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「精神保健福祉法改正に関する委員会見解」

日本精神神経学会, 20160329, [pdf]

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last update:20170324


精神保健福祉法改正に関する委員会見解

平成28年3月29日
日本精神神経学会精神保健福祉法特別委員会委員長太田順一郎

 平成25年6月13日、精神保健福祉法が改正され、平成26年4月1日に施行された。日本精神神経学会(以下、本学会)は精神科医療に関する基幹学会として、この度、平成29年度に予想される次回の精神保健福祉法改正に向けて理事長見解を表明した。本学会は平成17年の法改正のときにも学会見解をとりまとめ(平成16年11月23日)、6項目の「基本的な考え方」と16項目の「具体的な見直し点」を提示しているが、今回の理事長見解では、5項目の基本的な考え方の提示にとどめた。したがって、法律の条文に関する具体的な改正点などについては本見解において包括的に述べることとした。次回法改正に当たって本委員会の意見が十分に反映されることを期待して、ここに委員長見解を公表する。
 今回の理事長見解で述べたように、精神疾患や精神障害を特別な枠組みのなかに位置づけるのでなく、他の疾患や障害と共通の法律のもとで医療・保健・福祉が提供されるべきである。現行精神保健福祉法の多くの事項を将来的に医療法・地域保健法・障害者基本法・障害者総合支援法等に移行した上で、非自発的入院と非自発的医療については医療全般を対象にした特別法(仮称:非自発的入院と非自発的医療における人権擁護と適正医療に関する法律)を策定する方向を目指すべきであろう。
 しかし、一度に法体系を変更することは困難であり、段階的に進めていく必要があるため、本見解では移行のための前段階として、各条項の見直しを提案する。

(1)この法律の目的(第1条)
1)目的に「医療と保護」が掲げられているが、障害者基本法等においては「保護」という用語は使われなくなっており、目的から「保護」を削除して「医療」に変更すべきである。
2)精神疾患の医療、精神保健、精神障害者福祉の3領域をすべて網羅した特別法だが、精神障害者の権利擁護の要素が欠けている。そこで「障害者権利条約の理念に基づき、障害者基本法、障害者差別解消法と相まって、精神障害者の権利と生活を尊重し」という文言を挿入する。

(2)国・地方公共団体の義務(第2条)
1) 国・地方公共団体の義務に「障害者差別解消法の理念に則り、精神障害者の社会構成員としての諸権利を尊重し、差別の解消をはからなければならない」を追記する。
2) 精神障害者の社会復帰、自立、社会参加への支援を努力規定から義務規定に変更し、「精神障害者の自立と社会参加の権利を保障する施策を講じなければならない」とする。
3) 「厚生労働大臣が定める基準に基づき、国・地方公共団体は個別の精神科病院、社会復帰のための施設、その他の事業に関して保有する情報を公開しなければならない」という条項を追加する。

(3)国民の義務(第3条)
1) 国民の義務規定のうち「精神的健康の保持及び増進に努め、…」はあたかも精神的不健康になることが国民の義務に反するかのような表現であるので、この記述を削除する。
2) 国民の義務として「精神障害者の権利の尊重、差別の解消」を追加する。

(4)精神障害者の社会復帰、自立及び社会参加への配慮(第4条)
精神科医療機関や精神障害者支援のための施設や事業の適正配置を促し、偏在を是正するために、「国や地方自治体は、精神障害者が自分の居住する地域で適切な治療や支援を受ける権利を保障するために、医療機関や支援施設を精神障害者の生活圏内に適正に配置しなければならない」という条項を追加する。

