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朝日新聞よ、お前もか――急浮上する「病棟転換型居住系施設」の問題点

長谷川 利夫(杏林大学教授) 2014/02/14

last update: 20140221
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はじめに

 現在ある精神科病院の病棟の一部を、介護施設などの「病棟転換型居住系施設」に転換する構想が急浮上している。これが実現すれば精神科病院に長期入院している人たちは地域に帰れず、同じ所に留まることになるだろう。また朝日新聞は、この構想を含む精神医療の問題について、本年1月24日の社説、それに続き1月30日の「社説余滴」において論説委員による論考を掲載した。しかし社説では、我が国の精神科病院への入院患者数が減らない背景要因を、「単にベッド数を減らせば、入院の診療報酬に支えられてきた経営が行き詰まる。借金は返せなくなり、病院職員も職を失う」ことに求め、「社説余滴」は転換施設を推進する人物を後押しする内容で波紋をよんでいる。社会学者の竹端寛氏はブログの中で、この社説がいみじくも明らかにしたことについて、「精神科病院に入院している人たちの多くが、『病状改善が見られない』ではなく、『精神科病院の安定的経営』および『そこで働く人々の雇用の場の確保』のために、そこに入院されられているのである」と喝破した。
 本稿では社説に続いて朝日新聞に掲載された論説委員の論考のさらなる問題点に焦点を当て論じることにする。

精神保健福祉法改正と今回の動き

 2013 年6 月に精神保健福祉法が改正され、これにより「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針」を策定することになり、新たに厚労省内に検討会が設置された。
 第1 回検討会において、伊藤弘人氏((独法)国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所社会精神保健研究部部長)が同施設の必要性を訴えた。その後、この議論は広がらなかったが、10 月17 日の第6 回検討会で、岩上洋一氏(NPO法人じりつ代表理事)が次の文章を記載した文書を配布し、導入を主張した。
 「長期在院者への地域生活の移行支援に力を注ぎ、また、入院している人たちの意向を踏まえたうえで、病棟転換型居住系施設、例えば、介護精神型施設、宿泊型自立訓練、グループホーム、アパート等への転換について、時限的であることも含めて早急に議論していくことが必要。最善とは言えないまでも、病院で死ぬということと、病院内の敷地にある自分の部屋で死ぬということには大きな違いがある」
 するとこれに続き、先の伊藤氏、河崎氏(日本精神科病院協会副会長)、千葉氏(日本精神科病院協会常務理事(政策委員会担当)、(医)青仁会青南病院院長)らがこの病棟転換型居住系施設の構想に賛意を示した。最終的に議論は決着を見ず、この転換施設の問題は、本年新たに設置される厚労省内の検討会にて、引き続き議論を行うことになった。
 その間、11月23日には、精神医療従事者懇談会の第7回精神保健フォーラムが開催され、そこでは「病棟転換型居住系施設構想については、これが真の地域移行とは程遠い姿となる可能性が大きく、当事者の意思確認の方法等も不透明であることから、重大な危惧を表明せざるを得ません」という文言を含むフォーラム宣言を採択し、転換施設に対し警鐘を鳴らした。またほぼ同時期に結成された「病棟転換型居住系施設について考える会」も反対声明をだし、12月25日には厚労省内にて記者会見も行われた。そして年が明け、新たな検討会がどのような形でスタートを切るかに注目が集まる中、朝日新聞において社説及び論説委員の論考が掲載されたのである。

朝日新聞における論考の問題点

 「社説余滴」は論説委員の浜田陽太郎氏が執筆し、全文は以下の通りである。

 「「猛省しないですむ人はこの国にはほとんどいない。もちろん、私もその一人です。だから、自己批判がないなかで誰かが悪という構造には、全くなじめません」
 戦争や原発事故の論評ではない。精神科医療について、患者の地域生活を支えるNPO「じりつ」を運営する岩上洋一さん(47)が語る言葉だ。
 これが、社説「精神科医療 病院と地域の溝うめよ」(24日付)を起案するきっかけになった。
 日本では、精神科病院に長く入院し、そこで人生を終える患者が多い。そんな状況を踏まえ、社説では「既存の精神科病院の建物を『転換』して居住施設にするかどうか」という問題を扱った。
 もとは病院団体側が経営上の理由もあり出した案だ。これに対して、地域で障害者の生活支援に取り組む人たちが「病院が患者を囲い込み、隔離・収容する実態は変わらない」と猛反発するのは、よくわかる。病院で働いた実体験、失望や怒りに裏打ちされた不信感は強固なのだ。
 しかし、病院を飛び出し、地域で活動する人たちの熱意と知恵を政策に生かさなければ、硬直した状況は動かない。確信した岩上さんは、思い切った行動に出た。
 厚生労働省が有識者を集めた会議で「病院で死ぬことと、病院の敷地内でも自分の部屋で死ぬのは大きな違いがある。患者のために、少しでも良い選択肢をつくろう」と「転換型施設」の議論の必要性を正面から訴えたのだ。
 そのとき、よどんでいた会議の空気が変わったのが、傍聴席にいた私にも分かった。
 「転換型」の細部を評価するのに、私の取材の蓄積はまだ足りない。ただし、「民主主義の作法」として、相手の立場を理解しようと努め、具体的な解決策を模索する姿勢には、強く共感する。
岩上さんが「猛省」を促す矛先は、精神障害者が地域で暮らす空間をつくれなかった社会にも向くはずだ。むろんメディアの責任は重い。
 ジャーナリストの武田徹さんは、著書「『隔離』という病(やま)い」で、ハンセン病患者を差別する法律が戦後50年余りも生き延びた背景として、日本社会に宿る「排除し、隔離し、忘れてしまう三段ロケット式思考」をあげた。
 精神科医療でも同じことが繰り返されていないか。この問題もまた、隔離という日本社会の「病い」と、私たちが向き合う覚悟を問うている。」

