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「アメリカでの隔離拘束最小限化成功の影響」

山崎學, 201702,『日本精神科病院協会雑誌』2017年2月,pp. 93-94.

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last update:20180625


アメリカでの隔離拘束最小限化成功の影響

 今回は、サンピエール病院朝礼での鶴田聡医師の話が興味深かったので、同医師の了解を得て以下に掲載する。

 この10年間、日本では精神科病院の隔離拘束が増え続け、2013年には1万人を突破しました。それに対し、アメリカでは隔離拘束患者数は減り続け、10年前の1〜2割までの減少は当たり前で、さらにゼロを目指す精神科病院も出る勢いです。隔離拘束患者を減らすことに成功した病院の管理者は、成功の原因に治療文化の変化を挙げています。患者を力ずくで押えることでコントロールするのではなく、患者中心のケアマネージメントが隔離拘束の必要のない安全・安心な精神科医療を実現したと言います。しかし、それは本当でしょうか。文献では、隔離拘束の最小限化に成功したはずの病院現場の看護師から不満の声が上がっています。「いろいろな教育・訓練は現場では役に立っていない」「デ・エスカレーションの効果は限定的」「いつでもどこでもタバコを吸わせろ、コーヒーを飲ませろといった要求はあり得ない」「患者野放しでは、病棟の秩序は保てない」「患者とスタッフ間の葛藤はかえって高まっている」「妄想がもとになっている興奮は言葉では鎮静できない」「ゴミあさりをする患者に何を言っても無駄だ」「記録を書くのが忙しくなった」「今も昔もスタッフの数が少ない」などの意見が寄せられています。そして、大半の現場の看護師たちは依然として「患者をコントロール」しようとする考え方をもち続け、隔離拘束をあくまでも治療の一手段、はじめの第一歩と考え続けているようです。そこで僕は、今アメリカで起きている隔離拘束の減少は、現場秩序理論が経営者側のケアマネージメント理論に力負けしているのではないかと考えています。
 アメリカには、ワークプレイスバイオレンスという統計データがあり、いろいろな職場での暴力被害が比較できるようになっています。一般的な職場における暴力被害はここ20年間順調に減り続け、2013年では1万人に対して3件であったのに対し、ヘルスケア部門では13〜36件起きています。さらに、その中でも精神科入院サービスでは140件になっており、職場暴力の4分の3がヘルスケアの現場で起きているということになります。これら公表されるデータは氷山の一角で、実際にヘルスケア現場で働く看護師の8割が暴力被害にあっているという報告もあります。加害者の大半は患者であることは言うまでもありません。2016年にANA(アメリカ看護師協会)は、医療現場は戦争状態にあると宣言し、システムの早急な改善を要望しました。この結果、医療現場での患者の暴力犯罪の罰則を強化する州も出てきています。ニューヨーク州では、地域の精神障害者に強制治療を受けさせる法律もできました。このヘルスケア現場での暴力事件多発と隔離拘束最小限化の成功とは、同じ現象の表と裏なのではないかというのが僕の意見です。以前なら入院隔離拘束されていた患者が、精神症状が悪化しても精神科病院に入院すらしなくなり、地域のヘルスケアの中で、誰に遠慮することもなく暴れ回っているということなのではないかと思っています。精神障害者は具合が悪くなると暴力的になる傾向があります。その暴力への対策として精神科病院があり、隔離拘束がありました。しかし21世紀に入り、西洋では人権意識の高揚により「力づくで患者をおとなしくさせるシステム」は非難され、「患者中心医療」が推進されることになりました。「力で抑えるから患者は暴力的に見えただけで、治療者側がマインドフルなケアをすれば患者は暴力を振るわなくなるはず」と思われていたのです。そして、隔離拘束されなくなった患者は患者中心医療に感謝しつつ、模範的な患者になって社会的に適応しながら楽しく暮らすといったストーリーが期待されていたのですが、実際には「患者中心」にしても、患者暴力は少しも減らないということになりました。アメリカの精神科医療現場の看護師は「患者中心ポリシー」に引きずり回されて、職場環境はさらに悪化し続けているようです。それでも、テネシー大学のカールソン先生などは「確かに現場は混乱している。現場の不満と葛藤は理解できるが、患者中心医療をやり通すしか精神科入院医療の生き残る道はない」「隔離拘束の予防を目標に治療文化を変えていくしかない」と悲壮な決意で論文をまとめています。職場の安全を犠牲にしてまで隔離拘束を減らすのは本末転倒でしょう。患者さんの暴力を予防するには「より早期の隔離拘束」しかないと、僕はひそかに思っています。来年(2017年)も、わが身安全第一に仕事に励みたいと思います。

 患者の人権に配慮しながら、職場の安全を図る。永遠の課題である。



*作成:伊東香純
UP:20180625 REV:
精神障害/精神医療:2017  ◇障害者と政策:2017  ◇介助・介護  ◇病者障害者運動史研究   全文掲載
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