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「市民社会は抵抗しない――フーコー自由主義論に浮上する政治」

箱田 徹 2012/11/01 『情況』「思想理論編」1(2012-12別): 223-243 ISBN-10: 4792720028 ISBN-13: 978-4792720025 2000+税 [amazon][kinokuniya] ※
PDF版へのリンク: http://www.lib.kobe-u.ac.jp/repository/90001855.pdf

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◇目次
1 市民社会論への醒めた目線
2 経済人概念の意味変容
 @新自由主義に見られる経済人概念の拡張
 A古典派経済学の経済人――自由主義型統治に対応する主体概念
3 市民社会――経済主体が占める主権空間
4 主権者の権力を剥奪する政治経済学
 @見えざる手の下で無知・無能となる君主
 A統治の科学とは異なる政治経済学の誕生
5 対抗導きとしての自由主義
 @被治者による被治者の統治としての自由主義
 A終末論としての対抗導き
 B市民社会への対抗導き



(以下、本文)
【1】市民社会論への醒めた目線

 市民社会は抵抗しない、フーコーは本当にこう言ったのかと問われれば、否である。しかし一九八三年にCFDT(フランス民主主義労働同盟)幹部と行った、社会保障制度改革をテーマとした対談には、次のようなやり取りが読める。
――社会保障に関する心理的感覚を刷新するこうした必要性があることは、「国家社会」に対する「市民社会」――労働組合もその一部になりますが――にとってチャンスなのでしょうか。
――市民社会と国家というその対立軸は、もちろん十八世紀末から十九世紀にかけてたいへんよく用いられました。しかし今もこの軸が働いているのかは定かではありません。ポーランドで起きていることはこの点で興味深いですね。あの国全土を覆ったばかりの強力な社会運動を、国家に対する市民社会の叛乱と同一視するなら、様々な対立に見られる複雑さや多様性を見誤ることになります。「連帯」が闘わなければならなかった相手は党-国家だけではないのです。
 〔略〕自由主義経済学者がこの対立軸を十八世紀末に提起したのは国家が活動する領域を制限するためであり、市民社会は自律した経済過程の場として考えられていました。市民社会とは論争的と言ってもよい概念であり、当時の政府の施策に対抗し、ある種の自由主義を勝利させるためのものだったのです[1]。
 フーコーは当時ポーランド民主化運動の支援に関して、フランスの労組ナショナル・センターであり、自主管理社会主義路線にも近かったCFDTと協力して様々な活動に取り組んでいた。古くから東側諸国の民主化運動に関心を寄せていたフーコーの個人史は、過去二〇年来の市民社会論再評価という流れとつながるだろう。一九六〇年代の社会叛乱から新しい社会運動、東側世界での民主化運動という大きな流れを背景として、国家から自律した領域としての市民社会が対抗政治の舞台に現れる。かつてポーランドの「連帯」がその象徴的な担い手と見なされたことは言うまでもない[2]。他方、フーコーの理論は、国家レベルのマクロな政治に対するミクロ政治、マイナーでありローカルな政治を擁護する理論として内外で受容されていった。
 しかしインタビュアーの予想に反して、フーコーは「市民社会」という言葉に難色を示す。まず「国家対市民社会」という図式が単純すぎないかと指摘し、この語に歴史的な限定を与える。その上で、この対立軸に依拠すると「一種の善悪二元論、すなわち国家概念に軽蔑的な意味を与える一方で、社会を活気あふれた素晴らしいまとまりとして理想化することをどうしても免れない」と付け加える。国家だけが権力なり主権を所有し、権力を持っていない市民社会に対し、それを一方的に行使するという古典的な権力観が存続していないかというわけだ。フーコーは別の場所でこうも述べている。「私の仮説とは、国家と市民社会という対立軸は適切ではないというものです」。[3]
 では国家と市民社会、あるいは国家権力の抑圧に対してはどのような見取り図が「適切」なのか。この問いかけにフーコーの自由主義論は少し違った角度から答えようとする。権力関係は導き=統治をめぐる争い、統治する者(統治者)の導きと統治される者(被治者)の対抗導き[4]の関係性である。被治者は、統治者による導き=統治実践が作り出す現実のなかで、そこで用いられるのと同じ技術を用いて、対抗導きを実践する。したがってそもそも、国家対市民社会という対立軸が存在しない。国家も市民社会も、自由主義型統治技術が必要とする「現実」なのであり、フーコー統治論にとっての問題は、市民社会を国家から独立した領域として称揚することではなく、この統治技術の実践のあり方を明らかにすることにある。本稿では、彼が一九七〇年代末にコレージュ・ド・フランスで行った統治性講義『安全・領土・人口』と『生政治の誕生』[5]のうち、市民社会と経済人(ホモ・エコノミクス)に関する議論を手がかりにして、フーコー自由主義論の射程を探りたい。

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【2】経済人概念の意味変容

 フーコーの統治性講義の内容は大きく二つに分かれる。まず統治という概念の来歴そのものを古代オリエントにまで遡って明らかにしながら、キリスト教に固有の概念として「人の統治」を摘出する。次に、宗教改革を経たウェストファリア体制成立以後のヨーロッパ史を、国家理性論、古典的自由主義、新自由主義という種別的な統治実践の歴史として描きだす。このうち国家理性論までが『安全・領土・人口』の内容であり、自由主義と新自由主義は『生政治の誕生』の主題となっている。このとき自由主義は、重農主義を経てスミスによって定式化される十八世紀後半以降の自由放任(レッセ・フェール)の経済思想を指しており、新自由主義は、戦間期ヨーロッパに登場した「反計画主義」の思想運動を母体とする諸潮流を意味している。具体的な分析対象となったのは、戦後西ドイツの経済政策イデオロギーとなる「社会的市場経済」概念を形成したフライブルク学派(オルドー自由主義者)と、ミーゼスやハイエクなどオーストリア学派の流れを汲む米国シカゴ学派の新自由主義である。議論の詳細については、筆者も別の所で述べたことがあり、フーコーの議論に即した研究とともに経済思想史独自の研究も日本語で利用できるので、それらを参照されたい。[6]

