

尾上 ギタリストね。

岡部 うん。あの、ちょっとノイズの。あの人も高校時代は、もう、学校行かないでやっぱり、ジャズ喫茶に入り浸って。

立岩 その頃、ジャズ喫茶って、大阪で言うたらどこら辺なんですか。

尾上 えーとね、あの、有名なのは、あの、梅田のバンビていうところなんだけども、僕が行ってたのは天王寺のムゲン(∞)。∞とね、四分休符と、あと、あれや、マントヒヒ。

立岩 みんな天王寺ですか?

尾上 天王寺。天王寺はね、市大の医学部があったのよ。だからその、そういった連中が結構、たむろしてたんです。

横山 質問。尾上さんは、あの、楠さんと、坂本〔博章〕さんと、どっちが古いの?

尾上 3ヶ月ぐらい古いのが、坂本さん。その3ヶ月後ぐらいに、さっき言った、楠さんが喫茶店で会いたいと、本田さんから電話が直々にかかってきて(笑)。

岡部 直接、来たんですか。

尾上 楠さん、そしたら「こいつは青い芝にはやってはいけない」というように思てたのか、引っ張り合いになって。でも結局、楠さんは何だかんだ、大阪青い芝と、最後まで一緒にやってたからね。

横山 そう、楠さん、青い芝好きだったんだよ、ほんとは。

尾上 そうそう、そうなんですよ。だから、あの、その…、何ていうの、全障連の事務局長という立場で書いてる文章と、実相はだいぶずれてる。

立岩 今、岸田典子っていうねこちらの院生が、楠さんのことで博論書こうとしててん。で、御大、亡くなっちゃったから。話を聞きようもないじゃないですか。そういう中で、周辺に話聞くしかないよね、って。いや、要領悪いってか見立てが悪いわけよ。で、せっかく聞きに行ったけど実は楠さんのこと、あんまりよう知らへんとか。そういうのあんねん、いっぱい。灯台もと暗しというか、要するに、尾上さんに聞いたら、よろしいですか? 今度、岸田を派遣しますんで。ちょっと要領悪いんですけど、よろしくお願いします。

尾上 いえいえ。あの、高槻で銀行員やってた人ね。[00:15:01]

立岩 そうそうそう。

尾上 ああ、よく知ってますよ。

尾上 電話交換手の。

岡部 (笑) 電話交換手の時代ですか。

立岩 うん、退職をして、今、NPO法人をやってます。高槻で。

横山 楠さんはね、俺とよく話す時にね、「横山君なら本音を言える。」と。

立岩 それは楠さんが言わはったんですか。

横山 そう。

立岩 それいつ頃て、覚えてます?

横山 うんとね、2005年ぐらい。で、楠さんはね、「尾上君とは横山は違うんだ。」って、言うわけよ。

立岩 横山と尾上は違うって言うわけ?

横山 うん。僕はその頃、東京だったから、距離があったからね。だから、「横山には本音が言える。」と。

立岩 あ、かえって、東京にいるから、

尾上 何? 尾上やったら、あの、大阪,地元だから、「楠さん、ああ言ってるけどこうやねんで」って言われると(笑)。

横山 そうそうそうそう(笑)。

立岩 ああ。それはあるかもしれないですね。[00:16:25]

尾上 まあ、楠さんからしたら、尾上を、DPIに送り込んだん、楠さんやから、そんな何ちゅうか、不細工なこと言えないみたいなの、あったのかわからんね。

横山 そうそう。

立岩 ま、そうやな。運動の先輩ってやっぱり、ちょっと、弱音吐けないってあるよね。

横山 (笑) そうそうそう。

尾上 「お前に弱音を吐けるかい」、みたいなのあるかも。

岡部 横山さんになら吐けるかも。

横山 (笑)

立岩 そこ、何か、弱音吐かれたことあるんですか。その、

横山 ありました、ありましたよ。

立岩 何があったんですか。

横山 関西の運動の、持ち方とかね。

立岩 それは、もうちょい言うと、どんな感じやったんですか。

横山 やっぱり関西と東京と違うのは、関西は、部落解放同盟との関係が、ものすごい、深かったわけだね。

立岩 そうですね、そうですね。

横山 「だから、部落解放同盟に、あんまり、障害者差別のことは言えないんだよね。」って。

一同 ああ。

立岩 「障害者差別のことを解放同盟に言えへん」ていうふうに、楠さんが言わはった。

横山 うん。はいはい。

立岩 ああ。

横山 だから、楠さんの弱みを(笑)、僕は知ってるんじゃないかなと、思うわけだよね。

立岩 ああ。だから大阪は、解放同盟運動が強いがゆえに、あんまりそういうことを解放同盟に言えへんということがあったっていうことを、横山さんには言わはったっていうことですか。

横山 はい。

岡部 やっぱりピンマイク付けとくべきでしたね(笑)。

立岩 いや、今度またあの、静かなとこに派遣しますんで。よろしくお願いします。[00:18:21]

■高橋修

▼横山 僕は、障害者運動を僕がやってく中で、影響を受けたの…、影響を僕が受けたのは、楠、修、

立岩 修、

横山 新田。

立岩 新田。

横山 はい。なんですよ。

岡部 ふーん、修さん。

横山 高橋修は俺んとこに、1週間に1回くらい来てたからね。あの頃。

立岩 あの頃って、立川の立ち上げの前ですか。

横山 前。前。

立岩 前ですか。あの時、結構、あの、修さん、悩める人だったんですよね。

横山 はい、はい、はい。

立岩 じゃ、その頃、悩める修は、世田谷に行って、「どないしたらいいやろ?」ってこなとを横山さんに、その、話してたって、そういう感じですか。

横山 はい。僕に…、僕の家に週に1回ぐらい来てたもんね。

岡部 へえー。

立岩 そうなんや。

立岩 何言うてはりました? 覚えてます?

横山 えぇー(笑)。

立岩 ま、「悩める修」だったのは知ってますよ。それは知ってるんですけど。

尾上 やっぱりその、立川を立ち上げる前ってのは結構、決断…。

立岩 結構ね、何か、暗かったし(笑)。

尾上 あ、そう。へえー。

立岩 ていうか、まあ、本当に、なかなか…。あの、ばりばりの武闘派っていう側面と、悩める修君ていうのと、両方ある人なんだよね。[00:20:04]

横山 そう。そうなんだよ。修は可哀想なんだよ。みんな、武闘派の修ちゃんは怖いと思ってんだよ。

田中 怖い、怖かったもん。

一同 (笑)

横山 そんなことない。ところが、

尾上 怖い顔と、別の顔もあったという。

横山 ずっと、修ちゃんはね、僕に甘えてきたわけよ。

立岩 ん?

横山 甘えてきたわけ。

立岩 甘えてか。そうかも知れへんね。いや、本当にちょっと、メンタル痛めてた時期があったと思うんですよ。

横山 うん。修は涙もろいしね。

岡部 涙もろいし。

横山 あの、あれよ、大阪のあれ、あの人と同じだよ。

尾上 ああ。

横山 涙もろいんだよ、本当に。

尾上 泣き上戸。

横山 うん。

尾上 絡み、絡んだ後、泣くという。

岡部・田中 (笑)

横山 そいでから、僕の印象は、「障害者活動家は涙もろい。」っていう。

立岩 具体的に…、やっぱやるべきですか、みたいなことを言うてはりました?

