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姜愛蘭(Kan Gaeran)氏インタビュー

20180129 於:金沢市



http://www.arsvi.com/ts/20180129.htm(写真等)
 ◇古込 和宏


・ルーテル学院大学卒業
・ルーテル学院大学大学院修士課程進学

姜 社会福祉学部を卒業しまして。

立岩 ルーテル学院大学って東京の三鷹にある?

姜 そうです。

立岩 三鷹に10年住んでたんですよ。

姜 三鷹のどの辺ですか?(住所の説明)

立岩 1985年から95年まで。その後松本に移った。ルーテルそうか。ルーテル学院大学の大学院を?

姜 そこで大学も卒業して、日本に2000年に来て。履歴書を最初、送ればよかったわ。

立岩 2000年に来て、ルーテルのところで学部を出たんですか?

姜 そうです。韓国でも大学と大学院出て、二つ。向こうでは漢文学出まして。

立岩 漢文学って中国のやつですか?

姜 漢文というのは中国で作られたんですけど、それが韓国にきて韓国独自の性理学という学問として確立されたんです。

立岩 それで学部を出て、大学院に移った。地方は、韓国はどこだった?

姜 ソウルです。

立岩 ソウルの大学出て大学院に修士課程だったの?(修士課程です)修士課程出て、その後2000年に?

姜 その後、韓国では日本語だと予備校で、7年くらい先生をやっていて、韓国でね。修士課程に入ってから予備校で国語の先生で7年くらい勤めたんですね。2000年に日本に来て、当時日本に来たのは社会福祉とかとは関係なく、みしょのり??できたですね。98年度に実は教会に通っていて、98年度に日本のキリスト教の教会で、1週間くらい来たことがあるんです。とても日本人って静かだな、活気がないなと。あくまで私の印象ですよ。この国に行って何かできることはないかなと思って、2000年に来たんですね。全く福祉とかは興味なかったんですけど、たまたま通ってた教会で、ルーテルの社会福祉を勉強した子が3人くらいいたんですね。

立岩 それはルター派の教会だったの?

姜 違います。そうではなくて。

立岩 それは何派とか?

姜 メシアニックと言いまして、ユダヤ人でキリスト教を信じる人たちが作った教会なんですね。ユダヤ人ってユダヤ教じゃないですか。でもキリスト教。メシアニックと言うんですけど、そこの教会でたまたまルーテルの子が3人いて、1人は神学を勉強していて、2人が社会福祉を勉強していた。福井先生があなたは牧師に向いてないので、もしここに住みたいのであれば、社会福祉を勉強した方がいいんじゃないかと。牧師の先生に言われたんです。

立岩 教会はどこにあるんですか?

姜 教会は教会とは言えなくて、集会所で福井先生が韓国人で焼肉屋やったんです。その焼肉屋で営業を休んで、そこで。

立岩 お休みの時に集会をやると。じゃ東京?

姜 東京ですけど、今はその先生は死んだわけでなく、韓国に戻ったんです。

立岩 それでその人に勧められて?

姜 そうです。ルーテルに2年生に編入しまして(学部出てるからね)最初は3年生からと言われたんですけど、全く別な学問だったので、2年生からゆっくり勉強したいと。

立岩 自分で希望したと。3年生から入れたけど、2年生からと。

姜 向こうの先生には、3年生からでもいいですと言われたんですけど、2年生からの方がゆっくり勉強ができるかなと思って。

立岩 それで入って、3年間で学部。

姜 そこで入って、たまたま2年生に入って、寮にすぐに入れたんですね。寮の隣の子からバイトを勧められたんですよ。夜勤バイト。その夜勤バイトがたまたまALSの方で。

立岩 どこの人ですか?

姜 その子は、忘れたんですね。どこかの田舎だと思います。(東京?)東京ではないです。寮に入れる人は田舎じゃないと入れないです。私は留学生だったので入れたんです。寮の子のがバイトをやってて。

立岩 寮で一緒だった学生が、アルバイト行ってる先がALSの人?

姜 それでうちの広域に入りました。

立岩 友達を介して、その友達もルーテルの寮が同じだった。

姜 そうです。ルーテルの社会福祉学部。

立岩 の学生で、そのALSの人は広域に登録してた?

姜 もちろんそうです。

立岩 お名前とか覚えてます?

姜 名前はまきのえりです。(どこの人?)福祉の仕事してないです。ラーメン屋で働いてます。

立岩 まきのえりさんというのは学生さん?学生さんでその時はALSの人に関わってたけど。

姜 ルーテルに入って、寮に入って、寮の隣の子がたまたまALSの人の夜勤のバイトをしてた。

立岩 まきのえりという名前は、夜勤のバイトをしていた学生の名前?ALSの人の名前は覚えてる?

姜 覚えてますよ。10何年入ったので。今出てこない、なんで。

立岩 後でいいですよ。東京の人?

姜 もともと東京じゃないです。青森の方だったんです。ALSになって娘さんが東京に住んでて、娘さんのところにきたんですね。慶應義塾大学でALSと診断されて、青森よりは東京の方が制度が進んでるし、医療も進んでるということと、娘さんも当時結婚してて赤ちゃんもいたんですけど娘さんの旦那さんが、すごく理解がある人で、妻のお母さんも自分のお母さんということで、お母さんの面倒みていいよということでお母さんも東京に連れてきて、ずっと面倒みたんですね。

立岩 友達が青森か東京に来た人に入ってて、姜さんもそういう仕事を始めようと思ったんですか?

姜 その時には何も考えずに、ただ時給が高かったので。

立岩 他のアルバイトよりちょっといいでしょう。

姜 そうです。最初言われたのが、とてもいい話ばかり言われたんですね。夜勤だったので寝られるのに、なんか時給も1300円だよって。当時東京でいい時給といっても900円で、900円もいい方だったんですね。それで入れて、1300円もらって寝られる、寝ても給料がもらえるという。だけどその仕事をするためには資格が必要だと言われたんですね。それで広域協会というところに入って、当時は日常生活支援員という名前だったんですね。重度訪問じゃなく。そこでたったの20時間で資格が得られて。

立岩 すぐに資格が取れてお金が稼げるからって言われて。そうだ。これは割りがいいと。アルバイトの子もいて。



姜 そうです。入ったら。気切してる人だったんです。気管切開。

立岩 最初に仕事に出かけたその相手が、気管切開。

姜 気管切開をした人を人生で初めて見たんですね。韓国は日本より、もともと福祉が遅れてる、経済も遅れてるんですけど、福祉というのはお金がないと発達できないものなので、しかも韓国は障害者に対する偏見もあったので、見たことなかったですね。

立岩 気管切開した人をね。日本人もあまり見たことないかもしれないけど。韓国よりかは少しは多いかもしれないけど。その人はALSで気管切開?(はい)それは東京の?(東京です)

姜 その手術をしたのが慶應義塾大学で。(さっきの青森の人とは違う?)その人、その人、同じ人。今、名前思い出しました。さいかみるいこさん。妻神のさいは妻という字で、神様の神。(珍しい名前だね)珍しいでしょう。るいはひらがなで、こは子供の子。〔→妻神るみ子〕

立岩 女性のALSの人に最初に仕事行ったら、そういう人だった。びっくり?

姜 びっくりです。面接に行ったら、いきなり妻神さん、紹介されて、「あれなんかついてる?」って。一切聞いてなかったんですね。気管切開して人口呼吸器とかは一切聞いてなくて。

立岩 その時は研修は終えてた?研修の前に面接というか。

姜 まず、友達に紹介されて、面接に行って同時に見ても、びっくりはしたんですけど何も思わず、友達も普通に吸引すればいいんだよって。そうなんだって。

立岩 割とすんなり。びっくりはしたけれどもそんなに仕事とか入った。その時は学生ですか?(学部2年生です)ルーテルに入った年か。それは2000年?

姜 それは2003年です。2000年に日本に来て、しばらくは日本語学校に通ってたんですね。

立岩 そこで日本語を覚えた?

姜 その前に韓国でも1年くらい日本語を学んでて、ある程度日本語で一応生活できる。

立岩 2000年に来て日本語の勉強して、ルーテルに入ったのが2003年。2年生の最初の年に寮の隣の子に紹介されて、その同じ人のところにアルバイトに。

姜 今そのALSの人の前にもうちのルーテルの寮には、代々寮生だけのヘルパー仕事があった。先輩から後輩に受け継ぐ。その仕事が何かと言うと、その方は今は亡くなったんですけど、頸損の方で全く寝たきり状態の方で、でもその人も吸引をしたんですね。口の吸引はしたんですよ。その仕事をしてたので、吸引と言われてても何も思わず、同じような吸引だと。その頸損の人の吸引というのは気管切開をしてなかった方で、ただ自分で痰を口の奥まで、送ることができたんですね。口だけの吸引だったんですよ。

立岩 浅いとこで吸引ができたので、気管切開はしてなかった?

