last update: 20111120
《国民皆年金制度 3号被保険者創設の女性労働への影響》
■■ 1961年施行国民皆年金制度下で「任意」加入者であった多数の主婦が、「実質的な皆年金」施行を目指す1985年法改正で3号被保険者となる。企業や官庁に雇用され社会保険3法(雇用・医療・年金)の適用がある労働者、国民年金2号被保険者(図1, 2, 3の割合参照[#図なし])の配偶者が3号とされた(1, 2, 3の図表[#図表なし])。私見であるが、潤沢な厚生年金勘定から赤字が心配な国民年金勘定に1000万人分の年金保険料が移動するだけで年金勘定の運用が楽になり、かつ数字の移動だけで年金制度総体所有の金額は変わらない。運用上の妙手で、個々の「専業主婦」の老後の無年金解消が主目的とは、とても納得できない。
以来、2号の妻を無職(失業者)として規定し全額国庫負担で国民年金3号被保険者としたことで、この国の女子労働は以後25年間幾層にも分断され、現在のようなある種手のつけようもない状態になった。
■ 企業の家族ぐるみ管理
まず3号の認定は国ではなくて、2号の夫の勤務先の労務(名称は多種)課が妻を健康保険扶養家族と認め、企業内規定の家族手当(これも名称多様)加算もおこない、妻が市都民税もかからない103万未満の収入のあることを認定する。労務は厚労省認可の社労士の資格で国の業務を委託されたという形式が構築されている。
実は85年以前でも企業内妻手当は無税限度以下と内規があり、そこをこえると会社内規の配偶者手当を失い退職金計算にも響くため、如何に限度額を超えないため出勤調整の計算していた。
私が市川房枝さんあてに湿式複写の請願紹介依頼を書いた77年に、主婦のパート労働はすでに低賃金であった。3号はまだなかったが、企業内配偶者手当の支給目安で無税限度額はおなじ役割をはたしていた。
初めてとりくんだ請願署名運動であったが、無税限度額がパートタイマーを苦しめていることだけが世論にのせられた。しかし2010年の今総括するなら、その裏面で1985年、女を3分割支配する大きい国家企画を見通す力がなかった。その間、配偶者特別控除の創設と廃止まであり、時給労働者の社会保険3法非適用と無税限度額の提起は、「主婦」問題に歪曲された(パート・未組織労働者連絡会編『1980年代パート・タイマー白書』1989、p.141。その女性論的分析は立命館大学院〔当時〕村上潔さんのレポート〔「「パート」問題を捉える視座としての「主婦」問題・「労働」問題」【PDF】〕がある)。
「ジョブ・シェアリング」も長時間労働の解消策としての話題であり、当時は変形労働時間を含む大掛かりな労働基準法改悪が目前で、日々請願や集会や国会傍聴と大勢で行動していた。国民年金法が「大改造」され『3号』という楔を女性の労働に打ち込んだことに気づかずにいた。
総評解体で当時共に歩いた地区労の活動家も、なぜか今はいない。今アルタ前サウンドデモや渋谷区の宮下公園問題デモに当時の闘争の知恵は伝わっていないと、デモの最後尾を歩きつつしみじみと思う。25年の長期スパンで、ここまで女を資源として分割支配する完璧ともいえる「装置」の可視化、特に本稿テーマ高齢女性の「貧困」と、3号被保険者1000万人の存在、その奥にかくれる1号の妻たちのもつ重みを、総合的に労働問題として告発できる運動体はない。国と家族の二重の抑圧をうけ、女たちは個別貧困をかかえ市中の闇にいる。
1975年、「平和・開発・平等」と国連が宣言した。進行形である。1985年日本では、女に関する「法」制度が輩出し、皮肉な言い方をすれば国法で資源としての女を分断支配する「装置」が確定したといえる。均等法・派遣法の功罪ついては当事者から功罪ともども報告されている。国民皆年金の「綺麗ごと」の裏番組、国民基礎年金3号被保険者制度を軸に、「資源」として「活用」されつくされ、個人としては紛う方もない「貧困」に到達している下層女たちがじつは重層化していて、最下層はいまだ不可視状態である。
