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「精神保健福祉法『改正』に反対する意見書」

認定NPO大阪精神医療人権センター, 20170317, [pdf]
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last update:20170318


2017年3月17日
精神保健福祉法「改正」に反対する意見書
〒530−0047
大阪市北区西天満5丁目9番5号
谷山ビル9階
認定NPO大阪精神医療人権センター
TEL 06(6313)0056
FAX 06(6313)0058
代表理事 位 田 浩
代表理事 大 槻 和 夫

当センターは,以下のとおり,精神保健福祉法改正法案(以下「改正法案」という。)に強く反対する。
1 改正法案の概要
2017年2月28日,政府は相模原障害者殺傷事件を受け,精神保健福祉法の改正法案を閣議決定した。
同法案は,措置入院の解除・退院から通院に至る過程で警察を含む関係行政機関と医療機関等によるネットワークを構築し,措置入院者に対する情報を共有し,措置入院者が退院後に継続的な医療等を確実に受けるよう,監視・指導を行う等というものである。
2 改正法案に反対する理由の要旨
当センターは,以下の反対理由@からCのとおり,改正法案に強く反対する。反対理由の詳細は別紙(反対理由の詳細)のとおりである。
@ 改正法案は,脱施設化・地域医療化,任意・自発的医療化に向かう国際的潮流と真逆の方向を目指すものであり,到底容認できない(別紙2頁以降)。
A 改正法案は,精神医療が治安の道具ではないにもかかわらず,精神医療を治安目的として利用し,入院者に対する管理・監視を強め,精神障害者の人権を侵害し,精神障害者に対する差別と偏見を助長するものである(同3頁以降)。
B 改正法案は,相模原事件が措置入院者への処遇や退院後の対応の仕方に問題があったために生じたかのような誤った前提に立つものであり,法改正の理由も必要性もない(同5頁以降)。
C 改正法案は,(i) 精神医療に治安維持の責任を真正面から求めていること(同7頁以降),(ii) 入院の長期化を招くこと(同8頁),(iii) 精神障害者のプライバシー権をはく奪すること(同8頁以降),(iv)対象者に対する差別・偏見を助長すること(同9頁), (v)医療関係者と入院者の間の信頼関係を根底から破壊する可能性があること(同9頁),(vi) 漠然たる危惧感に基づき長期又は永続的な監視体制を築き上げてしまうこと(同9頁以降)等各論的にも多くの問題点を抱えている。
以上

別紙
反対理由の詳細
1.改正法案は脱施設化・地域医療化,任意・自発的医療化に向かう国際的潮流と真逆の方向を目指すものであり,到底容認できないこと(反対理由@)
(1)目指すべき精神医療の方向性
精神医療の歴史は,精神障害者に対する差別・偏見の下に精神障害者を危険視し,施設への隔離収容,人身の自由の剥奪,強制医療の対象としてきたことを反省し,精神障害者の人権擁護,脱施設化・地域医療への移行,インフォームド・コンセントの原則に基づく任意・自発的医療の推進を目指してきた。
(2)諸外国の状況
ア かつては,諸外国においても,現在の日本と同様に,精神障害者は施設へ隔離収容され,人身の自由が剥奪され,強制医療の対象とされてきた。その結果,精神科病院は人権侵害の温床と化していた。
イ しかし,アメリカでは1963年のケネディ教書(正式名称:精神病および精神薄弱に関する大統領教書)が脱施設化政策を提唱し,また,イギリスでは1959年の精神保健法が入院中心の医療から地域リハビリテーションへの移行方針を明確に打ち出すなどする中で,その後,欧米先進諸国では,種々の問題を抱えつつも,入院中心主義から脱施設化・地域医療化,任意・自発的医療への移行が進み,入院者数も劇的に減少した。
例えば,アメリカでは,1955年に約56万人いた入院者数が現在では10万人にまで減少している。また,イタリアでは,単科精神病院が廃止されて,精神科救急医療は総合病院と大学病院,地域の精神保健センターが担い,地域精神保健に転換している。
(3)障害者権利条約の批准
ア こうした脱施設化・地域医療化,任意・自発的医療への流れを踏まえて,「障害者の権利に関する条約」(障害者権利条約)が2006年12月13日に国連総会で採択され,日本政府は2014年1月20日に批准した。
