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池田 敬二「すべては読者のために――クロスメディア時代の出版印刷・33」

2011/11『プリバリ印』2011年11月号, 日本印刷技術協会.

last update:20111111
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  クロスメディア時代の出版印刷 33
  池田敬ニ
  すべては読者のために

「国際総合印刷機材展(IGAS)2011」の様子
 4年に1度の「国際総合印刷機材展(IGAS)2011」が東京ビッグサイトで開催された。出展社数は327社でプリプレスからポストプレスまで世界中の主要メーカーがずらりと顔を揃えた。特にデジタル印刷、プリントオンデマンドでは各社実績も増え、すべての出版コンテンツがデジタル化されるなら、だれもが読みたい本にアクセスできるという、理想的な読書の世界がみえてきた。クロスメディアが実現していくこれからの読書世界のあり方を検証する。

  Print your Future !―印刷は環境と共に進化する―
 2011年9月16日から21日まで東京ビッグサイトでIGAS2011が開催された。「印刷機材展」という名がついているので機材のスペック説明が主体、かつ来場者は技術系社員が中心で、営業や企画セクションのスタッフが会場に足を運んでもあまり有意義な情報は得られない、という印象を持つ人も多かっただろう。しかし、今年はプリプレス、印刷、ポストプレスまで、エンドユーザーの視点からどのようなビジネスが実現できるのか、という提案型の展示が数多くみられた。出版印刷の分野でも多くの実績や提案事例が示されていたのである。
 今回の目当ては、プリントオンデマンドの情報収集だった。出版コンテンツがデジタル化されると、読者にとっては通常の紙による書籍に加え、電子書籍、プリントオンデマンドでの出版サービスがいよいよ実現されるステージに入ったことになる。まさに今回のIGAS2011のテーマである「Print your Future !―印刷は環境と共に進化する―」を実感した展示会であった。

  なくなりつつある‘絶版本’という概念
 IGAS2011の開催と期を同じくして飛び込んできたニュースが、講談社・集英社・小学館など出版社20社が出版物のデジタル化を推進するための新会社「出版デジタル機構(仮称)」の設立に合意したというものであった。新会社の目的については、電子出版ビジネスの公共的インフラの整備による市場拡大や、日本の電子出版物の国際競争力強化、研究・教育・教養分野における電子出版物の利用環境の整備などがあげられており、「国内で出版されたあらゆる出版物の全文検索を可能にする」ことも目指すとしている。


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 出版業界の課題のひとつに、書店に行ってもほしい本がないということがある。ネット書店が受け皿にもなっているが、絶版になってしまった本を入手するのは困難である。こうした絶版本を含めてあらゆる出版コンテンツがデジタル化されれば、電子書籍の形式で、またはプリントオンデマンドで出力後に簡易製本というかたちで、入手可能になっていくだろう。つまり、売り手側にとって販売機会の損失である絶版という概念がなくなるのである。一冊一冊はわずかな市場であるが、これはまさにロングテールの領域。こうした領域をカバーすることは市場回復につながる可能性を秘めている。たとえば、在庫を豊富に持つことができない地方の小規模書店などに、出版コンテンツのデータベースと連動した簡易印刷・製本機「エスプレッソ・ブック・マシーン(三省堂書店神保町本店に常設)」を設置することができれば、読者にとっても書店にとってもハッピーなビジネスになりうる。

  めざすのは、格差なき知識のシェア
 すべての出版コンテンツがデジタル化されれば絶版の概念がなくなる、というのはあくまでも理想である。DTP化されていない古い出版物などをどのようなかたちでデジタル化するか、また著作権問題などの課題も残る。そんなことを考えている合間に、読者の立場として興味深い現象が起こった。
 『報道災害〈原発編〉事実を伝えないメディアの大罪』(上杉 隆+烏賀陽弘道著 幻冬舎新書)で紹介されていた『ジャーナリズム性悪説』(バルザック著 鹿島 茂訳 ちくま文庫)を読みたくなって、アマゾンの古本市場であるマーケットプレイスで検索したところ、『報道災害〜』効果か、定価760円の本に5,000円以上の値がつけられていた。自分の職場が世界的にも珍しいという本の街・神保町にあるので、この恵まれた環境を生かして気長に探索を続けたところ、数週間後に1,100円で入手することができた。
 さすが神保町と思ったが、絶版本を含めた古書探索には楽しい側面はあるものの、人によっては時間や金銭の浪費でもある。探したいのに、情報不足や地域的な制約で、コストパフォーマンスの高いルートを持たない人が大多数だろう。膨大な知のアーカイブに瞬時にアクセスできる環境が整えば、出版業界の活性化にもつながる。さらに、格差のない平等な知識のシェアと、どんな人にも喜ばれる読書世界の拡大も実現できる。そのための技術は印刷機材においても十分に揃ってきたといえる。あとは業界全体が課題を共有し、共通基盤を整えられるかどうかの問題である。すべては読者のために――エンドユーザーの視点を忘れず業界が一丸となれるか否かに、出版の未来がかかっている。

『ジャーナリズム性悪説』表紙写真

(作業者注:ページ上部コラム)
池田敬二[いけだ・けいじ] 
大日本印刷(株)電子出版ソリューション本部
1994年東京都立大学人文学部卒業後、大日本印刷に入社。
入社以来、出版印刷の営業、企画部門を歴任。“混迷の時代こそ面白い”がモットー。趣味はジャズと空手。JAGAT認証クロスメディアエキスパート。日本電子出版協会クロスメディア委員会委員長。JPM認定プロモーショナルマーケター。



*作成:青木 千帆子
UP: 20111111 REV:
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