(5)精神障害者の定義の見直し(第5条)
本来保健の対象は国民一般、医療の対象は精神疾患患者、福祉の対象は精神障害者である。しかし保健・医療・福祉と広範な領域に対応する現行法の下ではこれらの対象が同一に扱われ、「精神障害者」の定義が非常に曖昧である。今後は以下のように改めるべきである。
1)法の目的に応じて対象者を定義する。例えば@精神保健の問題を抱える、あるいは抱える可能性のある者、A精神疾患を有し、医療を必要とする者、B精神疾患により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者と区別する。
2)特定の疾患名・障害名を単純に列挙して定義することを改め、法の目的とする領域に応じて、精神医療の対象となる精神疾患とその状態像、福祉の対象となる障害を厳密に規定する。とりわけ非自発的入院の対象はその範囲を明確に限定すべきである。
3)精神疾患名は「疾病及び関連保健問題の国際統計分類(ICD)」を採用する。

(6)精神医療審査会の機能強化(第6条、第12〜15条)
1)精神医療審査会を都道府県から独立した第三者機関として都道府県・政令指定都市ごとに新たに設置する(第12条)。併せて精神保健福祉センターの業務から「精神医療審査会の事務を行う」を削除する(第6条)。
2)都道府県・政令指定都市単位の精神医療審査会の上級機関として中央精神医療審査会(仮称)を設置する。その業務を下記のようにする。
@ 精神医療審査会の決定に対する不服申し立ての審査を行う。
A 精神医療審査会の審査状況の調査・研究、研究会の開催等を行う。(新設条項)
3)精神医療審査会の合議体の委員構成のうち「精神保健又は精神障害者の福祉に関し学識経験を有するもの」を「精神保健又は精神障害者の福祉に関し学識経験を有し、医療機関から独立して地域で精神障害者の支援に携わる者」へと変更し、医療委員を2名以内とする。
4)審査請求から2週間以内で審査会を開催できるような体制を作る。また扱う内容ごとに審査方法(書類、面接など)を明記する。
5)処遇改善請求の審査範囲を、隔離・拘束等の行動制限、通信・面会等の制限、任意入院患者の不当な閉鎖処遇に加えて、不当な使役・搾取や患者の尊厳を傷つける処遇等とする。

(7)医療保護入院の見直し(第33条)
1)医療保護入院の同意者の要件
平成26年の改正では、医療保護入院の決定における国の責任と公的機関の役割が不明瞭なまま、同意者となれる家族の要件が緩和された。また入院同意者の家族であっても入院後に入院同意を取り消す方法が精神医療審査会への退院請求しかないことも問題である。医療保護入院は強制入院の一形態であり、その強制性の根拠はポリス・パワーまたはパレンス・パトリエに求められる。したがって、その強制性は国および自治体によって発動されるものであり、このため国および自治体は、強制入院中の者に対して実質的な保護義務を負うことになる。条文において、国と自治体の決定主体としての責任を明記し、果たすべき入院後の役割についても明記することが必要である。
2)医療保護入院の継続妥当性の審査
医療保護入院が開始して3か月が経過した時点で、精神医療審査会による医療保護入院の継続の妥当性を面接にて審査する。
3)医療保護入院対応の施設基準の設定
医療保護入院は本人の同意を得ない強制入院であることに鑑み、医療保護入院を受け入れる病棟については措置指定病院と同等水準の施設基準、すなわち医師は16:1(うち指定医は1名以上)、看護師は15:1、および精神保健福祉士1名を必置とするという職員配置基準を満たすこととする。
4)医療保護入院の要件
下記のように定める。
@ 国際疾病分類による医学診断を有すること
A 精神疾患により、治療の必要性に関する判断能力が阻害されていること
B 入院治療による以外に病状の改善あるいは悪化防止が期待できないこと

(8)任意入院の適正化(第20条、第21条)
1)任意入院では開放処遇が原則であることを明示する。
2)現在、医療保護入院者のみを対象として退院支援委員会の開催が義務づけられているが、任意入院患者についても年に1回以上の退院支援委員会を開催することとする。

