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修士論文

フィリピン農村部の障害者の生計機会を制限する構造とプロセス 〜ニュールセナ町における非障害貧困層との比較分析から〜


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Restrictive structures and processes in livelihood opportunities for the disabled in rural Philippines: in comparison with those for the poor without impairments in the case of New Lucena Municipality

2014年度

日本福祉大学大学院国際社会開発研究科国際社会開発専攻修士課程(通信教育)

学籍番号:13MD0078
氏  名:曽田 夏記

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pdfファイル「フィリピン農村部の障害者の生計機会を制限する構造とプロセス」

論文要旨

フィリピン農村部の障害者の生計機会を制限する構造とプロセス
〜ニュールセナ町における非障害貧困層との比較分析から〜

「障害者の貧困削減」という課題は、2006年の国連障害者の権利条約等の国際的な動向を受け、各国で認識されるようになってきた。しかし、開発途上国における障害者の貧困状況や経済的な生活の実態に関する先行研究は少ない。

本論では、関連する理論研究を踏まえ、以下三点の視座を補完する。すなわち、(1)「貧困」を所得貧困だけではなく、障害者が達成したいと考える生計活動を営める自由がどれくらいあるか、という観点から捉えること、(2)障害者の生計機会が制限される状況が「なぜ」「どのように」生じているか、その構造とプロセスを明らかにすること、(3)障害者の生計機会を制限する構造を明らかにするにあたり、同様に生計機会から排除されている「非障害貧困層」の状況を参照すること、である。特に、(3)の点については、これまで「障害と開発」の取り組みが「障害者」に固有の社会的障壁のみに焦点を当ててきたことへの批判的検討を踏まえている。したがって本論では、身体の機能不全(impairment)の有無に関わらず、あらゆる人にとっての「障害(disability)」を分析する。

上記の視点を踏まえ、本論では、フィリピン農村部において、障害者が「なぜ」「どのように」生計機会を制限されているのかを明らかにすることを目的とする。

本論に用いる資料は、フィリピン中部イロイロ州ニュールセナ町におけるフィールド調査から得たものである。調査期間は2013年3月〜2013年12月までの10か月間である。筆者は、まず同町の障害者名簿より障害者の全体像を把握し、プレ調査を経て、障害者16名、および最貧困(indigent)世帯として登録された10世帯に対し、週末を利用して戸別訪問インタビューを実施した。使用言語はイロイロ州で主に使用される現地語(イロンゴ語)を使用し、ビリダン村出身者がインタビュー兼通訳補助員として常に1名同行した。

 本論は、5つの章から構成されている。第1章は、序論として、研究の背景と目的、研究の方法について述べた。続く第2章は「研究の分析枠組み」と題し、第3章以降の事例分析の枠組みを提示する。具体的には、「障害と開発」の枠組みが抱える課題を述べた上で、ケイパビリティアプローチ及び持続的生計アプローチを理論的枠組みとして併用することを述べる。第3章「障害者の生計活動と生計機会」では、まず調査地及び調査地における障害者の一般的な情報を述べる。そして、調査村の障害者がどのように暮らしを成り立たせているのか、その「生計活動」の実態を類型化し、非障害貧困層との比較から分析する。さらに、ケイパビリティ論を援用し、障害者及び非障害貧困層の「生計機会」が制限されている様子を述べる。第4章「障害者の生計機会を制限する構造とプロセス」では、「障害者の生計機会の制限」について、「なぜ」「どのように」生じているのか、その構造とプロセスを明らかにする。同章では、第1節にて、ケイパビリティアプローチと持続的生計アプローチを援用した「仮説的枠組み」を提示し、その枠組みに基づいて以下を検証する。一点目は、生計機会の拡大・制限に影響を与える主要な生計資産は何か(第2節)、二点目は、生計資産にアクセスする上での具体的な社会的障壁(第3節)、さらに生計資産を生計機会に変換する上での社会的障壁(第4節)とはどのようなものか、という問いである。最後に、第5章「結論と今後の課題」にて、本論の結論と残された課題について述べる。

 調査の結果、「仕事がない」とされる障害者についても、自営、日雇い、家内労働、移転所得や送金などを通じ、さまざまな生計活動を営んでいた。同様に「仕事がない」非障害貧困層との比較からは、非障害貧困層の多くが「日雇い」の仕事により生活を成り立たせているのに対し、障害者のうち「日雇い」の仕事にアクセスできている者は稀であり、大半は「家内労働」や「移転所得・送金」によって生計を立てていた。

 さらに、センのケイパビリティアプローチを援用し、調査時点で確認された上述の生計活動(ファンクショニング)を踏まえ、「実際に選択可能な生計活動の幅」、すなわち障害者の生計機会(ケイパビリティ)を考察した。その結果、移転所得や不安定な日雇いの仕事によって生計を成り立たせている障害者は、雇用や自営などによる安定した労働機会にアクセスできないために、自らが価値あると考える生き方を制限されていた。

これら障害者の生計機会の制限は、第一に、生計資産へのアクセス、特に生計機会の幅を拡大する上で本質的な資産となる人的資産、金融資産へのアクセスにおける不利によって生じ、第二に、生計資産を生計機会に変換していく際の不利によって生じている。例えば、「ソーセージ作り」という生計手段を得る場合、まずは、町が実施する生計トレーニング(人的資産増強の機会へのアクセス)や、その後ビジネスを始めるための資金(金融資産へのアクセス)が重要になる。しかし、仮にビジネスを始めるための技術とお金を持っていたとしても、例えば障害を理由に出店拒否をされれば、生計機会は拡大していかない。

また、非障害貧困層との比較からは、生計機会を制限する構造は、「共通の障壁」のみならず、「足が悪い」「幼子を抱えている」「介助が必要な家族がいる」といった「個人の特性」に起因する多様な「個別の障壁」から構成されていることが示唆された。例えば、行商を始めるため村の融資制度にアクセスする際、村人にとっては、利率や返済期間等の条件がそもそもの「共通の障壁」となっている。さらに、融資を受けられたとしても、行商を始めるには、「足が悪い」「幼子がいる」といった個別の状況に対する支援がない限り、家を出て行商を成り立たせることは難しい。このように、障害者や非障害貧困層は、共通の障壁に加え、非常に多様な「それぞれの障壁」によって、生計機会から排除されている。

今後、「障害者」「非障害者」という区別を超え、それぞれの人が、それぞれに望んでいる、多様な「暮らし」のあり方を実現していくための取り組みが必要である。そのためにも、私たちにとっての「障壁」が、なぜ、どのように立ち現れるのか、その構造とプロセスに関するさらなる分析が必要である。そして、「壁」を取り除いていく現場での実践の積み重ねから、多様な「暮らし」のあり方を実現するための具体的な方策を学んでいかなければならない。


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目次

第1章 はじめに 1
1.1 研究の背景 1
1.2 問題の所在 1
1.3 研究の目的 4
1.4 研究の方法 4
1.5 論文の構成 7

第2章 研究の分析枠組み 8
2.1 障害の社会モデル 8
2.2 障害と開発 11
(1)「障害」と「開発」の接近 11
(2)「障害と開発」における分析枠組みの課題 12
(3)「障害の社会モデル」を「障害と開発」に適用する上での留意点 14
2.3 事例分析の理論的枠組み 16
(1) ケイパビリティアプローチ 17
(2) 持続的生計アプローチ 19
2.4 事例分析における「障害者」「非障害貧困層」の定義 22

第3章 障害者の生計活動と生計機会 25
3.1 調査地概観 25
(1) 一般情報 25
(2) 所得に関する基礎情報 27
(3) 障害者に関する統計 28
3.2 生計活動 32
(1) 障害者の生計活動 32
(2) 非障害貧困層の生計活動 35
3.3 制限される生計機会 37
(1) 生計機会の評価方法 38
(2) 障害者と生計機会の制限 39
(3) 非障害者と生計機会の制限 41
3.4 小括 43

第4章 障害者の生計機会を制限する構造とプロセス 44
4.1 先行理論を踏まえた仮説的枠組み 44
4.2 生計機会を拡大・制限する主要な生計資産 46
(1) 金融資産(+)人的資産(+)の事例 47
(2) 金融資産(+)人的資産(−)の事例 50
(3) 金融資産(−)人的資産(+)の事例 51
(4) 金融資産(−)人的資産(−)の事例 53
(5) 小括 54
4.3 主要な生計資産へのアクセスを阻む社会的障壁 55
(1) 人的資産へのアクセスを阻む社会的障壁 56
(2) 金融資産へのアクセスを阻む社会的障壁:融資の場合 62
(3) 小括 64
4.4 生計資産を生計機会に変換する際の社会的障壁 65
(1) インペアメントがある村人の社会的障壁 65
(2) 幼子がいる村人の社会的障壁 66
(3) 介助が必要な家族がいる村人の社会的障壁 68
(4) 小括 68
4.5 仮説的枠組みへの考察 69

第5章 結論と今後の課題 70
5.1 結論 71
5.2 今後の課題 73

謝辞

参考文献一覧

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第1章 はじめに

1.1 研究の背景

開発途上国において、最貧困層の5人にひとりが障害者であると推定されている。そして、障害者は、非障害者に比べ、教育水準が低いこと、仕事に就く機会が少ないこと、所得収入が低いことなどが指摘されてきた[Elwan:1999]。

このような現状に対し、障害者の「完全参加と平等」の実現に向けた国際的枠組みが強化されてきた。2006年12月に「国連障害者の権利条約」が採択され、ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals; MDGs)の達成期限が2015年に迫る中、障害者の貧困削減に対する関心が高まっている。国連も、障害の問題は8つのミレニアム開発目標すべてに関連する「分野横断的な問題(cross-cutting issue)」であるとし、世界で10億人を超える障害者のインクルージョンを進めない限りMDGsの達成は難しいと述べている[United Nations 2011]。

アジア・太平洋地域においても、「第二期アジア太平洋障害者の10年(2003-2012)」が終了し、第3期目の10年が開始されるにあたり「アジア太平洋障害者の『権利を実現する』インチョン戦略(Incheon Strategy to “Make the Right Real” for Persons with Disabilities in Asia and the Pacific)」が採択された。同戦略が掲げる10の目標のうち、目標1は「障害者の貧困削減、労働・雇用に関する見通しの改善(Reduce poverty and enhance work and employment prospects)」となっており、今期の十年を通じ大きな進歩がなされるべき項目とされている[UNESCAP 2012a]。  本論文の調査対象国であるフィリピンにおいては、アロヨ政権下で大統領布告240号により2003年から2012年が「フィリピン障害者の10年(The Philippines Decade of Persons with Disabilities)」と位置づけられている。法律上は、障害者支援の総合法である1992年の共和国法7277号及び2007年の同改正法9442号(通称「障害者のマグナカルタ法」)、1984年のBatas Pambansa Biliang 344(通称「アクセシビリティ法」)等により、障害者の権利が保障されてきた。

同10年のための国家行動計画では、前述「第二期アジア太平洋障害者の10年」で掲げられた「びわこミレニアムフレームワーク」の優先分野に対応させ、「D. 自営を含む職業訓練と雇用(Training and Employment Including Self-Employment)」「G.能力開発、社会保障、持続的な生計プログラムを通じた貧困緩和(Poverty Alleviation through Capacity-Building, Social Security and Sustainable Livelihood Programmes)」が掲げられている。さらに、1日1ドル以下の生活をしている障害者を2015年までに半数に削減する目標も定められている[National Council for the Welfare of Disabled Persons 2004:1-8]。

1.2 問題の所在

このように、「障害者の貧困削減」という課題は、国際的な動向を受け、各地域・国で認識されるようになってきた。しかし、開発途上国における障害者の貧困状況や経済的な生活の実態等について、具体的な施策を考えるために必要となる研究は十分に行われてこなかった[森2010:1-3]。さらに、障害者の経済的状況に関する先行研究は、賃金や障害者年金など、所得収入に焦点を当てたものが多い[Mitra 2006:245]。

障害者の生計に関するアジア・太平洋地域の先行研究として、近年では国連アジア太平洋経済社会委員会(United Nations Economic and Social Commission for Asia and the Pacific; UNESCAP)が同地域の8カ国(1)を対象に障害者の生計に関する包括的な統計調査を実施している[UNESCAP 2012b]。日本では、これ以前より森らが中心となり、途上国における障害者の生計の実態を把握するための取り組みが進められてきた(2)。これらの先行研究が主に統計や実証分析を手法としているのに対し、質的研究としては、カンボジア農村部における障害者の労働市場からの社会的排除のプロセスを描いたガートレルのエスノグラフィーなどがある(3)

上述したUNESCAPの調査では、雇用状況に加え、医療、教育、金融サービスへのアクセス等の状況に関する国ごとの包括的なデータを示している。森・山形[2013]は、フィリピンを対象国とし、マニラ首都圏及びマニラ郊外農村部(バタンガス州ロザリオ市)の双方で調査を実施、障害者の雇用形態や主な収入源等を明らかにした。さらに、「障害の社会モデル」の立場から、障害者の生計に影響を及ぼす社会のあり方を考察すべく、所得と教育水準の相関、障害当事者団体の影響力などについても、経済学的な実証分析を通じ検証している。

筆者は、これらの先行研究を踏まえ、以下の三点が補完されるべき視座だと考えた。一点目は、「貧困」をより広い概念、所得貧困以外の側面によって捉える研究の必要性である。もちろん、所得貧困によって、私たちが何かをしたり、何かになったりするための機会が制限されてしまうことは疑いがない。しかし、所得貧困は一人ひとりが直面しているさまざまな制約を捉えきることはできない[Burchardt 2004:748]。同じ所得があっても、障害者と非障害者では、所得などの手段を用いて実際の生活において何かを達成できるかどうかは大きく異なってくるからである[セン1999:115-139]。そこで、本論では、センのケイパビリティアプローチに基づき、「生計機会の幅」、つまり、障害者が達成したいと考える生計活動を営める自由がどれくらいあるのか、に焦点を当てる。

二点目は、質的研究を通じ、「なぜ」「どのように」障害者が生計機会を制限されているのか、その構造を明らかにする必要性である。先行研究においても、「障害の社会モデル」の立場から、障害者の生計機会を制限するさまざまな社会的要因が検証されてきた。ただし、先行研究における「社会のあり方」の分析は、国レベルの法制度や政策に焦点が当てられているものが多い。森・山形が述べるように、「社会」には、家族から地域社会、障害当事者団体、特別支援学校、地方自治体、中央政府といったさまざまなレベルがある[森・山形2013:4]。

筆者は、特にフィリピンのように地方分権化が進んだ国において、農村部に暮らす障害者にとっての「社会のあり方」を考察するのであれば、中央政府だけではなく、地方政府(特に町や村レベルの行政)の施策やサービス、さらに家族・親族や隣人との関係などに対する分析を追加する必要があると考えた(4)

また、障害者が生計機会を制限されるプロセスを明らかにする上で、それぞれの障害者の状況に応じた障壁を描き出すことが、生計活動の多様なあり方を考えるために必要である。例えば、ガートレルは、カンボジア農村部を対象地とし、移動に困難がある身体障害者及び視覚障害者34名の社会的排除のプロセスに焦点を当てた質的研究を行っている。そして、障害者の社会的排除のプロセスに関する説明変数の一つとして、居住場所の環境など、地理的な条件を挙げている。しかし、これは調査対象者を移動に困難がある身体障害者及び視覚障害者に限っているために出てきた説明変数であり、聴覚障害者や知的障害者にとっては異なった説明変数、それぞれの障壁が存在すると考えられる。そこで、本論では調査対象者を特定の障害種別に限定せず、あるひとつの土地において、多様なインペアメントとともに、多様な社会・経済的環境の中で暮らす障害者たちの、それぞれの障壁を描き出すこととする。このように、障害者が生計機会を制限される構造については、先行研究ではカバーしきれていないローカルかつ多様な社会的障壁を、フィールド調査の事例を通じて論じる。

三点目は、障害者の生計機会を制限する構造を明らかにするにあたり、同様に生計機会から排除されている「非障害者」の状況を参照する必要性である。これまで、「障害と開発」に関する先行研究の多くは、「障害者」にとってのみの社会的障壁に焦点を当てることが多かった。しかし、「障害と開発」は、障害者の問題が「特別な問題」とされ、後回しにされてきた歴史を踏まえ、「障害」の問題を「開発」の主流に位置付ける取り組みである[森2008:6]。そうであるならば、「障害者」「非障害者」という二項的な思考を乗り越えるため、同様に社会から排除されている「非障害貧困層」の状況を分析の変数に追加し、あらゆる人々にとっての社会的障壁(広義の「ディスアビリティ」)の中に、インペアメントをもつ者としての「障害者」の社会的障壁(狭義の「ディスアビリティ」)を位置付ける研究が必要である。

このように、障害者だけではなく、非障害者が抱える社会的障壁にも分析対象を広げることは、インクルーシブなコミュニティを目指す上での実践的な意義も高いと考えられる。筆者は、青年海外協力隊としてフィリピン農村部各地の障害行政に携わる中で、「障害者」「高齢者」「女性」とカテゴリ化された人びとが、互いに共通する課題ではなく、自らの集団にとっての課題の特異さを主張し、地方自治体の限られたリソースをめぐって分断されている状況を目のあたりにした。三点目については、本論の分析枠組みを論じる第2章にて詳述したい。

1.3 研究の目的

本研究の目的は、フィリピン農村部の障害者が「なぜ」「どのように」生計機会を制限されているのか、同様に生計機会を制限される非障害貧困層との比較を通じ、その構造とプロセスを明らかにすることである。

1.4 研究の方法

本論に用いる資料は、フィリピンイロイロ州ニュールセナ町におけるフィールド調査から得たものである。調査期間は2013年3月〜2013年12月までの10か月間である。なお、筆者は2012年1月〜2014年1月までの2年間、JICA(5)ボランティア(青年海外協力隊)としてイロイロ州の州都イロイロ市の障害当事者団体で活動をしていた。

まず、既存の資料及び町役場関係者へのインタビューから、ニュールセナ町の障害者の生計を含む概況を分析した。ニュールセナ町は、2008年10月から2012年9月まで4年間にわたり、JICAの技術協力プロジェクト「フィリピン農村部におけるバリアフリー環境形成プロジェクト(Non-Handicapping Environment Project、以下NHEプロジェクト)」が実施されていた。このため、NHEプロジェクトの成果として整備されていた町の障害者データベースに基づき、障害種別、年齢、性別、教育水準、雇用状況に関する基礎統計を入手、同町における障害者の全体像を把握した。

さらに、ニュールセナ町にある全21のバランガイ(6)から、ビリダン村(Barangay Bilidan)を調査対象村として選定した。選定理由としては、主に以下の三点が挙げられる。すなわち、(1)ニュールセナ町の中では中規模村にあたり、障害者数と貧困世帯数ともに40を超える標本が入手可能であったこと(次頁表1-1参照)、(2)各村の障害者プロフィールを分析した結果、ビリダン村では他の村に比べ、障害種別、性別、年齢、教育水準、雇用状況などに偏りがなく、障害者間で多様な事例分析が可能であったこと、(3) 町の中心地である、国道(National Highway)に面している等、生計機会の拡大につながる特別な要因がなく、ニュールセナ町、フィリピン農村部における一般的なバランガイの姿に近いと考えられたこと、である。調査地の詳細なプロフィールについては、第3章第1節にて後述する。

筆者は、2012年1月からイロイロ州内42の町を巡回する活動をしていたため、ニュールセナ町の障害施策等については概要を把握していた。しかし、一般的な村の経済社会状況、非障害貧困層の暮らしぶりに関する知識はなかった。そのため、2013年3月、ビリダン村における上記の点について理解を深めることを目的としたプレ調査を実施した。

その後、2013年4月から8月まで本調査を行い、障害者16名、貧困世帯(indigent)の非障害者12名に対し、戸別訪問による半構造化インタビューを実施した。なお、調査対象者である「障害者」「非障害貧困層」の定義については第2章第4節で、インフォマントの詳細な情報は第3章第2節にて後述する。さらに、本調査の調査結果分析を踏まえ、2012年9月から12月まで、追加調査を実施した。

調査における使用言語は、イロイロ州で主に使用される現地語(イロンゴ語)を使用した。ただし、ニュールセナ町においては、隣州であるアンティケ州、及びイロイロ州の山間部で使用されるキナラヤ語が主に使用されており、インフォマントがキナラヤ語で回答する場面も想定された。このため、戸別訪問インタビュー時は、通訳兼調査補助員として、ビリダン村出身の女性1名が常に同行した。記録方法について、録音は行わず、筆者がインタビューをしながらメモを取り、帰宅後にフィールドノートにまとめた。基本的には、周囲に家族等がいない環境で、筆者及び上述の補助員が本人と直接対話し、必要に応じ同居家族や親族等からも背景となる情報について聞き取りを行った。半構造化インタビューを実施するにあたり使用した質問群は次頁表1-2のとおり。

表1-1 ニュールセナ町の各バランガイにおける障害者数及び貧困世帯数
  バランガイ名 総人口
(2009年)
障害者数
(2011年)
貧困世帯数
(2011年)
1 BACLAYAN 1,833  53  57 
2 BADIANG 1,447  16  56 
3 BALABAG 637  11  24 
4 BILIDAN 1,651  45  57 
5 BITA-OG GAJA 690  22  25 
6 BOLOLACAO 1,746  46  48 
7 BUROT 357  7  12 
8 CABILAUAN 2,368  35  62 
9 CABUGAO 407  12  16 
10 CAGBAN 389  13  5 
11 CALUMBUYAN 273  14  4 
12 DAMIRES 1,276  11  30 
13 DAWIS 1,200  13  28 
14 GEN. GELGADO 218  6  2 
15 GUINOBATAN 718  20  26 
16 JANIPA-AN OESTE 740  28  16 
17 JELICUSON ESTE 488  11  13 
18 JELICUON OESTE 588  9  16 
19 PASIL 1,154  26  42 
20 POBLACION 3,033  75  6 
21 WARI-WARI 1,023  15  31 
  合計 22,236  488  576 

(出所)ニュールセナ町における既存の統計資料より筆者作成。


表1-2 半構造化インタビュー実施時の質問群
(質問の順番は以下表の順によらず、インフォマントとの会話の流れに応じ決定した。)

項目

質問内容(※調査言語であるイロンゴ語を邦訳)

基礎情報

(1)名前、(2)年齢、(3)性別、(4)最終学歴、(5)家族構成、(6)収入(週もしくは月ごと)

1日/1週間の流れ

・朝起きてから寝るまで、どんな風に過ごしていますか。
・過ごし方は、曜日によってどんな風に違いますか。

生計手段

・あなたの家族は、どうやって暮らしを成り立たせていますか。
・あなた自身は、どんなことをされていますか。

生計手段や生計資産を獲得するプロセス

・今のお仕事はどうやって見つけたのですか。
・それ(職業訓練の機会、生計活動をはじめるための道具など)はどうやって手に入れたのですか。

社会資産

・私たちには、お金が足りなくて食べ物が足りない時もあると思いますが、もしあなた方にそういうことが起きた場合はどうされますか。

本人の希望・願望
それを叶えるために必要なこと

・もし他に機会があったとしたら、どんなことをされてみたいですか。
・その場合、どんなことが必要だとあなたは思いますか。

ライフストーリー

・もしよかったら、生まれてから今日までのことをお話していただいてもいいですか。

インペアメントという個人特性がもたらす壁

・身体に違い(diprensia)があることで、これまであなたにとって大変だったことには、どんなことがありますか。

経済状況という個人特性がもたらす壁

・お金が厳しくなった時、あなたにとって大変だったことには、どんなことがありますか。

壁のとりのぞき方

・何か大変なことがあった時、どんなことがそれを解決してくれましたか。
・あなたにとって、大きな意味を持つ支えにはどんなものがありましたか。


1.5 論文の構成

本論は、5つの章から構成されている。第1章は、序論として、研究の背景と目的、研究の方法について述べた。

続く第2章は「研究の分析枠組み」と題し、第3章以降の事例分析の枠組みを提示する。具体的には、まず本論が「障害の社会モデル」の立場から分析を行うことを明確にする。さらに、「障害と開発」の枠組みが抱える課題を述べた上で、これを乗り越える可能性を持つ分析枠組みとして、アマルティア・センのケイパビリティアプローチ、及び持続的生計アプローチを理論的枠組みとして併用する理由を述べる。最後に、事例調査の主な対象となる「障害者」「非障害貧困層」について定義し、これらが本研究における調査対象者の分析軸となることを述べる。

第3章「障害者の生計活動と生計機会」は、ニュールセナ町におけるフィールドワークを通じた事例分析の結果をまとめたものである。本章では、まず調査地及び調査地における障害者の一般的な情報を述べる。そして、調査村の障害者がどのように暮らしを成り立たせているのか、その「生計活動」の実態を類型化し、非障害貧困層との比較から分析する。さらに、ケイパビリティ論を援用し、障害者及び非障害貧困層の「生計機会」が制限されている様子を述べる。

第4章「障害者の生計機会を制限する構造とプロセス」では、第3章第3節で考察した「障害者の生計機会の制限」について、「なぜ」「どのように」生じているのか、その構造とプロセスを明らかにする。本章では、第1節にて、ケイパビリティアプローチと持続的生計アプローチを援用した「仮説的枠組み」を提示し、その枠組みについて事例を通じ検証する。一点目は、生計機会の拡大・制限に影響を与える主要な生計資産は何か(第2節)、二点目は、生計資産にアクセスする上での具体的な社会的障壁(第3節)、及び生計資産を生計機会に変換する上での社会的障壁(第4節)とはどのようなものか、という問いである。最後に、これらの分析を踏まえ、第5節にて第1節で提示した「仮説的枠組み」に考察を加える。 

そして、第5章「結論と今後の課題」にて、本論の結論と残された課題について述べる。


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第2章 研究の分析枠組み

本章では、第3章以降の事例分析の枠組みを提示する。まず第1節で、本論が「障害の社会モデル」の視点に立ち、障害者が生計機会を制限されている原因を「個人の機能障害」ではなく、「社会のあり方」に帰して分析する試みであることを述べる。第2節では、「障害と開発」の枠組みが抱える課題を指摘する。特に「障害と開発」の枠組みを発展させるため、非障害貧困層との比較分析アプローチを採用する意義を論じる。第3節では、第2節で考察した「障害と開発」が抱える課題を踏まえ、事例分析の理論的枠組みとしてケイパビリティアプローチと持続的生計アプローチを併用する理由を述べる。最後に第4節で、事例分析の主な対象となる「障害者」「非障害貧困者」について、本論における作業上の定義を行う。

