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「急浮上する「病棟転換型居住系施設」の問題」

長谷川 利夫 2014/01/22 『おりふれ通信』
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last update: 20140221


 「現在ある精神科病院の病棟の一部を、介護施設などの「病棟転換型居住系施設」に転換する構想が急浮上している。これが実現すれば精神科病院に長期入院している人たちは地域に帰れず、同じ所に留まることになるだろう。この問題の深層を探り今後を展望する。

◇今回の問題の発端
 2013年6月に精神保健福祉法が改正され、これにより「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針」を策定することになり、新たに厚労省内に検討会が設置された。第1回の検討会において、伊藤弘人構成員 (独立行 政法人国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 社会精神保健研究部 部長)が同施設の必要性を訴えた。その後この議論は広がることがなく、9月30日の第5回検討会でそれまでの議論をふまえて厚労省が示した「中間まとめ(案)」においてもそのことが触れられることはなかった。ところが10月17日の第6回検討会で、岩上洋一構成員(特定非営利活動法人じりつ代表理事)が次の文章が記載された文書を配布し、導入を主張した。
 「長期在院者への地域生活の移行支援に力を注ぎ、また、入院している人たちの意向を踏まえたうえで、病棟転換型居住系施設、例えば、介護精神型施設、宿泊型自立訓練、グループホーム、アパート等への転換について、時限的であることも含めて早急に議論していくことが必要。最善とは言えないまでも、病院で死ぬということと、病院内の敷地にある自分の部屋で死ぬということには大きな違いがある」
 すると、これに続き、先の伊藤構成員、河崎構成員(日本精神科病院協会副会長)、千葉構成員(医療法人青仁会青南病院院長)らがこの病棟転換型居住系施設の構想に賛意を示した。
 また伊澤構成員(特定非営利活動法人全国精神障害者地域生活支援協議会代表)、吉川構成員(特例社団法人日本精神科看護技術協会)、柏木構成員代理田村氏(公益社団法人日本精神保健福祉士協会会長代理)らは、その議論の必要性について賛成した。
 これで流れが一気にでき、最終回となった11月30日の第7回検討会で厚労省が示した「指針案(叩き台)」には次の一文が入った。
「機能分化は段階的に行い、人材・財源を効率的に配分するとともに、地域移行を更に進める。結果として、精神病床は減少する。また、こうした方向性を更に進めるため、病床転換を含む効果的な方策について精神障害者の意向を踏まえつつ、様々な関係者で検討する」
 第7回検討会では第6回検討会時に議論の必要性を述べた伊澤構成員が、転換施設そのものには反対である旨を明確に述べ、それに対し千葉構成員が議論を蒸し返さないでほしいと反論するなどの応酬もあった。これに対して、座長の樋口氏から、病床転換に加え、「地域の受け皿作り」を並列的に加える折衷案、さらに北島精神・障害保健課長から「病床転換の可否を含む具体的な方策の検討」という文言にする案が提案された。そして12月18日に発表された最終の指針案では、この北島案が採用された。
 以上が今回の検討会での「病棟転換型居住系施設」に関する動きである。

◇「病棟転換型居住系施設」の系譜
 我が国の精神病床の平均在院日数は、283.7日であり、いわゆる一般病床の16.7日と比較しても極めて長い。精神科病院への入院患者数も30万人を超え、OECD(経済協力開発機構)加盟国の中でも例をみないほど多く、長期入院患者も多く存在する。近年は、この多く作りすぎてしまった精神病床を維持しようとする側と、そこから患者を退院させ病床も削減していこうとする動きのせめぎ合いが常にあった。
 このようなことが底流にあり、作りすぎた病床を削減せずいかに「活かす」かという構想が出ては消えしてきている。1990年代後半から日本精神科病院協会が主張していた「心のケアホーム構想」、2006年に障害者自立支援法下において、地域生活の第一歩として病院の敷地内に「退院支援施設」を導入しようとする動きなどである。
2006年の「退院支援施設」構想の際は、日本障害フォーラム(JDF)など障害関係団体、精神保健福祉関連団体等の反対、撤回を求める声明、深夜に渡る厚労省との直接交渉も行われた。この経過は、当時のおりふれ通信においても記されており、これを読むとその時の反対運動の熱気も伝わってくる。その結果、2007年4月1日から制度の運用は始まったが、実際に同施設を採用したのは3施設程度に留まった。多くの関係者の運動の力が大きかったのである。
 今回の議論の転換点となった岩上氏の資料には「病棟転換型居住系施設、例えば、介護精神型施設、宿泊型自立訓練、グループホーム、アパート等」と書かれている。「居住系」と「系」という言葉を入れ、実際に「介護精神型施設、宿泊型自立訓練、グループホーム、アパート等」として様々なものに転換できるようにしている。「等」が入っている点も見落とせない。
 例示のなかには「介護精神型施設」が入っている。これには伏線があった。日本精神科病院協会が2012年5月に公表した「我々の描く精神医療の将来ビジョン」では「介護精神型老健」の創設を提唱しており、これは岩上氏の「介護精神型施設」と酷似している。
加えて言うならば、日本精神科病院協会のこのビジョンは、協会内の将来ビジョン戦略会議が作成したが、この会議の統括者2名は、副会長の河崎建人氏と常務理事(政策委員会担当)の千葉潜氏であり、二人とも今回の厚労省の指針の検討会の構成員である。
 また2012年12月の衆議院選挙時に自民党が作成した「2012総合政策集」には次の一文が含まれている。
 「長期在院者対策として、地域生活をサポートするサービスの提供や受け皿の整備のため、地域での住居の確保や介護精神型老人保健施設等により精神科病床の適切な機能分化等による精神科医療福祉の効率化と質の向上を図るために努力します」
 ここにも、「介護精神型老人保健施設」という言葉が用いられている。時系列でみると、2012年5月の日精協の「介護精神型老健」、2012年12月の自民党の「介護精神型老人保健施設」、2013年10月の厚労省検討会での「病棟転換型居住系施設」へとつながる。この間に政権交代があったことに注意を払っておく必要がある。また、11月の厚労省の指針案(叩き台)では、「病棟転換」ではなく「病床転換」という言葉を用いている。これからは、今ある病棟をそのまま施設に転換してしまうという悪いイメージを払拭し、この構想は「良質かつ適切な精神障害者に対する医療を提供するため」に「精神病床の機能分化」が必要であり、その一手法に過ぎないという文脈に押し留めようという意思が見て取れる。