姜 してなかったんです。なので友達が今度の仕事も吸引だよ。吸引はあるよと言われてても簡単にあっそうなんだと、口だけの吸引だなと。

立岩 吸引というのは知ってて、その入った年にルーテルの先輩からので。その時にその頸損の人に実際やってたんですか?

姜 その頸損の人も隣の子で、(同じ人?牧野じゃないけど別の隣の子?)いえ、同じ人。この頸損の人の仕事のところでも牧野さんも私より先に入ってたわけです。私は(先輩?)先輩じゃなく同級生。(大学には先に入ってたけど、学年は2年生か)そうです。私は別の先輩に勧められて入ったら、隣の部屋の牧野さんがいたんですね。この頸損の仕事をやってて、ある程度2、3ヶ月過ぎたらこの牧野さんから別の仕事を勧められたんです。それがALS。

立岩 その頸損の人の仕事もアルバイトですでにやってた?

姜 週一の夜勤をやってて。

立岩 完全に未経験というわけじゃなく?(そうです)その時はその講習であるとかはなく、無資格でやっていた。

姜 なぜかというとその頸損の方は自費だったんですね。とても金持ちの方で、(自分の金で雇ってる?)とても金持ちの方で。

立岩 じゃルーテルの代々、働いてて、実際その人から直接お金をもらう、アルバイト。

姜 なので資格がいらなかったんですね。なんでうちの大学生だったんですかと聞いたら、最初その頸損のおじいちゃんは普通のヘルパー事業所を使ったみたいですね。ヘルパー事業所を使ってて、なぜか夜勤者がほとんど学生ので、聞いたんですって。その夜勤者の学生たちにあなたたちは、いくらもらってるんだと。聞いたら実際そのおじいさんがヘルパー事業所に払うお金より、ずっと低い時給が支払われていたので。

立岩 事業所にそのおじいさんは制度を使っていたわけじゃなくて自分のお金を払って、事業所に頼んでいた。でもそれはそこから事業所にお金をとるから、アルバイトの学生たちは少ないお金しかもらってなかった。それがわかったので直接雇って。

姜 そうです。学生と交渉したんです。

立岩 そういうふうにして、それが代々受け継がれていると。

姜 1代目の先輩が寮の方だったので、その先輩が寮の人たちと組んで介護ができるように。

■天畠

立岩 割とそうか。うちの大学院生でルーテル出身者がいるんですよ。天畠大輔

姜 知ってますよ。天畠くん。天畠くんと一緒に私、アメリカも行ったんです。

立岩 そうですか。天畠ね、うちの大学院生で、今年の3月博士論文を出すんですよ。(よかった)今日、ちょうど富山でバス乗ってた時に、僕の知り合いの東京の大学の教員からメールが来て、天畠さんに講演会で会ったって。それで天畠が博論送ってるのに僕から返事がこなくて心配していると。返信してあげてくださいとメールがきてた。早速さっき天畠さんにごめんと、いつまでに見ればいいと、そういうメールを出した。そうかじゃどっちが先かな?

姜 私の方が先輩だと思いますね。私は大学院時だったんですけど、その時にうちの大学とニューヨークにある、何大学だっけ。同じルーテル系の大学と姉妹校を結んだんですね。それでその子たちが日本にもきて、うちの大学でも大学に研修に行ったんですよ。その時に天畠くんも一緒に行ったんです。

立岩 何年ごろだか覚えてますか?

姜 2006年くらいと思います。確かに大学院の時だったと気がするので。2006年から2007年頃じゃないですかね。

立岩 知り合いなんだ。今、彼は三鷹に住んでます。彼も事業所やってるよ。

姜 知ってますよ。彼は、うちの利用者にもなったことがあるので、知ってます。家にも何回か行ったこともあるし。

立岩 〔僕は〕家に行くって言って、一回も行ったことない。

姜 今はないですね。天畠くんがうちの学校の学生だった頃に、まだ親と一緒に住んでた頃。今も親と?いや、自立してますよね。

立岩 新しく建て替えたとかで、三鷹の駅のすぐ近くに、事業所の事務所と一緒に親もいるんじゃないかな。時々彼とスカイプで相談するんです。すると彼の家が映る。

姜 建て替えたんだ。前はマンションで住んでたんです。駅近いところの。

立岩 あそこはお父さんがヘルパーになったんだよね。仕事を早く辞めて、電通かな。辞めて福祉の学校に通って資格とってという人でしょう。お父さんに会ったことある。

姜 お母さんはデザイナー。



立岩 博論書いて出して欲しいね。いくと思いますけど。さっきの話に戻ると、その女性のALSの人にアルバイトに入って、その関係で広域?

姜 そうです。その方は制度を使う人だったので、資格がないと仕事に入れないよと言われてて、たったの20時間で資格貰えるのという事で資格をとって、その妻神さん亡くなるまでずっと10何年間、入りました。仕事してました。

立岩 2003年から?

姜 2003年から亡くなったのはいつ頃だろう?今、4、5年経ったと思うんですね。

立岩 じゃ2000十何年とか?すごい長い間で。

姜 基本、自薦というのは専属性なので、その方が亡くなるまで。

立岩 関係が続けばそうですよね。(そうです)どのくらい働いてたんですか?その人だけ、自分が働いてたのは?

姜 最初は頸損の方の夜勤を週一と、最初はバイトだったので。後は妻神さんも最初は週一だったんですけど、当時は学生さんが夜勤をやったので、私の枠が週一。学生が夏休みとか冬休み、地元に帰ったら週二日くらい入れたんですけど。当時は週一か週二だったんですけど、私が大学卒業する頃には保護者の方が学生ではないので、時給もあげるので、もうちょっと入ってくれないかと。週二か週三は入ってたと思います。

立岩 だんだん増えていって、週一が週二かとなっていったんですね。社会福祉の学部ですよね。神学部と社会福祉の学部しかないの?

姜 もう一つあります。心理じゃなくてカウンセリングがあります。今は名前を変えたんですけど、当時はカウンセリングだったような。

立岩 こじんまりした大学ですよね。あの辺は三鷹からICUとルーテルと。

姜 後、神学が隣にあります。(ありますね。東京なんとか神学か)この三つの大学は教養学部だったらお互いに履修することができる。

立岩 単位が取れる。そうなんだ。その学部では卒業論文とかは書いたんですか?

姜 書きました。めっちゃ先生に怒られて、これは論文じゃないって、言われてました。これはレポートだよって。

立岩 何を書いたの?

姜 自分もよく覚えてないんですけど。

立岩 卒論ってだいたい恥ずかしいよね。僕も恥ずかしい。

姜 本当に学部の卒論は自分から見て、これはレポートだと思いますよ。

立岩 自分の仕事のこと書いたの?

姜 そうでなくて、当時韓国で2006年でしたっけ、韓国でも日本の介護保険のような制度を作ろうと思っていたので、それで韓国と日本のそれを比較する、文献研究の論文を書いたんです。

立岩 ちゃんと書いたら、ちゃんとした論文になるよね。

姜 恥ずかしいです。本当に文献を並べただけのレポートです。

■トラジ会

立岩 学部は出たんでしょう。(そうです)すぐに大学院に入ったの?

姜 そうです。すぐに大学院に入って、大学院に入っても私、介護保険を研究したかったんですけど、勉強しているうちに面白くなかったんですね。

立岩 介護保険の比較みたいなことを、やろうかなと思ってたけど(面白くなかったんです)最初は面白いかなと思ったけど。

姜 最初は将来性を考えて、研究しよう思ったんです。(将来性とは?)勉強しとけば、ずっと日本に住むつもりはなかったので韓国に戻ったら、なんとかなるんじゃないかと思って。(それ将来のことね)でも勉強しているうちに、とてもとてもとても、面白くなくって。
 それと私が大学院4年生頃に国際福祉という科目で、たまたま日本の川崎というところで在日韓国人を支援している方がいたんですね。その人が国際福祉のクラスに入って講義したんですよ。在日一世の人が、ここでどんなに苦労してて、今でも苦しんでいるかというのを講義があったんですね。それで私も同じ韓国人として、なんとかしなくちゃと思って、その人が三浦さんという人ですけど、川崎のさくら会というところに行ったんですね。その団体の正式な名前は「社会福祉法人青丘社」でしたっけ。忘れたわ。青いに(青いに弓だと出版社だ)それは、まだあると思いますね。

立岩 在日の人たちを支援するNPO?社会福祉法人?

姜 そうです。社会福祉法人。青丘社というのは社会福祉法人ですね★。そこの一つの事業として、さくら会じゃなくて、「トラジ会」トラジ会という在日、おばあさんたちのクラブ活動みたいなものがあったんですよ。(とらじって?)トラジというのは韓国の食べ物の名前です。そのトラジというものが、どこででも根っこが深いのでどこででも(根をおろすから)そう。植物の名前です。(トラジっていう)日本人は食べないですけど、韓国人はこれを食べます。とても栄養があるもので、高麗人参のような形をしてるんですけど。

★ http://www.seikyu-sha.com/

立岩 このトラジ会というのが、その社会福祉法人の中に?

