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「出生前診断をめぐる論争──受精卵診断を中心に」

利光 恵子 20140331 小門 穂吉田 一史美松原 洋子『生殖をめぐる技術と倫理――日本・ヨーロッパの視座から』,生存学研究センター報告22,pp.40-61.

last update: 20140517


1-2 出生前診断をめぐる論争──受精卵診断を中心に

利光恵子


はじめに

 現在、様々な出生前診断技術が使われています。これから、その中のひとつである、受精卵診断(着床前診断とも言われますが)について、日本に導入されるにあたって、どのような論争が行われたのか、その経緯をたどり、医療関係者、障害者や女性団体、診断対象とされた遺伝病患者や家族、不妊症や不育症の人達など、さまざまな集団が関係する中で、論争の文脈がどのように変化しながら、この技術が導入されていったのかについて述べてみようと思います。
 最初に、一言、お断りを申し上げます。染色体や遺伝子の変化は、生物あるいは人間の多様性を示すもので、決して、「異常」を意味するものではありません。しかしながら、医学分野では、歴史的にこれらを、「染色体異常」「遺伝子異常」と言い慣わしてきました。
 これからお話しする中で、こういった言葉をできるだけ避けたいと思っているのですが、医学的な説明の中で、分かりやすく示すためにこの言葉が出てくることがあります。カッコつきの「異常」だととらえて聞いていただくとありがたいです。

受精卵診断とは

 受精卵診断は、女性の身体に、排卵誘発剤の投与などの操作を加えて卵子を取り出し、受精させて胚を作り、胚の一部を採取して遺伝子や染色体の診断を行って、病気を発症しない胚、あるいは意図する目的に合致する胚のみを女性の子宮に戻す技術です。
 受精卵診断には、大きく分けて、遺伝性疾患の回避を目的とする診断(PGD)と、不妊治療の一環として行われる受精卵スクリーニング(PGS)があります。
遺伝病回避を目的とするPGDは、遺伝子あるいは染色体の変異を子どもに遺伝させる可能性のあるキャリア(保因者)を対象に、単一遺伝子疾患の場合にはその原因となる疾患遺伝子について、X染色体連鎖遺伝病の場合には性別を調べます。また、カップルのいずれかに染色体の転座があるために、子どもに染色体の構造異常が生じたり、習慣流産(2回以上の流産のことですが)を起こす場合には染色体の構造変異を調べます。染色体の転座というのは、2本の染色体で切断が起こり、断片が他の染色体に結合したり、染色体相互間の部分的な入れ替わりが起きている場合です。本人は染色体が全体として過不足がないので健康上の問題はありませんが、精子や卵子ができるときに複雑な分裂を起こし、胚に染色体の過不足が起こる場合があって、流産しやすかったり、障害をもって生まれる場合があります。
 一方、受精卵スクリーニング(PGS)は、不妊症の患者を対象に、体外受精・胚移植の際に、染色体の数的な変化を調べて「正常」胚のみを子宮に戻すことで、妊娠率を上げ、流産を防いで出産率の向上をはかろうとするものです。受精卵スクリーニングが検査対象とするのは、発生過程での染色体不分離や突然変異によって偶然起こりうる染色体の数の変化です。
 技術的には、疾患遺伝子の診断は非常に多くの手間と高度な技術が必要ですが、性別判定や染色体の数の変化を調べる検査は、テストキットが商品化されていますので、比較的簡単に実施できます。

受精卵診断の倫理的問題について

 受精卵診断には、どのような倫理的問題があるでしょうか。
 まず、障害をもつ者の出生を回避すると同時に障害をもたない者を誕生させるという差別にかかわる問題、女性の身体への侵襲にかかわる問題、生命の人為的操作につながるという問題があります。これらはいずれも、羊水診断などの胎児診断およびその結果に基づく選別的中絶のもつ倫理的問題と重なります。
 加えて、受精卵診断の場合には、診断対象が女性の体内に存在する胎児から顕微鏡下の複数の受精卵に移行したことで、適用の範囲や目的が一気に拡大したと言えると思います。
 また、受精卵診断の場合には、胚を選別して、それを子宮に戻し、妊娠させるというのが前提ですので、「障害の排除のための選別」と「着床(妊娠)させるための選別」が重ね合わさる形で同時に実施されるという特徴があります。受精卵診断における選別は、このような従来とは異なる重層的なフェーズで生じるものだということを押さえておきたいと思います。

