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「命の技術、どう付き合う 「出生前診断」「iPS細胞」」

高久潤 2012/11/05 『朝日新聞』
http://www.asahi.com/culture/intro/TKY201211040186.html


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 ※詳しくは(初版はもう入手できないと思うので)近刊の『私的所有論 第2版』第9章をどうぞ(立岩)。

 「【高久潤】新しい出生前診断やiPS細胞(人工多能性幹細胞)など「いのち」を巡る画期的な技術に注目が集まっている。急速に進む技術革新は、倫理や安全性という制約を乗りこえるようにもみえる。何を考えるべきなのか。
 新しい出生前診断は、血液検査によって、子どもがダウン症かどうかを「高い確率」で診断できる。ただ「命の選別」という問題が残ると批判が根強い。
 立岩真也立命館大教授(社会学)は「こんな子どもが生まれてきてほしいという親の願望があるのは普通だ。でも、それが完全に満たされるべきだと認められているわけではない。根底には、誰も他人のことを決めてはならないという規範がある」と指摘する。立岩さんが注目するのは「子どもは授かりもの」という言い回しだ。「授かる、という受動的な言葉には、どのような存在かはわからないという意味が含まれている」
 高い確率でダウン症と診断された場合、中絶を選ぶ人が多いというデータがある。ダウン症の人にとっては、同じ障害を持つ人の存在が否定され、必要な支援を受けづらくなる恐れもある。「何らかの障害ゆえに『生きづらい』と感じるなら社会が間違っているのであり、障害を抱えていること自体が原因なのではない」と話す。

 □他者の「あり方」に介入する危うさ
 今年のノーベル医学生理学賞の授賞につながった山中伸弥京都大教授の功績はiPS細胞の作製だ。生命の萌芽(ほうが)である受精卵を潰して作られるES細胞(胚(はい)性幹細胞)に比べて倫理的なハードルが低いとされ、ES細胞研究には反対するローマ法王庁も研究を歓迎する。体の色々な組織に変化できる「万能性」はES細胞と同じだ。
 思想家ユルゲン・ハーバーマスは『人間の将来とバイオエシックス』(2001年)で着床前診断などに言及。遺伝子レベルで生命の質に介入する技術は「規範的構造をもった我々の生活形式を掘り崩す」と述べ、現代社会に取り返しがつかない影響を与えると警鐘を鳴らした。
 訳者の三島憲一東京経済大教授(ドイツ思想)によると、ハーバーマスは、伝統や宗教的な規範が弱まった現代、私たちが従う規範の根拠は対等な市民のコミュニケーションから生み出すしかないと考えるという。
 遺伝子レベルの介入が問題になるのは「他人が、ある人間の『あり方』を決めることにつながってしまう」からだ。「例えば、子どもは親から強く影響を受けても、成長するなかで自由で対等な関係を作れる。だが、生命の質を誰かに決められると平等な関係は損なわれてしまう。ハーバーマスが指摘して10年以上たつが、問題は同じだ」

 □次々生まれる問い
 だが、技術の発展が止まる気配はない。
 生命倫理に詳しい科学ライター粥川準二さんは「結局、起こりうることを具体的に考えて、一つずつ決めていくしかない」とみる。例えば、iPS細胞が実際に医療現場で使われるようになった時、経済的条件の違いで、危害や負担を被ることがない仕組みをどう作るか。提供した人の遺伝情報が残るiPS細胞はどういう範囲で利用が許されるのか。「問いばかりが生まれ、決まる前に次の技術発展がやってきている」
 難問をどう解いていくのか。一つの手段は、震災後の国のエネルギー政策を決めるのにも持ち出されている「熟議」だ。一般市民と専門家が、議論すべきことは何かという根本的な問いから、時間をかけて話し合う。再生医療でのiPSの実用化はまだ先のようだから、それだけの時間は十分ありそうだ。
 平川秀幸大阪大准教授(科学技術社会論)らの研究グループは再生医療を巡る熟議を2010年、全国16カ所で1年間にわたって繰り返した。市民や専門家ら計180人が参加した。
 平川准教授は「何を倫理的な問題とするかは、人や属性によってかなり違った。他の人が何を問題と感じたり、考えたりしているのかを知る場は専門家にも不可欠。そうした過程が、決めるためには必要だ」と話す。」(朝日新聞デジタル・12/11/05 全文)


UP: REV:20130313
出生前診断  Shin'ya Tateiwa
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