HOME > 全文掲載 >

「障害者教師研究を拓きたい――中途失明教師の大学院生活」

中村 雅也 2014 『リハビリテーション』鉄道身障者福祉協会,2014年7月号(NO.565),pp.17-20.

last update: 20140918

Tweet

中村雅也,2014,「障害者教師研究を拓きたい――中途失明教師の大学院生活」『リハビリテーション』鉄道身障者福祉協会,2014年7月号(NO.565),pp.17-20.

*本稿は上記雑誌に掲載された文章を視覚障害者への情報保障の観点から発行者の許可を得てウェブサイトに公開するものです。掲載誌の次の号が発行された日以降の公開とさせていただきました。

特集・さらなる学問のススメ(2)
障害者教師研究を拓きたい
 ―中途失明教師の大学院生活―
中村雅也
(立命館大学大学院先端総合学術研究科)

◆私について

 私は1965年、大阪に生まれました。43歳で京都にある立命館大学大学院先端総合学術研究科に入学しました。2年間の休学を挟み、現在、一貫制博士課程の4回生です。この研究科は既存の限定的な研究分野にとらわれず、学際的、総合的に自分の研究テーマを設定し、追求できるところです。
 私の中心的な研究テーマは、障害のある教師たちの教育実践とそれを支える要因の解明です。
 大学院に入学する前は、高等学校、盲学校、養護学校(現在は特別支援学校)で18年間教師として働いていました。子どものころから視力が弱かったのですが、通常の小学校、中学校、高等学校から大学へ進み、教師になりました。進行性の眼疾のため徐々に視力が低下し、40歳ごろから文字の読み書きも困難になり、現在は明るさがわかる程度です。

◆教師を辞めたわけ、大学院に入ったわけ

 私は2008年に教師を辞職しました。視覚障害が仕事に大きな支障をきたすようになったのは、文字の読み書きが困難になった40歳ごろでした。
 仕事を継続するためには点字の修得と、画面読み上げソフトによるパソコン操作の習熟が必要だと考え、2005年4月から1年間休職し、視覚障害リハビリテーションセンターで訓練を受けました。
 訓練を終え、復職はしましたが、重度の視覚障害をもちながら教師の仕事を遂行するには多くの困難がありました。教師としての知識や経験はあるのに、障害のためにそれを発揮することができなくなってしまったのです。障害があっても能力を発揮して働ける環境を整えるために、機器類の整備やサポート人員の配置を教育委員会に要望しましたが、そのような制度はなく、対応してもらうことはできませんでした。
 授業や生徒指導も思うようにこなせない中で、そのストレスからうつ病になり、再び休職しました。しかし、休職中にうつ病の症状は軽減しても、復職すればまた同じストレスにさらされることになります。視力回復の見込みはなく、障害を保障する条件整備も期待できない状況で、再び教師として生き生きと働くことは考えられず、辞職を決断するに至りました。
 退職してしまうとストレスから解放され、うつ症状も寛解して、次第にその後の生活を意欲的に考えられるようになりました。
 私は42歳で退職したのですが、この年代の教師は子どもたちへの指導力も高まり、学校組織の中では教師集団の取りまとめや若い教師への指導的役割を果たせる時期です。私もこれからますます教育への貢献ができるはずでしたが、教師としてはそれがかなわなくなりました。また、障害のある教師の当事者として、障害者教師がもつ教育的意義は大きいと実感していますが、障害者教師が能力を十分に発揮して働くための環境が、あまりにも整っていないことも痛感させられてきました。
 障害者教師の教育的意義を明らかにし、それを支える環境を整備するための研究の必要性を強く感じました。そこで、それまでの教職経験を活かし、さらに教育に貢献する道として教育学の研究を志し、大学院に入学したのです。

◆20年で変わったこと、変わらないこと

 私は1989年に大学を卒業しました。そして、2009年に大学院に入学し、20年ぶりに再び学生生活を始めることになりました。当然のことながら、この間に大学も大きく変化しています。
 その中でも最も大きな変化は情報環境でしょう。現在の大学生活は、パソコンとインターネットを抜きにしては考えられません。授業の履修登録や図書館書籍の貸し出し予約などはすべて、ウェブサイトから行えます。大学からの情報はキャンパスウェブに掲示され、いつ、どこででも確認できます。学生には一人ひとりに学内メールアドレスが与えられ、休講の連絡なども履修者あてにメールで通知されます。授業のレポートもメールの添付ファイルで送れば受け付けてもらえます。
 履修登録などの書類を手書きし、休講など大学からの連絡は掲示板に見に行き、レポートや卒業論文はワープロ使用不可だった四半世紀前の学生時代とは隔世の感があります。もし、当時、全盲だったとしたら、情報障害は今とは比較にならないほど著しいものだったに違いありません。
 一方、現在、大学院で研究するにあたって、一番大きな問題となっているのは必要な文献をすぐに読めないということです。情報通信技術の加速度的な発展により、視覚障害者も多くの情報にアクセスすることができるようになりました。電子書籍が普及し、点字図書や録音図書のデータをインターネットでダウンロードすることもできます。
 しかし、専門書となると電子書籍や点字化、音声化されたものはほとんどありません。必要な文献は図書館や視覚障害者情報提供施設(点字図書館)、ボランティア団体などに依頼し、多大な時間と労力をかけて視覚障害者に利用可能な媒体にしてもらわなければなりません。この問題は、活字を読むことができない視覚障害学生ならみなさんが、ぶつかってこられた大きな壁だと思います。ずっと以前から、そして、やはり現在でも基本的には変わらない最大の課題です。