姜 一つの事業であったんですけど、三浦さんがトラジ会をとっても熱心に支援してたんですね。一世のおばあさんたちは無年金者が多くて、いろいろ社会制度から排除されているので、何もできないんですよ。しかもこの人たちが今、老化になっていて認知症になっていて、日本語をほぼ忘れてて子供の頃の思いしかないので韓国語しか残ってないんですね。しかもその韓国語も、だんご?しか残ってないんですね。(日本語もできなくて)できなくって、韓国語も子供の頃に話した言葉なので、本当に片言しか残ってないんですよ。このおばあさんたちが施設に入っていても、日本人の職員たちとコミュニケーションできないんですよ。

立岩 そういうことありますよね。僕が今、明日古込さんのところにくる、ロッズオさんという中国人の今度僕らの大学院を受けるんですけど。その人、上海出身なんですけど、その人が中国から帰ってきた在日孤児というじゃないですか。その女性たちはやっぱり中国語しかできないから(同じ、同じ)高齢者なんです。日本の高齢者施設にいても全然言葉が通じない。それの話の関係、そういう研究に。(とても私わかります。いたので)京都でもそういうことあって、韓国の大学院生が韓国からきた人で、やっぱり言葉の問題があってという高齢者の施設に関係している人たち。

姜 オールドカマーは、それが本当に深刻な問題だったんですね。今はほとんど一世の方は亡くなったので、この問題も無くなったんですけど。二世とか三世の人は(その当時一世の人はいたわけだね)そうです。80代とかのおばあさんとかいたので、その人を私は週一、ずっとみてて、これをちょっと勉強してみようかなと思ってて、何年間か通っていて、この人たちは制度も排除されていて、なのになんでここで生活ができているんだろう、なんでここでしか生活ができないんだろうと思って。もう川崎の桜本というところは、一つの在日韓国人のコミュニティになっているので、割と在日の人も多いし、地域の市民とかも結構仲が悪くなかったので、できたわけなんですよ。

立岩 在日の人たちのコミュニティがあって、そのトラジ会というのは場所じゃなくて、集まりなんですね?

姜 場所ではなくて、会の集まりの名前で。(それは一週間に一回であるとか?)そうです。一週間に一回あります。(場所に集まって?)それを川崎市が、ちゃんと場所も提供してくれたんですね。(集まる場所をね)今は、なくなったんですけどね。桜本にある小学校で使わない(廃校ってやつか。もう小学校じゃなくなった場所で)半分は小学校運営、使われてて半分は今は使われてない、閉鎖されているのがあったので、そこで週一集まってるんですね。そこで私が週一行って、ご飯を作るわけですよ。(ご飯を作る?)おばあちゃんたちなので、まだまだ日本食より韓国の味を好んでるわけなので、でもボランティアしている人は日本の方が多いので(韓国料理ができないわけで、上手じゃない?)はい。偉いと思ったんですけど。もちろん主に支援している人は、桜本にある教会の福井先生の奥さんが在日の人なので、在日の味を知ってるわけなんですね。その人を中心にして、後はほとんどが日本の方がボランティアをしてくれて、私がポンと留学生で入ったわけです。ご飯を作って提供して、なんでこのおばあちゃんたちは何があって、ここに集まるんだろうと思って。(毎週、決まってみんな来る?)何があっても来ますね。車いすでも。それはこの三浦さんとか他のボランティアしている人たちが、ちゃんと送迎もしているわけです。それで来てて。

立岩 みんな集まると、70人くらい?

姜 60人くらいは集まるんです。(すごく多いですね)当時は一世の方は、10人くらいしかいなかったんですけど、ほとんどが二世。私が活動していた頃は、二世の方とニューカマーと言われている方も結構いました。

立岩 60人か。最初思ってたより、もっとずっと多いですね。

姜 今もそれくらいいますね。今は一世の方はほとんどいない。

立岩 その人たちがやって来るそこに、そういう形でボランティアに行ってた。その人たちに興味があった?

姜 そうです。それで修士のテーマを変えました。(それにした?)在日一世のインフォーマルサポートについて。(自分が行ってるところを)対象にして。最初はトラジ会を取り上げたかったんですけど、だんだん勉強しているうちに、修士論文というのは、そんなもんじゃないって分かったので、一般化しないといけないって分かったんですね。(そういうふうに言われた?)言われました。ちょっと特殊なものをテーマにするのではなくて、一般化にしなさいと言われて。

立岩 それでそのトラジ会だけでなく、調べたの?

姜 トラジ会がメインだったんですけど、このインフォーマルサポートを取り上げて、そこの一つ課題としてトラジ会のおばあさんたちをインタビューしたんです。そして基調査をして、結論を出したんですね。



立岩 修士論文書いて、修士論文通ったのが何年?

姜 とったのは私、結構遅かったんですね。(大学院に何年いたんですか?)4年。だから修士をとったのは2010年だったんですね。2006年に入って4年間最初一回、論文違うの書いたし、当時??してから自分で働いて勉強したので、勉強と仕事の両立の難しさがよくわかりました。

立岩 2010年に修士の決定、それからどうしたんですか?

姜 それで2003年から広域の一人のヘルパーとして、ずっと妻神さんのところで(そのころもやってたんですね)そうです。2009年にあと少し頑張れば修士がとれるし、こうなったら私、日本でずっと働いてもいいかなと思ったんですね。それでたまたま広域に知り合いの社員から、うちの社員が一人辞めるよって。(広域のスタッフから?)そうです。正社員として入ったんですね。それもあったし、私はもともと今は亡くなったんですけど、元代表である川元恭子さんの一言で、ここで働いてみたいなと思ったんですね。(川元さん)亡くなりました。
 私が2003年に妻神さんの仕事をするために日常生活資格を取るときに、ちょうど川元さんがたまたま講師で来たんです。技術時間の研修で講師が川元さんだったんですね。重度障害者の地域生活という科目があるので、その科目は本当に当事者である川元さんが重度障害者として、地域で生活することはどんなものかというのをリアルに話してくれたんですね。そのお話の中で私の中で、社会福祉学部に入った、私の中では、人間は健常者と障害者という括りがあったんです。人間はみんな一緒だというのは前提はあったんですけど、頭のどこかに健常者、障害者という括りがあったと思うんですね。それが川元さんの一言で変わったんです。
もともとは川本さんは筋ジスの方だったんですけど、もともとはあなたたちと同じ人だと。私もこの地域で生活している生活人ですよって。その言葉が私の胸を打たれたんですね。あれ、障害者だと思ったのに、私と同じく、この地域で生活している人。この考え方を持っている人の元でちょっと働いてみたいというのがあったんですね。2009年に広域に一人の枠があった。それで私から聞いたんですね。「私、働きたいんです」と。広域もびっくりしたんですね。ヘルパーだったのに今まで。しかも自薦のヘルパーだったので。自薦というのは、この広域の事業所の派遣では、なかったわけなんです。(自薦だったら直接には)関係がない。私の名前くらいしか知らない。

立岩 その広域の誰かから聞いたわけ?(そうです)一人空きがと。それで誰に「私、やりたいんです」と言ったんです?

姜 たぶん、その情報を聞いた、池田さんに言ったような。今、池田さんは広域辞めたんですけど。面接来てと(言われた?)言われて。(誰が面接したんですか?)当時、事務局長である大野〔直之〕さんと代表である川元恭子さんとCIL小平のコーディネーターである馬場さん、3人が(面接官?)怖かったですね。馬場さん何も私に聞かず、ずっと何かをメモしているし、大野さんは冷たい目で私を見ているし、(大野さん、最初怖いんだよ。だんだんわかってくると、そうでもないけど、最初は怖いよね)とても冷たい目でずっと見てるんです。(そんな感じするよね)川元恭子さんだけが、なんで日本にきたかとか、なんでうちで働きたいかとか聞いてくれて。今と同じような話をしたんですね。(それで採用された?)すぐに採用が決まりまして。

立岩 大野さんって、たぶん高知大学の出身。彼が大学でて、東京に来た頃から一応知ってて、長い。30年くらい、結構長い。変わらないね、あれも、彼もね。変わらないよね。

姜 私が入った頃から今までも、全然変わらないんです。(いつも同じ顔してるし)同じ顔(いつも同じ服着てるし)靴も一緒。(スラックスみたいな灰色の)同じ服が何個持っているのか、それとも同じ服を(毎日着てるのか、謎だよね)謎ですよね。(だから大野さん、結構知ってるんだよね。川元さんのあたりって結構、魅力的というか)私、最初二人は夫婦だと思いました。(それは結構複数の人が思ってる)ですよね。ちょっと年の差があるなと。(そういうことでは、どうやらなかったらしい)そうです。

立岩 ちょっと不思議な、あの二人もなかなか、ああいうキャラが違う人が二人がいて、うまいこと組むと、うまいこといくときはうまくいく。2010年に入る、前の年にもう社員として。

