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カナダ、オランダ、英国の安楽死関連:介護職の証言で「植物状態」覆る

児玉 真美 201201 月刊介護保険情報,2012年1月号

last update: 20120223

カナダ王立協会、自殺幇助合法化を提言

 2010年4月に議会で自殺幇助合法化法案が否決されたばかりのカナダで、法改正を求める訴訟が相次いでいる。スイスの自殺幇助機関ディグニタスで自殺した脊柱管狭窄症の女性(89)の担当医と遺族とが、海外へ行かなくとも幇助が受けられるよう法改正を求めて提訴したり、ALS患者の女性グロリア・テイラーさん(63)がまだ自由が利くうちに死にたいと“死ぬ権利”を求めるなど、2011年は自殺幇助合法化を求める大きな訴訟が次々に起こされ、激しい議論が再燃した。
 そんな中、テイラー裁判の審理開始から2日後の11月16日、芸術・科学アカデミー、カナダ王立協会から自殺幇助と自発的安楽死の合法化を提言する報告書が発表され、英語圏のメディアは騒然となった。09年11月に同協会が立ち上げた終末期の意思決定を検討する専門家委員会が、2年間の検討を経て提言をまとめたもの。報告書は、意思決定能力のある成人なら、たとえターミナルな状態でなくとも規制・監督された制度下で十分に説明を受けた後で死を選択する「道徳上の権利」があるべきだ、そうした制度によって弱者が脅かされる「すべり坂」が起こるエビデンスはない、と結論した。
 法務相は、この報告書によって「議会がすぐに議論を再開する予定はない」とコメント。いくつもの裁判の行方と同時に、“死ぬ権利”をめぐる議論に注目が集まっている。

認知症が進行した女性に安楽死(オランダ)

 一方、世界で初めて安楽死を合法化した“先進国”オランダでは、認知症が進行した女性に積極的安楽死が2011年3月に行われていたことが判明した。ナーシング・ホームで暮らしていた64歳の女性で、名前は明らかにされていない。認知症が軽症の頃に、自立した生活ができなくなったり我が子が見分けられなくなったら安楽死させてほしいと、事前指示書(リビング・ウィル)を書いていたという。
 報道によれば、オランダではこれまでに認知症初期の患者21人が致死薬の注射で安楽死したとの報告もあるものの、進行した人の安楽死は今回が初めて。オランダでも例外的なケースであるため、当該地域の5つの安楽死検討委員会が調査した。その結果、医師は女性と何度も話をしており、本人の意図をきちんと理解した上での適切な行動だったと全ての委員会が承認した。また、オランダ医師会は今年「安楽死法は明らかに認知症患者と精神障害者にも適用される」と立場表明したばかりでもある。しかし、安楽死当時には女性は意思確認ができない状態だったため、同意を拒んだ医師もいたという(安楽死法では2人の医師の同意が必要)。

介護職の証言で「植物状態」覆る(英国)

 一方、英国では10月に、植物状態と診断されてケアホームで暮らしている女性(53)に夫と妹が望んだ“尊厳死”を、介護士など直接処遇職員の証言に基づいて高等裁判所が却下するという興味深いケースがあった。
 女性は事前指示書を書いていなかったが、家族は「誇り高く美しかった妻がこんな姿になって、本人も尊厳死を望むはずだ」「生きていることで妹が何を得られるというんです? 何の喜びもないのに」と訴え、女性の状態は生きるに値しないと主張して尊厳死を求めた。
 一方、女性を日々ケアしている介護士らから出てきた証言は、女性は「簡単な指示に従う」「外出の際、太陽の方向に顔を向け、頬に当たる日差しを楽しんでいるように見える。海がきれいよと声をかけると、海の方を向いた」「介護士に好みがあって、好きな介護士が入室すると目を開けてにっこりする」「夫の来訪の後に涙を流していたことがある」「特定の音楽を聴いたら涙を流す」「音楽を聴いて、その歌詞をつぶやくように口を動かしていた」……などなど。
 これらの証言によって、女性は「最少意識状態」であることが確認され、それまでの「植物状態」との診断が覆った。裁判官は「このような状況下で生命維持治療を差し控えたり中止することは違法行為である。もしも意図的に行われるなら、それは違法な殺人となる」と述べ、家族の訴えを退けた。
 言葉や文字によるコミュニケーションが困難な人の意識状態について、誰が最も詳しく分かっているかの指標は、専門性の高さでも権威でも続柄でもない。日々その人に直接触れながらケアしている介護職の証言を求めた裁判官の賢明さに、拍手を送りたい。きめ細かく丁寧なケアが一人の女性の命を救ったとも言える事件――。介護ならではの視点に大きな力と希望を感じさせる、嬉しいニュースだった。

UP: 20120223 REV:
児玉 真美  ◇全文掲載 
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