■■ 103万の壁をまもるため3号の妻たちが時給×労働時間の積を固定するので、時給が低く定数化してしまう。
不況の折、如何に省エネで家計に寄与できるか? 103万の枠内でのお得な働き方がワーク・ライフ・バランス・モデルとして、NHKで立教大小島貴子氏〔による〕解説が放映される昨今である。子育てに忙しい主婦はこの103万が可変数値であることを伏せ〔られ〕、ひたすら枠内稼働をめざせと時給を固定し労働時間をぎりぎり延長という使用者側「枠内コース」に誘導されてきた。派遣&パートと職場の呼称は異なるが、スーパー・百貨店・銀行・製造業等々の求人は103万「枠内・枠外」と2コース別に求人メニュウを用意し、「働き方」として定着している。
年収を103万に制限するのは、年金や税制度の欠点にたいする個人防衛行動である。労働者個人の意識、「家族制度に甘え夫の稼ぎに依存の」意識が古い、などと非難しても低時給は上がらない。たしかに専業主婦・妻帯者の存在は、職場でPE〔ペイ・エクイティ〕をかかげ女性の地位向上を「闘う」均等法受益層には、「敵」の背中にいる敵とみえるだろう。そこで103万枠内労働者は指弾をうける。だが個々の意識のあり方の新旧が問題なのではない。その立ち場が無権利で低いが故に、その場での表現が遅れてみえるにすぎない。広い意味での女子労働の「低賃金」性の打破では共に戦列をくまないと足元が固まらない。特にこの3号問題103万規制の主婦の甘え意識の遅れを、「お気楽主婦とは戦えない」ときめつけると、そこから関連する低時給問題の解決に向かうことができない(運用3号の問題も、個別「意識の低い主婦」の問題と原因を女性個人におしつけているが。1985年3号制度創出以来〔の〕年金制度におけるジェンダー・バイアスの視点から遠因――つまり本当の原因を解析するべきである)。
■ 低時給からの離陸
実は、103万の壁は攻略可能なのだ。
時給UPは労組運動ではなく、103万の壁をやぶればいい。所得基礎控除をたとえば5倍にすれば即解決する。連動で人的控除は廃止。端的なパート低時給救済論である。もちろん連動する生活保護の基準やBIの議論にも好影響がある。
無税限度額大幅UP。つまり基礎控除38万円をたとえば5倍にすれば、健保計算にも連動し200万未満年収の所謂ワーキングプアに大幅可処分所得をもたらす。税制のパブコメ(注:経済産業省経済産業政策局企業行動課、2009年10月税制改正要望)に労使双方からこの声はでているし、配偶者控除を含め全人的控除を廃止できる。
103万の壁問題は税制問題として冷静にみれば実に単純である。税制改定をもとめないできた労組の責任である。
■■ 現在隠蔽されている更なる下層「1号被保険者の妻の貧困」
3号被保険者の影にある1号被保険者の妻の扱いに、国民皆年金の無策が露見する。
もし本当に「国民皆年金」制度の趣旨で3号制度を創設したのであれば、1号の妻たちも103万の傘を共通しつつも3号として毎月15100円が国庫負担されるべきではないか? なぜ自分で掛金負担を? この疑問は年金制度精通の社労士のHPにものらない。見た目家族状況がおなじでも年金支払い事情は激変する。夫が国民基礎年金1号被保険者であれば、現状では無職の妻も1号になる。あるいは同額掛け金15100円の家計が払えず免除申請をする。免除がとおるとしても受給時点の50%減額受給が「懲罰」的に予定されている。免除申請には生活保護申請とおなじく「でどうなのよ」的に個人情報を(民間に格下げで臨時職員配置となった機構窓口に)開示する屈辱を味わう。
よくかんがえると、(妊娠・子育てなど母性役割が重く就労不可能で)無職なのになぜ3号になれないのだろうか? なぜ「国民皆年金」のテーブルから無視されているのか? 夫の職業による国の年金制度上重大な「差別」ではないか?
