カテゴリーに付帯する諸行為,諸権利,および諸義務にかんするサックスの概念は,われわれにとってのカテゴリー概念の道徳的15)ないくつかの特徴を指摘するのみならず,一定の諸行為ないし不作為の道徳的な説明可能性を大いに提供するものである.標準化された関係対という一定の諸カテゴリーにかんするサックスの発見は,社会的世界におけるメンバーたちによる会話における知識の組織化の特徴を解明しただけではなく,彼自身の詳細な経験的分析によって,いかにしてそれらの知識が道徳的に構成され,かつ道徳的実践による構成物―それは慣習的に推論する人びとにおいて多様な帰属,発見,非難,結論づけ,判断等々を準備する―であるのか,ということも明瞭に例示して見せたのである(Jayyusi 1991: 240).本稿は分析視角として以上のような「成員カテゴリー分析」に依拠し,そのなかでも「述語」に着目する.これは疑いなく本稿の目的に適った分析視角である.なぜならば,まずもって成員カテゴリー分析は,「個人の内面の奥底にある他人には窺い知れない心の問題と思われてきた問題」を「じつは人々すべてが知っている成員カテゴリーに関する知識の問題として,人々にとって誰にでもわかる仕方で公的に存在していること」(山崎 2004: 22)として記述することを可能とするからである.このことで「本当」の心16),ないし行為の駆動因(動機)をめぐる決着をつけがたい水掛け論―ないしは神々の闘争―を回避でき,したがって経験的に人びとの活動を/として記述することが可能となる.さらに,人びとの言語による現実の社会的構成活動に着目する他のさまざまなアプローチと比較して,人びとの活動それ自体の道徳性/規範性をもその射程にとらえうる.
〔その死が〕自殺であったという決定が組み立てられるのはいかにしてかをめぐる探索,「自殺」とその死を語るために対象はいかにして把握されるべきかをめぐる探索,これらが社会学にとってのまずもっての課題である.自殺の分類をいかにして組み立てるかにかんする手続きを記述してみたならば,興味深い社会学的問題を構成するのはカテゴリーとその執行の方法であるということがわかるはずだ(Sacks 1963: 8 n8=2013: 89 n14; 訳文一部改変).その後サックスはガーフィンケル(Garfinkel, H.)やシェグロフ(Schegloff, E.)らとともに,シュナイドマン(Shneidman, E.)によって設立された「ロサンゼルス郡自殺防止センター(The Los Angeles Suicide Prevention Center)」17)において研究に従事し,自殺企図者や彼/彼女の近親者による相談電話の会話記録を検討するなかで成員カテゴリー分析を発明し確立する(Sacks 1967, 1972a=1995)18).もっとも,サックス自身がロサンゼルス郡自殺防止センターにおける研究を「必ずしも現在の私の仕事を代表するものではない」(Sacks 1972a: 32=1995: 95)と述べているように,彼が自殺(周辺領域含)というテーマに強い関心を有していたわけではなかった.その後,アトキンソン(Atkinson, J. M.)がサックスの知見を援用して検死官(coroners)やマスメディアによる自殺者への動機付与と成員カテゴリー執行活動を検討する(Atkinson 1978).しかし彼もその後自殺研究から離れてしまう.こうして自殺やそれにかかわる生者の活動とその方法に焦点を当てた研究成果の蓄積は,ほとんどなされないまま今日に至っている19).そのため現在では,社会学領域における自殺研究といえば,デュルケム(Durkheim, E.)以来の量的統計的研究か,さもなくば自殺者の意志(実存)を問う試みのいずれかであると理解されがちである(元森 2012: 168, 178 n8).
(引用1:2009年2月12日の第6回自殺対策推進会議における「自殺対策加速化プラン及び平成21年度自殺対策関係予算(案)について」の説明のなかで)さらに推進室側は,会議の委員の一人で,自殺防止と遺族支援のためのNPO法人「ライフリンク」代表である清水康之23)内閣府参与(当時)との協働に言及する.そのことで,「あなたもGKB47宣言!」をめぐって後に対立することになる民間団体側にとっても,ゲートキーパー活動とひとくくりにされる活動が自殺カテゴリーの述語として適切であること,かつこれらの述語を参照したならば,民間団体やその構成員たちの(支援室側と協働関係にある)活動も先述した一連の活動=述語と整合的であることも呈示していく.
