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『精神障害者の意思決定支援』

2016/02/29
「精神保健・医療と社会」研究会

2015年度生存学研究センター若手研究者研究力強化型;
意思決定支援の集積に関する研究

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last update:20160331


■目次


はじめに
「オランダでの経験とアドボカシー」 ヨラーン・サンテゴッヅ(訳=伊東 香純)
”Presentation 24 July Kyoto” Jolijn Santegoeds
”Presentation outline on the Eindhoven Model: Alternative to forced psychiatry” Jolijn Santegoeds
「オランダのファミリーグループカンファレンスについて」 伊東 香純(立命館大学大学院先端総合学術研究科博士前期課程)
「偏見と差別の連鎖としての「意思決定」」 長谷川唯(日本学術振興会特別研究員/京都府立大学)
「意思決定支援と法的能力の平等に関する基礎的なこと」 桐原 尚之(立命館大学大学院先端総合学術研究科博士後期課程・日本学術振興会特別研究員)
「代理決定パラダイムと科学神話」 寺前晏治(立命館大学大学院先端総合学術研究科博士前期課程)
「個人とはいかなる存在なのか――現代における精神障害者の諸状況」 寺前晏治(立命館大学大学院先端総合学術研究科博士前期課程)

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◆はじめに


 2012年6月、障害者自立支援法改正(案)が可決し、相談支援の中に意思決定支援が位置づけられた。また、2013年6月12日の衆議院厚生労働委員会では、精神保健福祉法改正にあたって「精神障害者の意思決定への支援を強化する観点からも、自発的・非自発的入院を問わず、精神保健福祉士等専門的な多職種連携による支援を推進する施策を講ずること。また、代弁者制度の導入など実効性のある支援策について、早急に検討を行い、精神障害者の権利擁護を図ること」との付帯決議がなされた。
 これらの法改正は、障害者権利条約の国内法整備の一環として行なわれたものである。障害者権利条約12条2項には、法的能力(legal capacity)の平等が規定されている。この場合、法的能力の範囲には法的地位と法的行使主体が含まれると理解されている。
従来のパラダイムでは“障害者が能力故に有効に判断できない”ことが直接的に“障害者の法律上の意思決定・法律行為を有効と見なさない”ことを正当化してきた。しかし国際障害同盟などの障害者団体は、障害者権利条約作業部会において、従来のパラダイムを“代理決定パラダイム”と命名し、障害を理由とした他の者との不平等のパラダイムであると位置付けた。その上で障害者団体は、“障害者が能力故に有効に判断できない”としても支援をしながら意思決定していく支援された意思決定パラダイム(Supported Decision Making)の必要性を主張した。すると、制限行為能力である民法の成年後見制度や判断能力を根拠とした非自発的入院である医療保護入院制度は、法的能力の不平等ということになり、締約国は法律の改廃を含む措置を講じなければならないことになる。
 しかし、日本国内の専門職を中心とした意思決定支援の受容のされ方は、国際障害同盟などの障害者団体の主張した内容と異なるものとなっている。佐藤久夫は、意思決定支援の理解のされ方を「サービス利用や財産などの契約場面を想定した成年後見制度廃止の意見」と「何を食べて何をするのか日常生活場面を想定した支援の設計」に分けているが、日本国内の専門職は、後者のみをクリームスキミングしたものとなっている(『高齢者在宅新聞』2014.5.21)。そのため、「成年後見制度も支援の選択肢である」とか「廃止したら判断能力がない人を支援する手立てがなくなる」などの意見まで出されている(2014年4月24日、第1回日本障害者協議会政策委員会)。こうした誤解の背景は、強制入院の廃止や成年後見制度を廃止したあとの“支援”の内容が不可視であることが挙げられる。
オランダでは、意思決定支援の実践として「ファミリー・グループ・カンファレンス」が行なわれている。その影響で2008年頃から非自発的入院の計画的削減政策が始動したことも伝えられている。こうした取り組みは、成年後見制度や医療保護入院への改廃を促す実践としての意義が認められる。本プロジェクトのひとつめの目的は、オランダのファミリー・グループ・カンファレンスを体系的に把握し紹介することである。そしてふたつめの目的は、日本における意思決定支援の最新動向と課題を明らかにしていくことである。この取り組みは、意思決定支援に関する総合的な知見を示すことによって、現在、恣意的に使われている意思決定支援を従来のものに脱構築し、もって障害者の権利の実現に寄与しようとするものである。多少なり、意思決定支援に向けられた世間の誤解が払しょくされ、法的能力の行使のための具体的な取り組みの一助になれば幸いである。
 本研究報告書は、「精神保健・医療と社会」研究会として取り組んだ、2015年度立命館大学生存学研究センター若手研究者研究力強化型「意思決定支援の実践の集積に関する研究」の成果報告書である。


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◆「オランダでの経験とアドボカシー」 ヨラーン・サンテゴッヅ(訳=伊東 香純)


こんにちは。私はヨラーン・サンテゴッヅです。37歳で、オランダから来ました。みなさんに会えたこと、そして私の経験や仕事についてお話しできることを嬉しく思います。
私の経験についてお話しします。だいたい20年前、1994年16歳のとき、私は精神的な(psychosocial)2)問題をかかえるようになりました。自殺を企てていた時期もありました。私が病院で目を覚ますと、両親が私が自殺するのではないかと心配していました。医師は私を精神病院に移すように勧め、両親が同意しました。でも私はそれを望んではいませんでした。なぜなら、世界にとてもおびえていたからです。
精神病院で私は惨めな気持ちになり、また自殺しようとしました。すると私は、隔離室に入れられてしまったのです。「自傷のおそれがある」という理由で。それは本当に恐ろしかったです。そしてそのあと、また自殺しようとしました。すると精神科医は、自傷のおそれから守るために、私を長期に渡って隔離する必要があると決めてしまいました。私はそれでもなお自分を傷つけつづけ、それはひどくなっていきました。また、行動抑制も強化されていきました。私は隔離され、身体拘束ベルトでベッドに縛りつけられ、強制的に投薬され、そのうえ体の穴の検査までされました。それは私がなにか自分を傷つけるものをもっていないか調べるために、内密な部分まで検査するというものでした。強制的におこなわれ、強姦のようにひどく尊厳を傷つけるものでした。もちろんそれが私の助けになることはなく、この苦闘は2年近く続きました。
精神科医と看護師は私の意見をきいてくれませんでした。私の診断は境界性人格障害でした。彼らは私がただ気を引こうとしているだけだと思っていたのです。このことが医学的怠慢という結果を生みました。私がアキレス腱を痛めたとき、彼らは痛みを信じなかったのです。私は、医師にかかることができず、代わりに強制的に歩かされました。最終的に医師に見てもらえることになったとき、それは怠慢として発見されました。このことが最終的に、その病棟を閉鎖させることになり、私は別の町の精神病院に移されました。そこで私はより敬意をもって扱われ、隔離されることはありませんでした。
それから私のリカバリーは始まりました。私は、施設のなかで仲間とつながるようになり、彼らと友達になって新たな視点をもつようになりました。もうよそ者のようには感じなくなったのです。自分を傷つけるのをやめ、施設の外で生活することを望みました。
私はもう自傷しなかったので、強制治療という裁判所の命令に異議を唱えることに成功しました。オランダの審査会は私の退院許可を決めました。しかし、精神科医は、私がまだ治療を完全には終えていないと考え、私が自分の意思で施設に留まることを望みました。しかし、私はそれは嫌でした。精神科医は私の退院を支持しませんでした。何の支援もありませんでしたが、私は退院しました。それからおよそ2年半はホームレスでした。ホームレスの人たちは、私に看護師よりも敬意をもって接してくれ、「もし誰かがあなたを傷つけたら、すぐに私に言ってね。私がそいつを蹴っ飛ばすから」と言ってくれました。その言葉によって私は安心し、孤独ではなくなりました。彼らは専門的なケアの提供者より、私にとてもよくしてくれたのです。
それから私は進み始めました。2000年ころ、私はついになんとか住む場所を見つけ、勉強を始めました。まずは高校を修了し、それから続けて大学に進んでサステイナブル工学の勉強をしました。私はなんとか自分の人生を自分でつくっていったのです。
私はまだ精神医療が自分にしたことに怒っていました。私は告訴したくて、医師を起訴するために裁判所に行きました。そして自分をよろこんで助けてくれる弁護士に会いました。私の友人たちはもちろんこのことを知っていました。
その後学生だったとき、一人の友達が私にメールをくれました。それは、私と同じ子どもの施設で、男の子がデザートをテーブルから自分の部屋にもっていったという理由で隔離室に入れられているという記事でした。私はそれに怒りました。これはやめさせなくてはならず、そのために何かしたいと思いました。でも私は何をすべきか全くわかりませんでした。でも、それについて何もしないのはいやだとも思いました。そこで電車に乗ってその施設のある街に向かいました。道中、自分にできることを見つけようと一生懸命考えました。そして「公訴(public prosecution)」という言葉に思い至ったのです。私はそれを公にすることを決め、ペンと紙とテープを買いにスーパーマーケットに行きました。私はいくつかスローガンをつくってそれを印刷し、それを小さな広告にしてその施設の近所と市の中心にまきました。次の日、地方紙に「精神医療の隔離に反対する匿名の抗議」という記事が出ました。自分の自主的な行動の結果を見て嬉しかったです。そしてこのようなことを続けていこうと決めました。仲間と友人たちが支えてくれました。
それから2002年ごろ私は、「隔離に反対する」(オランダ語では:Actiegroep Tekeer tegen de isoleer!)という公式でない「活動隊」を始めました。いくつかのデモ行進を組織し、強制的な治療に反対するポスターとパンフレットをさらにまき、ウェブサイトをつくりました。また、いくつかの精神医療ケアや強制的な治療の問題についての会議に呼ばれて意見を述べ、強制はものごとを悪くするだけだということを説明しました。私が耐えてきたのは精神医療ケアではなく虐待です、と。
私は、隔離への反対を自分の活動の鍵としてかかげて抗議しました。なぜなら、それは本当のケアではないということが部外者にとってわかりやすく、そこからその考え方をより簡単に広げていけるからです。また、投薬は化学的な拘束であり、隔離と非常によく似ているとも言いました。
うれしいことに進歩的な看護師のグループからの支援を得ることができました。彼らも精神医療を改善する必要があると感じていました。彼らは、よいケアを提供できるだけの時間がないと感じており、精神障害者に配慮できるようなシステムに変えたいと思っていました。それが強制的な治療に反対するという、私の目標に重なったのでした。それからこの看護師たちのグループは、隔離を減らすための公式の事業を始めました。それは2、3の施設で2004年に始まりました。そして、2005年から2008年までのあいだ、「強制と抑圧の事業(project coercion and compulsion)」3)というこの看護師たちの事業をもとにした事業に、政府によって700万ユーロが投入されました。その期間のあいだは、より多くの施設が議論に参加し、隔離の代替となるものを探そうとしました。私は積極的にこの事業にかかわりました。
2008年、男性が隔離室の中で亡くなったのです。投薬によって、ピーナッツバターサンドで窒息したのでした。彼の友人が私に教えてくれ、その人の同意を得てそのことを公開しました。その友人は、その男性がちょうど私と同じように強制治療に強く反対していたことを教えてくれました。私はメディアを含めて多くの人にメールを送りました。彼の死はその地域でかなりの議論と怒りを生み、議会での議論もおこなわれました。結果としていままでは事業ごとの予算でしたが、施設による強制を減らす国家事業に構造的予算(structural budget)がつきました。それは年に500ユーロで、すべての大きな精神医療の施設はその事業に参加して自分たちの計画を提示しなくてはなりませんでした。それらの施設の義務だったのです。しかし、その事業のお金は施設にしかいかず、いくつかのユーザーの組織は積極的にその事業に参加し貢献していましたが、ユーザーの組織にはそのお金はきませんでした。私はそれでもこの事業に積極的に参加していました。
この国家事業の目標は、(GGZ Nederlandという、ケアの専門家だけの)精神医療の包括的な全国組織によって設定されました。その目標は、毎年10%隔離を削減するというものでした。また、いくつかの指針となる原則や鍵となるスローガン、構想もつくられました。それは以下の通りです。
*鍵となるスローガン:「強制から集中的なケアへ/管理から支援へ」
*予防は治療よりよい。
・危機的な状況は徐々に起きていく。苦痛の早期の合図に気づくことがその増大を防ぐのに重要である。
・接触しコミュニケーションすることが、危機の早期の段階に気づくことができるための鍵である。
・おもてなしの気持ち:「最初の5分」:第一印象が関係を築くのに決定的に重要であり、着いたときから友好的な接触をもつことが、闘いから関係を始めてしまうのを避けるために重要である――このため、オランダには「観察」のために入院時からの隔離を標準化する古い慣習がありますが、現在では排除され禁止されているのです。
*悪化を防ぐことも鍵である。危機的な状況に別の方法で対処することは可能である。その人を圧倒してしまう代わりに、支援を提供することは可能である。たとえば、その人がめちゃくちゃでいることを許容するためにサンドバッグをつるしたり、落ち着くように会話したりといったことである。これには、支援者の技術や柔軟性、創造力が求められる。
*また、代替となる選択肢や施設も必要である。それは、より幸福(wellbeing)やリカバリーに焦点を当てたものだ。従来の精神医療では、意味ある活動がほとんどなかったり、義務的な集団活動の計画に個人的な感情をとり入れる余地がなかったりしたために、危機的な状況はより頻繁におこった。しかし、個人がニーズを考慮に入れたより個別的なアプローチを採用することによって、悪化や危機的状況は防ぐことができる。たとえば、うつ状態にある人にデイプログラムに出ることを押しつけるのではなく、その人が望むことやその人がそれほど沈んでしまうことなくより心地よくいられるための手助けになることを知るために時間をかけるということだ。
*友人や家族も助けになりうる。なぜなら、彼らはその人を愛することができ、看護師が達することのできないようなレベルでその人を理解することができるからだ。それは、幸福にすることや悪化を防ぐことの手助けとなる。彼らは悪化を防ぐのに役立つ知識をもっている。たとえば、その人の好きな食事をもってくることだ。
これらすべては、強制を減らしたり防いだりするためによい実践として公式に認められています。そして、強制を減らすための事業進められています。
残念なことに、これらの標的事業や資金は現在、ケアの質向上(care-quality)のための総予算(general budget)の方に組み入れられています。また、隔離の問題は、多くの施設で注目を集めなくなってきています。そして、それらの施設では再び隔離の増加が確認されています。
しかし、ほかのいくつかの施設は力になってくれています。2009年からよい実践を「高度で集中的なケアの発展(The development of High and Intensive Care)」という開発事業に組み入れています。これは、隔離を止めることを実現するために、すべてのよい実践を集め組み合わせることを目的としているのです。私は開発事業が始まったときからこれに活動的にかかわっており、アムステルダム自由大学医療センター(VUMC Medical University in Amsterdam)とオランダの南部のいくつかの精神医療ケア施設と協力体制があります。私たちは「高度なケアの開発のための南部のネットワーク」を形成しています。この2年間、私はあまりかかわっていません(というよりは、コンサルタントとして呼ばれることがあまりないのです)。2015年現在、2つの施設はなんとか隔離をほとんどゼロまで減らしました。しかし、オランダには隔離室をもつ精神医療ケアの施設がおよそ55あるのです。まだ仕事は山積みです。
残念なことに、その隔離を削減する事業には強制入院や強制投薬、そのほかの強制的な治療の削減は含まれていません。障害者権利条約(Convention on the Rights of Persons with Disabilities以下、CRPD)に基づいた見方や配慮はありません。もちろん私は意識を高めさせることによってこれを改革しようとしています。
2008年、集中的なケアを開発する前に、強制的な精神医療の治療の手続きを変える法律が動き出しました。3つの法案がつくられました。
1. 「強制的な(mandatory)な精神医療ケア」にかんする法案
2. 「ケアと強制(coercion)」にかんする法案
3. 「司法精神医療ケア」にかんする法案
この改革の目標は、精神障害者や知的障害者をあるシステムからほかのシステムへ流すことができるように、法を一致させることでした。これらの法では、裁判官は医師ではありませんが、裁判所が強制治療の範囲を判断することとされています。
治療の場所は、治療命令(treatment order)の条件や治療のときのいわゆる「保護の必要性」によってさまざまです。このため、精神医療者の判断に基づいて、安全性の高い環境や低い環境に移ることが可能であり、治療命令も移動が可能です。裁判官が治療計画を決め、治療の範囲を示します。治療のさまざまな段階において、「段階的なケア(stepped care)」と呼ばれる安全性のレベルにかんする条件があります。それによって強制的な精神医療の治療をより制限の少ない形にすることが可能だといわれています。
法案において、介入の範囲は定められておらず制限されていません。それは「ケアの領域におけるあらゆる介入」と述べられおり、制限がありません。法律に従うとその人に何でもすることが許されているのです。衝撃的なことに、立法者は強制的な治療の使用も要求しています。たとえば、知的障害者や認知症の人を苦痛のあるときに自分の家のいすに縛りつけるなどの地域で身体拘束することは、病院ですることよりもより侵襲性が少ないといったことです。これは世界でいちばん原始的なやり方です。言うまでもないことですが、精神医療ケアは、本当は精神障害者や知的障害者を家の中で拘束するというこれらの原始的な実践を防止するという目的をもって始まったはずです。
私は、立法者に多くのフィードバックを伝え、CRPDを解説したり強制治療のオルタナティブの必要性を説明したりしましたが、これらはとり上げられていません。立法者によい法案の提出を期待できないことはわかっていました。なぜなら、彼らは単純に障害の社会モデルを理解しておらず、完全に医学モデルの中にいるからです。だから私は、自分で代替となる法案をつくってみようと決めました。私の考えでは法律の目的は、いつどうやって強制治療をおこなうかではなく、どうやって危機的状況にいる人を助けるのかです。だから私たちには、その人の人生の幸福を支援するための社会的な解決策をつくることに焦点を当てていくことが求められているのです。
2009年、私はFGC(Family Group Conferencing)を可能性のある解決策として認めました。FGCは、その人の人生において鍵となる問題をめぐって自発的に協議する過程です。そこでは中心となる人が、望ましい解決策を一緒に考えるために自分の信頼できる人を呼び集めます。先週、東京でFGCについての4日間の研修会があったので、これがどのようなものかすでに明確にわかっている人たちもいると思います。「家族(Family)」という言葉が社会的な家族と関連していて、その人がつながっていると感じる人のことを意味し、友達や仲間も含んでいるということを言っておかなくてはなりません。それらの人たちと一緒なら、危機的な状況を生き延びるために望ましく役に立つ解決策を考えていくことができます。不愉快な強制治療を始めてしまう代わりに。中心となる人とその人と親しい人たちの輪は、何が役に立つのか一緒に特定していくことができます。これは、中心となる人の自分にとって望ましい決定を支援します。このようにして、その人のニーズや意思、好みを尊重しながら、うまい具合に危機や問題に対処するための計画をつくることができるのです。これは、精神障害者やそのほかの障害者のための支援された意思決定(Supported Decision-Making)の実践といえます。そしてこれは、その人の人生において本当に役に立つ解決策をもたらす大きな力を秘めています。現在、強制的な精神医療の治療を回避するための、FGCをもちいた試験的計画がオランダにはあります。私たちは2015年の夏のあと、つまり数週間のうちに出る最終報告に期待しています。
CRPDや、オランダでよいと認められている多くの実践にもかかわらず、立法者はまだ強制的な精神医療の介入を廃止したがりません。自分のネットワークと協議することによって自分の「ファミリーグループプラン」をつくる機会を得ることができるということを法案に含めただけです。立法者たちがFGCが強制治療を回避するための選択肢になりうることを認識したのはよいことですが、法案の残りの部分は変わらないままです。私はそれが残念です。
2010年私は、自分が住んでいるアイントホーフェン市の市長に、FGCのモデルをプレゼンテーションするように招待されました。彼の部屋に入ると、そこには私の家族が座っていました。それはサプライズパーティーのように見えました。アイントホーフェンの市長は私に「隔離に対して革新的な抵抗をおこなった」ことへの賞をくれました。また、私の自主的なアドボカシーに対して2500ユーロをいただきました。それはうれしいことでしたが、私は少し奇妙な感じがしました。私のアドボカシーの仕事が認められた一方で、私のアドボカシーの根幹にある私の申し立ては認められていないのです。私がいつも裁判をしようとしていたという事実にもかかわらずです。
2002年から、精神病院を相手に異議申し立てを始めようとしています。私には弁護士がいて、私たちはいくつかの過程を踏んできていました。しかし2008年、彼は脳腫瘍のために倒れてしまい、これ以上私の支援をすることができなくなってしまいました。そして残念なことに、オランダには私のケースを扱おうと言ってくれる弁護士がおらず、私のケースを扱ってくれる別の弁護士を見つけることができないことがわかってきました。私はそれにとても苛立ちました。私は弁護士を見つけようととても努力してきました。インターネットや弁護士の雑誌で公に呼びかけたのですが、成功しませんでした。とてもがっかりしました。
2010年、私は32歳になりました。それは私にとって、自分やほかの人たちになされてきた害悪との闘いに自分の人生の半分以上の時間を使ってきたということを意味します。私のあらゆる努力にもかかわらず、私の申し立てに対して一つの調査もなされていません。私は権利が尊重されていないことにとても悲しくなりました。そして、拷問にかんする国連特別報告者に自分の申し立てを送ろうと決めました。特別報告者は、健康にかんする国連特別報告者とともに、私のケースの調査と人権侵害の改善を求める通知をオランダ政府に送って、2013年に私のケースを追いかけてくれました。これは私にとって、公的機関が自分の申し立てを重要なものとしてとり上げてくれた初めてのことでした。このことが私はとても嬉しかったです。
私はオランダ政府が、拷問にかんする国連特別報告者と健康にかんする特別報告者からの国連通知に敏感に反応してくれるだろうと信じていました。しかしひどいことに、オランダ政府は肯定的な反応をしませんでした。そして、私がもう申し立てをすることはないのだと言い、こんなに時間が経ってしまったあとに調査を開始する必要はないと考えました。それから約2年経った現在、私はまだ司法へのアクセスする方法を見つけられていません。オランダ政府は精神医療における拷問と虐待にかんする私の申し立てに沈黙しつづけています。でも、私は諦めるつもりはありません。オランダのユーザー・サバイバーは、私の仕事を大いに手助けしてくれいます。それが私を前に進ませつづけてくれていのです。
オランダはまだCRPDに批准していません。これはオランダの自由や人権という遺産を考えるなら、とてもおかしなことだともいえます。ヨーロッパの国では28か国のうち25か国はCRPDに批准しており、世界的には157か国が批准しています。しかし、オランダはしていないのです。
オランダでは、ほかのいくつかのDPO(Disabled People’s Organization)とともに、「インクルージョンに向けた連合」という、CRPDの批准と履行を進めるための包括的なDPOが結成されました。(2006年に非公式の隔離への抵抗の組織からできた)私の公式の組織である法人組織マインドライツは、インクルージョンに向けた連合のメンバーです。また、連合の中で精神障害者の権利は、忘れられたり除外されたりしていません。これはとてもいいことであり、この組織は好ましい組織といえます。
また、精神医療ケアのダッチプラットフォーム(LPGGZ: Dutch platform on mental health care)もその連合に入っています。ダッチプラットフォームはユーザーだけでなく家族もいる混合の組織です。ダッチプラットフォームには、私の組織であるマインドライツより多くのメンバーがいます。マインドライツは、オランダの法の下ではダッチプラットフォームとは違う種類の組織です。マインドライツは、私たちにはさまざまな方法で貢献してくれる味方たちがいますが、連合ではなく啓発者であり、私たちは会員制ではありません。このため政府が、家族と混合したり専門化したりしていないために小さいユーザー・サバイバーの組織よりも、ダッチプラットフォームの意見を重視するということがしばしばおこります。このため、ユーザー・サバイバーとしての自分たちの意見をもつことはまだ難しいのが現状です。しかし幸運なことに、ダッチプラットフォームは私やマインドライツに協力を要請してくれています。
私は、強制的な投薬に反対するマインドライツのパンフレットをもってきました。このようなパンフレットを使って私たちは、議論を巻き起こしたり関心を高めたりしようとしています。公然と見えるところにいることで、システムに対して孤独を感じているかもしれないユーザー・サバイバーを支援しようとしています。マインドライツは、強制の廃絶、また最近ではCRPDの推進にも焦点をあてています。
これがオランダでの私のアドボカシー活動であり、オランダではどのようにユーザー・サバイバーが政策づくりにかかわっているのかということです。莫大な苦闘があり、変化はじわじわととても遅く、たいへんで失望や痛みを伴うものです。しかし、これは確実に重要なものです。それは私たちの人権にかかわることであり、確実に闘う価値のあるものなのです。
きいてくれて本当にありがとうございました。フロアからのご質問をききたいと思います。

[謝辞]
翻訳に際し、著者のサンテゴッヅさんには訳者の質問に丁寧にお答えいただきました。また、講演会でのロバート・チャペスキーさんの通訳を参照しながら訳文の推敲をおこないました。お二方に記して御礼申し上げます。

[訳註]
1) 本稿は、2015年7月24日の「研究会 精神障害者の意思決定支援――オランダのセルフヘルプの実践」(主催:生存学研究センター 於:キャンパスプラザ京都)の著者の講演の原稿である。
2) 世界精神医療ユーザー・サバイバーネットワーク(World Network of Users and Survivors of Psychiatry以下、WNUSP)は、現在日本では精神障害者とされている人たちを「心理社会的障害をもつ人(persons with psychosocial disabilities)」と呼ぶことが好ましいとしており、その理由としてこの用語が医学モデルではなく社会モデルによる障害の捉え方をよりよく表していることを挙げている(WNUSP 2008)。原文でも同様の表現が使われている。しかし、日本ではこの表現にまだ馴染みがないため、本稿では「精神障害者」という用語を用いている。
3) 事業の名前はオランダ語では「Project dwang en drang」である。dwangは精神医療の強制治療、drangはdwangより弱い意味で圧力をかけることを指す。以上は、著者の訳者からの質問への回答を。

[翻訳参考文献]
World Network of Users and Survivors of Psychiatry, 2008, “Psychosocial Disability,” World Network of Users and Survivors of Psychiatry,(2016年1月30日取得,http://www.wnusp.net/index.php/crpd.html).


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◆”Presentation 24 July Kyoto” Jolijn Santegoeds


Hello, I am Jolijn Santegoeds. I am 37 years old and I come from the Netherlands. It is my pleasure to be here with you, and tell something about my experiences and my work.