姜 まだまだその当時は、妻神さんが生きておられたので(ヘルパーの仕事と広域の仕事と)そうです。所属が変わったんですね。前は自薦だったんですけど、今は広域派遣みたいになったんです。(同じ妻神さんの仕事が)所属が変わったんですね。自薦だったので、登録先は広域だったんですけど、自薦というのは雇用主が当事者だったのが、私は広域の正社員になったので、広域からの派遣に変わったわけです。(妻神さんのヘルパーの仕事も?)仕事もやってて、広域ではヘルパー研修部で働くことになったんですね。それで自分自身が入った年に、介護福祉士を取りなさいと言われて、勉強してて、介護福祉士になって??の介護の講師登録もして、講師として働きました。(それは今でも?)今はここで転々としているので、今はできないです。



立岩 その辺が聞きたい話でもあって、特に聞きたいなと思って。でも何年かは研修、講習のそういう仕事をやってた。

姜 それでも妻神さんが、もうそろそろ亡くなるかとわかったので、大野さんと相談したんですね。大野さんに「妻神さんが亡くなったらどうなるんですか?」と聞いたら「心配しないで、私がこれから考えてるのが、ALSの人たちの自立に向けてALSになっても、ちゃんと地域で住めるように何かを作りたいんだ。そこのヘルパーとして全国を回す仕事を考えてるんだ」と。(大野さんから?)言われました。私も転々とする生活が嫌いじゃないので、わかりましたと。それで妻神さんが亡くなって、しばらくは横浜にある、脳出血の人のところに行ったんですね。うちの自薦の利用者だったんですけど(それは2010何年ですね?)2015年くらいですかね。なぜかヘルパーがなかなか定着しない。大野さんが、ちょっと様子を見に行ってと。(僕が聞いてるとこだと姜さんというのは、そういう難しいところに行って、助けするという)難しいですよ。奥さんが、全部ヘルパーを切るんですね。実は介護疲れで、うつになってて自分自身も2回ほど自殺行為をしているし、私が行ってみたら、旦那さんが??なんですけど、虐待もした様子が見られたんですね。(旦那さんに?)そうです。奥さんが旦那さんに。(それで精神状態がよくない奥さんが、夫にもそういうことするし、後ヘルパーのクビ切っちゃったりもして)すぐ切るんです(やっぱりいなくなりますよね。その辺ね)更に問題は、ヘルパーもうつにさせたんです。(そうやって攻撃というか、されるからすごくみんな暗くなっちゃう。大変ですよね)それで私が行ってみたら、実は奥さんも支援しないといけないとわかったので、奥さんの相手をしながら、旦那さんの介護は楽です。(むしろその奥さんの方が)それでヘルパーさんが定着するように支援をしたわけです。(救助隊みたいな感じ?)そうです。

立岩 レスキューみたいな感じ。それはなんとか?

姜 なんとかなりました。横浜で。でもこの人は自薦は無理だろうと。奥さんは男の人に攻撃性を出しますね。でも旦那さんだったので、ヘルパーさんは男の人じゃないですか。自薦ということは無理ということがわかったので、(その人たちが直接に雇用するという)無理ですね。三ヶ月で全部切って。何かの理由を出して切っちゃうし、ヘルパー本人も「私、うつであそこに行くの怖いです」ていうのもくるので、私が行って、奥さんをケアしつつ地域と手を組んで、地域の事業所とかにも繋げて(他の事業所に頼んじゃうしかないと、事業所からへ派遣される形じゃないと、この人たちは無理となって、その事業所と繋げられた?)繋げられました。辞めた後も事業所なかったから連絡がきましたけど、なんとか形を作りました。

立岩 それはそれで、なんとかなったの?今もその方、いらっしゃるの?

姜 もう、うちとは契約は切ったので連絡はないんですけど。(でも最悪な状態からは)逃れたと思います。一応夜勤も全部埋めたし、この人がやりたいディサービス とかも探して、そこにも全部繋げたので。(で、もう一安心。その事業所は広域とは関係がない?横浜にある、いろんな事業所?)関係ない。事業所とは仲悪いんですね。(誰が仲悪いんですか?)事業所のヘルパーと奥さんと。奥さんが見張ってるんです。(いるよね)ずっと見張ってて、そのヘルパーの人が帰ったら、次に来る人に悪口を言うんです。その人は地域の事業所に噂が広まるんですね。(でもなかなか事業所もね、そういう人だとやりたがらないでしょう?)そうです。それで月一回のケアカンファレンスで、奥さんと話をして、事業所のヘルパーさんが来るときには、奥さんは自分の部屋から出ないとか(ていうふうに説得したわけですね。それを姜さんが説得した?)私とか、みんな話し合いをして、そうしないと(事業所のカンファレンスの時にみんなで話し合って、彼女を説得?)そうしないと、その事業所も引くよって(もうヘルパー出せないよと)そうです。でも地域の事業所には、あの家には行くヘルパーがいないので、ここしかない。

立岩 他はもうやりたくないと、やるとしたらこの事業所だけだと、それでも今の状態が続くんだったら、ここも引いちゃったら、もう終わりよみたい話だね。そういうふうに言って、わからせて、一応それはのんだわけですね。(そうです)そういうふうにして、とにかく回るようにすると。それがレスキュー隊の初仕事?(そうです)

姜 奥さん自身も、なんでうつ状態なんだという話を聞いてあげて、じゃあなたも社会復帰しましょうと説得してて、バイトを出しました。

立岩 うちにずっと居て暗くなるから外、行って働いたほうがいいと。

姜 なんでこの人が、こうなったのかという話を聞いていて、旦那さんが倒れて、嫁がずっとみてたんです。自分の仕事辞めて。なので(うちの中でじーっとしてて)本人も外に出ることが怖いんだけど、あなた、好きなことがあるんだよねって。まず自分が好きなことから、ボランティアから始めようって言って、最初は週一のバイトを出して、外に出しました。(外に出られるようにして)このヘルパーさんがくる時間帯はできるだけ、外に出ようって。彼女のお母さんとも手を組んで、彼女は自分の実家に住んでたので(誰が住んでたの?)奥さん。(奥さんにお母さん?)そうです。(奥さんのお母さんが近くにいた?)同じ(家に居た?)二階に住んでて、奥さんと利用者は別のところで住んでたんですけど、旦那さんが倒れて、旦那の実家は旦那とは縁を切ったので、(妻の方に身を寄せるしかなくて?)そうです。それも奥さんのせいですけど。(奥さんと夫の実家がうまくいかなくて?)本人も知ってます。自分をそうしたのは奥さんも知ってますね。奥さんが旦那を連れて自分の実家に。

立岩 けどっていう中で、そうなって。奥さんのお母さんと手を組んで、その奥さんの方の社会復帰を手伝ったというその話か。
姜 お母さんも大変だけど、婿さんのところに面倒見てというか一緒にいるようにと。

立岩 それって始まってから、大丈夫だろうということで手を引く、その仕事が終わるまで。そのケースだと、どのくらいの期間かかった?(一年かかりました)その間広域は、姜さんは今、例えばね金沢の人と金沢にいて、金沢の仕事してるじゃないですか。(通いました。その時にはその仕事しか、なぜかというと、私以外にヘルパーがいなかったので、みんな切ったので)横浜のヘルパーが誰もいなくなったので、もう自分でやるしかなくなった。(私しかいなかったので週に3、4回くらい通ってて)広域の職員としての仕事というよりそれだけ。横浜の仕事が主?(メインだったんですね)でも広域はそれをやれと?(そうです)

姜 それで昼間は、ヘルパー研修は誰か講師としても働いたし、夜勤も行ったし(横浜以外に夜勤もしたけれども、かなりの時間を週に3日とか4日を横浜まで。その時は、東京ではどこに住んでたの?)東久留米市。通勤で2時間くらいはかかりました。片道2時間以上だったんです。(2時間かけ、その暗いところで)暗い奥さんと一緒に(ヘルパーしながら探したりして、また2時間かけて戻って)ずっと地域の事業所の悪口をずっとします。やめてる子の悪口をずっとします。(それ、誰でもできることじゃないな。俺なら怒っちゃいそうな気がする)私も実はそうだったので、私の上司である吉田さんに、あの家から帰ってきたら「吉田さん、私自分の心の中のことは吐き出します。今日、こんなことがあったよ、奥さんからこんなこと聞いたよ」って。(自分の中だけじゃ抱えきれないというんで、戻ってそのスーパーバイザーみたいなもの?)それも、ちゃんと大野さんが作ってくれたんですね。溜めちゃうと姜さんもうつになるよって。(大野が言ったの?)はい。(へぇー気がきくじゃん)

立岩 大野さん自身は、そういう役はしないの?(できません)できないよね。じゃ後、話聞いてくれるのは吉田さん?

