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東日本大震災と障害者の医療・介護について

人工呼吸器をつけた子どもたちとともに歩む立場から

穏土 ちとせ* 2011/07/01 『介護保険情報』136(社会保険研究所)
人工呼吸器をつけた子の親の会「バクバクの会」


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■「バクバクの会」とは?

 「バクバクの会」こと「人工呼吸器をつけた子の親の会」は昨年、創立20周年を迎え、現在、全国に約600名の仲間がいます。この20年間、私たちは「子どもたちの命と思いを大切に」という理念の下、人工呼吸器をつけていても、どんな障害があっても、それぞれが、"ひとりの人間""ひとりの子ども"として、自立し、安心して豊かに暮らしていける社会の実現をめざして活動してきました。
 バクバクの会の子ども(以下、バクバクっ子)の多くは、出産時のトラブルや病気、事故の後遺症など理由はさまざまですが、日々、人工呼吸器などの医療機器の助けを借りながら暮らしています。ほとんどの子どもが、たんの吸引や経管栄養などのいわゆる「医療的ケア」が欠かせません。
 「バクバク」という呼び名は、蘇生バッグ(アンビュー・バッグ)を操作するときの、「バクッ、バクッ」という作動音に由来しています。人工呼吸器が使えない活動場面でも、非常時でも、手動で子どもたちに空気を送り続けることのできるこの器具は、今回の震災でも、命綱として、傍らでバクバクっ子を見守り続けました。

■バクバク会員の安否

 医療機器の助けや医療的ケアが欠かせない人にとっては、家屋の被害は免れても、機器の損傷や長引く停電、ケアに必要な医療材料の供給が断たれることは、生命の危機につながります。見通しの立たない中、情報から孤立状態に置かれることだけでも、本人も家族も精神的に追い詰められます。
 バクバクの会は、阪神・淡路大震災で、同じ立場の仲間だからこそ互いに連絡を取りあうことで励まされ、一から説明しなくても被害状況やニーズが把握でき、必要に応える動きができることを経験しました。そうした経験から、自然災害の発生が報じられると、被害の大きい地域にバクバクっ子が居住していないか確認したうえで、各支部幹事やインターネットのML(メーリングリスト)を通して安否確認をしてきました。
 3月11日の東日本大震災発生後、各支部幹事に安否確認をお願いしたものの、青森、秋田、山形、宮城、福島、茨城の会員へは、固定電話も携帯電話もつながらない状態でした(岩手は会員がいない)。そこで、役員が直接、被災地の会員に安否確認を試みる一方、MLで、全国の会員に情報収集の協力を呼びかけ、普段メール(携帯電話・パソコン)やSNS(ミクシィ、ツイッターなど)などで交流のあった仲間の情報を寄せてもらいました。
 最初の数日でほとんどの家族の無事が確認できたのは、この全国の会員からの情報提供に拠るところが大きかったのです。それでも、安否のわからない家族については、インターネット上の避難所名簿や自治体が発信しているライフラインの復旧情報を参考にしながら確認を続け、対象とした120家族全員の無事が確認できたのが、10日後でした。
安否確認そのものが孤立状態の会員にとって大きな支援となることを認識しながら、このように全員の確認までに地域格差が生じたのは、被災状況の差だけが原因ではなかったと考えています。会員が点在している地域では、日常的な会員同士の交流が難しかったことや、会全体として安否確認の方法が徹底されてなかったことも関係あると考えています。
 特に安否確認の方法については、地震だけでなくゲリラ豪雨や大型台風の被害も年々、多発し、その都度、電話がつながらない状態が発生し、一方でインターネットや携帯電話が普及していることから、災害時の安否確認の方法を工夫・徹底する必要がありました。
 そこで、昨年12月に発行した「バクバクっ子のための防災ハンドブック」の別冊には、安否連絡や物資の不足等のSOSを発信するための連絡先の書き込み欄を設けました。けれども、配布して間がなく、災害時の活用について会員や各支部と確認し合うまでには至っていなかったのです。今回の経験をもとに、会員みんなで災害対策について、今一度見直し、今後に生かしたいと思っています。