Some 20 years ago, in 1994 when I was 16, I started to have psychosocial problems. I was young and got confused about growing up. I felt there was a growing distance between me and the world, and at some point I did a suicide attempt. I woke up in the medical hospital, and my parents, who are divorced, were very worried. My mother did not dare to take me home, because she was so afraid that I would commit suicide. The doctors advised to put me in a psychiatric hospital, and my parents gave consent. I didn’t want it, because I was very scared of the world.
There was no place in child-psychiatry, so first I was put in adult psychiatry, where I felt very lost and lonely, at a big distance of everyone. 2 weeks later I was placed in child psychiatry. This appeared to be not better, and I felt miserable again. I tried another suicide attempt, and then I was put into solitary confinement, because I was called “a danger to myself”. That was horrible. It was like they confirmed my feelings of being unable to live in this world. I felt rejected and unwelcome, and had no perspective. When they let me out of the isolation cell, I tried another suicide attempt. Then the psychiatrist decided I had to be solitary confined for a long time, to prevent me from possibilities to harm myself. I still continued to harm myself, and this got worse and worse. The repression also got worse and worse. I was solitary confined, strapped on the bed with restraint-belts, forcefully drugged, and they even performed body cavity search, which means they checked in my intimate parts to see if I had something harmful with me. This was done by force, and it was very degrading, like rape. Of course this didn’t help me, and this struggle continued for almost 2 years.
It was obvious that the psychiatrist and nurses were not listening to me. My diagnosis was Borderline personality disorder, and they thought I was only trying to get attention. This also resulted in medical neglect. When I had broken my Achilles tendon, they did not believe was in pain, and I was not taken to a doctor, but instead I was forced to walk, which I couldn’t. When I finally was allowed to see a medical doctor, this was found to be neglect, and this eventually led to the closure of the ward, and my transfer to another psychiatric institution in another city. There I was treated with more respect, and not solitary confined all the time. I established contacts with peers inside the institution, and they became my friends, and I started to see a new perspective. I felt no longer like an alien. I stopped self-harming, and wanted to live outside the institution. I successfully challenged the court order for forced treatments, and the Dutch review board decided I was allowed to leave. But the psychiatrist said I hadn’t completed treatment, so he did not support my leave. I had no support, but I still left, and then I was homeless for about 2 years. The homeless people treated me with more respect than the nurses, and said “if anyone hurts you, just tell me, I will kick them”. That made me feel safe and not alone. I finally managed to find a place to stay and then I started studying, first finishing high school, and then continuing with university studies on Sustainable Engineering. I managed to build my life on my own.

But of course, I was still angry about what psychiatry had done to me. I wanted to make a complaint and go to court to prosecute the doctors. I found a lawyer who was willing to help me. My friends knew this, of course.

Then, during my studies, one friend send me a text message, saying that at the same child institution, a boy was put into the isolation cell, because he had taken the desert from the table to his room. I got very angry and upset about this. This had to stop, and I wanted to do something, but I didn’t really know what to do. But also, I did not want to do nothing about it. So I took the train to the city of the institution, and I was thinking very hard to find something I could do. And I thought about the word “public prosecution”. I then decided to make it public, and I went to the supermarket to buy a marker and papers, and tape. I made some slogans, copied them, and spread them in the neighbourhood of the institution and in the city centre. The next day it was in the local newspaper: “anonymous protest against seclusion in psychiatry”. I was happy to see this, and I decided to continue like that. My peers and friends supported me, and then, in 2003, I started an informal “action group”, and organized several protest marches and spread more posters and leaflets against forced treatments. I made a website, and I was invited to some conferences on the issue of mental health care and forced treatments, where I spoke my opinion.

I took solitary confinement as a key of my activism, because it was easy for outsiders to see that this is not real care, and from there we could expand this view more easily, and say that also medication is a chemical restraint, quite similar to solitary confinement.

I was happy to find some support with a group of progressive nurses, who also felt that psychiatry needs to improve. They felt that they had no time to provide good care, and wanted to change the system to be able to give attention to the persons with psychosocial problems, which was similar to my goal against forced treatments.
Then this group of nurses started an official project to reduce solitary confinement. This first started in a few institutions in 2004. Between 2005 and 2008 the government gave almost 7 million euro on a project basis for this project, which was called “project coercion and compulsion”. Then more institutions joined the debate, and tried to find alternatives. In 2008, a man died in solitary confinement, because he suffocated in a sandwich with peanut butter, due to the medication. This caused quite some outrage in the community, and there was a debate in parliament, resulting in a structural budget for the project to reduce coercion by the institution, 5 million euro per year, and all big psychiatric institutions had to join and show their plans. The project money only went to institutions, not to the user movement, although several user organizations were actively participating and giving input.
The goal of this national project was set by the national mental health umbrella organization (of professional care providers only) to reduce seclusion with 10% per year. And various guiding principles, key slogans and initiatives were developed, such as:

? The key slogan: “From coercion to intensive care / from control to support”
? Prevention is better than repairing
o A crisis gradually develops, and early signalling of distress is important to prevent escalation
o Contact and communication is key, to be able to see the early stages of a crisis
o the hospitality concept: “the first 5 minutes” : the first impression is crucial for establishing relationships, and it is important to make a friendly contact upon arrival, to avoid starting the relationship with a fight ? So in the Netherlands, the old routine of standardized seclusion upon admission for reasons of “observation” is therefore now abolished and prohibited.
? De-escalation is also key. It is possible to deal with a crisis situation in another way. Instead of overpowering the person, it is possible to provide support, such as hanging a punch-bag to allow the person to be upset, or to communicate to calm a person down. This does need skills, flexibility and creativity of caregivers.
? Also, alternative options and facilities are needed, which are more focussed on wellbeing and recovery. Since in traditional psychiatry only little meaningful activity was presented, or mandatory group schemes which leave no room for personal feelings, crisis comes more often, but when a more personalized approach is taken, which takes personal needs into account, escalations and crisis can be prevented. For example: not pushing a person with depression to follow the day programme, but take time to see what the person wants, and what would help to feel better and not so depressed.
? Friends and family can be of support, since they can provide love and understanding at a level that nurses cannot achieve, which can support wellbeing and de-escalation. They have knowledge of what can help in de-escalation. For example, bringing someone his favourite meal.

These are all officially identified Good Practices to reduce coercion.

Then in 2008, also a law reform process on forced psychiatric treatments started. One would expect that in the Netherlands, a progressive proposal would be made, taking into account the CRPD and the identified Good Practices, but unfortunately the law-makers in the Netherlands proposed to expand forced psychiatric treatments, and allow for “any intervention that is considered necessary”, by which they aim to allow for individualized forced treatments, so not the standard practice of institutionalization and seclusion, medication, restraints, food or fluid, but allowing for individualized plans, including Community Treatment Orders, and conditions for living in the community including sanctions when these conditions are not met. The law-makers call this “Stepped care”, and claim that this is less invasive than the standard practice of forced institutionalization. But the new law-proposal does not pose any limit to the scope of interventions, and does not define the scope, only said: “any intervention in the care-field”, so a court order for forced abortion would be legal under this law. Shockingly, they also claim that the use of physical restraints in the community is less invasive than in a hospital, such as tying a person with intellectual disability or dementia up in a chair in their own home at moments of distress, which is amongst the most primitive practices in the world. The law-proposal gives permission to family members or outpatient nurses to execute the coercion at home. The rights of persons with psychosocial disabilities are seriously under threat, and monitoring of coercion in the community is extremely complex. So I am heavily opposing this law proposal. It will be a serious step back in time.

I gave a lot of feedback to the law-makers, explaining the CRPD, and the need for alternatives to forced treatments, but this wasn’t picked up. I realized that I couldn’t expect them to come up with a good proposal, because they simply do not have an understanding of the social model of disability, and are fully in the medical model. So then I decided to try to make an alternative law proposal by myself.

The goal of the law is not: how and when to perform forced treatments, but : how to help a person in a crisis situation. Since I studied Engineering, I knew the official problem-solving-cycle: which is
1. Define : analyse the situation and identify the needs
2. Design : find possible answers to the needs
3. Develop : select or compose the best option for a solution
4. Deliver : make it a practice

My key points were:
? Instead of a standard set of options, we need individualized solutions, because every situation is different. There is no standard cure that fits all people. So it is needed to identify on a personal level what would help in that particular situation.
? To identify what is needed, it is needed to focus on the entire situation, and not on the individual isolated from his social context. It is not a medical issue, but a psychosocial issue of a person in his or her life.
? Psychosocial problems are highly related to the social circumstances, which can be helpful or harmful for recovery. Studies on recovery from psychosocial problems show that crucial aspects for recovery are social aspects, such as getting hope and perspective, chances and a respectful approach, feeling loved and welcome, - and on the other hand it is evident that exclusion and forced treatments do not support wellbeing and are only making things worse.

So we need to focus on building social solutions to support wellbeing in the person’s life.

In this way, in 2009, I identified Family Group Conferencing as a solution. Family Group Conferencing is a voluntary consultation process around a key question in one’s life, for which the main person invites the circle of people he or she trusts, to think together about desirable solutions. Last week there was a training seminar of 4 days in Tokyo on Family Group Conferencing, so I think some of you already have a clear idea of what this is. I should say that the word “Family” relates to social family, which means the people you feel connected with. Together with these people, it is possible to think about constructive and helpful solutions to live through a crisis situation together. The main person and the circle of persons close to him or her can then identify together what would be helpful. This can be about creating a wider social support network and a schedule to care for a person to avoid institutionalization during psychosis, or it can be about fulfilling certain needs, such as countering loneliness or making a plan to deal with certain challenges or wishes. The topic will be the key-question for which people gather, and they can discuss as long as they need in private, to identify the solutions of their choice. This process is facilitated by an independent coordinator, who is not a care worker, but a citizen who just facilitates the practical aspects of the meeting. The process is really owned by the “family group”, who can use their own knowledge about what is helpful or not. This supports the main person in making decisions about what he or she would like. And in this way, a plan is composed to deal with the crisis or problem in a good way, with respect to the person’s needs, will and preferences. So this is a practice of Supported Decision-Making for persons with psychosocial disabilities or any other disability, and that it has a great potential to bring real helpful solutions in the person’s life.

Yet, in the Netherlands, the law-makers still do not want to abolish forced psychiatric interventions. They only included in the law proposal that the person can get the opportunity to make their own “family group plan” by consulting with their network.

So it appeared that the law-makers were not convinced that the Family Group Conferencing (FGC) would work well, so we decided to put in in practice, to show the results. In 2011, we started a pilot project in Eindhoven, the city where I live. Together with the FGC-organization and the local government we made an agreement, so that the local government would fund around 30 FGC’s for persons with psychosocial disabilities. This appeared to be still hard to put in in practice, because nobody knew about the model. A lot of lobbying and education was done to raise awareness. Then in 2013 the pilot project was expanded to other regions, now 3 in total, and the Medical University in Amsterdam would do research on the practice. In every region 20 FGC’s would be held and analysed, and we expect the final report after the summer of 2015, so that’s just a couple of weeks. Unfortunately, the researchers of the Medical University still use quite some medical-model language, so it is still hard to secure the results of the project. Generally, all people found FGC helpful, although not in all cases coercion was avoided, which is also related to Dutch culture, and you can probably imagine this, because also in Japan, it is probably not easy to bring such a change.

So this is what I have been doing to try to bring change, and I will continue to do so.
I thank you very much for your attention, and I would now like to open the floor for questions.


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◆”Presentation outline on the Eindhoven Model: Alternative to forced psychiatry” Jolijn Santegoeds


I come from Eindhoven, the Netherlands.

Introduction
I will start with an easy accessible story as an introduction, in cartoon-style. (originally designed for person with intellectual disabilities).

First you see a boy: named Pipke. There is something special. It’s his birthday, and all important people come to visit him. They make him happy.
Then. There is Pipke again. Again there is something special. He has a broken leg. And again all important people come by to support him. These support persons cannot heal the leg for him, but it does help that they are there. They make him happy.

Then. There is Pipke again. There is something, but it’s unknown (a question mark). Also the family (important persons) have a question mark. Pipke goes to the doctor. Then he gets a pile of papers, pills and get segregated in a hospital. He is not happy at all. Family still has question marks, and are outside without support.
This is not what we want to see.

Then the Family Group Conferencing model.
Pipke stands there again, with the question mark, he asks: Do you want to think with me.. How can I be happy again? The important people gather around him, and together they share ideas. They understand what Pipke likes, and so they have nice ideas. Pipke can choose which ideas he likes.
This results in a plan that they made together. This makes them happy together again.

Bottom line: at important moments in life you need your own people around you.


This is also relevant to mental health
Mental health is wellbeing, and you cannot separate that from the person’s life. Psychosocial issues are mainly social issues (not medical), - since a disability is a barrier in interaction - .

The social circumstances are a crucial component, and can have a positive or negative influence on wellbeing. The social context cannot be left out when dealing with mental health or psychosocial problems, or disabilities in general.
Exclusion doesn't lead to wellbeing.
So, for dealing with psychosocial problems we would need a social community-based approach, aimed at inclusion and wellbeing for the main person and the social surroundings.


In the process of the Dutch law reform on forced treatments ? which I fully oppose ? I developed an alternative proposal: called the Eindhoven Model, which in my view would fit the needs of an inclusive and empowering approach of persons with psychosocial problems.

The Eindhoven Model is based on using Family Group Conferencing for supported decision making in psychosocial crisis-situations.

In the Eindhoven Model, instead of executing undesirable interventions, such as forced psychiatric treatments, the aim is to identify a range of desirable solutions on an individual level by Family Group Conferencing.

I will now explain the model of Family Group Conferencing

Family Group may sound a bit misleading, this is referring to friends, neighbours, peers and any important person in one’s life, as in “extended family”.

I will tell you how Family Group Conferencing began: In the 80s in New Zealand, the indigenous Maori population experienced they were disowned from their land, and then their children, who were placed in institutions by the New Zealand government. This caused huge resistance from the Maori population to the government. The NZ govt came to the insight they couldn’t ignore this deep-rooted resistance, and together with the Maori population they invented Family Group Conferencing.

Fact is that the government sets certain laws, such as on safety for children. The existence of a legal framework or condition is built in into Family Group Conferencing. This means there can be a rule, such as “no violence” or “ensure safety”. However, the key-question on “How to do this” was this time forwarded to the Maori population, who gathered a circle of wise and involved citizens to think about a plan, while bearing the framework in mind.
The circle of people talked about this question, in their own language and while applying their own values. They made a plan, and the NZ govt accepted this plan, because it met the set conditions on basic safety.
In this way the Maori population could keep ownership over their lives, and were allowed keep their own children safe. They knew what was expected from them, and they were able to find their own way to deal with these government’s laws.

Now it’s almost 25 years later, and Family Group Conferencing is a recognized way of decision making, and a way of respecting citizens.

The main principle of Family Group Conferencing is: widen the circle of people, and engage everyone who is involved, because everyone can contribute.

These are the steps of Family Group Conferencing
? (a slide with the main practical steps of FGC - just a visual background)

In practice FGC comprises the following main steps:
1. referral
2. A. application and identifying main question.
B. support at selecting and inviting people
3. FGC meeting:
a. information sharing,
b. closed consultation (circle only)
4. Plan (checked by coordinator : SMART-appointments)

Much more information about Family Group Conferencing can be found online, also on YouTube.

It is relevant to mention that at step 3 the conference starts with Information sharing , which can also include views from professional carers. Then at the private family time all the outsiders leave, and then only the person with the own circle of people remain, and they can talk in their own language and discuss options.

Family Group Conferencing is about widening the circle, which can also be applied without a legal framework or condition, and then implies a conference to consult the social network around a main question in life, such as: How to overcome a certain challenge? For example: What is needed for me to live in the community independently? This question can be discussed by the main person and his/her own circle of persons who are involved. They are of course the real experts on the particular individual situation.

Together they can find ideas to compose a plan which sets out which steps need to be taken, in order to answer the key question. So “who will do what and when in order to arrange independent community living”. Often the people themselves know very well what they really need. And generally it is: the more people, the more ideas..

Support by both formal and informal care can be combined in the plan. The substance depends fully on the wishes and the requests of the person concerned.

The plans made by persons themselves, while supported by their circles of family, friends, neighbours, teachers and other important people are often very practical, cross-sectional, clear, simple and to the point. Especially in situations with multiple needs generally the professional carers gets lost (because of a sectional approach), but the persons involved can often think of very practical and effective community-based solutions, which grab at the root of the series of problems and consequences. They know what would help them.

Family Group Conferencing is voluntary only. It’s an offer, not a plight to consult with others. It’s an option which can be used by persons who want to take ownership of a problem, or rather a challenge, because the focus is not on analysing negative processes, but on achieving a better life by fulfilling a certain wish, which is put as the key question. FGC focusses on supporting wellbeing in the community.

And as is said by my colleagues already, discriminatory laws should not exist at all.
Family Group Conferencing cannot be related to illegal frameworks. Therefore the execution of forced psychiatry cannot be a condition for Family Group Conferencing.

In psychosocial crisis situations the focus should be on finding desirable solutions, which support the person concerned and his/her social surroundings. Force should be no option.

Family Group Conferencing could be a way to find these desirable solutions in situations of psychosocial problems, even in crisis situations, because these are very closely related to social dynamics in the persons life.

In the Netherlands we have started a pilot project with the Dutch organization of Family Group Conferencing called Eigen Kracht, -
In this pilot project we offer Family Group Conferencing in psychosocial crisis-situations ? instead of forced interventions. This is referred to as the Eindhoven Model of Family Group Conferencing in mental health care.

(sidenote, unfortunately forced psychiatric treatments are still embedded in the Dutch laws as a so-called “last resort”, which means our project is sidelined by the Ministry as “an option to prevent forced treatments”, which is a pity. With my own organization in the Netherlands called Mind Rights we are still advocating to ban forced treatments, and to stimulate a full focus on alternative approaches)

In our project the Eindhoven Model we offer people the option for a Family Group Conference when they face psychosocial crisis situations. By the Family Group Conference these persons can consult with their own people, of their own choice, in order to make their own plan on what can be done and what is needed to overcome a crisis or to avoid escalation.

This pilot project includes research on the effects of applying Family Group Conferences in psychosocial crisis-situations (done by the Free University Medical Centre VUMC in Amsterdam). The pilot project is positioned under community mental health, to avoid forced institutionalization and to avoid the start of forced treatments.
The very few first results of this pilot project look quite promising.


Family Group Conferencing is a voluntary consultation process around a key-question.

Generally when there are frames which are agreed on by Family Group Conference-participants, these frames are about safety, such as: no more domestic violence, no more abuse, and sometimes on : how to avoid social disturbance. When a Family Group Conference is started with a frame , the main persons agree on this goal. Family Group Conferences can only be done successfully when the persons are truly committed to the goal of the conference and to make their own plan,

Participants need to be willing to take steps themselves to improve their own lives, to exercise their autonomy, and be willing to search for balance in living in their communities together. And be willing to listen and respect eachother’s will, values, preferences, and choices , and to make efforts to come to a mutually agreed plan with their own circle of people.

So Family Group Conferencing can only be done on a voluntary basis, as it is basically a tool for people to increase control over their own lives.

In current mental health care systems there are various decision making moments where self-determination can and should be empowered and enabled. This starts with voluntary care, but also at moments where Community Treatments Orders or forced institutionalization are considered, Family Group Conferencing can provide an alternative to identify desirable support and solutions, instead of forced interventions being imposed on the person.

Family Group Conferencing originated in New Zealand by a desire to protect people from unwanted government intervention. It started in Child Care services, but it is also very useful in mental health care.

So to conclude:

Family Group Conferencing can be used as a way to facilitate supported decision making, and can be embedded in law.

Moreover, Family Group Conferencing is a way of thinking, and it implies a culture shift in organizing care systems: of giving capacity to the ‘object’, of asking for self-defined solutions and to facilitate these. This means professionals need to step down, and take the self-made plans as a guidance for all professional care. It needs to be acknowledged that the person with his circle has the real expertise, not the professional. This is not just an easy side-note. This is a real challenge.

Family Group Conferences cannot be run by professional carers. It’s important to have an independent coordinator, because if you have for example the CEO of Shell oil company as a coordinator, you will probably get some oil-consumption in your plan.. That is why there is a separate organization for Family Group Conferencing, which purely aims to facilitate Family Group Conferences , and includes research, communication and training.
? contact details of the Family Group Conferencing network in Europe, http://www.familygroupconference2011.eu/en/home/

The independent Family Group Conference- network comprises several active Family Group Conference -organizations in quite some countries in the world, although the implementation scale varies a lot. Note that: Most of the research and practices is related to child care.


Maybe the most important things about Family Group Conferencing:

Family Group Conferencing strengthens bonds between people, by social engagement, which is an important feature of an inclusive community and wellbeing.
Family Group Conferencing empowers individuals, but it also empowers communities as a whole.

The approach of Family Group Conferencing has the potential to enable a culture shift in mental health care systems and in communities, and can provide an alternative to the incapacity-approach and the practice of forced treatments, by facilitating supported decision making.

Family Group Conferencing can be a way to identify and organize desirable solutions, which brings us all closer to a world with full human rights for all.

“nothing about us, without us”


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◆「オランダのファミリーグループカンファレンスについて」 伊東 香純(立命館大学大学院先端総合学術研究科博士前期課程)


1 はじめに
 ファミリーグループカンファレンス(Family Group Conference以下、FGC)1)は、児童と家庭の問題の対処の方法としてニュージーランド(以下、NZ)で考え出されたものである。ここには、何か困難がおきたときそのコミュニティ全員が集まって解決方法を考えるという、NZの先住民族であるマオリ族の習慣がとり入れられている。また、FGCにおけるファミリーとは、血縁のある狭義の家族だけでなく、近隣の住人や友人など問題の中心である本人とかかわりのある人たちを広く指している。
 FGCは、NZで使われ始めたのち、ヨーロッパや北米にも広がり、考案されたときと同様に多くの地域で児童福祉の分野で使用されている。FGCについての研究は、児童福祉の分野にかんしては一定の蓄積がある(Marsh and Crow 1998; Burford and Hudson 2000)。そこでは、家庭で子どもがうまく生活していけなくなったときその解決策の決定権が、主に国や子ども福祉の専門家に委ねられていたものを家族に委ねたという点でFGCは画期的だとされている(Connolly and McKenzie 1999=2005: 7)。日本でも、海外のFGCの取り組みは紹介され、いくつかの地域の児童相談所でのFGCや類似の取り組みが報告されている(林 2008; 林・鈴木 2011)。このようにFGCは、児童福祉の分野で発展し、意思決定に家族を参画させる方法として一定の評価を得ている。
 それに対して、オランダにはFGCを精神医療ケアの分野に応用させようという動きがある。これについて主に研究をおこなっているのは、デ・ヨングとスカウトである。デ・ヨングとスカウトは、2009年からFGCが公的精神医療ケア(public mental health care)2)において、社会の支援を生み、強制的な介入を防止し、社会の統合を高める道具として有用であるかを調査している(De Jong and Schout 2012: 200)。2011年1月から2013年9月までフローニンゲンで41のFGCについてケーススタディをおこなった3)。それぞれのケースを分析し、そのうち23ケースを成功したケースとしている。成功したケースとは、FGCによって計画ができ社会的な支援が集まってクライエントの生活が改善したということが参加者のインタビューから明らかになったケースである(Schout and De Jong 2013; De Jong, Schout, Pennell and Abma 2015: 279)4)。
このようにケーススタディなどによって効果の検討は進んでいるものの、FGCが精神医療ケアに導入された経緯についての記述はほとんどなされていない。また、ケーススタディにおいて精神医療ケアの受け手は調査の対象とされている。このため精神医療ケアでのFGCは、インタビューなどで本人にFGCの効果のほどを尋ねたりはするものの、基本的に専門家である研究者によって評価されてきた。しかし、オランダには自らの経験を踏まえてFGCを評価し、その普及に貢献している運動がある。本稿は、自らの経験にもとづいて強制的な介入に反対する運動のなかで、FGCをもちいてそれを防止するモデルを提案したヨラーン・サンテゴッヅの活動を中心にオランダの精神医療ケアにおけるFGCの導入の過程を記述することを目的とする。

2 FGCとは
2.1 はじまり――NZの取り組み
 19世紀にイギリスからNZにやってきた入植者たちは、先住民であるマオリ族の文化をイギリス化しようとした。そして、マオリ族の子どもたちを親と分離して、イギリス人の家庭に措置したり、行動に問題がある子どもたちは施設に収容したりした。しかし、NZの文化を完全にイギリス化することはできなかった。それから入植者たちは、NZの文化としてマオリ族の文化とイギリスの文化の融合を目指すべきであることに気づいた。そして85年NZ政府は、特別委員会を設置し状況を調査した。その結果、「マオリの人々が自分達の土地にいながら疎外され、制度上の民族差別を受けていると感じていることがわかった」。「また、マオリ族には、部族内で問題が発生した時には、部族の長が人々をマラエ5)に集め、話し合いし、部族内で問題解決を行っていたという慣習・文化を持っていたことがわかった」(大竹 2010b: 10-11)。特別委員会は、報告書「Puao-te-ata-tu(夜明け)」をつくり、入植してきたヨーロッパ人の文化・価値観・生活が、先住民であるマオリ族のそれより優位になってしまっているという問題を指摘した。これを受けて89年、「子ども、青少年および家族法(Children, Young Persons and Their Families Act 1989)」が成立した。「この法律の基本原則は、家族のためにケアや保護、非行少年に関する問題を解決する最良な方法を判断する機会を与えることである。また、親子分離するような虐待事例などは、必ずFGC開催が義務づけられている」(大竹 2010a: 127-130)。FGCの方法は、NZ政府とマオリ族が共同でつくったといわれている。政府が、暴力をしない、安全を確保するといった枠組みをつくり、それに合うような方法をマオリ族が市民と賢者を集めて話し合い、その方法を政府が承認したのである(Santegoeds 2013a)。

