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『視覚障害教師たちのライフストーリー』

中村 雅也 2013 2012年度立命館大学大学院先端総合学術研究科博士予備論文

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last update:20181224

視覚障害教師たちのライフストーリー
(2012年度 立命館大学先端総合学術研究科博士予備論文)
中村 雅也

○目次

はじめに ――素朴で実用的な目的

序章 目的と方法 ――なぜ視覚障害教師のライフストーリーなのか
1.研究目的 ――障害者教師に注目する理由
2.先行研究と本稿の射程
3.調査方法と実施手続き 
3-1.方法/3-2.対象/3-3.インタビュー手続き/3-4.ライフストーリーの編集

第1章 楠敏雄先生のライフストーリー
(1)生い立ち(北海道時代) ――元々、僕はあんま、鍼灸はいやだった
(2)理療科教師を目指して(大阪府立盲学校時代) ――もういいや、帰りたい
(3)大学受験(京都府立盲学校時代) ――ひょっとしたら英語の先生になれるかもしれない
(4)盲人問題研究会(大学時代) ――盲人は無理ですって言われるのがくやしくてね
(5)教員採用試験 ――点字受験を断られたんですよね
(6)高校で英語教師に ――盲学校でやったってたいしておもしろくないぞ
(7)教員採用試験 ――全部問題を読み切れないんですよね
(8)非常勤講師の給料 ――もうこれじゃ食えない
(9)同僚・生徒とのかかわり ――生徒との支えも、協力もあったんでね
(10)生徒とのふれあい ――先生、遊びに行ってええか
(11)人的サポート ――あくまでサポートに徹したからね
(12)物的サポート ――カセットレコーダーを1台買ってくれたぐらいかな
(13)生徒一人ひとりに配慮 ――生徒の特徴と声とね、能力を覚えるためにカセットなんかで使って
(14)視覚障害教師として ――健常者ではカバーしきれない部分を

第2章 三宅勝先生のライフストーリー
(1)失明以前 ――音楽教師のほうがなりやすいだろうというところで
(2)目の変調 ――まあ、こんななるとは思わへんだけど
(3)手術の決断 ――そんな深刻に悩むことなかったですけどね
(4)手術の失敗 ――こっちは目の前が真っ暗になりましたわ
(5)失明宣告 ――まあ、むなしき努力やったけどな
(6)リハビリテーションへ ――自分がもう一度、挑戦してみます
(7)復職審査 ――病気が治らないと復職はできない
(8)市教委のテスト授業 ――授業ができるかどうかということを見せてもらいたい
(9)県教委のテスト授業 ――学校現場で訓練させてくれ
(10)視覚障害者として教壇に立つ ――視覚障害者であろうが同じだろうと
(11)授業のやり方 ――見えてたころ、教科書を覚えてるわけですわ
(12)中途退職を考えたこと ――もう俺は潮時に辞めるべきやろう
(13)授業準備に生徒の目と手を借りる ――あんたがやらな誰がするねんと言われてね
(14)アシスタント ――僕と職員とのぶつかる間に入っている人がおる

第3章 長井仁先生のライフストーリー
(1)幼少時からの弱視経験と就職 ――特別にだめですと言われたようなこともない
(2)小学校産休代用教員 ――視覚障害だからということの意識は、あまりなかったですね
(3)加茂暁星高校へ ――視力の問題で採用されなかったのか
(4)失明と復職への模索 ――結局、視力は、まあ、だめだったということですね
(5)復職へ ――今までやってきた仕事の延長で苦労したほうがいいんじゃないかと
(6)復職の条件 ――特別な手立てというかね、それはちょっと今の段階ではできない
(7)手探りの授業 ――自分で工夫するということから出発したんですね
(8)生徒の協力 ――私は生徒に任せたんですよ
(9)同僚の協力 ――本当に手当たり次第頼むんです
(10)質問への対応 ――手間がかかるのは、やっぱりやむを得ないこと
(11)家族の協力 ――採点やノートの点検まで同僚にお願いというわけには、なかなかいかなかったですね
(12)生徒とのかかわり ――思いがけない生徒の実態みたいなものがわかってくる
(13)障害者教師の存在意義 ――障害をもっっている教師が一人、二人、三人ぐらい
(14)全国視覚障害教師の会の仲間との交流 ――そこでまた、元気を注入されて
(15)見えているときと見えなくなってから ――見えるか、見えないかだけでは何とも決まってこない
(16)視覚障害教師に心を開く生徒 ――緊張しなくていいんでしょうね、生徒はね
(17)学級担任と校務分掌 ――われわれとしては甘えてはいけないところだろうと
(18)障碍をもつ教師として ――差別なし、平等、公平とか、そういうことで