姜 吉田さんはそういうところで、気配りがいい人で(やっぱり役割はわかってるんだね。大野は大野で、そういうことは必要だってわかってるんだよ)それが大野さんの頭から出たのか、吉田さんの頭から出たのかはわからないけど、私の予測では吉田さんから大野さんに言って、(そういうことしないと姜さんも潰れちゃうよって)そうかなと私、思いますよ。(そんなんで帰ってきて、時々愚痴を言う、それでなんとか)なんとかなります。それでこの奥さんがうちの指示なしで勝手に募集をしていて、一人のヘルパーさんを雇ったんですね。うちは、もうここは奥さんが落ち着くまではヘルパーを募集しないということだったんですけど、奥さんが勝手に募集を出して一人を入れたので、そしたらせっかくとったので、この人を採用しましょうと言って、吉田さんと私と手を組んで、このヘルパーさんをちゃんと育てるつもりだったんですが、なぜかうつの人には、うつの人が寄せるみたいですよ。(その雇われたヘルパーさんがうつっぽい、うつだったと?)結局この人自身が、奥さんところでは働けないということで、この人はとっても仕事は必要な人だったので、別の事業所に就職しました。(別のところで働けるように)横浜の。全然この人は別の才能があって、子供さんとはとても仲がいい、自分自身が子供の支援をしたいと言ってたので。子供支援をしている、事業所に入れて、障害者の子供の通勤のヘルパーみたいなところの仕事をしてます。今、続いてるかはわからないけど(外出支援)そうです。

立岩 それはそれで、そのヘルパーさんは、なんとかなった(なんとかなりました)それで奥さんが直接雇う状態はなくなって、なんやかんやで事業所も見つけてあげて(3、4個の事業所を見つけてあげて)なとかなったというふうに、まぁこれだったら大丈夫だとなって、引き上げた。

姜 それで次になったのが、中野にあるALSの方で、これは川口さんからの依頼かな。違うか。この場合はよく覚えてないですけど、3ヶ月しか行ってないです。2回目か3回目かわからないですけど、この方もなかなかの方で、この人は韓国人ばかりをとってるんです。ヘルパーを中国人とかフィリピン人の方をよくとって、ある日フィリピンの人のヘルパーさんを全部切っちゃったんですね。協会ではこの人がヘルパーさんを切ったって話だったんですけど、本当のところはわからないです。ヘルパーさんが自分でやめたのか、事業所が引いたのかはわからないですけど、この地域の協会ではこの人がヘルパーを切ったという噂だった。そこに私が入って見て、実はこの人、日本人らしくなくて、とても陽気な方で韓国人が好きな方なんですね。日本人は静かで親切で、ちょっと自分のことを表に出さないじゃないですか。この人はとてもストレートな方です。(はっきり物を言う?)なので陽気なフィリピンの人と仲が良かったんですけど、この人の病気が進行することによって、コミュニケーションが難しくなったんですよ。このフィリピンのヘルパーたちはとても人は良くって、ヘルパーとしての才能はあったんですけどコミュニケーション能力は少し衰えてるんです。日本語はあまりうまくないんですよ。今までは利用者の彼女がちゃんと、根気よく何回も説明してて、一回でわからなくても、何回もあったんですが、本人がALSが進行するによって言葉が足りなくなったんです。

立岩 それまでそのALSの人って、女性だったの?(女性です)その女性の人が直接に言葉がよくわからないフィリピンの人を雇って、直接に支持していたけれども、言語障害とか進んでいって。

姜 私があった頃は、この利用者さんは、まだまだ言語障害はそんなに進んではなかった。もちろん呂律は回らないので、難しい発音とかはあったんですが、後長くは話せないところはあったんですけど、普通にわかる。たぶんですけど、フィリピンの人たちが日本語があまりわからないんじゃないかな。私も働いた頃はフィリピンの一人はいたんですけど、そのフィリピンの人は旦那が日本人だったので割とコミュニケーションは。ただ書くことはできないです。

立岩 もともと日本語ができない人だというのと、それからまだ喋れるんだけど、だんだんと、組み合わせるとやっぱりよくわからないと。そういうことの中で辞めさせたのか、辞めたのかわからないけど、フィリピンの外国のヘルパーがいなくなったケースがあった。それが中野。例えばさっきの話がそうですけど、そういう話って確かにあると思うんです。それをどういうふうに知る?例えば横浜の人に派遣する。中野の人は、もしかしたら川口さん経由かもしれないけど、どういうふうにして、ここに派遣する、というふうに関われるのかということ。

姜 思い出しました。どういうケースかというと、うちが5、6年前から若い弁護士たちと手を組んで重度障害者と弁護士の会というのがあるんですよ。(藤岡さんか)そうです。正式はなんだったっけ?(それは知ってる。僕も?周年記念かに行った事がある)その一人なんです。中野の方の名前が、おおはしさんじゃないな。この弁護士会を使ってる人なんです。最近は東京では24時間支給できないので、最近は弁護士を使って24時間交渉をしてるんです。(そういう意味で弁護士のところと関係があった)そうです。それで大野さんと繋がったと思いますね。

立岩 本人が困ったという事で、弁護士の会経由で大野さんのとこに話がいったという感じなのかな?

姜 違います。そうじゃなくて横浜の仕事が終わって、一人手が余っているので、ヘルパーが必要な人いますかというメールを大野さんが回しました。その人は当時まだまだ軽い方なので、胃ろうはつけてあったが、まだ一人で歩ける状態だったので、要介護5なんですけど、重度訪問の時間が200時間、300時間?この人は夜間も巡回しか使えないんですね。でも今後、病状が進んだら夜間も人が必要だと思って、自費を出してもヘルパーを入れたいと、大野さんに頼んだんですね。

立岩 大野さんはヘルパー募集しているということを、その人が知って将来考えたらいるからきてと。

姜 私は週一夜勤があったんですけど、私が入った時間は、たぶん彼女が自費で出したと思います。こういう実績を作っておかないと今後24時間支給に繋がらないのでと、弁護士に言われたのかな。それで私、行けたんですね。

立岩 その時はまだ、困難ケースというか、いうことではなくて入った?

姜 そうです。この人は困難ケースではないんです。

立岩 姜さんが一仕事終わって、働けるよって話で大野さんが誰かといった時に、その人がいま言った事情で、一人雇いたいと。自費だけど。

姜 でも地域では、この人はブラックみたいな。さくら会でも、あそこは出さないよって人だったんです。何人かいます。そういうケース。(そういう人よくいますよね。なぜかALSが多いですね)多いですよ。池袋にも一人います。(僕が聞いたのは四谷)四谷にいますか?(時々結構聞きますよ。順天堂か大学の教員、何学部の教員かな)結構ALSの方で、レベルの高い人が多いんじゃないですか。お金もあって。

立岩 偶然なのか、なんだかよくわからないですが、まぁまぁいますね。そういう人が。皆さん、ものすごく大変でという話はよく聞いて、それでもしょうがないというか、付き合えればいいかと。そういう意味では困難だから行った訳ではないけど、行ったら困難だった。

姜 なぜ、人が辞めるかというのが、良くわかりました。説明が足りないんです。(コミュニケーションが)結局その人は、私が別の仕事が出たので、この人の仕事は3ヶ月で終わったんですけど、この人もなかなか、自薦はあまり使いたくないと言ったんですね。この人こそ自薦が必要な人だと思ったんですけど、この人は、自分のことはよくわからないらしくて、いろんな人と出会いたいので、事業所を8軒も頼んでて、ケアマネージャーを通していろんな事業所にアタックして、時間を細かくして、いろんなヘルパーさんを入れるんです。事業所ごとに全部手を引くんです。この人がヘルパーに対して、直接話しを、攻撃的な話をします。(ハキハキして、自分の思うことをストレートに?)ずっとストレートに言います。(その時は外国人は、いなくなってたの?)外国人は私とフィリピンのずっと(残った人?)その人は昼間だけで、本当に家事援助だけの人だけだったので、(少なくなっていて、ほかの事業所に頼まざるを得ない。本人も自薦よりもいろんなところにということで、派遣してもらうんだけど)いろんな事業所から断られます。(事業所がヘルパーから手を引く危機的な状態になっていった)
それでも私は3ヶ月で辞めたので、わからないですけど、たぶん状態は変わらないと思いますね。ずっと一日、ヘルパーに不満を言ってます。例えば最初の人は仕事に慣れるまで何ヶ月とかかる人がいれば、1ヶ月しかかからない人もいる。人それぞれ時間かかるじゃないですか。その人が慣れるまで、待っててあげるのも当事者たちの役割だと思うんですけど、それができないんです。自分は障害者なので、なんで1回言ってわからないのだろうっていう意識があって、一回失敗したら次頼まないとか、2回目でまた同じ失敗したら、なんでできないのみたいな。ていうのを頭がとてもいいので、1週間前にした失敗も覚えています。(失敗するなとか、またしたとか)言います。それでヘルパーさんも恐々してるし、慣れた私も怖いと思ったので、怖くて手が出せないんです。私がいた頃は、まだまだ自分で支えれば歩けたんですけど。本当は歩くのはちょっと怖い、身体能力で歩くのはやめてもいいかなと思ったんですけど、ALSの方は皆さんプライドが高くて、まだまだできると信じてる方が多いんです。

立岩 そのケースは問題というか解決という訳でなく、3ヶ月だから。 その後、いくつもある?