2.2 FGCの流れ
 FGCには、4つの段階がある。第1段階は付託(referral)、第2は準備、第3は会議、そして最後にモニタリングと計画の見直しである(Hayes and Houston 2007: 994-995)6)。
最初にFGCを付託する人として主に想定されているのは、本人のファミリーまたは専門家機関である(Hayes and Houston 2007: 994; Eigen Kracht Centrale 2015a)。これは、多くの場合に本人が子どもであるためだと考えられる。ただしアイゲンクラフトセンターは、FGCを提案しようという人は本人の同意を得たあとでFGC団体に付託をおこなうこととしている(Eigen Kracht Centrale 2015a)。オランダでは、FGCにかんする業務を主に、NPO法人であるアイゲンクラフトセンター(Eigen Kracht Centrale)が担っている。付託を受けると、FGCが問題を解決に導くのに適した方法かどうかを関係者とともに検討し、適切だと判断されると会議を開催するためのコーディネーターを探してくる。コーディネーターは、本人およびそのファミリーのかかえる問題に第3者としてかかわれる立場にあることが重要だとされている(European FGC Network 2012; Eigen Kracht Centrale 2015a)。
第2段階の準備は、コーディネーターを中心におこなわれる。コーディネーターは、本人およびそのファミリーとともに、会議の日程やそこに呼ぶ人などについて検討し、会議の招集にかかわる手続きをリードする(Eigen Kracht Centrale 2015a)。
 第3段階の会議は、さらに3つのステップに細分化される。第1のステップは、情報の共有である。まず、参加者全員が自己紹介をする。つづいて、コーディネーターは、FGCの目的や進め方を説明する。それから、ソーシャルワーカーなどの専門家が、問題解決のための選択肢についてもっている情報を提供する。専門家の役割はあくまでも情報提供であり、このとき問題解決について自分の考えを述べないように気をつける(大竹 2010a: 132-133; Eigen Kracht Centrale 2015b: 16-17)。第2のステップでは、専門家やそのほかの部外者は、その場を抜けてファミリーグループだけで、解決策を話し合う。これがFGCにおいてもっとも重要な段階である。(Wachtel 2007; 大竹 2010a: 133)。第3のステップでは、第2のステップで抜けた人たちがもう一度その場に戻り、決定を共有する。第2のステップでコーディネーターが抜けるか否かについては、地域差がある。抜ける場合では、ファミリーグループによってなされた決定が、第3のステップにおいてまずコーディネーターに共有される。コーディネーターは、なされた決定について評価することはせず、決定を整理しファミリーグループのなかで合意がとれているかどうかを確認する。その上で、専門家や部外者として第2ステップで、抜けていた人全員を中に入れ、決定を共有する。専門家たちは、なされた決定に影響を与えることは原則として許されず、その決定を受けいれることになる(大竹 2010a: 133-134; Eigen Kracht Centrale 2015b: 18-19)。
 会議の後は、そこでの決定が確実に実行されるようモニタリングをおこなう。また、必要に応じて決定された計画の見直しも検討する。

3 オランダにおけるFGCの導入
3.1 世界のなかのオランダ
 NZで子ども、青少年および家族法が成立した89年から90年、アメリカ合衆国のオレゴン州でファミリーユニティミーティングモデル(Family Unity Meetings model)が開発された。これは、NZの取り組みを真似てできたものではないが、同様の関心にもとづいてできた子どもにかんする意思決定をファミリーを動員しておこなう方法であり、会議の進め方もFGCと非常によく似ている(Connolly and McKenzie 1999=2005: 76-77; Keys and Rockhill 2000)。アメリカ合衆国では、イリノイ州(Connolly and McKenzie 1999=2005: 79-80)、ノースカロライナ州(Pennell and Weil 2000)、カリフォルニア州(Sivak et al. 2000)など各地で90年代前半からFGCの実践や研究がなされている。
 カナダには、先住民族(First Nations)が入植してきた人たちによって抑圧されたというNZと同様の歴史がある。91年にブリティッシュ・コロンビア州は、州の子ども福祉法(Child Family and Community Services Act)にFGCをとり入れた。92年には最初のFGCがニューファンドランド・ラブラドール州の文化的に特色のある3つの地域で試行的におこなわれた(Connolly and McKenzie 1999=2005: 86-89; Harawitz 2016)。 オーストラリアで最初のFGCのパイロットプロジェクトはビクトリア州で92-94年におこなわれた。そのプロジェクトの成功によってFGCのさらなる検討に政府から資金が提供されるようになった。その後、FGCはほかの州にも導入されたが、その実施のされ方は州によって異なっている(Ban 2000: 232-235)。
ヨーロッパでの導入のされ方について、シュトラウブは次のように述べている。

標準化の度合いや実施している分野、コーディネーターの背景(専門家か一般の人か)および彼らの訓練の仕方について、多くの差異と共通点がある。決定的な違いの一つは、FGCが非政府組織〔Non-governmental Organizations以下、NGOs――引用者〕によってボトムアップ方式で導入されたのか(オランダや東ヨーロッパの多くの国)、(ノルウェイのように)政府組織からトップダウン方式で導入されたのかだ。その中間に(北アイルランドのように)FGCがまずNGOsによって推進され、そのあと地方自治体によってより大きな影響を受けたところもある。(Straub 2012: 6)

 英国では、92年に関心のある個人の集団によってパイロットプロジェクトが開始された。そのプロジェクトは、5つの社会サービスの部門と1つの任意団体の6つのグループによっておこなわれたが、プロジェクトの期間のなかでFGCの実施を始められたのは4グループだけだった。このようにイギリスではFGCは、主に個人の力によって開始され、徐々にソーシャルワークの分野を巻き込んで発展してきた(Marsh and Crow 1998: 61-70)。
ノルウェイでは94年、FGCの国家事業が開始される。それには、子どもの保護にかかわる人の教育を強化し、FGCにかんして大きな研究をおこなおうという意図があった。02年から06年まで国家的な評価プログラムがおこなわれ、07年ノルウェイ子ども・青少年・家族庁(Norwegian Directorate for Children, Youth and Family Affairs)は、FGCを実施できるようにする責任を全国に課した(Schjelderup and Omre 2005; Straub 2012: 7)。
 オランダでは、01年にFGCが導入された。ソーシャルワーカーであるロブ・ファン・パギーが立ち上げたNPO法人アイゲンクラフトセンター(Eigen Kracht Centrale)がFGCを実施し始め、そこから広まっていった(Wachtel 2007; De Jong and Schout 2013b: 797)。
 ヨーロッパ全体としては、02年、FGCのヨーロッパのネットワークを設立する準備の会議がイングランドで開かれ、03年、ネットワーク(European FGC Network)が設立された。これ以来、毎年1回会議が開かれている。03年時点では、英国、アイルランド、北欧諸国、オランダが参加していた(European FGC Network 2002, 2012)。ネットワークの参加国は徐々に増えている。東ヨーロッパのFGCでの導入は、ノルウェイとオランダが支援をおこなったといわれている。また12年時点で、南ヨーロッパにはまだFGCは広まっていない(Straub 2012: 6)。

3.2 国内の動き
 FGCは、オランダ語でEigen Kracht-conference と訳されている。eigen krachtとは、文字通りには「自らの強み(own strengths)」や「自らの力(own capabilities)」という意味である。オランダのFGCはNZのモデルに従いながら、意思決定の過程における市民や家族がもつ強みや力、指導力(leadership)に焦点を当てている(Jenkins 2010: 1)。
 98年、国際里親養育機構(International Foster Care Organization)の会議でNZのFGCが紹介された。それからファン・パギーは、里子の親が里親やソーシャルワーカーとともに児童のケアに参加していく仕組みをもつハンガリーとフィンランドの施設の職員とともに、FGCをおこなうことを目標に会議を始めた(Van Pagee 2012: 27)。
 01年の導入当時、FGCはなかなか受け入れられなかった。ファン・パギーはそのときのことについて次のように話している。

2001年にスタートしたとき、14人の独立のコーディネーターと、2チームのファシリテーターを養成していたが、カンファレンスは開けなかった。最初のカンファレンスを開くまでに5カ月かかった。みんな、『それはいい考えですね…でも、私のクライエントはその対象ではない』と言った(Wachtel 2007)7)。

 しかし、02年頃から市民権(citizenship)という考え方が注目され始め、04年以降、政治家やマスメディアが10年前の6倍ほど市民権という考え方を使用するようになったという(Van Pagee 2012: 34)。同時に専門職とその対象者との関係も変化した。その人の限界を強調した医学モデルから、機会を与え変化をもたらそうという指導者モデル(supervisory model)、さらに対象者を権利と義務をもった個人と見なす市民権モデルへと変化した。同様に専門職の役割も、熟練した権威(expert)から教育者、さらに対象者を活発化して能力を引き出す「親類(kin)」へと変化した(Van Pagee 2012: 29)。それにともなってFGCはオランダで急速に普及してきた。07年9月には通算1200件(Wachtel 2007)、09年には通算3000件に達した(Jenkins 2010)。11年には500人のパートタイムのコーディネーターがおり、通算4000件となった(Wachtel 2011)。さらに、14年の前半の時点でその年の終わりには通算10000件目のFGCがおこなわれると予測されていた(Van Pagee 2014)。
11年、アイゲンクラフトセンターは「支援と福祉を民主化する(Democratising Help and Welfare)」という国際会議を組織した。そこでFGCは、仲間内のなかでよい関係を築いていくというオランダのよく知られた考え方を現代に応用したものとして紹介された(Van Pagee 2012: 29)。
また同年、青年のケアにかんする法律と里子にかんする法律(英語:the Law on Child Welfare and the Law on Foster Child Care Law/the Law for Youth Care and the Law for Foster Children8)、オランダ語:Wet op de Jeugdzorg en de Pleegkinderenwet)が改正された。この改正によって、両親、家族、そのほかの関係者が問題解決のための計画を作成することが期待されるようになった。市民が、自分のかかわっている問題解決のための力をもっていると認められるようになったのである。また、支援は直接の関係者によってなされるべきであり、家庭環境から離れることは避けるべきだとされた。さらに、問題解決の手段の例としてFGCが挙げられ、問題をかかえる本人が、自分の傍にいる人と共に解決のための鍵を握っているとされる。また、専門職の役割は、本人やそのファミリーに要請されて知識や支援を提供するかもしれないと控えめに述べられている(Voordewind et al. 2011; De Jong and Schout 2013b: 797-798)。

4 精神医療ケアへの応用――アイントホーフェンモデル
 第2.1節および第3節でFGCが、問題解決にその当事者を参加させるための方法として児童福祉の分野で生まれ世界に普及してきたことをみた。しかし、オランダではFGCを精神医療の領域に応用しようというとりくみがなされてきている。本節では、精神医療のユーザー・サバイバー9)であるヨラーン・サンテゴッヅの開発したアイントホーフェンモデル(Eindhoven Model)を中心に、オランダにおけるFGCの精神医療への応用をみていく。
サンテゴッヅが15歳のとき、母が精神的な問題を経験する。それよってサンテゴッヅは、喪失感や孤独感を抱くようになり、16歳になって自分への不安な気持ちはどんどん強くなった。そして16歳だった94年9月、大量服薬して一般病院に運ばれる。2日間入院したあと精神病院に移された。それから3年間、精神医療のユーザーだった。精神病院では、隔離、身体拘束、強制的な投薬、体の穴の検査など、さまざまな強制的な介入をされた。それは、自傷、自殺しようとするサンテゴッヅの安全を確保するためにおこなわれたのだが、実際にはそれは安全を確保することにはつながらず、絶望感や死にたいという気持ちを強めた。96年7月、病棟が閉鎖することになり、ほかの町の精神病院に移動した。そこでは隔離されることなく、より人間として大切に対応されて徐々に友人とのかかわりを楽しんだりできるようになった。そしてついに97年3月、精神科医はサンテゴッヅの決定を支持せず行くあてもなかったが、精神病院を逃げ出した。その後は、2年半ホームレス生活を経験したのち、ユーザー・サバイバーの運動に精力的にかかわっていくことになる(Santegoeds 2014)。アイントホーフェンモデルの考案には、この精神医療での経験が大きな役割を果たしている。
 08年、「強制的な精神医療ケアにかんする法案(英語:the Law Proposal on Mandatory Mental Health Care、オランダ語:Wetvoorstel Verplichte qeestelijke qezondheidszorg)」と「ケアと強制にかんする法案」(英語:the Law Proposal on Care and Coercion、オランダ語:Wetvoorstel Zorg en Dwang)という2つの法案が提出された。サンテゴッヅは、その法案のなかで、強制的な治療が「ケア」さらには「必要なケア」として言及されていることを指摘する。そしてこれらを、強制的な方法をより広く使えるようにし、いわゆる「個人的な必要性(individual necessity)」にもとづいて「あらゆる治療的介入(any care intervention)」を許容するものだとして批判する(Santegoeds 2013c: 42-43)。
サンテゴッヅは、強制的な介入を拷問およびその他の残虐、非人道的または屈辱的取扱いまたは刑罰とみなす(Santegoeds 2013c: 43)。そして、強制は最終手段(a last resort)だといわれているが、実際には最初でない手段(no first resorts)になってしまっていることを指摘し、最終手段は緊急性のあるときにのみ利用できるのだと述べている。また、社会が状況が悪化しているあいだは何の支援もせずに放っておいて、危機的状況になってから強制的な手段を用いて介入することを怠慢(neglect)だとする(Santegoeds n. d.: 7-8)。
強制的な介入を許容するこれらの法案の代替案として考案されたのが、アイントホーフェンモデルである。サンテゴッヅは、いつ強制を始めるのかという問いの代わりに、精神的な危機状態に直面している人をどのように助けるのかという問いを立てた。そしてこの問いに対して、精神医療ケアにそれぞれの個人の経験にもとづく見方することを提案する。精神的な問題は、社会との相互作用によっておこるものであり、人それぞれで多様性のある経験だと考える。このため、この見方の中心となる考え方は、本人が自分の経験の専門家であるというものだ(Santegoeds n. d.: 4-8)。
そして、このアイントホーフェンモデルを実行するために具体的な方法としてあげられているのが、FGCである。FGCでは、広く本人をとりまく社会を構成する人をファミリーとして位置づけ、その人たちの支援を得ながら本人が自分にとって最善の選択肢を決定していく。またここでは、会議の第2のステップで明らかなように医療・福祉の専門職のような従来精神的な問題の専門家として扱われてきた人たちの関与の度合いは、これまでと比べて明らかに少なくなっている。さらにサンテゴッヅは、本人がどの強制的な精神医療の治療の対象になるかという議論にFGCを使ってはならず、強制的な治療は選択肢ではないと述べている(Santegoeds n. d.: 11)。
 10年、サンテゴッヅは、アイゲンクラフトセンターとともに自宅のあるアイントホーフェン市で地域の試験事業(local pilot project)を開始した。さらに13年3月、この事業が拡大して「支援された意思決定のためのアイントホーフェンモデル――精神医療の分野での危機的な状況における、およびそのような状況を防ぐためにFGCを用いることによる」という試験事業が開始された。この事業は、アイントホーフェン、フローニンゲン、北ホラントの3つの地域で、それぞれの地域の精神医療施設の協力を得ておこなわれた。また、
アムステルダム自由大学医療センター(the Free University Medical Center Amsterdam: VUMC)の研究チームも加わった(Santegoeds n. d.: 17)。第1節で述べたように、デ・ヨングとスカウトは、09年から公的な精神医療ケアへのFGCの導入についてのケーススタディをおこなってきたが、13年からのこの試験事業でも公的な精神医療ケアでのケーススタディがおこなわれた。デ・ヨングとスカウトもVUMC大学の研究チームに入っている。上述の3つの地域の精神医療施設で、それぞれ20のケースについて強制的な介入の代わりにFGCを用い、研究チームがその効果を評価した(Santegoeds 2013b)。この研究の最終報告は15年の夏以降に出される予定だ(Santegoeds 2015a)。

5 FGCの問題点と解決への取り組み
FGCは、何か問題がおきたとき、第3者である専門家が解決方法を検討してそれを押しつけるのではなく、問題の当事者がその周囲のファミリーの協力を得ながら話し合って解決のための計画を立てていくという方法であることをみた。特にアイントホーフェンモデルでは、精神医療ケアの分野でFGCを用いることで、危機的な状況の発生や、危機的な状況に陥ったときに強制的な介入をおこなうことを防ぐことをめざしていた。
しかし、FGCでの決定は、いつも問題の中心にいる本人(the main person)にとってよい決定になるのだろうか。本人とファミリーグループのあいだには多くの場合に利害対立があり、それにより本人の意向が表明できなかったりきき入れられなかったりする場合が少なからず起きるであろうことは容易に想像がつく。実際にサンテゴッヅ自身、最初に精神病院に入院したとき、自身はそれを望んでいなかったが、自殺を心配した両親が医師の入院の勧めに同意しそれが決定したのだった(Santegoeds 2015a)。このようなFGCの問題点について、それをそれぞれ別の方法で解消できたケースを以下に2つ挙げる。

5.1 ファミリーを限定する
 サンテゴッヅは、FGCの成功例の一つとして、De Jong and Schout(2013a)のケーススタディのうちの1つを挙げている(Santegoeds n. d.: 17-19)。また、講演会10)の際にも、本人がファミリーとよい関係を築けていないときでもFGCは有効なのかというフロアからの質問に対しても、同じケースを挙げてその有効性を説明している。
 そのケースの中心となる人は、すでに退職した66さいの男性で、孤立していると感じておりアルコールに依存している。数年前に離婚し、元妻や子どもとは連絡が途絶えている。支援者が、その男性のネットワークから支援を動員するためにFGCに付託した。FGCのコーディネーターは再三にわたってファミリーとして家族を呼ぶことを説得したのだが、男性は承諾せず、結局男性の兄弟を含めて家族は会議に呼ばないことになった。代わりに呼ばれたのは、3人の職場の元同僚である。そして、その3人と男性との4名で会議がおこなわれ、孤立しアルコールに依存した現在の状況を打開していくための計画が話し合われた。その後、元同僚らの支援もあって男性の生活は少しずつ改善し、FGCから1年後には途絶えていた娘との連絡も再開した(De Jong and Schout 2013a: 1444-1446)。
 このケースでは、非常に協力的な元同僚がいたこともあり、FGCの中心となる本人の意向に従って決定をおこない、その結果として本人の生活が改善するという成果を得ることができた。しかし、このケースでファミリーに家族を入れずに本人にとってよい決定がおこなえたのは、本人と家族との距離が物理的に離れていたことが大きいと考えられる。本人と家族が同居している場合など両者の物理的距離が近い場合には、本人にかんする重要な決定は家族にかんしても重要な決定であり、それを家族を排しておこなうことは難しい。さらに、家族を排して計画を決定したとしても、それが家族にとって都合の悪いものであれば、その計画の実行が難しくなる。このように考えると、FGCに参加するファミリーを限定するということでは、本人の意向を尊重したFGCをおこなうことが難しいケースがあることがわかる。次節でみる方法は、このような場合にも対応しうる方法かもしれない。

5.2 支援者を配置する
13年のヨーロッパのFGCのネットワークの会議では、精神医療のピアサポーターの役割が話題に上がった。そして、精神医療にかかわる問題には、ファミリーの中にさえ根強いスティグマがあるため、生きた体験をもつピアサポーターからの情報が果たす役割は大きいことが確認された。しかし、ピアサポーターはファミリーの一因ではなく、ファミリーだけで話し合う段階(第2のステップ)には、ピアサポーターは入るべきではないというのが全員の一致した見解だった。なぜならFGCにおいては、専門家などの部外者を抜かしてファミリーのプライベートな空間で意思決定をおこなうことを特に重視しているからであった。ただ、ピアサポーターなどの支援者は、第2のステップのあいだ部屋の外に待機していて、10分以内であればファミリーだけの場に参加することができるというルールも全員が指示したという。このルールは、英国で使われているものである(Santegoeds 2013b)。
また、弱さをもつ参加者の支援者(individual support persons for vulnerable participants)についても議論がなされた。独立の支援者が、本人が自分の意見を十分に主張し、それが参加者に聞かれるように支援するという方法が共有された。そのなかで支援者の役割について、次のようなケースが共有されたという。ある父親が、重い罪で有罪判決を受けた。その息子は父親に戻ってきてほしいと願っていたが、ファミリーの優位な意見は、家に戻るという選択肢はないというものだった。ここで、この息子の支援者は、対象者の意見をファミリーグループの意見にすり合わせていかなくてはならない。このケースでは、その支援者は、たとえそれが自分の意見と対立するものであっても、ほかの参加者の反発や怒りをかっても、その息子の意見を繰り返しつづけたという(Santegoeds 2013b)。このケースについて、どのような意思決定に至ったのかは、述べられていない。
支援者がつく人は、弱さをもつ参加者と述べられており、問題をかかえた本人に限られてはいない。しかし、弱さをもつ参加者には、多くの場合本人が含まれるはずだ。その弱さは、主張の支持者の人数バランスや、経済的なこと、主張する能力などさまざまなことに起因すると考えられる。被告人に弁護士がつくように、弱い立場にある人にその人の意見を全面的に擁護することになっている人がつくのは、その人の意思を尊重した決定をおこなうのに有効な手段だと考えられる。ただし、ヨーロッパのネットワークでも議題に上がっているように、実際の運用において支援者がどの程度FGCの決定の場に参加できるのかについては議論の余地がある。

6 まとめ
 オランダで精神医療ケアの分野でFGCは使われるようになった経緯の一面として、強制を体験したユーザー・サバイバーの一人であるサンテゴッヅによって、強制を許容する法案の対案としてFGCを用いたアイントホーフェンモデルが考え出されたこと、またそれがプロジェクトとして拡大してきたことが明らかになった。これは、NZでFGCが考え出された経緯とよく似ている。NZでは、入植したイギリス人によって問題があるとされた家庭のマオリ族の子どもが、強制的に親から分離させられイギリスの文化で育てられた。このような状況に対し、強制的な手段に頼る前に問題の解決策を考える方法として考え出されたのが、マオリ族の文化での問題解決の方法を応用したFGCであった。つまり、何か問題がおきたとき、それを第3者の強制的な介入によって解決するのではなく、問題の当事者がその周囲のファミリーからの支援を得ながら解決策を話し合っていこうという考え方であり、それを考案したのは強制を受けてきた者たちである。
 しかし、FGCに内在する問題点にかんしては、それが精神医療ケアの分野の方が児童福祉の分野より顕著になるように思われる。その問題点とは、ファミリーによって本人の意思が押さえつけられてしまう可能性があるということだ。この場合には、たとえ専門職のような第3者による強制力を排したとしても、依然として本人は半ば強制的に自分についての決定がおこなわれる可能性が残っていることになる。問題のある家庭から第3者が子どもを引き離すという場合、子どもも保護者もそれを望まないことが多いだろう。他方、精神医療ケアにかんする問題では、多くの場合に本人とファミリーのあいだには利害対立があり、比較的高い頻度で本人の周囲のファミリーが本人を引き離すことを望んでいることがあると考えられる。
このことについて認識はされており、本人の決定を支援するための工夫が話し合われている。ただし、本人を含めた話し合いによって意思決定をする場合には、それが本人の望む決定ではないときそのことを表明するのがより難しくなることがあると考えられる。FGCが本人の意思決定のためのよいツールとなるためには、さらなる工夫が必要である。

[註]
1) FGCはファミリーグループカンファレンシング(Family Group Conferencing)と呼ばれることもある。
2) 公的な医療ケアとはセーフティネットであり、その対象者とは、衣食住といった生活に必要なものが十分に確保できていない人や同時に複数の問題をかかえている人、自律のために必要なケアを受けていない人、周囲の人が支援を提供しようとしてもそれを拒絶しそのために望まない介入を受けている人などを指す(Schout et al. 2010; De Jong and Schout 2011: 63-64)。
3) FGCの会議が開催できた41のケースに加えて、クライエントとコーディネーターとの話し合いがうまくいかず会議が開催できなかった30のケースがある(De Jong, Schout, Meijer, Mulder and Abma, 2015: 6)。
4) 筆者は、Schout and De Jong(2013)を参照できておらず、成功した23ケースについてはDe Jong, Schout, Pennell and Abma(2015)での言及を参照して記述した。
5) マラエとは、「同一部族および各部族が所有している集会所、建物」(大竹 2010b: 11)のことである。
6) FGCの段階の捉え方には、実際に会議をおこなう第3段階のみをFGCとするもの(Connolly and McKenzie 1999=2005: 35-41; 林・鈴木 2011: 16-17)、第2段階の準備と第3段階の会議をFCGとするもの(Marsh and Crow 1998: 14-16)などさまざまある。本稿がこの分け方を採用したのは、2015年7月25日の「世界精神医療ユーザー・サバイバーネットワーク(WNUSP)共同議長ヨラーンを迎えて」のサンテゴッヅの資料(Santegoeds 2015b)でHayes and Houston(2007)が参照されていること、また2015年17-20日の「Family Group Conference(FGC)研修」の資料(Eigen Kracht Centrale 2015a, 2015b)で段階の同様の捉え方がされていることからである。
7) ここでのコーディネーターとファシリテーターの違いは不明であるが、ファン・パギーはFGCのコーディネーターについて、第1、2、4段階で組織するときコーディネーター、第3段階で進行するときファシリテーターと呼び分けてもいる(Eigen Kracht Centrale 2015b)。
8) 2つの英訳のうち、前者はVoorderwind et al.(2011)より、後者はDe Jong and Schout(2013b: 797)より引用した。
9) 本稿では、ユーザー・サバイバーという言葉を「狂気(madness)かつ/または精神的な問題を経験しているかつ/または精神医学/精神医療体制を利用しているまたはそれを生き延びていると自己定義している人」(World Network of Users and Survivors of Psychiatry 2016)という世界精神医療ユーザー・サバイバーネットワークの定義に従って使用する。なお、サンテゴッヅは09年からこの組織の共同議長を務めている。
10) 「研究会 精神障害者の意思決定支援――オランダのセルフヘルプの実践」(2015年7月24日、主催:生存学研究センター、於:キャンパスプラザ京都)。

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◆「偏見と差別の連鎖としての「意思決定」」 長谷川唯(日本学術振興会特別研究員/京都府立大学)


