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池田 敬二「「電子出版市場1兆円」へのシナリオ――クロスメディア時代の出版印刷・36」

2012/02『プリバリ印』2012年2月号, 日本印刷技術協会.

last update:20120223
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 「電子出版市場1兆円」へのシナリオ
 市場拡大が見込まれ、有望とされている電子出 版市場。コンテンツをユーザーが購入するB to C 市場以外にも、出版コンテンツを「サービス」とみた 場合、さまざまな領域にビジネスが広がっていく。定額読み放題サービスやB to B市場を中心に、出版コンテンツが持つ市場拡大へ向けたアイデアと、そのための施策や実践法について考察する。

  電子出版市場を1兆円にするために
 筆者は2011年11月に、新社会システム総合研究所主催のセミナー「『電子出版市場1兆円』へのシナリオ」で講師を務めた。同じく講師を務められたナクソス・ジャパン(株)代表取締役社長の佐々木隆一氏から、最初にこのセミナーのテーマをお聞きした際には大変驚いた。2015年には2,000億円に上るとされる電子出版市場予測(インプレスR&Dによる)を2020年には1兆円になると設定し、施策やアイデアをもろもろ考えていこうというのである。
 当初はあまりに狼少年的なスローガンではないかと戸惑った。だが、従来型のB to Cビジネスモデル だけでなく出版コンテンツをサービスのひとつとし て捉えたB to Bモデルや定額読み放題サービスな ど、デジ夕ルならではのビジネス形態を考えていくと、1兆円市場も夢ではないと思えるようになった。なお、セミナーで発表された電子出版市場予測の内訳は、2020年にB to C市場2,000億円、アクセシビリティー市場3,000億円、B to B市場3,000億円、 健常高齢者市場3,000億円の合計約1兆円である。これは単なる予測ではなく「こうした視点で1兆円市場を一緒につくっていきましょう」とした数値であった。
定額制電子書籍選集閲覧サービス「YDC1000」の概略図


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スコット・ベルスキ著/関 美和訳『アイデアの90%』(英治出版)
  新たな電子出版サービスが展開されつつある
 病院、美容院の待ち時間や旅客機のフライト中などに出版コンテンツが活用できるのではないか、また、このような施設に電子出版コンテンツを提供して はどうか、という提案は従来よりなされてきた。それが現在、本格的に始動しつつある。
 日本を代表する漫画家、手塚治虫の著作権などを管理する手塚プロダクションが2011年10月に発表したのは、まさにこのようなサービスである。月額制の無線LANを使って、携帯電話販売店や美容室、飲食店、駅などの半径約30メートル以内に手塚作品を配信する。ユーザーは『火の鳥』『ブラック・ジャック』といった手塚作品約400点を、スマートフォンやダブレットPC、各種端末、PCで閲覧できる。
 一方、学術出版社の有斐閣とITサービス企業 の日本ユニシスは、定額制の電子書籍選集閲覧サービス「YDC1000」を2011年12月より開始した。研究者だけでなくビジネスの世界でも研究書や古典的な文献などは入手困難なことが多く、手に入る場合でも希少性が高いために、手間や定価以上の費用が掛かる傾向がある。その状況を見込んで、絶版本や入手困難な有斐閣の「古典」とよばれる 貴重な出版コンテンツを対象にしたのが、この定額制読み放題サービスである。2012年3月末まではプレオープン期間として無償提供し、4月からは有償でのサービス開始を予定しているという。
 これら2つの事例は、出版コンテンツの新しいビジネスの可能性を示すものだ。それぞれ漫画と学術書で分野は異なるが、ほかのあらゆるジャンルにも適用できるといえるだろう。

  アイデアを自由に共有し、 新しい市場を切り開く
 電子出版が台頭しつつあるなか、従来型の紙による出版ビジネスも含めて互いに刺激し合い、活性化させる方法を「クロスメディア」という言葉に込めて考えると、デジタルだからこそできる機能やサービスをこれまで以上に実験的に始めることがなによりも大切である。新たな利用法がコンテンツの価値に光を与え、紙の出版にも潤いをもたらすことは、十分に考えられるからだ。
 これまでビジネス上のアイデアというと、各社の秘密事項のように考えられてきたが、出版社という枠組みを超えてジャンルで束ねたサービスなど、新た な視点も必要になってくる。最近読んだ『アイデアの99%』(スコット・ベルスキ著/関美和訳/英治出版)は、アイデアを生み出す発想法ではなぐ実現さ せる手法に重点を置いた著作であった。帯にはアートディレクターの佐藤可士和氏が「実現しないアイデアはアイデアとは呼ばない。単なる妄想だ。」とい うメッセージを寄せている。特に印象的なのは、アイデアを公開し、自由に共有することで実現の可能性を高めることができるという指摘であった。
 出版業界にクロスメディアビジネスを切り開くには、こうした視点が必要だと強く感じている。これまでの商習慣や発想にとらわれることなくまったく新しい視点でアイデアを共有することで、新たなサービスが生まれ、市場に受け入れられていく。最終的には市場規模の拡大につなげていけるはずである。出版コンテンツの価値が再発見されれば、紙の出版にも必ず呼び水となる。そのためにはアイデアをオープンにして、実践させていくことが望まれる。


(作業者注:ページ上部コラム)
池田敬二[いけだ・けいじ] 
大日本印刷(株)電子出版ソリューション本部
1994年東京都立大学人文学部卒業後、大日本印刷に入社。
入社以来、出版印刷の営業、企画部門を歴任。“混迷の時代こそ面白い”がモットー。趣味はジャズと空手。JAGAT認証クロスメディアエキスパート。日本電子出版協会クロスメディア委員会委員長。JPM認定プロモーショナルマーケター。


*作成:青木 千帆子
UP: 20120223 REV:
全文掲載  ◇池田 敬二  ◇電子書籍 2012 
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