 @新自由主義に見られる経済人概念の拡張
 まず注目したいのは、フーコーがシカゴ学派による経済分析の一般化――社会全体への、あるいは社会観としての――過程を論じる際に、そこでは経済人という概念が膨張していると指摘する箇所である。経済学者のロビンズは「経済学とは、目的と選択的用途を備えた、希少手段との関係のあり方として、人間行動を研究する科学である」と述べた[7]。一九七九年三月二十八日の講義は、このよく知られた定義を念頭に置きながら、シカゴ学派の中心人物ベッカーによる議論を取り上げる。ベッカーは希少資源の最適分配による目的の効率的達成という近代経済学の基本となる考え方に従い、人間行動を経済分析の対象とするのであれば、あらゆる合理的行動がその対象となるべきだと論じる。フーコーはこの議論を次のように要約している。
経済学の対象を一般化し、数ある目的の一つを達成するために限られた手段を用いるようなすべての行動をも包含する可能性〔が見出されます〕。すなわち、経済分析の対象はおそらく、目的を持ったすべての行動と定められなければならない。おおざっぱに言って、方法・経路・手段を戦略的に選択するという意味です。要するに、経済分析の対象があらゆる合理的行動と同定されるのです(NBP, p. 272. 三三〇頁)。
 しかしこうなると、「行動」分析の対象をあらかじめ「合理的」とされる行動に限る根拠まで薄弱にならないか。実際ベッカーはフーコーが取り上げる一九六二年の論文「非合理的行動と経済理論」で、いわゆる合理的行動とは「単に、効用関数や利益関数など十分に整った関数を整合性のある形で最適化すること」だと記す。その上で自らの研究により、「経済理論は非合理的行動に対して、これまで考えられていたよりもはるかに整合性を保っている」ことが明らかにされたと述べる[8]。一般に非合理的と見なされる行動であっても、合理性を土台とした経済分析の対象になると主張するのだ。フーコーはこの点に関心を向ける。というのは、行動を一定の条件に対する「反応」と定義して構わないというベッカーの議論では、あらゆる「『現実を受け入れる』行動」(NBP, p. 273. 三三一頁)が経済分析の対象となるからである[9]。こうして外的諸条件、環境変数の変動という「現実」に体系的な反応を見せる「行動」が、経済分析の対象となる。他方で経済学は行動技術ないしは行動主義心理学といった研究に完全に統合可能となる。
 しかしベッカーら新自由主義者が仮定する(合理的に)行動する個人、すなわち「経済人」は、この語が十八世紀に登場したときとは意味合いが異なっているのではないかとフーコーは問う。自己の利益を最大化させるために利己的に振る舞うことで他者の利益も自然と最大化させる存在、統治の理論からすれば「自由放任の主体または客体」、つまり「自由放任にとって触れてはならないパートナー」が、古典派経済学の経済人観であった。これに対してベッカーが描く経済人は次のようなものだとフーコーは言う。
〔この経済人は〕まさに操作可能な者、環境に人為的に加えられた変容に対し体系的な反応を見せる者として現れます。経済人とはすぐれて統治可能な者なのです(NBP, p. 276. 三三三頁)。
 これは逆説的事態である。経済人が統治してはならない存在から、統治可能な存在へと変わっているのだから。経済主体の行動が現実に対する反応の束として分析・記述できるのであれば、そこでの仮説に従って現実を構築することで、現実の経済主体の行動に影響を及ぼすことができる。触れてはいけなかったものが、いつの間にか自由に触れることができるものに変わっている。この逆説は「環境介入型権力」(佐藤嘉幸『新自由主義と権力』)という、アングロサクソン型新自由主義の主要な特徴であり、フーコーの新自由主義論の要と言えるだろう。

 A古典派経済学の経済人
  ――自由主義型統治に対応する主体概念
 フーコーの統治論は、一九八〇年代の定式化に従えば「自己と他者の統治」に関する議論である。彼が好む「導き」の語で表現するなら、統治とは、自己による自己の導き、自己による他者の導き、他者による自己の導きの三つが重なる営みにほかならない。このとき「統治」という営みの対象には規模の制限がなく、個人から国家まで多様に広がりうることが一つのポイントをなす。国家が行う統治とは、領土や人民という他者の統治であると共に、国家の自己統治でもある。そして国家の統治空間の中では、個人や集団も自己と他者の統治を実践するのである。このとき国家にはつねに一つの疑念がつきまとう。すなわち国家ははたして過不足ない統治を行っているのか、という疑いである。十六世紀以降の国家理性論と絶対主義国家にとって統治はつねに「過小」であり、不十分なものであった。だが自由主義にとって統治とはつねに「過剰」である。逆に言えば、統治の過剰さを問題化するような主体と社会の理論を、自由主義はもっていることになる。それが経済人と市民社会にほかならない。
 フーコーは経済人を「十九世紀の新しい統治理性の基本要素」と呼ぶ。そして「新しさ」の基礎には「選択する主体」という新しい主体の理論があることを初めに指摘する。この選択する主体とは、イギリス経験論が捉えた、自らの苦痛を判断基準として行動する主体のことであり、フーコーはそれを〈利害主体〉と呼ぶ。「利害」とは「個人による、還元不可能で譲渡不可能な選択という原理、原子論的で主体自身を無条件な典拠とする選択の原理」である(NBP, pp. 277-8. 三三六頁)。この選択主体=利害主体が批判対象にするのは――先回り気味にフーコーは言う――、法的意志に基づく〈法権利主体〉と社会契約説的な発想だ。
 自由主義にとって、法権利主体による社会の構成はなぜ批判されねばならないのか。それは自由主義にとって社会とは内在的に構成されるものであり、個人の利害はそこでそのままの形で貫徹されなければならないからだ。フーコーがヒュームを引きながら強調するのは、法権利主体と利害主体は二つの異なる論理であるという点である。国家社会の構成という点で前者は超越的で意図的な論理を備え、後者には非超越的または内在的で自然発生的な論理が備わっている。どういうことか。社会契約説では、利害主体はいったん否定されて法権利主体となり、国家なり社会が構成される。個人は自身の生命や財産といった利害を保護するために原始契約を結ぶ。そしてこの契約に基づき、各人が権利や利害を譲渡・断念する。かくして超越的な主体が構築されて法や禁止がもたらされるか、超越的な主体によってそれらが担保されるのである。
 だが他方で、原始契約を否定するヒュームは、利害主体が法権利主体になるのではなく、そもそも利害主体だけが存在すると唱える。「一般的でもあり、また明白でもある利益に対する考慮が、いっさいの忠誠の、また忠誠に付随する道徳的義務の源泉」であって「われわれを政府に従わせる一般的義務は社会の利益と必要」なのだ[10]。ヒュームにとり、社会契約説は歴史的にも理論的にも裏付けを欠いている。私益を追求するにあたり、その一部や全体を放棄して超越項を設定し、国家社会が構成されたようなことはかつてなかったし、そのような必要もないというのがヒュームの立場だった。
 フーコーはここに現れている二つの主体観の関係を描き出す。「法権利主体が利害主体に取って代わるのではありません。〔中略〕法が存続するあいだずっと、利害主体は存続し続けるのです。利害主体はつねに法権利主体からはみ出るのです」(NBP, p. 278. 三三八頁)。フーコーは、利害主体は法権利主体を「はみ出る」と表現する。つまり二つの主体は、主体として重なりながら、それぞれ異質な論理を伴って社会のなかに存在する。こうした利害の主題は、同時代のマンデヴィル『蜂の寓話』やケネーら重農学派の議論とも重なり合うだろう。各人は私益を放棄することなく、ただそれを追求するだけで個人と全体の意志が自然に一致するという周知の議論である。
 他方で超越性を欠いたメカニズムとは、もちろん「市場」のことだ。しかしそこでの主体は同時に法権利の主体でもあり、一人の主体をめぐって「市場と契約はちょうど逆さまに機能しており、ここには二つの異質な構造」(NBP, p. 279. 三三九頁)が存在する。利害主体-市場と法権利主体-契約という二対の異質な論理が共存するのが自由主義型統治の空間だと言ってよいだろう。十八世紀に経験論と自由主義経済思想が「利害」をキーワードに捉えた主体は、「利害」をいったん捨てることで成立する法権利の主体と、「経済人」において重なり交差しながら統治空間を構成する。〈市民社会〉とは、二重の主体が住まう空間として自由主義型統治により規定された歴史的・理念的空間にほかならない。

