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「成年後見制度利用促進」法案(2016.3.22衆議院内閣委員会提出)問題点精読の試み

「医療・介護における意思決定問題」は先送り?

安原 荘一(立命館大学客員研究員、全国「精神病」者集団) 2016/03/25

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□はじめに
 「成年後見制度利用促進法案」という法案が現在国会で審議されております。文字通り成年後見人制度を国や自治体の責任でより広く普及し、またしばしば報道 される、(認知症)高齢者の詐欺や悪質商法からの保護、逆にまた決して少なくない成年後見人による財産の着服事件等を防ごうという「立法意志」そのものに 問題があるとは思えませんが、今回の法案には「国連障害者権利条約」における「現行後見制度の見直し規定」また「医療・介護における意思決定」のあり方等 に関連して多くの問題点をも含んでいるように私には思われます。

□「医療同意」から「医療における意思決定」の問題へ

 「医療同意」が明記されていた 2012 段階、 2016.2月段階の法案とは違い、 2016.3.22提出の本法案では「医療における意思決定」に関する法案上の記述は以下のようになっています。

第二 基本方針一の3
 成年被後見人等であって医療、介護を受けるに当たり意思を決定することが困難なものが円滑に必要な医療、介護を受けられるようにするための支援の在り方について、成年後見人等の事務の範囲を含め検討を加え、必要な措置を取ること。

第七施行期日等
二検討
 認知症である高齢者、知的障害者その他医療、介護を受けるに当たり意思を決定することが困難な者が円滑に必要な医療、介護等を受けられるように吸うための支援の在り方については、第二の一< 3 による検討との整合性に十分に留意しつつ、今後検討が加えられ、その結果に基づき所要の措置が講ぜられるものとすること。 <
以上です。

□国会審議の現状(3.25現在)

 衆議院内閣委員会での質疑(質疑したのは共産党のみ , なお賛成多数で可決)
法案資料
3 月 22 日委員長提出法案 2016/03/22 成年後見人制度利用促進法案 
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g19001020.htm
2016/03/23  成年後見人制度利用促進法案 衆議院内閣委員会 午前9時〜インターネット中継(録画)
http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php
 なお
http://www.arsvi.com/d/ds.htm
に後見人制度、障害者の意思決定問題に関する詳しい各種資料あり。

 衆議院法務委員会で共産党議員は提案者に国連障害者権利条約に明記された「支援された意思決定」の観点から「後見人制度自体が(代諾出来てしまうので)もはやおかしいのではないか?」「諸外国では障害者権利条約に基づいた意思決定支援の立法を行っている」等々法案の根本そのものをただす質問をしたのですが

 法案提出者側の答弁は
第二 基本方針
 成年後見制度の利用の促進に関する施策は、成年被後見人制度の利用者の権利の保護に関する「国際的動向を踏まえるとともに」(カッコ 安原)、高齢者、障害者等の福祉に関する施策との有機的な連携を図りつつ …
 三 基本理念1成年後見制度の利用の促進は
 @成年被後見人等が、被成年後見人等ない者と等しく、基本的人権を享有する個人としての尊厳が重んじられ、その尊厳にふさわしい生活を保障されるべきこと[=ノーマライゼーション]、
 A成年後見人等の意思決定の支援が適切に行われるとともに、成年後見人の自発的意思が尊重されるべきこと[自己決定権の尊重]及び
 B成年被後見人の財産のみならず身上の保護が適切に行われるべきこと[=身上の保護]の部分を強調したものでした。

