外傷的反応が起こるのは行動が無益な時である.抵抗も逃走も可能でない時には,人間の自己防衛システムは圧倒され,解体に向かう.危険に対する通常の反応を構成するものはいずれも,その有用性を失いながら,現実の危険が去った後でも長時間持続する.それも正常とは違った,激しすぎる状態が続くのである.外傷的事件は通常の生理学的な覚醒度や感情や認知や記憶に深く長く続く変化を起こさせる.さらに,外傷的事件は正常な場合にはよく統合されている防衛機能をばらばらに働くようにしてしまう.外傷をこうむった人は,強烈な感情を自覚しているのに事件の記憶が明確でないとか,逆に細部に至るまで克明に記憶しているのに感情が動かないとか,いつも緊張し警戒し焦慮しているが,どうしてなのかわからないとかである.外傷症状はその発生源との関係が切れてしまう傾向がある.症状は独り歩きをしはじめる.(Herman 1992=[1999]2008: 48)精神医学の「心的外傷」において,被害者の体験は個人の心的メカニズムの問題として記述されることになる.加害者に害を与えられたことによって生じた被害者の身体反応や感情,意味世界の変容は,個人の「生理学的な覚醒度や感情や認知や記憶」の問題として記述される.それは加害(者)との関係を切り離して,さらにいえば加害(者)を必要とせずに,人災・天災の区別なく被害(災)者の心的な苦しみを把握することができるし,被害者の救済や回復において,加害(者)を必要とせずに被害者の回復を図ることのできる救済の実践として精神医学があることを意味している.しかし,それは修復的司法のように加害-被害という侵害関係から被害者の苦しみを把握することはできない.なぜなら加害者への激しい怒りや,被害を受けたことの悲しみや絶望,喪失の感覚,意味世界の崩壊といった被害者の経験は,個人の身体的・心的反応として記述されてしまうからだ.「被害者」としてではなく,人間の生理的な心的反応として,記述されるにとどまる.
原則とガイドラインの必要は認めるが,固定した定義を確立しようとする横柄さを心配する.こうしたことを考慮に入れたうえで,修復的正義の実務上の定義として以下を提言したい.このようにゼアは,修復的司法への固定した定義を拒否している.それは直接対話を要件とするかどうか,国家の制裁を修復の一環としてみなすのかどうかをはっきりと明言しないかたちで,なるだけ多くの実践が組み入れられるような大きな外枠を提示することにとどめられている.これは理論よりも実践が先行し,多種ある実践が生み出されてきたこれまでの修復的司法の動態を踏まえての定義と看取できるが,ゼアは国家や制裁について,定義上ではっきりと明言しないものの,間接的なかたちで,応報=刑事司法と修復的司法との関係からこれを論じている.
「修復的正義とは,犯された罪悪を可能な限り正し,癒すために,その罪悪による損害,ニーズ,果たすべき責任をすべての関係者がともに認識し,語る協力的な手続である」.(Zehr 2002=2008: 49-50)
私たち家族は素晴らしい,恥じることのない家族だと自信を持って言いたいです.上記の文は,娘二人を殺された母親が,公判での「意見陳述」として書いたものである.そこには加害によって日常と非日常が荒々しく断絶した体験が書かれている.それは,被害に遭う以前の幸せな日常が,加害者の手によって,「明るい笑いが来ることはない」犯罪被害者遺族としての非日常へと荒々しく断絶した体験である.
こんな家族になぜ,このような悲劇が起こったのでしょうか.何の関係もない一人の人の手によって,明日香と千妃路は命を奪われてしまったのです.私たち家族に明るい笑いが来ることはないでしょう.私の命がある限り,一生忘れることもなく,毎日頭から離れることはありません.もうすぐ,一年がこようとしています.公判も続いていることを思うと,毎日が辛くてどうしようもありません.結婚をして私たち夫婦は二十九年になりますが,私自身の精神状態が不安定になり,何をしてもミスが多くなり,コーヒーカップを割ったり,お茶碗を割ったりいろいろと失敗ばかりが増えています.これ以上,何を書いていいのか自分自身でも分かりません.(藤井 2011: 38-9)
事件前と,事件後.上記の引用は,性犯罪にあった女性の言明である.そこには事件以前と以後との人生の断絶が「普通に暮らす人々」や「周りの人」の時間感覚の違いから言明されている.
被害当事者の人生を分けてしまった日,出来事.
普通に暮らす人々にとって普通の速度で流れる数ヶ月.でも被害当事者にとっては違う.人生の分岐点となってしまったその日から,時間が止まってしまう.