姜 その後は草加に、この人はALSではないですけど、脳血管症。脳出血で寝たきり状態になったんですけど、言語障害もあって、気管切開してないんですけど、胃ろうがあって、口でご飯は食べるんですけど、食べるというよりは飲み込む。ミキサー状態のを飲み込む。ここはお母さんが看護部長で退職した人で、お母さんがある程度回復させた人で、これから自立したいんだと。(その人は男性?女性?)男性です。親と今は住んでいるんですけど、親もかなり高齢だし本人もこれからは自薦を使って、自立したいんだというところに行ったんですね。
行ったらこの人は混乱状態ではなくて、本当に自立をしたいというケースで行ったんです。親が子離れができない。(親の方が?)親の方が。(親は両方いた?)そうです。父親も、お母さんは看護部長で。ここの男性は若く結婚して、自分の子供も二人いたんですけど、ちゃんと仕事もしてた人で、ある日突然倒れて脳出血かな。その辺は覚えてないんですけど。寝たきり状態になって、息子をお母さんが引き取って、この状態の子を妻に任せるわけにはいかないんだと、嫁に。嫁も自分の幼い子が二人いたし、(子供二人は別のところに?)もともと自分ちで住んでて、お母さんが息子だけを退院したら自分ちに連れてきて(親の家に連れてきて)うちの子だからうちが面倒見るので、あなたは子供達を。嫁は子供達の面倒をちゃんと見なさいと。(離婚したとかそういうことじゃなく?)そうじゃないです。今でもこの人はJRで働いてた人だったので(男性が?)利用者が、年金もそこそこありましたし、経済的にはそんなに不自由ではなかったので、離婚もしてないし、この人の経済能力で養育費とかも子供達にあげる。今後のことを考えたら、この人がもっと外に出て、講演会とかをして自立したいと。親も老後なので、親からも独立したいんだというケースで、うちにきたんです。

立岩 それはその男性から直接、どこに?(大野さんから)大野さんとこに、大野さんってみんな知ってるわけじゃないじゃないですか。私もそこを知りたいんですけど)大野さんとこに、どうやってその人の声が届いた?

姜 思い出しました。この人は安達さんって知ってますか?安達かな。川口さんの秘書みたいな。たまたま安達さんが、どこかの展示会で言葉ではコミュニケーションできない人のための、そういう機械を使ったのがあるらしいんです。そこの展示会で山中さんと、たまたま出会ったみたいです。(そういう集まりみたいなのに、その男性も来てて?)親とその山中さんも。その時もかなさんだけが、研修会、展示会みたいなところで、たまたま会って、話をして知り合いになって、かなさんが川口さんにこういう人がいるよっていうことで、それでこの人と接している間に、山中さんが独立しているのを考えてるんだと。そうしたらこの広域協会とさくらで、さくら広域プロジェクトとして重度障害者が地域で独立するプロジェクトをやってるので、あなたどうって、ぜひ私やりたいんですと。
当時山中さん、ヘルパーもいなかったんですね。お母さんが看護師だし、それと彼は介護保険を使えたので、介護保険と親の介護で。親がとっても丁寧に介護をしているんですね。お母さんが彼は最初、食べる状態じゃなかったのを飲み込みしかできないけど、飲める状態に回復したし、最初はコミュニケーションができないもんだと思ったんだけど、彼は脳には支障がいないとわかってて、目をパチパチして、文字盤でコミュニケーションしてます。文字盤であかさたな、かきくけこって。彼の家に入って文字盤をお母さんから習って、文字盤でコミュニケーションをする。ビエジョー?を使ってパソコンで彼がメールとかも打ってるので、体で動けるのが(指先と目くらい?)そうです。そこでピエジョー?をつけてこうやって、手ではパソコン、目ではこうって、ピエジョーは(どういうもんかはだいたいわかる)こういうセンサーでピエジョーっていうんですけど、そういうセンサーを使ってコミュニケーションをとってて、それで川口さんとか大野さんと繋がってて、私派遣された。最初はそんなに緊急じゃなかったんですけど、私が緊急に入った経緯はお父さんが介護疲れで家出をしたんです。

立岩 実のお父さん?看護師のお母さんの亭主というか、旦那さんが疲れて家出した?

姜 お父さんがとても繊細な人で、子供の頃からお父さんの方が、息子を面倒見てたそうです。お母さんは看護師として外で働いてて、当然倒れた後もお母さんも、もちろん面倒見たんですけどお父さんの方が主な面倒を見たわけです。ある日お父さんが(お父さんが結構介護というか)倒れてからは、お父さんが面倒見たと(もしろお父さんが、疲れてきた)ある日、家を出て帰ってこない。それで緊急に私が入りました。えっと思って。

立岩 それは関わり始めてから?

姜 そうです。お父さんが、軽いうつ状態です。

立岩 そのお父さんはその後、発見というか、どうなったの?

姜 普通に次の日、何事もなかったように帰ってきたんですけど(次の日帰ってきたんだ。1ヶ月いなかったとかいうんじゃなくて)今までそんなことはなかったので、一晩連絡がなかったので、家ではお父さん、何かあったかしらと、それで大野さんとか川口さんにも連絡が来て、じゃ早速人を派遣しようということで私が何も聞かず、こういうとこに行って、といわれて(この後危機介入しないと)その日からすぐに夜勤入りました。(それが草加の男性?30代くらい?40)37.9かな。(30代後半から40代その人はそれでその後なんとかなったんですか?)なんとかなりましたよ。それで、私が緊急に入って、お父さんとかお母さんとかの話を聞いて、お父さんが軽いうつです。すぐ怒ります。

立岩 うつの人って、おとなしいって人もあれだけど

姜 息子って話をすると、すぐ怒ります。

立岩 その緊急で、姜さんが入って、その後はヘルパーとか手配するとか?

姜 そういうのもありました。それで本人もこれから自薦と生活したいと言ってるんですけど、みんな自薦がどういうものかわからなかったので、自薦というものが何かっていうことも説明しつつ、今まで親とか、短時間のポイントだけど介護保険しか使ってないので、どんなに他人と暮らすことが大変かということを、まず体験しようということで、最初私が二泊三日、ずっといました。週一行って。(それはいつ頃のこと?)去年くらいじゃないですかね。一昨年です。(2016年。それはどれくらいの期間関わったの?)4ヶ月くらいですかね。

立岩 横浜やって、中野やって、草加行って半年くらい関わって。それはなんか軌道にのるところまで?

姜 そうです。そこは最終的な目標は、親から独立することだったんですが、親が子離れできないので(結局お母さんは?)まだ一緒にいる。部屋は別ですけど、親と一緒に住んでます。(一緒には住んでるけど、だんだんと生活は変わってきた?)お母さんは自分の経験を活かして、自分の息子のような重度障害者がいる家を助けたいと、ボランティアでそういうところに行ってるみたいです。お父さんはもともと外に出るのが苦手な方で、家でテレビを見ることが好きな方だったので、お父さんはそのまましといて、息子の場合は私がいる間にどうしようかといって、一人目のヘルパーさんが入りました。彼に聞いたんですね。このヘルパーさんとどんな生活がしたいかとか、この人と何がしたいかを聞いていて、じゃそうしたら彼はこれからも講演会に出て自分の経験を活かして講演をしたいというのがあったんですよ。全部パソコンで自分のやりたいことを打って、パソコンで流します。(入力しといてってやつ)そうです。コミュニケーションは全部目をパチパチして文字盤だったので、そうしたらそういうヘルパーさんを募集しましょうと、お母さん、彼、私といて、面接の時にはこんなことを聞いたらいいんだよ。私を通せと言って、面接を練習しました。それで一人目の人をとって、その人をこんなことした方がいいよとか、いろいろ話をしてて、その人を秘書のように、ヘルパーもいろんな使い方があるんですけどって言って。

立岩 最初に募集して雇った人を、そう言う参謀というか秘書で定着したと。

姜 今もいます。それで、なんとかなりました。(半年くらいで任務終了と)それは成功したなと思いました。

立岩 そうやってずっとやってて、今の古込さんって何ケース目?