イ 障害者権利条約第14条1(a)は「障害のある人が,他の者との平等を基礎として,身体の自由及び安全についての権利を享有すること」,同(b)は「障害のある人が,他の者との平等を基礎として,自由を不法に又は恣意的に奪われないこと,いかなる自由の剥奪も法律に従い行われること,及びいかなる場合においても自由の剥奪が障害の存在により正当化されないこと」を規定している。
ウ 障害者権利条約第14条について,国連人権高等弁務官事務所は,「多くの法制度において,・・・とりわけ精神障害のある人と知的障害のある人はその障害があることだけを根拠にして自由を剥奪されている。そうした障害は,自傷他害の可能性があるという理由で予防的な拘禁手段を正当化することに用いられることもある。障害のある人は,その保護と治療のために自由を奪われるという場合もある。こうした運用や政策および法律はいずれも現行国際基準に違反するものである。障害の存在を理由とする自由の剥奪は国際人権法に違反しており,本質的に差別でありそれゆえ不法であると障害者権利条約は明確に述べている。かかる不法性は,医療と保護の必要性,本人と社会の安全のための必要性などのような理由が自由の剥奪を正当化するために付け加えられる場合にも認められる」と述べている。
この国連人権高等弁務官事務所による解釈によれば,現在,日本の精神科医療で問われているのは,国内法よりも法的に優位にある国際条約で定められた国際標準及び国際人権法の内容に照らして,そもそも,現行の措置入院や医療保護入院という強制入院制度が維持できるか,仮に維持可能であるとしても,従来の要件や基準・運用は許容されず,その要件・手続等を大幅に限定化して整理しなければならないということである。
(4)小括
前回の精神保健福祉法改正で保護者制度の廃止が議論されたときも,その背景にあったのは強制入院の縮小・廃止に向けた国際的潮流への対応という問題意識であった。
しかるに,今回の措置入院制度の強化を目指す改正法案は,社会防衛的観点に傾斜し,上述したような脱施設化・地域医療化,任意・自発的医療化に向かう国際的潮流と真逆の方向を目指すものであり,到底容認できない。

2.改正法案は精神医療が治安の道具ではないにもかかわらず,精神医療を治安目的として利用しようとしていること(反対理由A)
(1)日本の精神医療の歴史
ア 日本における精神医療は,脱施設化・地域医療化,任意・自発的医療化に向かう国際的潮流にしばしば背いて,精神医療を治安の道具として精神障害者を拘禁し,自由を剥奪する傾向を濃厚に帯びてきた。
イ 欧米先進諸国が脱施設化・地域医療化に向かい始めた1960年代,日本では1964年に発生したライシャワー事件を契機に,逆に強制入院中心政策を加速させた。
ライシャワー事件は,精神科治療歴のある少年に米大使が刺傷されたという事件であった。この事件を契機にマスコミは一斉に精神障害者「野放し」キャンペーンを展開し,政府は治安対策強化の方向での精神衛生法改正を企図した。この精神衛生法改正は,学会や病院などの反対にあって,警察官等による通報・届出制度の強化,措置入院者が無断退院した場合の警察への届出の義務化など一部の改正にとどまった。もっとも,精神病院の新設および運営についての国庫補助制度や,精神病床は一般病床に比して医師は3分の1,看護師は3分の2でよいとする医療法特例などの精神科病院に対する経済的優遇措置も相俟って,入院者数は1966年の19万7000人からピーク時の1991年には約34万9000人にまで達した(平成27年度版 我が国の精神保健福祉)。
ウ その後,地域医療化政策への転換などにより,入院者数は漸減の傾向を示すが,今なお,2014年度の入院者数は欧米先進諸国に比して格段に多い290,406名にのぼる(2014年度 精神保健福祉資料)。人口当たり精神科病床数はOECD諸国平均の約4倍で,病院収容型精神医療と批判されている。
そのうち強制入院者については,人口比百万人単位で数えると,欧州諸国の平均が73名であるのに対し,日本では1087名(2013年)と,欧州諸国の10倍を優に超える強制入院者を抱えている。しかも,こうした入院者の少なからぬ部分が,症状的には退院が可能であるにもかかわらず長期間の入院を強いられたために社会の中に帰るところを失い,精神科病院を終生の住み家とせざるを得なくなったいわゆる「社会的入院」者である。
エ こうした強制入院中心主義が継続されてきた結果,入院者は無権利状態に置かれ,精神科病院内での悲惨な人権侵害が続発した。
看護職員の暴行により入院者2名を死亡させるなど様々な人権侵害が行われた宇都宮病院事件(1984年),入院者が病院内で暴行を受け転院先の病院で死亡した大和川病院事件(1993年)などを初めとして,精神科病院における不祥事は今日に至るまで枚挙にいとまがない。