資料6でございます.自殺予防のための広報啓発活動キャンペーン〔中略〕どういうときに自殺予防のサインに気づけばいいですかということにつきましては,自殺予防の10ヶ条ということで,高橋祥友先生のお書きになったもの等を参考にさせていただきながら〔中略〕周囲の方々はどうしたらいいかということは,なかなか整理したものがないということで,これにつきまして私どもとしてキャンペーンを行なっていこうと思っているわけでございます〔中略〕.
2.の基本的事項でございますけれども,「気づき」,「つなぎ」,「見守り」の3要素,これを具体的にわかりやすく紹介したいと思っております.
今後の取組といたしましては〔中略〕できれば政府広報等のラジオ番組の枠取りをお願いして,時期はわかりませんが,可能な限り早く紹介したい.あるいは,全国自殺対策主管課長等会議を3月に予定しておりますので,その場でも御紹介して,国・地方を通じた取組にできればということでございます.(2)といたしまして,今,インターネットテレビに6分ほどの自殺予防の番組がありますけれども,なかなかインターネットテレビにたどり着いていただけないということで,DVD22)に収録しまして,市町村に配布〔中略〕今準備を進めておるところでございます.
2枚目をおめくりいただきまして,案でございますけれども,「自殺予防の行動?3つのポイント?」ということで,「気づき」として,周りの人の悩みに気づき,耳を傾ける.「つなぎ」として,早めに専門家に相談するように促す.「見守り」として,温かく寄り添いながらじっくりと見守るということで,それぞれ書いて〔中略〕.
それから,3枚目でございますけれども,ラジオ番組の原稿ということで,今の3つを要約した形で原稿(案)等を書かせていただいております(内閣府 2009a: 12).
(引用2:2009年2月12日の第6回自殺対策推進会議における,加藤内閣府自殺対策推進室参事官による渡辺洋一委員の発言に対する回答)
まさにキャンペーンなり国民の意識を変えるということが大事だと思います.ポイントの中にも書いていますけれども,1人で行けない場合に,家族ですとか友人がそういうことに気づいてあげられるような意識になるように,地道ですが国民運動をやっていくというのが1つかなと思っております(内閣府 2009a: 17).
(引用3:2011年6月2日の第11回自殺対策推進会議における配付資料の一つである,2010年度自殺対策強化月間ポスターにかんする説明のなかで)こうしたゲートキーパー活動──自殺カテゴリーの述語としての──の普及啓発活動は,民間団体関係者も含めた自殺対策推進会議の委員たちも当該活動の必要性・重要性を語りこそすれ(内閣府 2008a: 8, 10, 13, 18-20; 2008b: 15, 19, 33; 2008c: 14; 2008d: 16-7, 19, 21, 28; 2009c: 19; 2011a: 21; 2011d: 17, 25),不適切であると述べる者は誰もいなかった.よって,着実に推進されていくことになる(内閣府 2009b: 21; 2010a: 6, 11; 2010b: 12; 2011b: 8-9; 2011c: 19).
1つは〔中略〕気づきキャンペーンというようなものでございますけれども,これまた細川貂々さんに全面的に御協力いただきましてこのようなものを作成しております.「大切な人の悩みに,気づいてください」,「あなたも“ゲートキーパー”になりませんか.」ということで,国民に対して自殺対策に対して主体的,積極的に取り組んでいただきたい.そういう形の呼びかけを行ったわけでございます.
裏面を見ていただきますと,つなぎは大事だとしてもどこにつないでいいのかわからないということでは困るので,「ひとりで悩むより,まず相談を.」ということで,全国のもろもろの相談機関の案内を書いたものを新聞広告に載せましたけれども,こういうものをポスターとしても配布しております.ロダンの絵が透けて見えるということでございまして,斬新なデザインでございますが,これはここの委員でもあります内閣府の清水参与に考えていただいたデザインでございます(内閣府 2011a: 5).