姜 古込さんか、その後はうちの関連団体の北見のところの脳性麻痺のところに行ったんですけど(北見って北海道の?)そうです。(CIL北見?代表の渡辺さん)ALSかわからない。(謎だよね。いいよね、でもあの人。渡辺さん結構好きかも。北海道行ったの?)ここはなぜ行ったかというと、この脳性麻痺の方のヘルパーさんの二人が辞めると言ったので、北海道、ただでさえ人が集まらないので、じゃ緊急に今、ALSの緊急なケースがいないので、本当は行くところがあったんですけど。その人がなかなか24時間が支給ができなかったので、長野の方ですけど。その人がなかなか制度の交渉が進まなくて、支給ができないので、その間に北見に行こうって。
その間に黒部もありましたね。思い出した。私もいろんなとこ転々と行ってて忘れてた。(どっちが先ですか?)黒部が先です。転々と行って忘れちゃった。(黒部大変だったでしょう?黒部の話、僕もちょっと聞いてるんですよ)大変なところはみんな、一緒ですよ。大変なところは、利用者か家族がヘルパーの悪口をこの人のここに、この人の悪口はここにと。典型です。黒部がしかも、お母さんと妹さんが見張ってます。(そうかあれはお母さんと妹さんがいるケースか)典型的なALSの家族の不和。(その黒部ケースは結構聞いてます)有名です。私は、そういう話を全く聞かずに、ただ大野さんに言われたのは「姜さんならいいよ。できるよ。横浜と一緒だよ」って。(その時は黒部だったら、さすがに通勤できないじゃないですか)そうです。(黒部に住み込んで?)旅館に。黒部に長谷川っていうご飯がとても美味しい旅館があります。(本当に美味しいの?)美味しいです。本当に。施設は良くないんですけど。ずっと泊まってタクシーで通い(文句ばっかり言うお母さんと)文句ばっかり、見張られる。(本人は?)男です。(本人は男で、そのお母さんがいて、その男の人の妹さんがいて、みんな一つ屋根のところに住んでて、いろいろ文句というか、そのパターンだよね?)最初行ったら、一番初めにお母さんに言われたのが「あなたはお客さんじゃないから、スリッパいらないよね」って。「えっ」と思って。お客さんとか関係なく、フローリングの家は、スリッパ必要ないかなと思いつつ「はい」と言って、靴下のまま入りました。

立岩 そのケースというか、その人の噂、だいぶ聞いてて。でも結局どうなったの?

姜 改善してません。今も募集してます。(募集しては来て、来てはクビになり、逃げていき?)逃げていくんじゃないですかね。私辞めるまで、一人入ったので、その人が定着しているの見て、引き上げたんですけど(なんとかなったかなと?)ならなかったと思います。(だけど、たぶんその問題は解消されていない。とりあえず緊急事態というか、なんとかなるくらいのところで)一応私が出た時には、お母さんとか大懸さんに話をして、お母さんがずっとそこにいたら私、ちょっと仕事不安ですけどって言われて。お母さんがこの部屋からちょっと引き上げる。後から見たら私の時間にはいないけど、他のヘルパーの時間にはお母さんがまだいる。

立岩 姜さんが入っている時は、姜さんが直接、出てってと言っていないでくださいという交渉をしたので(大懸さんには言って、大懸さんがお母さんに言ったんです)姜さんが大懸さんに交渉してくれないかと言ったら(もちろんですよ)大懸さんが親にそう言ってくれたので、姜さんの場合は親が直接に見張りする状態ではなくなったが、他の人に関してはまだ。

姜 続いているんじゃないですか。ヘルパーさんが定着してないということは。最初は大懸さんも自分の家族なので家族がいるということが、どんなにヘルパーに負担かということが、気がつかなかったらしいんですね。私は実際にヘルパーなので、家族には直接言えないので、大懸さんがわかるように「あなたの家だけじゃないよ。他の家ではこんなケースがあったのよ」って。それでみんなヘルパーが辞めたよって。

立岩 大懸さんは自分は、親や妹から離れたいのかな?そうではないのかな?

姜 そうではないです。将来的には、目標は、最初はこの家は大懸さんの家で、大懸さんが再婚して今の家を建てて、住んでたんですね。再婚して間もなく発病したんです。(再婚した後、発病した?)再婚して発病して、最初一年間は割とゆっくりだったので、仕事もしてたんですけど、その後進んでって離婚して(再婚した相手と離婚した?)見てくれる人がいないので、近所に親と妹が住んでたので、お母さんと妹が介護しに来たんです。最初は介護保険とお母さんと妹が面倒見ていて、この人はどういう経緯かわからないですけど、うちの利用者になって、自薦を始めてて、富山に??という事業所を作って、そこで自薦をやったんですけど。なぜか人が辞める。聞いたらお母さんがずっと見張ってて、一気に辞めた経緯があったので。

立岩 僕はちょっと聞いてて、今回の古込さんのケースもそうだけど、特に福井とか石川、富山、この辺ですよね。なかなか制度的に厳しくて(それもあります)ALSの人が、なかなか暮らせないという話があったのは川口さん経由?(そうです)それで富山のちょっと、なんとかならないかという話だったんだよね。そうやって行って、黒部のケースはどのくらい旅館に泊まったの?

姜 3ヶ月くらいですね。

■古込

立岩 その後が北見?(北見です)古込さんその次?その間に何か入ってる?

姜 その後です。古込さんは本当は、もう少し早く5月くらいになると思ったら、古込さんがなかなか外に(出られなかった)それで古込さんが出るまでは、北見にいようと。北見も人もいなかったし、北見自体がなかなか人を募集しなかったし。この北見の利用者さんも、またすごい人でヘルパーさんが辞めていく。辞めるパターンです。(北見は長かったんですか?)北見は長かったですね。3月に行って、9月まで。(去年の3月から去年の9月?)そうです。(古込さんが出てくるまで?)そうです。10月からが(どこに泊まったんですか?)そこは北見の体験室で泊まったんです。(僕も体験室で時々使ったことある。立川のCILの体験室って、悪くない。お風呂もあるし、いいよね)あそこ悪くないです。(結構そこ泊まらせてもらう)そこより良くないですよ。(体験室に泊まって、かなり長く?)長く。(そしていよいよ古込さん?)その間でも富山でも、2回ほど古込さんが宿泊体験があったんですね。古込さんの場合は、すぐは出られないので、まずは病院の中で宿泊体験をしようといって、一人部屋のところに一泊二日で2回ほど、私はそこに行ったんです。(姜さんが?)そうです。外泊の時には私は北見にいたので、それは無理だったのでその時には小野田さん。(外泊の時は)いなかったんですね。

立岩 そしていよいよ古込さんに会って、今どんな感じ?古込さんのところに、こっちに来て関わり出したのって10月?

姜 そうです。もうここに地域に出て、初日からですね。(でた瞬間から?11日だっけ、12日だっけ)そうですね。1日早く来て、出る前の日に。レオパレスを会社が手配してくれたので。(今レオパレス?)レオパレスです。古込さんの隣の家のレオパレス。当時は。退院するところまで、私が病院に行って、退院する手続きをして、市役所に行って、凪の家に行って、凪の家自体がまた大変でした。(大変でした話は、ちょっとは聞いてますけど、具体的にはわからない)
何が大変だったかと言うと、一般的な人が考える支援の仕方を、古込さんにしようとしたんです。重度障害者は大事にしなくちゃいけない。全部やってあげないといけない。病院から出たのに病院のような管理しようとしたんです。凪の家の人が。そういうとこに私だけがポンと入っていたので、合わないんですけど、一応凪の家に世話になっている以上、私は凪の家に何も言わないし、それは私が言うことではないので、会社とかも言われたのが、古込さんの場合は今までの自薦とは違ってCIL方式でいくので、姜さんは何も言わないで、自分から教えないでと言われました。今までの自薦は、私がヘルパーを教えたり、この人が自立するまでの時間を短くするために、こうしたほうがヘルパーさんと仲良くするようにとか、こうした方がいいよとか、制度にはこんなことがあるよとか、ある程度私の方から情報を提供したり、繋げたりしたんですけど、古込さんの場合はそうではなくて、一切CIL方式なので、失敗するのも本人。今まで失敗した経験がない人なので、全部失敗してもいいから自分が経験するように、姜さんは何もしない。何も言わないでと言われたので、ずっと見てました。そうしたら凪の家がやってることが病院と同じこと。

立岩 それで結局、凪の家は出てきたわけですよね。

姜 そうです。このままだとやばいと思って、私が大野さんとCILの竹島さんと相談して、早く凪の家を出た方がいいと思います。本人は今年の3月までは、凪の家にいるつもりだったんですね。後、古込さん本人は市営住宅を狙ってたわけですよ。でも市営住宅って時期があるじゃないですか。当たるかどうかもわからないし。なのでそれを待ってるよりかは、早くなんとかした方がいいんじゃないですかと言って、実は竹島さんとか大野さんも、そういうのを考えてて、じゃそうしたら。広域の名前で体験室を作ろうと。ここに体験室を作って広域の名前で部屋を借りて、さっさと凪の家から出しましょう、ということで今の家に移ることになったんです。

立岩 今古込さんが借りてる、住んでる家は(広域です)広域の名義になってる?家賃も広域が出してる?

姜 家賃はそうじゃないですね。そうすると生保を使えないので、(生保の住宅の扶助がね)そうです。この地域の住宅扶助は33000円でしたっけ。古込さんは確かにそれくらいしか、もらわないと思います。家賃は45000円だけど。(差額はどうするの?)会社が負担するしかね。そうだと思いますよ。駐車場代も、うちが。それはヘルパーさんが使っている駐車場なので、駐車場代は会社が負担してます。

立岩 じゃそういうので緊急というか、凪の家はどれくらい?