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【3】市民社会――経済主体が占める主権空間

 フーコーにとって、十八世紀なかばに自由主義思想が政治経済学の誕生をもたらしたという思想史上よく知られた契機に触れるねらいは、市民社会が一つの特殊な「現実」として立ち現れている、と示すことにある。その「現実」とは統治実践にとって二重の意味をもつものだ。一つは統治実践の場としての「現実」であり、もう一つは統治批判の理念的参照項としての「現実」である。このことが『生政治の誕生』の「講義要旨」では次のように述べられている。
自由主義が行う省察は、国家が存在することを起点に国家のための国家という目的を達成する手段を統治に探し求めたりはしない。そうではなく、国家に対して外的かつ内的な込み入った関係にある社会から出発する。〔中略〕まさに社会という観念によってこそ、〔統治は〕すでにそれ自体で「過度」、「過剰」だという原則〔中略〕により統治技術を展開させることが可能になる(NBP, p.325. 三九三頁)。
 自由主義型統治は、市民社会という「国家に対して外的かつ内的」な関係にある観念から出発するからこそ、統治の過剰を問題にできる。自由主義型統治が国家の統治を行うためには、市民社会という空間を作り出す必要があった。市民社会とは「統治思想、十八世紀生まれの新しい統治形態が、国家にとって必要な相関物として出現させたもの」である(STP, pp. 357-8. 四三三頁)。したがって、この自由主義国家にとって「必要な相関物」のあり方と実践とが問題となるだろう。  統治批判の理念的参照項という部分は次章に譲るとして、統治実践の場としての市民社会はどのように規定されるのか。まずそれは一つの〈自然性〉を備えた構造である。『安全・領土・人口』では、中世的な神学宇宙論的自然に対し、国家理性論やポリス論は固有の合理性を備えた「国家」という人工物を対置したという表現が用いられる。そして、十八世紀にこの人工物に対立することになる「自然」は、過去とは異なる自然性を備えていると論じられる。
それは価格が上昇したとき、上昇を放置していても、そのうち自然に上げ止まるメカニズムに備わる自然性です。〔中略〕それは政治、国家理性、行ポ リ政スに備わる人為性にまさしく対立させられる自然性です。〔中略〕それは人間相互の関係に特有な、人が共存し、集まり、交換し、労働し、生産する際に自然に起きることに特有な自然性なのです。〔中略〕それは社会に備わる自然性です(STP, p. 357. 四三二頁)。
 フーコーが価格という言葉を用いて示唆するように、自然と人為の対比で擁護されている「自然」とは、重農学派によって「発見」された一種の自生的秩序であり、より直接的には市場や価格メカニズムのことであると言ってよい。したがってこの自然性が前提とする「人」とは、孤立した個人ではなく、交換や分業を通じて結びつく社会的存在だ。こうして市場、価格メカニズム、経済人という三つの問題設定が同時かつ相互に連関して統治の舞台に登場する。ただここに問題があるとフーコーは言う。自由主義は法権利主体に対する利害主体の優越によって国家社会の成立を説明し、その対応物として経済人という形象を形成する。では事実として存在する国家や社会はどのように統治されるべきなのか。主権はどのような原則に従ってどう振る舞えばよいのだろうか。ここに自由主義型統治の直面する問題がある、とフーコーは感知する。
統治術は主権空間のなかで行使されなければなりません――国家に備わる法権利自体はそう主張します――。しかし厄介なこと、困ったことに、主権空間は経済主体で占められ、住まわれていることが明らかになっています。他方で経済主体〔中略〕は、権力に節制を求めるか、主権者に備わる合理性や統治術がなんらかの科学的かつ思弁的な合理性の影響下にあることを求めます。主権が自らの行動領域を一切放棄せず、主権が経済の測量技師へと転職しなくても済むためにはどうすべきなのでしょうか(NBP, pp. 298. 三六二頁)。
 フーコーは社会契約説に基づく主権理論が自由主義型統治に適合しないと述べるものの、主権という問題そのものが存在しなくなったとは言っていない。それでは、主権理論に基づかないで、しかしもっぱら「科学的知見」によることもなく統治実践を構成し、そこに正統性を付与するにはどうしたらよいのか。経済人が出現することで生じた新たな問題とは、これである。主権空間すなわち統治の場に存在するのは、法権利主体でありかつ利害(経済)主体でもある存在、「経済人」だ。フーコーにとって「経済人」とは、たんに経済的アクターではなく、二つの異質な主体を共存させる形象にほかならない。したがって、経済人の統治にかんしては、還元不可能な二つの主体を一つの全体として統治する空間、契約と市場という異質な二要素を両立させる場が求められるのである。
〔経済人が〕統治可能であるのは、新しい全体が定義可能となるかぎりでのことです。この全体は経済人を、法権利主体と同時に経済の担い手として包含しますが、この二要素間に存在する関係や結合だけではなく、それ以外の一連の諸要素も出現させます。そうした要素と関わりながら、法権利主体という側面ないし経済主体という側面は、部分的で複合的な全体の一部となるかぎりで統合可能な諸側面を構成します。この新しい全体こそが、私が思うに、自由主義型統治術の特徴なのです(ibid. 三六三頁)。
 この「新しい全体」こそ「市民社会」である。フーコーは当時の議論として、一九七九年四月四日の講義の半分近くを割き、ファーガスンの『市民社会史論』(一七六七年)を紹介している。その内容については、この分野では代表的なマンフレッド・リーデルによる要約を確認すれば足りるだろう。「市民社会の静的な自然法理論は、進歩的・自然史的形式を獲得することになるが、スコットランド道徳哲学はこの形式に基づいて、近代市民社会に備わる経済的・政治的生活の諸要素が徐々に解放されていくことを正当化したのである。近代市民社会の歴史、つまりファーガスンの言う〈市民〔=文明〕社会の歴史〉の対象は、人類史の文明化に見られる自然な進歩である。この歴史では、従来の自然法カテゴリーではもはや叙述しえない構造変革〔中略〕、すなわち政治的・法的かつ経済的意味における自由主義的市民的社会への進歩が分析される」。[11]
 もちろんフーコーは、市民社会とはファーガスンが唱える「自然的-歴史的定数」だと言いたいのではない。市民社会とは「直接的・一次的」な現実ではなく、あくまでも近代統治技術の一部である「現実」である。フーコーはこのような現実に「相互作用による現実」という名前を与える。
まさしく権力のはたらきと権力関係のなかで、またそれらを絶えず逃れるものから、いわば統治者と被治者が交わる地点で相互に作用しあう過渡的な形象が生まれるのです。この形象はつねに存在していたわけではないけれども、しかしやはり現実的なものであり、この場合には市民社会として、またある場合には狂気と呼ばれうるのです(NBP, p. 301. 三三六頁)。
 市民社会とは、統治者と被治者の接点、すなわち国家と経済人の接点に生じる「現実」であり、それを対象とする統治とは「遍在する統治、一切を見過ごさない統治、法が定める規則に則った統治であるが、経済の種別性を尊重する統治〔中略〕、市民社会を管理し、国民nation を管理し、社会を管理し、社会的なものを管理する統治」となる(NBP, p. 300. 三六五頁)。市民社会と経済人は自由主義を構成する一つの全体の二要素となっている。
 二点触れておくべきことがある。まずここでの「市民社会」について、自由主義型統治のなかで統治に対峙するという図式は成立しない。市民社会とは統治実践が行われる場、主権空間であり、統治者と被治者が交わる場として捉えられているからだ。次に自由主義型統治の理念型では、経済的なものと、社会的なものという意味での社会とがはたして区別されているのかという問題がある。「社会」とは資本制社会、市場社会としての市民社会の謂いであり、この社会への統治は「経済の種別性を尊重する」形で行われる。利害主体が法権利主体を「はみ出る」、つまり経済的なものが主権的・法的なものを包摂することで「社会」が登場しているのだ。だとすれば、経済的なものとは異質な領域としての社会的なものが存在する余地はないのではないか。この疑問については本稿の最後で検討しよう。次に経済人と主権の関係について、すなわち統治批判の理念的参照項としての「現実」が果たす機能、すなわち政治経済学の役割について検討したい。

