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「1字1字紡いだ16万字」

原 昌平 20120331 読売新聞(夕刊 大阪本社版),11p.
[Korean]

last update:20120502


 重度障害で意思伝達に困難を伴う東京都武蔵野市の天畠大輔さん(30)が、 立命館大大学院の先端総合学術研究科(京都市)で修士に相当する2年間の課程を終えた。 発語ができず、体はほとんど動かず、文字を読む視力もないが、通訳者の協力で1文字ずつ 確定させる「あかさたな話法」と、インターネット利用の無料テレビ電話で授業に参加し、 自身のコミュニケーションをテーマに164n、約16万字に及ぶ障害学の論文を書き上げた。


かすかなサイン通訳介し論文
立命大大学院 重度障害の30歳

 天畠さんは14歳の時に一時的な糖尿病になり、診断・治療のミスで脳障害を負った。意 識も聴覚も正常だが、意思表示は快・不快の表情しかできず、医師は「知的レベルも幼児段 階まで低下した」と言った。
 それを信じなかった母の万貴子さん(59)が4か月後、50音表の利用を思いついた。「言 いたい文字があれば何かサインを」という求めに、天畠さんが1時間かけて「へつた」(腹 が減った)と伝えた。後に自ら名づけた「あかさたな話法」の始まりだった。
 通訳者は、天畠さんの右手か首に触れながら「あかさたな……」と行の名を読み上げる。 「た」の時に筋肉が動けば、次は「たちつてと」と読み上げる。「て」の時に反応すると、 やっと「て」の文字が確定する。
 現在は19人が介護ヘルパーとして通訳を務める。慣れた通訳者は「おは」と続けば、「お はよう、ですか?」などと予測して提案する。意思に関係ない不随意運動も起きるため機器 での意思伝達はかえって時間がかかり、「人を介した通訳が私にはベスト」だという。
 2004年からルーテル学院大(東京)に車いすで通い、学生らの協力を得て卒業。10年度 に立命館大大学院へ進んだ。論文作成では、母と通訳者にインタビューを行い、通訳をめぐ る課題を探った。文献は読み上げてもらって記憶した。
 指導する立岩真也教授(社会学)は「京都までの移動が大変なので、大学の障害学生支援 の予算も活用し、ネット電話の『スカイプ』を使うなどの工夫をした。論文は、彼のような 方法でのコミュニケーションの実際を初めて明らかにした貴重なものだ」と話す。
 「障害者のための通訳者が社会的に認知され、制度保障が実現するのが理想」という天畠 さん。4月からは日本学術振興会の特別研究員に採用され、博士課程で研究を続ける。フラ ンスでの調査も計画中だ。
 『声に出せない あ・か・さ・た・な』という自伝も6年がかりで書き、近く生活書院か ら出版する。


障害者の社会参加欠かせぬ通訳支援

 情報・コミュニケーションの支援は、障害者の活動や社会参加に欠かせない。聴覚障害な ら手話通訳や要約筆記、視覚障害なら点字や朗読、盲ろう者だと指点字や触手話が必要にな る。
 脳障害や神経難病で発信が困難なケースもある。典型的なのは筋委縮性側索硬化症化症 (ALS、難病医療受給者は約8400人)で、意識は鮮明なのに全身の筋肉が動かなくなる。 指先の動きやまばたきなどでパソコンを操作する意思伝達装置は支給されるが、うまく使え る人ばかりではない。
 この領域にも通訳の制度が必要だろう。当事者による研究はその基礎になる。


盲ろう者の福島智・東京大教授(障害学)の話

「私は情報の『受信』、天畠さんは『発信』の面で、大変な努力を要している。途方もない 困難の中で、一つひとつの言葉をつむぎ出すことに全力を尽くす彼の存在は、効率性と迅速 さを求める傾向の強い現代社会に様々な示唆を提供できる」


(編集委員 原昌平)

[PDF版]


*作成:小川 浩史
UP: 20120502 REV:
天畠大輔  ◇障害者と教育  ◇障害学生支援(障害者と高等教育・大学)  ◇異なる身体のもとでの交信――情報・コミュニケーションと障害者  ◇全文掲載 
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