◇差別の抵抗としての運動
障害や病を持っている人たちは、地域で生活することが難しい。生まれてきてから地域で、家で暮らすことがふつうの生活である私たちにとっては、とてもおかしなことだけれども、本当のことだ。そんなふつうなことさえも許されないことは間違っていると、社会を批判し、変えてきた人たちがいる。
日本では、1970年代からそうした主張が行われてきた。そして彼らの主張は、社会が生存そのものを権利として認めていない存在として否定していることに強く抵抗するものとして、社会に痛烈な批判を与えた。その具体的なものとして、障害児を殺した母親に対する減刑嘆願運動への反対運動がある。それは、神奈川県心身障害児父母の会が二歳の障害児を殺した母親を擁護したためであった。神奈川県心身障害児父母の会や近隣住民たちはむしろ、障害児の介護に疲弊した母親に同情し、減刑を求めた。だが、日本脳性マヒ者協会青い芝の会(以下、青い芝の会)神奈川県連合会は、「殺された障害者の視点を無視するものである」(青い芝の会神奈川県連合会 1970: 1)として、減刑嘆願運動に対する反対運動を展開した。そこで主張されたのは、家族、とりわけ母親が子どもに愛情をもって世話することが前提とされる社会への批判だった。このことは同時に、常に家族に依存しなければならない、その庇護のもとでなければ生活できないといった抑圧された立場に置かれていることへの抗議でもあった。
同時期に、府中療育センターで移転反対と待遇改善を求めた運動が始められる。府中療育センターの在所者が、民間施設への移転計画に反対し待遇改善を求めて、都庁前にテントを張って一年あまり座り込んで抵抗したのである。ここには、施設の中から劣悪な施設の生活環境の改善を求める一方で、社会から隔離された施設へと追いやられ生活を強要されることに対する抵抗がある(鹿野2013; 三井2006: 128-168)。施設という場は、地域とは異なる。だが施設にいる障害者は地域にいる障害者と同じように生活者である。にもかかわらず、生活者としての様々な側面が、施設内ではなかなか顕わにならない。そもそも施設の生活は、起床時間や消灯時間、トイレの時間が決められ、面会や外出、外泊も制限され、生活そのものが管理されていた。府中療育センターの運動は、障害者が生活者であることを、施設の人たちや社会に顕わにしたのだ。それゆえ、素朴な事実として、施設から出て地域で生活することを目指す人たちが少しずつ現れ、自分たちで自分たちの生活を獲得する運動へとつながっていくのである(樋口2001: 13)。
これらの運動の主張が意味しているのは、障害者はすでに存在しているが、その存在や人権が「本来あってはならない存在」として否定され、障害者が生きることそれ自体が否定されているということである。彼らの運動は、彼らを取り巻く環境、それまでの生活のあり方、その生き方そのものに根差している。これらが渾然一体となって、障害者を生きるに値しないとする社会に対する厳しい糾弾として、その主張が形作られているのだ。そして、彼らの運動による糾弾の対象は、たとえば、「脳性マヒ者はともすれば社会の片隅におかれ人権を無視されひいては人命迄もおろそかにされる」(青い 芝の会神奈川県連合会 1970: 1)と述べるように、抑圧し特定の生き方を強制する社会、すなわち、「本来あってはならない存在」として障害者の存在そのものを否定する差別に対してであった。障害者本人が自己の存在を社会に認めさせるには、親や施設での庇護のもとでの生活から自立しなければならない、その瞬間に彼らの主張や批判は体現されることになる。ここに、とりわけ障害者が運動で示してきた差別への抵抗の一部をみることができる。

◇障害者権利条約から示される問い
こうした歴史の上に、今の私たちの社会はある。私は、とくに日本人であること、日本で生きていることに誇りを持てるようなことはないけれど、それでも安楽死や尊厳死を許してこなかったことだけは素直に認められる。そしてこのことを主張し守ってきたのは、まぎれもなく、病や障害を抱える人たちである。それでもなお、病や障害を抱える人たちの生活を制限するものはたくさんある。そればかりか、その生き方や生命、尊厳そのものを踏みにじるような壁が幾層にも重なっている。私は、病や障害がある/なしにかかわらず生きることに迷わない社会のあり方を志向したいと思っている。しかし、そうした人たちの日常は迷いや葛藤に満ちたものであり、社会的働きかけではどうにもならない痛みや苦悩を抱えていることも、私は知っている。だからこそ、ばっさり切り落とすことができない痛みや苦悩を含みこんだ生活のあり様の言語化を試みてきたように思う。そしてこのことは、現実としては、とくに病や障害を持たない人たちには、病や障害を持つ人たちの生活をどのように支えるかという問題として立ち現れてくる。そこでは、その一つの方途として、本人の「自己決定」や「意思決定」に求める動きがある。現在では、本人の「自己決定」や「意思決定」をどのように尊重していくかということが、権利として認められたその先に浮上する課題として問われている。
日本では、障害を持つ人たちの意思決定にかんする議論や研究は、自律・自立や自己決定と重ねられて進められてきた。2011年に改正された障害者基本法、2013年に施行された障害者総合支援法には、障害者の意思決定の支援に配慮することが規定された。さらに2014年に障害者権利条約に批准してからは、それらの問題が意思決定支援として改めて主題化され、その内実が問われるようになってきた。障害者権利条約は、その目的を「この条約は、障害のある人によるすべての人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し、保護し及び確保すること、並びに障害がある人の固有の尊厳の尊重を促進すること」と規定している(障害者権利条約第1条)。そして、障害に基づく差別について、「障害に基づくあらゆる区別、排除または制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のいかなる分野においても、他の者との平等を基盤としてすべての人権及び基本的自由を認識し、享有し、または行使することを害し、または無効にする目的または効果を有するものをいう」と明記している(障害者権利条約第2条)。その上で、差別を「障害に基づく差別には、あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む。)を含む。」と定義している。このように障害者権利条約は、障害当事者の価値観に基づいた社会のあり方を提示し、その共有を求めているのである。何を必要と考え何を求めるかが、そこに示されているのだ。私たちは、なぜ障害当事者がそういうふうに主張せざるをえないかも含めて、問いを引き受けなくてはならない。だが私には、現状の障害者を取り巻く問題に対して、私たちが「障害当事者の意思決定や自己決定に任せればよい」と突き放してしまうことがあまりに多いように思われる。このことは、私たちが障害を持つ人たちに、単独で有効な「自己決定」「意思決定」を能力として求めているにすぎないのではないか。私たちが障害を持つ人たちにこうした態度をとり続ける限り、どうすればいいかということは見えてこない。それは、障害者権利条約で明確に示された障害当事者の価値観を読み解きどのように社会を再編していけばいいのかという、いつでもその当事者になりえる私たち自身も共有しているはずの問いを、放棄することでもあるのだ。

◇意思決定や自己決定への執着
障害者権利条約第12条では「法律の前にひとしく認められる権利」として、法的能力の平等を規定している。この12条の解釈をめぐっては、法規範のあり様にまでその議論が拡大されることとなった。ここで指示されるのは、障害を持つ彼らの主張が意思決定を能力として評価する社会のあり方に対する抗議だということである。一方で、障害がある人とない人で意思決定の能力に違いや差があるように見えてしまう。しかし、意思決定の能力の違いや差は障害の有無にあるのではない。たとえば、疎外されて貧困状態にある人はよく考えて決めることができない。あるいは、よく考えることはできても、他人に迷惑をかけるからという理由で主張しないこともある。ALSの人たちは、家族の介護負担を慮って、人工呼吸器を装着すれば長期生存ができるにもかかわらず、自らその意思を沈黙させていく。医学的にみても、ALSの人にとって人工呼吸器を装着する状況、あるいはそれを可能とする状態を必要としていないとは言いがたい中で、それでも本人たちは積極的に要求することなく、沈黙していくのである。本人の自己決定や意思決定に任せることは、本人にとって必要なものが提供されないという事態を招くことにもなるのだ。
このことは、障害者権利条約における第12条の解釈をめぐる議論で支援された意思決定パラダイム(Supported Decision Making)として明確に主張される。そこから示されるのは、意思決定を能力として評価する社会を前提とする法制度としての意思決定の理解に対する異議であり、さらにそれが自分たちを抑圧し特定の生き方を強制する意思決定にまつわる規範であるということへの抵抗である。こうした主張を踏まえた先行研究では、意思決定の支援が行われる際に生じ得る権利侵害を指摘し、代理・代行決定の仕組み自体が有する危うさや抑圧的な構造を明らかにした。しかし、これらは結局、意思決定が困難な人たちの生活の難しさをその能力の問題として個人の能力に帰責し、その主張をかえって見えにくくしている。法学や社会福祉学の領域では、意思決定支援が成年後見制度のオルタナティブとして捉えられ、それ自体を批判的に検討するまでには至っていない。12条の前提として求められる支援された意思決定の内実は、疎外されてしまうことで失う仲間や経験することで蓄積されていく知識やスキルを取り戻すことなのである。そして実はその契機を奪い疎外することを規定する一つが、私たちの意思決定支援へのこだわり、いいかえれば本人の意思決定や自己決定への執着ではないだろうか。

◇オルタナティブとしての意思決定支援――Family Group Conferenceの取り組み
障害者に能力としての「意思決定」を求めるという行為は、まさしく意思決定支援の産物である。ましてや、成年後見制度や精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下、精神保健福祉法)は、意思決定の名の下に障害者をことあるごとに制限するしくみとして作動している。さらに、私たちが生きる社会では、意思決定支援がそれらのオルタナティブとして捉えられている。「本人中心」の意思決定支援によって、社会からの明確なサンクションの回避が承認されることに重きが置かれているのである。
ニュージーランドやヨーロッパでは、成年後見制度に代わる本人中心の意思決定支援の方法としてFamily Group Conference(以下、FGC)が取り入れられている。オランダでは、隔離身体拘束の段階的な削減と強制入院を回避するためのアプロ―チとして、FGCが着目され、実施されている。日本でも、成年後見制度に代わる新たな意思決定支援のあり方を探ることを目的に、オランダでのFGCの取り組みを紹介する研修などが開催されている。ここでは、オルタナティブとしての意思決定支援の事例として、オランダのFGCの取り組みを取り上げたい。
FGCは、EKC(Eigen Kracht Center)という政府から独立した非営利団体によって実施されている。EKCは2001年に設立され、これまで6000件以上ものFGCの実践を、オランダをはじめヨーロッパ諸国で実施している。その中心を担っているのは、EKC設立者であるロブ・ファン・パギー(Rov van Pagee)と、EKCで実践業務を担当しているヘッダ・ファン・リシャウト(Hedda van Lieshout)である。またWNUSP(世界精神医療ユーザーサバイバーネットワーク)の共同議長を務める精神障害当事者であるヨラーン・サンテゴッヅ(Joijn Santegoeds)も隔離身体拘束の段階的な削減と強制入院を回避するためのアプロ―チとして着目している。とくに、ロブは、1996年にFGCをヨーロッパに導入し、児童福祉領域での活用をはじめとして保健医療福祉の現場で展開している。
ヨーロッパのFGCの拠点であるEKCの任務は、@市民の自己決定の最大化、A家族・友人の協力で市民の力を高める、B関連機関・自治体・政府、運動を刺激する、C市民のための主張である。これらを達成するためEKCは、「市民は自分たちの状況の中で直接的に影響を与えながら、解決策を作ることを目指してどのようになっていくかを、独自に話し合うことができる」機関として独立した法人として設立された。FGCはそうした独立した機関で実施されている。
そこで実施されるFGCの起源は、ニュージーランドで1989年に制定された児童・青少年・家族法であるとされている。ロブとヘッダは、児童・青少年・家族法の制定された背景であるマオリ族の生活をめぐる問題意識について、次のように説明する。それは、第一に「社会はマオリ族の生活スタイルを捻じ曲げていることに気付いていない」、第二に「制度は他の文化を無視して締め出してしまっている」、第三に「世話をしている人の責任と力をソーシャルワークが奪ってしまうことがおおい」ということである。つまり、マオリ族が持つ本来の力を奪い計画を推し進めてしまっている状況に対して、マオリ族の意思決定システムの回復として児童・青少年・家族法が制定され、その中心的な役割を担うものとしてFGCが発案されたというのである。
そこでのFGCの主な役割は、サークル(コミュニティ)を広げることである。父親や母親以外にもそのコミュニティの輪を広げていくことにある。ここで重要なのは、利害関係や影響を受けることがないというFGCの独立した活用である。FGCにおいてサークルは、普遍的なサークルではなく問題ごとに使い分けられるものであり、常に同じサークルではない。FGCでは問題がその中心に置かれるため、それによってサークルのメンバーやコミュニティの活用方法が変わってくるのである。このことが、FGCの独立した活用を実現する要件となっている。言い換えれば、FGCの独立した運営を可能にするために、コミュニティを活用するのである。
こうしたFGCの独立した活用を勧めることについて、ロブとヘッダはFGCと対置される伝統的な考え方をあげて説明をしている。それは、「関係機関が最もよくわかっている」、「専門職は専門家だ」、「焦点は個人にある」、「専門職が決定の鍵を握る」、「家族はこの型に合わせられる」、「押し付けられた計画」、「関係機関のサービスメニュー」、「ワーカーの専門化」である。こうした伝統的な考え方が、とりわけ家族内の対立や力の不均衡を生み出していると考えるのである。そこで、FGCでは、とりわけ家族と本人とが持つそれぞれの正当な利益の間の対話を可能にし、力の不均衡を緩和することを目指し、合意に基づくプランの作成とその計画が効果的に発揮されるように働きかけるのである。
FGCの実践で重要なのは、本人を取り巻く家族や市民の積極的参加である。FGCは、関係機関は家族や市民に対する尊重を具体的に示すべきであり、行政は不要な介入からその関係性を守るべきであると主張するのである。だからこそ、FGCは独立した機関であらねばならないのだ。ここから、徹底して本人やそれを取り巻く家族や市民の決定を擁護するというFGCの役割を垣間見ることができる。しかし、このことが直接的に本人の利益――権利擁護につながるとは言い切れないことは注意しておかなければならない。
FGCは市民を含むファミリーの決定を徹底的に擁護するため、その決定プロセスを重視し価値を置いている。そこでは、まずできるだけ多くの人――家族、近所、友人、同僚など――を巻き込み、そのサークルを拡大させることに力を注ぐ。そのために家族や本人、関係機関に面接を行い、そのファミリーメンバーを決定していく。そして参加者全員に情報提供し、疑問や質問などに答えて問題を共有していく。そのうえで、カンファレンスの日時を調整し、主催するのである。そのカンファレンスでは、参加者全員が安心できる場でなければならないため、言葉づかいや食べ物、習慣や伝統に配慮することも重要だという。そして興味深いのは、そこには専門家たちの参加が認められることである。FGCの成立背景やその役割や意義から言えば、専門家たちの専門性によって押し付けられてしまう決定が本人や家族の力を奪ってしまっていることが問題であったはずだ。それにもかかわらず、市民も含むファミリーが決定をするには、その決定に必要な情報をもった適切な専門家たちの参加が不可欠だというのである。
ここで注目すべきは、FGCにおける専門家の位置付けである。FGCにおいて専門家たちは、完全に排除されるべき存在ではない。その決定に必要な情報を提供する役割を担った存在なのである。FGCは「ファミリーと専門家たちの共同・協力関係に基づいて」行われるものであり、完全な専門家モデルではないとされる。そのため、カンファレンスの最初の段階で、専門家たちには情報提供や意見を述べる機会が与えられている。専門家とファミリーとで情報共有し話し合う時間が用意されているのである。しかしそれ以降は、専門職はそのカンファレンスから外され、ファミリーとファミリーが選んだ人たちだけで話し合いが行われる。この話し合いの時間は、プライベートタイムと呼ばれ、コーディネーターさえも入らずにファミリーだけで長時間かけて計画がたてられていく。FGCにとって重要なのは、専門家を排除して専門家の決定によらない計画をたてることではなく、あくまでもファミリーが「決定する力」を持つことなのである。
そのためFGCでは、問題や葛藤、人々にできるかどうかがその主題にはならないという。たとえば、それを主題とした場合には、解決することが求められるからである。とくに専門家たちは、問題や葛藤を主題にして取り組むため、解決しなければならないという姿勢でその事象や関係者たちに関わることになる。そうしたとき、専門家から解決に向けた計画が提案され、人々にそれを遂行することが求められるのである。FGCはそうした専門家の決定からファミリーを解放することを目指す。そのために、人の輪を拡大し、その作用を活用して計画を作り決定していく。FGCは、そうした「決定する力」を専門家から取り戻す過程でもあるといえるだろう。そしてこのことは、マオリ族の例に立ち戻りそれと照らせば、ファミリーの生活を尊重しその中にある知恵を使い意思決定をしていくことを示している。それは、FGCでは「市民が最初にプランを作る権利がある」という主張として示される。実際にオランダでは、FGCが公的介入の前に使用できる権利として認められつつあるという。
ここで、新たな意思決定支援のひとつとしてFGCを考えてみる。そうすると、FGCが日本で行われているケアマネジメントに類似していることに気付く。その違いは、FGCが独立した機関であることがあげられるが、そのことが直接的に本人の利益につながるとは言い切れない。なぜなら、FGCは市民を含むファミリーの決定を徹底的に擁護するからである。この意味で、日本のそれと大差はない。日本は、障害者運動の中で家族が――親が一番の差別者であると批判してきた。そうして障害者運動は、家族愛のもとに抑圧されてきた自分たちの意思や生命を守ってきたのだ。しかし、それでもいまだに社会は、家族愛という価値を通して障害や病を抱える人たちの生活を抑圧している。
たとえばALSの人たちの生存の決定は、家族の存在に大きく影響を受けてしまう。それは、家族が介助を担わなければならない状況がそこにあり、さらに家族が介助を担うべきだという規範が存在するからである。日本における人工呼吸器の装着率が30%にも満たないのは、そうした現実を反映している。また精神障害者の場合は、家族による強制入院が認められている。精神障害者の意思が、家族や周囲によって押さえつけられてしまっていることは、強制入院や隔離や身体拘束などの本人の同意に基づかない強制医療が認められていることからも明らかである。こうしたことについては、その多くが社会的文化的規範や自己決定、意思決定支援と重ねられて論じられてきた。
他方で、オランダは徹底した自己決定を主軸として議論が進められてきた。その象徴として、安楽死やドラッグ、SEXワーカーが法的に用意されている。そうした中でFGCが注目されるのは、本人や家族の同意なしに専門職による強制入院が可能だからということがある。言い換えれば、FGCは、専門職の強制介入に対する抵抗の方途の一つといえよう。しかし繰り返しになるが、このことが直接的に本人の利益につながるわけではない。実際には、カンファレンスを通じて家族――市民を含むファミリーの判断によって本人を入院させることが可能になる。つまり、本人の意思決定は、ファミリーの意思決定と重ねられて支援されていくのである。この点で、日本とオランダには大差がない。つまり、家族もその決定主体として位置付けられているのである。
家族とは、言ってみれば、本人の生活や生命をも左右するような、本人にとって最も逃れがたき存在である。FGCは、家族という構造から幾重にも逃れられない状況の中にあり、そこでの「意思決定」は、逃れられない家族関係のリスクを回避するために、本人にその責任を帰責したまま、作動し続けているのである。ひょっとしたら、本人中心の意思決定支援によって社会からの明確なサンクションの回避の承認を求めているのは、専門職ではなく家族そのものであり、日本の障害者運動が批判した存在であるにもかかわらず、家族の構造はそのままFGCへとあてはめられるのだ。
しかし、家族が抑圧者だからといって、簡単にその関係を断ち切りかなぐり捨てられるわけではない。日本の障害者運動が示してきたように、私たちはそうした閉鎖的な空間や関係性を解きほぐすための糸口を探り当てなければならないのだ。

◇精神保健福祉法が奪い続けてきたもの
現在、権利擁護の観点から精神保健福祉法の改正が試みようとされている。強制入院を残したまま、権利擁護を主張するのは、矛盾している。むしろ、精神障害を理由に精神障害者を強制的に入院させ、隔離し拘束できる精神保健福祉法こそ廃止されるべきなのであり、それを相殺するために権利擁護としてとして正当化しようというのは打算的である。ましてや、障害者権利条約の観点からすれば、違反していることは明確である。言い換えれば、精神障害を理由にしてことあるごとにその生活を制限する精神保健福祉法が廃止されない限り、精神障害を持つ人たちの人権はいつまでたっても保障されないのである。
精神科病院に長期入院している人たちは、そこでの生活の継続を望み、地域に出ようとしない人もたくさんいる。またそのことを自分の役割だと思っている人も少なくはない。自分が精神科病院に入院していることで家族が安心して生活できていると、そのことを誇りに思っている人も少なくないのだ。家族のことを慮りそこにとどまっている。精神障害者に対する隔離収容がもたらした現実は、まさに社会からの排除なのである。私たちはこうした現実を、「本人が望んでいるのだから」、「高齢で不自由な体を抱えた人たちが新たな生活をしていくのは難しい」などと、本人の意思や自己決定にその責任を帰責しているのだ。本人が望んでいるのだから、その決定を尊重するなどというおためごかしがもっともらしく通用してしまうこと自体が、このことを雄弁に物語っている。
しかし、私たちにとってふつうの生活――地域で、家で暮らすということを奪い、その感覚や感情をも麻痺させてきたのは、まぎれもなくこの社会であり、精神障害に対する差別なのである。ここで本人に「自己決定」を求めるということは、周囲にとって都合のよい存在となることを求めるのと同じなのである。それは決して、本人が望むことを軽視していいということではない。だが、意識や思考が奪われた状態では、そこでの「自己決定」「意思決定」が生活を制限するしくみとして作動し続けてしまうのである。だからこそ、そのしくみを成立させている精神保健福祉法はただちに解体されなければならないのだ。
この事実は、精神保健福祉法が長期間にわたって本人の生活や尊厳を奪い続けた結果としてみることができるだろう。本人がそうしていろいろなものを奪われてきたように、その裏返しとしてその家族たちもまた差別や排除をされてきた。障害者運動が、家族の愛情が持つ規範性や抑圧性からの脱却の方途として「脱家族」を主張してきたように、親や兄弟、家族がある場面では、本人にとって大きな「壁」となって立ちはだかる。私はそうした人たちの活動の傍らにいて、主張や現実を目の当たりにすればするほど、家族が持つ影響力や支配性の大きさに気付き、より本人の視点に立とうとする思いが強くなる。だが、家族にもまた本人に負担をかけたくないという気持ちや、ほうっておけないという気持ちがあり、まさに抜き差しならない関係がそこにはあるということにも気付かされる。家族が自分の抑圧性や支配性に自覚的でありながらも、そこから逃れられない苦悩を抱えており、そうしたジレンマを解消するための方法が何かないものか、と思えてしまう瞬間が幾度もあった。
家族だからこそ、できないこともたくさんある。苦しんでいる本人を目の前にしては、何もしないではいられない。自分の生活や感情、その本人との関係性を守ろうとすることも自然なことである。こうした家族が抱える苦悩は支援と結びつき、その必要性や重要性が共有されていく。そうして共有した者たちの間には、ケアの代替とは別の形での支援が強められていくように思う。実際に、精神障害を持つ本人の支援では、家族との関係性に焦点があてられることも多々ある。苦悩を抱えた家族の話を聞けば、私もそこに強く誘われ、揺れてしまう。私たちもまた、家族から逃れられない構造の中にいるのだ。

◇差別によって植えつけられる「意思決定」
こうした本人や家族の苦悩は、まさしく障害を持つ人たちへの差別が生み出したのである。差別を形作る施策を前にして、その抑止に向けて闘ってきたのは、それは家族や専門職であるより、まっさきに本人たちである。もちろん、病や障害を持つ人たちへの差別は、本人も家族をも苦しめている。ただし、ここで慌てて付け加えなくてはならないのは、いくら本人と家族の苦しさは連動するものであるからといって、本人にとって何が必要かということと家族にとってのそれが同じではないということである。病や障害を抱える人がいることで生じる家族の苦悩は、その本人たちが豊かになることで解消される可能性を持つ。それに対して、病や障害を抱える人たちの苦悩は、家族豊かになれば解消されるわけではなく、それ自体――インペアメントがもたらす苦痛や苦悩からは逃れられない。だからこそ、障害者運動は、その生活から家族を切り離すことで、家族を障害や病を抱えることに対する社会の抑圧や押し付けられる規範から守ってきたといえる。それにもかかわらず、根強い差別が、今もそこに家族をとどめ、本人を苦しめているのである。
そして、意識や思考、感情を麻痺させてまで、本人の意思に反するような意思決定が植えつけられてきた。その最たるものが、意思決定支援においてクローズアップされた「意思決定」「自己決定」の名の下に押しつけられるそれである。意思決定という困難な課題に対して、これまでは対人援助を中心に議論が展開され、またその補強を法制度で規定し図ってきた。だが、そのことは、対人援助が意思決定という困難な課題に対して十分に応えられるということを意味してはいない。重要なのは、意思決定を能力として評価する社会のあり方そのものを問い直すことなのである。
「意思決定」がどのようにして壁として立ち現れるかは、状況によって異なるだろう。どのような立ち現れ方をするにせよ、障害者は法制度によってその生活が制限されている。たとえば、精神障害者への強制入院は、意思決定の壁の一つの現れ方である。「強制」がダメな理由は、実にシンプルだ。
病気や障害を理由にして、その人の意思を無効化してしまうことがダメなのだ。もちろん、医師が患者の状態を判断して入院を勧めるあまり、患者が身動きの取れない窮地に陥っている状態では、説得は押し付け以外の何者でもない。一方的で圧倒的な弱者にとって、説得は強制でしかない。となると、何度も主張を繰り返すのは、病気や障害を理由にして主張さえも認められないことに対する抵抗なのだと、むしろ考えなければならない。

◇偏見と差別の連鎖に陥って
 病や障害を抱えた人たちの苦悩は、あまりある。いつ症状が現れてくるのかどのようにそれが進行していくのか本人にさえわからないALSという病を抱えた人たちは、いままさにままならなくなっていく身体に自覚的でありながらも、なおもそこに希望を見出そうとする感情を前に意思決定が迫られる。精神科病院に長期入院させられた人たちは、しだいにここにいることが役割だという感情を掻き立てる差別や偏見によって縛られるようになる。病や障害を抱える人たちは、まさにその議論や改変に左右されて、たえず決定を迫られる人たちなのだ。
 「意思決定」や「自己決定」は、他者との関わりの中でむしろ移り変わるものであり、そういった他者との関わり方にこそ変化を見出そうとする姿勢が、障害者運動の主張のひとつにある。何を必要と考え何を求めるかは、他者との関わり方しだいで変化しうるものである。すなわち、であればあるだけ、「意思決定」や「自己決定」はお互いに常に可変性に満ちている。たとえば、一度は人工呼吸器の装着を躊躇った患者が、後から人工呼吸器の装着を積極的に望むこともある。あるいは、人工呼吸器を装着しないと決めていた患者が、いざその状況に追い込まれたときに、図らずも人工呼吸器の装着がなされてしまうこともある。そしてその後の周囲の関わり方によって、その患者は人工呼吸器を装着して生きていてよかったと感じている。このように、他者とのやりとりによって本人のものの見方や考え方が変わることは、十分にありえるし、あっていいことだ。それと同様に、周囲にもその可能性が同等に用意されている。
 ところが、偏見と差別の連鎖に陥って「意思決定」へと病や障害を持つ人たちを追い込むことは、その本人にしか一方的に変化が求められず、本人はその状況にますます縮こまってしまうのである。しかも、そこでの周囲による働きかけや説得は、本人の意思の尊重の名の下に、本人に強制な変更を求めているにすぎない。こうした偏見と差別が生み出したしくみこそ否定されるべきなのだ。条約や法律で規定される意思決定にまつわるあらゆる能力――法的能力、行為能力、意思能力――は、すべての人間に備わっているものだが、ただし、それは十分に発揮される環境がなければ十分に活用できない。それは国家によっても、周囲の人たちによっても、制限されてはならないのである。病や障害を抱える人をただひとり意思決定や自己決定の主体として求めるのは、それこそ差別である。
 病や障害を抱える人たち一人ひとりが差別から解き放たれるにはどうすればいいか。それを、私たちはどのように考えればいいのか。少なくとも、差別を生み出すことに作用している現行の精神保健福祉法や成年後見制度は、ただちに取り払わなければならない。現在求められるのは、障害者権利条約で明確に示された障害当事者の価値観に基づいた背後仮説の存在の提示と共有と、障害当事者が指摘した抑圧性、規範性について実証することである。だからこそ、病や障害を抱える人たちは、絶えず私たちにそのままならなさを突き付けてくるのである。

文献
青い芝の会神奈川県連合会,1970,『あゆみ』10.
――――,1972,『あゆみ』16.
樋口恵子,2001,「日本の自立生活運動史」『自立生活運動と障害文化――当事者からの福祉論』全国自立生活センター協議会,12-32.
廣野俊輔,2013,「府中療育センター闘争の背景:なぜ、この施設で闘争は起こったのか」『福祉社会科学』2: 33-55.
三井絹子,2006,『抵抗の証――私は人形じゃない』千書房.
横塚晃一,2007,『母よ!殺すな』生活書院.
全国自立生活センター協議会編,2001,『自立生活運動と障害文化――当事者からの福祉論』全国自立生活センター協議会.