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【4】主権者の権力を剥奪する政治経済学

 自由主義型統治は統治実践の場として市民社会を定める。では経済人が住まう主権空間主権者が占める位置と役割はどのようなものか。経済人と主権者の関係は、法権利主体と主権者との関係とは大きく異なるとフーコーは述べる。もちろん法権利主体は、社会契約説や自然法の観点から主権者による権力行使を制限する。だが経済人は権力行使を制限するに留まらない。経済人は主権者の権力を「剥脱」するに至るのである(NBP, p. 296. 三六〇頁)。この剥脱要求の裏にあるのが、経済過程の不可視性と、国家に備わる合理性には必然的な限界があるとの主張である。フーコーは特にスミスの「見えざる手」が経済人を機能させるメカニズムだとした上で、手が「見えざる」ものであること、つまり不可視である点を強調する。

 @見えざる手の下で無知・無能となる君主
 主権者は経済過程に介入すべきではない。これが自由放任の基本的な主張だった。これはまずもって経済過程の可視性と不可視性に関する認識の問題である。分業と商業を肯定する自由主義思想においては、自らの利益を利己的に追求することが他人の利益になり、また自らも他人の利己主義的行動から恩恵を受ける。このとき一人の経済主体を取り上げると、その人にとっては自らの行動が他人に与える影響も、自らが他人から受ける影響も、ともに不確定なものとなるだろう。なぜなら全員が考慮に入れるのは自らの行動だけであり、誰も他人の行動や経済過程全体のことを考慮していないし、できないからだ。しかし、それだからこそ経済過程全体はうまく作動する。スミスの言い方を借りれば「個人は自分の利益を追求することで、社会の利益を、自分が促進しようと実際に思う以上に、効果的に促進することがたびたびある」[12]。名高い「見えざる手」である。フーコーの以下のくだりは、この「見えざる手」が登場する箇所を「不確定」という表現を用いて言い直したものだろう。
こうした不確定なものこそ、経済人が個々に行う計算をいわば基礎づけ、そこに整合性を与え、効果を及ぼし、それを現実に組み入れて世界のあらゆる他者と可能なかぎり最適な形で結びつけるのです。つまり、経済人が自ら行う計算の実証性を、計算を逃れるものすべてに依拠させるシステムがあるのです(NBP, p. 281. 三四二頁)。
 自己利益の計算、すなわち利己的な選択に見られる合理性は、当人が計算できないものによって基礎づけられる。この逆説的な「システム」が「見えざる手」だ。この表現に神学的なニュアンスがあるかどうかは議論の分かれるところであるが[13]、フーコーは神の摂理が念頭にあるだろうと言う。見えざる手のシステムとは、裏を返せば、経済過程全体を透明なものとして見渡す俯瞰的な視点を備えるだけでなく、その視点を元にして個々人の多様な利益を束ねる「手」にほかならない。しかしこの手は「あらゆる形の介入を禁じるだけでなく、経済過程の全体を集計することを可能にするような、あらゆる形の俯瞰的視点をも禁止する」(NBP, p. 284. 三四五頁)。「見えざる手」にとり主権的権力の行使はあってはならず、この「手」は、主権者から権力を剥奪するのである。
 では見えざる手を持つ神は、人が高慢にも神が占める地位にたどり着くことを禁止するのか。そうではないだろう。そのような超越的視点を備えた「神」は実際にはいないのだ。経済人が奉る自然性という見えざる手を持つ神は、パノプティコン型施設がその中央に置く監視塔のようなものと考えるべきだろう。全体化を行い、秩序を確保して、システムを成立させるためには、文字通り視点となる認識の座が必要であるものの、システムがいったん起動してしまえば、そのような視点が実際に存在しているかは問題でなくなる。監視塔に人が登っているかどうかは関係ない。人がいることになってさえいれば、監視塔は一つのシステムを維持・機能させる中心としての役割を果たすことができる。翻って自由主義の統治空間、市民社会を統べる見えざる手とはあくまで、世俗的なものとして社会に内在する自生的秩序、市場メカニズムそのものにほかならない。「手」のはたらきは超越論的に規定される必要がない。じっさいスミスが与える規定も、「たびたびある」という経験的な議論に基づいていた。だからこそ見えざる手については、監視塔の看守と同じくらい、それが「見えざる」もの、つまり不可視である点に注意を払わなければならない。
〔見えざる手については〕これまでつねに、言ってみれば「手」の方に重きが置かれていました。分散した糸をすべてより合わせて一つの全体を作る摂理のようなものがあるという点が強調されていました。しかしもう一つの要素、つまり「見えざる」の部分〔不可視性〕も、それに劣らず重要ではないでしょうか。不可視性とは、自らの背後で調整を行っている、または一人一人が自前で行っていることを結びつけている手があると人々が理解することを、人知の不完全性を理由に妨げるような状況のことだけを指すのではありません。不可視性とは不可欠なものです。不可視性ゆえに、経済の担い手は誰であっても共同の利益を追求してはならないし、追求することができないのです(NBP, p. 281. 三四四頁)。
 見えない手の不可視性は、経済過程全体を円滑に機能させるために、事実としてだけでなく義務としてすべてのプレーヤーに課される。この義務は個々の経済主体=経済人だけでなく政治主体=主権者にも適用されるだろう。二つの主体は別々の人間ではなく、一人の主体であるのだから。主権者こそ、市民社会を統治の場とするにあたっては、経済世界との間の「不透明性」を受け入れ、尊重しなければならないだろう。このとき主権者は自らが無知であることを認めなければならないし、無知であることが求められる。

 A統治の科学とは異なる政治経済学の誕生