姜 凪の家は、2ヶ月ほどいたんですね。1月8日に出ましたっけ。

立岩 古込さんは結構、僕らはメーリングリストでやりとりしてるくらいだから、あんまり細かいこと、そこの中には、いろんな関係者が入っているので、あまり言えないじゃないですか。詳しく知ってるわけじゃないんですけど、いろいろトラブってるなという感じは、横から、他所から見ても感じはしたんですけど。

姜 でも川口さんから聞いたと思うんですけど、私からの正直な話は、そのトラブルは古込さんが原因というのもありますよ。古込さんって結構、話をうつす人なので(変える?)例えばここであったことを、この人には言わないだろうと思って、ここで話をするじゃないですか。暗黙で、ここでは言わないでとは言わないんだけど、うちらとしたらここで話をしたら、外ではもれないでしょうと。(そういう話ってあるよね)だけど古込さんはまだまだ、そういうのがわからないみたいで、そういうのがまぁまぁやっているし、ヘルパーさんがやってます。実は、ヘルパーさん同士でもやってて、こういうとこは、私の中では会社に報告するかどうか、迷ってるとこですけど。例えばAさんの時間で、Aさんが失敗したのを次の来る人たちに言うんですね。私はつい、やっちゃいけないことだけど、「古込さん、それは私だけの時に言ったらどうかな」と、言っちゃったんですね。自分の中で止められない。そのときなぜ、止めたかと言うと、古込さんの場合は二人介助が認められるので、古込さんがAさんの悪口をした時に、私以外に他の人もいたわけです。古込さんと私だけなら、私は他の人に言わないけど、私以外の他のヘルパーがいるのに、古込さんが前の時間にあった人の失敗のことを私に言ったんです。本当は自薦というのは古込さんが、雇用主なので古込さんと前の人の時間にあったことは、その時間内で解決しないといけないんです。そのようにILでプログラムされていてそのように教育しているし、自薦というのはそういうものなんです。一番ヘルパーの関係を崩すのが、その時間にあったことを次のヘルパーに言っちゃいけないことなんだけど、時々言ったんです。

立岩 そういうことも込み込みで、いろんなところで、うまくいってない部分が起こってきた。

姜 それと説明は足りないところもあり、途中で自分が話したくないときには「もういい」という言い方を使うので、誤解を招くような。とてもメールでの古込さんと、実際コミュニケーション会話する場合と違います。(彼は文章はある意味、理性的というか)しかも頭もいいので、とても頭いいです。全部覚えている。(だけど、という部分。人の使い方というかそういうのが慣れてないということなのか)それは当たり前と思いますよ。ずっと病院で(40年だもんね)受け身の介助をされてて、実際自分が、私も言いたいことはあるんですけど、会社から言っちゃいけないと言われているので。

立岩 これから、やっぱりある程度介入というか、こういう言い方だと、ヘルパーさんが定着しないよとか、言わざるを得ない場も出て来るよね?

姜 私の場合は直接古込さんじゃなくって、古込さんの??である私が竹島さんに直接報告します。生活面では。そうすると竹島さんが、古込さんとするんですけど、竹島さんも忙しい人で、勝手に竹島さんが古込さんに連絡することは、なかなか難しい。(竹島さんというのは?)CIL小平の代表です。一番いいのは、私もよく言うんですけど、古込さんに何かあったら竹島さんに相談して、と言うんですね。それは言います。これはこういう制度的なことは大野さんに言って、この生活面は古込さんより早く独立して自立している所沢の代表である。(小平が竹島さん?)そうです。所沢が急に名前が出てこない。(女性の人?)そうです。(映画の人?)映画ではなくって、頸損の人で(なんかその人にと、相談しなさいよって言っていい。それに対して古込氏は?)古込さんはまずいと思っているのか、あんまり言ってないみたいですよ。(直接的に相談事という感じではないと)例えば今回、ヘルパーの一人がちょっと不注意な人がいて、本人も自分がADHD。そういうのかなと自分自身が思われる人がいてて、なんかそれで転職を考えている人がいると話をしてて、人が辞めるかもしれないというのはわかるんだけど、それでそういう大きいことは小野田さんとか竹島さんとかと相談するみたいですけど、でも本当に竹島さんが相談して欲しいのは、生活の細々なことだと思いますね。

立岩 まだこれからですね。ところで姜さん今回10月から入ってるわけだけど、10、11、12、1と、もう3ヶ月立ってるんでしょう。どの時点で任務終了的に考えてる?そこは、なってみなきゃわからないという感じなのか、ここまでになったら手を引くというか。

姜 本人の目標はヘルパーと安心して出かけるところまで私にいて欲しいので、今は冬でこんな天気なのでできないので、ちょっと春くらいになったらいいんじゃないですか。

立岩 春になって雪ちょっととけて、外出できる。そこまで見届けてというか、それで任務終了と。

姜 今はいろんな人、二人介助なので、いろんな人と私が組んでてとか、(二人ヘルパーが可能だから今は姜さんと誰か、新人というか、そういう人と組み合わせたりして、慣れてもらったり覚えてもらったりしていく。それは春が来るまでと)そうです。でも実際、自薦で私は何もしないから他のヘルパーさんたちは不満があると思いますよ。なんで姜さんは何もしないだろうと。(何も、というのは?)他のヘルパーさんたちは凪の家から行ったので、凪の家の人で古込さんが言わなくても、ちょっといろいろするんですね。綺麗にしたりとか。でも私は古込さんが、支持しないまではずっと待っとくので、ずっと本を読んだり、ずっと待ってます。古込さんがちょっと相談があるけどとか、なんかあるけどと言われるまではずっと待ってます。(そのスタイルを貫いてるわけだ。その流儀というか、やり方も違うから双方にどうなのって)でも他の人は時間が過ぎても帰らないで、なんか自分たちで申し送りしたり、最初私もいたんですね。私は直接は言わないんですけど、ほかのヘルパーが私が入ったら自分の時間にあったことを言おうとした時に、いいですよ、私は直接古込さんに聞きますと。これは実際なんですね。古込さんが言えない人だったら、ヘルパーに聞くけど。(ヘルパー同士の申し送り時に)ないんです。違います。ダメです。そうすると、ヘルパーの思いも入ってるし、ヘルパーの介入が入るので、それはCIL方式ではないんですね。(その辺がまだ、二つの流派というか)それを直接私が教えることができないので、(まだどうなのかなという感じなのかな)それとやっちゃいけないのに、自分の時間でないのに早くきて、いろいろ家事とかやってるんですね。それ、しなくていいですよ。この時間、私がやるので。(古込さんが気づいてやるところを、しなくていいとか、しろとかになれば。今の所そういうふうにはなってない)でも古込さんも、とっても意識は高いので一応全部自分でやろうという意識はあるんですけど、地域で一人で、家で生活しているのがわからないので、まだ届いてないです。日常生活というのがわからないです。(毎日の細いところの繰り返しのとこは全然、生活とか、勝手にいこうとしませんか?)どうしよう。

立岩 たぶんまた、聞いてますよ、川口さん風邪ひいて来れなくなったと。

姜 熱でしょう。行けないかもしれないとは聞いていたんですが、その後メールがこないから。(本当にダメみたいで)じゃ明日は誰が来るんですか?(明日は来れないと)先生と宮本先生と、(京大の誰だっけ)井上先生と(後、誰だっけ?)高嶋さん。
(来訪者登場で挨拶、移動)

立岩 起こるかどうかはわからないよね。起こるっていうリアルがないわけ。

姜 大掛さんとか普通のALSの人は??(30年も40年もしてからだもんね)で障害者になっているので、それは人間関係ができてますね。お願い先には、どうすればいいのかということは、わかっている。でも病院というのは、それはリアルじゃないですか。自分が言わないと何もならなくて、(風の音)

姜 ???わがままだし、わがままで???私??したらよくないというのがあるので??

立岩 今日はそういうことで僕は別行動で、僕は別の大学院生と坂野さん、その人は今、古込さんにインタビューをこの間もして、その人は今日は医王病院の方に来てる。僕も記録読んだので。

姜 一緒に生活してるから??

立岩 彼は公にはちゃんと喋れる人なんでね、かえってそのギャップというか、差が大きいのかもしれない。

姜 ???

立岩 ??ちょうど夏頃きたときかな、

姜 北見は3月雪でした。これより多い。(どれだけいたっけ?)夏までいたんですけど、今年は雪が割と少なかったんらしいんだけど(3月はあった?)3月までは雪はありました。普通は5月のゴールデンウィークまで。(北見の方は雪は多かった?)雪多いですね。

立岩 こういうとこって、雪ってきたことあるの?

姜 ??そこしか行ってないので。(今までの人生の中で)ありますよ。韓国のソウル出身で子供の頃、雪で遊ぶくらいはしてましたよ。今はこれくらいしか積もらないですけど。(そうだよね。日本でも昔の方が雪は降った)ソウルは??なので、(そうだよね、丸いよね。韓国、去年も行ったけど、2010年だっけ、めちゃくちゃ寒いのはわかったので)???

(到着)

立岩 今は総勢何人くらいです?

姜 私入れて5人ですね。(そんなに多くもない)失礼します。

立岩 こんにちは。お邪魔します。




UP:20180224 REV:
声と姿の記録  ◇生を辿り道を探る――身体×社会アーカイブの構築  ◇病者障害者運動史研究 
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