2.1 障害の社会モデル

「障害とは何か」という問いに対して、ひとつの簡潔な答えを与えることは難しい。その理由は、障害の概念、障害に対する理解や態度は、歴史的、文化的、そして社会的に規定されるものであり、また障害の経験は人により非常に多様で複雑なものとなっているからである。さらに、「障害」という用語そのものが、社会背景や文脈によって全く異なった意味を持って使われている [久野・Seddon 2003:4 ; 長田 2005:8]。Pfeiffer[2002]は、障害者を特定することは観念的な行為、障害という言葉は観念的な言葉であるとし、共通して受け入れられる障害の定義は存在しない、としている。

この「障害とは何か」という問いに対し、障害を読み解くための「視点」として、様々な「障害モデル」がこれまでに提示されてきた[久野2012:55]。以下、本論における障害の基礎的視点となる「障害の社会モデル」の概要を述べる。

「障害の社会モデル」は、「障害の本質は障害者に対する差別や抑圧である」として闘ってきた障害者の権利運動や自立生活運動を通じて発展してきたものである [久野・Seddon 2003:5]。1970 年代に始まった障害者運動の特徴は、障害の原因を「障害者個人」ではなく「社会」に求めていくことであった。この点は、当時イギリスで主要な障害当事者団体であった「隔離に反対する身体障害者連盟(The Union of the Physical Impaired Against Segregation: UPIAS)」 による以下の「障害」の定義に表現されている。

 私たちは、以下のような見方をしている。身体的な機能障害を持つ人々の能力を奪っているのは社会である。障害(disability)とは、私たちの身体的な機能障害(impairments)に追加して課されているもので、社会への完全な参加を不当に疎外・排除するものである。それゆえ、障害者(disabled people)とは、社会の中で抑圧された集団なのである。[UPIAS 1976:3-4]。

障害当事者団体の国際組織である障害者インターナショナル(Disabled Peoples’ International; DPI)も、1981 年の第1 回大会にて、「個人の機能障害としてのインペアメント(impairment)」と「社会的障壁としてのディスアビリティ(disability)」という障害の社会モデルに基づく定義をDPI の「障害」の定義として制定している [杉野 2007:52]。

これらの定義からもわかるように、「障害の社会モデル」は、「障害」をインペアメント(impairments)という個人的次元と、ディスアビリティ(disability)という社会的次元に切り離すことによって、社会的責任の範囲を明示したのである [杉野 2007:116] 。

当時の障害者運動が、「障害の本質は、個人の機能障害ではなく社会にある」とする「障害の社会モデル」の見方を打ち出した背景には、「障害の個人(医学)モデル」の存在があった。20世紀の初めまで、宗教的または文化的理解に基づき、「障害は運命として変えられないもの」として障害者は「保護や慈善の対象」とされてきた。さらに、障害は「前世の罪」「祟り」「神からの罰」といった理解が伴う場合、障害者は「排除の対象」であった [中西 2002]。こうした障害の捉え方は、「障害の伝統的理解モデル」と呼ばれるものである [コーリッジ 1999:113]。

20世紀に入ると、障害を「変えられないもの」とする伝統的理解モデルから、「医学的知識によって障害の診断や解決策を考える」とする障害への新しいアプローチが確立された [バーンズ、マーサー、シェークスピア2004:37]。これが、障害の「個人モデル」または「医学モデル」と呼ばれる見方である。このモデルは、世界保健機構(World Health Organization; WHO)が1980年にまとめた下図2-1の国際障害分類(International Classification of Impairments, Disabilities, and Handicaps; ICIDH)に代表されるものである。

図2-1 障害の個人モデル

   病気・変調      →   機能障害   →   能力障害   →   社会的不利
(disease or disorder) (impairment)  (disability)    (handicap)

出所: 久野・中西[2004:70]。 

この図からは、病気・変調の結果として機能障害が起こり、その結果として能力障害が生じ、その結果として社会的不利が生まれる、といった「線形帰結モデル(linear causal model)」による一方向の見方がなされていることがわかる。そのため、「社会的不利(handicap)」として障害の社会的な側面を捉えつつも、結局は障害の本質を「機能障害(impairment)」へと帰している [久野・中西2004:69-72]。

イギリス障害学における「障害の社会モデル」の代表的研究者であるOliverは、「障害の個人モデル」について以下の二点を簡潔に批判している。一点目は、障害に関する問題の所在を「社会」ではなく「個人」に置いていること、二点目は、問題の原因を「社会」ではなく「(個人の)機能的な制限」に帰していること、である[Oliver 1990]。

久野は、「障害の社会モデル」と「障害の個人モデル」を、以下のように比較し、要約している。

 「障害の社会モデル」は、社会参加の制限そのものを障害と捉え、その原因を障害者個人の機能的な制限に帰するのではなく、差異を考慮しない社会に帰し、社会の差別的な構造に視点を置く。 ……障害の原因は社会にあると考えるこの視点は、人間は多様な存在であることを前提とする。ゆえにこのモデルを基礎にする取り組みは、(機能的な)多様性を持った人々が平等に参加できるような社会を形成することを指向する。
 他方、従来支配的であった「障害の個人モデル」は、ハンディキャップという概念で差別や不平等といった社会的な側面を捉えつつも、障害の原因と本質が結局は障害者個人の機能的な制限にあるとして、障害者個人に障害を読み解く視点を置く。障害の原因は個人にあると考えるこの視点は、人間を正常(「“健常者”」)と異常(「障害者」)に二分するところを出発点とする。ゆえに、このモデルでの取り組みは、異常の解決(障害者を“健常者”にすること)のための個人の機能回復を指向する[久野2012:56]。

ところが、この「障害の社会モデル」に対しては、これまで障害当事者からも様々な批判がなされてきた。主要な批判は、「障害の社会モデル」は、障害の発生原因を抑圧や差別といった社会的側面に集約しようとするあまり、機能障害による制約、個々の障害者のインペアメントの経験を見落としている、というものである[Oliver 1996:10]。

同様の批判は、WHOが前述のICIDHを改訂し、2001年に国際生活機能分類(International Classification of Functioning, Disability, and Health;ICF)を採用する過程で生じた論争においても見られる。ICFは、「障害の個人モデル」と「障害の社会モデル」を統合し、障害の発生過程を、個人の機能障害と社会的な差別との相互作用に見る点において、「障害の統合モデル」と呼ばれる[久野・中西2004:74-75]。WHOの改訂作業チームのリハビリテーション専門家たちは、同モデルは個人モデルの影響を強く残している、とするPfeiffer[1998]の主張に対し、「障害発生過程のあらゆる側面、特に参加の制約について、単に医療の問題として扱うことは誤りであることには同意する。しかし、医療的な介入の価値や適切さを無視したり否定することは、悲劇的な誤りである。」と反論している[Ustun et al. 1998:829]。これは、障害の原因を、障害者個人(の機能障害)と社会の双方に見出し、ゆえに、双方の変化が必要とする立場である。

確かに、機能障害(インペアメント)によっても制約は生じる。例えば、筆者は関節の機能障害を抱えており、立ち続ける、歩いて一定の距離を移動する、といったことは困難である。この状況は、これまで「障害の社会モデル」に対する批判が指摘しているように、仮に社会における差別的な構造が完全になくなったとしても、依然として残るものである。

しかし、本論の目的は、障害者が求める暮らしを政治的に実現するにはどうすればよいか、という実践課題の下に、フィリピン農村部の障害者の生計機会を制限する構造を明らかにすることである。つまり、個々の障害者が、自力で移動することが難しい、見えない、聴こえない、といったインペアメントによる多様な制約を抱えているとして、なぜ、どのように、「自分の能力を活かして働きたい」「自分と家族の生計を支えたい」といった生き方を実現できずにいるのか、を問うものである。

この問いに対し、個々の障害者のインペアメントによる制約、つまり「関節の病気で歩けないから」「白内障で見えないから」といった点に焦点を当てれば、社会の責任は曖昧なままになり、「体が不自由だから仕方がない」とする差別的な社会的構造はいつまでもなくならない。ここに、インペアメントとディスアビリティの「関連性」は認めた上で、「因果関係」は拒否し続ける意味、杉野の言葉を借りれば「障害原因を徹底的に社会に帰属させていく概念モデルの政治的重要性[杉野2007:116-118。傍点は引用者]」がある。

よって、本論では、障害者の生計機会が制限される構造を解明するにあたり、それぞれの障害者の多様なインペアメントを考慮しつつ、障害の原因を徹底して社会に帰す立場をとる。

2.2 障害と開発

「障害と開発」は、障害課題を開発の問題として位置づけるアプローチである[森・山形2013:9]。本論のテーマは、「フィリピン農村部における障害者の生計機会の制限」であり、まさに「障害」と「開発(貧困)」がどのように関わりあっているのかを検討するものである。本節では、まず「障害と開発」の概要と課題を述べ、「障害と開発」という概念枠組みの発展のために必要な補足的視点を論じる。最後に、これを踏まえ、本論における「障害者」と「非障害貧困層」の比較分析アプローチの意義について述べる。

(1)「障害」と「開発」の接近

開発途上国の障害者の多くは、インペアメントに対応するニーズだけではなく、非障害者と同様、衣・食・住などの基本的なニーズを有し、様々な「開発課題」に直面している。例えば、スリランカの津波被害を受けた地域での調査によれば、108名の障害者のうちインペアメントのみに関連した支援を表明したのは5名のみであり、大半は住居、土地、生計、教育、衛生の問題についても言及している[Kett, Sue and Rebecca 2005]。ジェノサイド後のルワンダにおいても、障害者は教育や雇用など、非障害者と同様の課題に直面していた[曽田2008]。

しかし、途上国の障害者が抱える問題は、特別な人たちの、特殊な問題、として開発の取り組みの中で周縁化されてきた。トリックル・ダウンの考え方に基づき、国全体の開発をしていく中で付随的に発展していけばよい問題、とされてきたのである[森 2008:6]。 MDGsのような国際的な貧困削減の目標ですら、2000年当時、女性や子ども、高齢者についての言及があるにもかかわらず、障害者については忘れられたまま、諸目標が策定されている[森・山形2013:ii]。

上述のように、「障害」と「開発」の取り組みが乖離してきた背景として、久野は以下の三つの要因を指摘している。すなわち、(1)開発を担う援助機関に根強く存在する「障害の個人モデル」の存在、(2)障害と貧困をあわせて解釈する枠組みの不在、(3)「開発」が「国家の経済発展」を目指す潮流の中で、生産者とみなされない障害者が開発の枠組みには位置付けられなかったこと、である[久野 2012:58]。

久野は、乖離していた「障害」と「開発」の二領域の中心的な関心が、ともに「包括的(インクルーシブ)な社会開発」という視点を得ることによって、「諸個人に対する排除の克服を通じた社会参加」へと収束してきた、という変化を指摘している。まず、「障害」については、前節で述べたとおり、「障害の社会モデル」の登場による障害観の変化があった。つまり、「障害の個人モデル」では、「正常」という前提概念に基づき、障害者は「特別な者」として扱われ、障害者に対する社会的排除の問題も、その原因は「個人の心身機能不全」に帰されていた。それゆえ、社会的排除の問題への解決アプローチは、「健常者」に近付くための機能回復であった。しかし、「障害の社会モデル」においては、個人に対する社会的排除の問題の原因は社会の側にあるとし、社会を変えることに主眼が置かれるようになった。そして、「開発」についても、その主目的が国家の経済成長から、個人に対する社会的排除の克服へと重点が移っていったのである[久野2012:57-60]。

これらの変化を受け、1990年代後半になると、世界銀行、USAID(米国開発庁)、DFID(イギリス開発庁)といった援助機関やOXFAMなどの国際NGOによる「障害と開発」の取り組みが本格化した。しかし、これらの援助機関が発表した指針は、あくまでも指針にとどまり、実践的な成果を挙げているとは言い難い。多くの援助機関は、「障害の個人モデル」に根差した援助を実施しているのが現状である[Yeo 2005;Albert and Mark 2006]。

  (2)「障害と開発」における分析枠組みの課題

上述のように、障害課題を開発の中で捉える取り組みは、実践に至っていない。その理由は、根強い「障害の個人モデル」に基づく障害観に加え、久野が指摘した「障害と貧困をあわせて解釈する枠組み」が十分に発展していないことが挙げられる。

開発における障害の視点を統合する枠組みとしては、センのケイパビリティアプローチが「障害の社会モデル」と補完的な関係にあるとして、注目をされるようになってきた[久野2008;久野2012; 森・山形2013]。確かに、ケイパビリティアプローチと「障害の社会モデル」の検討を通じ、これを障害分野に適用することの可能性を理論的な側面から指摘した先行研究はある[Welch 2002; Baylies2002; Burchardt2004; Mitra 2005]。しかし、これらの枠組みを援用し、開発途上国の現場で実際にどのように「障害」と「開発(貧困)」の問題が重なり合っているかを分析した事例研究は少ない。

この課題の背景には、「障害と開発」分野の研究の多くが、途上国における「障害」ではなく、途上国における「障害者」に焦点を当てている現状がある。森は「『障害と開発』 は、広義には『開発途上国の障害者』のこと、狭義には『途上国の発展と障害とのかかわり』のことである」と述べている[森2008:11]。第1章で述べたとおり、筆者の問題意識は、この狭義の「障害と開発」研究の不足にある。

もちろん、「開発途上国の障害者」に関する先行研究も、その多くは「障害の社会モデル」の立場から「途上国における障害(ディスアビリティ)」を分析している。しかし、そこで描かれる「障害」は、「障害者」にとってのみの社会的障壁であることが多い。そもそも、「障害」と「開発」をあわせて解釈する枠組みが必要とされている理由は、「障害者の問題は、『健常者』の問題が解決されたあとに取り組まれる特別な問題」とされ、「後回し」にされてきた歴史を繰り返さないためである。それゆえ、障害者にとってのみの社会的障壁に焦点を当てることは、社会一般、そして援助関係者の中で、「やはり『障害者』の問題は『非障害者』とは異なる特別なものだ」という二項的な認識を強化してしまう危険性をはらんでいる。これを避けるためには、「障害と開発」の分析枠組みに、インペアメントをもたない「非障害者」にとっての「障害(広義のディスアビリティ)」を変数として追加することが必要である。

Yeoは、開発途上国において、「障害者(金持ちであろうと貧しかろうと)」と、「最も貧しい人たち(インペアメントがあろうとなかろうと)」が直面している問題には、多くの共通点があるとしている。そして、「障害者」と「その他の周辺化された多くの人々」が直面する問題が生じるプロセスもまた似通っている、と指摘している[Yeo 2005]。

本論は、フィリピン農村部の障害者の生計機会の制限が生じるプロセスを、「非障害貧困層との比較分析」というアプローチによって明らかにするものである。これは、Yeoが指摘する「障害者と非障害者が直面している共通の問題点」や「直面する問題が生じるプロセスの類似点」について、事例研究を通じ具体的な「重なり」を明らかにすることで、障害課題を開発の中で捉える枠組みの発展を目指すものである。

分析枠組みの変数として「非障害貧困層」を追加することは、「障害と開発」の枠組みの発展に寄与するだけではなく、リソースが限られた開発途上国農村部における「インクルーシブな社会開発」を考える上でも実践的な意義を有している。

Yeoは、上述のように「障害者」と「非障害貧困層」が直面する社会的排除という共通問題を指摘した上で、以下の懸念を表明している。それは、社会的に弱い立場へと周辺化された各グループ(女性、高齢者、障害者、難民、子ども)が、それぞれのニーズを支援者に「認知(recognition)」してもらうための「競り合い(competition)」に陥る危険性である。Yeoは、「認知のための競り合い」で強調される点は、同じように排除されている人びとの共通点ではなく、「自らのグループの問題がいかに特殊か」という点になっていく、と述べている[Yeo 2005]。

久野は、「障害者運動を含めた多くの被差別者の社会運動がそうであったように、二分法によって『我々』と『我々でないもの』との対立の構図を作り上げることで社会運動を推し進めることは、社会運動としてはわかりやすくまた効果的な方法である。……しかし、そのような戦略はインクルージョンやメインストリーミングの理念との矛盾も生じさせる可能性もある」と述べている[久野2008:59]。この指摘は、Yeoが指摘した各グループ間による「競り合い」の懸念と重なるものである。

筆者が滞在していたフィリピンでは、2003年に発効された一般歳出法(General Appropriations Act)実施要項第29条によって、全ての政府関係機関が全予算の少なくとも1%を「高齢者(older persons)」と「障害者(persons with disabilities)」向けに配分することが義務付けられている。しかし、この「1%」の予算をめぐり、高齢者と障害者の当事者グループが各自のプログラムの重要性を主張し「競り合い」を起こしている場面が見受けられた。

コーリッジは、障害者は、他の恵まれない、搾取された、抑圧された人々、つまり地上の「社会的ハンディを持っている人々」に「一種の兄弟意識」を持っているものだ、と主張している[コーリッジ1999:113]。「インクルーシブな社会開発」という「理念」を考える上で、コミュニティの「現場」において、同じように排除の対象となっている人たちが、「一種の兄弟意識」を育み連帯しているのか、「我々とは異なる者」という意識によって「競り合い」を起こしているのか、注意を払う必要があるだろう。

よって、本論では「非障害者」を分析の変数として追加し、「障害者」というカテゴリの域を出た「障害と開発」の研究を目指す。そして、人びとが互いに抱える問題点に共感しあい、連帯感を育むプロセスを考える上での土台となる調査を志向する。

(3)「障害の社会モデル」を「障害と開発」に適用する上での留意点

前項で述べた「障害と開発」が基礎としているのは、「障害の社会モデル」の視点である[森2008:8-11]。本項では、「障害と開発」の枠組みにおいて「障害の社会モデル」を適用する際の留意点を述べる。なお、本項は「障害の社会モデル」を批判的に検討し、同モデルによる障害観を基礎としつつも、他の視点を補うことによって「障害と開発」における障害の視点をより豊かにすることを目的としている。また、本項で指摘する留意点を踏まえ、次節にてケイパビリティアプローチ及び持続的生計アプローチを事例分析の理論的枠組みとする利点を説明したい。

これまでの議論を踏まえ、以下で二点の留意点について述べる。一点目は、「障害の社会モデル」に見られる「障害者(被差別者)」「非障害者(差別者)」という二項的視点である。この視点は、「開発と障害」の枠組みにおいて、二つの問題を引き起こす。ひとつは、「障害者」と「非障害者」という二項的思考の再強化により「開発」と「障害」の取り組みを乖離させてしまう問題である。これについては前項で既述のため、説明は省略する。

もうひとつの問題は、「障害者」という集団の中における「多様性」の捨象である。先行研究においても、「障害者」というカテゴリ化された集団内の多様性を指摘する声は多い。Schriner は、障害者は他の被抑圧集団と同様の状況にあるが、障害者のコミュニティは非常に多様であることを指摘している。そして、社会がその多様性に対応することも、標準化した対応をすることも両方できないために、障害者は他の被抑圧集団に比べ差別により苦しむことになっている、と述べている[Schreiner 2001]。森・山形は、この点についてさらに「女性」グループと比較し、「障害者は、統一性ではなく、むしろ多様性を特徴とする」と述べている。さらに、「共闘できる余地は大きいが」と前置きした上で、異なるインペアメントを持つグループの間では、社会との関係の中で取り組むべき問題が異なっていると指摘している。さらに、利益集団としての統一性の低さが、「障害はわかりにくい」として、障害の問題が「開発」の中で取り組まれてこない原因になっているとも述べている[森・山形2013:9-17]。

第1節で述べたとおり、「障害の社会モデル」の起源は障害者運動にある。そのため、社会運動を推進することを目的とし、「障害者(被差別者)」「非障害者(差別者)」という二項的な視点を戦略的に採用せざるを得なかった背景が存在する。しかし、この二項的視点(dichotomy)は、障害を「単純化しすぎている(oversimplify)」とし、障害当事者からも主な批判対象となってきた[Oliver 1996]。

上述の批判に対し、筆者は、原因論としては「障害の社会モデル」に立ち、二項対立的視点を政治的戦略的に用いることで、障害の原因を「個人の機能障害」でなく社会的責任に帰することができると考える。同時に、障害者個々人の生を考察する際には、二項的視点に還元しきって障害者を「統一的に」見るのではなく、個々人が抱える多様な社会的障壁を認知していく方向性を見出すことが重要であると考える。

個々人が抱える多様な問題に焦点を当てつつ、社会的責任をどう考えるか、という点については、セン[2000]が、ケイパビリティアプローチは「個人の剥奪(individual deprivation)に対する社会的要因(social causes)」に当初から注意を払ってきたとし、「個々人の問題に終始し、社会的な見方が不足している」とするGoreの批判を退けている点が示唆的である。「焦点」をひとりひとりの個人が置かれた多様な剥奪の状況に当てつつ、その「原因」を個人の機能障害ではなく、社会に帰していくアプローチは可能であろう。

剥奪状況の「多様性」により一層配慮することは、「障害と開発」の枠組みに置いて重要である。なぜなら、開発途上国の障害者は、その剥奪状況の原因を一律に「インペアメント(障害の個人モデル)」か「ディスアビリティ(障害の社会モデル)」か、はたまた「インペアメントもディスアビリティも(ICFにみられる統合モデル)」といった議論に帰することができない存在だからである。

途上国において障害者が直面している問題は、インペアメントに限らない。世界保健機構(World Health Organization; WHO)と世界銀行は、障害者内の多様性について以下のように述べている。

 障害の経験は、健康状態、個人の特性、社会環境などの組み合わせによって生じ、その経験は非常に多様である。障害者は多様で非均一的(heterogeneous)な存在である……『障害者』を一般化することは誤解を生む。障害者は、ジェンダー、年齢、社会経済的状況、セクシュアリティ、人種、文化的な遺産における違いがあり、多様な個人的特性をもっている[WHO and World Bank 2011:7-8]。

開発途上国の障害者は、「個々のインペアメントの多様性」だけではなく、インペアメント以外の多様性をも抱えている。よって、個々人が直面する多様な障壁を見つめつつ、個人の特性(インペアメント、人種、性別等)によって生じる不利を、「二項的な見方」に立って「社会的責任」として切り分けていくことが必要となる。このように「障害の社会モデル」の考え方を途上国に適用していく方法を考えなくてはいけない。

途上国の障害者について議論する際に留意すべき二点目は、「障害の社会モデル」は、近代の西欧で発展してきた障害観である、という点である。医療化や施設化への批判として、インペアメントとディスアビリティを区別してきた西欧社会のコンテクストと、開発途上国のコンテクストは異なっている可能性がある。戸田は、カメルーンにおける現地調査を通じ、「障害」がカテゴリー化には結びついておらず、文化的な構築物とはならないことを指摘している。具体的には、機能的な障害(インペアメント)は「身体的な差異」として人々に認識されているものの、それが「異常な状態」とは認識されていないこと、それゆえ、人びとは障害者を特別な対処が必要な存在として捉えず村で共存することの方法を探っている、と述べている [戸田2013:93-101]。

フィリピンにおいても、「障害者」の現地語表現に注目すると、西欧社会で発展した「障害観」とは異なる見方が存在していることがわかる。例えば、研究対象地があるイロイロ州で使用されるイロンゴ語における「障害者」の表現には、いくつかの異なるパターンがある。障害者運動に関わった経験や知識がある障害当事者や、障害セクターと関連が深い福祉関係者は“PWD (Persons with Disabilities)”という英語の略語を使用することが多い。単に“Disabled”という表現を用いることもあるが、これは“PWD”と比較すると差別的な用法だと捉えられている。現地語のイロンゴ語では、ラジオやテレビ等、公式の場で使用される場合、“Tawo nga may kasablagan(直訳すると「障害がある人」)” が一般的である。

しかし、上記3つの用語に馴染みがある、または使用する人は、上述したように障害分野の関係者に限られており、一般的に使用される表現は“Tawo nga may diperensya”である。これは直訳すると「違いがある人」という意味にすぎない。“PWD” “Disabled”といった英語が使用されていることからも示唆されるように、「障害者」という概念や用語自体がもとから調査地に存在していた訳ではなく、外から持ち込まれたものである可能性には、「障害と開発」の研究を進める上で常に留意すべきだろう。カメルーンで障害者の生計について文化人類学の手法により調査した戸田は、「調査地の人々にとって、『障害』の概念は調査者と同じとは限らない」と警鐘を鳴らしている[戸田2013:92-93]。

以上のとおり、「障害と開発」の枠組みを発展させる上では、@「障害者(被差別者)」と「非障害者(差別者)」という二項的視点が、「障害の問題は特別な問題」として「障害」と「開発」を乖離させる危険性があること、A開発途上国の障害者はインペアメントの多様性はもちろん、その他様々な個人の特性によっても社会的に排除されているゆえに、よりいっそう個々人の多様な障壁に目をむける必要性があること、Bその土地における障害観は西欧社会で発展した「障害モデル」の障害観とは異なる可能性があること、に留意する必要があることを述べた。そして、これらの留意点に配慮した分析枠組みを模索しつつ、「原因の在りか」については、あくまで「徹底的に社会に帰す」障害の社会モデルを基礎とする必要性を述べた。

「障害の社会モデル」は、あくまでも「モデル」に過ぎず「理論」ではない。それゆえ、「障害の社会モデル」は障害の全てを説明できる訳ではない[Oliver 1996]。また、障害学の外に一歩でれば、「障害の社会モデル」はまだ一般的な「障害の見方」にはなっていない。このため、「障害の社会モデル」の枠組みの中だけで批判を掲げるよりも、「障害の個人モデル」に対する「障害の社会モデル」の推進に注力しつつ、多様な視点を補足していく必要がある[Shakespeare and Nicholas:1997]。

2.3 事例分析の理論的枠組み 

前節まで、本論が「障害と社会モデル」を基礎的視点としつつ、「障害と開発」の枠組みを発展させるために留意すべき点について述べた。本節では、センのケイパビリティアプローチが、それらの留意点を踏まえた補完的な分析アプローチとして有効であることを述べる。さらに、ケイパビリティアプローチによる分析枠組みの限界を指摘した上で、持続的アプローチを併用する意義について述べる。