 フーコーはスミスを引きつつ述べる。政府は産業振興や就労政策など、広く言えば一国内の資源配分を最適な形で行うことはできない。なぜならこうした業務を政府が果たすべき義務と設定したところで、実際の政策実践を見れば明らかなように、この義務を「人の知恵と知識をいくら尽くしても適切な形で果たすことは不可能」だからである[14]。経済過程に本性的に無知な政府は、経済領域を統治の対象としてはならない。それは二重の理由に基づいていた。経済過程すなわち個々人の利害追求による全体の利害追求は、自然性のメカニズムに従う以上、外から手を加えなくてもうまくいくという肯定的な理由と、政治主体である主権者が経済過程全体を把握する認識を持つことはそもそも不可能であるという否定的な理由の二つである。両者が相まって経済領域への介入の禁止=自由放任というテーゼが支持される。つまり「経済的合理性は経済過程の全体性が認識できないことに包囲されるだけでなく、基礎づけられているのです」(NBP, p. 285. 三四七頁) 。
 このように経済的合理性が全体性の認識不可能性に基づいて規定されると、経済的合理性を学的対象とする「経済学」は「神なき」学問として現れる。神がいないとは全体性を欠くという意味であり、経済学はこの点で、主権者には統治すべき国家の全体性を把握する視点がないことを示す。だがそれだけではない。
経済学は、一国家内で主権を行使する主権者の法的形態を、社会の生にとって本質であるものとして現れつつあるもの、つまり経済過程に置き換える(NBP, p. 286.三四七頁)。
 経済学はこうして市民社会を設定する。しかし、経済人が主権者の権力を剥脱したことにより、主権に関する問題を新たな形で提起したのと同じく、経済学は法的な意味での主権と主権者から経済過程を「かすめ取った」だけであり、主権の問題を廃棄したわけではない。すでに見たように、自由主義型統治が展開する領域としての市民社会には、法権利主体と利害主体を核とする異質な二つの原理が共存・葛藤するのである。ただし両者は共に、統治実践にかんしては、主権(者)の権力行使を制限する論理という側面を持つ。もちろんその論理は大きく異なっている。法権利主体からすれば、統治行為を制限する根拠は社会契約説による国家形成が権力者に課す義務であり、自然法に基づく人に固有の権利だ。他方で、利害主体からすればその根拠は主権者が無知であること、認識能力に限界があるという事実に起因する。このとき、法権利と利害に見られる合理性の違いを示して、主権者が無知であるがゆえに「無能」であることを明らかにしたのが古典派自由主義経済学としての政治経済学である。社会契約説は国家の法的設立の根拠であるにしても(立憲主義)、そこで働いている経済過程は契約説に則った統治=主権の図式では説明できない。これはいわゆるイデオロギーと現実のずれではない。その両者が共に近代自由主義国家、市民社会を構成していることが自由主義の現実なのである。
 主権の場に経済人と市民社会を導入し、経済領域に固有の合理性があることを唱える政治経済学は、「いかに統治するべきか」を教えるかわりに、「このように統治してはならない」と説く。フーコーがカントの啓蒙論を引いて唱える意味での統治理性「批判」として登場し、経済領域に対する主権的介入の不可能性を示して〈経済主権〉――経済領域に対し主権者が法-政治的に介入する――という発想そのものを否定するのだ。たとえば『国富論』での議論は、思想史的に見れば、もちろん重商主義の学説や政策に対する批判、政策技術上のミスや理論的誤謬に対する論争的な介入ではある。しかし統治理性の歴史にとっての問題はそこではない、とフーコーは考えている。
アダム・スミスの政治経済学、経済的自由主義は、こうした〔経済主権という〕政治的プロジェクトを全否定します。もっと過激な言い方をすれば、国家と国家主権を指標とするような政治理性を無価値とするのです(NBP,p. 288. 三五〇頁)。
 経済学が主権から経済領域を「かすめ取る」とは「国家と国家主権を指標とするような政治理性」、そのような統治理性を退けることである。この点でスミスは重農学派とも必然的に袂を分かつ。見えざる手のはたらきを経済表によって理論的に明らかにすることはできないのである。経済主権という発想自体を否定するならば、自然性という経済過程総体への理論的把握の可能性そのものを断念しなければならない。したがって経済表もそれに基礎づけられた専制の擁護もありえないというわけだ(NBP, p. 287-90.三五〇-三五二頁)。
 しかし経済的なものの把握に基づかない合理性とは何に依拠しているのか。主権者に無知かつ無能であることを求める――権力を剥奪されても主権者そのものは存在する――統治理性は、何に基礎づけられているのか。それは「被治者の合理性である」というのがフーコーの答えである(NBP, p. 316. 三八四頁)。これは【2】で参照したベッカーの合理と非合理をめぐる議論を想起させる。ほとんどすべての人間行動は合理的である、なぜなら合理的だから(経済学的に論証できるから)というのがベッカーの主張だった。経済に固有のメカニズム、すなわち人間行動の合理性を尊重するのが自由主義以後の統治の基礎であるならば、経済人の経済的合理性は無限に拡大され、すべては経済的なものになる。しかしそこに一体何の問題があるというのか。そもそも市民社会とは経済人が住まう統治空間として構想された「現実」だったのではないだろうか。そうだとすれば問題は市民社会を告発することでも、経済的なものに覆い隠された政治的なものや社会的なものを復興させることではないだろう。社会的なものはすなわち経済的なものであるのだから。ではフーコーはどこに統治をめぐる争いの領域を設定するのだろうか。そこでどのような争いが生じると考えているのだろうか。最後にこの問いを考えてみよう。