■これまでの啓発活動と「防災ハンドブック」

 バクバクっ子たちが必要としている日常のケアの手技は、医療職でない私たち家族でも、慣れればそんなに難しいことではないものの、ケアや機器の取り扱いに伴うミスやトラブルを見逃すと、些細なことであっても命に関わる場合があります。そこで、バクバクの会では、こうしたミスやトラブルも「例外」とせずに日常の「生活支援行為」の一部と位置づけ、過去の事例を参考に予防策を講じ、対処法を共有することが大切だと考え、「子どもたちの命と思いを大切に」する大前提として、日常はもちろん緊急時の安全確保について、折にふれて啓発に努めてきました。
 その中で、日常のケアの方法や創意工夫、緊急事態への備えや対処方法も盛り込んだ「バクバクっ子の為の生活便利帳」、コンピューター2000年問題に備えて非常時のサバイバル術を特集した「危機管理について(2000年を前に)」などを発行してきました。また、会員への生活実態アンケート上でも、日常生活の中で発生したミスやトラブルや防災対策について取り上げ、会報誌でも「ヒヤリハット・ミストラブル事例」「我が家の防災工夫」の二つの連載で情報を共有してきました。
 しかし、最近の自然災害の多発で、防災に特化したハンドブックが必要だと考え、阪神・淡路大震災を経験した関西支部で実行委員会を立ち上げ、約2年をかけ昨年12月に完成させたものが、「バクバクっ子のための防災ハンドブック」です(次頁の表1参照)。
 災害時にバクバクっ子が安心して暮らし続けられるための方法や知識、情報に加え、一般的な防災知識も盛り込まれているため、子どもから大人まで、医療機器や医療的ケアが欠かせない人はもちろん、そこにつながる家族や一般の人にも活用できる内容となっています。単なるノウハウではなく、阪神・淡路大震災をはじめ、いろいろな災害における会員の体験談についても紹介されていることや、実際に当事者や家族の情報を書き込んで活用できる別冊がついていることも大きな特長です。
 もちろん、初めての防災ハンドブックなので、万全ではありませんし、今回の震災を踏まえ、さらに見直すべき点はないか、会員へのアンケート調査などを通して検討し、今後、より充実した内容としたいと思います。会員以外のみなさまにも活用していただき、ご意見、ご批判、情報提供をいただければありがたく思います。

■支援の実際―繋がりに助けられて

 さて、安否確認に続く支援の状況はどのようなものだったのでしょうか。
 阪神・淡路大震災では、被災家族のニーズを把握後、ケアに必要な医療物品や衛生材料や生活用品を会員が持ち寄り、大阪方面からバイクで神戸まで緊急配送するなどの直接支援がかろうじて可能でした。しかし、今回の震災では、地震の規模も範囲もはるかに上回るうえ、事務局(大阪)から遠く、会だけの力で実質的な支援を行うことは困難でした。しかも東北支部は会員が点在していることから、支部内で助け合うことも不可能な状況でした。
 幸いなことに震災数日後には、NPO法人「ゆめ・風基金」(阪神・淡路大震災を機に設立された、国内外の自然災害で被災した障害者の支援をする団体)、DPI(障害者インターナショナル)日本会議JIL(全国自立生活センター協議会)をはじめとする全国の障害者団体が連携して「東北関東大震災 障害者救援本部」が立ち上げられ、被災障害者支援の活動が開始されました。バクバクの会も、「ゆめ・風基金」からの緊急支援要請に応えて医療物品調達・輸送協力、街頭募金活動などに参加しました。
 会員への支援は、安否確認をしながら、困っている状況がないか確認するところから始まりました。宮城県では、会員やバクバクっ子と関わりの深い医師とメールで連絡を取り合い、必要な支援についても確認しましたが、「自分たちはどうにか頑張れるから」と、むしろ同様の状態で踏ん張っている在宅の他の子どもたちへの物資供給のことを心配されたため、現地の障害者救援センターの支援情報を提供しました。
 震災と原発事故で孤立状態だった福島県では、物資の不足に加え、先行きが不透明なことから病院機能も混乱し、精神的にも追い詰められていた会員のSOSに対して、「ゆめ・風基金」を通じ現地の障害者支援センターに連絡し、直接会いに行っていただきました。
 このように、物資の支援にとどまらず、会員のところへ出向いての相談支援にも対応していただき、「真っ先に、一番支援が届きにくいところに支援を届けよう!」と全国の力を結集したネットワークの動きが、どれほど心強かったことでしょうか。また、これまでいろいろな問題で共闘してきた当事者団体のみなさんからも、救援物資で困っていないか、同じ人工呼吸器ユーザーやそのサポーターとして声をかけていただき、日頃の繋がりの大切さを痛感しました。
 日頃の繋がりといえば、茨城県では、病院に避難入院したバクバクっ子たちの家族からは、必要な物品を持ち込み、病院の中で助けあっている様子が伝わってきました。自家発電機を稼働させようにも、最近の車はガソリンが抜けない構造で抜くこともできず、古い車を所有しておられる近所の方に訳を話して、ガソリンを分けてもらった家族もいます。人工呼吸器のバッテリーの充電ができず、近所の銀行の自家発電で充電させてもらった家族もいます。栃木県では、停電の復旧まで、別のバクバクっ子宅に避難した家族もありました。普段の備えはもちろん、日頃の地域や仲間の繋がりがいかに大切かをたくさんの報告から教えられました。
 一方、安否確認の中で、途方に暮れている会員の存在も判明しました。体調維持に欠かせないネブライザーと吸引器の電源確保の用意がなく、計画停電発表後に、東京電力に問い合わせても予備電源の個人貸出はやっていないと言われて困っているという話でした。すぐに事務局から電源確保の方法を助言しましたが、自動車バッテリーやインバータ(変圧器)を確保しようにもどこも売り切れだとの再度のSOSを受け、急きょ、バクバクっ子を亡くした会員の充電器とインバータを手配しました。
このほか、東北・関東だけでなく、震災で工場が被災して全国的に品薄になった経腸栄養剤について情報交換し、会員で都合をつけ合うという対応も行いました。