(引用4:2012年1月23日の第15回自殺対策推進会議における,五十嵐千代委員・杉本脩子委員からの「あなたもGKB47宣言!」への疑念〔本稿3.2で後述〕にたいする齋藤内閣府参事官の回答)しかも「あなたもGKB47宣言!」というキャッチフレーズは,第15回自殺対策推進会議において提案される以前の2011年11月には担当大臣の了承も得,同月の都道府県主管課長会議や12月の協賛予定団体への説明においても異論はなかった24)という.もしこれを自殺という成員カテゴリーの述語に含めることが不適切であったならば,必ずや異議が出たはずであろうに(出なかった),ということを呈示しているのだ.
GKB47 の経緯といいますか,書いたとおりでございまして,ゲートキーパーは非常に重要な役割を担っていただくというようなことで,とにかくこれを広めたいというところがもともとの着想でございます.ここから先どういう風に普及をしていくかのところで,今おっしゃっていただいたように,若干わかりやすくしようというところは強く出過ぎしているという御批判もいただいております.
清水委員とは別途意見交換をさせていただいたところでございますので,今回はこういったことで進めるということはもう既に決定していますが,いただいたような御懸念も踏まえてうまくそういったことが伝わるように実施の方法も工夫していきたいと思ってございます(内閣府 2012b: 6-7).
今回,〔自殺対策への日本国民の〕全員参加をよりわかりやすく伝えるためのキーフレーズとして考えていますGKB47 にしても,それだけですべてをやりたいということではなくて,伝える相手もいろんな立場,いろんな役割を期待しているものがありますので,広く国民向けにということでこれまでも自殺というところではなかなか入りづらいということで〔中略〕GKB は先ほど来,留意点を随分おっしゃっていただいていますけれども,そういったことも踏まえて,ただ,どうしても自分たちは関係ないと思っている方々にはこういったわかりやすいフレーズは使えるかなと(内閣府 2012b: 10).
(引用5:2012年2月6日の参議院予算委員会における松浦大悟議員の異議申し立てにたいする,村木厚子政府参考人の答弁)
我々は,ゲートキーパー,すなわち,悩んでいる人に気付き,声を掛け,話を聞いて相談窓口など必要な支援につなげ,見守る人になっていただくこと,このことを主な訴求ポイントとしてキャッチフレーズを作りました.
ゲートキーパーという言葉は,この自殺対策の分野では大変大事に,大切にされてきた言葉でございます.平成十九年の自殺対策大綱,閣議決定でも,このゲートキーパーを養成をするということが既に決まっているものでございます.平成十九年の閣議決定にゲートキーパーを養成をするということが決められております.この間,ゲートキーパーを養成をするための教材,研修,そういったことを一生懸命やってまいりました.
その中で,先生方からも御指摘があるように,ゲートキーパーという言葉そのものがなかなか皆さんに認知をしていただけないということもあり,今回の広報啓発の中でゲートキーパーという言葉を〔中略〕きちんとキャッチフレーズの中に入れてお伝えをしてはどうかということを私どもは議論をしまして,今回のキャッチフレーズを決めたところでございます(参議院 2012: 37).
(引用6:2012年6月12日に開催された第16回自殺対策推進会議における齊藤内閣府参事官による経緯説明)ゲートキーパー活動──自殺をめぐる〈あるべき〉述語──のさらなる周知徹底に資するという大義名分があり,なおかつ担当大臣・都道府県(の主管課長たち)・協賛予定団体からも承諾を得られた以上,推進室側にとって「あなたもGKB47宣言!」というキャッチフレーズが自殺をめぐる述語の列に加えられ,かつそれを用いたキャンペーン活動が適切であることは,疑問の余地のないことであっただろう.
具体的には,標語を決定したのは昨年11 月.当室において検討し,担当大臣まで御説明をして了解いただいたものです.当時の担当大臣は蓮舫大臣でございました.
その後,11 月に都道府県の主管課長会議,12 月に月間の協賛,当時は予定の団体の説明会を開催いたしまして,3月の月間のテーマ,キャッチコピー,いわゆる標語等に関して説明をいたし,ポスターの掲示等の協力を要請したところでございます(内閣府 2012c: 2-3).
