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「「生存学」創成拠点事業推進担当者より (14)」

松原 洋子 20110923 「生存学」創成拠点メールマガジン第18号.

last update:20111008

グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点では、事業推進担当者として教員計17人が活動しています。今回は本学大学院先端総合学術研究科、松原洋子のメッセージを掲載します。


“gene”(ジーン)に「遺伝子」という訳語を当てるのはミスリーディング、という説がある。今やgeneは次世代への情報伝達以上に、生物の構造と機能の発現において定義されるべきだとすれば、その説にも一理あるかもしれない。中国語訳の「基因」(ジーイン)の日本語への転用なども提案されている。

エピジェネティクスの登場によって、次世代に性質を伝えるのはgeneだけではないことが明らかになってきたりもして、「遺伝子」の分はなお悪い。現代の分子生物学の知見からだけでなく、生命科学の正しい理解と適切な応用という観点からも、「遺伝」が喚起するイメージは一面的で重すぎる、といったところだろうか。

しかし細胞には歴史が刻まれていて、それが生命の連続性を支えているように、「遺伝子」という訳語にも歴史がある。「生命科学」という呼称が普及したのは1970年代以降だが、少なくともそれよりは古い。新しいものが優れたものとは限らない、というのが科学史家の基本的なスタンスである。“gene”にしても、造語されてから1世紀を経てその概念は大きく変容しており、専門分野によって用法は異なる。科学の術語の妥当性は、素人へのわかりやすさよりも、まず科学の文脈において吟味されるべきだろう。

日本の生物学者たちは「遺伝子」という用語にいかなる意味を込めてきたのか。その紆余曲折がわかってはじめて、「遺伝子」という訳語が誰にとってどう不都合なのかが、よく見えてくるのではないだろうか。

◇松原洋子(まつばら・ようこ)。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授、「生存学」創成拠点事務局長、生存学研究センター副センター長。『優生学と人間社会』(共著、2000)、『生命の臨界』(共著、2005)、“The Reception of Mendelism in Japan, 1900-1920.”(2004)ほか。





*作成:大谷 通高
UP: 20111008 REV: 更新した日を全て
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