私は一連の国際社会からの批判の,慰安婦とは「性奴隷である」という指摘にショックを受けた.米国史における黒人の奴隷制度を愚かなことと思ってきたが,慰安婦問題が全く同根の問題だったとは考えていなかったからだ.(『朝日新聞』2013年6月5日朝刊14面)こうした認識はこの投稿者の個人的直観に限らない.『毎日新聞』も今回の橋下発言以後,〈性奴隷〉の訳語への解説を紙面に掲載している(2013年6月14日朝刊3面).それほど日本社会では一般に馴染みのない認識なのだろう.確かに,英語圏のジャーナリズムでは「慰安婦comfort women」を〈性奴隷sex slaves〉と表記・説明することが少なくなく,事実,橋下発言の際に海外で最も流通した記事の1つは,AP通信の“Japanese mayor: Wartime sex slaves were necessary(「日本の市長: 戦時性奴隷は必要だった」)” 5)というものであった.〈性奴隷sex slaves〉という表記にたいして批判を明確に示しているのは,『読売新聞』の「社説」である.それには「米議会や欧州議会などは,旧日本軍が『女性を強制的に性奴隷化した』といった,誤解に基づく対日批判決議を採択している」(2013年5月23日朝刊3面)と記されており,アメリカ政府の「慰安婦」に関する認識が誤っていると指摘している.
○1「朝日新聞が91年~92年に繰り返し誤報をした結果として,吉田証言に基づく『慰安婦狩り』,そしこうした現在の国際社会の同問題にたいする認識が日本の新聞社の報道によって出来上がったとするものの見方は,今回の主張に限定されたことでも,西岡だけに見られるものではない.西岡と同じく保守論壇で発言を続ける秦郁彦もまた『朝日新聞』の1992年の報道が元凶となって「慰安婦」問題が拡散したと考えている(秦 1999: 12).秦も西岡の著作を引用して強制連行説は「時期の関係から見ても内容から見ても(中略)日本発だということが明らか」という判断を下している(西岡 1997: 11).同様に,池田信夫も西岡の論旨をそのまま引き継いで議論を拡散している(池田 2013: 240-8).
て『慰安婦=性奴隷』という評価が国際社会に定着しつつあるのだ」(西岡 2013: 59)
○2『読売新聞』が2013年5月14日,15日の朝刊で,『朝日新聞』の92年の記事が事実の誤認をしてい
ると指摘していることを評価する.
○3『正論』と西岡は『朝日新聞』に公開質問状を送っている.例えば,「[質問○4]『日本軍慰安婦は
性奴隷だった』との評価は,国連で1996年に人権委員会に提出された『クマラスワミ報告』で初めて
明確化され,これを端緒に広まった.(中略)貴紙は繰り返し報道し,社説でも取り上げていて,肯定
的に評価していると理解している」(西岡 2013: 59)というものがある.これに『朝日新聞』は考えを示
すつもりはない、と回答している.
○491年に『朝日新聞』の記者が「強制連行」と書いたのは「誤報」である.
国連人権委員会に初めて慰安婦問題が持ち込まれたのは,一九九二年二月である.実は,持ち込んだのは日本人だった.戸塚悦朗弁護士が二月二十五日,人権委員会で慰安婦問題を国連が取り上げるように要請したのだ.(中略)このとき,戸塚は,慰安婦を「性奴隷」だとして,日本政府を攻撃した.米議会慰安婦決議案に出てくる「慰安婦=性奴隷」という奇抜な主張が初めて国際社会に出たのがこのときだ.(西岡 2007: 162-3)しかしながら,この記述には事実の誤認が含まれている.まず,1992年2月25日に要請されたとあり,この引用部のあとに戸塚の文章が引用されているが,その典拠となっている『戦争と性』第25号の戸塚論文の記述には2月25日という日付は登場しない.戸塚の同論文によれば,1992年2月17日に,国連人権委員会に対して協議資格をもつNGOである国際教育開発(IED)を代表して「慰安婦」をsex slavesであると指摘し,日本政府に補償を求め,国連に調停などのアクションをとるよう要請したとしている(戸塚 2006: 124).ちなみに,25日は韓国挺身隊問題協議会の尹貞玉が「国連人権委員会あて申し立て文書」を提出した日である(売買春問題ととりくむ会編 1994: 3).
米AP通信(本社・ニューヨーク)は,今年一月から従軍慰安婦の訳語を「SEX SLAVE」に統一した.AP東京支社によると「本社から実態に近い厳密な表現を使うよう指示があった.慰安婦の直訳では必ずしもよくわからない.日本の従軍慰安婦はまさに性の奴隷だった」との理由だ.(1992年12月26日東京夕刊2面「[とうきょう異報人]「従軍慰安婦」 用語変えた心配」)以上のように,国際社会(とりわけ英語圏)での〈性奴隷〉という言葉の初出は,APの記事だと思われる.あわせて,韓国の状況を確認しておくと,韓国における初出は,1991年1月10日の『東亜日報』である.韓国挺身隊問題協議会のデモを紹介する文章の中で,〈性奴隷???〉という言葉が登場している.ただし,この記事は,新聞の「横説竪説(自由自在に述べたてること,の意)」という一面コラム(『朝日新聞』の「天声人語」のような)に書かれているため,記者個人の主義主張が強く出された表出したものと推察できる.その傍証として,第一に,90年1月の尹貞玉の『ハンギョレ新聞』で行った「慰安婦」問題の調査を報告する連載(90年1月4日,12日,19日,24日)に〈性奴隷〉という言葉が登場しないこと.第二に,1991年8月に金学順(きむ・はくすん)が,〈慰安婦〉被害のサバイバーとして告発を行うより前の時期であること.第三に,この記事の後に〈性奴隷〉が登場するのは,1992年5月15日の『東亜日報』であり,その間1年以上の間があることが確認されるからである.