(引用7:第180回参議院予算委員会3号での松浦大悟議員の質問に対する村木厚子政府参考人の答弁)
昨年の九月に事務的な検討をし,昨年十一月に当時の政務三役で御相談をして決定をさせていただきました.その後,関係団体,この運動を一緒にやっていただく医師会ですとか薬剤師会ですとか,いろんな団体ともこのキャッチフレーズとお伝えをしたい中身についていろいろ議論をし,是非協力をするということで,たくさんのポスターを作ったり,宣言を既にしてくださった団体もあるところでございます.(発言する者あり)はい.そういうことで,関係団体の中にも,たくさん協力をして,既に実際にアクションを起こしてくださっているところもたくさんあるということでございます(参議院 2012: 37).
(引用8:「あなたもGKB47宣言!」に反対する民間団体の声明文から)とはいえこのことも,推進室側との対立点とはなりえない.なぜならば,以下の引用からも明らかなように,(さすがに「現代版命の駆け込み寺」の整備とまではいかないにせよ)「『どこに相談すればいいか』という極めて具体的な情報」の周知徹底とつなぐ先の充実については,支援室側も他省庁と連携しながらその実施につとめていることを報告するかたちで,見解を同じくしていることを呈示していたのだから.
「生きるのがつらい」「もう死にたい」と思い悩んでいる人たちが必要としているのは,「相談しよう」などという抽象的なメッセージではありません.「どこに相談すればいいか」という極めて具体的な情報です.そうした情報がないために,「相談したくても相談できない」人が大勢いるのです.
自殺念慮を抱えた人を支援する者にとっても,必要なのは「つなぎ先」に関する具体的な情報です.「周囲の人の変化(自殺のサイン)に気づいて」と言われても,実際に気づいたときにどうすればいいのかが分からなければ,支援者は自殺念慮者を支え切れずに疲弊し,共倒れしかねません.そうしたリスクを背負うのが怖いから,多くの人は「気づきたくても気づけない」のです.「みんなもゲートキーパー!」と呼びかける前に(せめて同時に),「現代版命の駆け込み寺」のようなシェルターを全国に整備すべきです(自殺対策に取り組む全国72の民間団体・山本 2012: 1).
(引用9:2011年6月2日の第11回自殺対策推進会議での安部内閣府参事官による「平成23 年度自殺対策関係予算等について」の説明のなかで)誰もが我が事として自殺予防のためにゲートキーパー活動を遂行するようになること.遂行可能な条件(つなぐ先と,その情報)を整備すること.この課題は,推進室側だけではなく,民間団体側にも共通する課題である.よって,上記のことが対立点になるとは考えにくい.
第1回のタスクフォース,去年の9月7日でございますが,そこで政府といたしまして「年内に集中的に実施する自殺者対策の取組について」というものを取りまとめております.左の方から「相談体制の充実」といたしますと,ハローワークにおきまして心の相談への協力を行うとか,あとは中小企業経営者向け相談体制の充実とか,多重債務者向けの相談窓口の整備,強化等を掲げたところでございます.
また,中の欄の「全国的な啓発活動の展開,一層の情報提供の強化」といたしましては,内閣府であるもろもろの普及啓発活動のほか,例えば(6)の法務省といたしましては法テラスによる情報提供の拡充,(7),(8)では文部科学省が教師に対する子どもの自殺予防に関する知識の普及啓発とか,大学における自殺予防に関する啓発活動,(9)以下としますと自殺対策に大きな役割を担っています厚生労働省さんのもろもろの施策が書いてあるところでございます(内閣府2011a: 3).
(引用10:2012年1月23日の第15回自殺対策推進会議に提出された清水康之委員の意見書より)どうして共感を集められないのだろうか.「あなたもGKB47宣言!」というキャッチフレーズは,「重い」「厳しい」「難しい」問題である自殺にそぐわない,ということが理由として挙げられている.自殺カテゴリーの述語にはそれらのようなイメージも含まれていることを呈示し,それを基準として「あなたもGKB47宣言!」は不適切なキャッチフレーズであると〈適切に〉推論しているわけだ.
芸能界のブームにあやかろうという意図は分からないわけではないが,広く共感を集めるのは極めて難しいだろう(清水 2012; 傍点引用者).