受精卵診断をめぐる論争:前史

 これから、受精卵診断をめぐる論争の経緯を見ていくわけですが、その前史として、戦後から現在にいたるまでの出生前診断(主として羊水診断)をめぐる論争の歴史について、駆け足で見ていきたいと思います。
 1948年に「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」ことと母体保護を目的に掲げた「優生保護法」が公布され、障害や精神病・知的障害をもつ場合、ハンセン病に罹患している場合に、優生手術(不妊手術)や中絶が行われました。特に、障害を理由として、本人の同意を得ずに行われた強制不妊手術は、統計に表れているだけで、1949年から96年の間に約1万6500件実施され、その7割が女性を対象としたものでした。また、優生保護法の範囲をも超えて、月経の介助が面倒、どうせ子どもを産むことはないのだからとの理由で、女性障害者の生殖器への放射線照射や子宮摘出も行われました。
 1960年代に入って、羊水診断が登場し、それまで「不良な子孫の出生防止」を行うために、「障害をもつ子どもを産む可能性のある親」に向いていた視線が、胎児に直接、注がれるようになります。1960年代半ばから、高度経済成長をすすめるにあたって、人口の資質向上とともに、「福祉コスト削減のために障害児の発生を予防すべき」という方向が示され、その施策の一環として、全国で「不幸な子どもの生まれない運動」が展開されました。羊水診断は、これに取り込まれる形で普及していきました。
 これに対して、「青い芝の会」をはじめとする障害者運動は、出生前診断に基づく選別的中絶は、障害者を「本来あってはならない存在」とみなし、生存権を否定するものだとして強く反対しました。また、産む/産まないの自己決定、中絶の自己決定を求めた女性運動に対しても、選別的中絶も自己決定権に含まれるのかと鋭く問いかけました。女性運動はこれを受け止め、話し合いを重ね、障害者運動との共闘を模索していきます。
 このように、1970年代はじめの障害者運動が、出生前診断は国家による優生学の実践であり障害者差別であると明確に提示したこと、同時に、先取り的に、出生前診断が個人の自己決定という形で作動する優生学、自主的優生学をも含むものであると指摘した意味は大きいと思います。この時期の障害者運動で形成された優生思想批判の言説や姿勢は、その後、出生前診断に関する社会や医療界の対応に影響を与えていきます。

受精卵診断をめぐる論争:経緯

 さて、受精卵診断の話に入ります。
 受精卵診断をめぐる経緯をおおまかにたどると、4つの時期に区分できます。お手元のプリント資料「経緯の概要」(資料1)も参照しつつお聞きください。
 