横山 そうそう。だから、エレベーター運動を、このままやるべきなのかな、とかな。

立岩 エレベーターは割と、彼が立川に来てから早くに始めたじゃないですか。

横山 うん、うん。

立岩 それはまあ、終わるまでやろうとは思ったと思うんですよ。で、だけどその、介護の問題なり、その、CIL立川をやったがいいのかどうか、っていうようなところで、彼はかなり悩んだと思うんです。

横山 はい、はいはいはい。そうですね。

立岩 その辺の、その、相談とか、横山さんにありました?

横山 はい、はいはいはい。ありました。

立岩 その時に、横山さんは、何言わはったんですか。

横山 僕は「やっぱり、地元は大事にするべきだよね」。

立岩 ああ。立川という地域を大事にすべきやっていう。

横山 はい。はいはいはい。あの頃さ、あの頃、あの、落下傘部隊っていうのがあったわけよ。

立岩 何?

田中 落下傘部隊。あぁ、違うとこにポーンと、

立岩 その、地域に、ポーンと降りてっていうことですか。

横山 そう。だから、川元〔恭子〕※とか。
http://www.cilkodaira.net/staff.html
 https://ameblo.jp/cil-hoshizora/entry-11765127389.html

立岩 ああ、はいはい。

横山 川元は、

尾上 高松かどっかから、

横山 そう、小豆島なの。

立岩 亡くなられましたよね。

横山 そうそうそう。

尾上 3年…、4年ぐらい前ですね。

横山 いや、5年、もっと。〔2014年2月逝去〕

尾上 もう5年、そんな…、

立岩 小平ですよね。CIL小平。

横山 はいはいはい。

田中 うん、ね。そうそうそう。小豆島だったんですか。

横山 だから、▼介護保障協議会(全国障害者介護保障協議会)で、落下傘部隊を作ったわけよ。▲

田中 ああ、なるほど。

岡部 ふーん。

立岩 あれは?、どこが

横山 介護保障協議会。

岡部 介護保障協会?

尾上 その、介護保障者組合の介護センター、

男性同席者 あそこのアパートの、

横山 いや、介護保障者組合は関係ない。

尾上 もう、協議会に分かれてました?

横山 はい、はい。

立岩 ちょっと待ってよ。ちょっと、うち帰って整理してきますけど、まあ、いいわ。それで、それで何? まあ、横山さんは、「地域を大切にせい。」と言うたと。

横山 はい。

立岩 で、高橋さんは、「じゃあ立川でCILやるわ。」っていうような話、

横山 うん。だから、僕は修にね、「立川に、作るんなら、立川を裏切るな。」と。

立岩 「立川を裏切るな。」ですか。うーん。なるほど。地域でちゃんとやるならやれと。

横山 はい。

立岩 て、修さんに言うたんですよね。[00:23:41]

横山 はい。それで、野口〔俊彦〕さんていう人が、(?)来てから、野口さんを大事にしようって。

立岩 ああ、野口さんをね。野口さんの方が古いからね。

横山 (笑) そうそう。

立岩 そうか。いや、ちょっとまあ、聞きにいきましょか。

横山 ねえ、あの、あのね。

尾上 ▼そうかそうか。今、福永〔年久〕さんの記憶がつながった。だから、僕にとったら、その、大阪にいてたら、修ちゃんの公的介護保障要求者組合と、あと、共同連だったんですよ。▲

横山 はいはいはい。

尾上 あの、ワーク何とかっていう、その、

立岩 ワークセンター…、やってましたね。彼は共同連の大会と全障連の大会と同じ年にやった年があったでしょ〔1991年〕。

尾上 立川でやった時ね。

横山 はい。

立岩 立川でやった…。

横山 ね、あのね、俺、糾弾受けてね、みんなに。

立岩 みんなって誰ですか。

横山 要求者組合から。

岡部 要求者組合から糾弾を受けた。

立岩 新田〔勲〕とかですか?

横山 はい。修ちゃんが来るよ、ということで行ったわけよ。そしたら修ちゃん来なくて、俺だけが、介護保障協議会のメンバーで、みんな要求組合のメンバーだった。[00:25:06]

立岩 それから、何? 新田さん?

横山 そう。新田、三井絹子…、

立岩 三井さん。

横山 木村、

立岩 辺りから、

横山 はい。

立岩 結構、批判され、

横山 そう。

立岩 そん時に横山さんは、

横山 で、俺に対して、「JILは、へなちょこ障害者ばっかり作って」、

立岩 へなちょこ?

横山 うん。

岡部 へなちょこ障害者(笑)。

立岩 障害者だというふうに、新田とか三井が言うたってそういう話ですか。

横山 はい、はい。…ばっかり作ってると。

岡部 なるほど。

横山 「横山、どうなんだ。」と。

立岩 ああ。ね、横山に…、まあ、その、差し向けられて。で、横山さんは何言うたんですか。

横山 だから、「いや、そんなことはない。」と。ちゃんと、経過と現状(?)を踏まえて、「へなちょこ障害者は作ってない。」と。

横山 でも、彼ら、要求者組合のメンバーは、全部自分達で動いてきたからさ。だから、「自立生活センターはおかしい。」と。

立岩 んー。[00:26:32]

横山 だからそういった意味ではね、3年前のね、大阪のね、福永さん。話してたことは、あんまり(?)じゃない? 俺にとってはね。

立岩 でも、福永さんは、それで、横山さんがそういう話をして、

横山 はい。

立岩 まあ一応その、傘下というか、「協力せい。」って言うて、あの、福永さんが一応…、一応というか、まあ、入るわけですよね。

横山 うん。で、高橋修と俺が福永に頭を下げて。

立岩 あ、そうか。その時は、横山、修さんが、二人で福永さんに話しに行ったっていうそういう話ですか。

横山 はい。はい。

立岩 あぁ…。

横山 頭下げて、大阪…、関西でも、自立生活センターを作ってほしいと。

立岩 なるほど。(?)は、福永は…、(?)さんもね、うちの大学に、あの、映画作った時に来てもろて、しゃべってもらったんです。それは覚えてるんですけど。で、福永さんはそれで、何言わはったんですか。その、二人が、横山・修、が、わざ…、兵庫まで行ったっていうこと…、

横山 はい。

立岩 福永さんは何か言わはりました。

横山 あの、「それは東京の動きであって、関西では通用しない。」と。

立岩 ああ、ああ。まあ、福永さんやったら言いそうやけど。

横山・岡部 (笑)

立岩 それは言うたと。でも、それで終わったわけじゃないでしょ。

横山 (笑) はい。

立岩 それやったら5分ぐらいで終わるけど。

岡部・尾上 (笑)

立岩 それで、さらに、横山…、

横山 修と俺は、関西を…、「僕らが踊れば、自立生活センターの動きが全国に広まる。」と。

岡部 ああ。

横山 (笑)

立岩 なるほど。関西が乗ってくれれば、

横山 そう。

岡部 そう、関西のキーパーソンはもう間違いなく福永さんだと。

横山 はいはい、はい(笑)。

立岩 まあちょっとそれで持ち上げたっていうか。

一同 (笑)

立岩 まあ、その時、それ…、そうしたら何? 福永は、結局「わかった。」と言うたんですか。

横山 はい。

立岩 ああ。あ、そうなんや。

横山 3週間かかりました。

岡部 3週間!