(引用11:2012年1月23日の第15回自殺対策推進会議における五十嵐千代委員の発言)さらに民間団体側は,このキャッチフレーズは自殺と自殺者はもちろんのこと,自死遺族,そして自殺対策の最前線で活動する〈われわれ〉といった,自殺(者)カテゴリーと慣習的に対を形成するであろう諸カテゴリーを執行可能な人びとへの侮辱であるばかりか,「自殺対策基本法」の条文に抵触するものですらあると申し立てていた.彼/彼女らは,そういった(別様な,ありうる)自殺カテゴリーの述語を呈示し,かつそれからの逸脱──侮辱や基本法への抵触にいたるほどの──として「あなたもGKB47宣言!」を非難していることになる.
もう一つは,GKB47宣言についてです.今日はお休みの清水委員の方からこの宣言については撤回すべきという御意見が文書資料にて出ておりますけれども,私も違和感を感じております.確かにこの重い問題を身近に若い人もわかりやすくという点では意図はわかるのですけれども,何でもかんでも最近こういうロゴが増えております中に同じレベルで出てくることに違和感を覚えております(内閣府 2012b: 7; 傍点引用者加筆).
(引用12:2012年1月23日の第15回自殺対策推進会議における杉本脩子委員の発言)
〔自殺対策への国民の〕全員参加というのは本当にそのとおりだと思うのですけれども,私もGKB47の標語には違和感を覚えている1人です.ついこの間,直面したことなのですけれども〔中略〕小学校,中学校,高等学校に呼びかけをしたところ,自殺対策というほんの一言「自殺」という文字が入っている,それだけでかなりの拒絶反応があって,チラシを置くことはできないということなのです.この種のことというのは結構まだまだ現場ではいっぱいあるので,全員参加というのは本当に目指さなければいけないことだとは思います,けれども一方で,自殺の問題の重さ,厳しさ,難しさを日々感じておりますので,この標語には違和感があることをお伝えしたいと思います(内閣府 2012b: 10; 傍点および〔 〕内引用者加筆).
(引用13:民間団体による抗議文より)ただし,繰り返しになるが,民間団体側は推進室側の課題である「ゲートキーパー活動」の周知徹底まで全否定するつもりはない.むしろそのために今後ともこれまでどおり協働したいと考えていることは,抗議文を以下の文言で締めくっていることからも明白である.
「GKB47」は女性アイドルグループ「AKB48」のもじりとしての印象が強く,「冗談にもほどがある.人の死をバカにするな」「本当に苦しい状況に追い込まれている人がこれを見てどう感じるか想像できないのか」などの批判が沸騰しているのです.また「GKB」は若者の間でゴキブリを意味する25)ことから,「政府がやりたいのは自殺対策の推進でなく自殺の推進.ゴキブリは47(死ね)ということだ」といった中傷も拡散しています.
キャッチフレーズとは本来,関係者はもちろんのこと,国民が心をひとつにするためのものであるはずです.人の生死と向き合う取り組み(自殺対策)のキャッチフレーズとして「GKB47」は,あまりに不適切であり,実際にその役割を果たしていないのです(自殺対策に取り組む全国72の民間団体・山本 2012: 1; 傍点引用者).
自殺対策基本法の第2条には「官民連携の理念」が掲げられています.それなのに政府が,自殺対策の現場で活動する全国の民間団体の反対を押し切って「GKB47」を推し進めるのであれば,この理念を踏みにじることになります.今後こうした事態を避けるためにも,現場の声が政策に反映される仕組みが必要です.
また第7条には「自殺者及び自殺未遂者並びにそれらの者の親族等の名誉及び生活の平穏に十分配慮し,いやしくもこれらを不当に侵害することのないようにしなければならない」と謳われています.「GKB47」というキャッチフレーズを聞いて,多くの遺族や自殺念慮に苦しむ人たちが,「政府は自殺問題をバカにしている」と,憤りを超えて深い失望に陥っている現実を,政府は重く受け止めなければなりません(自殺対策に取り組む全国72の民間団体・山本 2012: 1; 傍点引用者加筆)26).
(引用14:民間団体による抗議文より)民間団体側は,「重い」「厳しい」「難しい」「自殺問題や自殺者,遺族,関係団体等々をバカにしてはならない(侮辱しない)」といった,自殺という成員カテゴリーが執行されたならばアプリオリに期待されるはずの(他の)さまざまな述語を呈示し,同時にそのことによって「あなたもGKB47宣言!」というキャッチフレーズは自殺カテゴリーとの整合性がない(=共在できない)と定義──それも,事実として結びつかないというのではなく,道徳的/規範的に〈結びつけるべきではない〉こととして──し,自殺カテゴリーの述語から追放すべきだと要求したのである.