(1) ケイパビリティアプローチ

センは、人々の「良い生(well-being)」もしくは「生活の質(quality of life)」を読み解く「ケイパビリティ(capabilities)」という概念を提唱した。そして、「所得」という手段やその結果としての「効用」ではなく、生き方の「実質的な選択の可能性・機会の幅」によって「良い生」を捉える必要性を論じた。ケイパビリティアプローチとは、「〜であること」や「〜できること」という様々な「ファンクショニング(functioning)」の達成可能性を表す「ケイパビリティ」の幅によって、人々の生活を直接捉えようとする枠組みである。なお、「ファンクショニング」は、「財」「個人の特性」「環境と社会」という3つの構成要素の総合的な相互作用の結果として作りだされる。さらに、自分の生活の向上とは直接関係がなくとも、その人が追求する理由があると考える目標や価値に対して、主体的・能動的に行動する力とその行動を「エージェンシー」という概念によって捉える視点も併置されている[久野2012:60-61]。  

以下で、ケイパビリティアプローチを次章以降の事例分析における理論的枠組みとして適用する理由を四点述べる。

一点目は、ケイパビリティアプローチによって、インペアメントに限らない個々人の多様性を捉えることができるようになり、「障害」の問題を「開発」の枠組みの中で見ることが可能になる点である。ファンクショニングの変換要素には、前述したように「個人の特性」が含まれている。これには、社会・経済的状況、人種、ジェンダーなど、途上国の障害者が直面しうる多様な要因が含まれるゆえに、個々の人間の多様性を捉えることが可能になる[Mitra 2006:242]。Burchardtは、ケイパビリティアプローチの枠組みにおいて、「インペアメント(機能障害)」は数多ある「個人の特性」のひとつにすぎなくなるとし、それゆえに「ディスアビリティ(障害)」も「ケイパビリティにおける貧困(capability-poverty)」という一般的な現象の一形態として捉えることが可能になるとしている[Burchardt:746]。「障害と開発」の枠組みでは、インペアメントを持たない地域社会の貧困層等が直面するその他の様々な課題についても並列の要因として分析することが可能になる[久野2012:61-62]。

「ケイパビリティにおける貧困(capability-poverty)」とは、「生き方の可能性の幅」が著しく制限されている状態である。ケイパビリティの概念に基づく「開発」の取り組みは、この可能性の幅を拡大していく行為である。センは、開発を「人々が享受するさまざまの本質的自由を増大させるプロセス」と定義している。そして、所得は自由を拡大する手段として非常に重要なものになり得るが、自由を決定する要因はそれだけではないとし、開発の目的は「不自由の主要な原因を取り除くこと」としている[セン2000:1]。これは、「障害の社会モデル」が目指す「ディスアビリティの除去」と合致する考え方である。

二点目は、ケイパビリティの概念を用いることにより、「していない」と「できない」を区別することで当事者自身の選択と機会を見分け、達成ではなく自由(選択可能な機会の幅)を捉えることを可能にする点である[久野2012:62]。

筆者は、フィールド調査を実施していく過程で、インフォマントたちが何らかの生計手段を有しつつも「機会があったら本当は〜したい」という願望を有していることに気付いた。そして、それらの願望に耳を傾けるうち、調査時点で確認できた「生計手段(達成)」ではなく、「実質的な生計機会(自由)」が制限されている状況に焦点を当てる必要性を意識するようになった。そのため、本論では障害者の「生計手段」と「生計機会」を区別し、後者に焦点を当て調査結果を分析していく。

三点目は、二点目とも関連するが、ケイパビリティアプローチが、生活を単に「生存の保障」という視点ではなく、「願望に基づく自己実現の過程」として捉えている点である[久野・中西 2004:92]。この視点は、センによるケイパビリティの定義「ある人が価値あると考える生活を選ぶ真の自由(7)」にも、強く打ち出されている。本論においても、単なる「生存の保障」のための生計手段に焦点をあてるのではなく、機会を制限された人びと自身によって表出された「機会があったら〜したい」という願望に焦点を当て、より広義での「生」「暮らし」という観点から「生計」を捉える。なお、本論における「生計」は次節にて詳述する。

四点目は、ケイパビリティアプローチが「すべての人間と社会は異なる」という人間と社会の「多様性」を前提とするがゆえに、「正常」という概念、これに基づく「障害者」と「非障害者」といった二分法を乗り越える力をもっている点である[久野・Seddon2003:24]。これは、一点目で指摘した「個人の特性」という視点の設定と深く関わっている。

センは、前述の「自由としての開発」という概念に関し、多様な人々の、多様な願望と選択のあり方について以下のように述べている。

 開発を評価するにあたり自由に焦点を当てることには、開発についてなにか特異で厳密な「基準」―さまざまの異なった開発経験が常に比較され序列づけされるような基準―が存在しているわけではない。むしろ反対の方向の議論が多いのではないか。自由を構成する個々の要素は互いに異質なものであること、異なる人々の多様な自由を認める必要があることが現実だからである[セン2000:35]。

前節で述べたとおり、「障害の社会モデル」は「個人の問題」に焦点を当てることに対し社会運動を推進する上で警戒感を示した。しかし、センが述べた「不自由の主要な原因」を、「個人の機能障害」ではなく「社会の差別的な構造」に帰し続けることにより、障害者間の多様性を踏まえた「個人の問題」にも目を向けることが可能になる。このように、「障害の社会モデル」による原因論の立場を固持しつつ、ケイパビリティアプローチの、「個々人の多様性を見る視点」を補足することで、「障害」と「開発」をあわせて捉える枠組みはより豊かなものになる。

上述したように、障害の問題についてケイパビリティアプローチを適用する利点は多い。しかし、本論の目的である「生計機会を制限する構造」を明らかにするためには、ケイパビリティアプローチのみでの分析は不十分である。なぜなら、ケイパビリティアプローチは、「どのようになっているか」を見ることはできても、ケイパビリティの変換要因である「環境」と「社会」が、なぜそうなっているのかを詳細に分析する枠組みにはなっていなからである[久野・中西2004:92-94]。

そこで、ケイパビリティアプローチを補完する分析枠組みとしての「持続的生計アプローチ」について次項で述べていく。

(2) 持続的生計アプローチ

一般的に、貧困は所得の点から捉えられることが多い。しかし、開発途上国、特に農村部においては、家族・親戚間や地域社会の相互扶助など、所得には還元できない「資産」が人々の生計に大きな影響を及ぼしている場合が多い[久野 2010:147-149]。従来の生計アプローチは、貧困層の問題を「仕事が無いこと」と捉え、完全雇用を目指すような方針を採用してきた。しかし、これは農村部の現実に合致していない[Chambers and Conway 1991:2]。

「持続的生計(Sustainable Livelihoods; SL)」は、従来の貧困対策が「所得」といった貧困の一側面のみに焦点を当てる極めて限定的なものであったとの認識に基づき、貧困層の「暮らし」に影響を与える脆弱性や社会的排除などの要素も含め、貧困層の生計(livelihood)をより総合的に捉えるための「分析の枠組み」を提示するものである。

本項では、まずSLにおける“livelihood”の概念を踏まえ、本論における「生計」について定義した上で、持続的生計アプローチの概要を述べることとする。

(1)Livelihoodの概念と本論における「生計」の定義

SLの基礎を成すのは、チェンバース及びコンウェイが1991年に提示した新たな“livelihood”の概念であり、以下の二点において従来の概念より包括的なものと言える。 一点目は、従来の“livelihood”の定義が「生きるための手段」として定義され、その手段が「所得」や「食糧」に限定されていたことに対し、手段をより包括的に捉えた点である。

二点目は、「生きるための手段」として定義されてきた“livelihood”の中心概念に、「暮らし(a Living)」を据えたことである。

一点目について、チェンバース及びコンウェイは、「生きるための手段」として、従来の「所得」「食糧」といった「有形資産」に加え、「能力(capability)」などの「無形資産」が必要となることを指摘している。

二点目について、新しい“livelihood”概念では、“livelihood”を構成する要素には、「有形資産(所得や食糧)」だけではなく、「(それらを活用する)能力」、「(資産と能力によって生み出される)活動」、さらに、それらの総体によって生み出される「暮らし(a Living)」がある、と整理した。そして、これらの構成要素のうち、「暮らし」を中心に据えることで、「資産」、「能力」、「活動」といった他の構成要素は、「暮らし」に影響を与える変換要素であるという位置づけを明確にした[Chambers & Cornway 1991:6-8]。

このように、“livelihood”の焦点を「手段」から「暮らし」に移行させ、さらに「暮らし」に影響する要素を包括的に見る枠組みを提示することにより、貧困層の「よりよい暮らし」を実現するための“livelihood”概念が形づくられてきたと言える。

“livelihood”の定訳は「生計」だが、日本語の「生計」は、「暮らし」よりも従来のlivelihood論に見られた「生きるための手段(生計手段)」という語意が強く、経済的側面に焦点が当てられている。久野[2010]は、「生計」は単なる所得という概念とは異なり、包括的で持続的な「生きるための手段や戦略」を捉える概念だと述べている。また、カメルーンにおける身体障害者の生計について調査した戸田[2013]は、生計を「生きていく為に資源を得る作業」と定義し、「生業」「サブシステンス」という言葉で置き換えている[戸田 2013:13]。しかし、これらの定義は、チェンバース及びコンウェイのlivelihood論と比較すると、「生きるための手段」をより広義に捉え、「能力」「活動」を包摂する概念といているものの、「暮らし」への焦点は明確ではない。

森[2010]の定義は、生計を「生活の糧」と簡潔に定義した上で、「すなわち、経済的な生活の実態や、生活を成り立たせるための手段に関する概念」と定義している[森 2010:3]。この定義では、「生計」を基本的には「生活の糧」「手段」として捉えながらも、それが“a Living”に相当する「生活の実態」「生活」につながる変換要素であることが示され、「暮らし」を包括する概念となっている。

これを踏まえ、本論における「生計」の定義は、「暮らしを成り立たせるための多様な手段と、それらを通じ達成される暮らしの状態」とする。これにより、本論における「生計」の概念は、チェンバース及びコンウェイが提示したlivelihood論の特徴である「多様な手段」と「暮らしの状態」の双方を含むこととなる。

(2)持続的生計アプローチの概要

持続的生計アプローチの概念枠組みの中心となるのは、人々が生きていくために活用できる資源や能力を包括的にまとめた「5つの資産(8)」である(次頁表2-1)。これを中心に、直接・間接に生計を悪化させる「脆弱性要因」、それに影響を与える「構造とプロセスの変容(制度、組織、政策など)」、そしてそれらを踏まえて選択される「生計戦略」とその「生計結果」を一連の循環プロセスとした生計(戦略)の「持続性」を概念化したのが、図2-2の「持続的生計」の概念的枠組みである[久野・中西2004:95-97]。

表2-1 持続的生計アプローチにおける5つの生計資産
生計資産 定義 資産の具体例
人的資産
(Human Capital)
様々な生計戦略を可能にする個人の資質や能力 技能、知識、働く能力、健康状態など
社会関係資産(9)
(Social Capital)
生計結果のために役立つ社会的資源 信頼関係、帰属意識、相互扶助、共通の規範など
自然資産
(Natural Capital)
生計に役立つ有形・無形の天然資源 土地、水、共有林(地)、動植物、生物多様性など
物的資産
(Physical Capital)
生計を支える基礎的なインフラや生産財 道、交通手段、市場、病院、学校、生産資材など
金融資産
(Financial Capital)
生計結果の達成のために使う資金及び資金源 雇用からの収入、貯蓄、信用、投資など

(出所)DFID[1999]、国際協力機構国際協力総合研修所[2003]から筆者作成。


本論の目的は、農村部の障害者の生計機会が「なぜ」「どのように」制限されているか、その構造とプロセスを明らかにすることである。よって、持続的生計アプローチの中でも、「生計資産へのアクセス」と「生計戦略」を左右する「構造とプロセス」に主に焦点を当てる。

2.4 事例分析における「障害者」「非障害貧困者」の定義

本節では、次章で事例分析に入る前に、主な分析対象となる「障害者」「非障害貧困者」の作業上の定義を述べる。

まず、本論における「障害者」の定義は「インペアメントを有する者」、「非障害者」は「インペアメントを持たない者」とする。英語表記では、“persons with impairments(障害者)”と“persons without impairments(非障害者)”の意であり、「障害の社会モデル」で使用される“disabled(障害者/被抑圧者)”と“non-disabled(非障害者/抑圧者)”の意では用いない。これは、ケイパビリティの概念を援用し、「障害の社会モデル」の考え方を非障害者にも拡張すれば、「ケイパビリティにおける貧困(capability poverty)」に置かれている人びとはすべて「ディスエイブルド(disabled)」されている、という考えに基づく区別である。

もちろん、障害者を「インペアメントを有する者」と単純に定義することには問題がある。しかし、これはあくまでも作業上の定義である。本論は、「フィリピン農村部における生計機会の制限」を切り口として、障害者(インペアメントを持つ人)に対する機会の制限プロセスが、同じように生計機会を制限されている非障害者(インペアメントを持たない人)とどのように共通し、異なっているのかを明らかにするものである。よって、敢えて「インペアメントの有無」を定義の軸とする。

なお、国連障害者の権利条約における「障害者」の概念(10)、及びフィリピンにおける「障害者」の定義は下表2-2のようになっている。

表2-2国連障害者の権利条約及びフィリピンにおける「障害者」の概念及び定義
国連障害者の権利条約 「障害者には、長期的な身体的、精神的、知的又は感覚的な障害を有する者であって、様々な障壁との相互作用により他の者と平等に社会に完全かつ効果的に参加することを妨げられることのあるものを含む。」(第1条「目的」より抜粋。日本政府仮訳(11)。)
フィリピン共和国法7277号 「知的、身体的、感覚的な機能障害のため、人間として普通と考えうる範囲や方法で活動するにあたって制限があり、能力が異なることから、困難を抱えている者。」(共和国法7277号、通称「障害者のマグナカルタ」から抜粋。)

(出所)筆者作成。

これらの「障害者」の定義からは、「インペアメントを有する者」としての障害者に、それぞれの障害観が追加されていることがわかる。

まず、1992年に制定されたフィリピン「障害者のマグナカルタ」の定義には、「障害の個人モデル」の視点が強く反映されている。例えば、活動が制限される原因は、社会・環境ではなく、機能障害に帰されている。また、「人間として普通と考えられる範囲や方法(in the manner or within the range considered normal for a human being)」という記述には「正常」か「異常」かという、個人モデルの二分法に基づく価値観が現れている。これに対し、国連障害者の権利条約による障害者の概念は、ICFの障害発生過程における「個人要因」と「環境要因」の相互作用を想定したものとなっている。

本論における定義は、これらの定義と同様、「障害者」をまず「インペアメントを有する者」と定義する。ただし、障害を捉える原因論の基本的視点は「障害の社会モデル」であり、フィリピンにおける「障害の個人モデル」とも、国連障害者の権利条約にみられる「障害の統合モデル」とも異なる。また、「障害の社会モデル」にみられる「被抑圧者/抑圧者」という二項的思考による「障害者」「非障害者」の捉え方とも異なっている。

これまで述べてきたように、本論は「障害の社会モデル」とケイパビリティアプローチを分析枠組みの土台とし、「インペアメントを有する者」としての「障害者」と、「インペアメントを持たない者」としての「非障害者」が、それぞれの多様な社会的障壁によって生計機会を制限されている構造を明らかにするものだからである。

次に、「貧困者」と「非貧困者」の作業定義は「生計資産(財)の有無」によって定義・区別する。持続的生計アプローチとケイパビリティアプローチの双方の理念的枠組みにおいて、定義の軸となる「生計資産」及び「財」の有無は、本論の従属変数である「生計機会」及び「価値ある生き方」の直接的な説明変数とはされていない。特にケイパビリティアプローチにおいては、「財」を「価値ある生き方」に変換する際、「個人の特性」と「社会・環境」が影響することが理論的に明示されている。また持続的生計アプローチにおいても、「構造とプロセス」が、生計資産を生計結果に変換する時に影響を及ぼす説明枠組みとなっている。

本論は、「生計資産」「財」へのアクセスにおける不利、またそれを「生計機会」「価値ある生き方」に変換する際の不利が発生するプロセスを明らかにするものである。つまり、本論の従属変数である「生計機会の幅」に対し、「構造とプロセス」はどのように影響を与えているのか、「個人の特性」と「社会・環境」との相互関係はどうなっているか、を明らかにすることが目的である。それゆえ、作業上は、「貧困者」「非貧困者」は「生計資産(財)の有無およびそれらへのアクセス」によって定義する。

図2-2は、上述のように「障害」「非障害」「貧困」「非貧困」を分析枠とした場合のマトリクスである。本論で直接的な分析対象となっているのは、「障害貧困層(1)」「非障害貧困層(2)」「障害非貧困層(3)」を主に分析対象として扱う。「非貧困層」を捨象しない理由は、仮に生計資産(財)にアクセスできていたとしても、それが「生計機会」の拡大に必ずしもつながっているとは限らない事例を分析するためである。この意味において、「非障害非貧困層(4)」については、本論では主な分析対象とはしないものの、完全には捨象しないこととする。

なお、実際には、人びとは(1)〜(4)のそれぞれの象限に固定的に位置付けられる訳ではなく、その時々の状況に応じ、動的に各象限を行き来しているが、本論では分析のために本分類を採用することとする。

前述したように、ケイパビリティアプローチによって、生計機会の制限が生じている現状を「財」「個人の特性」「社会・環境」から包括的に把握することは可能になる。しかし、「障害の社会モデル」の立場から、どのような社会的障壁がなぜ生じているのか、それを詳細に捉えることまではできない。Krantzは、持続的生計アプローチによって、貧困層の生計を制限している要因に関する幅広く自由な(open-ended)分析が可能になると述べている[Krantz 2001:25]。この点は、持続的生計アプローチによって障害問題に対し多様な解決方法を導くことができる利点にもつながっている[久野・中西2004:99]。「生計機会を制限する構造」を分析するにあたり持続的生計アプローチを援用する利点については、第4章1節「先行理論を踏まえた仮説的枠組み」にてさらに詳述する。



     H= Human Capital(人的資産)      N= Natural Capital(自然資産)
     S= Social Capital (社会関係資産)   F= Financial Capital(金融資産)
     P= Physical Capital(物的資産)

2.4 事例分析における「障害者」「非障害貧困者」の定義

本節では、次章で事例分析に入る前に、主な分析対象となる「障害者」「非障害貧困者」の作業上の定義を述べる。

まず、本論における「障害者」の定義は「インペアメントを有する者」、「非障害者」は「インペアメントを持たない者」とする。英語表記では、“persons with impairments(障害者)”と“persons without impairments(非障害者)”の意であり、「障害の社会モデル」で使用される“disabled(障害者/被抑圧者)”と“non-disabled(非障害者/抑圧者)”の意では用いない。これは、ケイパビリティの概念を援用し、「障害の社会モデル」の考え方を非障害者にも拡張すれば、「ケイパビリティにおける貧困(capability poverty)」に置かれている人びとはすべて「ディスエイブルド(disabled)」されている、という考えに基づく区別である。

もちろん、障害者を「インペアメントを有する者」と単純に定義することには問題がある。しかし、これはあくまでも作業上の定義である。本論は、「フィリピン農村部における生計機会の制限」を切り口として、障害者(インペアメントを持つ人)に対する機会の制限プロセスが、同じように生計機会を制限されている非障害者(インペアメントを持たない人)とどのように共通し、異なっているのかを明らかにするものである。よって、敢えて「インペアメントの有無」を定義の軸とする。

なお、国連障害者の権利条約における「障害者」の概念(10)、及びフィリピンにおける「障害者」の定義は下表2-2のようになっている。

表2-2国連障害者の権利条約及びフィリピンにおける「障害者」の概念及び定義
国連障害者の権利条約 「障害者には、長期的な身体的、精神的、知的又は感覚的な障害を有する者であって、様々な障壁との相互作用により他の者と平等に社会に完全かつ効果的に参加することを妨げられることのあるものを含む。」(第1条「目的」より抜粋。日本政府仮訳(11)。)
フィリピン共和国法7277号 「知的、身体的、感覚的な機能障害のため、人間として普通と考えうる範囲や方法で活動するにあたって制限があり、能力が異なることから、困難を抱えている者。」(共和国法7277号、通称「障害者のマグナカルタ」から抜粋。)

(出所)筆者作成。

これらの「障害者」の定義からは、「インペアメントを有する者」としての障害者に、それぞれの障害観が追加されていることがわかる。

まず、1992年に制定されたフィリピン「障害者のマグナカルタ」の定義には、「障害の個人モデル」の視点が強く反映されている。例えば、活動が制限される原因は、社会・環境ではなく、機能障害に帰されている。また、「人間として普通と考えられる範囲や方法(in the manner or within the range considered normal for a human being)」という記述には「正常」か「異常」かという、個人モデルの二分法に基づく価値観が現れている。これに対し、国連障害者の権利条約による障害者の概念は、ICFの障害発生過程における「個人要因」と「環境要因」の相互作用を想定したものとなっている。

本論における定義は、これらの定義と同様、「障害者」をまず「インペアメントを有する者」と定義する。ただし、障害を捉える原因論の基本的視点は「障害の社会モデル」であり、フィリピンにおける「障害の個人モデル」とも、国連障害者の権利条約にみられる「障害の統合モデル」とも異なる。また、「障害の社会モデル」にみられる「被抑圧者/抑圧者」という二項的思考による「障害者」「非障害者」の捉え方とも異なっている。

これまで述べてきたように、本論は「障害の社会モデル」とケイパビリティアプローチを分析枠組みの土台とし、「インペアメントを有する者」としての「障害者」と、「インペアメントを持たない者」としての「非障害者」が、それぞれの多様な社会的障壁によって生計機会を制限されている構造を明らかにするものだからである。

次に、「貧困者」と「非貧困者」の作業定義は「生計資産(財)の有無」によって定義・区別する。持続的生計アプローチとケイパビリティアプローチの双方の理念的枠組みにおいて、定義の軸となる「生計資産」及び「財」の有無は、本論の従属変数である「生計機会」及び「価値ある生き方」の直接的な説明変数とはされていない。特にケイパビリティアプローチにおいては、「財」を「価値ある生き方」に変換する際、「個人の特性」と「社会・環境」が影響することが理論的に明示されている。また持続的生計アプローチにおいても、「構造とプロセス」が、生計資産を生計結果に変換する時に影響を及ぼす説明枠組みとなっている。

本論は、「生計資産」「財」へのアクセスにおける不利、またそれを「生計機会」「価値ある生き方」に変換する際の不利が発生するプロセスを明らかにするものである。つまり、本論の従属変数である「生計機会の幅」に対し、「構造とプロセス」はどのように影響を与えているのか、「個人の特性」と「社会・環境」との相互関係はどうなっているか、を明らかにすることが目的である。それゆえ、作業上は、「貧困者」「非貧困者」は「生計資産(財)の有無およびそれらへのアクセス」によって定義する。

図2-2は、上述のように「障害」「非障害」「貧困」「非貧困」を分析枠とした場合のマトリクスである。本論で直接的な分析対象となっているのは、「障害貧困層(1)」「非障害貧困層(2)」「障害非貧困層(3)」を主に分析対象として扱う。「非貧困層」を捨象しない理由は、仮に生計資産(財)にアクセスできていたとしても、それが「生計機会」の拡大に必ずしもつながっているとは限らない事例を分析するためである。この意味において、「非障害非貧困層(4)」については、本論では主な分析対象とはしないものの、完全には捨象しないこととする。

なお、実際には、人びとは(1)〜(4)のそれぞれの象限に固定的に位置付けられる訳ではなく、その時々の状況に応じ、動的に各象限を行き来しているが、本論では分析のために本分類を採用することとする。


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第3章 障害者の生計活動と生計機会

本章では、まず第1節にて調査地概観を述べ、フィリピン及びイロイロ州におけるニュールセナ町の位置付け、ニュールセナ町におけるビリダン村の位置付けを明らかにする。さらに、ニュールセナ町における障害者の全体像を、所得、障害種別、教育水準、雇用状況の観点から、既存の統計資料に基づき明らかにする。第2節では、既存の統計資料において「無職」とされる大半の障害者が、どのように暮らしを成り立たせているのか、生計活動の実態を戸別訪問調査の結果に基づき述べる。第3節では、センのケイパビリティアプローチに基づき、生計活動の背後にある「実質的な選択の機会」を考察する。最後に、第4節で小括としてフィリピン農村部における障害者の生計機会について述べる。

3.1 調査地概観

(1) 一般情報

本研究の調査対象地は、フィリピン国イロイロ州ニュールセナ町(Municipality of New Lucena)に位置するビリダン村(Barangay Bilidan)である。ニュールセナ町は、第6地域、別名西ビサヤ地域(Region VI / Western Visayas)のイロイロ州(Province of Iloilo)に属している(次頁図3-1及び3-2参照)。人口は約21,300人で、イロイロ州を構成する43の地方政府(Local Government Unit; LGU)の中では比較的小規模(12)の町である。ニュールセナ町は、イロイロ州の州都であるイロイロシティ(Iloilo City)から約25km離れ、北東にポトタン町(Pototan)、南東にサラガ町(Zarraga)、南西にサンタバーバラ町(Sta.Barbara)、北西にカバトゥアン町(Cabatuan)、ミナ町 (Mina)とそれぞれ隣接している[Iloilo Provincial Planning and Development Office 2012]。これら隣接する町が主要幹線道路沿いにあり商業等で栄えているのに対し、ニュールセナ町は主要幹線道路から離れた内陸地に位置している。そのため、農業以外の産業が発展しにくい環境にある。

表3-1 フィリピンの行政単位と調査地の位置付け
行政単位 調査地の位置付け
地域
(Region)
第6地域(西ビサヤ地域)
Region VI (Western Visayas)

(Province)
イロイロ州
Province of Iloilo
市もしくは町
(City or Municipality)
ニュールセナ町
Municipality of New Lucena
村(バランガイ)
(Barangay)
ビリダン村 Barangay Bilidan

図3-1 フィリピンにおける第6地域、西ビサヤ地域(Western Visayas)の位置

図3-2 西ビサヤ地方におけるイロイロ州、及びニュールセナ町の位置


町の年間予算は2012年度実績で40,755,515ペソ、うち内国歳入割当金(Internal Revenue Allotment: IRA(13))が37,193,515ペソと、歳入全体に占めるIRAの割合が約91.3%となっている。これは、全国平均(75.5%、2006年(14))と比較しても非常に高い数字である。

