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「障害者の法的能力の保障」

徐 仁煥 [ソ インファン] (韓国障害者財団事務総長) 20160922 障害学国際セミナー 2016
於:立命館大学大阪いばらきキャンパス内コロキウム

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last update: 20160907


1. 序論

障害者の法的能力について、民事・刑事上どのように解釈されているか、そして、判例を通じて問題点を明らかにする。


2. 国連障害者権利条約における障害者の法的能力

障害者権利条約第12条「法律の前にひとしく認められる権利」において、法の前に人間として認められる権利があることを確認し、障害者も同等の法的能力を享有することを認め、このため国家は適切な措置をしなければならないと定めている。

また適切な措置を行う場合において濫用されないように効果的な保障をする必要があり、その保障は個人の権利、意思と選好が尊重されなければならず利益相反してはならないとし、定期的な司法上の審査が必要である。そして財産相続権が保障され金融上の信用にアクセスできるように措置する必要があり財産権が剥奪されないようにしなければならないという内容を盛り込んでいる。


3. 法的能力とは?

1) 権利能力

すべての人間は権利能力を持っている。障害者の権利能力が否定されることはない。人間であればすべての人に権利能力がある。

2) 意思能力

物事を認知して自分の意思を表現し、法律行為上の決定を示すことができる能力のことを言う。知的障害者や認知症患者などでは意思能力が否定されることもある。

3) 行為能力

権利を行使するための契約や法的責任を負うことができる判断や行為の能力のことで意思能力をここに含めることもある。視覚障害者の場合、意思能力はあるが契約書を見られず後で法的問題が発生した場合、契約内容を十分に知らずに行った契約なので無効であると主張できるため契約を忌避すると、法的意思能力はあるが行為能力は否定されるということになる。

未成年者、精神的障害者等は法的行為能力が否定される場合がある。

4) 意思能力の意義と判断基準

意思能力とは自分の行為の意味や結果を通常の認識能力と予測能力に基づいて合理的に判断することができる精神的能力や知能を指すものとして、意思能力の有無は具体的な法律行為に関連して個別的に判断されなければならない(最高裁判所200210.11.宣告2001ダ10113判決ほか多数。) 意思能力の判断基準は代表的に@精神的障害者の一般的な知的能力、A他の分野に関して同意できる能力の有無B知能指数や精神年齢など数値などがある(蔚山(ウルサン)地方裁判所2012.10.26.宣告2012、コハプ 65、2012宣告3(ベョンハプ )の判決を参照) 。

意思能力の有無は通常7歳〜10歳くらいの子供の精神能力を基準に判断する(支援チーム「民法講義」'ホンムンサ、2013、62面。)。


4. 二つの発展とジレンマ

韓国の民法では禁治産者,限定治産者という用語が使われてきたが、これらの用語は廃止され刑法で使用していた心神喪失者、心神微弱者という用語に統一された。禁治産者で裁判所の判決を受けると財産を所有できず、財産に関連する一切の金融上、財務上の権利を行使することができなかった。もちろんこのような制限は人間の権利を認めないためというよりこれを悪用する者から保護するための措置であったが、権利自体を認めない非人権的側面が強く、成年後見制を導入してこれを解決しようとする試みをしている。しかし後見人が権利を代理行使することにより必ず安全で利益に比例するという保障はない。結婚や離婚など、代理権は一種の私生活に対する代理権となり、過度な干渉や許可に権利を侵害することができる。

○ 心身微弱(心神耗弱)

事物の是非を弁別しまたその弁別によって行動する能力がかなり減退されている状態。刑法上の概念であり民法の心神薄弱と同じ意味である。 心神微弱には神経衰弱などによる一時的なものとアルコール中毒・老衰などによる継続的なものがある。心神耗弱も心神喪失と同様に精神医学上の観念ではなく法律上の観念であり、その認定は責任の理念に照らして裁判官が行い、鑑定人の鑑定に拘束されない。心神耗弱者は限定責任能力者としてその刑が減軽される(刑法10条2項)。

○ 心神喪失

心神喪失とは、心神の障害により事物を弁別する能力がないかあるいは意思を決定する能力がない状態をいう。心神喪失による責任無能力者になるためには心神障害という生物学的要素と心神障害により事物の弁別能力と意思決定能力がないという心理的な要素がなければならない。