立岩 3週間!

横山 はいはいはい。

立岩 え? 3週間。3時間じゃなくて、3週間。

横山 3週間。

立岩 3週間、関西におったということですか?

横山 はい。

立岩 滞在してたっていうことですか?

横山 はい。

岡部 えー!(笑) そうなんすか!?

立岩 それはJILができたあと…、ちゅうか、自立生活センター立川ができたあとっちゅうことでいいですか?

横山 僕はね、修と、その前に喧々諤々の話を電話でしてたわけよ。僕の要望は、修に対して、やっぱり▼自立生活センターは、今んとこ、軽度障害者の役割だと▲。

立岩 はい。軽度障害の、はいはい。[00:29:58].

横山 そう。重度障害者の自立生活センターを作るべきだと。

立岩 ああ、ああ。それは修さんに言うたんですね。

横山 そう、修に。そう、僕が。

岡部 へえー。

横山 で、修が、「横山、ちょっと待て。」と。「どれだけ時間かかる問題だ。」と。

立岩 「時間がかかる。」って修さんは言うたんですね。

横山 うん。重度障害者の自立生活センターを作るには…、作るのには、もうちょっと時間がかかるだろう、と。

立岩 ああ、ああ、ああ。

横山 だからそん時に、高槻市の(?)やっておったわけね。

立岩 はいはい。

横山 でも最終的には修は死ぬ前に、俺に、

立岩 死ぬ前?

横山 死ぬ前に俺に言ったのは、「実は僕は、中西よりか、三澤〔了(〜2013)〕の方が、憧れてた。」と。

立岩 ああ。

岡部 修さんが、高橋さんが。

横山 はい。

岡部 なるほどねー。何か面白いですね。そういう話聞くって何か(笑)。

横山 でも、たぶん、俺しか語れないと思うよ。

岡部 (笑) 生き証人。生きてるうちに話聞かせて(笑)。ごめんなさい、ごめんなさい。

立岩 それは言えへんよね。三澤さんの前でとか、中西さんの前でそんなこと言わんもんな。

横山 うん。

立岩 それはそうやんな。

横山 あの、中西と三澤の関係は分かってます?

立岩 いや、よう知らん。

横山 実は、中西がピアカンをやったの、三澤さんと。

岡部 中西さんがピアカンをやって、

横山 …たの、三澤さんの。

岡部 三澤さんのピアカンをやった。

立岩 いや、違う、三澤さんが中西さんの、って今、言わはりましたよね。

岡部 逆? ああ。三澤さんが中西さんのピアカン…、え?! そうなんすか。

横山 そう。で、週に3回。

岡部 週に3回?

横山 時間、あの、電話で、3時か10時か、から(?)。

立岩 ふーん。

立岩 僕さ、中西が86年にヒューマンケア作った時に、多分、ほとんど立ち会ってるんですよ。

横山 はいはいはい。

立岩 だから、結構最初から知ってるんで。最初、いかに色々知らんかったとか(笑)、そういうことも含めて、ま、大体わかります。で、やっぱその時、三澤さんの名前はよう知ってましたけど。実際に会ったりとか、一緒にってことは、だいぶあとになってからなんで。三澤さんは、そう知らないんですよ。東京の西の方に僕おったから。あの…、修さんとか、中西さんとか。

尾上 だいたい中央線? 中央線沿線?

立岩 中央線だね。

尾上 中央線。中央線てあの、

岡部 地方の人にはわかんないけど、中央線、何か、あるよね。

立岩 中央線て、東京からずーっとまっすぐ西の方に行く線があるんです。それの西の方なんですよ。

横山 立川、八王子(笑)。

立岩 そうなんですよ。で、三澤さんは、新宿の方が、本拠地だったから僕はそっちはあんまりね。その当時は行かへんかったんですよ。

岡部 ふーん。面白いなぁ。

立岩 だから、あの、そう、今日も言いましたけど、中西は今で…、今になってまあ、なか…、昔から知ってるみたいなこと言ってますけど、やっぱ80年代(?)の時は何も知らなかったってことです。

尾上 えっと、そもそも、ヒューマンケアができて1988年に会った時は、生活保護の特別加算を知らなかったからね。

立岩 いや、そうやと思います。[00:33:49]

尾上 だから、もうぶっちゃけの話、さっき、▼修ちゃんが、JILに関わるかどうかっていうか、っていうか、その前後で大阪から見た時の違いってのは、僕、88年ぐらいに、あの、ヒューマンケアの調査に行ったんです。で、その時ね、確か、時給600円ぐらいの、それこそ、例の、東京都独自の在宅障害者手当があったから、っていうのがあるんですけど。でも、そん時にね、まあ正司って自分がやってるこれが普遍的な原理なんだ、みたいな言い方をするっていうのがあって、「いや、そんな、全部が公的保障ではだめなんだ。」って、「自分で有償介護を買うことに当事者性があるんだ」、と。そんなことないやろ、と突っ込みたくなりましたが(笑)。

立岩 ちょっと流行ったんだよね。あの、有償ボランティアってのがさ。

田中 ああ、はいはい。そうですね。

立岩 あの、生協、あの、生活クラブ(?)とか。

尾上 それこそ、神戸の、あの、

立岩 行った、俺行ったんです。俺ね、あの、

田中 一緒に行ったんだ。

立岩 そう、中西の車いすを押した介助者として僕、

尾上 灘生協でしょ?

立岩 土肥、土肥…、

尾上 神戸、神戸。灘生協。

岡部 灘生協。

立岩 いや、じゃなくて。

田中 じゃなくて?[00:35:00]

立岩 えーと、神戸ライフ・ケアー協会。

岡部 ああ。はいはい。

尾上 灘生協が作った?。

立岩 いや、社会党系の、国会議員やった人が事務局長で。僕それ見学にっていうか、見学に行く中西の車いす押しだったの。

田中 すごい、すごい。

尾上 あそこのシステムは、互助組織で、

立岩 そうですね。

尾上 実際にはお金で取るというよりは、それでポイント制にして、で、自分が老後の時にそのポイントを還元できるという…

立岩 そうそうそう。流行りましたね。そういうのね。

尾上 で、それはさ、別に、ま、高齢者の世界の話ではあっても、大阪の青い芝運動からしたら、あの、「そんなん、なんかポイント制とか、そんなもんじゃねえだろう。」みたいな。「お前ら社会が介護するのが当たり前だろう。」みたいな世界じゃないですか。「え、そんなゆるくていいのか。」みたいな感じやった。

立岩 だと思いますよ。だから、最初に彼が学んだのは、そういう、有償ボランティア、介護チケット…、

尾上 ポイント制ですよね。

立岩 ポイント制的なものから入って、まあ何か、でも、しょぼっと入ったわけですよ。それが86年でしょ。でも、で、89あたりに、修さんが立川で立ち上げて、その3、4年の間に色んなことが起こるわけですよね。変わってくわけですよ。

尾上 で、何か、「24時間介護、俺が作った。」みたいな言い方…、それを作ったのは介護保障要求者組合やからね(笑)。

立岩 それは違うぞ、と。

立岩 「知らんかったはずやろ」て、言うたらいいですよ。

尾上 自分で身銭を切ってこそ当事者主権生まれるて、最初は言うてたよね。

岡部 (笑)

立岩 「こらこら」、だよ。▲[00:36:36]

横山 でも、介護保障要求者組合は、まともに(?)裏切られて。 

立岩 え?