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◆「意思決定支援と法的能力の平等に関する基礎的なこと」 桐原 尚之(立命館大学大学院先端総合学術研究科博士後期課程・日本学術振興会特別研究員)


1 はじめに
 2014年頃から様々なところで意思決定支援という言葉を耳にする機会が増えた。
2012年6月、障害者自立支援法改正(案)が可決し、相談支援の中に意思決定支援が位置づけられた。また、2013年6月12日の衆議院厚生労働委員会では、精神保健福祉法改正にあたって「精神障害者の意思決定への支援を強化する観点からも、自発的・非自発的入院を問わず、精神保健福祉士等専門的な多職種連携による支援を推進する施策を講ずること。また、代弁者制度の導入など実効性のある支援策について、早急に検討を行い、精神障害者の権利擁護を図ること」との付帯決議がなされた。平成25年度から平成27年度にかけて障害者総合福祉推進事業「意思決定支援の在り方及び成年後見制度の利用促進の在り方に関する調査研究」が厚生労働省によって実施され、2015年9月8日に「意思決定支援ガイドライン(案)の概要」が公表された。また、平成27年度障害者総合福祉推進事業「入院に係る精神障害者の意思決定及び意思の表明に関するモデル事業」が出され、2016年1月に設置された「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」において検討事項の中に入れ込まれた。こうしたあおりを受けて、全国各地で意思決定支援の学習会が開催されている。しかし、ここでいう意思決定支援とは一体なにを指しているのか。
先述の障害者自立支援法改正、精神保健福祉法改正は、障害者権利条約の批准に向けた国内法整備の一環として行なわれたものである。障害者権利条約12条2項には、法的能力(legal capacity)の平等が規定されている。当該条文が意味するところの従来のパラダイムは“障害者が能力故に有効に判断できない”ことが直接的に“障害者の法律上の意思決定・法律行為を有効と見なさない”ことを正当化するパラダイムである。このパラダイムは代理決定パラダイムと呼ばれている。これに対して国際障害同盟などの障害者団体は、障害者権利条約作業部会において“障害者が能力故に有効に判断できない”としても支援をしながら意思決定していく支援された意思決定パラダイム(Supported Decision Making)への転換による代理決定パラダイムの廃止を主張した。
 しかし、ここ最近、意思決定支援と呼ばれているものは、代理決定パラダイムの廃止を伴わないものであり、パラダイムシフトに貢献しないものである。意思決定支援と成年後見制度の利用促進は併存し得ないにもかかわらず、併存するかのごとく謳ったものが散見されるわけである。また、全国各地で開催されている学習会も主催者側が恣意的に意思決定支援の用語を使うため、必ずしも障害者権利条約に基づくものとはなっていないのである。
そこで障害者権利条約が要請する法的能力の平等(12条2項)と法的能力の行使に向けた支援(12条3項)という原初に立ち戻り、意思決定支援――正確には支援された意思決定――と日本の法律との関係について、まとまった見解を示したい。

2 法的能力の平等
障害者権利条約第12条では、「法の前の平等」について規定されている。当該条文の日本政府公定訳と当該条文の英語版原文を引用する。

 第十二条 法律の前にひとしく認められる権利
1 締約国は、障害者が全ての場所において法律の前に人として認められる権利を有することを再確認する。
2 締約国は、障害者が生活のあらゆる側面において他の者との平等を基礎として法的能力を享有することを認める。
3 締約国は、障害者がその法的能力の行使に当たって必要とする支援を利用する機会を提供するための適当な措置をとる。
4 締約国は、法的能力の行使に関連する全ての措置において、濫用を防止するための適当かつ効果的な保障を国際人権法に従って定めることを確保する。当該保障は、法的能力の行使に関連する措置が、障害者の権利、意思及び選好を尊重すること、利益相反を生じさせず、及び不当な影響を及ぼさないこと、障害者の状況に応じ、かつ、適合すること、可能な限り短い期間に適用されること並びに権限のある、独立の、かつ、公平な当局又は司法機関による定期的な審査の対象となることを確保するものとする。当該保障は、当該措置が障害者の権利及び利益に及ぼす影響の程度に応じたものとする。
5 締約国は、この条の規定に従うことを条件として、障害者が財産を所有し、又は相続し、自己の会計を管理し、及び銀行貸付け、抵当その他の形態の金融上の信用を利用する均等な機会を有することについての平等の権利を確保するための全ての適当かつ効果的な措置をとるものとし、障害者がその財産を恣意的に奪われないことを確保する。

第1項では、法律の前において障害のある人が平等であることを規定している。この規定の意味するところは、障害のある人の法律の適用の受け方が不平等であること、障害のある人が法律に定められた権利を行使するにあたって不平等があること、障害のある人の今現在の法律の適用によって得られる効果が不平等であること、などの問題の是正である。第2項は、障害を理由とした法的能力の不平等の禁止を規定している。ここでは、法律に定められた権利の行使にかかわる問題が中心となる。この場合、具体的には法律に定められた権利を有しているという地位を持たない場合(法的地位の不平等)と、法律に定められた権利を行使できないように制限されている場合(法的行使主体の不平等)が問題となる。そして第3項は、法的地位と法的行使主体という機会の平等を実現することによって生じる結果の不平等を支援によって実質的に平等にすることを要請している。すなわち、自由を結果の観点から平等にすることである。
 従来、障害を理由とした法的能力の不平等の問題は、障害のある人の機能障害(impairment)に原因を帰属する立論に基づいてきた。例えば、行為者である当該自然人の判断能力が低下しているため法律行為や訴訟行為を制限するといったものがそうである。また、もうひとつの論点として、精神や知能に障害のある人の判断能力が低いのは、当該行為者の機能障害が原因であるとも考えられてきた。こうした立論は、あらゆる問題を個人の機能障害が引き起こす問題と措定するため、対応や対策も個人をどうするのかという観点に傾斜してきた。例えば、成年後見制度や精神保健福祉法の非自発的入院のような判断能力の低下した人への代理決定がそうである。
障害者権利条約の策定に関わった障害者団体等のNGOは、障害を社会モデルの観点から捉えなおすことの必要性を主張し、機能障害に原因を帰属していく考え方を医学モデルと位置付けて批判した。先に述べたとおり医学モデルの考え方は、機能障害という個人因子が有効な判断を不可能にし、有効な判断ができない個人には判断をさせないというものである。これに対して社会モデルの考え方は、この社会における有効な判断ができる人間像の中に障害者が含まれていないこと、障害者を含みこまずにして判断の社会を設計したことなど、枠組みのあり方が問題にされるわけである。例えば、自己決定は、多くの人が単独で有効になし得るものと考えられているが、そういう人に対して “あなたは自己決定できていますか”と問うたとしたら多くの人は返答につまるのではないかと思われる。それは、単独で有効な自己決定のイメージとは異なる現実があるためであり、多くの人は、様々な情報や人から影響を受けて自己決定をしているわけである。判断力がないとされる人たちの多くは、情報を閉ざされ、極めて限定された人間関係の中でいきることを強いられてきた人たちである。このことは、障害のある人と単独で有効な自己決定をなし得る人々との間に非対称性が横たわっていること、また、そのことによって障害のある人は、真に有効な判断をできない状況に追いやられてきたことを意味している。そういう意味では、判断能力も個人の所有する能力の問題ではなく、社会関係や社会階層の問題として再考されなければならないのである。
 このように考えたときに喫緊になされるべきことは、障害を理由にした法的能力の不平等を規定する法律の廃止である。障害を理由にした法的能力の不平等を規定する法律の廃止を実現するためには、廃止されるべき法律の特定の仕方が明らかにされている必要がある。すなわち、障害者権利条約第12条第2項の達成には、同条約第12条第2項に違反していることを測定するためのロジックが不可欠なのである。当該条文では、「締約国は、障害者が生活のあらゆる側面において他の者との平等を基礎として法的能力を享有することを認める」と書かれており、次の3つの要件で構成されていることがわかる。
1つ目の要件は、障害を理由としていることである。この場合の障害要件は、障害者手帳を保有していることや機能障害の存在という医学モデル的な理解に限定されるものではない。たとえば、障害があると見なされることによって効果が生じる場合や、障害があることに加えて追加の要件によってはじめて効果が生じる場合は障害要件に含まれる。
2つ目の要件は、法的能力である。法的能力とは、障害者権利委員会一般的意見第1号によると法的地位(または権利能力)と法的行使主体(または行為能力、法的権利主体)のこととされている。ここで留意すべき点は、法的能力(legal capacity)と判断能力(Mental capacity)は区別されるということである。判断能力(Mental capacity)とは、判断それ自体にかかわるスキルのことを指しており、人によってそのスキルは全く異なるものである。障害者権利委員会は、判断能力(Mental capacity)について「状況に基づくアプローチ」「機能に基づくアプローチ」「結果に基づくアプローチ」の3つのアプローチを想定している(para. 15)。「状況に基づくアプローチ」とは、機能障害という診断に基づく場合のことである。「機能に基づくアプローチ」とは、本人の意思決定スキルが不足していると見なされる場合のことである。そして、「結果に基づくアプローチ」とは、否定的な結果をもたらすと考えられる決定を本人が行っている場合のことである。法的能力は、人によって異なる判断能力(Mental capacity)に線を引き、その線を越えて低下している場合に改めて法律によって制約を課していくものである。障害者権利条約が廃止を要請しているのは、あくまで法的能力であって判断能力の個人差を認めないというものではない。
3つ目の要件は、他の者との不平等を帰結していることである。先に判断能力(Mental capacity)は法的能力と区別されることを説明したが、障害者権利委員会は、たとえ判断能力だけであっても他の者との不平等を帰結する場合には同条12条2項に違反するという立場を示している。そのため、この要件は他の要件と比べて核心となる要件であることがいえるだろう。
すなわち、障害に基づく法的能力の不平等とは、障害を理由として法律に定められた権利を有さないとみなされることと、障害を理由として法律に定められた権利の行使を制約することの2つを想定しているのである。

3 法的能力の行使に向けた支援の課題
 障害者権利委員会一般的意見第1号は、法的能力の行使に向けた支援の例として次を指示している。

第12条第3項は、どのような形式の支援を行うべきかについては具体的に定めていない。「支援」とは、さまざまな種類と程度の非公式な支援と公式な支援の両方の取り決めを包含する、広義の言葉である。たとえば、障害のある人は、1人又はそれ以上の信頼のおける支援者を選び、特定の種類の意志決定にかかわる法的能力の行使を援助してもらうことや、ピアサポート、(当事者活動の支援を含む)権利擁護、あるいはコミュニケーション支援など、その他の形態の支援を求めることができる。(para. 15)

ここでは、人に対する人による支援が支援された意思決定の具体例として想定されている。しかし、障害を理由とした法的能力の不平等が是正されたとして、全く同じ構造が成立する余地がある。いわば合理的な範囲で決定がなされるように支援者が誘導してしまう場合がそうである。こうした場合は、法的能力の行使を事実上妨げるものとなり得るため議論を要する。
 こうした場合に備えて障害者権利条約には、第12条第4項、同条第5項の規定によって濫用防止のための諸原理が規定されている。ここでは、意志及び選好に基づくことを要請している。この点については、多くの議論を要するところでありながら十分なものが示されているとはいいがたい。今回は、法的能力の行使に当たって必要な支援の具体的な例や濫用防止について論じないが、今後の課題に設定し、いずれ、まとまった見解を示したいと考えている。

4 法的能力の平等の観点からみた行為能力の制限
 この章では、民法における制限行為能力――いわゆる成年後見制度の法定後見――が障害を理由とした法的能力の不平等であり、障害者権利条約に反することを説明する。

4.1 法律行為と意思表示
本節では、本題に入る前に本節において議論の対象にしていく民法の法律行為と意思表示の概念について説明していく。
民法には、法律行為という概念がある。法律行為とは、法律の効果を生ぜしめる目的でなされる人の行為のことである。法律行為には、たとえば契約、委任、譲渡、相続、結婚といったものが含まれる。法律行為は、当事者の意図した通りに効力が発生するという法律行為自由の原則がある。これによって人の法律行為は、秩序が侵されない限り自由なものとされている(90条)。法律行為を有効にするためには、意思表示が必要と考えられている。意思表示とは、社会通念上一定の法律効果の発生を意図しているとみられる効果意思の表示行為のことと考えられている。意思表示の有効性にかんする立場には、主に意思主義と表示主義の2つがある。意思主義は、意思表示にとって表示行為に対応した内心的効果意思の存在が不可欠であり、内心的効果意思を欠く表示行為は無効であるとする立場である。なお、表示された効果意思に対応する内心的効果意思が欠ける場合を意思の欠缺という。他方、表示主義は、表示行為に対応した内心的効果意思がなくとも表示行為から推測される表示上の効果意思が認められれば意思表示は有効であるとする立場である。このことから、意思主義は意思表示した人の保護を重視する立場と考えられ、表示主義は円滑なる取引・契約社会の保護を重視する立場と考えられる。
 意思主義に見るように民法において意思は、表示行為に先駆けて存在する重要な概念である。たとえば、民法明文上では、詐欺及び強迫に基づく意思表示の取り消すことができるとする規定がある(96条)。詐欺および強迫による意思表示は、表示行為に対応する効果意思及び表示意思の存在を認めるが、動機に他人の違法行為が介在していることをもって瑕疵ある意思表示として取り消しが可能となる。また、法律行為の要素に錯誤がある意思表示は無効とする規定がある(95条)。この場合の錯誤とは、動機の錯誤と表示行為の錯誤の2つが想定されている。表示行為の錯誤は、表示行為と表示意思ないし内心的効果意思との間に錯誤があり、表示行為に対応する内心的効果意思が存在しない場合と考えられている。これに対して動機の錯誤は、表示行為に対応する動機が存在しない場合と考えられている。
 以上、簡単ではあるが民法における意思表示と法律行為の関係性について一般的な理解を簡単に紹介した。ここでの要点は、法律行為を有効にする手続きとして意思表示があり、意思の内実にわたる論議の蓄積が相当にあるということである。

4.2 行為能力の制限
 民法第7条以降には、いわゆる成年後見制度(法定後見)が規定されている。法定後見の類型は、「成年後見」、「保佐」、「補助」、「未成年」の4類型である。法定後見の背景には、「意思能力のない者の法律行為は無効」とする明治時代の判例(大審院判決・明治38年5月11日)がある。意思能力とは、一般的に民法第7条に規定する「事理を弁識する能力」(事理弁識能力)と等しいものと考えられており、有効に意思表示する能力をいう。そのため意思無能力による法律行為は無効とされる。この判例は、法律行為において“意思”が重要な意味をもつことを示唆している。
ところが、実際の社会の場面では、法律行為の当事者が事後になって行為時に意思能力が欠如していたことを証明することは極めて難しいといえる。また、行為時の意思無能力が証明された場合には、法律行為が無効となってしまう。それを予期しなかった相手方にとっては、あまりにも不利益が大きいといえるだろう。そこで民法では、意思能力の有無が個別の法律行為ごとに判断されることを回避するため、有効に法律行為をなし得る能力(行為能力)の制限を採用し、画一的に法律行為の効果を判断できるようにしたのである。
制限行為能力者は、原因や程度に応じて制限の範囲が類型化されており、「未成年者」、「成年被後見人」、「被保佐人」、「被補助人」に類型される。
成年被後見人の法定代理人は、成年後見人である。成年被後見人の制限行為能力の範囲は、日常生活に関する行為(民法9条但し書き)と本人の意思によってのみ決めるべき事項、例えば婚姻(民法738条)や遺言(民法926条)、医療同意などを除いたすべての法律行為である。制限行為能力の範囲とされる法律行為は、成年後見人による取消権の発動によって取り消すことができる(民法120条1項)。そのほか、成年後見人には、広範な代理権が付与されており、法律行為を代行することが認められている(民法859条1項)。成年後見人の義務は、療養看護(民法858条)と財産管理(民法859条)とされている。これは保佐、補助においても同様である。成年後見人には、業務上の不正防止のために成年後見監督人が就くこととされている。これは、保佐、補助においても同様であり、保佐の場合は保佐監督人、補助の場合は補助監督人とよぶ。
被保佐人の法定代理人は、保佐人である(民法12条)。被保佐人の制限行為能力の範囲は、民法13条1項に定める重要な財産行為である。その制限行為能力の範囲において保佐人は、同意権(民法13条1項)、取消権(民法120条1項)、追認権(民法122条)を有する。保佐人の代理権は、保佐開始の審判の請求権者または保佐人もしくは保佐監督人の請求(本人以外が請求する場合には本人の同意も必要)に基づいて代理権付与の審判を受けている場合に限り有する(民法876条の4第1項・第2項)。
 被補助人の法定代理人は、補助人である(民法16条)。被補助人の制限行為能力は、補助開始の審判を基礎としてなされる同意権付与の審判(民法17条1項)や代理権付与の審判(民法876条の9)の組み合わせにより可変的に決まる(民法15条3項)。したがって、被補助人に代理権付与の審判と同意権付与の審判の双方がなされている場合には、補助人には同意権・取消権・代理権が認められ同意権付与の審判のみの場合には同意権・取消権のみが、代理権付与の審判のみの場合には代理権のみが認められることになる。

4.3 障害者権利条約からみた制限行為能力
 民法明文上では、「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる」(7条)、「後見開始の審判を受けた者は、成年被後見人とし、これに成年後見人を付する」(8条)、「成年被後見人の法律行為は、取り消すことができる。ただし、日用品の購入その他日常生活に関する行為については、この限りでない」(9条)と書かれている。
 このことから民法明文上では、精神上の障害により事理及び弁識の能力を欠く場合に行為能力の制限が可能とされていることがわかる。ここでいう“精神上の障害により事理及び弁識の能力を欠く場合”とは、障害者権利委員会一般的意見第1号でいうところの判断能力(Mental capacity)のことと考えられる。なぜなら、診断を根拠とする「状況に基づくアプローチ」、本人の判断力が低下していると見なす「機能に基づくアプローチ」、そして当該障碍者の判断が本人にとって不利益な結果を招く恐れがあると決めつける「結果に基づくアプローチ」のいずれもが該当するためである(para. 15)。また、障害者権利委員会の一般的意見第1号では、これら意思決定能力が根拠とされて法的能力の制限が伝統的に正当化されてきたと指摘している。民法において“精神上の障害による事理弁識能力”によって制限されるのは、行為能力である。この場合、行為能力は法的能力に該当すると考える。なぜなら、法的能力は法的地位と法的行使主体の双方が含まれるとされており、制限行為能力の場合は、法律行為を制限するため法的行使主体に該当するからである。こうした法律行為の機会を制限することは、他の者との平等を基礎として権利を享受することを意味しない。なぜなら、法律行為を自由に行使する権利が享受されずに制限されているためである。
精神上の障害による事理弁識能力の挙証方法は、医師の診断書による。診断書は、判断力の低下が機能障害(impairment)によるものであることを証明する構成となるため、必然的に障害の問題を形成する。もちろん、もっと単純には民法明文上に“精神上の障害”と書かれていることをもって障害の問題と位置付けることが可能である。
以上のことから民法の当該規定は、障害を理由として精神上の障害による事理弁識能力という意思決定能力(Mental capacity)を根拠に、法律行為という法的能力を制限するものであるため、障害者権利条約第12条に反する。

4.4 制限行為能力における障害に基づく法的能力の不平等
 民法における制限行為能力規定の立法事実は、意思無能力による法律行為の無効から取引社会の安全を保護することである。自由主義における市場社会では、個人が自由に財を所有し、処分することが可能とされる。取引社会に対して多くの人は、人と人との取引が互いの利益と納得によって成立ものと信じて疑わないのである。そのため、意思無能力者の存在は、取引社会の在り方を根底的に破壊してしまう存在として措定されることになる。換言すれば、市場経済に支えられた取引社会の保護のために意思無能力と見込める者は行為能力を制限せしめられていくのである。
2節1項では、意思表示について取引の安全を重視する立場が表示主義であることを説明した。これに対して意思主義は、内心的効果意思に目を向けようとするものであり、市場経済に支えられた取引社会の保護のために個人を犠牲にするような観点とは一線を画する。とはいえ意思主義は、取引社会の保護を重視しない代わりに、意思無能力と見込める者を保護すべき個人として措定している。この考え方の枠組みでは、個人の保護という動機によって制限行為能力が積極的に採用されていくことになる。
また、意思主義と表示主義の2つの立場は、個別の法律行為ごとに均等に作用しているわけではなく、行為者の属性――障害の有無――によって一方の主義が強く作用するといった恣意性を有している。つまり、障害者の法律行為には、執拗に内心的効果意思の点検がなされ、健常者の法律行為には、内心的効果意思の点検がなされず表示行為の形式的な有効性のみが強調されるのである。
このように属性によって異なる処遇が決定されていく仕組みは、属性を理由とした不平等の問題を引き起こしていく。また、不平等の帰結が不利益と等しい場合には、是正が求められるだろう。たとえば、障害を理由とした行為能力の制限は、障害があることによって他の者が平等に有している法的能力(legal capacity)を制限するという不利益の問題を引き起こしている。この場合、障害とカテゴライズされていることは、行為能力を制限する理由としての妥当性を有するのか、ということが関心となってくる。当然ながら属性に依存した処遇の選別は、とくに不利益を帰結する場合には人権の観点から完全に否定されなければならないといえるだろう。

5 精神保健福祉法と法的能力
5.1 はじめに
2014年、日本は障害者権利条約を批准した。障害者権利条約12条には、法の前の平等に関する規定があり、同条2項には障害のある者に対する法的能力の平等について書かれている。
法的能力の範囲には、法的地位と法的行使主体の双方を含むとの考えが定説である。障害者権利委員会一般的意見第1号では、法的地位を「権利を有し、法律の前に法的人格として認められる法的地位」としており、法的行使主体を「これらの権利に基づいて行動し、それらの行動を法律で認めてもらう法的主体性」としている(para. 14)。従来、法的地位や権利能力、法的行使主体はと行為能力と訳されるきらいがあったが、法的能力は、民法上の概念に限定されず、日本において法律行為とされていない医療同意や訴訟能力も法的能力の範囲に含まれる。たとえば、精神保健法規に規定された非自発的入院は、医療同意における障害を理由とした法的能力の不平等の一例とされている(障害者権利委員会 para. 7)。しかし、従来使用されてきた“権利能力”“行為能力”という名称は、基本的に民法第4条の権利能力と同法第7条以降の行為能力のことを指すため、民法上の概念に限定されないという点を不可視にしてしまうことが危惧される。現に日本における法的能力の議論は、成年後見制度と意思決定支援を中心としたものであり、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下、精神保健福祉法)の医療同意を取り扱った研究はほとんどされてない(1)。
そこで本章では、精神保健福祉法の措置入院、医療保護入院(任意入院を含む)が障害を理由とした法的能力の不平等であり、障害者権利条約に反することを明らかにする。

5.2 医療同意
本節では、本題に入る前に本節において議論の前提となる医療行為と医療同意の概念について説明していく。
医療行為とは、侵襲行為である。この侵襲行為は、複数の正当化要件によって違法性阻却されると考えられている。その要件とは、行為者が医師免許を有していること、患者の同意があることなどとされている。とくに医療同意は、市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)7条において「何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けない。特に、何人も、その自由な同意なしに医学的又は科学的実験を受けない」と同意のない医学的介入を禁止するなど、人権上の不可欠な手続きとなっている。
この同意能力の内容や程度については、法律の明文上に明確な基準が示されているわけではないが、判例上では、@患者本人において自己の状態、当該医療行為の意義・内容及びそれに伴う危険性の程度につき認識し得る能力を備えている場合は、本人の承諾を必要とするとしている、A必ずしも意思能力を必要とするものではなく、当該医療行為の意味・内容及び将来の予後について理解しうる能力があれば足りる、などが示されている(札幌地方裁判所昭和53年9月29日判決)。
医療同意は、法律行為とは異なる能力とされている。そのため、医療提供契約の締結(法律行為)と侵襲行為への同意(医療同意)は異なる手続きと捉えられている。障害者権利条約の観点からは、必ずしも法律行為と医療同意が分けられている必要はない。だが、主として財産などの取引行為にかかわる法律行為のリスクと、ときに生命の維持にかかわる医療のリスクは、権利の性格が異なるといっていいだろう。すなわち、障害者権利条約第10条に規定されている生命の固有の権利は、同条約第12条とのクロスカッティングにおいて障害を理由とした生命の否定――すなわち安楽死や尊厳死――が法的能力の行使を装ってなされることがないように注意されなければならないだろう。
 医療法には、同意に基づかない医療を可能とする緊急避難の法理が一部で適用されている。たとえば、重症の怪我をして意識がない状態の人が路上で倒れており、放置していれば確実に死に至ることが容易に想像できる状況があったとする、この場合、保護責任を遺棄し、結果として死亡した場合は、保護責任遺棄致死罪になりうるだろうし、道理にかなった行為とも考えられない。通常は、通行人が救急車をよび、医療者が生命維持のための救急医療を施す。こうした同意のない医療の提供は、補充性の原則と法益権衡の原則によって例外的に正当化される。補充性の原則とは、他にとるべき手段がないことであり、法益権衡の原則は、その行為から生じた害が避けようとした害の程度を超えないこととされる。
 同意のない医療提供には、法理による緊急非難以外にも、同意のない医療提供手続きを規定した法律によって正当化するものがある。精神障害者に対する強制的な入退院手続を定めた精神保健福祉法などがそうである。精神保健福祉法では、精神障害者本人の同意に関する規定がある。だが、ここでいう精神障害者本人の同意は、積極的に拒んでいない状態を含むとされており、医療同意の一般的な考え方とやや異なるようである。