多く中小企業は業界団体で健保組合をもち厚生年金に加入し、その無職の妻は3号になる。1号該当者のおおくは、(所得税法56条で、家族まるごとの専業従事問題は認定や運用に重い問題があるので、今回は紙幅都合で割愛)大企業社長ではなく年収不安定な大工・土方・飲食業・販売業・IT自営等々、そして失業者もである。家計が不安定のため妻たちも寸暇をおしみWジョブの長時間労働で、すべて年金適用除外となる。85年法改正から25年経ち、1銭も支払わず2号の妻は年金をうけとる。1号の妻は無年金である。
■ これは全ワーキングプアの可処分所得がふえる朗報となる名案
103万=38万+65万、この長年値上げのない個人の所得税基礎控除38万円を5倍にし、他の人的控除を全廃にする案。もちろん他の人的控除を全廃! そうです! あの「配偶者控除」も廃止です。
この103万の壁は所得税制度の問題。この壁護持でFIXしてきた低時給は単なる労働条件の問題。であるのになぜ25年も放置されてきたか? それはこの問題を背負っている下層の女が通称「主婦」であり、家事育児現役担当者だからである。この悪労働条件下にある下層の女労働者は、税制度も時給も政労交渉で変えていく組織も言論代表ももたない、金銭的にも社会的地位も「貧困」なのだ。事情や要求を言説的に説明できる上層の女たちは連合や大学にいて、「主婦」が大嫌いである。薄紙のように主婦フォビアがこの上層の言論にまとわりついていることにようやく最近気がついた私から強く指摘する。無媒介にとぶが、結語としていえば女の貧困の可視化はまず可視ツールを社会的に所有している上層均等派族が、自己の肉体が具有する産む性からその社会的具現「主婦性」を忌避しないことからはじまるとおもう。
★★上記103万の壁と年金制度問題の資料
《原則ありえない「無年金者数」の公的開示》
〜無年金女性の統計数値のない事情〜
現在無年金者の詳細や数値は不明である(注:http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/index.html#list05 数値公表なしサンプル調査で、22年公表なのに17一七年までしか記載がない)。2010年7月、菅内閣閣僚が名をつらねる「社会保障国民会議」(【PDF】)の報告でも、無年金者数は極めて曖昧な表示である。同年冬、私が呼びかけ人として参加する「女性と貧困ネットワーク」(http://d.hatena.ne.jp/binbowwomen/)経由で、雨宮処凛さん分として数値明示を内閣府に要請したものも未回答である。
◆第6回ナショナルミニマム研究会へ5項目要求(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/03/s0304-7.html)
(1) 現無年金者(60-65歳以上)の年齢別・男女別人数、さらに女子の場合脱退手当金受給で無資格のひと(年齢別)の数の調査。
(2) そのうち、自分の分は無資格でも夫死亡で遺族年金は受給している数(年齢別)の調査。
(3) 「ねんきん特別便」が未着の数の調査。
(4) 平成9年データベースに住所を入※※[#文字化け:複数文字]ときすでに無年金者である者は、住所が(厚労省には)ないのでどうなっているのか。
(5) 無年金者と確定した者たちの納付金は総計いくらか?