(9)通報制度および措置入院制度の適正化(第22条〜第31条、第19条の8)
1)通報制度等の見直し
@第22条「精神障害者又はその疑いのある者を知った者は、誰でも、その者について指定医の診察及び必要な保護を都道府県知事に申請することができる」の条文は、精神障害者の危険性を前提として収容を優先させた時代のものであり、あたかも軽微な者も含めて精神障害の疑いがあれば、診察と保護の申請の対象であるかのごとき誤解を招く。また、「誰でも」という文言によって、国民すべてが監視者となりうることを示唆し、精神障害者への偏見や差別を助長しかねない。この条文については削除するか、残すとしても「自傷他害の恐れがあり、緊急に診療を必要とする精神障害者又はその疑いのある者を知った者は、その者について指定医の診察を都道府県知事に申請することができる」と変更する。
A第23条〜26条の「通報」を、「診療要請」という用語に変更する。
B事前調査の適正化(第27条)事前調査のためのガイドライン、事前調査票の統一様式を作成し、調査の標準化を図る。
2)措置要件の厳正化と指定医診察の適正化
@措置入院の要件を「自傷他害のおそれ」から「自傷他害の差し迫ったおそれ」に変更する。(第28条の2、第29条)
A指定医の診察の適正化(第28条の2)厚生労働大臣の定める指定医判定基準を、「自傷他害の差し迫ったおそれ」の他、医療保護入院の要件の見直しと同様に改正する。
3)指定病院の基準の見直し(第19条の8)
@指定病院を病棟単位で指定することを検討する。
A指定病棟の人員配置基準として、医師は16:1(うち指定医1名以上)、看護師は15:1、および精神保健福祉士1名を必置とする。
B地域医療圏ごとに必要な指定病床数を算定し、指定病床の偏在を是正する。
4)措置解除後の医療や支援の明確化(第29条の5)措置入院中から退院後の医療や支援に至るまで、保健所が関わることを義務づける。
(10)精神科病院における人権尊重、情報公開、処遇適正化等の推進(第36条〜第38条の4)
1)精神科病院管理者の義務として、入院患者の尊厳を重んじ、その尊厳にふさわしい処遇をしなければならないことを規定する(新設)。
2)やむを得ず行動制限をしなければならない場合の最小化について、診療報酬制度では行動制限最小化委員会が存在するが、実効性を高めるために法文上での規定を設ける(新設)。
3)密室的になりがちな精神科病院がその透明性を高め、住民にとって身近で信頼できる存在となるように、「精神科病院は、患者・住民が医療機関を選択する上で参考となる構造設備、職員配置、診療状況等を厚生労働大臣が定める基準にしたがって公開する」という規定を設ける(新設)。
4)患者の権利に関する文書の掲示;患者の権利について周知徹底を図るため、本人の理解力に応じてわかりやすく説明するとともに、病棟内に患者の権利に関する文書を掲示することを精神科病院に義務づける(新設)。
5)第37条の2の条文を「精神科病院の勤務者は、その勤務する精神科病院に入院中の者の処遇が第36条の規定に違反していると思料するとき又は前条第1項の基準に適合していないと認めるときその他精神科病院に入院中の者の処遇が著しく適当でないと認めるときであって管理者がこれを放置するときは、当該精神科病院に入院中の者の処遇の改善が図られるよう精神医療審査会に届け、当該精神科病院に入院中の者の処遇改善のために必要な措置が採られるよう努めなければならない。当該勤務者はその行為をもって就労上の不当な処遇など労働者としての権利が侵害されることはない」に変更する。
6)新たな権利擁護者制度の導入(新設条項)
精神科入院患者の権利擁護を推進するために、国連原則に則り次のような制度を創設する。
@ 精神科病院に入院する者は、その者の意見を代弁し、権利を擁護する者(権利擁護者)を選ぶことができる
A 精神病院の管理者は、入院患者が権利擁護者を選ぶことができる旨、患者に伝え、その選択の支援をしなければならない
B 国および都道府県等は、精神科病院に入院する者の権利を擁護するための人材を育成し、患者の要請に応じて権利擁護者を派遣できる事業を実施しなければならない。