心神喪失の要因としては精神病・精神薄弱、重い意識障害またはその他の重い心神障害的異常が挙げられる。刑法上の心神喪失者は責任無能力者として処罰されない(刑法10条1項)。


5. 刑法における心身喪失者と心神微弱者(心身耗弱者)

1) 心神喪失者と心神微弱者の違い

心神喪失とは「心神の障害により事物を弁別する能力がないか、意思決定する能力がない者」を意味して(刑法第10条第1項)心神微弱とは「心神の障害により事物を弁別する能力や意思決定を行う能力が微弱な者」を意味する(刑法第10条第2項)。

両者は心神の障害(精神病、精神薄弱、意思障害などの精神機能の障害を意味する)をその原因として事物弁別能力(知的能力、認識力)及び意思決定能力(意志的能力、判断力)を判断の基準にするという共通点があるが@その事物弁別能力や意思決定能力の水準がどの程度か(こうした能力がないと心神喪失、こうした能力が多少足りないだと認められれば心神微弱になる)において差がありA法的効果の側面で心神喪失の場合は責任能力がないことから必然的に無罪判決が宣告されるべきで心神障害の場合は必要に応じて刑を減軽しなければならないという違いがある。

2) 心身喪失の認定手続きおよびツール

心神喪失を認定する場合には無罪判決を宣告しなければならないため、実務ではすでに発達障害1級などの診断を受けた場合であっても、通常、精神科医の鑑定を経ることとなっている。しかし、精神科医の鑑定結果は裁判所が心神喪失かどうかを決める際に最も決定的な資料として作用することはあるが、心神喪失などで心神の障害の有無及びその程度の判断は法律的判断として必ずしも医師など専門鑑定人の意見に羈束されるべきものではなく、精神疾患/障害の種類と程度、犯行の動機や経緯、犯行前後の被告人の行動、反省の程度など、様々な事情を総合して裁判所が独自に判断する問題である(最高裁判所2007.11.29.宣告2007ド8333の判決参照)。

実際に鑑定人は被告人が偏執型精神分裂症患者として心身喪失の状態にあったという意見を提示したが、裁判所はこの鑑定人の意見を排斥して諸般の事情を総合して心神微弱と認めた事例がある(最高裁判所1994.5.13.宣告94ド581判決)。

3) 心神喪失の判定可能性

心神の障害は、精神的障害を持つ他にそうした精神的障害のゆえに事物に対する弁別能力とそれに伴う行為の制御能力が欠如し又は減少したことを要するため、精神的障害がある者であっても、犯行当時一定の物事分別能力や行為の統制能力があった場合は心神の障害が認められず(最高裁2007.2.8.宣告2006モ7900の判決参照)、先に2項で言及したように精神科医などの精神鑑定結果に裁判所が羈束されることはないので、被告人が発達障害1級に該当するとしており犯行当時に心神喪失状態にあったものと認められると断定するのは難しい。そして裁判所で無罪を言い渡されたとしても検査は保護監護などの措置を行うことができる。

最近、釜山高等裁判所は、痴呆、妄想性障害および詳細不明の脳機能異常による精神障害などの診断を受け療養施設で過ごしていた被告人が特別な動機もなく同じ病室で生活していた他の療養者の首を絞めて殺害した事件で、被告人が幻覚妄想などにより異常行動をした点が認められ、病院で精神分裂病、痴呆症診断などを受け療養施設に入院した事実が認められるとしても、心神微弱の状態でさらに事物を弁別し意思決定できる能力を喪失した状態にまで至ったとは見ることができないため心神喪失と認められないという判断をしている(釜山地方裁判所2015.1.16.宣告2014、コハプ538の判決参照)。

釜山で、17歳の発達障害1級の被告が福祉館で3歳の幼児を3階で1階の地面に投げて死亡させたが、精神鑑定の診断結果、死に対する概念自体がなく心神が喪失され監護治療の効果も期待しがたいとして無罪が言い渡され、檢事は親の保護責任の覚書を書くようにした後に帰宅措置した。(2015、ノ313、釜山高等裁判所)。