(2)心神喪失者等医療観察法の成立による問題点の顕在化
ア 心神喪失者等医療観察法の成立
2001年6月,大阪教育大学附属池田小学校に侵入した犯人が児童8名を殺害し,児童13名・教諭2名に傷害を負わせる無差別殺傷事件が起きた。犯人に精神科病院入院歴があったことから,時の小泉首相は,刑法39条が心神喪失者に対する責任無能力を規定していることを念頭に「精神的に問題がある人が逮捕されても,また社会に戻ってああいうひどい事件を起こす」などと述べて,法改正の検討を指示した。
その結果,2003年7月に,一定の重大犯罪を行って心神喪失や心神耗弱と認定され,不起訴や無罪等となった精神障害者に対し,再犯防止のために裁判所が関与して入院や通院を強制する「心神喪失者等医療観察法」が成立した。
イ 心神喪失者等医療観察法の成立による問題点
心神喪失者等医療観察法は,精神医療を治安対策に用いる制度の典型であり,以下のような問題点が実際に顕在化している。
@ 精神障害者が再犯に至ることは実際には少なく,罪を犯した精神障害者が再犯に至る可能性を科学的に予見することは不可能で,実際には罪を犯す危険性がないのに危険性ありとして入院を強制される「疑陽性」患者が含まれる可能性があること
A 触法精神障害者とそうでない精神障害者とで行われるべき治療内容に違いは見られないのに医療観察法による入院期間は一般の精神科病院に比してかなり長期間であること
B 医療観察法の病棟は厳重な閉鎖病棟であり,対象者にとって拘束性の強い制度となっていること
C 退院後も対象者は通院を強制され,長期間にわたって保護観察所による監督・指導の対象とされること
今回の改正法案による措置入院者に対する監視強化策は,退院後の措置について医療観察法の制度を少なからずモデルにしており,この点から見ても問題が非常に多い。
ウ 心神喪失者等医療観察法の成立と同じ過ちを繰り返してはいけないこと
池田小学校事件の犯人は,責任能力ありとして起訴され,鑑定でも責任能力に問題のないパーソナリティ障害(人格障害)を中心とした症状であると判定されて死刑判決を受けている。
仮に事件当時,医療観察法が制定されていたとしてもその対象にはならなかったので,この事件は医療観察法の立法事実とすることのできないものであった。報道によれば,今回の相模原事件の被告人も起訴前鑑定ではパーソナリティ障害(人格障害)とされて責任能力ありとの結果になっているとのことであり,それにもかかわらず裁判の結果を待たずに拙速的に法案が提出された点で,池田小学校事件から医療観察法制定に至った経過と酷似している。もう二度と同じ過ちを繰り返してはいけない。
(3)小括
以上のとおり,日本では,ライシャワー事件や池田小学校事件,そして今回の相模原事件と,耳目を騒がせる事件が起こるたびに,精神医療を治安目的に奉仕させるための制度改正が行われ,精神医療の現場に非常に大きな歪みを生じさせてきた。
その背景には,障害者権利条約の批准や障害者差別解消法の施行にもかかわらず,日本社会の精神障害者に対する無知・無理解,差別・偏見・排除意識があることが指摘できる。

3.改正法案は相模原事件が措置入院者への処遇や退院後の対応の仕方に問題があったから生じたかのような誤った前提に立っており,法改正の理由も必要性もないこと(反対理由B)
(1)改正法案の立法目的
改正法案は,相模原事件を受けて二度と同様の事件が発生しないようにすることが立法目的だとされている。
これは,事件発生直後,官邸主導で措置入院制度の見直しを内容とする法改正の検討指示があったという報道とも整合するものである。
しかし,相模原事件の再発を防ぐために,改正法案のような措置入院制度の見直しを行うというのは,事件の本質に対する判断として正鵠を射たものとはいえない。端的に言って,的外れである。
(2)拙速すぎること
相模原事件の再発を防ぐというのであれば,まず,その前提として,相模原事件とはどのような事件であったのか,その全容と本質を多角的に検証することが必要不可欠である。
しかるに,同事件は今年2月24日に起訴されたばかりであり,その全容は今後行われる公判の経過によって初めて明らかになる。そうであれば,相模原事件のような事件の再発を真に防ぎたいというのであれば,捜査と裁判による事実認定の結果を待ち,それを踏まえた対策を講じるのが当然の筋道である。
