私たちは、「語りの余白」すなわち、欠如している知識の存在を何かの契機に理解することによってはじめて、一般的になった知識がどのように他の知識を周辺に追いやり忘却されたうえで生み出されてきたかを考えることができます。 被災した障害者の避難について忘れられていたこと、私は、それは、1970年代障害者自立生活運動や、1981年国際障害者年のスローガンで主張された”nothing about us, without us”という視点だと考えます。この視点こそが、最も重要で、かつその不在を見落とされていた「語りの空白」なのではないでしょうか。
東日本大震災は、私たちが忘れてしまっていた「語りの余白」の多くを思い出させる契機となりました。同心円状に放射線が飛散するイメージであれ、原子力のイメージであれ、介護を必要とする障害者の避難であれ・・・。問題は、私たちがその知識を忘れていること、見落としていることに気づかなかったということです。
私たちは、あまりにも手痛い代償を払って忘却していた事柄が何であるかを知りました。均質な健常者の集団であることを想定されている社会において、障害者の避難の問題は周辺的な課題とされ、二の次三の次とされる間に、その詳細について検討しないままに忘れられてしまってきたといえるでしょう。今回皆様が経験された事柄について、つまり介護を必要とする障害者の避難について、それが周縁的な問題として位置づけられ、忘れ去られてしまうことに対し抵抗する努力を今私たちがしないならば、今後起きる災害においてもきっと同じ事態が繰り返されるでしょう。
本日の研修会のテーマである「私たちにとって本当に必要な福祉避難所とは」、この点について考えるためになされなければならないこと。それは、これまで災害に関して、あるいは介助を必要とする障害者の避難について繰り返し語られてきた「ボランティア」や「福祉施設」、「絆」や「支援」の物語ではなく、その傍らで忘却されていた事柄を掘り起し議論していくことだといえます。
本日は、各市区町村の担当者の皆様、また現場でこの災害を経験された施設管理者の皆様のお話をお伺いできると聞いてまいりました。講師としておよびいただきましたが、私が皆様よりなにかを多く知っているとは到底思えません。もう十分長々とお話いたしましたし、本日の残りの時間はぜひ、皆様のお話をお聞かせ願いたいと思います。私は何が忘れられてしまっていたのかを記録し、取りまとめ、公表していきたいと考えております。また、日を改めて何度でも通いますので、ご協力いただければと存じます。
引用文献
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