たった4ヶ月の間でも,周りの人は笑ったり泣いたり,怒ったりしながら,日々違う経験を積んでいるのに,汚れてしまった自分だけはそこにとどまったままでいる.″こんなことではいけない″と思っていてもどうにもならず,自分だけが取り残されて生きているような感覚に陥ってしまう.(小林 2010: 191)
そして,毎日の生活の中に,行き先のないどうしようもない憎悪が加わった.上記引用は先ほどと同じ性被害にあった女性の言明である.毎日の生活の中に憎悪が加わる,普通の人たち(引用においては女性)に対する憎悪・嫉妬にも似た感情を向け,自分を「異臭を放っている動物」のように汚らしい存在と感じ「肩身の狭い思い」をしてしまう,そんな加害による「自分と他人との信頼関係の侵害」が毎日のように生起する世界のなかに被害女性がいたことが,上記の引用から伺える.
普通の顔をして電車に乗っている女性たちにたいしてさえ羨ましさを感じた.嫉妬にも似た感情.
「あの人は何も知らないのかなぁ」
「何笑ってんの……? 何がそんなに幸せなの?」
可笑しいくらい,自分の視線が変わっている.見る人みんなが幸せそうに見える.逆に,
「あんた,襲われたくせに私たちと同じ電車に乗らないでよ」
「かわいそうに.私たちはあなたみたいに汚れてないんだから一緒にしないで」
すべての女性がそんなことを考えているんじゃないかと思うこともあった.異臭を放っている動物のように見られている気がした.被害妄想もいいところなのはいまになれば分かるが,当時の私は外に出て人が集まるようなところにいるとどことなく肩身の狭い思いがした.自分がそこにいることを,いけないことだと感じていた.(小林 2008: 53-4)
そのころの私は,加害者たちだけでなく,目に入るすべてのものに腹を立てていたのです.いつも通る道,いつもの場所にある店,いつものところにいる人たち,そして,枯れた草木に新しい芽が出ているのを見つけたときにもです.(少年犯罪被害当事者の会 2002: 55)息子を少年に殺された母親は,事件以前の「いつも通る道,いつもの場所にある店,いつものところにいる人」が事件後も「いつもの」ように変わらずにあること,事件後も「枯れた草木に新しい芽が出ている」ように事件以前と変わらずに時が移り変わること,そのことに母親は憤る.正確には,母親は「いつもの」を通して,息子が殺されたことに憤っている.この母親にとって息子のいた日常こそが「いつもの」日常であり,息子が殺された日常は「いつもの」日常ではない.それなのに「いつもの」ことが,息子を殺された後も「いつもの」ように過ぎ去っていってしまう.そのように感じることは遺族にとって「いつもの」日常ではない非日常の体験としてある.日常の体験としての「いつもの」が,息子の不在によって,どうしようもなく非日常になってしまうこと,この体験が犯罪被害者遺族の断絶体験としてある.
私にとっては,レイプされたという事実は,過去のことでも乗り越えたことでもない.性被害を受けたことが自分の「一部になってしまった」,それだけでなく被害に伴う感情や身体反応(吐いてしまったり,足が竦んでしまったり)も「自分の一部になってしまった」.それは「必要のないものであることも確か」なもので,なぜなら「少なくとも,喜ぶべきことではないから」だ.にもかかわらず「寂しいことでも辛いことでもな」く,「消す必要も,忘れる必要もない」し「乗り越える必要のないもの」である.なぜなら,それは「「私」という人間を構成する一部となってしまっ」ているからだ12).
「私」という人間を構成する一部になってしまったのだ.それに伴う感情も,身体反応も.
誤解を招きそうなので伝えておきたいのが,これは寂しいことでも辛いことでもない.だから消す必要も,忘れる必要もない.乗り越える必要もない,ということ.事件にあうということが人の身体の構成には必要のないものであることも確かだと感じている.ないことのほうが望ましいと思う.少なくとも,喜ぶべきことではないから.(小林 2008: 8)
その夜から,私は生まれ変わったと思って過ごし,放たれた矢のように,何かに向かって飛び出した.以前と変わらぬ生活をした,それでも事件以前には抱くことのなかった思いや,起きなかった身体の反応が起きてしまう.仕事を休まず,警察にも行くことで,事件以前の生活を取り戻そうとしても,何かの拍子に事件を引きずった感情や体の反応が生じてしまい,どうしても以前の生活とのズレが生じる.そのズレが再び加害による侵害を被害者に強く意識させる.このように事件を契機に生じる思いや身体の反応は,加害者の暴力の痕=被害を纏ったものであり,これも日常を非日常へと荒々しく断絶する契機としてある.