1997年住基ネットをつかい20歳成人時に年金番号を付け、この時点で国庫の年金勘定に入金出金に記録を持つ個人は、年金履歴や住所等個人情報が社会保険庁のデータベースに入力された。1935年生まれ、国民年金・厚生年金のNo.統一事務にすでに漏れ、加入要件25年未満の(特例でも20年の期限に満たない)私は、国に正確に把握されない「無年金者」となった。住所記録がないので「年金特別便」はこない。住所明記で未着?と厚労省にといあわせたが返事はこない。以上無年金者は数量として不明、つまり国家的に不可視化のまま「全体比1.3%で推移変動なし」(「社会保障国民会議」と記述があるのは、この%なら解析しなくて良いとの宣言とおもう)といわれている状態である。1985年以降法の建前上は無年金者は「ありえない」のである。いや、申請すると今後加入を続けても25年ない者は納め損のため「脱退」をみとめられ無年金者になれる(注4[#注なし]/無年金者同盟〔http://munenkinsya-doumei.cocolog-nifty.com/〕連続討論集会では「死ぬのまってるw」というのが大勢の意※※[#文字化け:複数文字])。2010年社会保険庁を閉じ「身軽」に移行した年金機構が「お客様」と呼ぶwのは、機構のデータベースに登録されているNo.のついた人々で、機構と金銭授受(お取引)できる人々のみである。データベースにない高齢者は、いま国民皆年金制度上は「掌握」の義務も感じられていない「幽霊人口」なのだ(ちなみに97年時点で受給していれば、データベースに登録され実人物の生死は不問のため、先般の髑髏受給事件となる)。
■ 未納者国賊説(意図的キャンペーンで個人のお上にはむかう甲斐性無し説)。年金で箱物を乱立するセクションである。予算はいくらでもある。多分、電通・博報堂レベルの大掛かりな意識刷り込み作業が、マスメディアをつかい敢行された。2003年、納付率の大幅な低下を受けて、厚生労働省及び地方社会保険事務局に国民年金特別対策本部が設置された。女優の江角マキコを起用し、テレビCMやポスターで納付を呼びかける挑発的な宣伝文句が話題になるも、翌年に当の本人自身が国民年金に未加入・未納が発覚した。政治家の年金未納問題もクローズアップされ、自民閣僚をさした「未納三兄弟」、田中康夫未納のスクープ、事務誤解とはいえ菅氏の未納、即本人の「お遍路」行路と矢継早であった。この未納者バッシングは生活費優先の※※[#文字化け:複数文字]貧困」者には国民年金掛け金が高額すぎることや免除広報不足等々を棚上げし、社会保障としての国民皆年金の運行装置の矛盾混乱状態を隠蔽してしまった。いまなお国民年金掛け金未納者国賊説は市井にただよう。twitterや無年金者同盟会合開催時に討議以前に先見予断の「指弾」として時々つかわれている。いま周囲の年金未加入中年に無年金者同盟にくる?と誘うと、この件で個人と国にかかわる議論は疲れると軒並み「引く」w。国賊説がすりこまれているのだ。将来困れば生活保護を申請するそうだ。無年金者同盟では未納だが年金給付が欲しいなどの暴論はでない。貧乏人の掛け金を「期間に満たない」と没収していいか? だいたい期間不足で何人〔分〕が総計いくら国庫に没収されているのか? 知りたい。財務上の事情もあろうが、何%かの一時金を添え、65歳時に年金は払えないがこの一時金を!くらいの大臣挨拶状が欲しい。と当事者としてはごく普通の「金銭」感覚なのだ。また給付を受ける側もお上の恤救を期待し、突如「もらう」と口語表現になる(鈴木亘『年金は本当にもらえるのか?』ちくま新書)。本省に直にでむいた者は「期間不足で年金・※※[#文字化け:複数文字]の者に一部でも掛け金をかえす予定は制度自体にない」と回答されてwいる。つまり未納者は国賊だから幽霊でいいと暗黙の世論が創出されて、前出ナショナルミニマム研究会でも、一番多項目でた雨宮さんに「優先順位を」と同委員の橘木さんが助言したと当日の傍聴者報告も得ている。制度運用問題として冷静に解析される機運が意図的に埋没されている。
■ 国民年金は今後の年金制度の「基礎」と明確に位置づけられているが、それは図表的で、年金統合の基礎たりうるような年金体系の骨‐ビジョンを具有していないことが、「女性」「無年金」などのキーワードで露呈してくる。住基ネットを経由して介護保険料の年金天引きができない者、男女別数値が掌握できる。ここから無年金者の数値で性別年齢別分析も可能と思うが、死者にまで介護保険料を請求している段階ではナショナルミニマム研究会に数値がでるのは先のことであろう。あわせて介護保険料未納問題は、解析すると高齢者の「貧困」事情も析出できると期待している。その数値公表で高齢と貧困の冷静な解析ができる。今は傍証による恣意的指摘である。まず、いくつか事例。
◇無年金者数――8万。数字基礎は会計検査院から。
◇3制度あるのは官尊民被――官が自己利益をすて統合プランをつくる※※[#文字化け:複数文字]ない。
◇「若者が高齢者を支える」という両世代を苦しめ敵対させる「国賊説」と類似する手取り額幻想キャンペーン。厚生年金の比例報酬部分(性格上個人基金)にライトをあて、国民年金の「基礎」の税方式論議をさける世論誘導。
◇25年加入期間が長すぎる(英は30年だが関連制度をふくめ手厚い制度。他は短いのは周知のとおり)。
◇個人か世帯か――今後どこを制度設計の基礎とするか曖昧にしている。
◇2号の妻が国庫全額負担3号に選ばれ、なぜ1号の妻は15100円掛金自己負担なのか?