岡部 誰?

立岩 よくわからない。いや、うん。

横山 あん時は、新田がね、

立岩 うん。

横山 俺、修、横山(?)。

立岩 そうですね。

横山 これをたのんでた(?)わけよ。新田はね。

岡部 うん。

横山 だけど、俺は、さっきも言ったように、うん、糾弾されたからね。

岡部 糾弾されたからね。

立岩 それはわかった。それはさっき聞いたんで、一応わかった。わかったとしてだよ、それで、

横山 今、木村英子が全体的に要求者組合のことをやってんだけど。で、えーっと、新田さんが亡くなってから、

岡部 うん。

立岩 新田さんが亡くなったあとですね。

横山 うん。あと。で、今、その、国立(くにたち)の、

田中 三井さん?

横山 かたつむりの家は、ほとんど、もう、知的障害者の自立支援てことをやってるわけ。

岡部 うん。確かに。

尾上 つばさステーション?

横山 はい。あ、つばさステーションじゃないよ。かたつむり。

横山 うん。つばさステーションは、木村英子がやってる。

立岩 木村英子って、そうか、昔、赤窄(あかさこ)だっ…、え、違うか、まあいいや。はいはい、それで、

横山 で、えーっと、今、一歩(いっぽ)の会は、つばさステーションと、あと、あの、障害連、

岡部 障害連。

横山 と、やってるわけ、一緒になって。

岡部 ふーん。

立岩 障害連も入ってるの?

横山 はい、やってます。

尾上 障害連の若手で、私と同じ字を書くんですが、

尾上 尾上(おのえ)っていう、

立岩 ああ、ああ。知ってる、知ってる。

横山 30歳ぐらい。

立岩 細い人。

尾上 ああ、ああ、ああ、よく知ってるね。[00:40:01]

尾上 あの、えっと、トーキングエイドっていうか、彼、コンピューターだよね、何か。

横山 そうだね。

尾上 あ、よく知ってる(笑)。

立岩 いや、あの、難病系の学生に、私は、何か、言われたら言っといたかもしれない。すると、何か、いますよね。

横山 ああ、言う(?)。

尾上 何とかかんとかですって言うたら、この言葉がね。

立岩 この押し出しがちょっと違う、スタイル違いますよね。

横山 そうそう、尾上(おのえ)君とね、

立岩 もう一つ、こう、細い。

横山 尾上(おのえ)君と、よく話をして、僕は尾上(おのえ)君、最初に会った時は、「何こいつ。全部、介助は親に頼んで」。

岡部 ああ。

横山 「自立しない。」と、言ってたわけ。「ふざけんな!」って思ったわけ。で、そこで尾上(おのえ)君の…、あの、今、尾上(おのえ)君、立川に出てたね。

立岩 あ、そう。

横山 うん。で、尾上(おのえ)君は、立川で自立をしたいと。

立岩 ああ、そうなんですか。

横山 うん、言ってたから、じゃあそれを尊重して、ていうことで、尾上(おのえ)君の介助運動、時間運動を、全面的に、しばたと一歩の会がやったわけよ。

立岩 ああ。へえ。

横山 それで、尾上(おのえ)君は、あの、3月1日に一人暮らしをしたわけ。

尾上 実現した。

横山 うん。

尾上 3月1日に、自立生活が。

立岩 今年、ってことですか。

横山 はい、立川で。

一同 へえー。

横山 で、一歩の会が全面的に支援して。じゃ、尾上(おのえ)君のパーティやろうということで、とのまさ君(?)も。[00:42:08]


立岩 あのさ、あ。あの、その…、戻るとね、あの、僕、だから、まあ、修さんの、何かそのうち、って思ってんねんけど、やっぱり何見ても、やっぱ、介護保障協議会と組合が、何がどう違うて、どういうふうに別れ話になったのか…、

尾上 あの、98年ぐらいから、

岡部 外部からは、さっぱりわかりません。

立岩 ほとんど無いんですよ。書いたものはほとんど無い。まあ、それは当然だと思うんです。それはまあ、今日は聞きません。そやけど、その、ここはでも、増留さんも、まあ、割と昔から知ってて。僕、社事大で、非常勤やってたんだけど、増留さん来ていただいて、そういうこともあって。増留さんは、自立生活センター立川で、運営委員もやっていただいた時も、何年も…、僕も委員だったんで。それから理事…、NPOなってから。ある程度は知ってるんですけど。その、何ていうの。で、なおかつJILの何周年かな、10年だか20年だかの時に、まあ、わざわざっていうか、増留さん来て。事あるごとに、その、中西御大の案に、批判するっていうスタンスで(笑)、それも知ってるんです。ただ、でも、総合的に彼、その、スタンスっていうか、さっき、違うっておっしゃったじゃないですか。その辺の感じ…、ようわかんないです。

尾上 僕、2004年まで、関西にいたでしょ。そこがよくわかんないのはね、97、8年ぐらいで協議会と要求者組合に別れるじゃないですか。

立岩 そうですよね。

尾上 で、まあ、修ちゃん、多分、(?)組合だけど、どっちかと言えば協議会の中心メンバーは増留さん、ていう感じに見えてたんだけど、

立岩 それは違うんちゃう?

横山 違う。

立岩 協議会に残ったのが高橋さん。そうでしょ?

横山 そう。

尾上 あ、そうなの?

立岩 でしょ。うん。

立岩 で、そこで、組合の組合長やってた修さんが、そこから出て…、って、400字ぐらいの文章しか残ってないんですけど。で、協議会の方に行くわけですよ。

横山 ねえ。

尾上 増留さんは、要求者組合の方に残ったってことですか。

尾上 確かね、協議会の呼びかけ人に彼もね…、

横山 だって、俺は、大フォーラムも、やってるから。

岡部 ん?

横山 精神障害者…、

尾上 その、全国大フォーラムですよね。[00:47:38]

横山 そう、まりさんとか。

岡部 うん。

横山 仲いいわけよ、俺は。

尾上 ピープルの連中も。

横山 そうそう、ほとんど。それがね、僕にしかできないと思うの。

岡部 え?

横山 僕にしかできないと思う。

尾上 そのつなぎ役は自分しかできない。

岡部 ああ、つなぎ、つなぎ。

横山 だから、それを僕は使いながら、どう行動を結んでいくのかということにも、模索してます。

岡部 すごーい。

岡部 東京は東京で大変なんですね。

横山 (笑) 大変…、大変じゃない、大変じゃないよ。

岡部 ないところはないで、大変なんですけどね。(笑) ちょっと分かりました。

横山 僕のあだ名は、あの、八方美人。

田中 八方美人(笑)。

岡部 (笑) あっちの話も聞き、こっちの話も聞きという。

横山 はいはい。でも、でも、

岡部 まあ、聞く方(ほう)ですからね。

岡部 今度行くときね、何かこう、言い訳してますね。

横山 (?)、(?)。この辺がいい。

岡部 そうね。なかなか、実を結ばないけど(笑)。

横山 そうですね。えらい、優しいところね、橋本さんの。やまもとさん、手伝って。[00:50:09]