同町のビジョン・ミッションは、「農業生産力と基礎社会サービスの向上」であり、特に基礎社会サービス施策はフィリピン国内でも非常に高い評価を受けている。例えば、子どもの福祉に貢献したLGUを表彰する「子どもに優しい自治体のための大統領賞(the Presidential Award for the Child-Friendly Municipalities and Cities)」を2010年に受賞しており、“Most Child-Friendly Municipality(子どもに一番優しい町)”はニュールセナ町のキャッチフレーズでもある。障害者福祉についても、第1章で述べたNHEプロジェクトを通じて積極的な施策を実施し、障害者福祉に貢献した個人・団体等を表彰する「アポリナリオ・マビニ賞(Apolinario Mabini Awards)」特別賞を2011年に大統領府で受賞している。

調査村となったビリダン村は、人口1,645人(世帯数347戸)と、同町を構成する21の村の中では中規模村にあたる。ビリダン村は、町役場や市場・商店が集中するポブラシオン(Poblacion(15))から約3km離れた場所に位置する。距離的にはそれほど中心部から離れてはいないが、村人の公共交通手段であるジープニーとトライシクル(16)で二本の乗り継ぎ(Two rides)が必要となる。そのため、村民はトライシクル一本(One ride)で行ける隣町サラガ(Zarraga)町の市場で農作物・食料品等を売り買いし交通費を節約している。ビリダン村の全面積は250.89ヘクタール、下位単位としてシティオ(sitio)と呼ばれる7つの区に分割されている。

ビリダン村の主な生計活動は、海外での船員業及び農業である。海外出稼ぎ者が多いという特徴は、同村における生計機会が限定的であることを示唆している。ニュールセナ町には生計機会につながる国道(National Highway)に面している村とそうでない村があるが、ビリダン村は後者にあたる。そのため、行商の機会は村内に限定されており、米作、キャッサバ・バナナなどの根菜及び果樹栽培などの農業が盛んである。

図3-3 ニュールセナ町におけるビリダン村の位置

(出所)ニュールセナ町ホームページ“Map & Location”をもとに筆者作成。
http://www.newlucena.gov.ph/home/map-and-location.html(2013年7月28日アクセス)


(2) 所得に関する基礎情報

本論は、センのケイパビリティアプローチを援用し、「貧困」をより広い概念、所得貧困ではなく生計機会の制限によって捉えるものである。しかし、所得が生計機会の幅を決定する主要な要素であることに変わりはない。そこで、本節では同町における障害者の所得について、非障害者とあわせ概観を述べる。

2009年に国家統計調整委員会(National Statistical Coordination Board)が公表したフィリピン貧困統計(Philippines Poverty Statics)によると、5 人家族を想定した場合、食料の基本的ニーズを満たすために必要な月あたり世帯収入は4,869ペソ、貧困線として7,017ペソが設定されている。なお、調査地がある第6地域(Region VI)における月あたり平均世帯収入は8,250ペソである(17)

NHEプロジェクトが2012年に実施した調査によれば、同町における月あたり世帯収入が5,000ペソ以下の世帯は全体の約50%となっている。また、月あたり世帯収入が3,000ペソ以下の世帯は、障害者がいる世帯で全体の30.4%、障害者がいない世帯で19.0%となっており、障害者がいる世帯が直面する所得貧困が示唆される調査結果となっている。

個人所得については、月あたり1,000ペソ未満の障害者は全体の76.8%、非障害者は全体の65.0%を占めている。ニュールセナ町における個人所得収入の分布は下表3-3のとおりである [Research Institute for Mindanao Culture Xavier University 2012:4]。

表3-2 ニュールセナ町における月あたり個人所得収入の分布
  ※( )内は回答者数
所得収入 障害者
(69)
非障害者
(100)
P999以下 76.8% 65.0%
P1,000〜P2,999 15.9% 15.0%
P3,000〜P4,999 5.8% 9.0%
P5,000〜P9,999 1.4% 5.0%
P10,000〜P14,999 0.0% 1.0%
P15,000〜P19,999 0.0% 2.0%
P20,000以上 0.0% 3.0%
平均所得収入 P541.90 P2069.14

(出所)[Research Institute for Mindanao Culture Xavier University 2012:49]より筆者作成。


ニュールセナ町全体としての貧困発生率(poverty incidence)は34.80%と、州平均(40.07%)を下回っている。なお、イロイロ州の貧困率は全国81の州のうち48位と中程度である[World Bank 2005:30]。

(3) 障害者に関する統計

次に、ニュールセナ町における障害者の概況を述べる。以下は、同町がNHEプロジェクトの支援を受け2011年に実施した全数調査(488名)の結果を、障害種別、年齢、教育水準、雇用状況に関しまとめたものである。

(1) 障害種別

フィリピンでは、保健省(Department of Health; DOH)のガイドラインに即し、9種類の障害種別(肢体障害、視覚障害、聴覚障害、言語障害、知的障害、精神障害、学習障害、重複障害、慢性疾患)が設けられている。ニュールセナ町における障害種別ごとの割合は、次頁図3-4のとおりとなっている。割合が大きい順に、肢体障害、知的障害、慢性疾患、となっている。なお、イロイロ州全体における障害種別統計では、肢体障害(25%)、視覚障害(17%)、言語障害(14%)の順に多くなっており、ニュールセナ町で多くを占めた知的障害と慢性疾患の割合はそれぞれ全体の8%及び9%、となっている。他方、森も指摘しているように、フィリピンにおける障害調査にはさまざまな課題が残っている[森2010: 60-64]。上記の統計がイロイロ州及びニュールセナ町における正確な障害者の障害種別分布を示しているかどうかについては、注意が必要である。

図3-4 ニュールセナ町における障害種別分布

(出所)ニュールセナ町資料(2012年)より筆者作成。


(2)年齢

 年齢構成については、生産年齢人口にあたる18-60歳の割合は約5割、61歳以上が3割を占めていることが特徴的である。これは、慢性疾患の障害種別で認定される高齢者が多いことと関連していると考えられる。

(3)教育水準

フィリピンの公立教育は、初等教育にあたる小学校が6年間、中等教育にあたる高校(high school)が4年間の6-4制(18)で、その後は大学などの高等教育に位置付けられる。無償義務教育は小学校6年間のみであり、中等教育は無償だが義務教育ではない。

UNESCAPの調査によれば、義務教育未修了の障害者の割合はフィリピンで51%となっており、フィジー(76%)、インド(52%)、に次ぎ、平均値(39%)と比べ高い数字となっている[UNESCAP 2012b:25]。森・山形の調査は、マニラ首都圏全人口における未就学者は2.4%であるのに対し、標本障害者における未就学者の割合は7.9%であること、小学校未修了の障害者は全体の24.3%であることを明らかにしている。また、農村部(ロザリオ市)においては、未就学者の割合は障害者全体の23.6%、小学校未修了者の割合は58.5%とさらに高くなっている[森・山形2013:94-110]。

ニュールセナ町においては、下図3-5のとおり、未就学者の割合は7.9%、小学校未修了者は18.6%となっている。さらに、全体の31.4%を占める「不明」と合わせると、その数字は森・山形が実施した農村部(ロザリオ市)の調査結果と近似する。また、未就学者の障害種別内訳をみると、全38名のうち知的障害者が21名(55.3%)を占めている点が特徴的である。

ニュールセナ町には幼稚園・保育園(Day Care Center)25か所、小学校14校、高校4校、大学(ポリテクカレッジ)1校がある。特別支援教育(Special Education; SPED)は、JICAが実施したNHEプロジェクトを受け2010年に町役場敷地内のセンターで開始された。その後、2011年にポブラシオン(Poblacion)にあるニュールセナ中央学校(New Lucena Central School)内に移転、2013年9月現在26名が在籍している。教育へのアクセスに関しては、第4章にて詳細を記述する。

図3-5 ニュールセナ町における障害者の教育水準

(出所)ニュールセナ町資料(2012年)より筆者作成。

(4)雇用状況

ニュールセナ町における障害者の雇用状況について、生産年齢人口にある18歳から60歳の障害者262名に対し全数調査が実施されている。雇用されている障害者の割合はわずか7.3%であり、下図3-6が示すとおり、「非雇用(Unemployed)」及び「不明(Unknown)」が大半を占めている。また、収入源となっている主な職業については下表3-3の通りである。

図3-6 ニュールセナ町における障害者の雇用状況
(出所)ニュールセナ町資料(2012年)より筆者作成。

表3-3 収入源となっている主な職業
  ※( )内は回答者数
収入減となっている主な職業 障害者(69) 非障害者(100)
無職 72.5% 57.0%
専門・技術職(医者・教師等) 4.3% 8.0%
農業・漁業従事者 7.2% 7.0%
家内労働 1.4% 0.0%
行商(野菜・魚・果物等) 2.9% 6.0%
マッサージ・ネイリスト 4.3% 2.0%
村役場職員 2.8% 2.0%
電気工 1.4% 0.0%
大工 1.4% 0.0%
運転手・車掌(ジープニー等) 1.4% 2.0%
  0.0% 6.0%

(出所)Research Institute for Mindanao Culture Xavier University [2012:50]より筆者作成。

同町における雇用状況に関し、これら二つの先行統計において注目すべきは、町民の「無職」率の高さである。表3-3では、非障害者の57.0%、障害者の72.5%が「無職」となっている。前述した町の統計データにおいても、「非雇用」「不明」をあわせると障害者全体の約9割にのぼる。

では、「雇用されていない」大半の障害者は、フィリピン農村部において一体どのように暮らしを成り立たせているのだろうか。また、統計調査、数字からだけでは捉えきれない障害者の生計活動の実態はどのようなものであり、同じように生計機会から制限されている非障害者とはどのような違いがあるだろうか。次節では、戸別訪問インタビュー調査を通じ明らかになった結果を述べる。

3.2 生計活動

前節では、既存の統計データを通じ、障害者の雇用状況および所得収入について分析した。その結果、調査町において障害者の大半は雇用されておらず、低い所得収入で暮らしていることが明らかになった。また、非障害者についても、障害者ほどではないが無職者の割合は57%と高く、個人・世帯における所得貧困が確認された。

本節では、「仕事がない」障害者の生計活動について、戸別訪問インタビュー調査の結果に基づきその傾向を類型化する。また、同様に「仕事がない」とされる非障害者の生計活動を参照し、どのような違いがあるかを考察する。なお、統計データや数字だけからは見えにくい生計活動の実態については、「生計機会の幅」について分析する次節以降で後述するとし、本節ではあくまでも生計活動に関する調査結果概要についての記述のみに留める。

(1) 障害者の生計活動

調査地ビリダン村における障害者の生計活動について述べる前に、まずフィリピンにおける障害者の雇用・生計に関する先行研究をレビューする。

UNESCAPは、2012年にフィリピン国全体における障害者の雇用調査を実施している(19)。調査結果では、次頁の表3-4のとおり、雇用(Employed)25%、自己雇用(Self-Employed)27%、非雇用(Unemployed)31%、職を探していない(Not Looking for a Job)17%、となっている [UNESCAP 2012b:14]。

本調査結果から、フィリピンではインドやタイに続き「自己雇用」の割合が比較的高く、「雇用」「自己雇用」をあわせると約52%が雇用されていることがわかる。同調査のインフォマントにはマニラ首都圏の障害者が含まれているため、農村部のみの障害者を対象としたデータに比べ雇用率が高くなっている可能性はある。それでも、本調査の結果は、前節で述べた既存の統計が示す非常に低い雇用率が、「自己雇用」を含む多様な生計のあり方を見落としている可能性を示唆している。

森・山形は、障害者の「雇用条件」について、マニラ首都圏と農村部(ロザリオ市)を比較した調査を実施している。そして、農村部ではマニラ首都圏に比べ「常勤」の比率が低く、「自己雇用」の割合が高いことを明らかにしている。また、ロザリオ市における障害者の職業を「農家・農業労働者」「オフィス労働者」「商店店員」などとカテゴリ別にした場合、「その他」カテゴリが全体の66.7%と高くなる調査結果から、障害者が従事している経済活動の多様性を指摘している。さらに、「その他」カテゴリの職種内訳についても分析し、建設労働、家事労働、氷売り、コピーサービス、携帯電話料金入金サービス、路上での物売り、内職(串焼きの竹串づくり)、などの生計活動を明らかにしている[森・山形 2013: 115-116]。

表3-4 アジア太平洋諸国における障害者の雇用形態(数字はパーセンテージ)
国名 雇用 自己雇用 非雇用 職を探してない
フィリピン 25 27 31 17
インド 9 61 29 1
タイ 25 49 18 8
韓国 7 20 3 70
パキスタン 29 13 32 26
フィジー 4 12 27 56
日本 60 10 10 21
カザフスタン 40 4 33 22
平均 25 24 23 28

(出所)UNESCAP[2012b:14]より筆者作成。

 これらの調査結果は、そもそも雇用機会が限られた農村部において、「雇用」か「非雇用」か、という二者択一の統計調査では、障害者の暮らしの実態を十分に捉えることはできないことを示している。しかし、農村部における障害者の生計活動の実態を捉えた先行研究は少なく、ロザリオ市以外の農村部における事例の収集が求められている[森・山形 2013: 169]。

 次頁表3-5は、調査対象としたビリダン村の障害者16名の主な生計活動をまとめたものである。調査対象者は、町が2011年に作成した同村の障害者リスト(全45名)から、まず生産年齢人口にあたる18歳〜60歳の障害者全員を対象として戸別訪問、聞き取り調査を行った。さらに、フィリピンでは「高齢者」に分類される60歳以上の障害者についても、「障害者」というカテゴリにリストアップされている人々の多様性を理解する上で、追加調査を実施した。

 なお、本論では、彼らを「A氏」や「B氏」ではなく、「フェ」「アンジェリン」といった、彼らが村の中で普段呼ばれている名前(あだ名)で表記することとする。彼らがコミュニティの中において、「向かいに住んでいる足の悪い女の子」「三軒先の目が見えないおじいさん」としてではなく、それらの名前で認識され、呼び合う関係が存在することが、調査地における彼らの生計活動を理解する上で重要な視点のひとつだと考えるからである。

 ビリダン村における障害者の生計活動を形態別に分類すると、次頁表3-5において、上から、(1)雇用(#1)、(2)自己雇用(#2-3)、(3)不安定な日雇い(#4)、(4)家内労働(#5-11)、(5)送金・年金・補助金・小作金収入等(#12-16)、の5つに大別できる。第2章での作業定義に基づき、(1)(2)のカテゴリに位置する障害者は「障害非貧困層」、(3)〜(5)は「障害貧困層」とする。

 なお、上述のカテゴリは、あくまでも調査時点における本人の「主な」生計活動に焦点を当て類型化したものである。実際には、季節や状況に応じ、「(3)不安定な日雇い」と「(4)家内労働」のカテゴリ間を行ったり来たりしている場合があること、「主な生計活動」の欄内では表現しきれない、様々な生計活動を組み合わせてして暮らしを成り立たせている現状に留意しなければならない(20)

表3-5 ビリダン村における障害者の主な生計活動
# 氏名 性別 年齢 障害種別 学歴 主な生計活動
1 フェ 58 肢体障害 大学卒 村役場事務係
2 アンジェリン 25 言語障害 高校中退 養豚・養鶏
3 エリアス 49 肢体障害 職業学校卒 トライシクル発車係
4 アレクシス 33 知的障害 小学校中退 日雇い(農作業手伝い)、水汲み代行
5 ノエル 36 知的障害 小学校中退 農作業手伝い(家族経営)
6 ダニー 34 知的障害 小学校中退 農作業手伝い(家族経営)
7 リダン 21 重複障害 小学校中退 家内労働、お遣い、草刈り、くず拾い
8 レンジョン 18 肢体障害 小学校中退 家内労働
9 マービック 32 知的障害 高校卒 家内労働・副職(イボス(21)作り)
10 リチェル 30 知的障害 小学校中退 家内労働・副職(デコレーション作り)
11 マリー 18 学習障害 小学校卒 家内労働
12 ホセアルビン 48 肢体障害 大学卒 送金
13 アネシート 72 視覚障害 大学卒 小作料
14 アベラルド 62 聴覚障害 大学卒 小作料
15 マリアーノ 65 肢体障害 小学校卒 送金
16 フロデリーサ 62 肢体障害 高校中退 年金

(出所)戸別訪問調査結果から筆者作成。

以下、表3-5の調査結果概要から指摘できる点を三点述べたい。

一点目は、森・山形[2013]が指摘した、「雇用」「非雇用」では捉えきれない農村部における障害者の生計活動の多様性が、ビリダン村においても確認できる点である。ニュールセナ町が実施した前述の雇用状況調査では、ビリダン村において「雇用(Employed)」とされていた障害者は、村役場で村役場事務係として勤務するフェ(#1)の1名のみであった。しかし、養豚・養鶏やトライシクル発車係などの自己雇用、日雇いでの農作業手伝い、水汲み代行、お遣い、農作業や家事を基本とした家内労働、伝統菓子やクリスマスデコレーション作りなどの副職、送金という形での家族・親族からの移転所得、小作料、退職した会社からの年金など、障害者はそれぞれの形で暮らしを成り立たせていた。

二点目は、家内労働及び送金・年金等により暮らしを立てる障害者の割合の多さ(16名中12名)である。特に、先行研究でこれまで明らかになっていなかった知的障害者については、アレクシス(#4)を除く全員が家内労働を主な生計活動としていた。また、重度障害者や高齢の障害者についても、家内労働もしくは送金等に頼っている傾向がある。森・山形の研究においても、農村部ロザリオ市における経済活動への参加比率が調査されているが、重複障害者の参加率は27.8%と、肢体(41.9%)、視覚(32.0%)、聴覚(50.0%)と比べ、低くなっている[森・山形2013:115]。知的障害者や重度障害者にとって、家内労働や移転所得以外に、雇用、自己雇用、といった生計活動の選択肢があるのかどうか、という点は、ケイパビリティの概念を援用した次節以降での検討事項である。

三点目は、家内労働が主な生計活動となっている障害者(#5-11)の教育水準の低さである。

森・山形は、「教育水準」と「所得・経済活動への参加」の因果関係が、フィリピンの障害者についても認められることを実証している[森・山形2013:120-137]。調査地ビリダン村においても、知的障害者及び重度障害者は、小学校には入学したもののドロップアウト(中退)をしているものが大半であり、彼らの生計活動は家内労働等に限定されていた。

では、こうした「仕事がない」障害者の生計活動の特徴は、同様に「仕事がない」非障害者と比べ、どのような違いがあるのだろうか。次項では、ビリダン村において「仕事がない」とされる非障害者の生計活動概況を参照する。

(2) 非障害貧困層の生計活動

筆者は、調査地ビリダン村における「非障害貧困層」として、2012年に村長により貧困層(indigent)と認定された36世帯のうち6世帯12名を対象に、障害者と同様の戸別訪問インタビュー調査を実施した。なお、村役場から発行される貧困層証明書(Certificate of Indigency)に示された貧困層の定義は、以下のとおりである。

  現金、財産、生計の手段がないことが明らかであり、本人または家族にとって十分な日々の食糧、住まい、生活必需品などを確保できない者。(he/she has visibly no money, property or means of livelihood sufficient and available for daily food, shelter and basic necessities for himself and his family.)

上記の定義に基づく貧困層の認定は、村長(Punong Barangay)の判断に任されている(22)。この定義は、所得による貧困線等のような絶対的基準ではなく、現金に限らない生計資産へのアクセスが基準となっている。

調査地ビリダン村における非障害者の主な生計活動は、第1節で述べたとおり、農業と海外出稼ぎである。その他にも、トライシクルやジープニーといった「村民の足」となる公共交通手段のドライバー、養豚・養鶏などが行われている。ビリダン村に特有の経済活動としては、一村一品運動としてのイボス作り、家庭の裏庭を利用した共同菜園(Communal Garden)などがある。

では、非障害貧困層は、どのような生計活動により暮らしを成り立たせているのだろうか。下表3-6は、非障害貧困層の主な生計活動をまとめたものである。障害者との比較では、障害者の多くが家内労働や移転所得等により生計を立てていたのに対し、非障害貧困層は「日雇い」が主な生計活動となっている点が特徴的である。日雇い仕事の具体的な内容は、男性が農作業手伝いと建設業、女性はメイド業や洗濯代行などが主である。女性については、庭先で果物や野菜がとれる場合、その行商などを組み合わせている場合がある。

表3-6 ビリダン村における非障害貧困世帯の生計活動 
世帯 仮名 性別 学歴 主な生計活動
1 A 高校卒 家内労働
B 小学校卒 日雇い(農作業手伝い・建設業)
2 C 小学校卒 家内労働、洗濯代行
D 小学校卒 日雇い(農作業手伝い)
3 E 高校卒 日雇い(メイド業)
F 高校卒 日雇い(農作業手伝い・建設業)
4 G 大学中退 日雇い(農作業手伝い・建設業)、母親の年金
H 大学中退 雇用(児童養護施設のガードマン)
5 I 小学校中退 日雇い(メイド業)、野菜の行商
J 小学校中退 日雇い(農作業手伝い)
6 K 高校中退 家内労働、洗濯代行
L 高校中退 日雇い(農作業手伝い・建設業)

(出所)戸別訪問調査より筆者作成

また、表上には明記していないが、子どもがいる家庭については、貧困層向けの条件付き現金給付 (Conditional Cash Transfer)である“Pantawid Pamilyang Pilipino Program”(以下4Ps)からの給付金が、暮らしを成り立たせる補助的な現金獲得手段となっていた。4Psは、貧困削減と人間開発を目的とし、2008年から社会福祉省(Department of Social Welfare and Development; DSWD)によって実施されているプログラムである。具体的な支援内容は、貧困層に対する現金給付であり、0-14歳の子供がいる、もしくは妊婦がいる家庭に健康手当を、6-14歳の子供がいる家庭に教育手当を給付するものである。給付を受けるためには、妊産婦検診の受診、乳幼児の予防接種、学校での出席率が85%以上であること、等の条件を満たす必要がある。給付内容の詳細については次頁表3-7のとおりである。世界銀行によると、現金給付額は4Ps対象世帯の年間世帯収入のうち、平均して約20%を占めている[Fernandez and Rosechin:2011]。

また、インフォーマルな社会保障の手段として、食べ物に困った時などは、親族や近所の人からお金を借りる、主食であるお米の替わりになる食用バナナを分けてもらう、村人であれば誰でも入れる竹林に行きタンボ(たけのこ)をとってくる、など、社会関係資本を活用して暮らしを成り立たせていることも明らかになった。

表3-7 4Psの給付内容
手当の種類 給付内容 対象基準
健康手当 世帯あたりP500/月、12か月/年 0-14歳の子供か妊婦がいる
教育手当 子どもひとりあたりP300/月(但し3人まで6-14歳)、10か月/年 6-14歳の子供がいる
もし6-14歳の子供の数が3人以下の場合に限り、3-5歳の子供も対象となる

(出所)Fernandez and Rosechin[2011]より筆者作成

このように、非障害貧困層の生計活動を調べてみると、前節のデータで「無職」「非雇用」とされていた状況は、正確には「安定した職」「固定的な雇用」にアクセスできず「不安定な日雇い」の仕事で暮らしを立てている状況であることが明らかになった。また、日雇いによる現金収入(金融資産)は暮らしを成り立たせるために十分ではないため、政府からの補助金、親戚や隣人たちとの社会関係資本を活用していることもわかった。また、教育水準については、障害者の多くが小学校未修了であったのに対し、非障害者について小学校中退者は珍しく、小学校卒、高校卒の者が多かった。

3.3 制限される生計機会

前節では、統計上「雇用されていない」とされている農村部の障害者が、実際には何らかの生計活動を行い、暮らしを成り立たせていることを明らかにした。また、生計活動の形態を、(1)雇用、(2)自己雇用、(3)不安定な日雇い、(4)家内労働、(5)送金・年金・補助金・小作金収入等、の5つに大別すると、非障害貧困層が主に(3)不安定な日雇い、によって生計を立てているのに対し、障害者の多くは(4)家内労働、(5)送金・年金等によって暮らしを成り立たせていることが明らかになった。

しかし、生計活動の「有無」のみをもって、人びとの「暮らしの良さ」を評価することはできない。センのケイパビリティアプローチを援用すれば、調査時点で明らかになった生計活動が、「自由な選択肢の中から自己の願望に基づき選択したものか」、それとも「限られた選択肢の中から選ばざるをえず選択されたものか」という視点から分析する必要がある。具体的には、非障害貧困層は、日雇いの仕事に就きたくて就いているのか、それとも、「安定した職に就く」という選択肢が限定されているために日雇いの仕事を選ばざるをえないのか。障害者は、様々な選択肢がある中から家族の送金に頼って暮らすことを選択しているのか、それとも本当は自分自身で家族を養いたいという願望があるのに、その自由が制限されているために送金や補助金で暮らしを成り立たせざるをえないのか、を区別する視点である。

本論では、ケイパビリティアプローチに基づきこれらの違いを峻別し、以下で「生計活動」の背後にある「生計機会の幅」を考察する。

(1) 生計機会の評価方法

障害者の生計を捉える枠組みとして、上述のとおり生計機会を従属変数とした場合、ひとつの問題が生じる。それは、生計機会(ケイパビリティ)の広がりに関する正確な事実確認は、生計活動(機能)と比べはるかに難しくなる、という問題である。ケイパビリティの評価については、これまで様々な議論がなされてきた。セン自身は、「選択可能な選択肢の数を数えることによって自由を評価しようとするような方法は拒否しなければならない。建設的な方法は、実際の成果に関する観察可能なデータを用いることにより、各個人が享受している自由について、部分的ではあるが重要な見通しを得るというものである。」と述べている[セン1999:7]。

そこで、筆者は、ビリダン村の障害者が享受している生計機会の「部分的かつ重要な見通し」を得るにあたり、以下の方法を採った。それは、「機会があったら、どのような生計活動を営みたいか」を障害者本人に尋ね、実際にそれができているかどうか、それを実現するにはどのようなことが必要か、という問いを重ねる方法である。さらに、上述の点について本人が置かれている状況を出来る限り客観的に評価するにあたり、ライフヒストリーの聞き取り、家族や雇用主へのインタビュー、村や町行政の施策・サービスの有無等を確認する作業を追加した。なお、これら周辺環境の分析については、第4章で詳述する。