5.3 医療保護入院と法的能力の不平等
本節では、医療保護入院が障害を理由とした法的能力の制限であることを明らかにする。
医療保護入院は、精神障害者であること(精神障害者要件)、医療及び保護の必要性があること(医療及び保護の必要性要件)、任意入院ができない状態であること(任意入院不能要件)の3つの要件が重なる場合に家族等の同意で入院させる制度である(33条)。なお、任意入院とは、精神科病院の管理者が精神障害者を入院させる場合の精神障害者本人の同意による入院のことである(20条)。任意入院できない状態とは、精神保健福祉法において2つのパターンを想定している。1つ目は、「精神障害者本人が入院の同意をしない状態」である。任意入院における「精神障害者を入院させる場合」とは、精神科病院の管理者が入院を行うか否かの判断をすることができる場合を指しており、専ら医療保護入院との関係について規定したものとされている(精神保健福祉研究会 2007: 171-172)。また、「精神障害者本人の同意」とは、精神科病院の管理者との入院契約のような民法上の法律行為としての同意と必ずしも一致するものでないとされ、患者が自らの入院について拒むことができるにもかかわらず積極的に拒んでいない状態を含むとされている(精神保健福祉研究会 2007: 172)。このことから「精神障害者本人が入院に同意しない状態」とは、積極的に入院を拒んでいる状態であるということがわかる。2つ目は、すでに入院している任意入院者が退院の申出をしている状態のことである。精神保健福祉法では、精神病院の管理者は任意入院者から退院の申出があった場合は、そのものを退院させなければならないとされている(21条2項)。しかし、精神保健指定医の診察の結果、当該任意入院者が医療及び保護のために入院を継続する必要があると認められたときは、72時間を限り退院を制限することができるとされている(21条3項)。運用上は、医師が社会的入院等を除いて退院可能な任意入院者をあえて入院させておくはずがなく、退院の申出を契機として退院を検討することが標準的な退院のしかたとまではいえないだろう。すると、任意入院者が退院申出した場合の一定数は、医療及び保護の必要性があるにもかかわらず任意入院の継続をしようとしない者という位置づけになる。
ところで、医療保護入院の要件は、任意入院不能要件を除くと任意入院の要件と基本的に同じである。すると、精神科病院の管理者が精神障害者を入院させる場合に精神障害者本人が同意をしないときには、任意入院不能要件を満たすため医療保護入院が可能となる。また、医療及び保護の必要性があるとされる任意入院者が退院の申出をしている場合は、精神障害者要件、医療及び保護の必要性要件に加えて、任意入院を継続できない状態とみなされるため3要件がそろい医療保護入院が可能となる。すなわち、精神障害者本人が入院に同意しない場合及び医療及び保護の必要性のある任意入院者が退院の申出をしている場合には、医療保護入院へと手続きが移行するため入院しない若しくは退院するという結果を選びえないのである。しかも、入院しない若しくは退院するという結果を選べないことは、法律の構造がそうさせているのである。この点は、入院しない若しくは退院するという意思表示を有効なものにする法的能力が法律によって制限されていることがわかる。
障害者権利委員会一般的意見では、「法的能力と判断能力(Mental capacity)とは、異なる概念である」としている。また、同委員会は、多くの締約国が判断能力と法的能力の概念を同一視している点を強調しており、「多くの場合、認知障害又は心理社会的障害により意思決定スキルが低下していると見なされた者は、結果的に、特定の決定を下す法的能力を排除されている」と述べている。なお、ここでいう法的能力とは「権利と義務を所有し(法的地位)、これらの権利と義務を行使する(法的主体性)能力」とされ、判断能力とは「個人の意思決定スキルを言い、当然、人によって異なり、同じ人でも、環境要因及び社会的要因など、多くの要因によって変化する可能性がある」と説明されている(para. 13, para. 14)。
 精神保健福祉法において入院しない若しくは退院するという選択が制限されている理由は、任意入院できない状態という精神障害者本人の状態に求められている。このことから医療保護入院において一般的意見が示すところの判断能力とは、任意入院ができない状態という要件自体のことであることがわかる。
一般的意見では、判断能力に対して「状況に基づくアプローチ」「機能に基づくアプローチ」「結果に基づくアプローチ」の3つのアプローチを用意している障害者権利委員会 2014: 15)。「状況に基づくアプローチ」とは、機能障害という診断に基づく場合のことである。「機能に基づくアプローチ」とは、本人の意思決定スキルが不足していると見なされる場合のことである。そして、「結果に基づくアプローチ」とは、否定的な結果をもたらすと考えられる決定を本人が行っている場合のことである。このうち、精神保健福祉法の任意入院不能要件には、「機能に基づくアプローチ」と「結果に基づくアプローチ」の2つが該当するものと考えられる。やはり、任意入院できない状態といった場合には、判断力が低下して入院の同意が得られないといった考え方や、入院した方が良いのに入院しないといった考え方が背後にあると考えられる。だが、障害者権利委員会は、たとえ判断能力が低下していたとしても、法的能力を制限していい理由にはならないとしている。そのため、精神保健福祉法の医療保護入院(任意入院を含む)は、障害者権利条約12条に反している。

5.4 措置入院と法的能力の不平等
本節では、措置入院が障害を理由とした法的能力の制限であることを明らかにする。
 措置入院とは、精神障害者であることと、「自傷他害のおそれ」があると精神保健指定医2名が判定していることを要件に、精神障害者本人の意思にかかわらず都道府県知事が入院措置をとる制度である。このうち、精神障害者要件は障害を理由としたものであることがわかる。法的能力に相当する医療同意の制限については、そもそも同意というプロセスが存在しない点に留意して論じる必要がある。というのも、精神障害者本人の意思にかかわらずに入院させるというのは、精神障害者本人に入院意思がある場合と入院意思がない場合の双方を含み、入院意思がある場合であろうとも、その意思とは関係なく入院させるというものである。前節では、医療保護入院が障害を理由とした法的能力の不平等を構成する理由として、退院の意思表示や入院拒否の意思表示が有効な行為と見なされないことを挙げて論じた。しかし、医療保護入院の場合は、法的行使主体としての行為の有効性が問題であったが、措置入院の場合は、法的行使主体として同意するといった行為それ自体のプロセスが存在しないのである。すると、措置入院制度は、医療同意するという法的地位を認めていない制度設計であることがわかる。法的能力とは、法的地位と行為行使主体の双方を含むとされているため、措置入院制度における本人の意思にかかわらずに入院させるという手続きは、法的能力に相当する。すなわち、措置入院制度は精神障害者であることを要件に同意というプロセスを認めず、法的能力の不平等を形成するため、障害者権利条約第12条に反するものである。

6 刑事責任能力と法的能力
6.1 はじめに
 本章では、刑法第39条に規定された刑事責任能力が障害を理由とした法的能力の制限に該当し、障害者権利条約第12条の趣旨に反することを明らかにする。また、心神喪失抗弁の廃止をめぐっては、論争の堪えない問題であるため、いかなる課題があるかを確認し、応えられるものについては本章において応えていこうと思う。

6.2 刑事責任能力の概要
刑事責任能力とは、刑法上の責任を負う能力のことであり、事物の是非、善悪を弁別し、かつそれに従って行動する能力のこととされる。また、責任能力のない者の行為に対しては、非難可能性がないため刑罰を科す意味を欠くものとされる。

6.3 刑事責任能力と法的能力
刑事責任能力は、障害問題であると考える。心神喪失及び心神耗弱であることの挙証方法は、精神鑑定による。精神鑑定とは、医師免許をもった人物が精神医学的知見を基礎として鑑定を下すものである。その意味では、判断能力(Mental capacity)を基準にしており、かつ判断能力が低下した状態を機能障害(impairment)と見なすため、あくまで障害にかかわる問題なのである。
刑事責任能力における“事物の是非、善悪を弁別する能力”とは、意思決定能力(Mental capacity)のことと考えられる。なぜなら、事物の是非、善悪を弁別できていない状態とは、本人の意思決定スキルの不足を意味しており、障害者権利委員会が示すところの「機能に基づくアプローチ」に該当するためである。刑事責任能力は、意思決定能力(Mental capacity)を根拠としている。法的能力は、法的地位と法的行使主体のことである。刑事責任能力は、責任を負うことができる地位にかかわる能力である。その意味では、刑事責任無能力は、責任を負うという地位を認めないことと精通している。すなわち、刑事責任能力は意思決定能力(Mental capacity)を理由にして責任を負うという地位から除外することを意味するため、少なくとも意思決定能力(Mental capacity)それ自体であることを意味しない。そして、刑事責任能力は――刑罰は権利ではないため――権利を制限するものとはいえないが、いわば刑罰を受ける地位から除外するという意味で法的能力の制限と見なし得る。

6.4 法的能力と刑法学の対話可能性への示唆
前節では、刑事責任能力が刑罰を受ける地位から除外するという意味で法的能力の制限と見なし得ることを確認した。しかし、これだけでは、刑法学の蓄積に対してなんら建設的な対話をし得るものとはいえないだろう。というのは、刑事責任能力は刑法の原理である責任主義、行為主義、それから刑法の機能である法益保護機能の上に存立するものであり、存立基盤である刑法学理論との関係を踏まえない立論が、一面的であり通用しないという印象を与えるためである。また、心神喪失抗弁は、従来刑事被告人の刑罰を回避する限られた選択肢として一定の役割を果たしてきたのも事実であり、こうした実務上の意義も一蹴されていいものではないだろう。
 こうした問題意識を踏まえた上でどのような展開が可能であるか。第一に確認すべきことは定位である。定位は、刑事責任能力は障害――心神喪失、心神耗弱――を理由として法的能力――刑事責任――を免責するため障害者権利条約第12条に趣旨に反する、ということである。この従うべき定位は、障害者権利条約と障害の社会モデルの要請を率直に受け入れた上での理論的帰結である。その上でいくつかの位相の問題と付き合わなければならないことを指摘する。第一の位相は、新たな定位の導入によって生じる、刑法学における行為論と責任論の蓄積に対して理論面での課題に答えることである。たとえば、行為の非難可能性は、判断力の個人差を無視して一律に作用すべきであるのか、あるいは、刑事責任能力によらない判断力の個人差に応じた刑罰は可能であるか、刑法学に対して障害学がいかなる批判を可能にするのか、といったことである。
第二の問題の位相は、従来刑事被告人の不利益回避、政治的対立の中和として従来機能してきた心神喪失抗弁が廃止されることで与える影響を考慮した上での段階的な提言、刑事司法のオルタナティブを用意することである。
 換言すれば刑事司法のオルタナティブの青写真が描き得ていない段階において、心神喪失抗弁の廃止を主張することは時期尚早といわざるを得ない。

6.5 司法精神医学施設等の保安処分の問題
 障害者権利委員会「障害者権利条約第14条ガイドライン」では、「委員会は、刑事司法体制における訴訟能力なしあるいは刑事責任能力なしという宣告とこれらの宣告に基づいて人を拘禁することは条約14条に違反すると宣言する」(para. 16)、「委員会は、刑事司法体制においての一般的な保障の欠如と不定期の自由の剥奪を伴う保安処分について懸念を表明するとともに26、施設で医学的精神医学的治療の強制が伴う保安処分の廃止をも勧告するようになった」(para. 20)と司法精神医学施設等の収容に対して明確に廃止するべきと述べられている。
ここでは、身体の自由及び安全の観点から障害を理由として強制的に収容していく施設である保安処分施設を障害者権利条約に違反することが指摘されている。当該文面では、心神喪失抗弁によって保安処分施設に送られるという一連の流れが障害者権利条約に違反するとされてはいるものの、心神喪失抗弁それ自体が障害者権利条約に違反していると読むことはできない。すなわち、心神喪失抗弁の廃止は、保安処分の廃止と等しくはないのである。言い換えれば、刑事司法のオルタナティブの青写真が描かれていないとしても、保安処分施設は、障害者権利条約第14条に違反している点で先立って廃止されなければならないのである。

6.6 心神喪失抗弁における医学モデル
先述のとおり刑事責任能力とは、刑法上の責任を負う能力のことであり、事物の是非、善悪を弁別し、かつそれに従って行動する能力のことである。また、責任能力のない者の行為に対しては、非難可能性がないため刑罰を科す意味を欠くものとされる。こうした立論は、刑法の法益保護機能を前提としている。
刑法が法益を保護し得るとする考え方は、刑罰の存在があらかじめ罪となる行為が禁止されるべき行為であることを確認させ、禁止されるべき行為をしたからこそ刑罰を引き受けるべきであるとする考え方を反映しているからである。この場合の行為をする人間像は、理性的な人間である。要するに刑法の法益保護機能には理性的な人間の行為を規制し得るという前提があるわけである。このことから責任とは、理性に対して生じるものであり、非理性に対しては、そもそも法益保護機能の枠外におかれることを意味する。かくして法益保護という目的にそぐわない心神喪失者等に対しては、必然的に非難可能性がなく刑罰を科す意味がないとみなされるわけである。こうした立論と障害の社会モデルは、必然的に相いれないものである。そもそも刑罰に根拠を求める作業は、ほど遠く困難を極めるものである。それゆえに法律の世界は、ある種のフィクションを用意して、それに応えようとしてきたのである。そのフィクションとは、理性的人間が基本的な人間像とされていることである。しかし、こうしたフィクションは、通常の枠組みの中で一応は機能を成立させ、機能の成立を妨げる理性的人間以外の者を特別な枠組みを用意して、さも全体が成立しているかのように装うことによって辛うじて成り立っているものに過ぎない。
 ならば、障害のある人の存在を権利主体としての人間像に含まない今の法体系を前にして、思考をとめて胡坐をかいていてよいはずがない。障害のある人の包摂は、多くの難関を突きつけるだろうが、一つ一つの課題を確認することから問題の共有を図っていかなければならないだろう。

7 民事訴訟能力と法的能力
7.1 はじめに
 この章では、民事訴訟法における訴訟能力、弁論能力が障害を理由とした法的能力の不平等であり、障害者権利条約に反することを解説する。刑事責任能力については、障害者権利条約との関係における課題のみを列記する。

7.2 民事訴訟能力と訴訟無能力
本節では、民事訴訟能力の概念について説明していく。民事訴訟能力については、民事訴訟法において未成年者及び成年被後見人は法定代理人によらなければ訴訟行為をすることができないとされている(30条)。ただし、未成年者が独立して法律行為をすることができる場合はこの限りではないとされている(30条但し書き)。
被保佐人、被補助人(訴訟行為をすることにつき補助人の同意を得ることを要する場合に限る)の場合は、相手方の提起した訴えや上訴について訴訟行為をする場合には、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人、後見監督人等の同意、授権を不要とされている(32条1項)。逆に被保佐人、被補助人、後見人が訴えの取下げ、和解、請求の放棄、控訴、上告などの訴訟行為をするためには、特別の授権が必要とされている(32条2項)。その他、訴訟能力、法定代理権又は訴訟行為をするのに必要な授権を欠くときは、裁判所は、期間を定めて、その補正を命じることとされている(34条)。
 さて、訴訟能力は民事訴訟法に特別の定めがある場合を除き、民法その他法令に従うこととされている(28条)。民法には意思能力に関する明文上の規定がないこともあり、基本的に訴訟能力の有無は行為能力によって定まるものと考えられている。その一方、他方では訴訟能力を有していても訴訟行為の時点において意思能力を有していない場合には当該訴訟行為は効力を有さないとも考えられている。すなわち、訴訟能力の措定は行為能力によって定まるわけだが、それとは別に意思能力が訴訟行為の有効性を左右するものとして存在しているのである。

7.3 障害者権利条約と民事訴訟無能力
 成年被後見人、被保佐人、被補助人(訴訟行為をすることにつき補助人の同意を得ることを要する場合)の訴訟能力は、基本的に訴訟無能力とされており、訴訟行為は基本的に法定代理人によっておこなわれることとされている。訴訟無能力者は、行為能力によって定まると考えられているため、制限行為能力が障害を理由とした法的能力の不平等であるロジックをそのまま援用することができる。すなわち、精神上の障害による事理弁識能力の挙証方法は、医師の診断書により、判断力の低下が機能障害(impairment)を証明するものであるため、障害を理由としたものとなる。訴訟無能力は、(a) 訴訟行為それ自体を自由にできないこと、(b)当事者が訴訟したい場合であっても法定代理人が提訴しなければ訴訟に至らないことなどの制限をかしていく。これらは、訴訟行為という法律に定められた権利を行使する能力を制限するものであるため、法的行使主体としての法的能力の制限に該当する。すなわち、訴訟無能力は訴訟行為という法的能力を制限するものであるため、障害者権利条約第12条に反する。

7.4 障害者権利条約と弁論能力
訴訟能力と類似の概念としては、弁論能力がある。弁論能力とは、民事訴訟法第155条に規定されたもので、弁論能力を欠く者に対しては、法廷における陳述を禁止し、弁護士の付き添いを命じることができるというものである。
弁論無能力者は、意思無能力や訴訟無能力ではない限り、訴訟代理人に陳述を委任することができるため、その点は法定代理人によって訴訟行為がなされていく訴訟能力とはやや勝手が異なる。しかし、弁論能力は、法廷において陳述をさせないわけであり、法的行使主体としての法的能力の制限に該当する。そして弁論無能力の措定は、やはり判断能力等の機能障害と結び付けられたものであるため、障害を理由としたものである。よって弁論無能力は、障害を理由として法廷において陳述をさせないものであるため障害者権利条約第12条に反する。

7.5 障害者権利条約と刑事訴訟能力の課題
刑事訴訟法第29条には、心神喪失等の規定が適用されない罪に当たる事件について被告人や被疑者が意思能力を有しない場合は法定代理人が訴訟行為を代理すると規定されている。刑事訴訟能力と民事訴訟能力の一番の違いは、意思能力によって訴訟無能力を定めている点である。民事訴訟の場合は、意思無能力者の訴訟行為は単に効力を有さないわけだが、刑事訴訟法においては意思無能力の場合に訴状無能力者として法定代理人が代理で訴訟を受けることになる。ところで刑事裁判とは、日本国憲法に「すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する」(37条)とあるように国民の基本的な権利である。例えば無実でありながら起訴された者の抗弁権を保障することなどの重要な意味がある。これを奪うことは、基本的に問題であると考えるが、実質的に抗弁するスキルが低下した者の法的能力行使のための支援を別途考えていく必要がある。と、この能力は非常に面倒な問題が重なっている。そのため、刑事訴訟能力に関するあらゆる見解は今後の課題とする。

8 意思能力と法的能力
8.1 意思能力について
この章では、意思能力と法的能力について検討を加える。
 意思能力とは、有効に意思表示をする能力のことをいい、具体的には自己の行為の結果を弁識するに足りる精神的な能力のこととされる。「意思能力のない者の法律行為は無効」とされる(大審院判決・明治38年5月11日)。
 意思能力は、民法における行為能力の立法事実であり、刑事訴訟法の訴訟無能力の要件であり、また、医療同意は意思無能力であっても可能とされるなど、多岐にわたる基礎的な概念といえる。

8.2 障害者権利条約と意思能力の関係の難しさ
意思無能力は、障害を理由としたものとなりうる。意思無能力は、基本的に判断能力等の人の機能的側面から措定される。たとえば、アルコールを大量に摂取し、酩酊状態であるため意思無能力であるとした場合には、酩酊状態という機能的側面が理由とされることになる。そのため、広義には障害に該当するものと考えられる。その意味では、意思能力は障害要件を満たしている。
意思能力は、既に行使された諸権利の帰結について無効とするものである。また、無効を主張するのは、意思無能力の行為をした行為者自身である。但し、意思無能力者の訴訟行為は効力がないものとされるため、事実上、意思能力が復活するのを待つか、制限行為能力にして法定代理人によって訴訟されることになる。この場合、意思無能力状態での訴訟行為が単に効力が生じていないものと見なすことから、障害者に対して実質的な不利益を及ぼす意思能力(Mental capacity)に該当するため障害者権利条約第12条に違反する。
法的能力とは、法的地位と法的行使主体のことであるが、意思能力の場合は、どちらであるとも言い難いものである。たとえば、行為能力、訴訟能力、弁論能力、医療同意の場合、障害を理由とした法律行為の制限は障害者権利条約12条の趣旨に反する(行為能力)、障害を理由とした訴訟行為の制限は同条約12条の趣旨に反する(訴訟能力)、障害を理由とした弁論行為の制限は同条約12条の趣旨に反する(弁論能力)、障害を理由とした医療同意の否定は同条約12条の趣旨に反する、といずれも障害を理由とした制限の範囲が明確に存在し、代理決定を正当化する枠組みと一体になっている。これに対して意思能力は、障害を理由として画一的に意思の否定をするわけではないし、無効にしたまた、法律行為が無効になる理由も制限の帰結というわけでない。そのため、せいぜい障害の有無が意思の有無に直接的に影響するという考え方が必ずしも正しくないというくらいの問題にとどまる。
そもそも、近代私法では法律行為を有効せしめる表示行為には内心的効果意思が存在するという前提がある。そのため、法律行為は意思から離れて存在し得ないといってもいいだろう(意思自治の原則)。この意思がなんらかの理由で存在しない場合は、当然ながら法律行為自体が成立し得ないわけだから無効とされる。それは、障害を理由にしていない場合であっても、虚偽の意思表示の無効(94条)、錯誤の意思表示の無効(95条)、強迫による意思表示の取り消し(96条)といったかたちで開かれたものである。もし、意思能力を障害に基づく法的能力の問題であると見なして否定したならば、さまざまな理由で意思の欠如が法律行為を無効及び取り消しの理由とされているにもかかわらず、障害に基づく意思の欠如だけ無効にできないといった不平等を形成することになる。これこそ、場合によって障害を理由とした不平等の問題になり得るだろう。

8.3 合理的配慮としての契約無効
意思無能力による法律行為の無効は、原告本人が無効にしたい法律行為を無効にし、法律行為の帰結として生じる負担を帳消しにできる点で一種の救済と捉えることができる。当該救済は、法的能力の制限と異なり、自ら原告となって無効を主張できる点に利点がある。しかし、先に障害の有無が意思の有無に直接的に影響するという考え方が必ずしも正しくないと述べたとおり、この救済は障害の存在が認められてはじめて成立するものである。いわば、障害者用の特別な枠で、かつ法律行為の無効という怪しげな方法で救済するわけだから疑問の余地が残される。
 ただ、この疑問は意思能力が法的能力と等しいことに由来したものではないと考える。というのは、救済の範囲が医学的に診断可能な狭義の障害に限定されている点にこそ不自然といわなければならないからである。当該救済は、「障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」(障害者権利条約第2条)に資するものであり、合理的配慮として捉えることが可能である。とくに合理的配慮は不作為責任を問うものであり、本人の要求を前提としている点でも一致したものとなっている。
これまで救済を得るためには、医師の作成した診断書など医学的な挙証が要請されてきた。しかし、医学的な挙証がないということが合理的配慮を提供しない理由にはならないだろう。なぜなら、医学的な挙証は、合理的配慮のニーズの特定になんら貢献するものでなく、また、当該合理的配慮の過重な負担に医学的な挙証がなんら影響するものでないためである。すなわち、意思無能力による法律行為の無効は、限定されることなくより多くの人に開かれるべき合理的配慮だと考えられる。

8.4 意思を前提とした私法のあり方の改変
 近代民法における限定化された“意思”は、障害者の内心的効果意思を前提とした設計とはなっていない。そのことは、従来の意思能力概念が機能障害に由来すると考えられてきたことや意思が理性的なものという組み立てであることからも自明といえる。そのため、意思能力が障害者権利条約第12条第2項に違反するかどうかとは別に、法的能力の行使に当たって必要な支援の一環としての法律のあり方の改変が求められるものと考える。