岡部 だんだん傾いてきた。

横山 だから、(?)、僕にはどうすることもできないからね(笑)。

岡部 いろんな歴史があっての(?)なんだね、センターもね。

横山 そうそう。

岡部 うちらもまた東京から10年遅れてからのスタートじゃないですか。さっきの、あの、有償ボランティアの件あったじゃないですか。それもやっぱり、こう、他でやっているところをこう、やっぱり、導入したみたいな感じだから。まあ、ある程度、こういうの、変な話だけど、そんなに競合…、

橋本 岡部さん。

岡部 はい。はい。

橋本 あの、あの。あの、9時になったら(?)、

岡部 9時になったら(?)、

橋本 (?)。

岡部 (橋本氏の発言に対して)はい、シンデレラですか。

橋本 あー、いやいや、あの、(?)くんなら、(?)。

岡部 あぁ、そっかそっか、(?)。うん。うん。大丈夫、あの、10時ま…、10時って言ってましたよ。須賀君。

橋本 (?)。

岡部 あっそう。じゃあ、9時半だ。温泉に連れてってもらったって言ってました。

田中 何かちょっと解釈と違いました。私の解釈は、増留さん、横山さん、高橋さんと新田さんが、こうなったんだと思ってたんです、あの時。(?) 新田さんに話を聞いた時はそう言ってたの、そう言ってました。

横山 あのねぇ、あのねぇ。留が出てくる前は、まだ新田と中西の関係があったわけよ。

立岩 あー、そうなんだ。

横山 で、留が、その、中西側にくっついて行く時もあったし、新田側にくっついた時もあったし、ていうことでね。

岡部 へぇ。

横山 僕は、留に、「お前、自分の運動をやれ!」って言ったわけ。

立岩 自分の運動をやれって。

横山 「イソギンチャクになるな。」と。自分の運動、無いわけだよ。

立岩 また、脳性マヒ至上主義。「どうせ頚損やろ。」って(笑)。

岡部 増留さんの話、脊損か頚損かと思ったんだけど、え、脳性マヒなんですか?

立岩 留さん、鉄棒だっけ? 鉄棒だよね。

横山 そうそう。そう。

立岩 宮崎の時、高校生か何かで、鉄棒で事故ったって。

岡部 ああ。なるほどね。[00:52:45]

横山 いや、だから僕は、全障連からやって来て、で、青い芝とは一線画してたわけよ、俺は。

岡部 画してた?

横山 うん。で、やっぱり、差別問題とかいうことは、脳性マヒだけの問題じゃないんだと。いうことで、で、楠さんと、(?)。

岡部 ふーん。

立岩 そっか、横山さん、じゃあ全障連に関わってた時期って結構ある?

横山 あります。

立岩 その時には、まあ、あんまり公然と青い芝云々というの、まあ、言わんようにしてた、って、そういう話ですか?

横山 はい、はい。

立岩 ああー。

横山 だから、あの、奥平。

立岩 奥平って、奥平ま…、え?

横山 真砂子。

岡部 真砂子さん。うん、奥平真砂子さん。

立岩 ああ、真砂子さん。最近、3人で会いました。酒飲んだ。

田中 仲良しですけど(笑)。

岡部 そうなんですか、ああ(笑)。

横山 奥平が言うには、「横ちゃんは、そういう意味じゃ、障害者運動の生き字引だ」と。

岡部 (笑)

田中 生き字引だと。ああ、なるほど。

立岩 ああ、まあ、横断してるからね。

横山 うん。

立岩 いくつかのところをね。

岡部 なるほどね。なるほどね。そこ一方じゃなくていろんなとこ、ちょっと、

横山 で、

立岩 真砂子曰く。

横山 全障連にも関わって、JILにも関わって。

立岩 まぁ、そりゃそうやな。確かにね、そうですね。どっちかにしか関わらへんという人は沢山…、のほうがむしろずっと多いですよね。

横山 そう。

立岩 そっかー。

横山 でも俺は、あの、一歩の会をやるようになってから、もう一度CPにこだわってみようと。

田中 ふーん、最終的にそこに来たんだ。

横山 はい、はい。

立岩 CP来たぞ、CP来たぞ(笑)。

横山 俺は、自分がCPだからさ。やっぱり。

田中 最後はここに来ると。

横山 うん(笑)。

田中 そして、青い芝。

岡部 ま、ま。ま、でも、そこに戻んないと、こっから先、結局その、置いてかれるってことですか? ま、変な話だけど。

田中 難しいな(?)。

岡部 というのがあった(?)。また変な話だけど、今回やっぱり、こういう、もう、パネラー全部脳性マヒにしたのは(笑)、多分、そこは意図した…、まあ、敢えて意図しているところだったので。 [00:55:09] 立岩 いや、今回、そうだと思いますよ。だって、何か、 岡部 今回、変な話、危機感、危機感ですよね。危機感というと変な話…、

橋本 今日はちょっと、帰るからね。

田中 もう帰る。

横山 はーい。

岡部 あ、大好きな橋本さん、帰っちゃいます。あまりお話しできなかった。

横山 橋本さん、アイラブユー。

岡部 アイラブユーだって(笑)。「アイラブユー」言うてます。

橋本 ユーラブミー。

一同 (笑)

田中 何だか…、

横山 またね。橋本さん、橋本さん。

岡部 お互い動けなくなっちゃった。

横山 4月に待ってるよ、4月に。

橋本 分かった、分かった、分かったよ。

横山 4月に来るんだよ。世田谷に。

田中・岡部 世田谷に?

横山 偲ぶ会(?)。

立岩 誰?

橋本 今井さんていう子。の、偲ぶ会やるんですよ。

岡部 あ、そうか。それ、行く、行くんですか、結局。

横山 はい。

橋本 あー、行く行く。

岡部 あ、そうなんだ。

岡部 白石さんに行けって言われたんじゃないですか(笑)。

一同 (笑)

橋本 違う、違う、違う、違う。

田中 違うって。

宮下 「何言ってんだ。おう。コラ!」 ね。

岡部 冗談、冗談。

横山 すごいよ。

橋本 違う、違う、違う。(?)。

田中 自分で決めたんだ。

岡部 なかなか、やっぱり、ちょっとそういうのってメールでしかほら、回ってこないから、メールの窓口がまだ閉まってるんで、これ渡した方がいいのかどうかって、やっぱ、迷っているんですよね。

田中 (橋下氏に対して) 4月、4月です。途中で、十条あたりで降りて、大学にも来てください。大宮から途中でありますから。

橋本 (笑) 覚えてたらよ(?)。

田中 覚えてた?

橋本 覚えてねぇ。

岡部 (笑) 無理だと思う。

横山 僕は、橋本さんを本当に尊敬してる。

岡部 「尊敬」なんですか。「尊敬」なんですね。

横山 うん。

田中 『広芳の部屋(広芳の小部屋)』、見てますか?