私たちは「GKB47」を自殺対策強化月間のキャッチフレーズにすることに強く反対し,その使用を決めた政府に対して厳しく抗議するとともに,その撤回を求めます.協働相手であるべき政府に対して,このような抗議声明を出さざるを得ないことは,本当に残念なのですが(自殺対策に取り組む全国72の民間団体・山本 2012: 1; 傍点引用者加筆).
(引用15:2012年2月6日の第180回参議院予算委員会3号における松浦大悟議員の質問より)こうした松浦議員と政府側とのやりとりが続く過程で,出席していた議員のなかにはヤジを飛ばす者も現れた.それにたいして石井一予算委員会委員長(当時)は,そのようなヤジは自死遺族やその他自殺にかかわるあらゆる人びとにたいして礼を失しており,国会の品位を貶める行為であると叱責した.彼は自殺という成員カテゴリーには「厳粛(であるべき)」という述語──「重い」「厳しい」「難しい」「自殺問題や自殺者,遺族,関係団体等々をバカにしてはならない(侮辱しない)」という述語を綜合し,なおかつより規範的含意が強い──がアプリオリに付随していることを呈示し,かつその述語に則したならば,厳粛さを損なうようなあらゆる活動は,たとえ〈国会の華〉と呼ばれるヤジのようなものであっても品位を損なうものであるから許容されない,と申し渡したのだ.続けて石井委員長は,「あなたもGKB47宣言」の撤回を求める松浦議員の主張を受け入れるよう,政府側にうながした.
大臣,様々な意見ではなくて,七十二団体の民間のこれまで自殺対策を引っ張ってきた団体の皆さんが反対の声を上げているんです〔中略〕.
分かちあいの会・ネモフィラの皆さん.アイドルを想像させる言葉で自殺問題をばかにしている,遺族の気持ちを逆なで,真剣に考えてほしい.
岩手自殺予防センター.被災地としてこれからが支えることの重要性が増している中,一生懸命支えるために活動している人たちを真剣に見詰めているのでしょうか,中央政府の考えが理解できません.
秋田こころのネットワーク.これは二十九団体が加盟しておりますけれども,自殺対策は国民の命を守る神聖な闘いです,このような関係団体を愚弄するキャッチコピーには断固として反対です.
グリーフケア・アンド・ピアサポート福島れんげの会の皆さん.人集めのイベント広報とは違います,その一言で心が温かくなるような言葉選びをしてほしいです.
自殺対策に取り組む僧侶の会の皆さん.三月にせっかく自殺対策強化月間を設けて,自殺,自死について啓発を進めようというのに,GKB47は,一,分かりづらく,二,ばかにした感じがし,三,一緒になって取り組もうとするやる気をそぐものだと思います.
〔中略〕
自死に向きあう関西僧侶の会の皆さん.私たちが接する自死遺族の方々からも,このキャッチフレーズで国の対策に不信感を募らせているのをひしひしと感じています.どうかこのおちゃらけのイメージを払拭していただけますことを切に願っています.
〔中略〕(参議院 2012: 36; 傍点引用者加筆).
(引用16:2012年2月6日の第180回参議院予算委員会3号における石井一委員長の,ヤジを受けての発言)上記のやりとりの後に松浦議員は,「あしなが育英会」28)の活動に参加した経験のある,政府側の藤村修官房長官(当時)に問いかけ,自説への同意を求めた.藤村官房長官も,「あなたもGKB47宣言」は,「重い」という述語をともなう「自殺」カテゴリーにはそぐわないので違和を感じていたと告白し,松浦議員の主張に同調した.
この際,委員長として一言申し上げます.
まず,ここで議論をしておることは自殺という厳粛なる人間の死に関する問題であります.そのことで激しいやじを浴びせるということは,自殺者の家族その他の皆さんに対してもどれだけの影響を与えるか,国会の品位を問われる問題であるということを申し上げたい.