◇「社会復帰」、「地域移行」の理念の変質
 言うまでもないが、現在ある病棟に手を加え、それを「施設」としてもそこは「地域」ではない。長期入院している方であればこそ一刻も早い退院、地域での生活が開始されるべきである。今回の構想はそれを阻害する。さらには、この構想は、病棟を施設に転換することにより、そこにいる入院患者は「退院」したとカウントされることになってしまう。
 さらに2006年の「退院支援施設」構想が「病院の敷地内の施設」であったのに対し、今回の「病棟転換型居住系施設」構想は、病棟そのものを転換し施設にするもので、問題はさらに大きいと言えるだろう。10月の検討会で示された資料からすると、40〜50人の患者のいる病棟が、グループホーム、アパートにまで転換できることになっている。これは「社会復帰」「地域移行」の理念すら歪めかねないものと言えるだろう。
 しかし厚労省の本音は、転換施設導入と思われる。それは、11月に示された指針案(叩き台)で、「機能分化は段階的に行い、人材・財源を効率的に配分するとともに、地域移行を更に進める。結果として、精神病床は減少する。また、こうした方向性を更に進めるため、病床転換を含む効果的な方策について精神障害者の意向を踏まえつつ、様々な関係者で検討する」としていたことからも見て取れる。つまりこれは、人材・財源を効率的に配分するための効果的な方策が「病床転換」と考えていることを示している。

◇今後に向けて
 今回の転換施設構想は元々の推進派委員からだけでなく、「地域」での活動を自認するNPOの事業者代表から提案されている。またその他職能団体代表者は議論そのものに賛意を示したり、或いは静観するなどしている。
 さらに、12月10日付けの日本経済新聞電子版は、国土交通省が来年から地方自治体が医療・福祉施設の大きさを制限する容積率を緩和することを認めることを報じている。この動きが転換施設に与える影響、また、転換施設構想と底流でつながっているかどうかを注意深くみていく必要もあるだろう。
 障害者権利条約第19条では、障害のあるすべての人に対し、「他の者との平等の選択の自由をもって地域社会で生活する平等の権利」を認めており、長期入院を強いられてきた方々が転換施設に引き続き居住することが許されないことは自明のことである。
新たな転換施設に認知症の方々が流れ込む危険性も指摘されている。今後注意しておかなければならないのは、岩上氏の資料にあるようにこれを「時限的」や「入院している人たちの意向を踏まえたうえで」認めようとする動きである。
 そもそも世界的にもまれにみる長期入院、長期の在院日数の我が国の精神科病院の「患者」さんが一刻も早く地域に帰ることができるようにしなければならないのに、このような転換施設を作ることは、我が国の精神保健福祉の歴史の時計の針を反対に回すことになるだろう。他の障害における長期の施設入所問題など、障害者施策全体に及ぼす悪影響も懸念される。我々は今、この問題にについて、誰がどう発言、行動しているかを銘記し、自らの良心に従って行動していかなければならないだろう。」(全文)



*作成:小川 浩史
UP: 20140221 REV:
精神障害/精神医療:2014  ◇精神障害/精神医療  ◇全文掲載
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