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【5】対抗導きとしての自由主義

 @被治者による被治者の統治としての自由主義
 統治の争いとは統治者と被治者が結ぶ関係のあり方にほかならない。このとき統治者と被治者との関係は、本稿の主題との関連で言えば統治理性、より一般的には〈真理体制〉、すなわち真理であるとされる言説の通時的・共時的なあり方と不可分である。このような統治をめぐる争いをフーコーは〈導き〉と〈対抗導き〉という言葉で呼び習わしており、統治の歴史とは〈対抗導き〉の歴史であるとも述べている。統治論の観点からすると、自由主義には決定的に新しいところが一つある。統治の根拠を被治者が行う合理的計算、被治者の合理性に求める点である。
 この新しさは二つの異なる区分が交差した地点で生じるとフーコーは言う。一つは合理性の由来、もう一つはその根拠である。由来とは、統治が被治者と統治者のいずれの主体の元にあるかの区分で、根拠とは、合理性が英知か計算のどちらから導き出されるのかについての区分である。フーコーはこの二種類の区分を国家理性の登場前、登場後、自由主義の三つにあてはめる。つまり西洋には、大きく分けて三つの統治類型が存在しているということになる。まず国家理性論の登場以前は、統治者である君主が世界の秩序に関する「真理」の所有者として登場する。次に国家理性論が登場すると、いわば神学的世界観に基づく合理性に対して、計算に基づく合理性が対置される。ただし計算から導かれる合理性は、あくまで君主という統治者を中心として組織される合理性である。
 これに対し十八世紀の自由主義は、国家理性論に対し、政治経済学に依拠した被治者の合理性を対置する。ここで被治者とは「経済主体であり、一般的に言えば、利害主体」である。「一般的な意味での『利害関心』を満足させるために、一定の手段を望むような形で用いる者」のことだ(NBP, p. 316. 三八四頁)。自由主義型統治は、こうした個人の合理性に基づいて調整される。この三番目の統治類型では〈自由〉が二重に尊重されるべき概念として登場する。それはもちろん被治者に備わる自由である。しかしこの自由は主権者や政府による権利の制限に法的に対置されるような、個人の権利としての自由であるだけではない。自由は「統治性そのものに不可欠な要素」として尊重されなければならない。この点は『安全・領土・人口』の最終講義でも繰り返し述べられている。
自由を尊重しないことは、法に照らして権利を濫用するということだけでなく、とりわけ、しかるべき形で統治できていないということなのです。自由と、自由に固有な限界とを統治実践の場の内部に統合することが、今や最重要課題になったのです(STP, p. 361. 四三二頁)。
 こうしてみると自由主義型統治は奇妙な統治である。統治者は無知・無能であるだけでなく、経済人として市民社会に住まう被治者の自由と合理性を尊重する義務を課されている。だがこのように被治者の自由が際限なく広がる一方で、経済的なものを法と権利に対して決定的に有利な立場につけるとき、被治者に固有の合理性を統治の合理性として認めることを通して、被治者を統治の舞台に、統治者として上げるという決定的な政治的リスクが冒される。自由主義型統治という〈導き〉のあり方への〈対抗導き〉の可能性を、この統治形態は前提条件として組み込んでいる。政治経済学が統治の科学ではなく「批判」であるかぎりで有効ならば、その批判の矛先は政治経済学が作り上げる「現実」に対しても当然向けられることになるからだ。