 衆議院内閣委員会での質疑は法案提出、質疑込みで30分ぐらいでした。いわゆる「医療同意」の問題の質問は今回共産党議員からは出ませんでした。「成年後見人制度をやめて支援された意思決定」で民法を組みなおすべきであるといった主張が基本だったと思います。この法案からすぐに「尊厳死」「強制入院」「強制治療」が導き出せるようには判断できないように思われますが、本法案にもあるように「検討」結果次第であります。後から振り返ってみて今回の法案が被後見人の「尊厳死」「医療中断」「強制治療」の糸口になった!という危険性は充分にあり得るでしょう。また仮に法案が成立しても「検討」の具体的な在り方自体も大問題です。当事者団体からのヒアリングさえ今回なかったのですから。そして障害者や高齢者も含め「支援された意思決定モデル」の民法体系に日本も移行すべきであるであるという主張は現在大変重要なように思われます。
 「支援された意思決定」モデルと今回の「成年後見制度利用促進法案」とは理念的に大きく食い違ってきます。今回拙速の感は否めません。もっと慎重に審議すべきだという慎重審議論、条約との整合性を踏まえた「民法体系」全体の整備をすべきだ」という議論、いわゆる拙速審議批判自体は極めてまっとうな議論だと思います。
 また以下は日弁連の成年後見人制度に関する公式な宣言ですが、なぜ今回日弁連は現時点沈黙を守っているのでしょうか?

(3)成年後見制度
 精神上の障がいによる判断能力の低下に対する行為能力制限について、現行の画一的かつ包括的な制限を、個々人に応じた必要最小限の制限にとどめ、当事者が可能な限り自己決定しうる支援と環境整備を原則とする制度に改めるべきである。

 また法案に添付された資料を眺めますと実際に成年後見人業務を行っているのは、現在司法書士が7000名程度、弁護士が6000名程度で、市民後見人などごくわずかです。いわゆる「士業団体」の動きが今回背景に相当に強かったように推測されます(最高裁判所判決から今年で10年目でサラ金の過払い金回収の仕事がなくなります。それと直接関係があるのかどうかは知りませんが「成年後見人制度推進法」の成立をぜひ図りたいと日本司法書士政治連盟のHPにははっきりと明記されております(ちなみに「怪しい政治献金」等の動きは私が調べた限りでは今回ありませんでした)。資料にも挙げられているような成年後見人による着服等の各種不祥事の問題のほかに各種士業業界団体の利益の問題もやはり見逃せないとも思います。
 さて逆に現行の「成年後見制度」で被後見人や周囲が具体的にどのようなことで困っているのか(例 一度ついた後見人を外せない or 外しにくい等々)の事例を集めて、今回の法案ではこのような問題が果たして解決できるのか?という問いの立て方もあるではないでしょうか。またいわゆる「医療同意」の問題も、仮に私が「成年後見人」だとして、例えば「治療中止」や「強制治療」「強制入院」等の「代諾」は、医療の専門家でもなければ家族でもない自分は、「倫理的」に考えてもそう簡単には代諾出来ないと思います。結局は医師の判断に従うわけでして、しかも医師は判断について免責される。
 成年後見人が本人に代わって代諾するという仕組みが出来た場合、プラスに働けば(理論的には)、判断能力がない成年被後見人に積極的に医療や介護提供されることにもなりえるのですが、現実問題マイナスに働いて医療や介護が成年後見人によって強制されたり中断されたりするのではないかという危惧はを決して根拠のないものではないと思います。
 これ以上詳しいことは各種専門の方々にご議論して頂ければと思います。特に諸外国の事例等お聞きできればとも思います。
 今回の法案は精神、知的障害者、今後急増する認知症高齢者等々多くの人々の人権に直接かかわってくる問題です。拙速な審議だけは避けなくてはならなりません。

□参考資料

◆日本弁護士連合会 2015/10/02 「総合的な意思決定支援に関する制度整備を求める宣言」
 http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/civil_liberties/year/2015/2015_1.html
 全文:http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/civil_liberties/data/2015_1002_01.pdf
◆2015/08 成年後見制度利用促進法案に反対する声明
 http://jngmdp.net/2015/08/15/guardian-20150815/


安原 荘一 
立命館大学衣笠総合研究機構生存学研究センター客員研究員
全国「精神病」者集団 大阪精神医療人権センター 障害学会 WNUSP等会員
ブログ 精神障害者の解放をめざして http://blogs.yahoo.co.jp/taronanase
YASUHARA Soichi
Visiting Researcher, Kinugasa Research Organization,Reasearch Center for Arts Vivendi Ritsumeikan University(KYOTO)


UP: 20160325 REV:
意思決定支援/成年後見制度  ◇安原 荘一  ◇全文掲載 
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