横山 はい。

一同 (笑)

田中 私も見てまーす。

岡部 ほら、ファンがいますよ、橋本さん。変なこと言えない(笑)。

一同 (笑)

橋本 ありがとう。

[00:57:24] 横山 いや、だから、僕、全国に尊敬してる人いっぱいいたんだけど、みんな死んじゃったね。 岡部 死んじゃうからね。橋本さんも1回死にかけましたからね。 横山 はい、そうそう。 岡部 1回死んだんだけどね。正直。 横山 僕も、あん時、行ったんですよ。 岡部 そうですよね。いらっしゃって、ね、いただいて。 横山 心配…、心配しました。
立岩 その時は、何だって言われたの? 原因は。

(横山 橋本さん、じゃあ。またねー。橋本さん。)

(尾上 また! どうもどうもー。)

(橋本 ラブユー、ラブユー、ラブユー。)

(宮下 気を付けてねー。)

(田中 気を付けてー。)

岡部 あの、喘息の、まあ、すごい寒い夜だったので、喘息の発作で、発作がちょっとまあ、ちょっとひどくなって、結局、呼吸停止にまで行っちゃって。1ヶ月ぐらい意識もなかったですかね。1ヶ月近く動けなかったですね。

立岩 そりゃすごいね。

岡部 うーん。でも、みんな、うちはほんとにこう…、誰に、あの、招待状、招待状いうと…、連絡するかっていうのを、一覧にしましたもん、本当に。もう駄目だと思いました。

横山 そうだよね。

岡部 だ、みんな、本当、来ても…、くれて。

立岩 ああ、葬式の時に呼ぶ人を、(?)、

岡部 そうそう、呼ぶ人、どこでやるかっていうことと誰を呼ぶかっていうのを、本当に一覧表にしました。それぐらいの状態だったんですよ。そっから今、あるんですから。今、あるんですから(笑)。

立岩 いるんだねー、特別な人って。

岡部 もう、不死身の人いるんだなって(笑)。

尾上 3年、3年前ぐらいでしたっけね?

岡部 何年前かねえ。

岡部 あ、もう全然前ですね。うん。

尾上 ああ、そう。もっと前。

横山 8…、8年前かな。

岡部 8…、うん、7、8年にはなります。まあ7年ではないか、8年以上になりますね。

尾上 じゃあ、その、還暦の会の前なんだ。

岡部 いや、

横山 あと。

尾上 あっ、そう。

岡部 あとですね。あとですね。

横山 すぐあと、すぐあと。すぐあと。

宮下 還暦の前、前よ。前。

岡部 前だっけ?

宮下 前、前。

立岩 ちょっとはっきりして(笑)。

一同 (笑)

岡部 ちょっとあまり、あまり覚えてない。

尾上 だって還暦の会の時は元気だったやん、もうすでに。

岡部 そうそうそう。

宮下 だって、何だっけ。最初に言ってたもんね。

立岩 V字回復みたいなこと。

横山 (笑)

岡部 1回、目覚めてからそうでしたね。

横山 (笑)

尾上 なるほどー。生まれ変わって。

立岩 還暦の会が2010年って(?)じゃないですか?

尾上 9月、2010年9月。

立岩 11年、震災でしょ。

岡部 うんうん。

田中 そう。

立岩 その前の年に、

田中 前の年、

岡部 の前のね、うん。

立岩 赤いちゃんちゃんこ、こう、でしょ。でしょ?

一同 (笑)

立岩 で、その時には、もう橋本さん元気になられていた。

宮下 うん。

岡部 てことは、1年以上前か。そうすっと。8年…、9年前。うん。

立岩 え? てことは、それと同じ年に橋下さんが倒れた、か。前の年ですか? 9年? どっちだ。

宮下 いや、

岡部 前…、その2年前か。ぐらいかな。

宮下 2年ぐらい前じゃないかな。

立岩 もっと前か。

岡部 ちょっと記録してないんで分かんねえ。

宮下 生前葬をやろうって言ってて(笑)。

岡部 生前葬。生前葬って、死にかけてたよ(笑)。

横山 だから橋本さん…、橋本さんにね、もっとあったかいとこに行けと。

岡部 うん。それ以降、部屋にエアコン入れるようになりましたから。

一同 (笑)

田中 そういう意味でね。

横山 郡山、寒いから。

岡部 それまで、橋本さん、そういうの嫌いだったからね。めっちゃくちゃ寒い部屋よ、確かに。(笑)

[01:00:01]
横山 そうそう。僕が言ったんだよ。

岡部 おかげで今、夜行っても、あったかいです。

一同 (笑)

横山 へー。少しは僕の言う言葉、聞いてくれたんだ。

立岩 ふーん。ああ、そうなんだ。

岡部 いや、本当に、あれなんですよね。あの、で、まあ、やっぱ、こう、本当に、呼吸器つないで、もうずっとしばらく意識無くて、本当にこう、(?)、

横山 相当危なかったんだねぇ。

岡部 うん、もう、いつ「ご臨終です」と言われるかな、って感じだったんですけど。

横山 うーん。

岡部 で、意識戻って、ま、でも、まあ、話せなくな…、うん、状態ですが、まあ、(?)、つなぎながら(?)、で、取ってもらわな(?)、まあ、話すようにな…、声が出るようになって、多分、声が出るようになって初めて喋った時に、私、たまたまいたんです。その時に、「いや、岡部君。今、川を俺、渡ろうとしてた。」って。

一同 (笑)

岡部 そうそうそう。舟に、さっき、(?)、舟に乗って渡ろうとしたらば、舟乗りに、あの、「金出せ。」って言われて。「いや、俺、持ってねぇんだ。」って(?)、「俺、金持ってねぇからダメだって言われたんだ。」って、「戻って来たんだ。」って(笑)。

一同 (笑)

尾上 追い返された。

田中 よかったねー。

岡部 そうそうそう。だからだから、生活保護で良かったねって(笑)。

一同 (笑)[01:01:11]

岡部 だから、うん?

白石 あの、ドクター(?)に、ここから、真っ黒い、玉、出してもらって。

宮下 そ、取ってもらって。

立岩 何を取ってもらって?

宮下 真っ黒だったって。

岡部 真っ黒、そうそうそう。

立岩 その、黒は、何がうつって黒く…、黒かった?

宮下 何か、その玉が、喉から、こう、出し…、

白石 真っ黒な玉を、出してもらって。

田中 玉?

岡部 玉?

立岩 玉って何だ?

田中 玉、飲み込んじゃったの?

宮下 それ(?)、洗ってもらって、もう1回。

立岩 ちょっ、ちょっ、ちょっと、もう1回。

宮下 もう1回洗って(笑)、(?)。

岡部 (笑) 非科学的な話になってきた。

立岩 何が入ってた、何が。いや、玉入んないよ普通。普通入る? 玉入る?

田中 赤ちゃんじゃないんだから、ね、(?)。

宮下 入ってて、(?)、

立岩 ちょっと、ちょっと、あなた、

宮下 いや、いや、いや、それを取り出したら、ま…、

立岩 いやちょっと、はっきりさせて。

一同 (笑)

立岩 ごめん、

尾上 何が入る、(?)。

岡部 医者、医者が言った話じゃないと思います。

宮下 ちょっと、ちょっと、聞いてね。あの、玉が入ってて、それが真っ黒になっていて。で、それを取ってもらったら、で、洗ってもらってもう1回入れたら、治ったんだって。

岡部 と、橋本さんが言ってた。医者が言った訳じゃないです。医者そんなこと言ったら大変です(笑)。橋本さんのセリフを代弁しました。そこの前提が無いからわかんない(笑)。

宮下 だって、入れるっていうことは、まだ入ってるっていうこと…、

横山 橋本さん…、

尾上 そのさっきの、川、渡りかけたっていう話ね。その、夢の中で玉を入れてもらったと(笑)。洗ってもう1回入れ直してもらった。

岡部 まあまあまあ、そんな感じ。

宮下 魂だったのかな(?)。


尾上 魂の「たま」。なるほど。

立岩 魂抜いたんだったら、やばいね。

田中 だから、1回返してもらったんでしょ。

横山 ああ。

横山 いやー、障害者運動の橋本さんはすごいよね。

岡部 橋本さんにその話今聞くと、覚えてないんですよ。それ言っても。だから無意識のうちに言ってたんです。うーん。だから、たぶん、本当に見たこと(?)なんですかね。

田中 (横山氏に対して) 障害者運動の?