それと同時に,今いろいろ議論をされましたが,松浦大悟委員の主張,非常に胸に迫るものがあります.政府としては,過去の経過はいかであれ,再度この名前について検討することを僣越ながら委員長として要請しておきたいと思います(参議院 2012: 37; 傍点引用者加筆).
(引用17:2012年2月6日の第180回参議院予算委員会3号における松浦議員と藤村官房長官とのやりとり)そして野田佳彦首相(当時)も松浦議員の主張に同調し,撤回を約束することとなった.
○松浦大悟君:委員長,ありがとうございます.
〔中略〕
藤村官房長官,藤村官房長官はあのお亡くなりになった山本孝史議員と同期でいらっしゃって……(発言する者あり)〔中略〕あしなが育英会でも一緒に活動をされてこられたと聞いております.あしなが育英会は,いわゆる病気や事故で親御さんを亡くされたお子さん,その中には自殺で親を亡くされたお子さんも含まれています.そうした方々の支援を行うところです.藤村官房長官も多くの御遺族の皆さんからそのお気持ちを聞いてこられたことだというふうに思います.もし御遺族の皆さんがこの言葉を聞いたら,どんな思いになると思われますか.
藤村官房長官,実は山本孝史議員29)の奥様からメッセージをいただいております.山本孝史議員の奥様,山本ゆきさんから抗議の言葉が届いています.読ませていただきます.民主党参議院議員だった夫,山本孝史がその成立に命をささげた自殺対策基本法の理念を踏みにじるもの,政府に猛省,撤回をお願いします.
どうか官房長官,これを撤回していただきたいんです.官房長官のお考え,聞かせてください.
○国務大臣(藤村修君):〔中略〕私,先般,記者会見のときにこのことが出たときには,私自身は大変違和感を感じ,この自殺という大変重い事態について,ややキャッチフレーズ的なもの,非常に違和感を感じたところではございます〔中略〕今の言葉など,重く受け止めさせていただきたいと思います(参議院 2012: 38; 傍点引用者加筆).
(引用18:2012年2月6日の第180回参議院予算委員会3号における野田佳彦首相の発言)以上のように,わずか1日の論戦を経て「あなたもGKB47宣言!」は撤回されることとなった.そのようなキャッチフレーズは,厳粛であるべき自殺にはふさわしくないものであり,なおかつ自殺者・自死遺族・対策に携わる者たちを侮辱している──よって自殺という成員カテゴリーが執行されたならばアプリオリに期待されるさまざまな他の述語とは規範的に結びつけるべきではない──というクレイムを丸呑みするかたちで.そしてなにより,「ゲートキーパー活動」を自殺カテゴリーの述語として周知徹底することについては,一切疑問視されることもなかったというかたちで.
見た瞬間,私も率直に言うと違和感を感じました.ただ,いろいろともう手配をして準備しているところもあるということなんですが,御批判をいただいている部分は,これは率直に受け止めてきちっと御説明しながら,本来ならば過ちを改むるにはばかることなかれだと思います.どういう形で対応できるか,ちょっと研究をさせていただきたいというふうに思います(参議院 2012: 38; 傍点引用者加筆).
(引用19:2012年6月12日に開催された第16回自殺対策推進会議における,齊藤内閣府参事官による「あなたもGKB47宣言!」の採択と撤回をめぐるマスコミへの対応にかんする説明)「あなたもGKB47宣言!」を自殺カテゴリーの述語とすることはついにできなかったが,その課題をめざした活動の意図せざる結果として,支援室側と民間団体側双方の課題の達成が進捗した,ということになるのだろうか.確かなことは,2013年度もまた,筆者の手許にも自治体の広報というかたちで,自殺予防のためのゲートキーパー活動を〈適切なこととして〉推奨し,その〈正しい〉具体的方策を記したパンフレット──それぞれ数ページにもなる──が届いている,ということである.
一連の騒動を通じて,図らずも自殺対策を進める上で重要なゲートキーパーという言葉が注目をされる結果となったので,こういった御批判をいただいたことについては反省すべきところは反省しつつ,単にこれが言葉だけで終わるのではなくて,実際にゲートキーパーの役割やその重要性についても多くの方々に御理解いただき,ゲートキーパーの輪に加わっていただけるように取り組んでまいりたいといったことを報道からの照会に対した回答をさせていただいているところでございます(内閣府 2012c: 3).