にもかかわらず,政府は,官邸主導により,相模原事件を「犯行予告をして措置入院となった精神障害者が措置解除・退院となった後に精神障害により犯罪を起こした事件」と決めつけてしまい,公判の経過も待たずに,法改正へと向かっていった。
このような政府の対応は,一方的な思い込みに基づき,立法事実の慎重な吟味をないがしろにした,余りにも拙速なものと評せざるを得ない。
(3)ヘイト・クライムとしての相模原事件
相模原事件が最も衝撃的であったのは,犯行前に被告人が「障害が重い人は死んだ方がよい」という思想を抱き,これを公言し,さらには,この思想を実行に移したかに見えたことであった。
障害者に対する差別・偏見から障害者抹殺を肯定するという思想が犯行の動機ではないかと見えるところが,相模原事件において最も問題とされるべき点である。
いうまでもなく,このような思想は,かつてナチスが信奉し,多数の障害者を死に追いやった優生思想に連なるものである。こうした思想が単に内心で抱かれたり,表現されたりする段階(ヘイト・スピーチ段階)に止まらず,現に実行に移され,多数の障害者が被害に遭ったこと(ヘイト・クライム段階)に慄然とさせられる。
そうであれば,相模原事件に際して,政府は,まず,本件事件のような障害者を対象としたヘイト・クライムは許されないものであり,障害者に死を強制するような優生思想は社会的に公認されるものではないということを公に表明すべきであった。
また,被告人がどのような社会的背景の下に,どのような経過を経て,かかる思想を抱くにいたったのかということが重大な検討課題として浮かび上がることになるはずである。
しかしながら,政府は,本件が障害者をもっぱら対象としたヘイト・クライムであるという最も重要な要素に全くほうかむりしたままである。あたかも被害者の属性が障害者であったということを軽視し,一般的な大量殺傷事件としてしかとらえていないかのような対応である。むしろ,事件の原因をもっぱら被告人の特性,さらには精神障害に求め,被告人に対する措置入院の経過の是非のみを問題とすることに終始している。
このような政府の対応は,障害者に対する差別・偏見,ヘイト・クライム,優生思想に対する危機意識の希薄さを感じさせるものである。さらにいえば,事件に対する十分な事実調査も踏まえずに,事件後直ちに相模原事件の本質を措置入院者による事件と捉えた点で,精神障害者ひいては障害者に対する差別・偏見意識すら感じさせるものである。
(4)相模原事件は被告人の精神障害によって引き起されたものではないこと
措置入院は,@対象者が精神障害者であり,かつ,Aその精神障害によって自傷他害を引き起すおそれがあることを要件とするものである(精神保健福祉法第29条1項)。被告人が精神障害者でないか,精神障害者であっても自傷他害のおそれが精神障害によるものでない場合は,措置入院の要件を充たすことにはならない。
改正法案も,相模原事件の被告人が精神障害者であり,その精神障害によって他害のおそれがあったことを前提として,措置入院自体は適法であるとし,その措置解除後の経過を問題としているものである。
しかし,相模原事件が被告人の精神障害により引き起こされたものなのかどうか,さらには,事件前の措置入院とその解除が妥当な判断に基づいてなされたものなのかどうかは,本件が起訴されている以上,最終的には,被告人の供述や精神鑑定等を踏まえて判定されるべき事項である。
そうであれば,裁判による最終評価も定まらないうちに,被告人に対する措置入院自体は適切なものであったということを前提に,措置解除後の制度的対応の必要性を法改正により実現しようというのは,いかにも拙速との誹りを免れない。
この点について,報道によれば,起訴前の精神鑑定においては,被告人には自己愛性パーソナリティ障害が認められるが,その程度は著しくなく,動機も不可解なままであり,犯行時の責任能力が認められるとされ,この結果を踏まえて横浜地検の検察官は被告人を起訴している。すなわち,検察官は,被告人の行為は精神障害によるものではなく,自由意思に基づくものであり,被告人には責任能力があって医療観察法の対象にはならないと判断したのである。
この検察官の判断は,被告人の犯行予告及び犯罪の実行は被告人の精神障害によるものであり,措置入院制度の強化を必要とする改正法案の前提と真っ向から矛盾するものである。