 受精卵診断をめぐる論争:第1期
 まず、第1期です。受精卵診断が日本に紹介された1990年代はじめから、日本産科婦人科学会(以下、「学会」)が受精卵診断の実施を承認した1998年までは、「『生命の選別』技術をめぐる論争期」にあたります。この時期には、受精卵診断は「遺伝性疾患をもつ子どもが生まれないための出生前診断技術」という文脈でとらえられ、臨床導入を計画した大学病院および「学会」と、それに強く反対する障害者団体・女性団体との間で、これが差別や優生にあたるかどうかをめぐって論争が行われました。
 「学会」など医療サイドは、受精卵診断は妊娠が成立する以前の受精卵に対して行うのだから、胎児を対象とする胎児診断およびその結果による選別的中絶に比べて、倫理的問題は少ないし、女性の心身への負担も軽いと主張しました。これに対して、障害者団体・女性団体は、受精卵診断は、胚の段階で遺伝子を調べて障害や疾患をもたない胚のみを子宮に戻す技術、言い換えれば、障害や疾患をもつ子を産まないための技術だとして、いのちの選別であり、「差別の技術」だと主張しました。また、自然妊娠ができるかどうかに関わらず体外受精を行わねばならないことから、女性の心身に過重な負担を課して、遺伝的に「健康」な子どもを産むことを強いる技術だとも主張しました。
 また、「学会」は、受精卵診断は「生命の選別を行う手技」には違いないが、診断対象を「重篤な遺伝性疾患」に限定することで、倫理的に容認できると主張しました。これに対して、障害者・女性団体は、「重篤さ」の程度は、社会的なサポート体制の有無や、障害や遺伝病への差別・偏見の有無、あるいは障害者観などによって、いかようにも変化するとして、「医学的判断」を唯一の判断基準にすることに異議を唱えました。これは、障害の重篤さを、社会的ハンディキャップの程度と捉えて、社会の側が変化することで、障害に関する問題の多くが解決されうるという、「社会モデル」の展望に裏打ちされた主張でした。そのうえで、たとえ「重篤」と判断できたと仮定しても、「重篤」であれば、なぜ、生れないようにしてよいのか?と問い続けました。障害をもって生きる立場から発せられたこの問いへの医療側からの回答は、今もなされていないと思います。 
 また、「学会」をはじめとする医療サイドは、受精卵診断の導入は、健康な子どもを産みたいという女性(カップル)の強い希望に応えるためだとし、女性(カップル)の自己決定権の尊重を強調しました。そして、強制を伴わず、個人の自発的選択により行われる限り、優生思想によるものではないと主張しました。障害者や女性らが「差別の技術」と規定する受精卵診断もまた、女性(カップル)の自己決定、女性の生殖の権利によって容認されるとの主張がなされたわけです。医療側のこのような主張に対して、女性障害者も含めて女性たちは、再考を迫られます。自己決定の回路を通じた優生学を認めるのかどうかを明示することを迫られたわけです。そして、障害者とともに受精卵診断導入反対運動を行ってきた経験を踏まえて、「子どもの質を選ぶこと」と「子どもをもつことの選択」を明確に弁別し、「子どもを持つかどうかの選択」は女性の自己決定だが、「子どもの質を選ぶこと」は女性の自己決定権には含まれないし、自己決定権によって正当化もされないと主張しました。
 1998年に、「学会」は、反対意見を押し切る形で、「着床前診断に関する見解」を定めて、受精卵診断を臨床研究として実施することを承認しました。そして、受精卵診断の適用を「重篤な遺伝性疾患」に限定し、実施にあたっては「学会」に申請し許可を得ることとしました。

 受精卵診断をめぐる論争:第2期
 1999年から、「学会」が本邦初となる実施例を許可した2004年夏までは、第2期「臨床実施に向けた準備期」にあたります。
 依然として、障害者団体・女性団体らの根強い反対の動きが継続するなか、「学会」は、「厳格な枠組み」での臨床実施開始を目指しました。さきほどの、1998年「見解」の「解説」には、「本法では、染色体異常や性判定なども可能だが、その目的はあくまでも重篤な遺伝性疾患を診断することであり、疾患遺伝子の診断を基本とする」と書かれていたのですが、これを文字通り厳格に解釈して、「重篤な遺伝病」の原因となる「疾患遺伝子の診断」に限定して許可することで、社会的コンセンサスを得ようとしたわけです。その結果、1999年から2000年にかけて提出された、鹿児島大学からの「性別判定」によるデュシェンヌ型筋ジストロフィーについての申請は、「原因遺伝子を調べるべき」として、また、不妊クリニックから出された染色体転座に起因する習慣流産の申請は、「重篤な遺伝性疾患とは判断できない……診断技術が他の染色体異常の診断につながるおそれがあり、社会的コンセンサスが得られていない」として、全て、不承認とされるなど、数年間の沈静期が続きます。
 この時期は、表面上は目立った動きはみられないものの、水面下では、不妊クリニックと大学病院等の研究・医療機関という二つの陣営で、臨床実施解禁に向けた準備が進められました。
 まず、不妊クリニックの側ですが、これまでも、子どもを産ませるためにさまざまな先端技術を次々に導入してきた不妊クリニックにとって、受精卵診断は技術的にも倫理的にも日常的な不妊治療のすぐ先にある技術でした。そこで、複数の不妊クリニックで、学会の許可を待たずに、受精卵スクリーニング(染色体の異数性を調べるPGS)を念頭に置いた準備が進められました。
 一方、大学病院など研究・医療機関の陣営でも、準備がすすめられます。中でも、「学会」と同じ方向性を共有していた慶応大学では、障害者・女性らの強い反対意見を顧慮して、受精卵スクリーニングにつながる染色体検査そのものを除外して、疾患遺伝子だけを検査するプロトコールを作り上げ、「厳格な枠組み」での解禁を目指しました。
 これに協力したのが、日本筋ジストロフィー協会です。遺伝子治療などの先端医療の進展に期待を寄せつつ、受精卵診断については、積極的推進ではないが、選択肢のひとつとして認める。あくまでも、個々人の考え方が重要として、患者・家族への説明・同意の徹底を要望するという立場です。協会にとっても、「十全なインフォームドコンセントに基づいた疾患遺伝子の診断」という枠組みは受け入れやすいものであったと思われます。こうして、筋ジス協会は、慶応大学に協力することで、結果として、受精卵診断開始に向かう推進力の一つになっていきました。
 2004年はじめに、神戸市の不妊クリニック(大谷産婦人科/大谷徹郎院長)が「学会」に申請しないまま、無断で受精卵診断を行っていたことが明らかになり、非常にセンセーショナルに報道されました。これが、その当時の朝刊第一面に大々的に掲載された記事です。大谷医師の「無断実施」がマスコミで大きく取りあげられる中、「学会」は、「見解」に準拠した「厳格な枠組み」での臨床実施の開始を急ごうとします。これが契機となって、2004年7月に、「学会」は、慶応大学によるデュシェンヌ型筋ジストロフィーへの受精卵診断を本邦初の実施例として許可しました