横山 橋本さん。

田中 橋本さん、すごい?

横山 すごい。

田中 白石、橋本ね。

横山 僕はそういう意味では、ものすごい尊敬してるのよ。

岡部 何で尊敬してるんですか? 好きなのはわかります、好きなのはわかる。尊敬がわかんない(笑)。

横山 人間関係。あの、橋本さんのズーズー弁がね、人間関係、作るんだよ。

岡部 ああ。人間関係、作ると。

横山 はい。

岡部 やっぱり好きなだけじゃないですか、やっぱり(笑)。

立岩 さ、橋本さんてやっぱり、嫌われないよね。

横山 そう、嫌われないね。

立岩 みんな橋本さんのことは好き、ね。いや、俺も好きだし、みんな好きじゃないですか。それはあるけどね。

岡部 女性には嫌われてる(笑)。

男性同席者 女性? 女性、求めて、(?)、女性、(?)、

岡部 あの、いやいや、最初はいいんですけどね(?)、あと、あとから…、

尾上 僕、さかもとさんとかに連れられて、全国青い芝の会議で、あの80年代ぐらいって喧々諤々、ギスギスしてるんですよ。

岡部 喧嘩みたいに。

尾上 で、その時に、橋本さんがあの口調で喋ると、ちょっとホッとする、と。そういう感じ。

横山・岡部 (笑)

立岩 それはわかる、それはわかる。

横山 和むんだよねぇ。

尾上 そうそう、その感じあるよね。[01:05:00]

横山 (笑)

尾上 この、あの、こう、ゆっくりした喋り方じゃないですか。

立岩 ああ、それはわかる。

岡部 「あのー」(橋本氏の真似) ね。(笑)

尾上 そうそうそうそう。

岡部 「それは私も思うんですけど」(橋本氏の真似)(笑)

尾上 もう、今までつかみ合いしかけそうな時に、橋本さんが。ちょっと和むなあ、みたいな、そんな感じ。

岡部 (笑) いい役割ですよね。

立岩 それはわかる、それはわかる。それはそうやろな。

岡部 でも本当にバランスいいですよ、白石さんと橋本さんと、ね。

尾上 赤鬼、青鬼(笑)。

立岩 たまにおんねん。そういう。これね、女、二人でうまくいった試しってほとんど見たことない。

尾上 (笑)

横山 ないね。

立岩 男二人で、あの、例えばね、宮崎にYAH!DO(ヤッド)って、知ってる?

尾上 うん、

立岩 あそこの二人、

尾上 あの、山之内さん、あの、代表の彼。

横山 はいはい。

立岩 いいですよ。

尾上 ね。ね。

立岩 (笑) 男二人で、時々、何かでこぼこで、漫才みたいにうまくいってる…、

尾上 あのー、ピッチャーとキャッチャーみたいな。

立岩 そうそう。 で、僕が知ってるのは宮崎。あとはやっぱり福島。
尾上 YAH!DOみやざきって、本当にいい活動してる。

立岩 本当いいですよね。癒されますよ。

尾上 しかも、ちゃんと原則ていうかね、こう、言うべきことは言うという、その両方。

立岩 やってる。そうそう。宮崎で。

岡部 いわきもがんばれ、いわき(笑)。いわきじゃねぇか。

立岩 宮崎行って、焼酎飲んで。いい感じでした。

田中 へえー。若い人ですか?

立岩 えーっとね、ま、このお二人よりは若い。

尾上 でも、上…、えーと、代表の方(ほう)はもう60ぐらいやね。僕よりちょっと上だったんじゃないかな(?)。

田中 ふーん。[01:06:36]

岡部 でも、何か変な話だけど、やっぱりその…、まあうまくいってるところはあれですけど、まあ、さっき自立生活センターの話が出たからですけど、自立生活センターって、やっぱり、障害者が立ち上げたけど、事業としてずっと成り立ってきたじゃないですか。

横山 はい。

岡部 事業として成り立っているから、事業として継続いかなきゃいけないでしょ。いわきもそうだし、福島もそうだし。結局、福島のセンターって、けど(?)、あの、自立生活支援を名乗っているけども、じゃ障害者の人がいるかって言うと、いないところが多いんだよね、今ね。今日、ながさわ君って、最後に話した人だけど、

横山 はいはい。

岡部 あそこのIL福島だって、今、いるの、彼一人ぐらいじゃない?

立岩 うん。そうらしいですよね。今日聞いた。

岡部 いわきは、ほら、おの君がいなくなっちゃったからさ、今、誰もいないでしょ、正直。自立生活センターとは言ってるけど、障害者がいない自立生活なんですよ。

男性同席者(後出の「なお」氏?)  俺がいる。 俺がいる。

岡部 ごめん、だから変な…、 え? 何?(笑)

男性同席者 俺が…、

尾上 俺がいなくなったから。

岡部 (笑) 田中 (?)、マンションにさ、閉じ込められてた人は?

岡部 マンション?

田中 震災の時に、3階か(?)、

男性同席者 (?)

岡部 いや、あまり、聞かない。

男性同席者 3階?

田中 (?)、エレベーターが動かなくなって降りらんなくなって、そこに介助の人がちょっと、(?)。

岡部 それ、違うかも(笑)。マンションじゃないかも。

宮下 あ、アパートか。

岡部 いや、福祉センターの3階じゃないすか。じゃなくて?(笑)

田中 えー、でも何か、3階、アパートの何か…。で、そのあと1階に引っ越したの。

岡部 あー、誰だろ。じゃ、知らない。

尾上 でも確かに、今、言われてるね。その、事業としては継続するけど当事者がいなくなるという。あの、でもぶっちゃけな話、IL文京もそれに近い状況になりかねないですよね。

横山 そうだよ。そうだよ。

岡部 変な話だけどやっぱり、いや、厳密にそのJILの規定を当てはめてったら、どんだけ残るのかな。

尾上 そう、ね、その、代表事務局長は、(?)、51%以上。

横山 いないよ。

岡部 実は、郡山だって同じじゃないですか。あの、宮下(?)さんとか、郡山って、あの、秋元(?)さんがいるけど、まあ、秋元(?)さんとかって理事じゃないですか。あの、相談員(?)。代表はそうかもしんないけど、事務局長が…、事務局長っていうか、事務局は私一人しかいないんですね。だから、事務局長って、私、自分で言わないんですよ。事務局とは言うけど、事務局長とは言わない。それを言わないっていうのが理解できない。周りがね。

田中 はあ。

岡部 それは、でも、でも、自分はこだわりとして言うけども、「何で、一人しかいないのに、事務局長でしょう。」って言われるけど、違うんだっていうのが、わか…、何かやっぱり伝わんない。これね。