生計機会の幅を推論するアプローチとして、「障害者本人による願望の表出」を重視した理由は、以下の二点である。一点目は、障害者本人の意思に基づき「暮らし」を組み立てる自由を尊重する必要性である。確かに、ビリダン村の中で営まれている生計活動を列挙し、実際に選択可能な生計活動の数を数えることによって、生計機会の評価をすることは可能かもしれない。しかし、選択可能かどうかという事実確認の難しさはもちろん、列挙された生計活動、例えば養豚や養鶏、海外出稼ぎ、ガーデニング等が、「本人にとって価値ある」生計活動なのかどうか、といった点を見ていく必要がある。より大切なことは、本人が価値あると考える生計活動について、それを達成する自由がどれくらいあるか、という視点である。久野・Seddonは、基礎的な「機能」として共通するものはあるとしても、障害者個々人の生活においてどの「機能」が重要であるかは個々の障害者のみが表出できるものであり、他者が判断することは困難である、と述べている[久野・Seddon 2003:25]。

二点目は、障害者の生計に関する先行研究では十分に取り扱われてこなかった、開発途上国における農村部障害者の生計に関する願望を、質的調査を通じて描く必要性を感じたためである。先行研究の多くは、前節で述べたような障害者の生計活動に関する「現状」を明らかにしている。しかし、障害者本人が、現在携わっている生計活動をどのように捉えているのか、自分が価値あると考える生計活動を実現できない障害者がどのような「願い」を抱えているのか、にまで踏み込んだ調査は多くなされていない。

以下で、生計機会を制限されている人びとの状況について述べる。

(2) 障害者と生計機会の制限

本節では、まず障害者の生計機会の制限について考察する。最初に、前節のカテゴリ(5)に該当する、送金、年金、補助金等で暮らしを成り立たせている障害者の生計機会について述べる。

マリアーノ(男性、65歳、肢体障害)は、ビリダン村の中心部からトライシクルで5分ほど離れた場所に妻と二人で暮らしている。成人した子どもが3人おり、息子ふたりは州都イロイロシティで働き、娘は結婚し警察官の夫と首都マニラに住んでいる。マリアーノと妻の暮らしは、この子どもたちからの送金で成り立っている。

マリアーノは、5年前の2008年に脳出血で倒れ、半身まひとなった。小学校卒業後、家の仕事を手伝わねばならなかったため高校には行っていない。2008年に倒れるまでは、トライシクルドライバーとして働いていたほか、民間会社の運転手、いくつかの家族のお抱え運転手(family driver)として働いていた時期もあった。フィリピン南部、ミンダナオ島出身の妻は、養鶏をしていた時期もあったが、現在は家事とマリアーノの介護に専念している。

妻が、倒れる前のマリアーノについて、「とてもよく働いてくれる人(bakas-bakas)だったのよ」と筆者に話しているのを聞くと、マリアーノは「家族のために働くことが出来なくなってしまったことが一番辛いんだ」と述べた。

そのマリアーノに対し、「機会があったらどんなことがしてみたいですか」と質問してみると、「資本(capital)があれば、村の中で何か売って回る(23)とか、小さなビジネスをしてみたい」と述べた。また、子豚を飼う資本があれば、餌やりはできるので、養豚をしてみたい、との希望もあった。そして最後に、「働けるのであれば何でもいい、どんな仕事でもする」と述べた(24)

マリアーノから表出されたのは、行商や養豚などの生計機会にアクセスし、「自分と家族の生計を自ら支える」という生き方を達成することへの願望であった。マリアーノの事例からは、子どもたちからの送金により彼の暮らしが保障されていたとしても、本人が望む生き方は制限されている様子がわかる。

アネシート(男性、72歳、視覚障害)は、寝たきりの妻、一人娘と、村の中心部に三人で暮らしている。村では珍しいコンクリート造りの家の周りには、インディアンマンゴー、ココナッツ、バナナの木が茂り、家の裏に農地を所有している。また、庭ではタンパク源となる鶏とアヒルを育てている。

アネシートは、1975年から1980年まで船員として海外出稼ぎをし、その貯蓄でビリダン村に家を建て帰郷した。4年前に白内障で失明するまで、所有する農地で農業を営んでいた。しかし、失明後に農作業が難しくなったため、今は向かいの家に住む友人のところへ行っておしゃべりをすることが唯一の楽しみであるという。現在、前述の農地は二人の甥に貸し、収穫期毎に平均して米30袋を納めてもらっている。1袋あたり約400ペソで売れるため、収穫期にはまとめて約12,000ペソの収入があり、二期作のため約24,000ペソの年間所得がある。

アネシートの妻フロデリーサ(女性、62歳、肢体障害)は、1年前に脳卒中で倒れ寝たきりとなっている。妻の元勤務先である縫製会社からの年金は全て妻の医療費に消え、一人娘は介護につきっきりのため仕事には就けない。そのため、アネシートの妹が、勤めていた通信会社の退職金から「おかず代」として月々送金をしており、生活を支えている。

アネシートは、小作料収入と妹の送金に頼る生活に不満を示し、「見えなくはなってしまったが、年のわりにカラダはまだまだ元気だ」と腕こぶしを作ってみせ、「なんでもいいから働きたい」と繰り返していた。

「機会があったらどんなことがしてみたいですか」という筆者の問いに対しては、「見えないのだから、何もできないよ」と最初は投げやりな回答であった。しかし、筆者に同行していたビリダン村の女性が、「見えなくても、おうちの中でアクセサリを作ったりしている人もいるわよ」というと、「そういえば、庭にある椰子の葉で箒を作って、売ってみたいと思っていた」と述べ、そのためのスキルトレーニング、おつりの受け渡しで騙されたりしないよう「見えるパートナー」が必要だ、と付け加えた(25)

アネシートもマリアーノと同様、親族からの移転所得等によって暮らし自体は成り立っている。しかし、自分自身が働く、そのお金で自分と家族の生計を支える、という生き方は実現していない。

このように、障害者本人が表出した「価値あると考える生き方」を出発点として調査時点で確認された生計活動を見直すと、希望する生計機会にアクセスができないために、移転所得に頼るという選択肢しか選べない障害者の状況が示唆される。

フィリピン農村部にあたるビリダン村での上述の状況は、マニラ首都圏でも同様である可能性が高い。森・山形は、マニラ首都圏における障害者の所得源泉を調査し、「家族・友人からの移転所得」により生計を立てている割合は、賃金所得の高い視覚障害者で最も低く(視覚障害者全体の9.6%)、賃金所得の低い聴覚障害者で最も多く(聴覚障障害者全体の54.7%)なっていることを明らかにしている。そして、この調査結果からは、賃金所得等の自立的所得の少なさを補うように家族・友人が移転所得をしている関係性が指摘されている[森・山形2013:106-107]。この調査結果についても、「ケイパビリティの制限」という切り口で考えれば、自立的所得によって暮らしを立てる生き方を希望する聴覚障害者が、賃金所得等を得られる生計機会にアクセスできないために、移転所得に頼る生活を「せざるを得ない」状況に置かれている可能性がある。

次に、前節のカテゴリ(3)に該当する、不安定な日雇い仕事で暮らしを成り立たせている障害者の生計機会について述べる。

アレクシス(男性、33歳、知的障害)は、町の中心部からトライシクルで5分ほどの場所に年老いた母親と二人暮らしをしている。父親はアレクシスが1歳の時に亡くなっており、他の9人の兄弟はみな独立して家を出ている。母親が魚の行商をして一家の生計を支えていたが、一年前に交通事故で歩行困難になり行商はできなくなってしまった。そのため、現在二人の暮らしを支える生活の糧は、アレクシスが日雇い仕事で稼ぐ日当と、タイで出稼ぎをするアレクシスの姉からの送金のみである。なお、アレクシスはビリダン村小学校に通っていたが、いじめに「うんざり(tak-an)」し、小学1年生で中退している。

アレクシスの主な生計活動は、親戚が経営するバナナ農園での農作業手伝い、近隣の地主たちから依頼を受けてのコメの植え付け・収穫手伝い、水汲み代行など、多岐に渡る。なお、農作業手伝いの日当は150〜250ペソ、水汲みは2タンク当たり5ペソである。アレクシスを収穫期に定期的に雇用している村内のある地主は、「アレクシスは知的には障害者(mentally disabled)だけど、身体的にはノーマル(physically normal)だらかね」と英語を交えて表現し、体格のよいアレクシスが稲刈りの際には貴重な労働力になると語っていた(26)

このように、アレクシスは村内の地主や親族との社会関係資本をうまく活用し、さまざまな生計機会にアクセスしているようにも見える。しかし、これらの仕事はあくまで日雇いであり、仕事は依頼があった場合に限られる。アレクシスは、それ以外の大半の時間を、他の多くの知的障害者がそうであったように、掃除などの家内労働に従事して過ごしている。

アレクシス自身も、機会があれば、農作業以外の生計活動を営んでみたいと考えている。筆者は、アレクシスの母から「息子は読み書きが出来るようになりたいと言っている。ポブラシオン(Poblacion)にあるSPED(特別支援学級)に通う方法はないか」という相談を受けたことをきっかけに、アレクシス本人に「学校に通って読み書きを覚えたら、どんなことをしてみたいのですか」と尋ねた。すると、「溶接を学びたい。そうしたら、他の仕事もできるようになるから」との答えが返ってきた(27)

アレクシスの事例は、彼の生計活動だけに焦点を当てれば、村の知的障害者の中で日雇いの仕事にアクセスできている唯一の事例として捉えることもできる。しかし、アレクシスの生計活動は非持続的であり、彼自身は溶接技術という人的資産の蓄積を通じて「他の仕事」にもアクセスし、安定した暮らしを成り立たせる生き方を望んでいた。

このように、移転所得に頼って暮らしているマリアーノやアネシートにしても、日雇いの仕事にアクセスできているアレクシスにしても、本人が価値あると考える生き方を実現する生計機会へのアクセスは制限されていることが明らかになった。その他の障害者の状況については、生計機会を制限する諸要因の分析とあわせ、第4章で詳述する。

(3) 非障害者と生計機会の制限

前節では、障害者の生計機会が制限されている状況について述べた。本項では、非障害貧困層の生計機会について考察していきたい。

第2節で述べたとおり、非障害貧困層の多くが営む生計活動は、アレクシスと同様、不安定な日雇いの仕事であった。前節表3-6における世帯(#2)は、父親、母親、こども10名の12人家族である。父親Dは日雇いで農作業手伝いをしているが、1年のうち働いている期間は合計で3〜4か月のみである。母親Cは、村の富裕層から依頼を受けて洗濯や家事代行をしているが、依頼が入るのは週に1回程度で日当は200ペソ、その他は家内労働に従事しているのみである。筆者の「もし機会があったら何をしたいですか」という問いに対し、Cは少し苛立った口調になり、以下のように述べた。

 夫も私も、小学校しか出ていないのよ。他にどんな機会があるっていうの?ないわよ。日雇いの農作業か建設業だけよ、小学校しか出ていなくても入りこめるのは(28)

上述のように、教育機会に恵まれなかったために生計機会の幅が制限されているという現状認識は、他の非障害貧困層からも表出された。世帯(#3)の女性Eは、富裕層の老夫婦が住む隣家で週6日メイドをしており、月給は2,500ペソである。夫Fは日雇いで農作業をしている。子ども3名のうち2名は既に結婚し、ビリダン村内の別の場所で暮らしている。夫婦の仕事は安定しておらず、夫Fが日雇いの仕事に従事できるのは2〜3日間か長い時で1週間程度であり、全く仕事をしていない時期もある。Eが従事するメイド業も、6か月前に老夫婦の子どもから声をかけられて始めたばかりであり、常勤(permanent)ではない。Eは、自身と夫の学歴、これまでの生計活動について以下のように語っている。

 主人も私も、家はコレ(手でお金のサインをつくって)がなかったから、大学に行けないことは最初からわかっていたわ。だから、私は高校を卒業してから今まで(約30年間)ずっと村の中でメイドとしていろいろな家で働いてきたし、夫はずっと農作業手伝いをしているだけなのよ(29)

また、日々の安定した所得収入がない彼らにとっては、その他の生計活動を始める機会も制限されている。Eは機会があればサリサリストア(雑貨店)をやってみたいと思っているが、最低でも5,000ペソの資金が必要になるため現実的ではないと考えている。また、養豚も魅力的な副業ではあるが、この夫婦はもともとイロイロ州内にあるアホイ町(Municipality of Ajoy)の出身であり、現在までEのメイド業の機会を求めてニュールセナ町に不法定住をしている。そのため、不法定住者(informal settler)の自分たちが養豚のための追加的なスペースを確保することは、隣人たちの目もあり難しい、と感じている。

前述の世帯(#2)の母親Cは、化粧用品の通信販売を行っているA社のセールスレディをしたいと考えている。しかし、村人に化粧品を販売し手数料を得るには、村人から代金を受け取る前にA社から商品を購入する必要があり、そのための資金(キャピタル)がない限りできないという。

このように、非障害貧困層も、日雇い仕事の組み合わせにより世帯の暮らしを成り立たせているが、これは教育水準が低いために安定した雇用(町中心部での公務員業、州都イロイロシティや首都マニラ、海外での出稼ぎ業)にアクセスできないこと、また資金(capital)がないため自営業(養豚や雑貨店経営)を追加できないことなど、「日雇い仕事しか実質的に選択できない」という状況が背景にあることがわかった。

3-4. 小括

本章では、まずニュールセナ町における先行統計に基づき、障害の有無に関わらず人びとの大半は「無職」であり、所得収入も低いことを明らかにした。しかし、戸別訪問と聞き取り調査の結果、「無職」に分類された村人たちも、自営、日雇い、家内労働、移転所得、補助金等を組み合わせ、暮らしを成り立たせていることがわかった。こうした現状は、フィリピンにおけるイロイロ州、イロイロ州におけるニュールセナ町の貧困レベルがそれぞれ中位程度であることや、先行研究の結果と照らし合わせても、一般的なフィリピン農村部の現状に近いと推論できる。

障害者及び非障害貧困層の生計活動を比較すると、非障害貧困層の大半が「日雇い」の仕事で暮らしを成り立たせているのに対し、障害者については「日雇い」の仕事にアクセスしている者は稀であり、家内労働に携わり他の家族の現金収入で生活を成り立たせているか、移転所得等に頼って暮らしている者が多かった。

さらに、センのケイパビリティ論を援用し、確認された生計活動(機能)ではなく、実質的に選択可能な生計活動がどれくらいあるか、生計機会の幅(ケイパビリティ)に焦点を当て直して考察した。その結果、障害者も非障害貧困層も、自分が価値あると考える生き方は制限されていることが明らかになった。例えば、移転所得や小作料が主な生活の糧となっている障害者は、その暮らし自体は成り立ってはいても、「自分と家族の生計を自ら支える」という生き方を実現するために必要な生計機会へのアクセスは制限されていた。また、非持続的な日雇いの仕事で生計を立てている非障害貧困層も、同様に暮らし自体は何とか成り立っているが、雇用やその他の生計活動にアクセスし、より安定した生計を立てる生き方は同様に制限されていた。このように、「ケイパビリティが制限されている状況(capability poverty)」としての貧困は、インペアメントの有無に関わらず、「障害者」「非障害者」に共通して生じていることがわかった。

第4章では「生計機会の制限」が生じる構造について、障害者と非障害貧困層、双方のインフォマントの事例をさらに参照しつつ明らかにする。


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第4章 障害者の生計機会を制限する構造とプロセス

本章では、第3章で明らかにした障害者の生計機会の制限が、なぜ、どのように生じているのか、その構造について、非障害貧困者と比較しつつ明らかにする。

まず第1節で、ケイパビリティアプローチ及び持続的生計アプローチの二つの先行理論に基づき、障害者の生計機会を制限する構造の仮説的枠組みを提示する。具体的には、(1)生計資産を積み上げる際の不利、(2)積み上げた生計資産を生計活動に変換する際の不利、という二段階の社会的不利についてである。さらに、第2節以降では、この仮説的枠組みではまだ明らかになっていない点を明らかにする。すなわち、生計機会を拡大・制限する上で本質的な生計資産は何か(第2節)、それらの生計資産にアクセスする上での社会的障壁(第3節)、生計資産を生計機会に転換する際の社会的障壁(第4節)には、どのようなものがあるか、という点である。そして、上述の点について、障害者と非障害者でどのような共通点・相違点があるかを分析する。最後に、これらの考察結果を踏まえ、障害者が生計機会を制限する構造について第5節にて小括する。

4.1 先行理論を踏まえた仮説的枠組み

本論の目的は、フィリピン農村部の障害者の生計機会が「なぜ」「どのように」制限されているのか、その構造を明らかにすることである。この研究目的に答えるため、本章ではまず本節にて「仮説的枠組み」を提示する。この仮説枠組みには、ケイパビリティアプローチ及び持続的生計アプローチの二つの先行理論を援用する。

本論の仮説的枠組みにおいて従属変数となる「生計機会の幅」について、持続的生計アプローチは「生計資産へのアクセス」を主要な説明変数として置いている。DFIDは、「一般的に、様々な生計資産にアクセスできる人の方が、生計活動についてより多くの選択肢を有することができ、よりポジティブな生計結果を生み出すことができる」としている[DFID 1999]。Haidarも、「一般的に、より多くの生計資産にアクセスできるほど幅広い選択肢をもつことができ、これにより本人が掲げる目標の達成や貧困削減につながる」と述べている[Haidar 2009:6]。

しかし、DFIDやHaidarが「一般的に」という注意書きを付けているように、生計資産へのアクセスは、生計機会の幅を決定づける唯一の説明変数ではない。センは、手段を実自由に変換する際、「個人の特性」が影響を与えることを以下のように述べている。

性別・年齢・遺伝的な資質など多くの特質が多様であるために、たとえ同じ組み合わせの基本財を持っている時でさえ、生活における自由を構築する能力はとても違ったものになってしまう[セン1999:130-131]。

また、センは「生活における自由を構築する能力」が「社会・環境」によって影響されることも次のように指摘している。

 「潜在能力(30)」は、ある人が選択することのできる「機能」の集合である。すなわち、社会の中で、その人が持っている所得や資産で何ができるかという可能性を表すものである。ここで注意すべきは、なにができるかは社会のあり方からも影響を受けるということである。差別を受けていて、できることが限られる場合には、「潜在能力」はそれだけ小さくなる[セン1999:vi]。

手段を自由に変換する際の不利については、持続的生計アプローチにおいても理論的な前提となっている。DFIDは、「生計資産そのものの先を見ることが重要である。構造とプロセス、文化的な慣習について考えなければならない。それらは、生計資産を生計結果に変換する(transform)ものである」と指摘している[DFID 1990]。

これら両アプローチの理論的枠組みを踏まえ、本論では以下の仮説的枠組みを提示する。すなわち、フィリピン農村部の障害者は、(1)生計資産へのアクセスにおける不利、さらに、(2)生計資産を生計機会に変換する際の不利、という二段階の社会的不利によって、生計機会を制限されている、という仮説的枠組みである。そして、次節以降で、この枠組みにおいて明らかになっていない以下の三点について焦点を当てて分析する。

一点目は、「生計資産へのアクセスにおける不利」、について、生計機会の拡大・制限に大きく影響を及ぼしている主要な生計資産は何か、という点である。Scoonesは、「分析のプロセスにおいて鍵となるステップは、様々な生計手段の組み合わせのためには、どの生計資源(もしくは『資産』の組み合わせ)が必要なのかを特定することだ」と述べている[Scoones 1998:9]。筆者は、「自由」を拡大するために主要な「手段」の分析においては、ケイパビリティアプローチにおける「財」の概念ではなく、持続的生計アプローチの「(5つの)生計資産」の概念を援用することの利点が大きいと考える。なぜなら、前述のように、持続的生計アプローチは、生計に影響を及ぼす多様な要因を様々な角度から分析し、最も効果的な切り口となる対象領域(entry point)を特定することに焦点を置いたアプローチだからである[DFID 1999]。

二点目は、障害者が生計資産にアクセスする際、また生計資産を生計機会に変換する際に直面する際の不利は、どのような社会的障壁によって生じているのだろうか、という点である。本論は、「障害の社会モデル」の立場から、障害者の生計機会の制限が「なぜ」生じているかを分析するものである。よって、原因の所在を考えるにあたっては、それぞれの障害者にとっての多様な社会的障壁を明らかにすることが重要である。また、第1章で述べたとおり、社会的障壁の分析にあたっては、先行研究で十分に分析されてこなかった町や村レベルでの「ローカルな社会的障壁」に焦点を当てる。持続的生計アプローチにおいて、社会的障壁の概念と関係が深い「構造とプロセス」は、国から村レベルまであらゆるレベルで存在することを前提としている。それゆえ、分析においては、どのレベルの構造が生計に最も大きな影響を与えているのかに注意しなければならない[DFID 1999]。

三点目は、一点目、二点目を踏まえ、「生計機会の制限」が生じる構造は、障害者のそれと非障害者ではどのような共通点・相違点があるのだろうか、という点である。

下図4-1は、以上の仮説的枠組みと、本章における考察の焦点を示したものである。

図4-1 生計機会の制限に関する仮説的枠組み

(出所) 筆者作成

4.2 生計機会を拡大・制限する主要な生計資産

本節では、仮説的枠組みの中で明らかになっていない第一点目、「生計機会の拡大・制限に大きく影響を及ぼしている主要な生計資産は何か」について分析する。本論では、5つの生計資産のうち、「金融資産(Financial Capital)」及び「人的資産(Human Capital)」が主要な生計資産であるとの仮説に立ち、この2つに焦点を当てて考察する。まず、以下で筆者が金融資産と人的資産に焦点をあてた理由について述べる。

一点目の理由は、第3章第3節「制限される生計機会」に関連して実施したインタビューにおいて、「生計機会を拡大するために必要なもの」「生計機会を制限しているもの」として、インフォマント自身が表現した事柄の多くが、この2つの資産に集約されたためであった。

二点目の理由は、インフォマント自身から表明された2つの生計資産の重要性が、先行研究によっても指摘されているためである。所得に代表される金融資産は、ケイパビリティに変換される重要な要素のひとつであるとされている[セン1999;セン2000]。また、5つの資産の中で最も「使い道が多様(versatile)」な資産であり、金融資産を通じ、他の生計資産へのアクセスが可能になると言われている[DFID 1999]。人的資産は、他の4つの資産を活用するために必要とされる資産とされ(31)、先行研究においても、生計機会を拡大するため、教育により人的資産を高めることの重要性が指摘されてきた[東方2010;森・山形2013]。

生計資産については、その定義、測定方法に関し、これまでも多くの議論がなされてきた[Scoones 1998:7]。第2章にて基本となる5つの資産の定義をしたが、上記2つの資産についてはDFID[1999]を参考とし、本章での事例分析のため改めて以下のとおり定義する。

表4-1 金融資産と人的資産の定義
  定義
金融資産 (Financial Capital) 現金もしくはそれに準ずるもので、それによって人々が様々な生計活動を選択できるようになるもの。
人的資産(Human Capital) 技能、知識、働く能力など、それらの組み合わせによって、人々が様々な生計活動を選択できるようになるもの。

(出所)DFID[1999]をもとに筆者作成。

なお、人的資産について、多くの文献は「健康状態」を定義に含めているが、本論では分析上定義から外すこととする。その理由は、本論が「障害の社会モデル」の立場から、生計機会が制限される原因を「個人の健康状態」ではなく、「社会・環境」に帰して分析するためである。すなわち、生計機会を制限する要因としての「身体的な機能の差異」を捨象するため、人的資産を上記のように定義している。

次節では、第3章で考察したインフォマントを金融資産と人的資産の有り(+)無し(−)で、(1)金融資産(+)人的資産(+)、(2)金融資産(+)人的資産(−)、(3)金融資産(−)人的資産(+)、(4)金融資産(−)人的資産(−)、の4パターンに類型化する。そして、これらの資産へのアクセス状況と生計機会の幅の関係を考察する。その際、資産へのアクセスにより生計機会が拡大したインフォマントについては、これら二つの資産にどのようにしてアクセスできるようになったのかについて他の生計資産との関係にも注意を払う。なお、なぜこれらの資産にアクセスできないのか、という点については次節「主要な生計資産へのアクセスを阻む社会的障壁」にて後述する。

(1) 金融資産(+)人的資産(+)の事例

フェ(女性、58歳、大卒、肢体障害)は、村の事務係(32)として雇用され勤続14年になる。大学卒業後、首都マニラの工場で働いていたが結婚を機にビリダン村に戻った。当時は村の評議員(kagawat)になりたかったが当選することができず、村長より村役場事務係として任命され今に至っている。

フェは、村役場で働き始めた2年後の2001年、交通事故に遭い右手親指を欠損した。村役場には2週間の入院後すぐに復帰し、現在に至るまで仕事を継続している。「職場に復帰することについて、村長や周りの人たちはどんな反応だったのですか」という筆者の問いに対しては、「とてもよく支えてくれた」と答え、「それに、私は大卒(college graduate)だし、(村役場事務員の役割が務まるのは)私しかいなかったのよ」と語った(33)

村役場事務員の役割は、タイプライター及びパソコンを利用した住民に関する記録保持、評議会の議事録作成などである。なお、これらの公文書作成は全て英語でなされており、高度な英語力が求められる。ラグナ州における人口約5,200人余りの村を調査した後藤は、調査村において評議員を含む役員はすべて高卒以上の学歴を有しており、村役場事務係と会計係はいずれも大卒であったこと、バランガイ長や評議員、事務係や会計係に就任するためには一定程度の学歴が必要である、との認識が住民や役職者自身にもあったと述べている[後藤2004:66-68]。

フェの事例は、「大卒」という人的資産を活かし、村役場事務係として安定した雇用に就くことで、賃金所得(月給3,000ペソ)という金融資産も積み上げることが可能になっている、と理解することができる。なお、フェの夫は田んぼ(自然資本)を所有しており、収穫期には小作料収入(金融資産)もある。

ビリダン村の大卒者は、上述のフェと同様、人的資産を活かして、町での公務員職、州都イロイロシティや国道沿いの他町で働き、地元の雇用機会にアクセスできない場合は、首都マニラや海外での出稼ぎによって所得を得ている。所得と教育は、所得が上がれば教育を受ける余裕ができる、そして、教育水準が高まれば所得創出能力が高まる、といったように、相互に影響し合っていることが知られている。森・山形は、障害者についても、教育水準と所得・経済活動への参加の因果関係が相互に影響していることを実証している[森・山形2013:120-137]。ビリダン村においても、人的資産(教育水準)と金融資産(所得)の相関は強いものと推論される。