◆どのようにして文献を読むか

 視覚障害者が文献を読む方法としては、点字化することと音声化することが長く行われてきましたし、ある程度普及してもいます。しかし、私のような中途失明者は点字の習熟にも限界があり、研究に必要な大量の文献を点字で読みこなすことは非常に困難です。一方、文献を音読、録音してもらったものは内容を把握するだけなら有効に活用できます。ただ、音声データは読みたいところを探し出すのに手間がかかるなど、取り扱いの利便性に難点があります。また、論文を書く際には、先行研究の文献を引用しなければならないことがあります。点字や音声では漢字などの表記まではわからず、正確な引用ができません。そこで、最近は活字文献を電子データ化し、画面読み上げソフトを使ってパソコンで読むという方法が取られるようになってきました。研究のために文献を読むときは、私もほとんどこの方法を使っています。
 文献の電子データがなければ私の大学院生活は成り立たなかったでしょうし、今後、研究を続けることも不可能だと思います。
 とはいっても、文献の電子データも簡単に入手できるものではありません。書籍のテキストデータを提供してくれる出版社もありますが、そのようにして入手できる文献はごく一部にすぎません。普通は活字文献から時間と労力をかけてテキストデータなどに作り直さなければなりません。しかも、これは著作物の複製にあたり、著作権法上、いろいろな制約がありました。
 しかし、幸いなことに私が入学した2009年度に著作権法の一部が改正され、大学図書館が、視覚障害者が利用するために必要な方式により、著作物を複製することができるようになりました。これを受けて、2010年7月から、立命館大学図書館は、視覚障害学生への図書館資料のテキストデータ化とその貸し出しを開始しました。これは大学図書館としては先駆的な取り組みです。
 しかし、1冊の書籍を図書館に依頼してから、テキストデータの貸し出しを受けるまでに数か月かかることも珍しくありません。一般の公立図書館や視覚障害者情報提供施設(点字図書館)、ボランティア団体など、いろいろな社会資源を組み合わせて何とか研究環境を維持しているのが現状です。

◆学問は開かれている

 日本学生支援機構の調査によると、2013年5月1日現在、全国の大学、短期大学及び高等専門学校に在籍している障害のある学生は13,449人です。この調査がはじめて実施された2005年度の障害学生数は5,444人なので、この8年で約2・5倍に増加しています。しかし、全体の学生数3,213,518人に対する障害学生数の割合は0・42%に過ぎません。まだまだ高等教育機関に学ぶ障害者は少ないといってよいでしょう。
 しかし、調査対象の全国の高等教育機関1,190校のうち811校に障害学生が在籍しています。現在、高等教育機関の約68%が障害学生を受け入れていることになります。現在は障害学生が在籍していなくても、過去に受け入れたことがあるところを加えると、障害者が学ぶことができる高等教育機関の割合はもっと高いと考えられます。そして、これらの高等教育機関の中には、障害学生をサポートするために障害学生支援室といったセクションを設置しているところも少なくありません。
 本年1月、日本も障害者権利条約を批准しました。この条約の第24条(教育)第5項は、障害者が一般の高等教育にアクセスできるようにするとともに、障害に応じた合理的配慮が行われるようにすることを締約国に求めています。これにより、今後、高等教育機関の障害者への門戸開放と学習・研究支援の促進が期待されます。
 また、近年、当事者研究という研究方法が注目されています。障害者が障害当事者という立ち位置から自らの問題を研究することで、障害のない人にはできない研究成果を生み出すこともできるのです。
 学問は障害者にも開かれつつありますし、障害者を求めているとも思います。障害者が大学で学ぶ環境はまだまだ十分に整えられているとはいえません。しかし、少しずつでも前進していることは確かです。自分自身のためにも、また、これから大学で学ぼうとする障害者のためにも、研究活動を実践しながら、大学を障害者に開かれたものにしていきたいと考えています。



*作成:中村 雅也
UP: 20140905 REV: 20140918 
全文掲載  ◇障害者と教育 
TOP HOME (http://www.arsvi.com)