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「書評『病院の世紀の理論』猪飼 周平 2010 有斐閣」

七瀬 タロウ 20121211 『おりふれ通信』313号(2012年12月)

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last update: 20171211


おりふれ通信 313号 2012 12月
書評『病院の世紀の理論』猪飼 周平 2010 有斐閣

七瀬 タロウ(精神障害当事者)

本著は、20世紀を「病院の世紀」と捉え、その成立過程をイギリス、アメリカ、日本の医療政策史、医療史、社会政策史を対比しつつ、近代日本の医療システムの成立プロセスを理論的、実証的に入念に論じた労作である。また後半の章で、第6章「病院の世紀の終焉―健康戦略の転換の時代」で「包括ケアシステム(疾病構造の生活習慣病中心化、人口の高齢化や障害パラダイムの発展による)への移行」や「医師―患者関係の変容」、また、第7章「治療のための病床」では「社会的入院(高齢者の社会的入院の分析が中心であるが精神障害者も若干述べられている)」の問題が、病床の「所有原理」という日本独自の体制の下で、治療上の「ニーズ(必要)」ではなく、社会的な「ディマンド(需要)」により、いかに増大していったのか等が詳しく論じられている。

いきなり結論部分から議論を紹介するのは著者には大変恐縮なのであるが、本著P.268に「重要なことは、日本において『社会的入院 』一般を解消するとは、「所有原理型医療システム」を解消するということであり、それは病院の世紀を終わらせることを意味している」とある。私には、ここが本著を読み解く大きな一つのポイントのように思われる。

ここで少し「所有原理型医療システム」に関して簡単な「用語解説」をしておこう。著者によれば、欧米では「経営と治療の分離」が一般的である。例えばアメリカの場合は「開放原理の医療システム」であって、「一般医」は病院施設を利用する権利を持ち、一方病院の経営に関してはかかわらないのである。一方日本の場合は、医師が自ら病院を設立する「開業医」制度が一般的であり2000年時点で開業医(医療法人と個人)が一般病院に占める割合は施設ベースで70.8%である。では、この 日米の違いはいったいどこから来たのか?一つには病院を開業するにあたっての「医療装備(各種医療機器等)」の投資の問題があげられると著者は述べる。

さて、本著の分析によれば「所有原理型医療システム」というのは、公的、慈善的なファクターが弱かった日本において、20世紀の急増する医療サービス需要に適応し、「安上がりな病院」として充分に「公共的性格」を果たしてきた(この点、著者は「医療の社会化論」には相当に否定的な観点を取っている)。「しかしながら、開業医による高齢者の病床への引き受けもまた「所有原理型医療システム」に由来するものであり、「包括ケアシステム」の形成にとっては「逆機能的」である。高齢者の長期的入院は、政策的対応によって避けえた現象では なく、むしろ所有原理に依拠してきた日本にとっては運命的なものであったと言える」(P.267)とも述べている。

では「精神病床」に関して本著ではどのように論じられているのであろうか。「第7章 治療のための病床―20世紀日本における病床の変遷」に数ページではあるが具体的な記述があるので、まずは紹介しておきたい。まず確認しておきたいのは「特殊病床」と「一般病床」の区別である。「特殊病床」とは「精神病床」「伝染病床」「娼妓病床」「伝染病床」「らい病床」「結核病床」等を指す。「一般病床」が患者や関係者の利益のため存在しているのに対して「特殊病床」は、公権力による強制力で社会防衛上「隔離」することが目的であった。しかしながらこれらは戦後の新しい社会体制下で 伝染病患者の基本的人権を尊重することが求められるようになったこと、またもう一つは各種抗生剤の開発によって大きい治療効果が上がるようになったこと等により「一般病床」へと吸収されていった。ところが「精神病床」は戦後大幅に増大していく。「精神病床」は戦後において「開業医」によって設置されたものなのであるが、著者は「精神病床」に関してまず三点の特徴を指摘する。第一に、まずどのような社会であれ、精神病者を恐れる感情が存在してきたので「精神病床」には「伝染病床」と類似の社会隔離設備として機能するという点。第二には精神病には、治療の対象としての側面があり、その努力は19世紀以降連綿と続いてきた。そしてE、ショーターの「1950年代と1990年代の間に、精神医学にお いて革命がおこった」という言葉も引用し、戦後、精神病と脳における器質的変化との関連が明らかになる過程で、治療に有効な薬の開発が飛躍的に進展してきたと述べる。第三にあげられているのは、精神病者には生活者としての側面があるという点である。精神病者は長く病を抱えながら生きていかなくてはならない。そしてこの文脈において、イギリスにおける1950年代からの精神障害者に対する「コミュニティケア」の実践を「まさに今日一般医療の領域において、病院の世紀の終焉をもたらすものと同等のもの」と著者は大変高く評価する。その一方で、日本の「精神病床」は、「社会防衛・治療・生活」という三つの性格が折り合わされてきたものと本著では位置付けられる。その上で「精神病床」がなぜ 日本において「特殊病床」の「一般病床」化のダイナミズムから切り離されたのかと言う点の結論は本著ではとりあえず留保されている。

さて、ここで私自身の意見を述べておきたい。著者が一点目に述べる、「どのような社会であれ、精神病者を恐れる感情が存在してきたので「精神病床」には「伝染病床」と類似の社会隔離設備として機能するという点」という「社会防衛論」的な理解の是非は、ここでは判断は控えておいておきたい。例えばうつ病者を恐れる社会がそんなに存在したのか?という素朴な疑問も生じる。二点目のいわゆる「向精神薬革命」論も、具体的にどの程度「革命的」だったのかに関してここでは判断を保留しておきたい。いわゆる「薬漬けの問題」は決して日本だけではないのである 。しかしながら、いったいなぜ、戦後、向精神薬が開発され、予後が従来より良好となり、コミュニティケアがイギリスをはじめ欧米各国で始まったにもかかわらず、こと日本においては精神病患者の「社会的入院」や「長期入院」は現在に至るまでいっこうに解消されてこなかったのであろうか。私はこの点にこそ著者が唱える日本の「所有原理型医療システム」の問題点がくっきりと浮かび上がっているように思われる。戦後、開業医は、多くの精神病院を僻地にまさに乱立させた。その「隔離収容」された場所は、治療の場でも生活の場でもなんでもなかった。そして、たとえ、薬物で治療効果が上がったとしても、生活を支えるコミュニティケアは存在せず、「強制隔離収容制度」の下で、多くの人々が精神 病院で朽ち果てていった。だからこそ私たちは、日本の精神病院において「所有原理型医療システム」が終焉を迎えることを誰よりも強く望んでいるのだ!



*作成:小川 浩史
UP:20171211 REV:
医学史・医療史 医療/病・障害 と 社会  ◇全文掲載
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