すなわち、後見人(guardian)の必要性(social needs)を主張するソーシャルワーカーは、障害により精神障害者や知的障害者の判断能力が不十分であることを根拠としてきたが、実のところ彼らの意志を保護の名目で後見人を立てて封じ、情報や人との関係を遮断してきたことで、真に有効な判断をできない状況に追いやってきたのである。そういう意味では、「判断能力」も個人の所有する能力の問題ではなく、社会の問題として社会モデルの観点から考えられなければならない。
精神障害者の世界組織であるWNUSP(World Network of Users and Survivors of Psychiatry)のティナ・ミンコウィッツは次のように言う。
3.2 法的能力の平等
障害者権利条約第12条第2項に規定される法的能力(legal capacity)の意味するところは、権利能力と行為能力の双方を含むと考えられている。それは、障害者権利条約の原文中国語に「法的能力を権利能力と読み替える」旨の脚注をつける案が出され、それに対して障害者団体が批判し、削除されたことで公にされた。また、国際障害同盟障害者権利条約フォーラムの12条履行原則(IDA CRPD Forum Principles for Implementation of CRPD Article 12)では、「障害者権利条約の目的として『法的能力』は権利能力と行為能力の両方を意味する」と記され、法律専門家による障害者権利条約12条の見解(Legal Opinion on Article 12 of the CRPD)では、「行為能力を含む」「行為能力には訴訟能力も含む」と記されていることから、自明のものとされている。
すなわち障害者権利条約は、成年後見、保佐、補助を直ちに見直し、基本的に廃止されるべきものと位置付けた上で、行為能力の制限が伴わない支援の在り方を締約国に求めているのである。その一つの方法として障害者権利条約作業部会の中で提示されたのが支援された意思決定(supported decision-making)である。これは、支援によって意思決定を成そうとするものであり、後見制度(guardianship)のように代わりにしてしまうものとは異なる。
[文献]
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