 A終末論としての対抗導き
 〈対抗導き〉は終末論によってもたらされる、とフーコーは言う。あらゆる国家は、世界がいったん破滅し、救済が訪れるのではないかという発想を否定し、いまここにある支配体制が永遠に続くと主張する。しかし「終末論」は、そのように自己主張する国家にもまた終わる時が来るのではないかと唱える。『安全・領土・人口』の中ほどで、フーコーは実際には読み上げなかった講義原稿にこう記していた。
統治性分析とは〔中略〕「すべては政治的である」という命題を含んでいます。〔中略〕政治とは統治のあり方〔統治性〕に対する抵抗、最初の蜂起、最初の対決と共に生まれたものにほかならないのです(STP, p. 221n5. 二六七頁編注5)。
 中世国家を刷新した領域国家が主張する無時間性に挑戦し「時の終わり」を告げる「政治」、それが市民社会なのだ。
国家の無限定な統治性が停止する時、それは何によるのでしょうか。それはまさに社会そのものとなるものの出現によります。市民社会が国家による制約と監視から解放された暁には、国家権力がここでいう市民社会に吸収されたときには、〔中略〕歴史の、とは言いませんが、少なくとも政治の時間、国家の時間は終わることになるのです(STP, pp. 363-4. 四三九頁)。
 「社会」が出現することによって国家理性型統治の永続性は否定される。既存の意味での政治の時間は終わる。法的主権の論理とは異質な国家社会の構成原理が、〈対抗導き〉として現れるからだ。「社会」とはフーコーによれば、被治者による「政治」としての〈対抗導き〉の三形態の一番目である。二番目と三番目の〈対抗導き〉の主体とされるのは、それぞれ住民集団population と国民=民族nation である。終末論が「革命そのものへの権利」という形を取り、住民自身が「叛乱の絶対的権利として」国家へのあらゆる従属とそれを定める規則を否定し、国家の真理とは異なる自らの根本的な欲求に基づいて法を立てる、いわば「人民革命」の実践が二番目の類型となる。これに対して三番目として挙げられるのは、国民=民族が主体となり、国家社会に関する真理を保持する力が我々にはもうあるのだと主張し、国家と対峙する「終末論」である。この三つは時代順に並んでいるわけではないが、いずれも自由主義型統治が統治の歴史に導入した「被治者の合理性による統治」という観点から出発し、既存の統治が有限であることを示している。
 しかしそうであるならば、ファーガスンが描いたような、文明社会として無時間化した市民社会に対してもまた、終末論を告げる対抗導きがあるはずだ。フーコーは簡単に取り上げるだけだが、ヘーゲルからマルクスに至る市民社会論と資本主義的生産様式に対する批判をその一つとして挙げうるだろう。しかしどの対抗導きも統治そのものを終わらせることはできないし、そのことを目指してもいない。どの終末論も対抗導きであるかぎり、導き=統治であるからだ。この意味で統治とは、統治性講義の各所で様々な表現で述べられるように、国家に関するかぎり、絶えざる国家化を目指す運動であり、すべての統治は国家になることを目指している。言い方を変えれば、フーコーにとっては「国家の廃棄」は問題ではなく、国家がどのように機能するかが問題なのだ。

 B市民社会への対抗導き
 さて上で見たように、自由主義型統治が登場することによって、三つの統治類型が導きの場に登場する。
十九世紀以来、一連の統治合理性が重なり合い、支え合い、異議を唱え合い、争い合っているのです。真理に基づく統治術、主権国家の合理性に基づく統治術、経済主体の合理性に基づく統治術、一般的に言えば被治者自身の合理性に基づく統治術があるのです(NBP, p. 316. 三八五頁)。
 ある教説(宗教的であることもあれば「科学的」であることもある)に基づいた世界秩序という意味での真理に基づく統治、国家に関する知に基づく統治、経済的合理性に基づく統治――この三つが「重なり合う」と言われている。これはどういうことなのだろうか。ただちにわかるのは、これら三つが十九世紀から今日に至るまで、導きに関する三つの傾向として併存するというフーコーの見立てである。たとえば一番目の真理に基づく統治は、個人の利害ではなく歴史に基づく合理性を基礎とした、マルクス主義という形で存続する。二番目の国家理性や絶対主義に擬せられる人格的統治者による統治については、独裁政権という形で残っているのではないかと述べられている。本稿では、三番目の統治術たる「経済(学)」について見てきた。このようにして近代的な統治に関して、三つの導きと三つの対抗導きが得られることになる。しかし導きに関する真理-歴史、君主-国家、経済という区分と、対抗導きに関する人口=住民集団、国家=民族、市民社会という区分とを一対一対応させることはおおよそ不可能だろう。そもそもこの導きと対抗導きに関する区分は、自由主義型統治が経済人と市民社会という概念を統治理性の歴史に持ち込んだことで現れた。対抗導きの三類型もまた、被治者の合理性に基づく、被治者による被治者の統治という新たな観点が登場したことで共に出現するのである。
 一つの疑問が生じる。フーコーの自由主義論は経済領域が全面化する過程を記述している。確かに対抗導きがあるとは言うけれども、たとえば人民革命が全体主義を招くように、対抗導きも導きも技術として同じであり、区別がつかないのであれば、自由主義を歴史の必然と認めて(新)自由主義を擁護しているのではないのか。そうであるからこそ公的領域としての市民の政治的空間を経済人の論理とは別のところで描くべきではないのか、と。しかしフーコーの自由主義論から導かれる政治的争点はそこにはない。
ベッカーの議論に見られるように、政治経済学は統治の科学を「批判」する言説となることで、経済学に固有な領域を確立するのではなく、むしろ経済を解消-消去してしまう。社会的営みはすべて経済的営み(労働、生産、交換、消費等)によって媒介されていると論じるならば、すべてはつねにすでに経済的である、ゆえに特に経済的なものはなにもない、ということになるのである。
 ベッカーは経済人概念を、現実を受け入れる「統治可能」な存在として再定義するというフーコーの議論を思いだそう。統治論の観点からすれば、ベッカーの議論は、現実を受け入れなければならないのは被治者としての経済主体ではなく、人間行動の科学を標榜する経済学の方だと宣言するに等しいのではないかと思われる。経済学は統治の科学では「ない」のだし、行動の結果について善悪の判断を下さないのだから、行動を後づけするだけだ。言い換えれば経済学は、すべては経済的であるというテーゼを愚直に実行することで、被治者が現実と結ぶ、関係のありように関する問題、すなわち統治の問題を浮かび上がらせる。経済の論理と同義にされた「市民社会」の領域の中で、その統治の論理と同じ道具立てを使った対抗導きの可能性が図らずも示されるのである。
 しかし自由主義は十九世紀後半以降、社会問題の対応に迫られて自由放任を批判し、何らかの形で介入的になることを迫られるという事実についてはどうするのか。これは三つの統治類型の「重なり合い」で説明できるだろう。自由主義型統治は実際のあり方としては三者をそれぞれの形で混在させている(たとえば、不況時にはケインズ主義的政策を採用することをいとわない新古典派総合)。もちろん純粋な自由主義型統治は理念型として理念的に作動するのであり、それが「右」からの対抗導きを統治空間の中で構成する(ハイエクが掲げる古典的自由主義への回帰)。市民社会には、経験論的な社会形成の論理として市場メカニズムに擬せられた利害主体と、社会契約論と自然権に基づく法権利主体という異質な二つの論理が存在する。この統治空間で覇を競う介入型自由主義(ケインズ主義、福祉国家、オルドー自由主義等)という導きは、利害と権利のいずれかの論理を掲げて登場する、革命運動と社会問題といった対抗導きへの反応=反動[リアクション]でもある。
 フーコーは『生政治の誕生』を「政治とは何か」という問いかけで締めくくっている。
結局のところ政治とは何でしょう。様々な指標と結びつく統治術のはたらきであり、そうした様々な統治術が引き起こす論争ではないのだとしたら(NBP, p. 317. 三八五頁)。
 「統治術のはたらき」とは一般的な意味の政治闘争として、また「論争」は理論闘争として捉えてよいだろう。いずれも「どのように導くか」「導かれないか」という問題設定をめぐる争いであることは間違いない。対抗導きは「終末論」として現れるならば、自由主義型統治への対抗導きもまた「終末論」である。したがってこの対抗導きは、被治者の合理性による統治という自由主義型統治の実践が作り出す現実のなかで、そこで用いられるのと同じ技術を用いて、市民社会という統治空間のなかで、市民社会の時間を終わらせるものとして現れなければならない。【了】