 受精卵診断をめぐる論争:第3期
 2004年秋から、「学会」によって習慣流産への適用が認められた2006年冬までは、第3期「不妊治療への適用拡大期」と言えます。
 2004年秋以降も、大谷医師らは、「学会」の規制の外側で、転座による習慣流産患者や不妊症患者を対象に、次々と受精卵診断を行っていきます。受精卵診断を受けるのは女性(カップル)の基本的人権/幸福追求権であるとする大谷医師らは、受精卵診断は「胎児として発育できる胚を子宮に戻す技術」であり、「流産を繰り返さないための不妊治療」であると主張しました。また、「もともと染色体異常で着床できなかった受精卵、流産する運命にあった受精卵を調べて、胎児として発育できる受精卵だけを子宮に戻すだけであり、優生思想や命の選別にはあたらない」とも主張し、不育症・不妊症患者の切実な声を前面に押し出しながら既成事実を積み重ねていきました。
 そして、受精卵診断を経ての妊娠・出産がメディアで大きく報道されるようになり、繰り返す流産の苦悩と受精卵診断を経て成しえた出産の喜びという、人々の感情に強く訴える語りを通して、受精卵診断は習慣流産という病気の「治療」の一環であるとの認識が広がっていきました。こうして、「倫理的問題が少ない流産防止のための受精卵診断」という言説が生み出されていきます。受精卵診断が「不妊治療の一環」であるという社会的枠づけを得たとき、それを選択するのは女性(カップル)の自由意思であり幸福追求権であるとの主張もまた、受け入れやすいものとなっていったと思われます。
 これに対して、1990年代初頭から受精卵診断導入に反対してきた障害者団体・女性団体は、習慣流産への適用は、「流産防止」の名のもとに行われる「いのちの選別」であるとの主張を繰り返したが、広がりを持ちませんでした。
 この時期の、不妊症・不育症患者たちの動きを見てみると、まず、大谷医師らの呼びかけに応えて参集した患者たちは、医師らとともに「着床前診断を推進する会」を立ち上げ、子どもを得るためには、あらゆる医療的手段の利用を求めました。一方、「フィンレージの会」のように、不妊の社会構築性をふまえ、受精卵診断を含む生殖補助技術に距離を置いて慎重な姿勢をとろうとするグループもありました。また、「不妊治療の一環としての受精卵診断」という社会的認識の急速な広がりを背景に、習慣流産の「治療法の選択肢のひとつ」として、受精卵診断を承認するよう「学会」に求める、「不育症友の会」のような不育症・不妊症患者達もあらわれ始めました。2005年になって、転座に起因する習慣流産への適用拡大に向けて検討を始めた「学会」は、このような患者らを「当事者」としてクローズアップします。
 そして、2006年2月には、「学会」は、彼女らの「心情は十分理解しうる」として、不妊症・不育症患者の「流産の反復による身体的・精神的苦痛の回避」のための「選択肢の一つ」として染色体転座に起因する習慣流産への適用を認めました。ここには、1990年代以来「見解」に含意されていた、「受精卵診断は生命の選別手技」であり、それゆえの「歯止め」との認識はすでに見られません。「学会」による規制もまた、「不妊治療としての受精卵診断」という新たな枠組みを認め、その中で、患者の自己決定/幸福追求権によって受精卵診断という生殖技術の使用を正当化したととらえられます。ただし、この時点では、適用範囲を「重篤な遺伝性疾患」に限定した1998年「見解(会告)」には手を付けず、習慣流産も「重篤な遺伝性疾患」に含めると解釈されています。