9 日本における意思決定支援の議論――意思決定支援制度としての受容とその問題
 日本で「支援された意思決定」の文言を最初に使用した行政文書は、2008年の内閣府障害者施策総合調査の調査票である。2007年度調査以前は、「代理で記入」(本人の意見を想像して代理で記入する)とされていたものが調査委員の一人から問題ではないかと指摘された。内閣府担当官は、変更に頑なであったが、調査委員であった筆者が「支援された意思決定の文言を加えることで妥協できないか」と訴えたことで「支援された意思決定の観点から代理で記入」と調査票に記載されることになった。以後、従前の例に従い、支援された意思決定の文言が毎年入るようになった。
同時期、障害者自立支援法違憲訴訟が各地で開始され、2009年7月現在では71名の原告が提訴していた。2009年7月の衆議院選挙で自由民主党・公明党政権から民主党・社会民主党・国民新党に政権交代したことを機に、同年12月8日に障がい者制度改革推進本部が設置され、その下で「障がい者制度改革推進会議」(以下、推進会議)が開かれた。推進会議の構成員は過半数が障害者団体の代表者であり、自身が障害当事者である者であった。推進会議で議論されたことが、2010年12月17日に第二次意見書にまとめられ、それを受けて内閣府の行政官の手により障害者基本法改正案がまとめられた。
 障害者基本法の一部改正に関する法律(案)は、自由民主党、民主党、公明党の三党合意により修正がなされ、第23条に「国及び地方公共団体は、障害者の意思決定の支援に配慮しつつ、障害者及びその家族その他の関係者に対する相談業務、成年後見制度その他の障害者の権利利益の保護等のための施策又は制度が、適切に行われ又は広く利用されるようにしなければならない」との規定が加えられた。これは、もともと成年後見制度が明記されていた障害者基本法の相談条項に、さらに意思決定支援を加えたため、成年後見制度を前提とした意思決定支援という矛盾を作り出したのである。
2010年10月4日、世界成年後見学会は、日本の横浜で国際会議を開催し、「成年後見制度に関する横浜宣言」を発表した。当該宣言には、「本人の意思決定を支援するあらゆる実行可能な方法が功を奏さなかったのでなければ、人は意思決定ができないとみなされてはならない」と成年後見制度が最終手段である点が強調されたものの、成年後見制度自体を否定する文言はなかった。このことは、単に成年後見制度に補充性の原理を導入したに過ぎず、意思決定を支援したけど難しいケースであったとして最終手段としての成年後見制度を正当化していくことを意味する。
他方、障害者自立支援法違憲訴訟は、障害者自立支援法廃止を政権公約としていた民主党の政権により、障害者自立支援法を廃止し、総合福祉部会を設置し新法を作る旨の基本合意の締結による和解で終結した。推進会議は、総合福祉部会を開催し、障害者自立支援法を廃止と新法制定のための議論をおこなった。
 2011年8月30日、総合福祉部会の骨格提言が出された。そこには、意思決定支援にかかわる提言が示された。文中では、「現行の成年後見制度は、権利擁護という視点から本人の身上監護に重点を置いた運用が望まれるが、その際重要なことは、改正された障害者基本法にも示された意思決定の支援として機能することであり、本人の意思を無視した代理権行使は避けなければならない」と障害者基本法の条文をそのまま反映させたため、成年後見制度を前提とした意思決定支援として描かれるに至った。
そして、2012年6月には障害者自立支援法改正(案)が可決され、相談支援の中に「意思決定支援」が位置づけられた。相談支援の中に規定された意思決定支援は、上程された当時の障害者自立支援法(案)にはなく、国会から修正(案)が出された段階で入ったものである。ところで、2012年1月11日、東京都社会福祉協議会知的発達障害部会、東京都発達障害支援協会、東京知的障害児・者入所施設保護者会連絡協議会、東京都自閉症協会、日本ダウン症協会の5団体は、「障害者総合福祉法における『意思決定支援』制度化の提言」という陳情書を発表している。上記5団体は、事実上、国会議員を通じて相談支援の中に意思決定支援が位置づけた団体といえる。また、上記5団体の提言には、「各障害福祉サービスにおいて意思決定支援に携わる支援職員(生活支援員等)を意思決定支援の専門職として位置付け、個別支援計画作成を担うこととすること」とある。
改正障害者自立支援法による相談支援の意思決定支援は、2013年4月1日施行となる。これを受けて障害者団体及び施設・職能団体の連合体である日本障害者協議会は、政策委員会の下に意思決定支援ワーキングチーム(委員長、石渡和実)を設置し、意思決定支援の在り方の提言に向けて議論をまとめた。
厚生労働省は、平成25年度障害者総合福祉推進事業意思決定支援の在り方及び成年後見制度の利用促進の在り方に関する調査研究(基礎的調査研究)、平成26年度同調査研究(実践的調査研究)、平成27年度同調査研究(実践的継続研究)を実施し、2015年9月8日に「意思決定支援ガイドライン(案)の概要」を公表した。
2015年10月1日、日本弁護士連合会は、第58回人権擁護大会において「『成年後見制度』から『意思決定支援制度』へ――認知症や障害のある人の自己決定権の実現を目指して〜」と題するシンポジウムが開催した。そして、翌2日には、日本弁護士連合会総会において「総合的な意思決定支援に関する制度整備を求める宣言」を採択した。
このようにして、障害者が成年後見制度等代行決定パラダイムから解放されるために示したはずの支援された意思決定パラダイムが、成年後見制度とともにソーシャルワークに依拠した相談支援の一環として変質していったわけである。
“Supported Decision Making”の“Supported”は、“Decision Making”の形容動詞であり、支援された意思決定という訳語が適切といえる。支援された意思決定のパラダイムとは、障害者権利条約作業部会において従来の代行決定パラダイムに代わる支援のパラダイム――――として提案されたものである。他方、意思決定支援は、支援(support)メニューの一選択肢という誤解を招く語彙である。こうした個別給付によるサービスとしての意思決定支援は、代理決定パラダイムの否定―――成年後見制度の廃止・医療保護入院制度の廃止――を不可視にしてしまう点で問題がある。また、本来廃止されるべき成年後見制度を意思決定支援制度と組み合わせて支援計画を作成できるようにしている点でも極めて問題であるといえる。とりわけて、障害者基本法第23条の書きぶりは、意思決定支援と成年後見制度を共存可能なものと位置付けており、次期改正で改められなければならないだろう。

10 おわりに
 本稿では、障害を理由とした法的能力の不平等を帰結する基準を国際法の観点から示し、
障害者権利条約第12条第2項に違反する日本国内の法的能力を列挙して論じることができた。意思決定支援は、障害を理由とした法的能力の不平等を是正した後に問題となるものであるわけだから、まずは、法的能力の不平等を形成する法律の廃止が先立たなければならない。このごく当たり前のことが多くの人々に伝えることができたなら幸いである。


1 権利主張センター中野は、2015年3月21日、学習討論会「障害者権利条約と強制入院制度――障害者権利条約12条法的能力をめぐって」を開催し、池原毅和(東京アドヴォカシー法律事務所)と桐原尚之(全国「精神病」者集団)の公開討論を実施している。日本弁護士連合会第58回人権擁護大会シンポジウム第2分科会実行委員会(2015: 227-230)には、「意思決定支援と精神保健福祉法制」という節があり、精神保健福祉法と法的能力に関する提言が示されている。

文献
青木薫久,1993,「保安処分の研究――精神医療における人権と法」三一書房.
日本弁護士連合会第58回人権擁護大会シンポジウム第2分科会実行委員会,2015,「第58回人権擁護大会シンポジウム第2分科会基調報告書『成年後見制度』から『意思決定支援制度』へ――認知症や障害のある人の自己決定権の実現を目指して」日本弁護士連合会.
精神保健福祉研究会,2007,「改訂第二版精神保健福祉法詳解」中央法規.
世界精神医療ユーザー・サバイバーネットワーク,2001,「精神病を有する者の保護原則に関する見解」http://nagano.dee.cc/wnuspanti.htm 取得:2015年10月1日.
障害者権利委員会,2014,「一般的意見第1号第12条:法律の前における平等な承認」http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/rights/rightafter/crpd_gc1_2014_article12_0519.html 取得:2016年1月1日.
――――,2015,「障害者権利条約第14条ガイドライン:障害者の自由と安全の権利認」http://www.jngmdp.org/wp-content/uploads/1aa66068463da1c6585a640f8e5862f11.pdf 取得:2016年1月1日.


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◆「代理決定パラダイムと科学神話」 寺前晏治(立命館大学大学院先端総合学術研究科博士前期課程)


1 はじめに
1999年に成立し2000年4月1日より介護保険法とともに施行されるに至った成年後見制度は、大日本帝国憲法時代の日本において施行された禁治産・準禁治産制度の延長線上に位置づけられる。池原毅和(2000)は、成年後見制度を禁治産・準禁治産制度と比し「新制度(1)はいわば全面的に建て替えをしたというものではなく」、「外壁の化粧直しを基本とした」ものであると指摘する。すなわち、成年後見制度に改正されたものの、基本的な制度構造は明治時代のものより変化しておらず、あくまでも「若干の手直し(2)」を加えた程度に過ぎないのである。具体的には、池原が論述するように成年後見制度は「財産管理のための制度」であるということが旧制度から依然として引き継がれている点として挙げられる。「日本型成年後見制度」と池原が論じるように、財産管理に重心を置く制度設計は海外の後見制度に対する日本独自の特徴である。さらに財産管理といえども、「日常を超えた大きな財産管理」に限定される。
加えて、成年後見制度の位置づけは、判断能力が十分でないとされる者の行為能力を制限しその者を保護するとともに取引の円滑を図る、という名目を付与し制度対象者をあたかも「無能力」であるとみなすものである。この点は、基本的な制度構造が変更されていないことに起因すると思われる。
 それでは改めて成年後見制度とはいかなる制度なのであろうか。より詳細な検討が必要である。法務省(3)によると、

認知症,知的障害,精神障害などの理由で判断能力の不十分な方々は、不動産や預貯金などの財産を管理したり、身のまわりの世話のために介護などのサービスや施設への入所に関する契約を結んだり、遺産分割の協議をしたりする必要があっても,自分でこれらのことをするのが難しい場合があります。また、自分に不利益な契約であってもよく判断ができずに契約を結んでしまい、悪徳商法の被害にあうおそれもあります。このような判断能力不十分な方々を保護し、支援するのが成年後見制度です。

とある。さらにこの制度は「法定後見制度」と「任意後見制度」の2つに大別される。主な違いとしては、前者は家庭裁判所よって選ばれた成年後見人等(成年後見人・保佐人・補助人)が、実際に本人を代理して契約など法律行為、または本人が法律行為を行う際の同意、本人にとって不利益とみなさる法律行為の取り消しを行うというシステムであるのに対し、後者はあくまでも代理権を与える契約という形式で制度利用の「予約」を行うというシステムになっている。両制度に共通するのは、本人を制限し代理するという代理決定が中核をなしているという点においてであり、これは「代理決定」パラダイム(4)と呼ばれるものである。
 
2 「客観性」で「理性的」な代理人という存在
「代理決定」パラダイムは現行制度の基本的枠組みとして存在する。この枠組みにおいて暗黙裡に想定されていると考えられるのは、「代理人は精神障害者等本人と比較し相対的に優れた判断能力を持ちうるものとしてあり、代理人として客観性に基づいた合理的・理性的選択を行うことが可能である」という前提である。
その論拠としては、制度または代理人そのものの成立要件が挙げられる。成年後見制度には「本人の財産を適切に維持し管理する義務を負っています」(5)という文言がある。日本の成年後見制度が、財産管理に軸足をおかれたものとなっていることは先述のとおりである。財産は誰にとっても生活上欠かすことのできないものであり、それを「適切」に管理するというのは障害者本人の生殺与奪を握るといっても過言ではない。それだけに代理人に求められる財産管理能力の水準は高く、それが保障されるからこそ代理人として存在しうる。すなわち、「本人の財産を適切に維持し管理する」能力を備えた人物であると判断されなければ代理人にはなりえず、代理人自身もその自覚を持ったうえで契約等に関する決定を行うのである。では、財産の適切な維持・運用の基準とはいかなるものなのか。それは代理人の「客観的」で「理性的」な判断にゆだねられる。換言すれば、「客観性」を持ち「理性的」であることの二点に求めざるをえないといっても過言ではない。なぜならば、障害者本人が判断能力を不十分にしかそなえていないとされる以上は代理人がそれを上回る判断能力を持ちえなければ制度そのものの存在意義が消失してしまうからである。したがって、「代理決定」パラダイムにおいては「客観性」を持ち、「理性」に基づいた合理的な判断が可能であることが代理人たりうる、および制度を規定する構成要素としてあることは明白である。
上述のように、「代理決定」パラダイムにおいては「代理人」の「客観性」と理性的判断に依拠することで成年後見制度は意義をもちうる。では、そこでいわれている「客観性」と「理性」とは一体いかなるものなのであろうか。本稿では、社会科学で議論を重ねられてきた「客観性」という問題を概観する。また「理性」的な選択による弊害を、事例を踏まえた先行研究から明らかにする。終章では、この問題を「代理決定」パラダイムへと応用し検討を行う。

3 社会科学における「客観性」とは
 社会科学においては「客観性」が問題として取り扱われ、長い間多くの論争の焦点となった。しかし、「客観性」に関して何が問題であるかを論じる際においても「客観性」概念の不一致がみられ議論は混迷を見せている。よってまず議論を整序するための枠組みを提示することは喫緊の課題であると筒井清忠は主張する。そこで筒井は大枠としてA・客観性上の定義、B・客観性の位置、C・客観性の保証要件の三つを措定しその上でさらなる細分化を行う。Aは@主観(的偏見)、A命題の外在性、B間(相互)主観的批判(テスト)可能性、C真理、にBは@個人、A非個人的存在、Cは@事実命題と価値命題の分離、A研究者個人の自覚的統制、B(広義の)制度、という分類である。その上でウェーバーとポパーを中心的な素材として両者の主張を整序する。
 さらに筒井は、ウェーバーにおける「客観性」は「真理」と同定されており、その「保証要件」として、「事実命題と価値命題の分離・及び個人による自覚的統制を考えた」とする。つまり、ウェーバーにとっての「客観性」とは一研究者が禁欲的に「認識することと評価すること」に対して自覚的であることによって保証され、「知的誠実」さを持つことでなされうるのである。この「客観性」論は上述の分類でいう、A―C、B―@、C―@Aに該当するとされる。 
 対してポパーによる批判は、ウェーバーの「個人主義的側面」に対してのものであると筒井(1985)は論じる。それはすなわち、「『客観性』」の保障を個人の内面に求めようとする」ことへの反発であった。ここでは研究者自身が、自己が暗黙裡に前提としている価値命題を自覚し明らかにすることはそもそも可能なのか、ということが問われているのである。ポパーはそれを拒否し新たな解決策を提示する。ポパーはそれを、「開かれた」社会においてなされる相互批判、研究者同士の協力、またはそれを保障する制度による「社会的結果」によって達成され、以上の結果として「客観性」が構成されるとするのである。いわばウェーバーの「個人主義的客観性論」に対しての「集団主義的客観性論」であるといえよう。この「客観性」論は、A―B、B―A、C―@Bであると筒井は論じる。
 
4 ポパーの客観性論に対する批判
終節にて筒井は、ポパーの批判的検討を行っている。主な論点は、「制度」に関する問題、「客観性」定義に関する問題、ポパーが批判する「個人主義客観性論」に関する問題、の三点である。
 第一の「制度」に関する問題は、ポパーのいう「開かれた」社会を形成する制度に対しての指摘である。そもそも「客観性」を保障しうるだけ「開かれた」社会であるというのは誰が判定するのか、またその尺度とは具体的にどのようなものなのか、さらにポパーが想定する「開かれた」社会を阻害するであろう「敵」(6)を設定することで党派的な主張を行っているのではないのか、というのが筒井の批判である。とりわけ、ポパーの主張の党派性というのはポパー自身が否定した、「特定の党派的立場に立つのがもっとも客観的な科学認識をなしうるとするマルクス主義的な自然主義的一元論」そのものであり、非政治性・没価値性の主張に党派性がはらんでいる、という鋭い指摘であるといえる。
 第二の「客観性」定義に関する問題は、ポパーの「批判的討論」において提起される。すなわち、「集団主義的客観性」である複数の研究者による相互批判によって導出されたある結論が、なにゆえに「個人主義的客観性」である個人が「自覚的統制」を行った末に到達した結論に比して、「偏見」の少ない「客観性」の保障された結論であるといるのか、その論理的根拠はいかなるものか、という指摘である。筒井は、どちらの「客観性」にも「偏見」が入る可能性はありうることを想定し、「ケースバイケースとしか規定の仕様がない」としている。さらに、ポパーの「集団主義的客観性」が前提とするのは、「理性的個人」たる複数の主体が討論することは、一個人で考えることと比較して「真理」に近い結論を見出せるという「自由主義的仮説」であるとし、「客観性」の一般理解としてはなりえないものであるとする。
 第三の「個人主義客観性論」に関する問題は筒井がもっとも重きを置くところであり、本論の眼目であるともいえる。それはポパーの「客観性論」の根底を揺るがしうる指摘である。ポパーは「客観性の保証要件」として「制度」「批判的討論」を挙げていたが、それらはまったく個人を超えて存在するのだろうか。換言するならば、それらは究極的には個人に還元されうるものではないのかというのが筒井の主張である。「制度」や「批判的討論」はポパーの「客観性論」の中核をなす主張であるが、筒井はここを批判する。その論拠は、ポパーの「個人」から討論を行う「集団」の関係性に関するが「きわめて曖昧で明快さを欠く」点にある。それはすなわち、「批判的討論」が「個人の内面」へと還元されるというテーゼの確立に成功しておらず、その限りでは「批判的討論」によって導出されたとされる「客観性」というのも、結果として個人の内面に帰属するものでしかないということになる。
 筒井は以上の三点の論点を提示したうえで「客観性論」に関して、「ウェーバーに還帰しようとしても、その退路はポパーによって断たれてしまっている」とする。さらに、社会科学において代表的な二つの「客観性論」それ自身に内在する「危機」であるがゆえの危機性の高さを懸念する。
 上記のように「客観性論」は一つの隘路に陥ってしまったといえよう。上野千鶴子(2013)は、当事者研究に対するいくつかの批判の中に「客観性神話」が見られるとされている。そこでは、「誰が、いかなる基準で判定するのか」という問いが存在せず、「判定にあたかも普遍的な合意が成りたつ―これを客観性という―ことを前提とする」一部の研究者たちの姿勢が糾弾されている。観察者の立ち位置、ないしは観察することそのものが現象への影響をもたらす可能性をはらむという自己言及性は、人文科学のみならず自然科学においても否定できないと上野は論じる。そうである以上われわれは「客観性神話」を盲目的に信仰することはままならないのである。

5 「理性」の陥穽
「理性」に関しての考察を深めるにあたっては古賀徹(2014)の主張が非常に有用である。古賀は、いじめや水俣病、ハンセン病、原発問題という事例を「理性の限界事例」と措定する。それは「理性的があるがゆえの暴力」がそれぞれの事例において確認されるからである。こうした事例に対して「理性の理性による反省」を試みることが本書の目的とされている。
 第一にここでとり上げたいのは水俣病の事例である。古賀は、水俣病について水俣市民たちが「狂死」していくのを目の当たりにしながらも、国家の対応が遅れた原因を「科学的根拠と権利という近代的概念」に見出す。国家としては、水俣病の物質的原因として予想される工場排水を差し止めるためには、排水と病気の因果関係を明確にしなければならない。また、漁民の漁業権を制限するのであれば、論理的にすべての魚が汚染されていることを証明する必要がある。両者に共通するのは、厳格な科学的手続きにより病因を証明しなければならないことであり、その立証によって因果関係が明らかにならない以上は行政措置が科学的根拠を持ちえないということである。よって措置は正当化されず「人権侵害」を引き起こすという構図であるとされる。一方で水俣では患者は増加し続け、遺族や病者の身内は叫び声をあげる。水俣住民側の主張は、水俣病の問題の核心が因果関係の解明にあるとしながらも工場側に責任帰属を行う。その根拠は「一般世論が認めるところ」であるからだ。このような主張は、「感情的であり、論理的に破たんしており、かつ非科学的」であると古賀は論じる。にもかかわらず、結果的に住民側の主張は後に正しかったとされ賠償が行われることとなる。古賀はここに「逆転」を見る。すなわち、「『科学的』で『論理的』な立場が圧倒的に狂っているのと同時に根拠薄弱な信念が圧倒的にまともだった」のである。
 以上をふまえて古賀は、国家の思考法の問題点を明らかにする。それは、水俣病患者が多数存在することを認識しながらも「科学的」態度に固執するあまり傍観をつづける「不合理」な態度を取り続けたことである。すなわち、「過度に科学的であり、過度に論理的であり、人権無視に過度に敏感であるから」国家は動かなかった、否、動けなかったのだ。少し長くなるが、古賀の主張の核心をあらわすものとして以下の文章を引用する。

特定の状況のなかでの全体的な合理性の観点を無視して科学的・論理的合理性に固執するこの態度が示しているのは、科学や論理という批判の武器が不当な自己正当化の道具へといかに容易に堕落するかということであり、また批判と検証という市民的公共性の武器それ自体が、その対象となる漁民から完全に主張の正当化とその決定権を奪うということなのである。

古賀がいわんとすることはまさに「理性の暴力」であるといえよう。さらに、ここで「理性の自己批判」が行われていることは明白である。
 しかし以上の事例に対しては、「水俣病にみられる一連の流れは、時代によるものであり現代においては改善されたのではないか」という反論が想定される。そこで第二に、2011年の東日本大震災によってより前景化した原発問題に関して古賀が論じた章を参考に、「理性の暴力」への考察を深める。
 古賀は一つのパースペクティブとして、「科学技術にそもそも内在化していた潜在的な問題」という位置づけを原発問題に対して行う。すなわち、原子力は一定の固有の問題性をもちながらも、それは科学技術がはらんでいた問題性を先鋭化させた形で露呈させたものとして一連の原発問題をみるのである。日本において原子力は長い間「安全神話」の中に安住していた。古賀によると、1980年代後半以降の反原発の言説ならびに行動は、原発推進側からは「感情的」であり、それらの反原発側の主張は「デマ」であるとして排斥されてきたとある。この構図を抽象化するならば、科学者と一般市民の対立として描かれる。科学者側は、「安全性が科学的・工学的に実証され、それは十分に学会や各種の審査会で専門家の手によって検証を受けている」という確信にのっとり反原発の意見を排除した。この確信にたいしては、同じように科学的知見に基づいた専門的な手続きによるものでない限りは傾聴に値せず「感情的な不安以上のものではない」という論理的帰結が導出される。したがって、専門家の役割はこうした心理的・主観的な「不安」に対して、科学的・客観的な「安全」を市民に理解されうる形で幾度となく説明することにあるとされる。
 このような状態こそが科学そのものに内在する問題点であると古賀は指摘する。つまり、「原子力技術に関する真理は、実証の場である科学・工学のデカルト空間(7)に独占的にアクセス可能な専門家の間ですでに決定して」いるのである。結果として、専門家以外からの批判者というのは専門家でないがゆえに主張の資格を剥奪されることとなる。そのため、外部からの批判は「真理決定の場から排除される」のである。さらにこのような専門家による支配状態は悪循環をもたらす。「核技術が鋭敏で不可逆で確率的な性格を持てば持つほど、つまり社会かに対する影響が深刻化すればするほど、それに対する評価や決定は高度で専門的でなければならない」と声高に叫ばれることとなり、加速度的に「専門性の位階構造」が強化されていくのである。「原子力」というフィールドから排除された人びとは、「専門性の位階構造」に無自覚のまま専門家言説を鵜呑みにすることで、さらに構造を強化させる。こうして原子力批判への回路は閉ざされ無力化されるか、構造的に専門家たちに受け入れられることのないであろう、途方もない批判をしつづけていくほかないような状態に市民が陥る(8)のである。
 この事例もまた「理性の暴力」として位置付けることが可能であろう。「理性」に基づく科学によって、批判を寄せ付けない強固な構造が生じた。その結果は東日本大震災後の日本をみれば一目瞭然である。ここで強調しておきたいのは、「理性の暴力」の主体は専門家ないしは研究者、行政、国家に限定されるものではないということである。本稿では論及しなかったが、古賀は他の「限界事例」として沖縄の集団自決やいじめ問題への考察を行っている。集団自決を行ったのは兵士のみならず、一般国民ではなかったか。いじめはどこでも生じうるものであり、われわれはそれを目の当たりにしたことはないだろうか。決して、われわれは「理性の暴力」の彼岸に位置し傍観するだけの存在ではないのである。「理性の暴力」は人間の本質部分に関わる根源的な問題だ。このことを忘れてはならない。
 以上、古賀の議論より「理性」がいかにして悲劇を生みだしてきたかを概観した。「客観性」の存在自体を疑問視した2章や3章とは異なり、本章では「理性」が存在するからこそ、「理性的」であるがゆえの陥穽を明らかにしたところである。最終章となる6章では、議論を成年後見制度および「代理決定」パラダイムへと移して、「客観性」、「理性」的たりうる存在とはいかなるものかを論じる。

6 「代理決定」パラダイムはなおも「客観性」、「理性」を持ち続けうるのか
1節で確認したように、「代理決定」パラダイムにおいては、「代理人」が「客観性」を持ち、「理性」に基づいた合理的な判断力を持つことが制度そのものを規定する要素の一つとして存在した。
結論からいえば、「代理決定」パラダイムは、ここで想定されているような「客観性」が保障されえないのであれば存立不可能なのである。「客観性」は、たとえ「自覚的統制」や「批判的討論」をもってしても保障されることは困難であり、存在そのものも「神話」とされるような危うさを持っている。そうである以上は、「代理人」に期待される「客観性」は霧散してしまう。それを踏まえた上で「代理決定」パラダイムへと立ち戻るとき明確となるのは、「代理決定」パラダイムおよび制度上の不備である。「代理人」はあくまで「支援者」としてあるべきであり、「客観的」な判断力を有する行動主体となってはならない。制度上では「自己決定の尊重」が謳われているが、果たしてどこまでそれが可能であるのかは甚だ疑問である。「自己決定の尊重」の判断者、その基準は適切なのであろうか。その点は本稿の限界を超えるため論及は行わない。
一方、「理性」に基づき判断を行う「代理人」に潜む危険性はそのまま制度を利用する本人のリスクをとして存在する。そもそも「理性」に内在する問題性が明らかにとなった。もはや、「代理人」に対する「理性」的判断の過度な期待というのは困難となるのではないだろうか。また、「客観性」と同様に「よい理性」と「悪い理性」を明確に区分することができない限りにおいては、「代理人」自身も「理性」を過信できない。「理性」に内在する問題性は集団として、または個人として発現しうるものである。社会的事実である成年後見人制度、その枠組みである「代理決定」パラダイムは、「理性」の危険性をはらんでいる。つまり、「代理人」個人の問題ではなく制度そのものが持つ危険性なのだ。そしてその危険性はいつ顕在化するかもわからない時限爆弾のようなものである。著者が浅学であるがゆえに知らないだけかもしれない。だが、一つ断言できるのは、成年後見制度を貫く「客観性」と「理性」への信仰はこうして脆くも崩れ去ったという「事実」である。それは、成年後見制度の本質に関わることである。
池原(2000)は、「代理人」は障害者に対して代理権を行使することによって本人にとって、不要と判断されうる契約の取り消しのみならず必要である契約を進めることも可能であるとする。第1章で論じたように、日本の成年後見制度は財産管理に軸足をおく制度となっている。また、財産管理といっても「日常を超えた大きな財産管理」である。そうなればますます「代理人」の権力性は高まり、本人に対する影響力も多大であることが推察される。本人の権利上の問題もさることながら、「代理人」にのしかかる重圧は計り知れないであろう。もしも自分が「日常を超えた大きなレベル」の契約に関する選択、しかも自分のためではなく「代理人」を必要とする障害者のために契約の締結/解消を行うのであれば、それは他者の人生そのものを左右しうる選択を行うという可能性をはらんでいる。その契約は、直接的ないしは間接的に障害者の生命に関わるものであるかもしれない。このような状況は他者の生殺与奪を握っているといっても過言ではない。「代理人」が「客観性」を持ち、「理性」に基づいた合理的な判断力を期待されるという一点においても著者は相当過酷な状況であるのではないかと思う。ポパー的な観点からみると「代理人の代理人」を立て「批判的討論」を重ねることにより、より「客観性」を持った判断を行う可能性が高まるかもしれない。しかし、それはやがて筒井が論じるような隘路に陥る。仮にポパーの「客観性論」を採用したところで、「代理人の代理人」、「代理人の代理人の代理人」といかなる規模で「批判的討論」を重ねればよいのだろうか 。これはまた難局に突き当たることとなりそうである。また、いつ「暴力」へと転化するかもわからない「理性」を発揮することを期待されることも同様である。それは自己言及性によって絶えず懐疑のまなざしに晒されることとなり、その際の責任感はたやすく重圧へと変化しうる。むしろ、自己の「客観性」や「理性」を疑うことなく、自己のいかなる判断に対しても「本人のため」という正当化によって肯定的な解釈を行うような人間は、お引き取りを願うほかない。
上述を踏まえて必要とされるのは新たな枠組みであり、それに先立つ認識の変化である。成年後見制度に対する賛否を問わないにしろ、研究者を含む専門家たち、「代理人」、行政、障害者、そしてわれわれもこの「客観性」、「理性」への吟味を欠かしてはならない。殊、「代理決定」パラダイムを構成する「代理人」自身は自己の持つ「客観性」、「理性」なるもの、すなわち「適切な判断能力」に対しては常に懐疑のまなざしを向け続ける姿勢こそが肝要である。まずはこうした姿勢の必要性こそが再確認されねばならない。


1 ここでの「新制度」とは、成年後見制度を指す。
2 池原(2000)は、2000年の制度改正の意義を旧制度から引き継がれた「後見」、「保佐」に対して、新たに「補助」という類型が追加された点に見出す。「補助」類型の追加は、「比較的に障害の重くない人についても後見的な援助を受けられるようにした」こととなり援助ニーズに対応したものであると評している。
3 法務省,2011,「成年後見制度――成年後見登記制度」(http://www.moj.go.jp/MINJI/minji17.html 2015.11.9)
4 国際連合障害者権利委員会一般的意見第1号
5 法務省,2011,「成年後見制度――詳しく知っていただくために」(http://www.smtb.jp/personal/entrustment/management/guardianship/pdf/seinen_kouken_seido.pdf 2015.11.9)
6 ここでは、学問上の批判的相互討論の相手としての「敵」ではなく「物理的手段に訴えてでも相手の存在を否定しあう政治的・党派的」な「敵」が想定されているとする(筒井 1985)
7 デカルト空間とは「自然の最小要素と単純観念の受動的一致」が問題とされる自然の認識と「人間の行為単位とそれに対応する単純観念の能動的な一致」が問題とされる自然の制御を基礎とし、その一対一の対応関係が現実的帰結にも応用されたのち論理的な結合を行うことで、科学技術的な操作の体系を指す。このような空間上においては、@すべての観念の対象が配置され、その関係性を理性が仮構されること、A配置できない対象は存在しないと仮定されること、B対応物をもたないような観念は虚構として排斥されることが原則として存在する。その原則こそが近代科学技術のすべての基礎となる(古賀 2014)。
8 しかし市民はそのような状況を甘受するわけではない。古賀は、「批判的な立場への移行、現状が危機として現象する立場への移行は、たんに主観の選択や決断によるのではなく、自己自身が社会と歴史の力によって、つまり物自体としての世界史によって、従来の計算合理性の外部へと現実に押し出されることで客観的に準備される」とする。古賀は学生時代に反原発運動に参加し、人生という大きな枠組みの中でとらえたとしても多大なる影響をうけたと同書でのべている。このような経験から、専門家支配の構造から脱却する回路を古賀は見出したのではないのだろうか。

文献
池原毅和,2000,「成年後見制度について」『こころの健康』15(2): 16-20.
古賀徹,2014,『理性の暴力』青灯社.
筒井清忠,1985,『現代思想の社会史――社会科学におけるパラダイム転換の方向性』木鐸社.
上野千鶴子,2013,「『当事者』研究から『当事者研究』へ」『闘争と葛藤の福祉社会学』東京大学出版会.


