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伴走者とともに

古込 和宏 2017/04/01

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 地域移行に取り組みはじめ約二年… 3月29日に、介護保障獲得を支援する弁護団と、昨年の秋に地元で立ち上がったチーム「地域で暮らすためにみんなで考える会」(以下、考える会)のメンバーが金沢市役所に出向き介護支給量申請をしている頃、私は入院先で地域移行の準備作業を進めており申請終了の一報を待った。これから金沢市がどのような支給決定を出すのか、結果を静かに待つわけでなく、申請の日をひとつの通過点とし会のメンバーと今後も地域に出る準備を粛々と進めていくことになる。
 地域に出る… 当地、石川県の長期入院、特にデュシェンヌ型・筋ジストロフィーは筋疾患の中でも最重度の障害を持ち、病状が進むと人工呼吸器の長時間使用になることと「疾患の特性上」という医学的理由により、外泊はもちろん外出の道も断たれ社会参加の道も閉ざされるのが常であり、その背景には「地域での受け皿」というキーワードが長期入院患者の前に立ちはだかる高い壁となり、私も地域移行を進める中で「地域での受け皿」という言葉の前に何度も沈みそうになったが、当事者を受ける側の地域のハードとソフト面の問題だけではなかったのは後で述べるとして、生存と生活に必要な地域資源がないのなら作ろうという発想で生まれたのが「考える会」で、メンバーは県内外を含む様々な領域の専門家で構成され「地域での受け皿」を作る体制が整った。
 多くの人の助けを借りながら準備を進める中で感じたことは、必要な地域資源は当事者不在で自然発生的に生まれるものでなく、それを必要とする当事者が地域にいるからこそ、その想いに共感して人が集まる。最重度の障害を持つ当事者は自らが思うように動けないわけであるから、その部分で支援者に動いてもらうことに引け目を感じ遠慮を入れてはならない。必要な情報を発信し支援者と共有し協働する。当事者は協働するために支援者の想いや不安をニーズとして汲みとることで、当事者と支援者が互いの想いに応えることができる。そこは私の目指すカタチだが、残念ながら私自身そこに辿り着くにはまだ遠すぎる。私はこれまで「過度な忍耐と無意味な協調性」を美徳とすることを否定し抵抗してきたはずなのに、今になり最重度の障害を持つ私が支援者に「助けて」という言葉を使うことを躊躇するときがあり、それがなぜなのか自分でも分からなくなるときがある。「助けて」と言えなければ生き抜けない。おそらく私は助けを求める術をまだ持てずにいて、それは経験によって培われるものだと思っている。今ある悩みや葛藤は私だけが抱えているものでなく支援者も同じで、それは互いの信頼関係構築の過程で必要なものと、至らない私なりに理解し出した。当事者を中心とし医療と福祉が連携し、自身に必要な資源と社会への理解が醸造されていく過程を身を持って体験している。
 24時間の重度訪問介護支給実績がない都道府県は全国でも石川県だけで、私を含む当事者は何も自ら社会への扉を自ら閉ざし、福祉のガラパゴスを肯定してきたわけでもなく「孤独と孤立」という籠から羽ばたくための翼を得る術へと繋がる適切な情報を持つ人に巡り合えなかっただけで、これは私見と前置きして、先に述べた当事者を受ける側の地域のハードとソフト面の問題だけではないというのはここにあると思う。私が地域移行を目指す中で同じく地域移行を目指す患者が身近にいたが結局断念した。あれほど「周囲から何を言われても負けず絶対諦めない」と何度も言っていたのに断念した理由が「家族を大切にしたいから」だった。私は断念までに至る過程を目の当たりしてきたが、その光景は追体験そのもので胸が締め付けられる思いになり口惜しくもなった。詳細はここでは触れず、本人の述べた断念した理由の真意はどこにあるかは読み手の想像に任せたい。いずれにしろ地域社会で存在しているにもかかわらず、そこから見えない「隠れた存在」となる道を選んだ。私は長く自分の人生を肯定できず関心もなく長い孤独のトンネルの中を彷徨いながら死をただ待つ事を受け入れてきた。そこから一歩踏み出すのは時間がかかったが、踏み出すことで人生は切り拓かれ地域に自分の居場所はあると信じ、見たこともない世界への道の途上に私は伴走者とともにいる。もしどこかで私と同じ境遇の人がいるなら私が経験として言えることは「抱える孤独を解放し一歩踏み出して行動する」。必ず伴走者が現れ輪は広がり自分の居場所に辿り着く。社会の中で求められる存在となれると信じ、私は伴走者と走り続け今折り返し地点にいる。
 最後に弁護団と考える会のメンバーが市役所に出向いた際に、伴走者である宮本弁護士が市に宛てた文章掲載の了解を得たので、ここに掲載をお願いした。私の心情はもちろん、当地の最重度の障害を持つ当事者の心情も代弁されていると私は思ったから。私たちは生きるために誰かの許可を得る必要もないし、自立的意思のもと生きるのに誰かの都合に合わせて生きなくてもよい。その権利を侵そうとする者の詭弁は何の意味も持たない。

◆宮本 研太→金沢市長 2017/03/29 「介護支給量申請にあたって」 [PDF]


UP:20160323 REV:
古込 和宏  ◇地域で暮らすためにみんなで考える会  ◇筋ジストロフィー  ◇病者障害者運動史研究  ◇自立生活センター  ◇自立生活/自立生活運動  ◇全国障害者介護保障協議会  ◇全文掲載 
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