これに照らしてみると被告人が発達障害1級などの診断を受け、日付などをきちんと覚えていないかやや集中力が落ちる行動などを見せたとしても、被告人が高いところを恐れたり3階の高さから人や動物が落ちれば怪我をする恐れがあるという点などを認識できたりすれば、心身喪失ではなく心身微弱の状態と認められる可能性がより大きなものと思われる。

4) 判例で見る心神喪失

被告人が犯行当時その心神の障害の程度が単に物事を弁別する能力や意思決定を行う能力が微弱な状態にとどまったのか、またはそのような能力が失われた状態であったかどうかが不明だとして、原審としてはまず被告人の精神状態に関して十分な情報獲得や関係の包括的な調査・分析のために被告人の精神障害の内容及び程度等に関して精神科医に鑑定したうえで、その鑑定の結果を重要な参考資料にして犯行の経緯、手段、犯行前後の行動など諸般の事情を総合して犯行当時の心神喪失の如何を経験に照らして規範的に判断し、その当時心神喪失の状態にあったものと認められる場合には無罪を宣告しなければならない(最高裁判所1998.4.10.宣告98ド549)。

心神の障害により弁別力がないか意思能力がない状態をいう法律学上の概念であり、心神の障害で事物に対する弁別力がないか意思を全く決められない状態をいう。心神喪失の要因としては精神病や精神遅滞(精神薄弱)、重度の意識障害や重度の心神障害の異常などが挙げられる。このような心神喪失によって事物について識別力と意思決定力があるかどうかは専門家の助けを借りて判断できるが、これを決定することは裁判官の裁量である。つまり、心神喪失は医学上の概念ではなく法律学上の概念である。したがって心神喪失の可否は医学上の程度に応じて決定されるものではなく、専門家の鑑定を土台で裁判官が決定しなければならない法的・規範的問題に属する。

刑法では心身喪失の状態にある者を責任無能力者(意思無能力者)とみなし、彼の行為を処罰せず心神障害によって弁別力と意思決定力の微弱な者の行為は刑を減軽するように規定する(10条)。心神喪失の状態を利用して姦淫または醜行をした者は準強姦罪および準強制醜行罪として扱い、強姦や強制わいせつの行為と同様に処罰する(299条)。


6. 心神喪失で無罪が確定された場合、治療監護の請求が可能かどうか

刑法第10条は「@心神の障害により事物を弁別する能力がないか意思決定を行う能力がない者の行為は罰しない。A心神障害により前項の能力が微弱な者の行為は刑を減軽する。B危険の発生を予見して自分の意志で心神の障害を惹起した者の行為には前2項の規定を適用しない。」と規定している。公訴が提起された事件が心神喪失を理由に無罪判決で確定され再び公訴を提起できない場合にも「治療監護法」第7条第1号に基づいて独立して治療監護を請求できるかどうかに関して、2005.8.4.廃止された旧「社会保護法」下における判例は「社会保護法第15条第1号(現行の治療監護法第7条第1号参照)は、檢事が当初から被疑者に対して公訴を提起しない決定をする場合にのみ監護の独立請求をすることができるものと制限して解釈するのではなく、公訴が提起された被告事件について心神喪失を理由にした無罪判決が確定され再び公訴を提起できない場合を含むものと解釈することが相当であるため、裁判所が審級に応じた制約のために治療監護に関する措置を取ることができない状態で被告事件について控訴審で心神喪失を理由にした無罪判決が宣告されて無罪が確定した場合、被告人の精神疾患が続いて再犯の危険性があり被告人の治療後の社会復帰と社会安全を図るため被告人に対する治療監護処分が必ず必要と認められる場合、検事は社会保護法第15条第1号の規定によって治療監護を独立して請求することができる。」とした(最高裁判所1999.8.24.宣告99ド1194の判決)。


7. 性の自己決定権と心神喪失者

13歳以上は性的自己決定権を持つ。したがって、発達障害者が13歳を超えた場合で対価を受けて性的暴行が起きた場合は、障害者も性売買で処罰される。対価がなければ、強圧的でない性的暴行は無罪と認定される。法的行為で13歳に認められるのは性的決定権しかない。

他の法的能力は否定されつつ性的決定権を認め、発達障害者の性的暴行について寛大であり障害者をまともに保護しない矛盾があり男性中心的不合理として一部法律学者たちは、16歳に年齢を引き上げその対価による性売買規定を廃止することを要求している。