 私がます驚いたのは、岩上氏が浜田氏に「猛省しないですむ人はこの国にはほとんどいない。もちろん、私もその一人です。だから、自己批判がないなかで誰かが悪という構造には、全くなじめません」と語っていたということである。
 何故「猛省しないですむ人はこの国にはほとんどいない」などということが言えるのであろうか?我が国では言わば国策として隔離収容政策がとられてきて、その中で様々な人権侵害も発生してきた。その状況を何とか変えようとしてきた人たちも大勢いる。あげればきりはないが、宇都宮病院事件に衝撃を受けた人たちが集まり始まった大阪精神医療人権センター、精神科病院の情報公開活動を行う当事者や関係者の人たち、様々な当事者団体、日精協と一線を画しつつ「精神障害者の人権」ということも標榜する精神保健従事者団体懇談会等々、多くの個人、団体の人たちがいる。しかし、現実の様々な力動や社会情勢の中で、実現できたこともあるし、変わらないことも多く残った。精神科特例然り、精神医療審査会然りである。
このような歴史や先人たちの努力や無念を踏まえず、また今も日々行われている闘いを無視し、「猛省しないですむ人はこの国にはほとんどいない」などと言うのはあまりにも粗雑と言わざるを得ない。
 また浜田氏は、「地域で障害者の生活支援に取り組む人たちが『病院が患者を囲い込み、隔離・収容する実態は変わらない』と猛反発するのは、よくわかる。病院で働いた実体験、失望や怒りに裏打ちされた不信感は強固なのだ。」と述べている。しかしこれは摩訶不思議な文章だ。ここでの主語はあくまで「地域で障害者の生活支援に取り組む人たち」や「病院で働いた」人たちであり、精神障害当事者ではないのである。浜田氏は最後に、ハンセン病患者を守る法律が戦後50年以上続いたことにふれるが、当事者の人たちを始め、今回の転換施設構想に反対する人々は、それがまさにこのような収容政策が形を変え維持していくものに他ならないから反対しているのである。それを浜田氏は「猛反発はよくわかる」と一言で済ませている。しかもこの「猛反発」の主語が精神障害当事者でなく、「生活支援に取り組む人たち」や「病院で働いた」人たちなのである。
 すなわち浜田氏から見えている構図は、「転換施設に賛成する経営者団体」と「それに反対してきた地域を支える立場で働く人たち」という二項対立があり、後者の立場にありながら今回「思い切った行動」に出たのが岩上氏というもので、その彼に喝采を送っている。国の検討会の傍聴席から浜田氏が見る構図はそうかもしれないが、実は草の根には血と涙の闘いの歴史が横たわっているがそれは見えていない。
 その岩上氏自身も、私が先に指摘したような様々な活動について捨象し(或いは無意識的に主語を当事者以外におき)、「猛省しないですむ人はこの国にはほとんどいない」と言い切っている。もしそうでないと言うなら、岩上氏は様々な活動をしてきた当事者をはじめとする方々に対しても「あなたも猛省せよ」と言うのであろうか。つまり、浜田氏と岩上氏は同じ位相のなかでものを語っているのである。だから共鳴するのであろう。
 これに対して、同じメディアでも、東京新聞は、先に紹介した11月23日の精神保健フォーラムの後に、「『地域と分断』当事者ら反発」という見出しで、転換施設に反対する当事者の声を紹介しつつ丁寧に掘り下げた記事を載せている。朝日新聞も、社論を表す社説、それを補強する論説委員の記事を掲載するのなら、せめて東京新聞のような掘り下げた記事が事前にあって然るべきではないか。それをせずして「私の取材の蓄積はまだ足りない」などと述べても何ら免罪符にはならない。もっと社会の公器としての自覚をもつべきである。
 昨年11月に、精神医療の専門家でない社会学者の立岩真也氏は『造反有理 精神医療現代史』を著した。驚くばかりの膨大な文献、資料を基に執筆したその著書の最終章で氏は次のように述べている。

 「一つ、「移行」について、いったいどれだけのことができるかは別に、またやる気があるかどうかは別に、仕事・収入を維持しようとするなら、それを病院が担おうとすることはありうるし、実際にある。そしてそのことに関わって、政治力があるというだけでなく、治安、結局は医療の監督下にあるということが監督の立場にある行政機関にとって都合がよいという事情も働いているのであれば、病院の敷地内に「移行」のために施設ができるといったことが起きる。そしてもう一つは、新たな客層を取り入れていくことである。実際、日本精神科病院協会がこのところ力を入れてきたのは認知症であり、精神病院はその受け皿として機能するだろうし、実際すでにしている。そして、より声をあげにくい、出るに出られない人が残る。」

 ここでは、当事者不在のなか、病院、行政の都合で精神科病院の維持がなされてきた構造が淡々と述べられている。病棟転換型居住系施設をどんな形であれ肯定することは、このような我が国の当事者不在の状況に対してパラダイムシフトを起こそうという動きに反対に作用することは間違いない。浜田氏、岩上氏の言説もこの延長線上にある。
 我が国が本年1月20日に批准した障害者権利条約第19条では、障害のあるすべての人に対し、「他の者との平等の選択の自由をもって地域社会で生活する平等の権利」を認めており、長期入院を強いられてきた方々が転換施設に引き続き居住することが許されないことは自明のことである。転換施設を進めようとする人たちは、「代案を出せ」という前に、自国が批准した条約に違反することを行うということについてそれが「正しい」ことを証明しなければならないのである。


UP: 20140219 REV: 20140221 
精神障害/精神医療:2014  ◇精神障害/精神医療  ◇長谷川 利夫 
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