 受精卵診断をめぐる論争:第4期
 2006年以降は、第4期「流産防止のための受精卵診断」の普及期にあたります。
 受精卵診断は「重篤な遺伝性疾患」回避のために加えて、「流産防止」の文脈でも実施されるようになりました。「染色体転座に起因する習慣流産」についての診断の実施は年々増加し、2009年末には、認可された受精卵診断全体の8割以上を占めるに至っています。
 2010年になって、「学会」は「着床前診断に関する見解」の改定作業を行いました。2010年6月改定「着床前診断に関する見解」(資料1参照)では、まず、「疾患遺伝子を基本とする」と明記された1998年「見解」の「解説」を全て削除し、染色体異常も重篤な遺伝性疾患であるとして受精卵診断の適用範囲に加えました。また、2006年にあいまいな形でしか承認し得なかった転座による習慣流産への適用を明示的に認めました。ただし、この時点でも、不妊患者を対象とする受精卵スクリーニングは、認められていません。
 この2010年の改定は、1990年代初頭からの障害者団体、女性団体からの強い反対を背景として採用された「厳格な枠組み」を取り払い、加えて、患者の自己決定権によって受精卵診断という生殖技術の使用が正当化される新たな「枠組み」が用意されたことを意味します。生命への介入操作につながる生殖技術が、「生殖の自由」の名のもとに使用しうる道筋が開かれたのは確かだと考えられます。
 2012年7月には、神戸の不妊クリニックが、「アレイCGH法」という新たな診断法を用いて、全ての染色体を調べる受精卵診断を実施していたことが明らかになりました。その大半は、不妊症患者を対象とした受精卵スクリーニングでした。従来の検査法(FISH法)では最大12種類の染色体しか調べられなかったのに対して、「アレイCGH法」を用いれば、24種類の全ての染色体の変化の有無を一気に調べることができるというわけです。「学会」は、「見解」で認めていない受精卵スクリーニングを実施したことを「決して容認しない」とする声明を発表しました。しかしながら、「学会」の中にも「時代は、受精卵スクリーニングになってきている」として、受精卵スクリーニングを認める方向で検討を始めようとの動きもあるのも事実です。
 現在、欧米を中心に、初期胚のモザイクの存在を主たる理由として、受精卵スクリーニング(PGS)を含む受精卵診断技術そのものの有効性・信頼性への疑問が呈され始めています。初期胚には、染色体異数性を示す細胞と「正常」細胞が混在するモザイク状態を示すものが高率に存在することから、その一部を採取して行う受精卵診断の手法自体に問題があるとの指摘です。けれども、日本の生殖医療界では、受精卵診断の技術的改良を進め、網羅的分析による効率的な“胚の質の管理”を目指そうとする動きも強いのが現状です。

