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「愛雪」を読んで

山田太一(作家・脚本家) 2012/08/15


■新田 勲 20120815 『愛雪――ある全身性重度障害者のいのちの物語』,第三書館,上:448p. ISBN-10: 480741206X ISBN-13: 978-4807412068 1800+ [amazon][kinokuniya] ※ 下:352p. ISBN-10: 4807412078 ISBN-13: 978-4807412075 1200+ [amazon][kinokuniya] ※ d00h.d00p.i051970.

  新田さんはこの自伝を面白く読んで貰えるだろうかという配慮などしなかったかもしれないが、ひきこまれて、とうとう3日かけて読み通した。
  面白かった。
  この大変な人生の記録を面白いなどというのは失礼かもしれないが、他人というのはその程度のものだという認識はきっとたっぷりある新田さんだから、怒らずにうなずいてくれると思う。
  本は、面白くなければ読まないという人たちに、ゴタゴタいわずに「面白かったよ」とすすめたい。読んでくれなきゃはじまらないのだから。読まなきゃ新田さんのような人生があることを知りようもないのだから。
  自伝はむずかしい。
  とりわけ新田さんは主張する歳月を歩き続けてきた人だから、そこからはみ出す人格は切り捨てた物語になるかもしれないという予感があったが、そんなことはなかった。さすがである。
  なにしろ「ハーレム新田」という悪口があったというのである。
  やたらにもてるのだ。私など到底かなわない。それは全身性重度障害者として生きる他はない無念につきあげられた情熱でもあり、悲しみでもあり、つらく暗澹たる体験でもあるのだが、それにしても女性にこと欠かないのだ。新田さんの並々ならぬ男の魅力を感じないわけにはいかなかった。
  しかし、自伝で自分の魅力を語るのは、至難である。
  それを新田さんはやすやすと(?)乗り越えた。手紙である。何人もの女性からの手紙の引用から、新田さんの魅力がじわじわと浮かび上がってくる。その手紙ひとつひとつが、実に多くのことを語って、認識も感情もゆさぶられた。
  ある恋の女性はナイーブすぎて、おいあとさき考えないでそんなに軽く惚れ込んでいいのかよ、と新田さんと共にこっちも心配になってしまったが、それでも恋情がほとんど障害者としての新田さんを無化してしまう時の高揚には胸を打たれた。それだけに、あまりに通念通りの「当たり前」の終局に、私も本からしばらく目をはなして呆然としていた。
  新田さんに、ストーカーのように近づく女性にも驚いた。その人はフェミニズムのイデオロギーにも縛られていて、手紙の文体も奇妙な味があり、あっという間にふたりの間の子どもを生んでしまう。するともうセックスは拒んでしまったり、この人のそれからの経緯には、ありきたりの人ではないからこそのリアリティがあり、他の女性たちより容姿がどのようにでも想像できて、その想像が楽しくもあり、いまだに想像を修正したりしている。
  やがて別の人との間にも娘がうまれ、しかし忘れられないのはまた別の女性であるというようなことを、臆せずに書き、その新田さんを非難する女性の「すべて自分はこれでいいんだと正当化してしまっている。そういう人間の感覚自体、信用できない」という手紙も引用して、いわば全力をあげての自伝という覚悟と成熟を感じた。
  無論、これは女性との人生だけを書いた記録ではない。
  40余年前「府中療育センター」から「多摩更生園」への転所に反対し都庁前に座り込んだ日々からはじまり「利潤を基本とする国の介護政策の思想や方向に異議を唱えて」「命がけで制度をつくって来た」という自負はこの自伝のもう一つの大きな柱である。「私にしかできないことを」して、日本の福祉をここまでつくり上げて来た、という言葉もある。
  しかし、この本とは別の新田さんの編著「足文字は叫ぶ」にくわしいが「この5〜6年の間に、福祉学者や有識者の意向や論理の方向のなかで、日本の福祉はまったくダメになろうとしている」(同書)という。
  ここでくわしくは書けないが「パーソナルアシスタントとダイレクトペイメント」が新田さんの目標である。私には実にまっとうな考えに思えるが「猛烈に反対する障害者もいる」ということでもあるそうなので、私にはとやかくいう能力がない。よく分からないことには口をつつしむべきだろう。
  いい本を読んだと思う。
  新田さんは人一倍強い人だから、これをもって全身性重度障害者の現実というように一般論にしては間違えるかもしれない。大体、障害者をひとくくりにとらえることに異議を唱えているのが、この本なのである。人間はひとりひとり違うのだ、と。
  それにしても、食べるのも一人では「犬食い」をするしかなく、言葉は「足文字」で書くしかない不自由は、自伝ゆえにかえって強調を避けたのだろうが、この本の底流に途切れようもなく続いていることを忘れてはいけないだろう。
  望蜀ながら、同じく障害を持つ妹さんとは、都庁前に座り込みをしたという記述の他に、ほとんど触れられていない。その兄妹の交流も読みたいと思ったりもした。


UP:20120909 REV:
新田 勲  ◇府中療育センター闘争  ◇障害者(の運動/史)のための資料・人  ◇WHO
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