他方、「大卒」といった人的資産の蓄積があれば、自動的に生計機会の幅が拡大する訳ではなく、そこには「コネ(社会関係資本)」が影響を及ぼしていることにも留意する必要がある。前述のアレクシスの姉(36歳)は、州都イロイロシティにある大学の教育学部を卒業後、シンガポール、日本、タイでメイドとして海外出稼ぎを15年間続け、結婚・妊娠を機に村に戻った。彼女は安定した「職」につくためには、「大卒」であるだけでは十分ではないとして、以下のように語った。

 フィリピンでは、「バックアップ(back-up)」がないと、大学を出たって仕事に就けないのよ。親戚がそこで働いているとか、そういうのがないと難しいの。だから、みんな出稼ぎに行くのよ。……本当は、出稼ぎにいかなくてよかったら、地元の小学校で、英語かフィリピノ語の先生になりたかったわ。でも、いいのよ。私は、家族の大黒柱(breadwinner)になれたのだから(34)

さらに、村の全体像を見れば、フェのような「雇用されている」「高学歴」の人たちはひと握りであるという事実にも留意しなければならない。第3章で前述のとおり、ニュールセナ町における雇用率は非常に低い。そして、障害者の小学校未修了率は非常に高く、非障害貧困層についても教育水準は低いことが明らかになっている。では、大半の「雇用されていない」「教育水準が低い」人たちは、どのような条件があれば、生計機会を拡大していけるのだろうか。

村役場事務係に求められる「英語での文書作成」など、高度な職能(人的資産)を必要としない生計活動の場合、生計機会を拡大する要因は金融資産へのアクセスである。アンジェリン(女性、25歳、高校中退、言語障害)は、「しゃべり方」に対するいじめに加え、母親が亡くなったことがきっかけで、高校を4年生で中退している。

高校中退後、アンジェリンの主な生計活動は、家の中での皿洗い・掃除などの家事手伝いであった。しかし、一年前から敷地内の空き地で始めた養豚が、現在の彼女にとって最も大切な仕事である。アンジェリンは、養豚の他に、皿洗いや掃除などの家内労働も継続し、養鶏もあわせて営んでいるが、「大きな収入源」になる養豚業が一番の楽しみであり、今は豚の数を増やすことで頭がいっぱいだという。

養豚は、高度なスキルを要せずに始められる生計活動であり、養鶏に比べ売値が高く大きな収入源になるため(35)、生計活動の一つとして人気が高い。しかし、養豚は高度な人的資産は必要ない代わりに、金融資産が必要となる。具体的には、初期投資として子豚を一頭飼うのに約2,800〜3,000ペソが必要になること、さらに、子豚を購入できたとしても、毎日の餌代として安定したキャッシュフローが必要になることから、実際に養豚を営める人は限られている。例えば、ある非障害貧困層の家庭(表3-6世帯#6)では、父親Lが日雇いで農作業や建設作業を、母親Kは基本的に家事、近所の親類から依頼があれば洗濯代行をするなどして生計を立てている。母親は、「機会があったら何をしてみたいか」という筆者の問いに対し、「養豚」と答えたあと、こう付け加えた。

 ウチだって、融資(credit)で豚を一頭買ってくることくらいはできるかもしれないわ。でも、仮に豚を買うお金があったとしても、(養豚には)毎日の餌代が必要でしょ。それが、出せないのよ(36)

では、家内労働しかしていなかったアンジェリンは、どのように養豚を始めるための資金を得て、餌代に必要な金融資産へ安定的にアクセスしているのだろうか。彼女の場合、金融資産へのアクセスは全て親戚(社会関係資産)を通じて可能になっていた。具体的には、子豚の購入資金は父親のまたいとこ(Second Cousin)が支援し、餌代に必要な日々のキャッシュフローは、同じ敷地内で一緒に暮らす親戚のサリサリストア(雑貨店)の日々の売上金から賄っていた。アンジェリンのケースは、親戚(社会関係資産)を通じ金融資産へのアクセスができたことにより、家内労働と養鶏の手伝いしか選択肢がなかった状況から、養豚という新たな生計活動が可能になり、生計機会が拡大した事例であると考えらえる。

では一般に、生計機会は金融資産さえあれば拡大していくのだろうか。この点を考察するのが次項の事例である。

(2) 金融資産(+)人的資産(−)の事例

生計活動には、養豚とは異なり、村役場事務係のように特別なスキルを必要とするものもある。これらの生計活動が選択できるようになるためには、金融資産だけではなく、そのための人的資産を積み上げることが必要となる。

リチェル(女性、30歳、小学校中退、知的障害)は、トライシクルドライバーの父、主婦である母、高校生の弟と4名で暮らしている。他の兄弟3名は既に家を出て、2名が首都マニラ、1名はフィリピン南部のミンダナオ島で働いている。リチェルはビリダン小学校に入学したが、授業についていけず、小学校1年生で中退している。その後、現在に至るまで、彼女はほぼ毎日家の中で過ごし、母親の家事を手伝ったりしながら暮らしている。

リチェルに、「何かしてみたい仕事はありますか」と聞くと、すぐに「ネイリスト(37)」という答えが返ってきた。母親によると、マニラで働く姉が、リチェルの希望を知って必要なキットを帰省時に買い与えてくれたが、技術がないためまだ始められないとのことであった(38)。なお、ニュールセナ町では、JICAの支援及び町長の強いイニシアティブにより「障害者に優しいまちづくり」を進めてきており、「障害者ネイリスト」への需要がある。例えば、町で唯一のインランドリゾートの経営者は障害者雇用に積極的であり、町長を通じ障害者のネイリスト及びマッサージ師を募集している。実際に、2013年8月現在、ネイリストのトレーニングを受けたろう者の男性が同リゾートで雇用されている。また、障害者の雇用の場として、ニュールセナ町、JICA、イロイロ州政府、労働雇用省(Department of Labor and Employment; DOLE)の支援により2012年7月に町市場内にオープンした美容室においてもネイリストを募集している。

リチェルのケースは、アンジェリンと同様、家族(社会関係資産)を通じ、生計活動に必要なキット(物的資産)を手に入れている事例である。キットは、姉の所得(金融資産)から変換されたものと考えることができる。しかし、人的資産、この文脈では「ネイリストとしての職能」を身に着ける機会にアクセスできないために、リチェルが望む生計活動は実現していない。母親によると、リチェルはクリスマスシーズン限定でプラスチックストローから星型の飾りを作る内職をし、大きさに応じひとつ5〜20ペソで売っているという。これに必要な針・糸などの裁縫道具一式(物的資産)は、ネイルキットと同様、親戚(社会関係資産)が送ってくれたものである。異なる点は、リチェルが町で以前クリスマスデコレーション作りのトレーニングを受け、内職に必要な人的資産を育むことができていた点である。

非障害貧困層についても、必要な人的資産がなければ、金融資産にアクセスできても生計機会が拡大しない構造は共通している。例えば、ニュールセナ町は“OSY(Out-of School Youth)”と呼ばれる未就学の若者たちを積極的に支援している。2013年6月、OSYの当事者団体は町の支援によって製菓業のトレーニングを受け、3名のメンバーが国家資格を取得した。これを受け、町長はOSYグループに対し事業を開始するための財政的支援(金融資産)を申し出たが、町長から必要額を尋ねられたOSYのリーダーは以下のように支援を断っている。

 町長、僕たちは事業を始めるにあたって、どれくらいのお金が必要になるのか全くアイデアがありません。ビジネススキルもありません。どこか雇ってくれるところがあると一番いいのですが(39)

この事例は、自治体の政策により金融資産にアクセスできるようになったとしても、事業を興すために必要な人的資産がない限り、雇用機会がない農村部においてその生計機会は拡大していかないことを示唆している。

(3) 現金的資本(−)人的資産(+)の事例

前項の事例とは逆に、必要な人的資産(職能)があっても、金融資産がないために、生計機会が制限されている事例もある。エリアス(男性、49歳、職業訓練高卒、肢体障害)は、トライシクルの発車係(dispatcher)をしており、“CABIPAGETODA”と呼ばれるトライシクルドライバーの組合に加入している。

彼は病気により肢体障害を負う前は、トライシクルの「発車係」ではなく「ドライバー」として同組合で20年以上働いていた。“CABIPAGETODA(40)”の仲間たちからの信頼は厚く、代表(President)を計7年務めるほどであった。エリアスは、「機会があったら、他にどんなことをしてみたいか」という筆者の問いに対し、間髪をいれず、「トライシクルドライバーに戻りたい」と答えた(41)

同組合でドライバーとして働くには、自己所有のトライシクルで営業するか、所有するトライシクルがない場合は「雇われドライバー」として働くか、どちらか二つの方法しかない。エリアスの機能障害の程度は、トライシクルを運転できるまでに回復している。しかし、以前所有していたトライシクルは自らの治療費を捻出するため売り払ってしまっているため、ドライバーに戻る道は、トライシクルをローンで購入するか、「雇われドライバー」として働くかの、どちらかしかない。なお、雇われドライバーとして働く場合の日給は、ドライバー及び発車係が200ペソであるのに対し、トライシクルの借り賃とガソリン代が差し引かれるため、実質60ペソまで大幅に下落する。

エリアスには10人の子どもがおり、マレーシアで出稼ぎをしている2名のこどもも含め7名は既に独立しているが、残る3名は大学生以下で学費等が必要になる。世帯における他の生計手段は、豚が一頭と、妻のロザリオ(42)作りなどの内職による不定期の副収入、マレーシアにいる子どもたちからのわずかな送金のみである。そのため、「雇われドライバー」として日給60ペソで働くことも、トライシクルをローンで購入することも選択できなかったという。そんなエリアスに、昔のドライバー仲間たちが融通してくれた仕事が「発車係」であった。

このように、エリアスは職能としての運転技術(人的資産)があるにも関わらず、金融資産が不十分であるために、彼が価値を見出している「ドライバーとして働く」という生計活動を達成するための自由は制限されている。確かに、エリアスは組合の仲間(社会関係資本)を通じ「発車係」という生計活動にアクセスすることができた。しかし、エリアス本人が価値あると考える生計活動に焦点を当て、なぜそれにアクセスできないかを聞き取ると、金融資産にアクセスできないため「ドライバーではなく発車係になるしかなかった」、という現状があることが浮かび上がってくる。

エリアスの事例に限らず、人的資産(職能)があっても、金融資産にアクセスできないために生計機会を拡大できない事例は多い。例えば、ポブラシオン(Poblacion)に住む男性(肢体障害)は、町のポリテクカレッジに通い電子機器の修理に関する技術を身に着けている。町に雇用の場はないため、村の各家庭を巡回する自営での修理工を希望しているが、修理に必要なキットを購入する金融資産がないため、実家の農業手伝いとトライシカッド(自転車タクシー)の兼業で生計を成り立てている(43)

ニュールセナ町で実施される障害当事者団体の月例会では、町が実施予定の生計トレーニングに関する情報も毎回紹介される。しかし、障害児の親たちは互いに顔を見合わせ、「私たちには資金(capital)がないのにね」と小声で話し、苦笑いをしていた。その後のグループインタビューにて、筆者が「トレーニングのあとに事業を始められるような財的支援はありますか」と問うと、障害児の母親たちは「そんなものは無いわ」と即答した(44)。これらの事例は、人的資産に加え、金融資産へのアクセスがない限り、生計機会が拡大していなかない現状を示している。

他方、資金がない、または少額でもできる生計活動については、人的資産さえあれば生計活動の幅を拡大できる場合もある。例えば、エリアスの妻が副業として行っているロザリオ作りと造花作りは、材料がリサイクル原料(廃プラスチックストロー、雑誌、裏紙など)のため原資はほぼ必要ないという。エリアスの妻は、4年前に町で実施された環境天然資源省(Department of Environment and Natural Resources; DENR)主催のリサイクル材料によるものづくりトレーニングに参加し、この技術を身に着けている。また、ポブラシオン(Poblacion)に住む男性(知的障害)の主な生計活動は、町市場に並ぶ商店の店員たちのもとを回って指圧マッサージをし、小銭を受け取ることである。この男性は町役場主催のマッサージトレーニングを以前受けており、その人的資産を活かし、技能ひとつで生計活動の幅を拡大している事例である。

(4) 金融資産(−)人的資産(−)の事例

最後に、金融資産にも、人的資産にも、アクセスができない人びとの状況を述べる。このカテゴリ当てはまるのは、第3章第3節で前述したマリアーノ、アネシート、アレクシスや、「生計資産を有していない」とされる非障害貧困層である。

レンジョン(男性、18歳、小学校中退、肢体障害)は、ほぼ一日中、家の中で座って毎日を過ごしている。話していることは理解しているが、発話ができない。父親は日雇いでの建設業と農業、母親が村の評議員宅で介助者(care giver)をして生計を立てている。レンジョンは、母親が付き添い送り迎えをしながら、村の中心部から離れた家からビリダン小学校まで通学をしていた。しかし、授業についていけないこと、母親も仕事があり送り迎えが難しくなったことなどから、小学校2年生で中退している(45)

レンジョンと同様に人的資産や金融資産へのアクセスは難しいものの、社会関係資産の中で様々な経済活動に参加している障害者もいる。リダン(男性、21歳、小学校中退、重複障害)は、身体障害と知的障害の重複障害がある。9人兄弟の長男で、父親は日雇いの溶接工、母親は家で子どもたちの世話をしながら養鶏をし、何とか生活を成り立たせている。リダンもまた、ビリダン小学校を1年生で中退している。

そのようなリダンの生計活動は、障害者・非障害者を含めた全てのインフォマントの中で、最も多岐にわたっていた。リダンは、家内労働として、薪をあつめたり、ご飯を炊いたり、家の中を掃いたりといった仕事をしている以外にも、村人たちから多様な仕事を頼まれている点が特徴的である。そのうちの一つが、「お遣い」である。これは、よく村の中をひとりで歩き回っているリダンに対し、村人たちが「〜を買ってきて」といった形でお遣いを頼み、適宜数ペソの小銭を渡すというものである。その他にも、庭の草刈り(1回10ペソ程度)、竹割り(46)、セメントを混ぜる作業などにも参加している。本人が最も好きな仕事、機会があればもっとやってみたい仕事は、月1回だけ従兄弟と行う「くず拾い」である。

リダンの生計機会は、同様に資産へのアクセスを有していない障害者に比べ、幅広い。その要因のひとつは、親戚(社会関係資本)の存在である。リダンに対し、「そういう仕事は、どんな人たちからお願いされるのですか」と聞いたところ、同席していた親戚の女性が「みんな、親戚なのよ。このあたりのコンパウンドは、みんなうちの親戚だから」と説明をした。なお、リダンは第3章で前述したアレクシスの甥にあたり、同じカビリタサン(Cabilitasan)家である。同一家は、村内に多くの親族がいることで知られている。バナナ農園を経営し、アレクシスを雇っていた彼の叔母は、「どのように雇う人を選んでいらっしゃるのですか」という筆者の問いに対し、以下のように答えている。

 「選ぶ」必要なんてないわ。(アレクシスを含め雇った3名は)みんな、親戚だもの。ああいう(仕事がない)状況だって、わかっているからね。働く場を与えるためよ(47)

これらの現状からは、金融資産や人的資産を持たない人びとにとっても、家族・親族といった社会関係資本は、生計機会を拡大する上での主要な生計資産であることが示唆される。他方、見方を変えれば、金融資産や人的資産にアクセスできないゆえに、社会関係資本に依存した生計活動しか選択できない状況になっているとも考えられる。

非障害貧困層は、定義上、金融資産にも人的資産にもアクセスできない事例に位置付けられる。第3章で見たとおり、彼らの多くは日雇いの仕事に就いている。「日雇いの仕事はどうやって見つけるのですか」という筆者の問いに対し、ほとんどの非障害貧困層が「友人から(携帯)テキストで、『○○町で建設現場の仕事がある』という連絡がくる」「親戚から声をかけられて」など、アレクシスと同様、社会関係資本を通じ日雇い仕事にアクセスしていることがわかった。他方、第3章で述べたように、教育水準が低いために安定した雇用への道は閉ざされており、「キャピタル(金融資産)」がないため他の生計活動を追加することができずにいることが明らかになった。

(5) 小括

ここまで、持続的生計アプローチの5つの生計資産の枠組みを援用し、生計機会の拡大・制限に影響を与える主要な生計資産について分析した。聞き取り調査を通じた分析からは、以下の二点が指摘される。

一点目は、雇用機会が少ない農村部では、金融資産と人的資産のどちらか一方ではなく、双方にアクセスできることで、はじめて生計機会の幅が拡大していくという点である。前述したように、生計活動の種類によっては、どちらか一方の資産にアクセスできることで生計機会が拡大する可能性もある。しかし、聞き取り調査では、どちらか一方の生計資産にしかアクセスできないために生計機会を制限されている場合が多かった。

二点目は、金融資産や人的資産へのアクセスが難しいフィリピン農村部貧困層に対し、社会関係資本(特に家族・親族)が果たしている重要性である。社会関係資本は、養豚を始めたアンジェリンや、ネイルキットを手に入れたリチェルのように、親族からの財政支援、といった形で金融資産をはじめとする他の生計資産へのアクセスを可能にしていた。また、主要な生計資産へのアクセスが難しい貧困層にとっては、アレクシスやリチェル、非障害貧困層がそうであったように、社会関係資本が生計機会にアクセスする唯一のチャネルとなっている。

生計機会の幅を決定する主要な生計資産を特定したあとも、いくつかの疑問が残る。一点目は、本節でみたアクセスの有無を踏まえ、なぜ障害者・非障害貧困層はこれらの主要な生計資産にアクセスできていないのか、またアクセスできない要因として、両者の間に共通点や相違点はあるのだろうか、という点である。例えば、金融資産も人的資産もない障害者と非障害貧困者を比較した時、なぜ障害者は非障害貧困者と同じように日雇いの仕事にアクセスできていないのか、という疑問が残る。これは、障害者に特有の社会的障壁を意味しているだろう。二点目は、たとえ主要な生計資産へのアクセスがあっても、それを生計機会へと変換できなくさせている要因があるのではないか、という点である。

以下、第3節にて、一点目の疑問である「主要な生計資産にアクセスする際の社会的障壁」を、第4節にて、二点目の疑問である「生計資産を生計機会に変換する際の社会的障壁」を考察する。

4.3 主要な生計資産へのアクセスを阻む社会的障壁

前節までの分析を通じ、障害者は金融資産や人的資産といった主要な生計資産を有していないために、生計機会が制限されていることが明らかになった。しかし、生計資産の「有無」を明らかにするだけでは、本論の目的である「フィリピン農村部の障害者の生計機会がなぜ、どのように制限されているのか、その構造とプロセスを明らかにする」ことを達成したとはいえない。「構造とプロセス」を明らかにするためには、彼らが主要な生計資産にアクセスできていない状況を明らかにするだけではなく、「なぜ」「どのように」それらの生計資産へのアクセスから排除されているのか、といった「社会的排除」の関係性に焦点を当てなければならない。アクセスの問題が解消しない限り、障害者の生計機会と生き方の自由を制限する社会の差別的な構造は残り続けるからである。Elwanは、「障害者は、排除と周辺化によって家計やコミュニティに生産的に貢献する機会を失っており、貧困に陥るリスクを高めている」と述べている[Elwan 1999]。

持続的生計アプローチは、「構造とプロセス」という視点の設置により、生計資産へのアクセスに関する分析を可能にしている。アクセスが重視されるということは、機会や参加の平等、差別を捉えるということでもある[久野・中西 2004:98-99]。

なお、持続的生計アプローチの「構造とプロセス」の概念を援用するにあたり、第1節「先行理論を踏まえた仮説的枠組み」で述べたとおり、本論は村及び町レベルでの「ローカルな社会的障壁」に焦点をあてる。 先行研究の多くが焦点を当てているのは、全国レベルでの政策分析[UNESCAP 2012b;森・山形 2013など]か、ローカルレベルにおけるコミュニティ成員間の文化・社会関係分析[Gartrell 2010;戸田2013など]である。すなわち、最少行政単位である村(バランガイ)や町レベルにおける自治体の政策に焦点を当て分析した研究はまだ少ない。

持続的生計アプローチは、全国及び地域(National and Region)レベルでの政策分析として実践的な分析枠組みではないとされている。さらに、その国が高度に多様性を帯びる場合はなおさらである[Ashley and Carney 1999:17-22]。本論の対象国であるフィリピンは、7000を超える島国から成り、島により文化や言語などが非常に異なるなど、まさに「高度に多様性を帯びる」国である。また、1990年の地方分権法(Local Government Code)施行により地方分権化が進み、それぞれの町の障害者政策のあり方は町長のイニシアティブによるところが大きい。

森・山形による障害当事者間の障害者政策の浸透度に関する調査においても、マニラ首都圏と農村部では大きな差があり、農村部の障害者は中央での法改正等についての情報・知識が浸透していないことが明らかになっている[森・山形 2013:138-165]。障害者の生計機会を制限する構造についても、中央レベルの政策が地方レベルでどれくらい浸透しているかを分析するよりも、調査地の地方自治体が独自にどのような政策を立案・実施しているかを検討する方が有効である。

(1) 人的資産へのアクセスを阻む社会的障壁

まず、人的資産へのアクセスを阻む社会的障壁の具体的事例を考察する。本論における人的資産の定義は、「技能、知識、働く能力など、それらの組み合わせによって、人々が様々な生計戦略を選択できるようになるもの」である。ニュールセナ町には、この人的資産を積み上げることができる機会として、(1)基礎教育、(2)ノンフォーマル教育、(3)職業訓練、の三種類の制度が存在している。具体的に、(1)は町内の小学校14校及び特別支援学級、(2)はALS(Alternative Learning System)と呼ばれる基礎教育中退者向けのプログラム、(3)はポリテクカレッジ、及びこれと提携し町が実施する各種の生計トレーニング、である。以下で、これらの機会へのアクセスが、それぞれどのように阻まれているのか、ローカル社会における具体的な障壁を考察する。

(1)基礎教育へのアクセスを阻む社会的障壁

まず、ニュールセナ町及びビリダン村における基礎教育へのアクセス状況を概観する。第3章で述べたとおり、ニュールセナ町では、全障害者に占める未就学者の割合は7.9%、小学校未修了者は18.6%であり、全体の31.4%を占める「不明」を含めるとその数字はさらに高くなる。実際、ビリダン村における障害者インフォマント全員の教育水準を調べると、小学校未修了者の割合は、41.2%(17名中7名)と非常に高くなっている。

また、ビリダン村における小学校未修了者7名のうち、障害種別でみると5名が知的障害者となっている。この点は、ニュールセナ町全体においても、未就学者38名のうち知的障害者が21名(55.3%)を占めていた点とあわせ留意する必要がある。

ビリダン村における小学校未修了の知的障害者5名及び肢体障害者2名は、小学校には入学しており「未就学」ではないものの、全員が小学校1年生もしくは2年生で中退をしている。聞き取り調査によって明らかになったドロップアウトの主な理由は、「級友からのいじめ」及び「授業についていけない」の二点であった。

まず、「いじめ」に関する態度的障壁の問題は、ニュールセナ町全体に共通していると推論できる。JICAがニュールセナ町の障害者を集めて実施したフォーカスグループディスカッションの報告書には、ディスカッションに参加した障害者全員がからかわれた経験を有していること、また、いじめや嘲笑は大人になるにつれ減少する傾向があることが述べられている[Research Institute for Mindanao Culture Xavier University 2012:62]。

前述のとおり、アレクシスは「いじめにうんざりして」小学校を中退している。また、重度の肢体障害をもつレンジョンの母親は、以下のように語っている。

 ビリダン小学校まで、息子を送り迎えしていたわ。周りの子どもたちは、息子を見ると、ピンカウ(pinkaw)とか、ピーアン(piaan)って言って、からかうのよ(48)

また、養豚を始めた前述のアンジェリン(女性、25歳、高校中退、言語障害)は、障害者として最も辛かった経験を、以下のように語っている。

 一番辛かったのは、学校で、みんなからからかわれて、いじめられたことよ。今も学校に戻りたいとは思わないわ(49)

上述の報告書では、障害者に対する態度的障壁について統計調査も行っている。その結果、「障害者であること」に対し否定的な考え方を持っている人は、非障害者が全体の16%であったのに対し、障害者については約2倍の32%となっている[Research Institute for Mindanao Culture Xavier University 2012:61-63]。これは、障害者がいじめや嘲笑を経験する中で抱くようになった「低い自尊心」や「劣等感」を反映していると考えられる。そのため、単純に「16%」という数字から、非障害者の障害者に対する態度的障壁を評価することはできないだろう。

小学校から中退した理由を、他者からの「いじめ」ではなく、自らのこうした「恥」の感情であった、と答える障害者もいる。ビリダン村の隣にあるカビラワン村(Barangay Cabilauan)に住む女性(46歳、肢体障害)は、小学校4年生の時にかかった高熱が原因で、這うようにしなければ歩けない状況になった。彼女は、学校に行かなくなった状況を、以下のように振り返っている。

 小学校の先生が二人、いつもうちに来ては、学校に来るように励ましてくれたわ。でも、みんなに自分の歩き方を見られるのがとても恥ずかしかった。だから、戻れなかった(50)

ドロップアウトの理由として、こうした態度的障壁の次に多く挙げられたのは、「授業についていけなかった」という点である。ノエル(男性、36歳、小学校中退、知的障害)とダニー(男性、34歳、小学校中退、知的障害)の兄弟は、村にあるビリダン小学校に通っていた。しかし、それぞれ小学校2年生、1年生で中退している。中退した理由について、ノエルとダニーの母親は、以下のように語っている。

 ノエルは、授業がわからないといって、いつも私に「めまいがする」と訴えるようになったわ。2年生になると、教室に入れようとしても、抵抗して入らなくなってしまったの。ダニーも、授業についていけなかったみたいだわ。彼は病気が重なったこともあって、1年生しか終えていないの(51)

リチェル(女性、30歳、知的障害)も、小学校1年生でビリダン小学校を中退している。リチェル本人は、その理由について「わからなかったから」とだけ答えた。母親によると、本人には「勉強をしたい」という希望があったため、弟がリチェルに家で読み書きを教えるようになり、「読む」ことはできないが「書く」ことはできるようになったという(52)