まとめ

 まとめますと、1990年代初頭以来、優生の問題を含む技術──「生命の選別技術」と捉えられ「学会」による「厳格な枠組み」による規制が行われてきた受精卵診断が、不妊治療の場に組み込まれることで、「生命の選別」から「胎児として発育できる胚を子宮に戻す技術」へとその意味を大きく移動させ、「倫理的問題の少ない流産防止のための受精卵診断」という言説が生み出されました。そして、2004年頃を機に、急速に「不妊治療の一環としての受精卵診断」という枠づけを得て、女性(カップル)の幸福追求のひとつとして受容され普及し始めている。
 受精卵診断導入の歩みをたどる時、1970年代の障害者団体による羊水診断導入反対運動を起点として、出生前診断には「生命の選別」あるいは「優生」という言説が付随してきたわが国の医療界にあって、「不妊治療の一環」という意味付与が前面に押し出され、それに伴って「生命の選別」という解釈枠組みが後景に退くという経過、そのような力点の移動という局面を経なければ、受精卵診断技術自体が容認され普及に向かう足がかりを得ることは困難であったと思われます。
 最後に、改めて、受精卵診断における「選別」の意味について考えてみようと思うのですが、最初に述べましたように、受精卵診断における「選別」は、「障害の排除のための選別」と「着床(妊娠)させるための選別」が重ね合わさる形で同時に実施されるという重層性に特徴があります。受精卵診断の「選別」がこのような重層性に立脚する以上、「流産防止」や「不妊治療の一環」として用いられていようとも、染色体「異常」をもつ胚を子宮に戻さないことは「染色体に違いをもって生まれる」機会そのものをなくすることに通じる。生まれてくる子どもの「質」の選別は、不妊「治療」の内部に埋め込まれて進行しているといえるのではないかと思います。ありがとうございました。

質疑応答

〈司会(松原洋子)〉それでは、今の講演についてどんなことでも結構ですので質問お願いします。あるいはご意見でも結構ですがいかがでしょうか。

〈来場者〉産婦人科医でしたので、実際には着床前診断を受けて習慣流産後にお子さんを授かった方というのを何人か拝見しています。実際その方々は、着床前診断というのは、卵を選ぼうというよりは、むしろ、実は染色体の転座でも生まれない染色体の転座と生まれる染色体の転座があって、生まれない染色体の転座の方で流産を繰り返す。どう考えても染色体異常の子を生まないパターンの染色体異常というのが存在するんです。生まないけれども流産はする。それを繰り返し続ける。5回、6回流産を繰り返した方というのを実際臨床で見ていた人間から言うと、はっきり言って悲劇です。もう毎回妊娠するごとに喜べないですよね。普通のお母さんたちは妊娠したというとドラマにあるように、皆さん喜びとともに、やったって思うんですけども、習慣流産の方というのは、何週になっても喜べないです。いつこの子は死んでしまうんだろうかという悲しみとともにずっといる。当然、着床前診断で、さっきの張さんの話にもあったように、着床前診断をしたからといって、100パーセント正常な子供が授かるわけじゃないし、着床前診断でいわゆる均衡型の染色体を持っていたからといって100パーセント妊娠出産にいたるかと限らないということも、十分実はそこまでのカウンセリングで行っていて。遺伝カウンセリングは必須ですから。その中で存在するのでやはり着床前診断に対してネガティブな部分だけではなくて、やはり当然その選別ということと、差別ということを、人間というのはやはり差別をする存在であるということを常に認識しながらやっているという部分というのも、実は必要で。ただやはり幸福追求権といっても常に苦しみ続けていた人の、一番そばにいたのは医者だったりするので。実際には選別だけではなくて、絶対に流産までしか至らないからしょうがないから着床前診断に至るという方もいらっしゃるということを、やっぱりちょっと会場の皆さんにもわかっておいていただきたいというのがひとつ。
 それからもうひとつ質問としてなんですけども、実際これ学会といわゆる女性団体、患者団体みたいな形になっているわけですけれども、本当に大事なのは社会に対して医療はどういう具合に働きかけたか。患者団体、女性団体は社会に対してどのように働きかけたか。それに対して社会すなわち政治や行政がどのように動いたかということがもっとも大事だと思うのですけれども、その点についてちょっとコメントいただけたらと思います。

〈利光〉ありがとうございます。最初の習慣流産の方への受精卵診断については、ご質問という形ではなかったと思いますが、少し述べさせてください。習慣流産の辛さ、苦しさについては、多くの方々の経験を見聞きしております。ただ、習慣流産の人達が受精卵診断を受けたからといって、その苦痛が軽減するかといえば、そうとも言えない。例えば、転座による習慣流産の場合、何度も、排卵誘発を行って採卵し体外受精を行い、胚の検査をするんだけれど、子宮に戻す「正常」な胚がないと告げられて非常に落胆するということも多々あると聞いています。加えて、習慣流産の場合には、最終的に赤ちゃんを手に抱ける確率(生児獲得率)は、受精卵診断をしても、流産後の自然妊娠にまかせても、ほぼ同じだといわれています。流産に伴う苦痛が非常に大きいのは確かだとしても、それを回避するためだとして差し出される選択肢もまた、同じほど身体的・精神的苦痛を与える可能性があるのではないかと思います。