尾上 そこに我々の運動のこだわりがあるんだという、その、

岡部 うーん、だから、そこはやっぱり大事なとこじゃないですか。まあ、大事なとこって、それがいいのかどうかは別にして、大事なとこだと思うんですけど、そこが、やっぱりこう、地方の難しさですね。

横山 でも、あいえるの会は残ると思う、僕は。

岡部 残さなきゃいけないと思ってるし。

横山 そうそうそう。

岡部 そのためには、変な話だけど まあ、これ、私が…、変ですけどね、居ることで邪魔ならば、私が身を引かなきゃいけない場合だってある。そこはあるんですよ。だから、そのぐらいは、私、思ってます。うん。居ちゃだめだ、って場合もあるんですよ、本当、正直な話。継続性が見えて、残せて、やっていけそうで、もう多分一人ぐらい残ってくれれば、育ってくれれば、あとは居なくてもいいかな。そういう風になって、むしろなってほしいな。一(いち)ヘルパーに戻りたいぐらい(笑)。[01:10:12]

横山 それが、やっぱり、僕の言う、共に生きる(?)。

岡部 ああ、なかなかね、そこがね、うーん。ちょっと、ちょっと難しかった(笑)。

尾上 いや、やっぱり、その、立岩さんが言ってた話、その、相談支援というか、つまりその、自立生活センターの本来の活動は、実は、未だに全然、何一つ法的認知されてなくって、いわば介護サービスのあがりで食ってるだけの話なのね。

田中 そうだよね。

尾上 そこの歪みをどう正すかっていうのが、(?)、

立岩 それは、今後、例えば5年ぐらいの大きい課題だと思いますよ、運動の。それをちゃんとやって、うまくいったら、変わる。と思いますよ。うん、そこが攻め口やと思いますよ。僕ら2000年ぐらいに、それで、あーやこーや、やったけど、結局…、

尾上 あと、1995年の障害者プランで市町村生活支援事業が入ったから意味がある。あれ無かったら、何も…、別にこんな問題どうでもええわ、みたいな。

岡部 あれ画期的でしたよね、本当に。

尾上 だったじゃないですか。

岡部 うん。あれを取るために、うちらも何回も何回も(笑)。厚労省の役人まで呼んできたり。

尾上 あの、自立生活センター、なるのは(?)、そうですよ。

横山 東京もね。

岡部 近藤さんまで呼んできて、勉強会。

尾上 だって、それまで、東京都の例の地域福祉振興財団と、まあ、あの、えっと、確か福島県は金額はあれだとしても、自立生活センター助成が唯一あった。

岡部 そうですね、本当、唯一あった。

岡部 全国で自立生活の補助金があったのは福島県だけですから。

立岩 ああ。東京の財団のやつと…、

尾上 東京での財団は、あれはあくまでも財団で、東京都の財源じゃないですよね。

立岩 そうですね、そうですね。

尾上 こちらは、県の。

立岩 県の、直(?)。

岡部 県の補助金と…、年間300万円だけでしたけど。94年からかな? 94年か。うん。

立岩 ふーん。そっか、そっか、そっか、そっか。

尾上 だからその時、そういう時代を知っているから、「あっ、やっと国制度に、自立生活センター助成が始まった。」というメッセージを我々は受け取った。

岡部 うんうんうん。あそこにピアカンとかそういうのが入った訳じゃなくて、これは、やっぱり、まさしく自立生活センターだよねっていう。

尾上 そう。社会生活力も、何とか、(?)、ね。

岡部 でも、一般的にその事業受けているところはそんなこと全然考えないですよね(笑)。だから、これが入ってるんだから…、もう、これやっぱ、何回も言うんですよ、これが入ってるんだから、ILしかできないんですよっていうのを、随分何か…。たまたまその時の課長さんがいい人で、あの、それこそ、

横山 (笑)

尾上 あの、女性…、女性の課長さん。

岡部 そうそうそうそう。東京まで…、あん時何だっけ、あの、近藤さんとこは…、町田か。

尾上 あの、エンパワメント協議会の、僕、確か仕事してた時や。その研修を受けに来てた。

岡部 うん。ああ、はいはい。うん、にも、視察に行ってくれてっていう、まあそういう時代でしたからね、本当にね。

尾上 町田ヒューマンにね。

岡部 そうそう、町田ヒューマンにも行った。

立岩 あの辺についてのまとまった書き物、無いんですよね。精神のほうのすったもんだについてはこちらの院生が書いてるんですよ。めっちゃめんどくせー。

尾上 精神障害者地域生活支援センター、(?)ね。

立岩 何か、死ぬほど訳わかんないですよ。何度読んでもわかんない。まあ、制度自体がわからない。しょうがない。でもね、それと…、

尾上 で、しかも、バリエーションがすごかったからね。

立岩 で、何かやっぱ、大阪の特色が。大阪の行革が絡むんだよ。もう訳わかんない。[01:12:51]

立岩 だから身体の動きとまた違うんですよ。その一部に精神があるんですよね。それをちゃんと研究してなくてね。研究者の怠慢だと思うよ。仕事しろよ。

宮下 宴もたけなわですが…、ろそろお開きにしたいと思いますけれど、(?)。

横山 はい、はい。

尾上 はい、じゃあ。

岡部 そろそろ(笑)。すみません(笑)。(宮下氏に向かって?) オッケーです。

宮下 じゃ、白石さん、最後に。何か、首が痛くなってきちゃったんだそうです(?)。

白石 今日はどうもありがとうございました。

一同 ありがとうございました。

尾上 どうもー。

宮下 またのご来店、お待ちしております。(?)。

白石 これでみんなで、(?)

岡部 合宿? 合宿はご遠慮したい、俺(笑)。

尾上 やっぱり青い芝運動の歴史は、あの、伝統はやっぱり合宿ね。本当にね、2ヶ月に一ぺん合宿してたんですよ。

一同 (笑)。

田中 じゃあまず2泊押さえないとね。

一同 (笑)

田中 合宿なら。

宮下 富山からスタート。富山。(笑)

白石 エイエイオー!

岡部 (笑) 誰も、シーン。「オーッ」て誰も言わない(笑)。はい、ありがとうございました。

横山 はい、どうもどうも。[01:14:19]

田中 次も自立生活セミナーやるんでしょ。

白石 はい。

尾上 何かね、さっき、宮下某がね、今年は…、来年は11月にやるとか勝手に決めてた。

白石 福障連。福障連で…、

田中 あ、福障連。福島障害者連絡協議会?

岡部 福島…、え、障害者自立生活…、生活連絡協議会だっけ(笑)。福障連でいいです。福障連でいいです。

白石 あのあの、優生保護、優生保護法の。

岡部 優生保護法のね。その時には、安積さん、呼ばなきゃいけないでしょ(笑)。[01:15:00]

田中 そう、安積さんね。

尾上 11月は(?)。

岡部 11月なんだ。じゃあ今から会場取っとかないと。

宮下 そんなことないですよ、尾上さん。空けといてくださいね。

岡部 (笑) ドキドキ。盛り上がってる、盛り上がってる。これいいわ。これ絶対、ここに今日マイク付けて来なかったの失敗だったよっていうぐらい面白い。

宮下 ということで、終わりますか。

白石 はい。

宮下 はい。お疲れ様でした。

音声終了


UP:20191022 REV:
横山 晃久  ◇尾上 浩二  ◇病者障害者運動史研究  ◇生を辿り道を探る――身体×社会アーカイブの構築 
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