また,官邸の指示で厚労省を中心に設置された「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止検討チーム」が平成28年9月14日に取りまとめた「中間取りまとめ〜事件の検証を中心として〜」によれば,被告人の病名は,緊急措置入院時の主たる精神障害が「躁病」(8頁),措置入院時の第1指定医による主たる精神障害が「大麻精神病」,従たる精神障害が「非社会性パーソナリティ障害」(10頁),第2指定医による主たる精神障害が「妄想性障害」,従たる精神障害が「薬物性精神病性障害」(12頁),入院機関における入院4日目の鑑別診断が「大麻使用による精神病性障害」「統合失調症」「妄想性障害」等(14頁),措置症状消退時の主たる精神障害が「大麻使用による精神および行動の障害」(15頁),外来受診時の診断が「抑うつ状態」とばらばらであり,帰一するところを知らない。
しかも,被告人の精神障害として前景に出ている大麻による精神障害については,上記「中間取りまとめ」自身が,「一般的に『大麻使用による脱抑制」のみで,易怒性や興奮,『国から許可を得て障害者を刺し殺さなければならない』といった発言が生じることは考えにくい。」とか(16頁),「一般的に大麻の吸引のみで今回のような発言や行動をもたらす可能性は低く」(21頁)としているところである。被告人の「妄想」とされるものについても,その内容は,被告人が「重度障害者施設の障害者を抹殺する」などといった手紙を衆議院議長宛に書いたことをもって「妄想」と評価しているのであり(7頁),「中間とりまとめ」も「容疑者の手紙にあるような主張は,本人の思想信条の範疇とも捉え得るが,これを誇大的かつ論理が飛躍した考えと捉えることも可能である」(8頁)と両義的な評価を行っている。
このように,「中間とりまとめ」でも,相模原事件が被告人の精神障害によるものという判断に大きな疑問符が投げかけられていたのである。
(5)小括
以上のとおり,改正法案は相模原事件が措置入院者への処遇や退院後の対応の仕方に問題があったから生じたかのような誤った前提に立っており,法改正の理由も必要性もない。

4.改正法案は各論的にも多くの問題点を抱えていること(反対理由C)
(1)精神医療に治安維持の責任を真正面から求めていること
ア 改正法案の内容
厚労省による「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律案の概要」の「改正の趣旨」では,「相模原市の障害者支援施設の事件では,犯罪予告通り実施され,多くの被害者を出す惨事となった。二度と同様の事件が発生しないよう,以下のポイントに留意して法整備を行う」と述べられており,今回の改正法案が治安目的のものであることを正面から認めている。
イ 問題点
しかし,この改正の趣旨は,精神保健福祉法第1条が同法の目的として「精神障害者の医療及び保護を行い,障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(平成17年法律第123号)と相まってその社会復帰の促進及びその自立と社会経済活動への参加の促進のために必要な援助を行い,並びにその発生の予防その他国民の精神的健康の保持及び増進に努めることによって,精神障害者の福祉の増進及び国民の精神保健の向上を図ること」を定めていることと明らかに矛盾する。
「改正の趣旨」には「医療の役割は,治療,健康維持推進を図るもので,犯罪防止は直接的にはその役割ではない。」とも記載されているが,精神科医療が犯罪防止のために奉仕すべきでないことは,絶対の要請である。精神医療を治安の道具とする発想自体が,強制入院中心主義を招き,強制医療や精神障害者の人身の自由の剥奪をはじめとする様々な人権侵害の温床となってきたことは,どれだけ強調してもしすぎることはない。
改正法案第2条2項は「国及び地方公共団体は,前項の施策を実施するに当たっては,精神障害者に対する医療はその病状の改善その他精神的健康の保持及び増進を目的として行われるべきものであることを認識するとともに,精神障害者の人権を尊重するほか,精神障害者の退院による地域における生活への移行が促進されるよう十分配慮しなければならない」と規定する。改正法案にある措置入院者に対する監視強化の制度は,上記改正法案第2条2項の内容と全く矛盾し,いわば水と油のような規定が混在する結果となっている。
ウ 小括
以上のとおり,改正法案は,本来,精神医療に求めることができない治安維持の責任を真正面から求めているものであり,不当である。
(2)入院の長期化を招くこと
ア 改正法案の内容
改正法案は,措置入院を行った都道府県・政令市が,患者の入院中から,通院先となる医療機関等と協議の上,退院後支援計画を作成するとしている。(47条の2)。
イ 問題点