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◆「個人とはいかなる存在なのか――現代における精神障害者の諸状況」 寺前晏治(立命館大学大学院先端総合学術研究科博士前期課程)


1 はじめに
現代の精神障害者が置かれる環境は、「成年後見制度」と「精神保健福祉法」という二つの法制度によって大きく規定されている。
1999年に成立し2000年4月1日より介護保険法とともに施行されるに至った成年後見制度に対して菅富美枝(2013)は、「国連障害者権利条約(Un Convention on the Rights of Persons with Disabilities)における第12条が象徴しているところの、判断能力が不十分な成年者を「法的主体」として再定位という近年の国際的潮流」の中において、なお「判断能力不十分者の実質的な法的主体性」が最大限に発揮されていないとする。現行の制度のこのような現状を考慮し、前述のような国際的な潮流を踏まえたうえで制度が果たすべき役割として、本人の自己決定を中心としそれを支援する形での代理決定というあり方である。ここで想定されているのは、あくまで本人の意をくみ取るための存在である代理人の主な支援のあり方とは、本人に対する情報提供や本人が周囲と意思の疎通を行いやすくするための環境整備を行うものとして、「本人中心」主義的なものである。また、菅(2013)は本人中心主義的な観点から日本における成年後見制度の解釈として三つを示す。第一に、判断能力が不十分とみなされた本人に対しては、後見人は本人の自己決定を援助する立場であるという解釈、第二には後見人が代理決定を試みるにあたって本人の意思に反さず、それに関しての一定の程度の調査が必要であるという解釈、第三には上記が達成されたと法的に判断されうる場合のみにおいて後見人の法的責任を免責するという解釈である。すなわち、後見人は本人を代理して包括的な決定権を有していると同時に一定の制限のもとで恣意的な権利行使は認められない。そうとしながらも、本人中心主義が徹底されたイギリスの成年後見制度に比して日本のものはというと「判断不十分な人々の保護のために、特定の者に特定の代理権限を付与する(と同時に義務づける)構造をとって」いるのである(菅 2013)。
自己決定の尊重と本人保護という両理念は互いに対立するものである。その点において成年後見制度そのものは矛盾をはらんでいる。この点を指摘したのは薮本知二(2015)であるが、薮本(2015)は現行の制度においてはその矛盾が「自己決定の尊重の理念が貫徹する領域と本人保護の理念が貫徹する領域とに明確に区分される形で『調和』している」とする。ここで論じられる「本人保護の理念」というのは、主に財産管理および財産に関する法律行為という観点からであり本人の利益に反する契約等を後見人が取り消し可能であることを指す。他方、「自己決定の尊重の理念」となるとその領域は極めて限定的となり薮本も「日常生活に関する行為を本人が行えば、その行為は取り消せないという形での本人意思の尊重であり」うるという形で実現されていることを指摘する。さらに制度上、成年被後見人は意思無能力としてではなく事理弁識能力(1)が欠けている者として規定されていると菅(2015)は述べるが、これはなんら本人意思の尊重の証左となりうるものではない。
菅は本人意思の尊重を以下のような解釈によって導出する。
  
本人の保護にあたる成年後見人は、その事務を遂行するにあたって、本人と遣り取りをしてコミュニケーションをとりながら、本人の真意を探究し、本人をめぐる事情に配慮しながら、本人の最善の利益に反しないように本人を説得しあたかも本人自身が意思決定したかのように導くことを意味するのではなかろうか(菅 2015)

これを本人意思の尊重と果たしてよべるのであろうか。菅(2015)が述べるのは単なる後見人が本人意思の尊重をしたようなポーズをとるために形式を述べているにすぎない。「あたかも本人自身が意思決定したかのように」という文言にあらわれているように、本質的には後見人が本人を「説得」することによって後見人の意思を貫徹させているという構造になっているではないだろうか。このままでは、成年後見制度が含む矛盾を「調和」しているとは到底言い得ない。
 最終節において菅はこう締めくくる。

本人意思は、本人保護の領域にあっては、自己決定ではなく本人保護(後見等の事務遂行・成年後見人等の選任など)を適正に行うために、考慮すべき事項であるという形で「調和」しているのである(菅 2015)

本人意思が発揮される場を本人保護の円滑な運用に限定するのみならず、本人保護というのは欺瞞でありパターナリズムが上述のような構造を覆い隠しているのが成年後見制度の本質であり、「調和」というには不均衡な力学の存在が明瞭となる。

2 強制入院に端を発する精神障害者の不当取扱い
 障害者権利条約に先駆けた国内法制度の整備として位置付けられる障害者差別解消法は、「全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に向け、障害を理由とする差別の解消を推進することを目的」(2)として2013年6月に制定された。障害者差別解消法は、池原毅和(2015)が指摘するように、「個別分野においてどのような取り扱いが差別的取扱いになるのかについて」は具体的に定めていない。精神保健福祉法は、精神障害者に対して措置入院ならびに医療保護入院といった強制入院制度を認めるのみならず、入院後は入院者に行動制限を行うことが認められ、外部との通信面会の制限や保護室への隔離、身体の拘束などを認める内容となっている(池原 2015)。また日本は、「精神病院大国」である。この言葉が意味するところは、世界の精神科入院患者の約20%を占める30万人が精神病院に入院しているという現状のほか、入院期間が長く入院患者全体の中に占める強制入院という手段によるものが40%を占める。さらには、約20%の入院患者が社会復帰可能な状態にもかかわらず、住居や身元の引き受けあるいは退院後の経済的支援などの支援が不足しているために入院を余儀なくされ続けている「社会的入院」者として存在する(池原 2015)。
 以上のような日本における精神医療ないし精神障害者に対する処遇を池原(2015)は、日本型精神医療福祉が、「極度に医療とりわけ入院医療に依存し、強制入院を安易に多用し、不必要な入院を継続させ、極めて低水準の福祉的支援しか提供しない状況」に置かれていることを明らかにした。
 障害者権利条約においては現行の精神保健福祉法による措置入院/医療保護入院、すなわち強制入院の要件は広汎に及ぶため条約の要請に反して運用されていることは上述のとおりである。このような制度の運用は、精神障害者の機会の平等――自己決定に必要な社会関係および社会参加――を剥奪しており、障害者権利条約の要諦は、「奪われた自己決定に必要な社会関係を回復させることを求める」ものである(池原 2015)。
 このような精神障害者にたいする差別的ともとれる対応を池原は、次のように総括する。

  精神障害のある人に対する強制入院と強制的治療は、精神障害を治されるべき異常  
  な状態として否定的な評価を下し、さらに、本人の意思を無視してその精神のあり方   
  を変容させるものであるから、精神障害のある人のインテングリティーの保障の観点
から重大な問題があるといわなければならない(池原 2015)

成年後見制度と精神保健福祉法が自己決定の裁量の範囲を最低限にとどめ、精神障害者たちのあり方があたかも法制度によって規定されているかのような物象化がここにおいて生じている。精神障害者という以前に一人の人間であるはずであるのだが、ここではその本質が精神障害という外部からのラベル付与により外部(対立物)へと抽出されることにより、法制度がそれらを吸収するという疎外状況が確認される。

4 個人を拘束する「社会的事実(faits sociaux)」
 精神障害者という一個人が外部からの強制力によって人間の本質を収奪されているとするのであれば、成年後見制度ならびに精神保健福祉法という制度がもつ個人に対する拘束力を考察しなければならない。本章においては、E.デュルケムが提示した「社会的事実」という概念を用いて個人と社会の関係性を明瞭にすることを目的とする。
 フランスの社会学者であるE.デュルケムは『社会学的方法の基準』(Durkheim 1937=1978)の中で「社会的事実」を、「個々人の意識の外部に存在する顕著な属性を示すところの行動、思考、および感覚の諸形式」と定義する。その中には、貨幣制度、宗教、法律、世論、流行などの社会的潮流が含まれる。
 さらに、「社会的事実」は個人に外在するのみならず個人に対して「命令」やある行為を「強制」するといった形で作用する。その点において、「社会的事実」は個人にとって拘束力を持ちうるのである。しかし、それらの特質はわれわれが日常生活を行うにあたっては自明視され意識されることはない。個々人は自らの意思で同調することによって、「社会的事実」はその拘束力を増幅させわれわれの諸行為や思考を規定する。このような「強制」はあたかも存在しないものであり、われわれは自由であるという錯覚に陥ることになりかねないが、その自明性が暴かれ「強制」が事実となってわれわれの眼前に生起することは当然起こりうる。
 そのような場面をE.デュルケムは次のように指摘している。
 
私が法の規則をやぶろうとすれば、規則は私に反作用し、もし時間に間に合えば私 の行動を阻止し、もし行為がすでに完了していて、しかも回復可能な場合には、それを無効とし、かつ正常な形式に復しめる。あるいはまた、それ以外ではもはや行為の回復が不能であるときには、つぐないとしてこれを処罰する(Durkheim 1937=1978)

 上述のように、われわれが法律ないし慣習に反抗する場合にはじめて、これらが「社会的事実」として拘束力を持ち立ち現われてくるのである。「個人意識を支配する一種独特の力」とE.デュルケムが述べるように、個人意識は「社会的事実」によってある程度規定されており、「抵抗」や「反抗」を契機とする顕在化に際するまで、われわれにとってそれを認識することは困難となるのである。
 以上のような個人と社会――ミクロとマクロ――のとらえ方は社会学において方法論的集合主義と呼ばれる。われわれの社会意識が自明性という厚いベールに覆われている以上は、個人の存在は極めて卑小なものとなり社会いかんによって左右される無力な存在へと転化することも考えうる。この視点は人間の長い歴史のなかで、「国のため」、「神のため」、「革命のため」に散って行った者たちが存在したことを想起させる。自明性はかくも強固な拘束力を持ちわれわれの精神の内部へと浸潤しているのだ。
 この「社会的事実」を先駆的に明らかにし、「物象化」や「疎外」概念を社会科学的に精緻化させたのがK.マルクスである。彼は当時の経済学に対して痛烈な批判を加えるのみならず、社会とその発展法則に関して新たな知見をもたらすという画期的な業績をあげた。弁証法的唯物論を社会(資本主義)分析へと応用することで、生産諸関係や生産力という歴史的事象を規定する構造的要因を通して歴史的総体の現社会を部分的にではなく全体としてとらえる壮大な試みを行った。
 史的唯物論の公準命題は、K.マルクスの盟友であるF.エンゲルスによって以下のように定式化される。
 
現実に活動している人間たちから出発し、そして彼らの現実的な生活過程から、この生活過程のイデオロギー的な反映や反響の展開も叙述される。人間の頭脳における茫漠とした像ですら、彼らの物質的な、経験的に確定できる、そして物質的な諸前提と結びついている、生活過程の昇華物なのである。道徳、宗教、形而上学、その他のイデオロギーおよびそれに照応する意識諸形態は、こうなれば、もはや自立性という仮象を保てなくなる。これらのものが歴史をもつのではない、つまり、これらものが発展をもつのではない。むしろ自分たちの物質的な生産と物質的な交通を発展させていく人間たちが、こうした自分たちの現実と一緒に、自らの思考や思考の産物をも変化させていくのである(Marx and Engels [1845]1932=[1974]2002)

すなわち、意識が先立って物質を規定するのではなく物質(ここにおいては生産)が先行する形で意識を規定しているのである。ここから、労働という生産活動が生活手段として存在し分業化することによって排他的活動領域が生じ、人間疎外の発生をK.マルクスとF.エンゲルスは演繹する。

  活動が自由意思的にではなく自然発生的に分掌されている限り、人間自身の行為が人間にとっては疎遠な、対抗的な威力となり、人間がそれを支配するのではなく、この威力の方が人間を圧服する、ということである(Marx and Engels [1845]1932=[1974]2002)

さらには、生産活動が自然発生的であるために人間はあたかも外部に強制力が自存しているかのごとく、拘束され支配下に置かれることになる。

 社会活動のこうした自己膠着、われわれ自身の生産物がわれわれを制御する一つの物象的な強制力と化すこうした凝固――それはわれわれの統制をはみだし、われわれの期待を裏切り、われわれの目算を無に帰さしめる――これが、従来の歴史発展においては主要契機の一つをなしている……今やこの強制力の方がそれ独自の、人間たちの意思や動向から独立な、それどころかこの意思や動向を第一次的に主宰する、一連の展相と発展段階を閲歴するのである(Marx and Engels [1845]1932=[1974]2002)

 このような状態は先に述べた物象化である。われわれ人間が創出した生産物が独立して自己運動を行うことによって、生産物そのものがある本質を持つような倒錯した形態を示す。
 物象化は経済領域においてのみではなく人間の意識形態にも存在する。それが法制度となり、硬直した運用や受動的追認へと人々を指向させるのである。このような現状にただ盲目的に追従するのは知的怠慢であり人間精神の頽廃である。第一に、われわれの意識から独立した事物の存在を認識するところからはじめなければなるまい。

4 「社会的事実」に対する批判
 「社会的事実」は誰がどのように判定可能なのであろうか。社会科学の厳正な手続きに従うならば客観的知識である「社会的事実」を観察によって明らかにすることはできるのだろうか。また、史的唯物論においても規範命題を「密輸入」することなく歴史の発展段階を理論化することはありうるのだろうか。
 盛山和夫(2013)は、「科学および学問は『客観的知識』への信仰を基盤にして成立している人びとの共同の実践から成り立っている」としており、ここには「一種の信仰共同体」が存在していることを指摘する。それは、近代科学の発展にあたって必要とされてきた「基本的」な理念である。そのうえで、E.デュルケムの「社会的事実」という概念に関しては、「端的に言って存在しない」と盛山(2013)は断言する。その論拠となるのは、「主観性の中における客観性の措定」である。
 具体的には、デュルケムが客観性をもとに「社会的事実」を必要としたが、
   
  ある人にとって、法や道徳やルールや制度であるものは、その人にとっては、自分の主観的な思い込みを超えて客観的に法や道徳やルールや制度として存在しているのだが、そこで推定されている「客観性」は、結局のところ、その人が主観的にそう思っているだけにすぎない。つまり、「客観的だ」という風に「主観的」に思っているのである(盛山 2013)

社会的世界としてわれわれがとらえるものは、人びとの主観的な意味世界に依拠する形で存在している。しかし、その意味世界の存在も推測にすぎないものであり、その想定すら誤謬の中にあるという点において、社会的世界を支える意味世界すら「脆弱な基盤の上にある」ものだというのが盛山(2013)の見解である。
 客観性の困難は上記にとどまるものではない。第二に、「社会的世界についての知識、認識、記述、言明は、つねに当該の意味世界に属す概念と当事者たちの理論的知識とに依拠せざるをえない」という問題を盛山(2013)は提起する。つまり、「純粋な客観性」というものは存在しえず、われわれはある事象/事物を認識する際には特定の理論的枠組みというフィルターを通じてのみ認識が可能であるということだ。観察者がどこにいるか、彼にとって世界がどのように見えるか、という認識論的観点と実際の社会構造は原理的に峻別されなければならない。
 K.マルクス、F.エンゲルスとてその点に無自覚であったわけではない。K.マルクスらの立場として、いかなる社会科学的研究においても完全に無前提ではなされえず、自ら意識すると否とを問わず、科学者は一定の価値の選択の上に立って知的操作を進めていくものであるという「党派性」を持つべきであるという規範命題を明確に打ち出しているのである。主義社会を正当化するブルジョワジーのイデオロギーであると批判したことからはじまる。だがしかし、後のマルクス主義者たちは、他の流派の社会学者を資本主義社会を正当化するブルジョワジーのイデオロギーであると批判した。それらは、あまりにもみずからが置かれている党派性に対して無自覚であり、マルクス主義の思想を真正の科学と見なすこととなり、1960年代などにおいては、アメリカ社会学がブルジョア社会学と揶揄されるといった様相を呈した。
「マルクス主義の無謬性」に楔を打ち込んだのが、K.マンハイム(1929)である。彼は「社会主義ないし共産主義に考える者は、政治思想におけるイデオロギー(3)的なものを敵の側に認めるだけで、自分の思想は疑いもなくイデオロギーを超えていると思い込んでいる」と指摘する。それゆえ、「イデオロギーという概念のうちには、どんな政治や歴史思想も、必ずや社会や自然条件に制約」されるのである(Mannheim 1929)。この〈存在の被拘束性〉から研究者たちは逃れられないとするならば、社会科学はいかにしてそれを克服することが可能なのであろうか。この問いに対しK.マンハイムは〈自由に浮動するインテリゲンチャ〉という概念を示すことで処方箋の提出を試みた。「階級的立場に否応なしに規定されている人々は、例外的な場合にしか自分の社会的な絆を離れて行動することはできない」というその他の階級が存在する一方で、「知識人はあらゆる立場に感情移入する能力をもっていたからであり、またかれらだけ、どの階級を選ぶかという可能性を許されて」いる存在がインテリゲンチャであった(Mannheim 1929)。知識人の使命は、「自己の社会的位置をそこから生じる使命との具体的自覚」であり、「沈思思考にふける余暇と観察段階のうちにだけ、総合的研究を可能にする社会学的―論理的場所が求められる」のである(Mannheim 1929)。
インテリゲンチャという階級間を自由に移動可能でありながらも、常に自己の階級的立場に自覚的である存在だとはいえ、彼らもまた盛山(2013)のいうところの「一種の信仰共同体」に所属する集団であるとするならば、インテリゲンチャも〈存在の被拘束性〉から免れえない。彼らが提示する理論的枠組みも、完全に自由な客観的立場をとることは不可能ではないだろうか。そもそも、事実命題と規範命題の混同がここには生じている。階級間の自由な移動は結果的に諸階級の総合的研究とはなりうるかもしれないが、それは知識人階級からの独立を意味するものではない。すなわち、K.マンハイムもまた〈イデオロギー〉から解放されることはなく、その主張もインテリゲンチャの特権性を誇示する形で不可避的に〈イデオロギー〉に粉飾されざるをえないものになってしまったのである。
客観性の困難へと再び話を戻そう。盛山(2013)は第三の困難として、「観測の理論負荷性」を挙げる。これはつまり、客観性を追求し社会的世界の分析を行おうとしたとしても、観測そのものが説明対象である社会的世界の基盤をなっている意味世界の制約を受けざるをえないことを指す。
以上の困難にもかかわらず社会学における知的営みを盛山(2013)は次のように論じる。

  社会的事実とか客観的事実というものを「あらかじめ確定する」ことから出発しようとするのではなく、それらの存在を仮説的に想定し、それらについての知識を仮説的に提示するという営みの共同性において、社会学の成立を考えるということである。この営みは、対象としての個々人の意味世界から出発しながらも、「事実」として仮説的に提示されているものを通じて、新しい共同の意味世界の展開へと開かれている。社会的事実なるものは、この探究を通じて新たに発見されるものであり、その発見はわれわれと人びとにとって新しい共同の意味世界の構築を可能にする

 ここにおいては、社会構造を巨視的に認識するのではなく「個々人の意味世界」という行為論、すなわち方法論的個人主義的観点を出発点におくことで、客観的な行動様式や形式の社会的機能から一定の距離を置き、個人の意味世界の探求の必要性が説かれている。他方、「社会的事実」は「仮説的な想定」として副次的な位置づけがなされているが、社会学という学問の自己同一性として簡単に手放すことはできない。盛山(2013)は、「認識論的懐疑」の超克への道筋をして上述のような提示を行ったのである。
 社会学は自己変革の岐路に立たされているのではないだろうか。従来社会学に対してなされた、@「隣接する科学があつかい残したテーマを研究対象とする『残余科学』だという批判」、A「社会学は、他の科学の領域に勝手に侵入する『侵入科学』であるという批判」、B「社会学はテーマを自由きままにとってきては研究する『モザイク科学』でるという批判」(野村 1998)という旧態依然の的を射た批判とは言い難いもの、流動的な社会状況や社会関係を分析対象とする学問である社会学の特徴を列挙したにすぎない。たとえこれらの批判を克服したとしても、未だ課題は残されている。実践志向ゆえに理論を軽視し単なる記述に腰を下ろしてしまうことや、零細な諸現象のみに囚われ鳥瞰的な視点をいっさい欠くような事態ないしは非拘束性にあまりに無自覚な研究は忌避すべきものである。

5 個人とはいかなる存在か
 本稿においては、精神障害者を取り巻く状況を概観したのち、「個人と社会の関係性」を主軸として主に方法論的集合主義的な観点とそれに対する批判より社会学が直面している問題を明らかにした。最終章では、改めて精神障害者が置かれている現状へと視点を移し結びとする。
 「社会的事実」の存在の前提とされた「客観性」は、確固としたものではなくあくまでも「仮説的な想定」をして論を進めなければならない。他方で、人びとが「客観的に存在しうる」と「主観的」に認識する限りにおいては、法制度は効力を維持し続けわれわれを拘束し続ける。この「客観的に存在しうる」という認識こそがさきに述べた物象化であり、その対象である精神障害者が疎外されている/疎外されたと認識する点においては、否定されるものではない。本稿を通じて、自己が置かれている立場に対して自覚的であることが研究に際しての姿勢を推奨するのみに加え、明晰な日常生活を送るためにも不可欠であることを最後に強調したい。その対象としては、自己のみならず周囲の環境、制度、社会、諸関係など多岐に及ぶ。この日々の実践により新たな「現実」を踏まえ、己の「生」に資する社会的実践により個人と社会は架橋されうるのである。それは、最終的に自己解放へとわれわれを嚮導してくれることであろう。


1 菅(2015)は、事理弁識能力を「意思能力よりも高度な判断能力であり、行為の結果から生起する利害得失を判断することができる意思的能力」と解している。
2 内閣府,2014,「障害を理由とする差別の解消の推進」(http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai.html 2016.1.31)
3  K.マンハイムが用いる〈イデオロギー〉という概念は政治的意味合いのみをあらわすものではない。K.マンハイムによると「特定の歴史や、社会における存在位置に必然的に属している見方、およびそれと結びついている世界観ないし考え方」を〈イデオロギー〉をしている。

文献
Durkheim, E., [1885]1937,Les Regles de la method esociologique.Paris: PUF.(=1978,宮島喬訳『社会学的方法の基準』岩波書店.)
池原毅和,2014,「障害者差別解消法と精神障害者に対する強制医療」『部落解放・人権研究所紀要』201: 57-71.
Marx,K.und Engels,F.,[1845]1926 ,Die deutsche Ideologie. Herausgegeben von
David Rjazanov.In: Marx-Engels-Archiv, Zeitschrift des Marx-Engels-Instituts in Moskau: I. Band,Frankfurt a.M..
(=[1974]2002,廣松渉編訳・小林昌人補訳『ドイツ・イデオロギー』岩波文庫.)
Mannheim,K.,[1929]1960,Ideology and Utopia .London:Routledge and Kegan
Paul Ltd.(=2006,高橋徹・徳永恂訳『イデオロギーとユートピア』中央公論新社.)
野村一夫,1998,『社会学感覚 増補版』文化書房博文社.
盛山和夫,2013,『社会学の方法論的立場――客観性とは何か』東京大学出版.
菅富美枝,2013,「民法858条における『本人意思尊重義務』の解釈――本人中心主義に立った成年後見制度の実現」『名古屋大學法政論集』250: 129-153.
薮本知二,2015,「成年後見制度における本人意思の尊重について」『山口県立大学学術情報』8: 135-141.



*作成:桐原 尚之
UP: 20160329 
精神障害/精神医療  ◇「精神保健・医療と社会」研究会意思決定支援 
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