リダン(男性、21歳、重複障害)もまた、「鉛筆を握ることができなくて、書くことができなかったから」という理由で、同様に小学校1年生で中退している(53)。このように、それぞれの障害特性に応じた教育を提供できない環境が「授業についていけない」という状況を生み、基礎教育の機会へのアクセスを阻む社会的障壁になっていると考えられる。

こうした問題を解決するため、ニュールセナ町は2010年に町の中心地であるポブラシオンで特別支援教育施策を開始している。2013年9月現在、生徒数は26名、在籍名簿による障害種別の内訳は、知的障害10名、学習障害6名、言語障害3名、聴覚障害2名、脳性まひ2名、行動障害2名、自閉症1名、となっている。州都イロイロシティの大学で特別支援教育を修了した教師2名が、生徒ひとりひとりに個別指導計画(Individual Educational Plan)を作成し、障害特性に応じたきめ細やかな個別指導を行っている。

しかし、フィリピンにおいて、こうした特別支援学級に通える障害児・者はごく一部に過ぎない。UNESCAPが実施した調査では、フィリピンにおいて障害児が通っている学校の形態は、通常校が91%、特別支援学級のようなサポート付の学校が8%となっている。さらに、基礎教育の未修了率は51%とアジア・太平洋地域の平均値(39%)と比較しても高い。これは、障害特性に応じた教育が不在のまま通常校に通っているために、ビリダン村の障害者のように中退する障害者が多い現状を示唆している[UNESCAP 2012b:23-25]。

特別支援学級への通学を阻む具体的な障壁は、ニュールセナ町の場合は「交通費」であった。例えば、ビリダン村から町の中心部にある小学校に通うためには、往復で1日約40ペソが必要となる。第3章で見たとおり、日々の生活の糧を安定的に得ている世帯は稀であり、日雇いの日給が150〜200ペソであることを考えれば、学費が無料であるとしても、貧困層にとってはこの交通費が大きな経済的負担となる。

森・山形の研究において、農村部ロザリオ市ではマニラ首都圏と比べ手話を使用できる聴覚障害者の割合が低いことが明らかにされている。そして、その理由として「近くにろう学校がなかったから/学費が払えない」という回答が多かったことが指摘されている[森・山形2013:112-113]。

ニュールセナ町特別支援学級(SPED)の教師は、この問題について、以下のように語っている。

 SPEDには、村の小学校から(授業についていけない)子どもたちが、リファーされてきます。でも、実際にSEPDに通えるかどうかは、親が交通費を払えるかどうかにかかっています。また、メインストリームのためにSPEDから通常校に子どもを戻すことがありますが、家の近くの小学校に戻すか、SPEDがある中央校の中にある通常学級に戻すかは、親が交通費を負担できるかで決めています。……学校に通っていない障害児は、(ニュールセナ町に)いっぱいいます。子どもを送り迎えしてくれるアシスタントが(教師のほかに)もう一人いたら、もっと多くの子どもたちが通えると思うのですが(54)

ニュールセナ町長は、SPEDまでの交通費が障壁となっている問題についても認識し、町のトライシクル組合に対し、障害児については自宅からSPEDまで無料送迎するよう通達を出している。しかし、この通達に拘束力はなく、ドライバーたちへの補助金等もないため、制度としては形骸化している。

このように、障害児の基礎教育へのアクセスは、態度的障壁、近隣の小学校における障害特性に応じた教育サービスの不在、特別支援学級までの交通費の不足などによって生じていることが明らかになった。

(2)ノンフォーマル教育へのアクセスを阻む社会的障壁

ニュールセナ町では、非識字者、非就学青少年向けに、ALS(Alternative Learning System)と呼ばれるノンフォーマル教育を実施している。これは、教育省(Department of Education; DepEd)が実施するプログラムであり、ニュールセナ町のALSは、特別支援学級と同様に中央学校内に設置されている。生徒は、農民やドライバーなど、平日は仕事を抱えている者が多いため、土日の好きな時間にALSに来て所定のモジュールを自習、担当のインストラクターに質問ができる仕組みになっている。モジュールは、毎年10月に全国的に実施される卒業資格試験(Accreditation and Equivalency Test; AET)に照準を合わせたものとなっており、これに合格すれば小学校もしくは高校卒業資格が取得でき、生計活動の選択の幅を広げることができる。ALSの運営は地方自治体によってなされており、学費は無料である。

ALSのインストラクターは、毎年12月の学期開始前に、ニュールセナ町における全21の村を巡回して非識字者や非就学青少年を特定、ALSへの通学を促している。しかし、実際に通学できる者は、交通費が捻出できる者だけである。また、通学を始めても、経済的状況から土日も働く必要性に迫られ、ドロップアウトしていく生徒が多い(55)

(3) 生計トレーニングへのアクセスを阻む社会的障壁

前述のとおり、生産年齢人口にある障害者や非障害貧困層の教育水準は概して低い。こうした中、自治体が実施する生計トレーニング(livelihood training)は生計活動の選択肢を拡大する一助となっている。フィリピンにおいて、職業訓練やその他の形態のトレーニングへの障害者の参加率は53%と周辺アジア諸国の中で最も高く、その割合が過半数を超えている唯一の国である [UNESCAP 2012b:23-27]。

ニュールセナ町では、これらの生計トレーニングをセクター横断的に実施している。2013年度計画では「農民」「女性」「高齢者」「片親(Solo Parent)」「未就学青少年(OSY)」など10のセクターを対象に年間約20万ペソの予算を割り当てており(56)、「障害者(PWD)」も対象となっている。町の予算計画を司る計画開発担当官(Planning and Development Officer)は、「町の予算が限られているため、障害者向けのトレーニングは女性やOSYなど他のセクターとあわせて実施する」という方針を述べている(57)

このように、自治体の政策として障害者・非障害貧困層が参加可能な生計トレーニングは提供されている。しかし、これらの生計トレーニングにアクセスできる人びとは一部に限られている。調査の結果、トレーニングに関する情報格差が参加の障壁となっていることがわかった。情報格差は、障害当事者団体内、村内、の二つのレベルにおける偏った情報伝達のプロセスにおいて生じている。

一点目、障害当事者団体内における問題点は、当事者団体の中心メンバーである役員(officer)のみに情報が伝達される傾向である。生計トレーニングの情報は、開催の詳細が決定次第、町の主催部署から各セクターの当事者団体代表に対し、文書もしくは携帯テキストによって案内がなされる。このため、最初に情報を入手するのは当事者団体の中心メンバーであることが多くなり、当事者団体の一般メンバー(約80名)、また当事者団体に加入していない障害者に対して情報が拡散されることは稀である。

なお、情報は故意に拡散されていないというよりは、情報拡散のために必要な通信費、当事者団体に加入していないメンバーの連絡先など、伝える手段がないことが原因となっている可能性もある。実際に、タイミングさえ合えば、毎月第2土曜日に実施される当事者団体の月例協議会では必ず生計トレーニングに関する情報がメンバーに案内されていた。しかし、月例協議会の参加者は大半が当事者団体の中心メンバーであるため、結果的に一部のメンバーのみが生計トレーニングに参加している状況となっている。

例えば、2013年5月に農業省(Department of Agriculture; DA)によりニュールセナ町で実施された貧困層向けのロンガニーサ(フィリピン流ソーセージ)作りのトレーニングには、3名の障害者が参加している。しかし、参加者全員が当事者団体の役員であり、既に別の支援を通じ「雇用」されているメンバーたちであった。また、6月に技術教育技能教育庁(Technical Education and Skills Development Authority; TESDA)と社会福祉事務所が実施した製菓作りのトレーニングにも2名の障害者が参加しているが、彼らも当事者団体の中心メンバーであり、既に「雇用」されている。こうした状況に対し、8月のNHEプロジェクト進捗月例会議において、町長から「生計トレーニングには、参加したことがない障害者を参加させるように」として障害当事者団体に直接注意がなされている(58)

UNESCAPは、アジア太平洋各国の障害者が、政府が提供する支援体制やサービスに関してどれくらい情報を得ているかについても統計調査を行っている。統計結果では、フィリピンは82%と、8か国平均(65%)を大きく上回り一位となっている[UNESCAP 2012b:30]。しかし、この統計結果は、インフォマントが障害当事者団体のメンバーでなく、また町の中心部等から離れた遠隔地に住む障害者であった場合、数字が大きく下がることが予想される。

二点目の問題は、村内における情報伝達の仕組みである。上述の生計トレーニングに関する情報は、各セクターの当事者団体だけではなく、町内全21の各村長に対しても伝達され、村ごとに参加者を募集する場合がある。しかし、こうした場合も、情報を最初に受けた村長が恣意的に声をかけることが多く、トレーニングの情報が平等に村人に知られることはない。

筆者が、町でのロザリオ作りのトレーニングに参加したエリアスの妻に、トレーニング参加に至るプロセスを尋ねると、以下のように答えた。

 村長に声をかけてもらったの。町でのトレーニングに参加したいなら、まず村長へ普段からお伺い(courtesy call)を立てておくことが一番大切なのよ(59)

また、町が実施した商用料理(commercial cooking)のトレーニングを受けたホセアルビン(男性、48歳、大卒、肢体障害)は、以下のように述べた。

 あの時は、確か各村から2名ずつ参加していたはずだよ。僕はその当時、村の評議員(kagawat)を務めていて、村長から声をかけてもらったんだ(60)

なお、エリアスとその妻は村長宅の斜め向かいに、ホセアルビンは村長宅の2軒左隣に住んでおり、地理的な近さも情報伝達の際に有利になっている可能性がある。

町役場発の情報が村の隅々まで行き届かない問題は、非障害セクターにおいても課題となっている。9月の未就学の青少年に関する町協議会 (Municipal Council on Out of School Youth; MCOSY)では、OSY当事者グループの代表(President)より町長に対し以下の要請があった。

 私たちは、全てのメンバーを対象に、そろそろ総会を開こうと思っています。ただ、これまでも全21村の村長を通じて情報を伝えようとしても、末端のメンバーまで情報が行きわたることはありませんでした。そこで、戸別訪問をして一人ひとりに情報を伝えたいのです。そのために必要な交通費を、町役場から支給してくれませんか(61)

このように、生計機会の拡大につながる生計トレーニング自体は自治体の政策により実施されているにも関わらず、当事者団体内や村内での情報伝達のプロセスが障壁となり、トレーニングにアクセスできる人は一部に限定されていることがわかった。

この問題の背景には、これらの生計トレーニングはほぼ全て町レベルで実施されており、村内では生計トレーニングの機会がない現状も挙げられる。後藤は、ラグナ州におけるある村での参与観察を通じ、貧困問題に対する村独自の行政的活動は見られないこと、村の役割は上位の自治体(町や州など)が実施する「生計セミナー(livelihood seminar)」の実施補佐業務に留まること、を指摘している[後藤2004:69]。

ビリダン村の村長は、「村の予算は限られており、生計トレーニングを実施できる余裕はない」と語っている(62)。確かに、2013年度のビリダン村における年間計画においても、生計トレーニングに該当する予算は割り当てられていない。また、障害者や高齢者などセクター向けの予算も割り当てられているが、その額は年間予算総額1,235,772ペソのうち、約0.08%にあたる各1,000ペソずつというわずかな金額に過ぎない。

このように、生計トレーニングの機会が町レベルに限られている中で、当事者団体内や村内での情報伝達のプロセスが、障害者・非障害貧困層の生計機会への参加を阻む共通の社会的障壁となっていることがわかった。

ここまで、人的資産へのアクセスを阻む社会的障壁として、基礎教育、ノンフォーマル教育、生計トレーニングへのアクセスを事例として分析を行った。この結果、否定的な態度、障害特性に見合った教育サービスの不在など、障害者に特有の社会的障壁があることが明らかになった。他方、非障害貧困層と共通する障壁として、そもそも人的資産を積み上げる機会が町の中心部にしかないという構造的な問題によって、村から町までの交通費の問題や、町から村までの情報伝達の問題などが生じていることが明らかになった。

次項では、金融資産へのアクセスについて考察を進めたい。

(2) 金融資産へのアクセスを阻む社会的障壁:融資の場合

次に、金融資産へのアクセスを阻む社会的障壁を考察する。本論における金融資産の定義は、「現金もしくはそれに準ずるもので、それによって人々が様々な生計活動を選択できるようになるもの」である。UNESCAPは、障害者は限定的な雇用機会とあいまって、信用(credit)の欠如、(特に医療ケアのための)高いコストなどにも直面しており、資本と貯蓄を積み立てる能力が限られていると指摘している[UNESCAP 2012b:32]。

調査村で確認された金融資産へのアクセスには、賃金・小作料等からの所得、出稼ぎ家族からの移転所得(送金)、政府からの補助金、貯金、融資などである。本項では、多くのインフォマントから生計活動を追加するために必要な「資金(キャピタル)」へのニーズが表出されたことを受け、「融資」へのアクセスを事例に金融資産への社会的障壁を考察していきたい。

世界銀行とWHOは、障害者は担保をもたないこと、貸し手から「高リスク」とみなされることによって、融資を受けることができない傾向にあると指摘している[World Bank and WHO 2011:239]。このように、融資へのアクセスを阻む社会的障壁としては、一般的に「障害者は信用がなくお金を貸してもらえない」といった態度的障壁に関するものや、融資機関がアクセシブルではない(物理的障壁)、点字や手話等による情報保障がない(情報・コミュニケーションの障壁)などが指摘されてきた(63)。これらは、確かに障害者が融資機関に障融資を受けにいった際に直面し得る社会的障壁であると言える。しかし、フィールド調査において障害者が述べた問題は、融資機関に行く以前の、そもそもの制度的障壁であった。

調査町における主な融資へのアクセス方法として障害者及び非障害貧困層から挙げられたのは、町が実施するSEA-K(64)と呼ばれる融資プログラム、民間のマイクロファイナンス機関であるLife Bank、「ボンバイ」と呼ばれるインド人の高利貸しである。しかし、障害の有無に関わらず、これらの融資機関は、貸し付け条件が厳しいためにアクセスできない、という意見が多く表出された。

例えば、行政が実施するSEA-Kプログラムの場合、無担保・無利子であるものの、毎週の返済が義務付けられること、グループによる申請が必要なこと、4Psの対象世帯でなければならない、などの基準がある。そのため、他の生計活動を通じて毎週返済に耐えうるだけの十分なキャッシュフローが期待できない貧困層にとっては実質的に利用することが難しく、4Psが対象とする学齢期の子どもがいない貧困層はそもそも融資対象外となるなど、制度的にアクセスが難しくなっている。これは、民間のマイクロファイナンス機関であるLife Bankについても同様で、毎週の返済義務に加え、融資対象が女性に限定されるため、男性は融資対象とならない(65)

ボンバイと呼ばれるインド人の高利貸しは、融資条件が政府や民間のマイクロファイナンス機関に比べ柔軟であるために、調査町の市場に並ぶ商店などが多く利用している。しかし、「ファイブ−シックス(five-six)」と呼ばれる伝統的な信用方法は、文字通り5ペソの借り入れごとに6ペソの返済となるため、例えば5,000ペソ借りた場合は毎日200ペソ返済し、一か月後に合計6,000ペソを返済しなければならない。日々の売り上げが期待できる商店等とは異なり、安定した収入がない貧困層にとっては、いかに制度が柔軟でも手が出せない高利子である。

ある非障害貧困層の女性は、これらの融資にアクセスできない理由について、以下のように語っている。

 私たちには毎日の収入がないから、いつ返せるかわからない。だから、「とりあえず(借りるのは)やめておこう(indi na lang anay)」、ということになるわ(66)

これら融資媒体へのアクセスが難しい場合、彼らが援助を申し出るのは、親戚や近隣の人たちである。しかし、社会関係資産に頼った融資へのアクセスは、それほど簡単ではない。以下は、「SEA-Kやボンバイからお金を借りられないとしたら、他にどんなところから借りることを考えますか?」という筆者の問いに対し、子供から送金を受けて暮らしているマリアーノの妻が語った言葉である。

 誰からも借りられないわ。恥ずかしいもの。親戚や近所の人たちには、普段からずいぶんとお金を借りているからね。恥ずかしいわ(67)

多くの貧困層は、「食べるものに困った時には、どうしますか」という筆者の問いに対し、親戚や兄弟、近隣の人から、少額の現金、お米、食用バナナ等を分けてもらう、顔なじみの商店から「ツケ(utan)」で購入させてもらう、などと回答している。そのため、養豚や雑貨店など追加的な副収入を得るために必要な「まとまったお金」をさらに要求することは、マリアーノの妻が表明したように、それほど簡単ではないと考えられる。

融資へのアクセスを阻む社会的障壁には、確かに、これまでの先行研究が指摘してきた、インペアメントに応じたさまざまな障壁がある。ニュールセナ町においても、手話通訳や点字資料などの情報保障は十分になされておらず、車いすユーザーにとってのアクセシビリティの問題など物理的障壁が存在する。これらの障壁は、障害の有無に関わらず共通して現れる上述の「制度的障壁」の上に、さらに追加的に存在している障壁であると言える。

同様の考察は、融資以外の金融資産へのアクセスについても見られる。例えば、第3章で前述した「4Ps」は、貧困層向けの条件付き現金給付であり、障害の有無に関わらず、貧困層にとって補助的な金融資産となっている。4Psを通じた金融資産へのアクセスについて、村人たちは町・村の関係者による「受給者認定」の恣意性を指摘し、筆者に対し、4Psの制度的問題を述べることがあった。障害者は、これらの問題に加え、そもそも受給の条件である妊産婦検診や通学への物理的アクセスが確保されていない、情報保障がなされていないなど、追加的な障壁にも直面している。

このように、金融資産へのアクセスにおいても、前項で考察した人的資産へのアクセスと同様、障害者は非障害者と共通する障壁に加え、インペアメントに起因する追加的障壁によっても資産へのアクセスから排除されてしまうことが明らかになった。

(3) 小括

本節では、人的資産と金融資産を事例とし、障害者の生計資産へのアクセスを阻む社会的障壁について、非障害貧困層の事例を参照しながら考察した。その結果、社会的障壁には、障害の有無に関わらず共通する社会的障壁(制度的な問題など)と、障害者に社会的障壁(否定的な態度、個々のインペアメントに関連するサービスの不在など)との二種類があることが明らかになった。

例えば、人的資産の場合、個々の状況に対応した基礎教育の機会(SPEDやALS)や生計トレーニングの機会は町の中心部にしかなく、それゆえ交通費や情報伝達の問題が障害の有無に関わらず共通の社会的障壁として生じていた。金融資産の場合も、既存の融資サービスは、障害の有無に関わらず貧困層にはアクセスできない制度的障壁が存在する。

そして、非障害貧困層はこれら「共通の障壁」の問題が解決されれば、これらの主要な生計資産にアクセスできることが推論できる一方で、障害者については以下のような「個別の障壁」が存在していることがわかった。例えば、ビリダン村において小学校を中退した障害者が多く表出した、いじめや嘲笑など障害者に対する否定的な態度の問題、知的障害や重度障害の子どもに応じた教育サービスの欠如の問題は、融資サービスを受ける際にも、態度的障壁や、制度・サービスの障壁として、同様に発生する可能性がある。

また、ビリダン村の問題をニュールセナ町全体に敷衍し推論すれば、ビリダン村の障害者では該当する事例がなかった、車いすユーザーに対するアクセシビリティなどの物理的障壁(68)、視覚障害者や聴覚障害者への情報・コミュニケーションの障壁なども発生することが考えられる。

このように、主要な生計資産へのアクセスを阻む障害者にとっての社会的障壁は、非障害貧困層と共通する社会的障壁と、個々のインペアメントに関連する社会的障壁の二層構造から成っていることが明らかになった。

4.4 生計資産を生計機会に変換する際の社会的障壁

前節では、主要な生計資産へのアクセスを阻む社会的障壁について考察した。では、主要な生計資産にアクセスできれば、障害者・非障害貧困層の生計機会は拡大していくのだろうか。この問いについて、本章第1節で前述した仮説的枠組みでは、生計資産へのアクセスのみではなく、さらに、それぞれの人びとが生計資産をどのように生計機会に変換することができるかを見なければならないとしている。そして、ケイパビリティアプローチを援用すれば、この点については、「個人の特性」と「社会・環境」の両方が影響を与えている。本節では、障害者及び非障害者の双方の事例から、生計資産があっても生計機会が拡大していかない状況、その要因について、「個人の特性」に対応する社会的障壁に焦点を当てながら考察する。

(1) インペアメントがある村人の社会的障壁

まず、障害者の場合、生計資産にアクセスできたとしても、個々のインペアメントに応じた社会的対応がない限り、生計機会の幅を拡大していくことは難しいことが推論できる。

例えば、視覚障害者があるアネシートは、「椰子の葉で箒をつくって売る」という生計活動を実現するためには、スキルトレーニング(人的資産)に加え、おつりの受け渡しで騙されたりしないよう「見えるパートナー」が必要だ、と述べていた。州都イロイロシティで出張マッサージを生計手段している視覚障害者たちは、ひとりでの移動が環境上難しいことから、親、配偶者、友人など「見えるパートナー」と共に客のもとに出向いている。仮にマッサージ技術のトレーニングを受け(人的資産)、マッサージオイル等を揃えるための必要な金融資産があったとしても、「見えない」というインペアメントに対応した社会環境がない限り、マッサージを生計活動として追加することは制限されてしまうであろう。

次に、移動に困難をきたすインペアメントをもつ障害者の場合を考えてみたい。前述したマリアーノは、町長から寄付された車いすによって移動の自由が拡大し、「キャピタル(金融資産)」があれば村の中で行商をしたい、という願望をもっていた。しかし、外出の際いつもマリアーノの車いすを押している妻は、「雨が降ったら、外には行けないわ」とこぼした。妻によると、自宅から村の中心部に出るまでの坂道は舗装されておらず、ぬかるみが解消されない限り、車いすで移動することは難しいという。マリアーノと同程度のインペアメントを抱える障害者の場合、車いす、車いすを押してくれる人、舗装された道路など、さまざまな環境が揃わない限り、人的資産や金融資産にアクセスできたとしても、生計機会の幅が順調に拡大していくことはないと言える。

逆に、インペアメントに対応した社会環境が整えられることで、生計資産を生計機会に変換する際の社会的障壁が解消される場合もある。例えば、ニュールセナ町出身の男性(肢体障害)は、2010年に事故で右足を切断したが、溶接の技術を活かしてイロイロ州にある

ハニワイ(Janiway)町で建設業に就いている。移動に困難があるこの男性は、建設現場では、足場が安定している1階部分の作業を担当している。また、前述したニュールセナ町唯一のインランドリゾートでネイリストとして働く男性(聴覚障害者)は、オーナーと携帯電話のテキスト機能を用いてコミュニケーションをとっている。また、町長室の秘書として雇用されているろう者の男性は、イロイロの私立大学でITコースを修了しており、機材スタッフ等として働いている。町長は町長室スタッフに対し、この男性を講師とする手話クラスを開催する、筆談を取り入れるなどし、情報・コミュニケーションの障壁を解消すべく工夫している。

このように、これまで「障害者」と一括りにしてきた村人たちは、見えない、移動に困難がある、コミュニケーションが難しいなど、それぞれ異なるインペアメント、個人の特性を有しており、これらのインペアメントに対応した社会的障壁は多様であり、そのための解決方法、参加の形態も、当然ながら多様になることがわかる。

(2) 幼子がいる村人の社会的障壁

前項では、「インペアメント」という「個人の特性」に焦点を当て、これに対する「社会・環境」の不備によって生計機会が制限される状況について説明した。しかし、「インペアメント」は「社会・環境」の整備を必要とする様々な「個人の特性」の一要素でしかない。インペアメントを持たない「非障害者」にも、たとえ生計資産にアクセスできたとしても、生計機会が制限されてしまう状況は生じている。

非障害貧困層(世帯#1)の母親Aは、イロイロ州が位置するパナイ島の隣の島ネグロス島の出身である。高校卒業後、友人の紹介を通じメイドとしてビリダン村に出稼ぎにきている。現在は、そこで知り合った夫、3歳の子供と双子の赤ちゃんと一緒にビリダン村の中心地近くに暮らしているが、町に正式な婚姻届は出していない。父親Bは小学校卒であり、日雇いの農作業及び建設業を主な生計活動としている。収入は安定的ではなく、村から非障害貧困世帯として認定されている。

Aは、機会があれば養豚をやりたいと、Bといつも話しているという。しかし、仮に必要なキャピタル(金融資産)があったとしても、「子どもがまだ幼くて面倒を見ないといけないから、豚の世話は無理だわ。子供がもう少し大きくなったらできるかも」と述べた(69)

「幼子がいる」というAの「個人の特性」に対し、生計資産を生計機会に変換する際の社会的障壁は、「子どもの面倒を見てくれる人がいない」という環境である。夫Bの親戚自体はビリダン村に多くいるものの、子どもの面倒を頼める人はいないという。彼女は、食べ物に困った時も、夫側の親戚には頼まず出身地ネグロス島の兄弟に電話をかけて送金してもらっており、実家の島には存在している社会関係資本が、出稼ぎ・嫁入り先のビリダン村では見当たらないことが社会的障壁となっている。

このように、生計資産があったとしても、それを生計機会に変換できない状況は、障害者以外にも同様に生じている。さらに、障害者が生計資産を生計機会に変換できない時、その理由が必ずしも「インペアメント」に関連する社会的障壁であるとは限らない。

ホセアルビン(男性、48歳、肢体障害)は、ドバイでメイドとして働く妻からの送金によって暮らしを成り立たせている。彼は15歳の時に事故で左足の指2本を欠損したが、このインペアメントによって困った経験をしたことはないと語っている。大学は、船乗りとして海外へ出稼ぎすることを夢見て4年制の船舶工学(marine engineering)を修了している。しかし、海外出稼ぎの仲介業者に払わなければならない斡旋料が用意できず、卒業後は母親が所有する農地の管理人(administrator)として働いてきた。

ホセアルビンは、大学時代に溶接の技術を身に着けているほか、前述した商業料理(commercial cooking)の技術、大型自動車の運転免許など、様々な人的資産を身に着けている。現在は、資本(capital)さえあれば、得意の料理で「おかず(sud-an)」作り、村内で売るビジネスをしたいと考えている。

では、人的資本が豊富なホセアルビンが、金融資産としての資本にアクセスできれば、彼の生計機会は拡大するのであろうか。ホセアルビンは、「キャピタルがあっても、今はちょっと無理だ」と答え、以下のように語った。