しかし,このような制度を設ければ,既に措置要件がなくなっているにもかかわらず,退院後支援計画ができていないことを理由に退院できず,入院が長期化する事態が生じかねない。
ウ 小括
以上のとおり,改正法案は,入院の長期化を招くものであり,人権侵害が甚だしいものであり,不当である。
(3)精神障害者のプライバシー権をはく奪すること
ア 改正法案の内容
改正法案は,退院後支援計画の対象者が計画の期間中に他の自治体に居住地を移転した場合,移転元の自治体から移転先の自治体に対して退院後支援計画の内容等を通知することとしている(47条の2・6項)。
イ 問題点
しかし,このような制度は,対象者がどこへ転居しても,行政が監視や指導をしつづけるというものである。対象者の拒否権も認められておらず,精神障害により措置入院歴があるという対象者の高度なプライバシー権を侵害するものである。
こうした制度は,障害者権利条約第22条1の「障害のあるいかなる人も,居住地又は生活様式のいかんを問わず,そのプライバシー,家族,家庭又は通信その他の形態のコミュニケーションを恣意的に若しくは不法に干渉され,又は名誉及び信用を不法に攻撃されることはない。障害のある人は,このような干渉又は攻撃に対する法律の保護を受ける権利を有する」という規定や,同条2の「締約国は,他の者の平等を基礎として,障害のある人の個人情報,健康に関連する情報及びリハビリテーションに関連する情報についてのプライバシー[秘密性]を保護する」という規定に明確に違反している。
ウ 小括
以上のとおり,改正法案は,精神障害者のプライバシー権をはく奪するものであり,不当である。
(4)対象者に対する差別・偏見を助長すること
ア 改正法案の内容
(ア)改正法案は,保健所設置自治体は,措置入院者が退院後に継続的な医療等の支援を確実に受けられるよう,関係行政機関,診療に関する学識経験者の団体,障害者の自立及び社会参加の支援等に関する活動を行う民間の団体その他の関係団体並びに精神障害者の医療又は福祉に関連する職務に従事する者その他の関係者により構成される精神障害者支援地域協議会を設置し,(1)精神障害者の適切な医療その他の援助を行うために必要な支援体制に関して協議するとともに,(2)退院後支援計画の作成や実施に係る連絡調整を行うとしている(51条の11の2)。
(イ)また,都道府県等が退院後支援計画を作成しようとするときは精神障害者支援地域協議会における協議をしなければならないとされ(47条の2・3項),協議会が退院後支援計画について作成に関する協議及び実施に係る連絡調整を行うため必要なときは,関係行政機関等に対し,資料又は情報の提供,意見の開陳その他必要な協力を求めることができるとされている(51条の11の2・6項)。
イ 問題点
しかしながら,このような都道府県による退院後支援計画の作成と協議会という形のネットワークによる関与・情報取得及び情報共有という制度は,上述した対象者の個人情報,プライバシーを著しく侵害するものである。
そして,報道によれば,協議会中の「行政機関」には警察も含まれているとされているから,対象者の個人情報の保護に反し,プライバシー権の著しい侵害にあたる。さらに,再犯予備軍として常時監視されることの精神的苦痛,措置入院者がこのような扱いを受けることに伴う対象者に対する差別・偏見の助長,社会的排除の進行など,その弊害は計り知れないものがある。
ウ 小括
以上のとおり,改正法案の内容である退院後支援計画と精神障害者支援地域協議会というネットワークによる恒常的な監視・指導制度は,対象となる精神障害者を萎縮させ,自発的治療を妨げるにとどまらず,対象者を再犯予備軍とする差別と偏見を生み出すことになる。
(5)医療関係者と入院者の間の信頼関係を根底から破壊する可能性があること
しかも,上記精神障害者支援地域協議会には医療関係者の参加が予定されているが,この場合,医師等の守秘義務との関係も問題になるが,法案からは明らかでない。
万が一,措置入院者については再犯防止のための情報共有が医療関係者の守秘義務に優先するという考えの下に法案が作成されているとすれば,それは,医療関係者に措置入院者に対する監視の役割を求めることになり,医療関係者と入院者の間の信頼関係を根底から破壊するものである。
(6)漠然たる危惧感に基づき長期又は永続的な監視体制を築き上げてしまうこと
ア 改正法案の内容
上述したとおり,改正法案は退院後支援計画と精神障害者支援地域協議会というネットワークを設置することを求め,退院後支援計画は「当該医療その他の援助を行う期間」を記載して作成するとされている(第47条の2・1項)。