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【註】
1 Michel Foucault, Dits et écrits, Paris : Gallimard, 1994, IV, p.374.(以下、DE と略記)「無限の需要に直面する有限の制度」西永良成訳、『ミシェル・フーコー思考集成 \』筑摩書房、二〇〇一年、二一八頁。本稿でのフーコーのテキストの引用は、訳文を変更している。
2 ハーバーマス『公共性の構造転換』をはじめとして、市民社会civil societyの概念史と議論の現状を論じた文献は多数あるが、近刊書では植村邦彦『市民社会とは何か』平凡社、二〇一〇年を参照。本稿で「市民社会」という訳語が指す範囲は、十八世紀後半以降の、国家から自律した領域として構想された「市民社会」である。
3 DE, IV, p. 89. 「ミシェル・フーコーとの対話」増田一夫訳、『ミシェル・フーコー思考集成 [』筑摩書房、二〇〇一年、二五八頁。
4 〈導き〉conduite、〈対抗導き〉contre-conduiteについて、コレージュ・ド・フランス講義録の邦訳書では「反-操行」という訳語が採用されている。しかしフーコーの一九七〇年代後半以降に展開する統治論では「導き」とは自己と他者を導くこと、すなわち広い意味での〈統治〉gouvernementの実践を指す。したがって概念間のつながりを明確にするために「導き」の語を用いる。詳しくは以下を参照。箱田徹「抵抗の不在、闘争の遍在―フーコー統治論の主体論的展開について」、『現代思想』第三七巻第七号、二〇〇九年、一五四-一七一頁。また、司牧(牧人)革命と導きに関する議論については、市田良彦『革命論』平凡社、二〇一二年の終章を参照。
5書誌はそれぞれ以下の通り。Michel Foucault, Sécurité, territoire, population, Paris: Gallimard/Le Seuil, 2004.『安全・領土・人口』高桑和己訳、筑摩書房、二〇〇七年。Michel Foucault, Naissance de la biopolitique, Paris: Gallimard/Le Seuil,2004.『生政治の誕生』慎改康之訳、筑摩書房、二〇〇八年。以下、それぞれSTPNBP と略記し、引用箇所について原文と邦訳書の頁数を順に本文中に示す。
6 たとえば次を参照。箱田徹『抵抗と権力から統治の主体へ(仮)』慶応義塾大学出版会、近刊[作成者註:『フーコーの闘争――〈統治する主体〉の誕生』を参照]。佐藤嘉幸『新自由主義と権力 フーコーから現在性の哲学へ』人文書院、二〇〇九年。雨宮昭彦『競争秩序のポリティクス ドイツ経済政策思想の源流』東京大学出版会、二〇〇五年。
7 ライオネル・ロビンズ『経済学の本質と意義』辻六兵衛訳、東洋経済新報社、一九八一年、二五頁。訳文は原文を参照して変更。
8 Gary Becker, The Economic Approach to Human Behavior, Chicago: University of Chicago Press, 1976, pp. 153-4.
9 Becker, The Economic Approach, p. 167.を踏まえたと思われる表現。「非合理的行動であっても現実を受け入れなければならず、例えば、機会集合内にはもはや存在していない選択を求めることはできない。またこれらの集合は不規則な変数によって固定または支配されるのではなく、様々な経済変数によって体系的に変更される。〔中略〕したがって体系的反応が、大半の非合理的行動を含んだ多様な決定規則とともに、期待することができる」。
10 ヒューム「原始契約について」小西嘉四郎訳、『世界の名著 27』中央公論社、一九六八年、五五一、五五六頁。
11 Manfred Riedel "Gesellschaft, bürgerliche," in O. Brunner, W. Conze, R. Koselleck, eds., Geschichtliche Grundbegriffe, t. 2, Stuttgart, E. Klett, 1975, pp. 749-750.『市民社会の概念史』河上倫逸・常俊宗三郎編訳、以文社、一九九〇年、五一頁。訳文は変更した。
12 スミス『国富論』第四篇第二章。
13 次の論文は「見えざる手」という表現がスミスの創作ではなく、十七世紀以降に神学等の領域で頻繁に用いられていたことを指摘・検証し、スミス自身の意図を完全に推し量ることはできないが、同時代の読者はこの表現に摂理という意味を読み取ったはずだと主張する。Peter Harrison, "Adam Smith and the History of the Invisible Hand," Journal of the History of Ideas, 72(1), 2011, pp. 29-49.
14 スミス『国富論』第四篇第九章。このとき、周知のように、政府が果たすべき義務は「自然的自由の体系に従って」国防、司法、公共事業の三つに限られる。

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※以上は執筆者のPCに保存されている校了時の原稿です。


*作成:箱田 徹
UP: 20130912
全文掲載  ◇Foucault, Michel
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