8. 民法での行為無能力者と制限的無能力者

民法では裁判所は心神喪失の状態にある者について、本人と配偶者、4親等以内の親族、後見人又は検査の請求によって禁治産を宣告するように規定する(過去の民法第12条)。

民法では行為無能力者、制限能力者という言葉で禁治産者と限定治産者に代替した(2011年改正2013年施行)。

民法上の無能力者とは「行為無能力者」のことで、「行為能力」という意思能力を持った者が独自に法律行為を有効にすることができる能力を言う。民法には、満19歳になった成年に行為能力を付与しているが満19歳に達した者でも行為無能力の宣告を受けたときには行為能力がない。行為能力がない者を行為無能力者という。

無能力者制度は法律行為にのみ適用されて事実行為や不法行為には適用されない。法律行為の中でも財産上の法律行為にのみ適用され、本人の意思が特に尊重される家族法上の法律行為においては、無能力者制度が適用されないことが原則である。無能力者制度は、無能力者が単独で行った法律行為を原則的に取り消すことができるようにし、無能力者にとって意思無能力の立証を免除することで、無能力者本人を保護する一方、取引の相手や第三者を画一的で客観的基準によって無能力者を区別・警戒するようにことで、相手の損害を未然に防止し、取引の安全を図ろうとするものである。

一方、民法が改正されたことにより2013年7月から満20歳に規定していた成年年齢が満19歳に変更された。また、全ての法律行為において後見人の同意が必要した以前の限定治産制は、行為能力を原則的に認めるが、巨額の金銭借用、もしくは保証など、家庭裁判所が定める重要な法律行為のみ例外的に後見人の同意を受けるようにする「限定後見制」に代替される。そして独自のすべての法律行為が不可能であった既存の禁治産制は、日用品の購入など日常的な行為は独自でできるようにした「成年後見制」に変わった。

整理すると、民事訴訟では経済的行為に対して知的障害3級程度であっても心神喪失と判定する傾向を見せている。そして判断は精神科の診断を必要とせず、裁判官の判断で決定する傾向を示す。契約において、自ら責任を負うには困難があり、誤って被害を受けることを防止しようとするものである。ところが、刑事訴訟では被害者の感情という相手がいるため、誰かが責任を負わなければならないという理由で非常に厳格に狭く心神喪失を認めている傾向を示す。これは個人の法的権利の認定という基準ではなく、社会的に利用され被害を受ける可能性と保護、事務処理の利便性、相手と社会の被害の解決を基準にしていることを知ることができる。


9. 結論

障害者権利条約による障害人の法的能力を認めるためには、権利と責任が並行されなければならないだろう。したがって刑事行為においては責任を問うことが困難な場合、行為能力を適用することは難しい。

しかし民法上の権利行使のためには成年後見制の代理決定ではなく決定支援制度(支援を受けた決定の制度(※訳者))が必要である。決定支援者は身体障害者の利益を最優先にしなければならず、決定を統制したり干渉をしたりしてはならず、決定に必要な情報を十分に提供しなければならず、決定に必要な情報だけでなく決定における選択肢の数とその長所・短所の情報を提供しなければならない。

決定が致命的とか危急な状況を招く場合、決定後、原状回復が不可能、自己決定権を否定しなければならない範囲は、法的・社会的価値観が影響を及ぼしうるが、個人の価値観と趣向まで無視することができる成年後見制は人間の権利の制限という点で問題が大きい。

成年後見制は認知症や臥床障害など老人や昏睡状態を予見してあらかじめ定めるものであり、この制度を障害者に適用し権利を保障しないのは正しくない。もちろん限定や特定の後見制度があることはあるが、裁判所の判断がいつも正しいとは言えず、行為の判断の助けが必要な時だけではなく、常時、判断を後見人に任せるのも望ましくない。

障害者権利条約のいう適切な措置には財産権が剥奪されていないことを確認し、濫用防止の措置に実効性がなければならない。 そして法律行為には財産権だけでなく福祉受給権の行使を含め、国家の乱用防止の措置と定期的な点検が必要である。障害者が法的権利を行使できるかの論争をする前に、どうすれば行為能力の行使を最大限保障することができるかという方策が検討され、そのような方策にもかかわらず不足点について検討することで解決策が出てくるであろう。



*作成:小川 浩史
UP: 20160907 REV:
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