イ 問題点
(ア)そもそも,措置入院の要件は「自傷他害のおそれ」であり,現実に自傷他害行為を行ったことは要件とされていない(精神保健福祉第27条2項・第28条の2)。また,自傷と他害は危害行為が自己に向けられるか他者に向けられるかという点で根本的な性質の違いがあり,「自傷のおそれ」が「他害のおそれ」を予想できる徴表とは言えない。例えば,うつ病による自殺企図が認められた場合も措置入院の対象となるが,このような場合に改正法案によれば,常時の監視・指導対象となることになる。
このような自傷のおそれある者に対する監視制度を設けることが,厚労省「法律案の概要」の「改正の趣旨」で述べられている相模原市事件の再発防止に資することはあり得ない。
(イ)また,措置入院の解除は「入院を継続しなくてもその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがないと認められるに至ったとき」に行われる(精神保健福祉法第29条の4・1項)。すでに精神医学上,自傷他害のおそれが消失していると認定されている者に対して,再犯防止のための監視・指導が必要であるとは考えられない。
結局,改正法案は,一度でも「自傷他害のおそれ」が認められた者について,すでにその症状が消失していたとしても,将来,再び症状が再燃して再犯に至るかもしれないという漠然たる危惧感に基づいて常時の監視を行おうとするものである。その人権侵害は著しく,到底容認できない。
(ウ)しかも,改正法案によれば,退院後支援計画は「当該医療その他の援助を行う期間」を記載して作成するとされている(第47条の2・1項)。
しかし,措置解除時において「自傷他害のおそれ」は消失していると判定されているのであるから,退院後支援計画が想定する期間とは,症状が再燃して再犯に至るおそれがある期間とでも解するほかない。
もっとも,退院後支援計画に従って治療を継続していても症状再燃の可能性はどのような場合でもゼロとはいえず,他方,症状が再燃したからといって再犯行為に出るとも限らない。結局,再犯防止に必要な期間を医学的に判定することは不可能であり,万が一の再犯を危惧するのであれば,その「当該医療その他の援助を行う期間」は生涯にわたって永久ということにもなりかねない。
この点,医療観察法による強制通院期間は同法第44条により3年と定められている(通じて2年を超えない範囲で延長できる)。今回の措置入院解除後の援助期間は,医療観察法の定める通院期間以上の長期にわたる期間となるおそれがある。
ウ 小括
以上のとおり,改正法案は,漠然たる危惧感に基づき,対象者に対して警察を含む長期又は永続的な監視体制に置くことによって対象者のプライバシー権を著しく侵害するという深刻な事態を招来することが明白である。
(7)各論に対するまとめ
以上のとおり,改正法案には,(i) 精神医療に治安維持の責任を真正面から求めていること,(ii) 入院の長期化を招くこと,(iii) 精神障害者のプライバシー権をはく奪すること,(iv)対象者に対する差別・偏見を助長すること, (v)医療関係者と入院者の間の信頼関係を根底から破壊する可能性があること,(vi) 漠然たる危惧感に基づき長期又は永続的な監視体制を築きあげてしまうこと等各論的にも多くの問題点を抱えている

5.まとめ
改正法案は,相模原事件の本質が障害者に対するヘイト・クライムであるということを没却し,精神障害者の人権擁護,脱施設化・地域医療への移行,インフォームド・コンセントの原則に基づく任意・自発的医療の推進を目指す国際的潮流に逆行している。
また,ライシャワー事件や池田小学校事件を契機とした日本の精神医療における治安対策重視の精神医療対策の流れをさらに推し進めるものである。捜査の結果,検察庁は被告人に責任能力が認められ,本件犯行は被告人の自由意思に基づくもので精神障害によるものではないという判断を示していることとの矛盾に目をつぶり,措置入院者に対する監視を強化し,そのプライバシー権を侵害し,ひいては,精神障害者全般に対する差別・偏見,抑圧と排除,人権侵害をもたらすものである。到底容認できない。
よって,当センターは,措置入院者に対する監視強化を目指す改正法案に強く反対する。
以上


*作成:伊東香純
UP:20170318 REV:
精神障害/精神医療:2016  ◇障害者と政策:2016  ◇介助・介護  ◇病者障害者運動史研究   全文掲載
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