 僕にとって今一番大変なことは、母親と父親の両方の役割を果たさないといけないことなんだ。子供たちはまだ小さくて、言うことを全然聞かないし、料理から洗濯まで、すべての家事を僕がしないといけない。僕には4人子どもがいるけど、みんな女の子(angel)なんだよ。男の子と違って、放っておく訳にいかないんだ。しかも、そのうち3人はまだ小学生だしね。母方の親戚はたくさんいるけど、面倒を見てくれる人はいない。母親も近くに住んでいるけれど、自分のビジネスでとても忙しいんだ(70)

また、「船員になりたい」という夢については、海外出稼ぎに必要な斡旋料を融通できたとしても、上述の理由で子供たちを置いていく訳にはいかないし、「そもそも僕は48歳だから、とっくに適齢を超えてしまっているよ」とのことであった。

ホセアルビンへの聞き取り調査からは、生計資産を生計機会に変換する際に影響する「個人の特性」は、彼の場合「インペアメント」ではなく「幼子がいる」という特性であることがわかる。この事例は、「障害の個人モデル」に基づき、彼の身体的な機能障害(インペアメント)のみに注目するのではなく、彼の「生活」を包括的な視点で捉えることの重要性を示唆している。

ビリダン村には該当する障害者はいなかったが、インペアメントによる社会的障壁、幼子を抱えていることによる社会的障壁など、複数の障壁に直面し、生計機会を制限されている障害者もいる。例えば、州都イロイロシティに住むある男性(肢体障害者)は、ろう者の妻との間に、2歳と3歳の子どもがいる。妻はイロイロシティのファーストフード店で店員として雇用されており、家で子どもの面倒を見る人が必要であるため、彼は子どもが生まれるまで働いていた障害者協同組合での仕事を止め、ホセアルビンと同様に幼子の世話をせざるを得ない状況に置かれている。

(3) 介助が必要な家族がいる村人の社会的障壁

前項では、資産をもたない「障害」「非障害」貧困層について、「仮に生計資産があれば生計機会は拡大するか」を推論し、考察した。他方、実際に金融資産や人的資産があるにも関わらず、生計機会を制限されている非障害者もいる。ビリダン村のルディは、4歳の障害児サムの母親である。夫は船乗りとして海外出稼ぎに出ており、実の両親、サム、養子の女の子と一緒に村の中心部に住んでいる。夫からの送金に加え、両親は共にビリダン村小学校の退職教員であり、また農地も所有しているため、村では珍しく自家用車を保有し、コンクリート造りの大きな家に住み、暮らしぶりは豊かである。ルディに、「お仕事は何かされているのですか?」と聞くと、笑って以下のように答えた。

 いいえ、私はフルタイムの介助者(yaya)よ。サムは1日1回透析が必要だから、私が病院に連れ行かないといけないでしょう。昔は、町の銀行で働いていたのよ。でも、とても働くのは無理だから、家にいることにしたわ(71)

このように、生計資産から生計機会に変換する際の不利は、生計資産にアクセスできている非障害者にも生じていることがわかる。

(4) 小括

これらの事例からは、以下の三点について述べることができる。一点目は、「障害者」といっても、生計機会の制限につながる社会的障壁は、それぞれが抱えるインペアメントの種類、程度によって多様な点である。二点目は、ホセアルビンの事例が示すように、「障害者」といっても、インペアメント以外の「個人の特性(例えば、『幼子がいる』)」に関連する社会的障壁の方がより本質的な要因となっている場合や、複数の社会的障壁が同時に生じている場合がある、という点である。三点目は、「障害者」だけではなく「非障害者」についても、「幼子がいる」「介助が必要な家族がいる」といった「個人の特性」があり、それに関連する社会的障壁によって、生計資産にアクセスできたとしても生計機会は制限されてしまう点である。

本節では、「個人の特性」については、ビリダン村における聞き取り調査で確認できた「インペアメントがある」、「幼子がいる」、「介助が必要な家族がいる」の3つに限り、簡単に紹介した。しかし、例えば第3章で紹介した「不法定住者である」ために養豚は無理だと考える非障害貧困世帯など、本論では描き切れていない「個人の特性」と、それに関連する「社会的障壁」が存在していると考えられる。また、ビリダン村に該当する障害者はいなかったが、ルディのように主要な生計資産にアクセスしていながら、生計機会が制限されている重度障害者もいると考えられる。

図4-2 障害者の生計機会を制限する構造とプロセス

(出所) 筆者作成


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第5章 結論と今後の課題

5.1 結論

本論は、フィリピン農村部の障害者の生計機会が、なぜ、どのように、制限されているのか、その構造とプロセスについて考察した。

本論では、まず第2章で「研究の分析枠組み」と題し、第3章以降の事例分析の枠組みを提示し、第3章では、まず障害者の生計活動を考察し、「仕事がない(unemployed)」とされる障害者が、一体どのように暮らしを成り立たせているかについてフィールド調査の結果に基づき述べた。

その結果、仕事がない障害者についても、自営、日雇い、家内労働、移転所得や送金などを通じてさまざまな生計活動を営み、暮らしを成り立たせていることがわかった。同様に「仕事がない」非障害貧困層との比較からは、非障害貧困層の多くが「日雇い」の仕事、により生活を成り立たせているのに対し、障害者のうち「日雇い」の仕事にアクセスできているものは稀であり、大半は「家内労働」や「移転所得・送金」によって生計を立てていた。具体的には、非障害貧困層は、男性であれば農作業手伝いや建設業、女性であれば村内の富裕層宅でのメイド業や週末の洗濯代行等により、不定期ではあるものの一日200-400ペソの収入を得ていたのに対し、仕事がない障害者については、自営や日雇い仕事に就いている者は、例えば家族・親戚が裕福で自営に必要な資金的補助が得られる場合や、親族が所有するバナナ農園での日雇い仕事を優先的に融通してもらっている場合などに限定されていた。

さらに、センのケイパビリティアプローチを援用し、調査時点で確認された上述の生計活動(ファンクショニング)を踏まえ、「実際に選択可能な生計活動の幅」、すなわち障害者の生計機会(ケイパビリティ)について考察した。その結果、移転所得や不安定な日雇いの仕事によって生計を成り立たせている障害者は、雇用や自営などによる安定した労働機会にアクセスできないために、自らが価値あると考える生き方、例えば「自分と家族の生計を(安定的に)支える」といった生き方を制限されていた。

例えば、子どもからの仕送りで生活を成り立たせているマリアーノは、決して食べる物に困ってはいなかったが、「家族のために働くことができなくなってしまったことが一番辛い」と述べ、「家族のために自分も働きたい」という願望を叶えるため、町から寄付された車いすを活用して行商をする、資本を得て養豚を始める等、「生計活動の幅」を広げていくことを強く希望していた。また、親族のバナナ農園での仕事のおかげで、他の障害者に比べ「日雇い仕事」へのアクセスが一見良いように見えるアレクシスについても、非障害貧困層の男性が携わる「建設業の日雇い仕事」にもアクセスし、生計活動の幅を拡大できるよう、小学校に通い直し、溶接の技術を身に着けることを望んでいた。

また、「日雇い」仕事にアクセスできる非障害貧困層についても、安定した所得収入につながる経済活動へのアクセスにが困難であるために、障害者と同様、限定された生計活動の選択肢の中から「やむを得ず」日雇い仕事に就いている。この点は、非障害貧困世帯へのインタビューを通じ、「小学校しか出ていない自分たち」は、農作業、建設業、洗濯代行などの日雇い仕事にしか就けないのだ、という苛立ちが表出されたこと、サリサリストアなどの雑貨店や、養豚などにも本当は取り組みたいが、そのための資金など日雇い仕事で貯まるはずもないので諦めるしかない、といった現状からも明らかである。

これを受け、第4章では、第3章で明らかにした障害者の生計機会の制限が、なぜ、どのように生じているのかについて考察した。考察にあたっては、ケイパビリティアプローチと持続的生計アプローチの両理論的枠組みを援用し、以下の仮説的枠組みを用いた。すなわち、フィリピン農村部において、障害者の生計機会は、第一に、生計資産にアクセスする際の社会的障壁、第二に、生計資産を生計活動に変換する際の社会的障壁、という二重の構造により制限されている、という仮説である。

そして、生計機会の拡大・制限に影響を与える本質的な説明変数は、5つの生計資産のうち人的資産及び金融資産であること、これらにアクセスするには社会関係資本へのアクセスが重要であることを述べた。上述の例を再び用いれば、アレクシスが溶接を学ぶための教育(人的資産)、マリアーノが行商や養豚を始めるための資金(金融資産)、それらを支援してくれる親族や村内有力者とのつながり(社会関係資本)へのアクセスなどが重要ということである。

これに基づき、第一の社会的障壁、すなわち、人的資産及び金融資産へのアクセスを阻む障壁について考察した。これらの資産にアクセスすることが同様に困難な非障害貧困層との比較からは、障害者と非障害者双方に共通する制度的な問題があり、障害者は、インペアメントという個人の特性に起因する障壁が存在していた。例えば、人的資産へのアクセスの一例として、生計トレーニングへの参加を考察した場合、町が実施する生計トレーニングの限られた参加枠を村内で勝ち取るにあたっては、町での開催に関する情報を得られるかどうか、また村長や村役場関係者と近い関係性を有し参加を推薦してもらえるかどうか、といった点が、障害者であれ非障害者であれ、第一の共通障壁となる。さらに、障害者の場合、仮に村長から推薦を得て参加枠を獲得したとしても、彼がろう者だった場合、手話通訳等の情報保障がされなければ、これが追加的な障壁となり、トレーニング自体に参加はできても人的資本を伸ばすことにはつながらない。

さらに、第二の社会的障壁として、人的資産や金融資産などの主要な生計資産にアクセスができたとしても、それを自分が価値あると考える生き方に変換する際、それぞれの個人の特性に起因する障壁に直面することが明らかになった。例えば、仮に上述の例で生計トレーニングにおいて情報保障がしっかりなされ、ろう者の男性がソーセージ作りをできるようになり(人的資産へのアクセス)、町から作ったソーセージの行商をするための資金も得られることになった(金融資産へのアクセス)とする。しかし、仮に村の人々がろう者に対し偏見を有しており、原材料の仕入れ等にあたり、手話や筆談等を含むコミュニケーションが保障されなければ、「ソーセージ作りで生計を立てる」という選択肢は実現しないことになる。また、非障害貧困層との比較からは、第二の社会的障壁は、「インペアメントがある(耳が聞こえない)」ことに限らず、様々な個人の特性によって生じていた。例えば、ある非障害貧困層の女性は、養豚を始めたいと考えているが、3歳の子どもと双子の赤ちゃんがおり、かつ周りに子供の面倒を見てくれる親戚等はいないため、「子どもが幼いうちは、お金(金融資産)があったとしても、豚の世話は無理だわ」と語っている。

このように、非障害貧困層との比較からは、「インペアメントがある」以外にも、「幼子を抱えている」「介助が必要な家族がいる」といったそれぞれの個人の特性によって多様な障壁が生じ、これにより生計資産の生計機会への変換が制限されていることがわかった。障害者についても、例えば「片足の指が欠損している」といった「インペアメント」よりも、それ以外の個人の特性(例えば「三人の娘の面倒を見ないといけない」等)が、本人にとってはより本質的な「個別の障壁」となり得る場合もある。

よって、フィリピン農村部の障害者の生計機会の制限は、第一に、生計資産へのアクセス、特に生計機会の幅を拡大する上で本質的な資産となる人的資産、金融資産へのアクセスにおける不利によって生じ、第二に、生計資産を生計機会に変換していく際の不利によって生じている。また、生計機会を制限する社会的障壁については、インペアメントなど「個人の特性」に起因しない「共通の障壁」に加え、個人の特性に起因する「個別の障壁」が生じていると言える。

5.2 今後の課題

今後の課題は、本論で明らかにした「障害者の生計機会を制限する構造とプロセス」を踏まえ、「共通の障壁」や「個別の障壁」について、他の地域・国における多様な実態を明らかにすることであろう。それらの研究が、障害の社会モデルの立場から、それぞれの地域における、それぞれの人にとっての多様な障壁を取り除く「実践」への一助になると考える。

本論では、考察対象に「非障害貧困層」を含めることにより、「インペアメントの有無」という個人の特性に起因しない多様な社会的障壁、すなわち、「広義のディスアビリティ」を描いた。その結果、生計機会が制限される構造には、「共通の障壁」があり、その上に、「インペアメント」に必ずしも起因しない多様な「個別の障壁」が存在していることが、明らかになった。

この考察からは、以下の二点が示唆される。一点目は、現在、実践の場で多く見られる「障害者」にとってのみの「個別の障壁」、すなわち、「狭義のディスアビリティ」への取り組みだけでは、生計機会は拡大していかない、という点である。本論で述べたとおり、非障害者も抱える「共通の障壁」、すなわち「広義のディスアビリティ」にも取り組むことが不可欠である。このアプローチにより、「障害者」を「インペアメントを有する特別な者」として切り出すのではなく、社会的障壁によって機会を制限(dis-abled)されている「貧困層のうちの一部」として位置付けることにもつながる。第2章で述べた通り、「障害と開発」の分析枠組みを発展させる上でも、「広義のディスアビリティ」への視点は重要である。

二点目は、「個別の障壁」は非常に多様であり、これに対する個別具体的なアプローチが必要になる、という点である。確かに、それぞれの人の、それぞれの社会的障壁に向き合い、解消していくことは、困難な作業であるかもしれない。しかし、本論で明らかにしてきたように、人びとの生計機会を制限している要因には、「共通の障壁」に加え、追加的に発生している「個別の障壁」がある。よって、後者に対する個別対応は不可欠である。

研究においては、統計的な実証研究等によって「共通の障壁」を把握しつつ、質的調査によって個別かつ多様な障壁のリアリティをあわせて描き出していくことが重要だろう。また、政策的実践においては、国による一律的な制度では決して対応しきれないであろう多様な「個別の障壁」について、コミュニティの中でどのように除去していけるか、現場における多様な解決方法の蓄積を共有し、ヒントを得ていく作業が重要である。

今後、「障害者」「非障害者」という区別を超え、それぞれの人が本来望んでいるはずの「暮らし」を実現していくためにも、それぞれの地域において、なぜ、どのように、「障壁」が立ち現れるのか、その構造とプロセスについて、より多くの事例を通じ検証することが求められる。また、「多様な障壁」を取り除くための実践的方法について、それぞれの現場に立ち向かい、試行錯誤を積み上げていくことが、小さな変化から着実に社会を変えていくために必要な作業である。


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謝辞

本論の執筆、特に10か月にわたる現地調査にあたっては、多くの方々からご協力を頂きました。はじめに、2年間にわたり、常に丁寧なご指導とあたたかい支援を頂いた、指導教官である穂坂光彦先生に感謝申し上げます。また、10年前に筆者が「障害と開発」の分野に関心を抱くきっかけを作って下さり、本研究科への進学をはじめ、全般的な支援を頂いた久野研二さんにも、改めて御礼申し上げます。小國和子先生には、フィールドワークの実際に際し、技術的な助言はもちろん、調査者として大切にすべき様々なことを教えて頂きました。

そして、現地調査にあたっては、イロイロ州ニュールセナ町、特にビリダン村の皆さんに大変お世話になりました。インタビューを快諾して下さった皆さん、協力して下さった家族や親戚の皆さん。本論には掲載しきれていない、皆さんから伺った言葉のひとつひとつ、表情、その時のおしゃべりの思い出は、今後も私自身の大きな財産です。村の人々を紹介して下さり、常に調査に同行してくれた「ナナイ・ステラ(ステラお母さん)」とその家族の皆さんにも、大変感謝しています。

また、本調査は、イロイロ州において青年海外協力隊として活動した2年間がなければ、決してやり遂げることができないものでした。フィリピン農村部の障害者の現状、それを踏まえ、障害当事者として何を知り、何をすべきかを教えてくれた、イロイロ障害者協会の同僚の皆に、改めて感謝の意を表したいと思います。

本調査の実施を通じて得られた経験を活かし、今後も、すべての人に可能性が開かれた世界の実現に向け、自らがすべき仕事を見つけ、真摯に取り組みたいと思います。


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(1) フィジー、インド、日本、カザフスタン、パキスタン、フィリピン、韓国、タイの8カ国で、1,768名の障害者を対象として実施された[UNESCAP 2012b:2]。 > 本文へ

(2) 途上国の障害者の生計については、森[2008]や、森・山形[2013]に詳しい。 > 本文へ

(3) Gartrell[2009] > 本文へ

(4) フィリピンでは、1986年に成立したアキノ政権が、マルコス前政権による中央政府主導型の地域開発から受益者住民による参加型の地域開発を進めるため地方分権化を進め、1991年に地方分権法を制定した。これに伴い、社会的サービス等の実施についても中央政府から地方政府に権限が委譲された[野沢2001]。 > 本文へ

(5) 独立行政法人国際協力機構(Japan International Cooperation Agency;JICA) > 本文へ

(6) フィリピンの都市 (Cities) と町 (Municipalities) を構成する最小の地方自治単位であり、村、地区または区を表す独自のフィリピン語。 > 本文へ

(7) セン[2000:83] > 本文へ

(8) 持続的アプローチでは、これらを指し示す用語として「資本(capital)」が用いられている。しかし、中西・久野[2004:95]が指摘しているとおり、これらは生産に投入される資本というよりは、蓄積されて多様な目的に運用される「資産(asset)」と捉えることが適当であるため、本論では「資産」を用いることとする。 > 本文へ

(9) Social Capital(ソーシャルキャピタル)は、制度、規範、信頼関係など、様々なものを含み、訳語としては「社会資本」「社会的資本」など様々なものがある[久野・中西2004: 123]。持続的生計アプローチにおける”Social Capital”は特に信頼、帰属意識、相互扶助などを指すため、本論ではその内容に最も近い「社会関係資産」という訳語を使用することとする。 > 本文へ

(10) 2008年に発効した国連障害者の権利条約は、各国がその事情に応じた定義を設けられるようにすべきとの意見が多く出されたことなどを理由に、諸定義を定める第2条において「障害」及び「障害者」の定義を設けていない。権利条約では「障害」と「障害者」の基本となる「概念」を示し、「定義」については政策実施を担う各国政府に任せるという方法が採用された。[佐藤2010:33]。 > 本文へ

(11) http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/rights/adhoc8/convention.html#preamble 2013年6月9日アクセス。 > 本文へ

(12) イロイロ州における町あたり平均人口は約39,300人である。 > 本文へ

(13) IRAは国家税収の一定割合(40%)を配分式に基づき国が各地方自治体に自動的に配分する交付金。 > 本文へ

(14)  内村[2009] > 本文へ

(15) フィリピンでは町(Municipality)の中心地にある村(Barangay)は共通し「ポブラシオン(Poblacion)」と呼ばれている。 > 本文へ

(16) ジープニーは乗り合いバス、トライシクルは三輪タクシーで、フィリピンにおける庶民の足である。 > 本文へ

(17) Philippines Poverty Statistics (http://www.nscb.gov.ph/poverty/2009/) 2013年7月6日アクセス。 > 本文へ

(18) 2012年6月から新しい教育制度が導入され、小学校6年、中学校4年、高校2年の6-4-2制になり、基礎教育が拡大された。本論では2011年調査時点の教育制度にあわせた記述とする。 > 本文へ

(19) UNESCAPが実施した調査の標本数は273、都市及び農村部の両地域から全ての障害種別を対象に実施したとされている[UNESCAP 2012b:2]。 > 本文へ

(20) 例えば、アレクシス(#4)は、2013年4月の調査時点では親戚が経営するバナナ農園で日雇いの仕事をしていたが、これは人手が必要になる2か月限定の「臨時雇用」であった。同年7月の再訪時には仕事はなく、掃除、炊飯などの家事を手伝いながら、水汲み代行によるわずかな収入(タンク2つで5ペソ)を得ているに過ぎなかった。 > 本文へ

(21) もち米をココナッツの葉にくるみ蒸した、「ちまき」に似た伝統的なおやつ。 > 本文へ

(22) 認定にあたっては、まず村役場から村長の署名入り証明書を取得し、それをもって町もしくは市の社会福祉事務所で手続きする必要がある。 > 本文へ

(23) マリアーノは、2013年5月の中間選挙前に町長から車いすを寄付されたばかりで、妻と外を散歩などができるようになったことをとても喜んでいた。 > 本文へ

(24) 2013年8月10日、自宅での本人へのインタビューより。 > 本文へ

(25) 2013年5月9日、自宅での本人へのインタビューより。 > 本文へ

(26) 2013年3月18日、村役場での地主組織(Farmers’Association)へのインタビューより。 > 本文へ

(27) 2013年4月13日、村内の道端における本人との会話より。 > 本文へ

(28) 2013年7月6日、自宅での本人へのインタビューより。 > 本文へ

(29) 2013年7月6日、自宅での本人へのインタビューより。 > 本文へ

(30) 「ケイパビリティ」の日本語訳。 > 本文へ

(31) DFID[1999] > 本文へ

(32) 村(バランガイ)の行政機能を担当するのは、村長(Punong Barangay)、村役場事務係(Barangay Secretary)、村役場会計係(Barangay Treasurer)、の3名である[後藤2004:66]。 > 本文へ

(33) 2013年4月21日、村役場での本人へのインタビューより。 > 本文へ

(34) 2013年9月27日、自宅での本人へのインタビューより。 > 本文へ

(35) 鶏は一羽あたり120-150ペソであるのに対し、豚は一頭あたり2800-3000ペソで売れる。 > 本文へ

(36) 2013年5月9日、自宅にて本人へのインタビューより。 > 本文へ

(37) フィリピンでは、女性はサンダル履きの人が多いため、ペディキュアは日常的なおしゃれとして一般的に楽しまれている。都市部にはネイルサロンが多くあり、農村部では個人のネイリストが巡回している。障害者の生計活動としても一般的である。 > 本文へ

(38) 2013年8月10日、自宅近くの隣家にて本人及び母親へのインタビューより。 > 本文へ

(39) 2013年7月5日、ニュールセナ町当事者団体合同月例協議会における発言。 > 本文へ

(40) CABIGETODAは、CABIGE Tricycle Operators and Drivers’ Associationの略。”CABIGE”は、運行地区となる4つの村(Cabilauan、Bilidan、Pasil、Gelicuon Este)の頭2文字をとったもの。現在約55名の組合員がおり、うち活発な組合員は35名ほどである(2013年4月21日自宅でのエリアスへのインタビューから)。 > 本文へ

(41) 2013年4月21日、自宅での本人へのインタビューより。 > 本文へ

(42) アベマリアへの祈りを唱える際に用いられるカトリック式の数珠。 > 本文へ

(43) 2013年10月5日、トライシカッド乗り場での本人へのインタビューより。 > 本文へ

(44) 2013年6月22日、6月の障害者当事者団体月例会における障害児をもつ親たちへのグループインタビューより。 > 本文へ

(45) 2013年8月10日、母親へのインタビューから。 > 本文へ

(46) ニュールセナ町は竹の産地として知られており、家づくりや家具づくりなど竹の需要が多い。 > 本文へ

(47) 2013年4月13日、自宅にて本人へのインタビューより。 > 本文へ

(48) 2013年8月10日、自宅での本人へのインタビューより。なお、pinkawやpianは現地語でそれぞれ上肢、下肢が不自由であることを表す差別用語として捉えられている。 > 本文へ

(49) 2013年5月9日、自宅での本人へのインタビューより。 > 本文へ

(50) 2013年4月28日、自宅での本人へのインタビューより。 > 本文へ

(51) 2013年8月10日、自宅での母親へのインタビューより。なお、ノエルもダニーも家族や身近な人としか交わらず、筆者が訪問すると隠れてしまったため、本人へのインタビューは実現していない。 > 本文へ

(52)  2013年8月10日、自宅での本人及び母親へのインタビューより。 > 本文へ

(53) 2013年9月27日、叔母宅にて本人へのインタビューより。 > 本文へ

(54) 2013年10月3日、SPEDにおける教師へのインタビューより。 > 本文へ

(55) 2013年10月3日、ALSクラスにてインストラクターへのインタビューより。 > 本文へ

(56) フィリピンでは、国からの交付金である内国歳入金(Internal Revenue Allotment; IRA)の少なくとも20%を、1.社会サービス(Social Services), 2. 経済開発(Economic Development), 3. 環境管理(Environmental Management)、のいずれかのカテゴリに属する開発プロジェクトに割り当てることが、1991年に制定された地方政府法(Local Government Code)により定められている。上述の生計トレーニングは、この“IRA 20% Fund(内国歳入金20%基金)”の2.の経済開発(Economic Development)の下に位置付けられている。なお、生計トレーニングの予算のIRA20%Fundに占める割合は、総額(8,479,115.40ペソ)の約2.4%である。 > 本文へ

(57) 2013年9月27日、NHEプロジェクト進捗月例会議における発言。 > 本文へ

(58) 2013年8月15日、NHEプロジェクト進捗月例会議における発言。 > 本文へ

(59) 2013年4月18日、本人への自宅でのインタビューより。 > 本文へ

(60) 2013年8月10日、本人への自宅でのインタビューより。 > 本文へ

(61) 2013年9月6日、協議会内での発言。 > 本文へ

(62) 2013年3月16日、自宅での本人へのインタビューより。 > 本文へ

(63) WHO[2010:55]、Gartrell[2009:296]など。 > 本文へ

(64) Self-employment Assistance-Kaunlaran Program(自営支援開発プログラム)の略。DSWD(社会福祉省)とLGU(地方自治体)が実施する貧困世帯向けのグループ融資プログラム。 > 本文へ

(65) (ホセアルビン2013年8月10日) > 本文へ

(66) 2013年7月6日、自宅での本人へのインタビューより。 > 本文へ

(67) 2013年8月10日、自宅での本人へのインタビューより。 > 本文へ

(68) 例えば、ニュールセナ町においてアクセシビリティが整備されている教育施設は、小学校が14校中8校、高校が4校中3校、となっている(2013年9月27日、NHE進捗会議によるMunicipal Engineerからの報告より)。 > 本文へ

(69) 2013年7月6日、自宅で本人へのインタビューより。 > 本文へ

(70) 2013年8月10日、自宅で本人へのインタビューより。 > 本文へ

(71) 2013年4月13日、自宅にて本人へのインタビューより。 > 本文へ

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UP:20150403 REV: 20150405 
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