〈来場者〉すみません、これだけはちゃんと言っておきたいんですけれども、流産の手術を受けた方というのは、1回目の流産から2回目の流産、特に子供が1人いても流産をする、流産の処置を受けるための記憶とかつらさ、苦しみ、それから経済的な負担、そういったこともあるので、この場合に限れば遺伝カウンセリングのときに着床できる胚がないということを、全部話をした上で着床前診断を行われているということもコメントさせてください。

〈利光〉わかりました。私が、もうひとつ付け加えたいのは、流産の苦しみというのは、言うまでもないことですが、子どもを産もうとする中で起きるということです。習慣流産なら特にそうです。妊娠することを回避すれば、流産は起きない。流産しやすい体質であるにもかかわらず、なぜ、それほど子どもを持とうとするのか、子どもを持たねばならないと考えるのかということについては、社会的な圧力ということも含めて、文化的、社会的な文脈に戻して考える必要があると思います。
 二つめの、日産婦学会と障害者団体・女性団体との論争を取り上げているが、社会に対してはどのように働きかけたのかというご質問についてですが、御存知だと思いますが、現在、日本には、生殖技術を直接規制する法律や国の機関はなく、日産婦学会が定めるガイドラインである「見解(会告)」が事実上の規制根拠とされています。そのため、受精卵診断導入に際しても、この「見解(会告)」をめぐる動向きが大きな意味を持つことになり、障害者団体・女性団体も学会に対する働きかけや論争に力を注いだという経緯があります。もちろん、同時に、意見書の公表、通信の発行、学習会や集会の開催等を通して、社会への訴えかけも行われていますが、社会的論議をまき起こすのにどれほどの効果を持ったかについては不明です。

〈来場者〉学生です。質問ですけれども、受精卵診断は流産を繰り返さないための不妊治療と言われていますが、先ほどもおっしゃっていたように受精卵スクリーニングの医学的有効性、信頼性の疑問があるということを、先生のご著書でもこのような胚がすべて流産するとは限らないということを指摘されていたと思うのですけれども、流産しないために不妊治療があるのに、不妊治療としての受精卵診断があるはずなのに、そうでなくなるのであれば受精卵診断は正当化できないのではないかなと思うのですけれども。その点はいかがでしょうか。

〈利光〉現在、不妊治療の文脈で使われる受精卵診断(受精卵スクリーニング)の医学的有効性に関しては確定的なエビデンスはない、医学界の中でも論争が行われているという状況だと思います。欧米では1990年代後半以降、受精卵スクリーニングがさかんに行われたのですが、2010年になって、欧州生殖学会着床前診断連絡組織が、「高齢妊婦に対する受精卵スクリーニングの効果は全くない。繰り返す流産についても有効性を示すデータが不足している」という見解を発表するとともに、明確なエビデンスがないままに受精卵スクリーニングが急速に普及した事態に猛省を促がしました。あるいは、2011年には、Mastenbroekらが、過去の9件のランダム化比較対照試験の結果を再解析して、「生児獲得率(妊娠・出産を経て子どもを得る率)について、受精卵スクリーニングの有用性を示すエビデンスはない。それどころか、高齢妊娠の女性については、受精卵スクリーニングは生児獲得率を低下させる」と報告しています。その原因として、両者とも、技術的限界とともに、初期胚に高頻度に存在する染色体モザイクをあげています。つまり、初期胚には、染色体異数性を示す細胞と「正常」細胞が混在するモザイク状態を示すものが高率に存在することから、その一部を採取して行う受精卵診断の手法自体に問題があるというように指摘しています。ですので、受精卵スクリーニングの医学的有効性・信頼性が明確でない現状では、これを医療現場で用いることは正当化できないと思います。



*作成:小川 浩史
UP: 20140517 REV:
出生前診断  ◇出生前診断について・日本  ◇出生前診断・選択的中絶について・外国  ◇国内での受精卵の着床前遺伝子診断(受精卵診断)をめぐる動き(1992−)  ◇生命倫理 bioethics  ◇全文掲載 
 
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