◇夫が死亡した時に子どもがいないと30歳未満の妻の「遺族年金」給付はゼロである。
◇統合失調症等精神障害で障害年金給付をうるには「初診日」認定を幸運に通過しないと受給資格がない(注[#注なし])。
◇制度の大枠の点検を避けて手持ちデータ点検や清書など省内事務・機構内事務(http://munenkinsya-doumei.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-c0ee.html)に終始。社会保障制度のなかでも年金制度は生活の目前の事態に対応する一義的緊急性が一番薄い(『日本医師会総合政策研究機構ワーキングペーパー』No.161〔http://www.jmari.med.or.jp/research/summ_wr.php?no=371〕、前田由美子・※※[#文字化け:複数文字]前書き)。医療・雇用など「今」の傷口といかに対応するか、たとえば結核やw癌撲滅、馘首や雇用止〔め〕対策に一刻の猶予もないような緊急性がないのだ。制度の歴史をみると、戦費捻出意図以来それは自明のことだが、日々の政治に影響されてきた。以下、年々くりかえされる制度「手直し」は政治が民意をうけて動くため、強い特定「民意」に影響され、敢えていえば「制度」がいびつに成長してきたといえる。時々の政治的要請で引き締めたり、「特例」での大判振る舞い。制度の手落ちを一部補修する「法」の付加、その運用対応を時系列で読むだけで呆れてしまう。が、部分修正に該当する人の受給計算にはこの襤褸状の網目をかいくぐらねばならず、これも法制化している国家業務の委託「お仕事」をする社会労務士の国家試験問題の各好の難問素材であるほど複雑である。私は自分のこととしてこの国の制度を調べつつふと思う。この制度関連で仕事をしている人たちは、このボロボロの制度をどうみてきたのか? 事例に精通している人々は木だけみているのか森はみないふり?なのだろうか?(注:駒村康平編『最低所得保障』岩波書店〔2010年4月〕では表題に期待しても現状の詳細報告の域をでない)。未だ可視化もされていないさまざまな制度構造面で歪曲があ※※[#文字化け:複数文字]それは単に年金制度的に整合していないだけではなくて、非正規の時給労働の現場に復雑な回路で影をおとし「生活保護費」の抑圧役までつとめている。大勢の政治的に力のある人々がこの混沌状態にいわば「寄生」状態なので、根本的な改革提起や直言がない。勿論政府税調委員の大沢真理さんが、「年金」に偏り過ぎの社会保障給付から「税額控除」や「現金給付」に(2010年9月3日『朝日新聞』竹信記者記事)と言葉上の総論的展望をのべることはある。だが一説に40年かかるという3種の年金統合まで、国の年金勘定やこの勘定の外に存在する無年金者にどのような勘定費目で「現金給付」の実務ができるか具体的明示はなく、当事者運動ができそうな政策提起への具体的示唆には欠けている。現状の年金制度は、基金部分(比例報酬)との関係が不分明である。統合に40年との噂はこの基金部分を基礎部分と混合して考えるからである。国の年金制度は不幸の充填のみ(注:河野敏鑑「公的年金「保険」をどう考えるべきか」『SYNODOS JOURNAL』2010.9.21〔http://synodos.livedoor.biz/archives/1525202.html〕)、あとは「基金」で自己資産を運用すると明確に二分する。そうなれば税方式での「新生」国民基礎年金の給付額は※※[#文字化け:複数文字]そのものの反映であるから、老齢基礎年金がたとえ僅少でも甘受できる。※※[#文字化け:複数文字]〇年代の戦後混乱期の飢えを経験した現年金受給世代は、「ミニマム」に世代的耐性があるので強く付言する(立岩真也ほか『税を直す』青土社、2009年9月、p.100)▲
cf. ◆税
*作成:村上 潔