(11)良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針について(第41条)
第41条に定められた指針は、精神科医療・保健・福祉にとってきわめて重要な課題が網羅されているが、実効性に欠けるという問題点がある。良質かつ適正な精神科医療を実現するためには医療法の改正と併せて「精神科医療推進基本法(仮称)」を制定し、保健に関する指針は地域保健法へ、福祉に関する指針は障害者総合支援法へとそれぞれ移行させ、最終的には精神保健福祉法から第41条を削除する方向を目指すべきである。

(12)精神障害者保健福祉手帳のあり方の見直し(第45条)
精神障害者の障害支援区分の認定が障害者総合支援法の下で行われているが、精神障害者保健福祉手帳は旧態依然としたまま精神保健福祉法の中に留まっている。精神障害者保健福祉手帳は障害者総合支援法の中に組み入れられるべきである。

(13)精神保健福祉センター・保健所・市町村の精神保健業務の強化(第48条)
精神保健福祉センター・保健所の精神保健福祉士の配置を「置くことができる」から「置かなければならない」に変更し、併せて市町村の業務に「老人保健」「母子保健」に加えて「精神保健」と加え、精神保健福祉士を置くこととする。

(14)不適切な用語の見直し
1)「保護」、「通報」、「社会復帰」などについては、「支援」、「診療要請」、「退院、社会参加、自立」などと文脈にふさわしい用語に使い分ける。
2)「衣類又は綿入れ帯等を使用して・・の拘束(厚生省告示第129号)」の表現の見直しを行う必要がある。

(15)関連法・制度等の見直し
精神医療の質の向上のためには、精神保健福祉法の改正のみでは不十分であり、関連法・関連制度の見直しが必須である。
1)「精神科医療推進基本法(仮称)」の制定
基本法を制定することにより、精神科医療の推進について、国が理念や基本方針を示し、必要な法制上、財政上の措置等を講ずることを定める。
2)医療法および診療報酬制度の改正
@精神病床における職員配置基準を見直し、患者の尊厳を損なうことなく、その状態に応じて迅速、適切な医療が提供できるように医療法を改正するとともに、機能に応じた適正な医療水準を担保できる診療報酬制度とする。
A精神疾患は5疾病5事業に組み入れられたが、精神病床の基準病床数は依然として都道府県全域を単位として算定されている。精神病床の偏在を是正し、身近な日常生活圏で医療が受けられるように、都道府県単位ではないきめ細かな地域医療圏設定を行う。病床機能に応じた病床配置計画を策定するとともに、地域で中核的な役割を果たす一般病院(総合病院)に精神病床を設置し、どの医療圏でも合併症医療、精神科救急・急性期医療が提供できる施策を講じる。
B医療法施行規則第10条3項「(病院、診療所又は助産所の管理者は)精神病患者を精神病室でない病室に入院させないこと」を廃止する。
3)精神障害者権利擁護活動を支援する制度の創設
あらたに「精神障害者の権利擁護活動を支援するための制度」を創設し、NPO法人など市民レベルの権利擁護活動に対する財政的支援を行う。
4)障害者虐待防止法を改正し、「医療機関を利用する障害者に対する虐待」を通報の対象とする。
5)自由権規約および障害者権利条約の追加批准
日本は自由権規約を1997年、障害者権利条約を2014年に批准しているが、その批准に際して、人権侵害事例について国際自由権規約委員会あるいは国際障害者権利委員会に通報し救済申し立てができる「選択議定書」については批准していない。この2条約に関する選択議定書を追加批准すべきである。
6)地域保健の充実(地域保健法の見直し)
@身近なところで、相談から支援まで一貫して行えるように、市町村の業務に精神保健を加える。
A保健所の業務を行うために必要な者として、精神保健福祉士を加える(地域保健法施行令5条)。
B都道府県が定める「町村の人材確保支援計画」(地域保健法第21条)に精神保健福祉士等の精神保健業務にかかわる職員の確保支援も加える。


*作成:伊東香純
UP:20170324 REV:
精神障害/精神医療:2017  ◇障害者と政策:2017  ◇介助・介護  ◇病者障害者運動史研究   全文掲載
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