翌朝から仕事にも行った.警察にも行った.ズル休みもしたことがない.
痴漢にあうと吐いてしまう.電車に乗っている人が,羨ましい.帰り道は怖くて足が竦んでしまう.気がつくと,涙が流れている.
家族や恋人には,私を護れなかった責任を押しつけた.
そんな自分と,うまくつき合っていくしかなかった.(小林 2008: 5-6)
赦しとは,加害行為や加害者が人に及ぼす影響力から解放されることである.もはや,加害行為や加害者に支配させないということを意味する.こうした赦しを経験しなければ,つまり終結がなければ,傷は悪化し,侵害そして加害者が私たちの意識や人生を支配しコントロールし続けることになる.したがって真の赦しとは,力を与えられ,癒されることである.それによって被害者はサヴァイバー(生還者)となりうるのである.(Zehr 1995=2003: 53)引用では解放という用語が赦しに関連して用いられており,これは被害者が回復・真の癒しに至るには加害者への赦し=加害からの解放が要件であることが述べられている.
旧約聖書で中心となる救済行為は,解放の行為であり,エジプト脱出である.これは神の愛によって成し遂げられた行為であり,人が努力して獲得したものであったり,人に受ける価値があったためではない.(Zehr 1995=2003: 136)聖書における救済行為は,解放の行為である.ここでの解放の行為とは「エジプトの奴隷からの脱出」であるが(Zehr 1995=2003: 136),救済行為=解放の行為は,先にみた赦しと同じく「人が努力して獲得したものであったり,人に受ける価値があったためではないもの」であり,人為を超越したものであり神の恩寵である.
加害少年が立ち直るかどうかは,私の考え方の中にはない.逆に立ち直る前にうちの子のことを考えてほしいし,そういうことを考えるべきだ.このことについて対応するというのは違うんじゃないか,と言いました.(藤井編 2006: 116)さらに加害者に自ら進んで会いに行くことへの違和感も感じている.
被害者遺族である自分から進んで加害者に会いにいくのはおかしいし,本当なら加害者から会いに来るのが普通じゃないかと思うんです.でも加害者は事件後ずっと謝罪になんか来なかった.〔中略〕修復的司法の実践プログラムにおいて被害者が参加する利点としては,事件のことを加害者から聞くことができたり,加害者に被害感情をぶつけることができるといったことがあるが,上記の被害者の言明においては,そもそも被害者が修復的司法の実践に参加するということへの違和感が述べられている.
いや正確に言えば……加害者には謝りに来てもらいたくはないんですよ.彼らには会いたくもない.けれど,何を言っても来ないという了見はなんだろうと思って,それが不思議だし,怒りがおさまりませんでした.腹がたって仕方ありませんでした.(藤井編 2006: 110-1)
「神の作用には,時代のほか,理解や考え方に限界がある.人の理解は常に不完全なものだが,キリストが言うように(マルコ伝10章5節),このことを寛容に見てくれている.しかし,神はその限界を押し開き,私たちの理解や識見を広げようと試み,その結果,人の理解は聖書の話や歴史を通して発展し続けたのである.キリストは,この過程の一部として,古い契約の理解を築き直し,しばしば変化もさせたのである.シャロームと契約の概念は,変容させる力であり,法とジャスティスの概念を築き上げたが,それら自身もまた,変貌を遂げていったのである.」(Zehr 1995=2003: 138)19)「応報的司法と配分的正義の領域は,別々の運用規則で管理されているが,双方とも,ジャスティスが賞罰の公平な分配に関わるべきであり,また,人々は相応なものを受けるという考え方に関わっている.このように,応報的司法および配分的正義は,公正な応報という相互主義に基づいている.」「たとえば,配分的正義では,人々はあるレベルで当然得られるものを受け取らなければならないと想定される.同ように,応報的司法の中心的な関心事は,人々が相応な刑罰を受けることを確実にすることである.」「聖書はこうした「しっぺ返し的な」ジャスティスの余地をいくらか認めているが,その重点は別のところにある.しっぺ返し的ジャスティスは,シャロームのジャスティスによって抑制されなければならず,また,シャロームのジャスティスは,神の救済のように,功徳ではなくニーズと関係があるのである.」(Zehr 1995=2003: 139-40)