第4章 松田祥男先生のライフストーリー
(1)教師になるきっかけ ――初めから教員になろうというんじゃなかったんよ
(2)高校勤務で困ったこと ――まあ、やれるだけやるさ
(3)急激な視力低下 ――もうこれは辞めにゃいけんかな
(4)復職の決意 ――全く見えん人が教壇に立っているというのを見せてもろうてね
(5)障害の公表 ――自分のことを言うたら、よう言うてくれたっていうてね
(6)タクシー通勤・パソコン整備 ――校長やら事務長なんかがね、申請してみようじゃないかと
(7)同僚のサポート ――気楽に助けてくれちょったよ
(8)全国視覚障害教師の会とのかかわり ――働き続ける大きな力になっとった
(9)全国視覚障害教師の会代表として ――孤立しとる人を掘り起こしたい
(10)職場の人間関係 ――いつでも声をかければ、手を貸してくれたね
(11)全国視覚障害教師の会の役割 ――とにかく仲間が集まって、自分の力を高めていく
(12)担当授業時数の軽減 ――準備する時間が全然違うもんな
(13)チーム・ティーチング ――TTでいこうというのが、わしは思うね
(14)パソコンとソフトの整備 ――機械そのものより、今度はソフトの経費
(15)生徒とのかかわり ――いろんな人と接しておくというのは、プラスじゃと

第5章 有本圭希先生のライフストーリー
(1)生い立ち(盲学校時代)
(2)大学受験
(3)教師をめざして(大学時代)
(4)教員採用試験
(5)高校の教壇への挑戦
(6)高校への転任
(7)担当授業
(8)教科書の点訳と試験の採点
(9)全国視覚障害教師の会での交流と研修
(10)転勤
(11)板書
(12)人的サポート
(13)授業の‘援護射撃’
(14)試験採点のサポート体制
(15)授業開きで話すこと
(16)信頼関係を築くために
(17)生徒とのかかわり
(18)パイオニアとして

第6章 山口通先生のライフストーリー
(1)生い立ちと大学時代 ――牛乳配達をして、学費をひねり出してくるんです
(2)非常勤講師時代 ――7、8校行ってました
(3)視覚障害の発症 ――出勤簿に判子が押せなくなってきて
(4)病名告知 ――もう、クビになっちゃうんじゃないかな
(5)リハビリテーション ――治って帰ってくるっていうのが前提なんだ
(6)復職交渉 ――2時間の授業をやってみてください
(7)パソコンの貸与 ――高等学校教育課か何かがやってくれたようですね
(8)担当授業時数の軽減と講師配置 ――校内でやったみたいでね、運用か何かでね
(9)工芸高校でのボランティアのサポート ――空き時間はほとんど入ってくれてました
(10)全国視覚障害教師の会とのかかわり ――仕事を続ける上でなくてはならない母港
(11)転任 ――処分された人間はですね、都立高校では、それを動かすわけですよ
(12)小平高校でのボランティアのサポート ――13人ぐらいの人がローテーションで
(13)授業 ――7クラス、週2単位ですから、14時間です
(14)同僚へのサポート依頼 ――なるべく広くね、いろんな人にお願いしたほうが
(15)障害者教師の存在意義 ――生きた教科書のようにですね
(16)生徒とのかかわり ――こっちが自然体でいけば、あちらも自然体でね
(17)保護者の授業参観 ――いつでもどうぞって言ってるんですね
(18)学級担任 ――やろうかなってね、相当、悩んだんですよ
(19)教壇復帰から得たもの ――社会生活や経済生活をすることができる

終章 まとめと考察
1.時系列による整理
2.どんなサポートがどのようになされたか
2-1.物的サポート/2-2.人的サポート/2-3.職務配慮(授業時数軽減)
3.障害はどのように意味づけられるか ――教育という文脈と生徒との関係性の中で
3-1.学習指導にまつわる‘効能’/3-2.生活指導にまつわる‘効能’/3-3.障害者教師の存在意義 ――効能性と差異性(3-3-1.障害理解教育を促進する障害者教師/3-3-2.‘生きた教科書’としての障害者教師/3-3-3.教師集団の多様性を構成する障害者教師)
4.課題と展望

【引用・参考文献】



*作成:小川 浩史
UP: 20130730 REV: 20130808, 0904, 1117, 20140619, 20180227, 1224
中村 雅也  ◇視覚障害  ◇盲ろう(者)  ◇障害者と教育  ◇全文掲載
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