■計画停電騒動が明らかにしたもの

 震災後、にわかに沸き起こったのが、計画停電(輪番停電)問題でした。
 最初の報道(3月12日)では、「自宅で医療機器を使う人」や「病気療養者がいる世帯」には、東京電力が「発電機を貸し出すなどして対応する」と流れました。電力会社には、在宅で人工呼吸器などを使用している人に優先的に情報が届くようにするための"事前登録制度"がありますが、任意登録で該当者が網羅されているとは思えません。どうやって該当者を把握するのか、ニーズに対応できるだけの発電機の用意があるのかと考えれば、命を守る対応としてはあまりにお粗末で、電力会社がこんな甘い認識でいいのかと驚愕しました。
 事実、発電機の貸し出しはすぐに終了し、東京の会員によると、"事前登録"をしていても、輪番停電の電話連絡があっただけだったと言います。ほとんどのバクバクっ子には、電源確保の備えがあったから良かったものの、前項でふれたように、安否確認の中で、備えがなく途方に暮れている会員の存在が判明しました。また、茨城のある会員は、震災当日、学校に迎えに行った帰り道、たまたま出くわした東京電力の車に声をかけて発電機を貸してもらえたものの、それまで電力会社の"事前登録制度"そのものを知らなかったと言います。計画停電の対象からは外れても、余震は続発している状況で、後日、保健所に問い合わせると、保健所も"事前登録制度"を知らなかったと言います。さらに、同じ茨城で、"事前登録"をしても営業所のリストに反映しておらず、3回も登録をやり直した経験を持つ会員もおり、そもそも"事前登録制度"自体が有効に働いていたのか疑わざるを得ません。
 停電は、医療機器の助けが必要な人にとって、文字通り"死活"問題です。命に関わるからこそ、正確な情報が直ちに必要であるにもかかわらず、東京電力のホームページはアクセスが集中してつながらず、報道で得られる情報も二転三転し、会員には普段の備えを改めて確認するよう呼び掛けるしかありませんでした。合わせて、会員だけでなく広く必要な方に役立てていただこうと、バクバクの会のホームページ上に、普段バクバクっ子たちが活用している方法を生かした「緊急時の電源確保の方法」や「緊急時の医療材料や医療器具の消毒方法」などの情報を掲載しました。掲載した情報は、瞬く間に、インターネット上のML、ブログ、ツイッター等を通じて広く全国に紹介され、多方面から問い合わせや転載要請が寄せられました。問い合わせが多いということは、それだけ危機にさらされている当事者が多かったことの裏返しではなかったでしょうか。そんな中、厚生労働省からは、計画停電に関わって、自治体や関係機関に向けて、当事者への注意喚起の協力を求める事務連絡が続々と出されました。タイムリミットを前に、在宅療養をしている人たちの命が危険にさらされないようにとご尽力いただいていることが伝わり、頭が下がる思いでした。けれども、一方で、それらの通知の内容を読めば読むほど、これで果たして犠牲者を出さずにすむのかという懸念を打ち消すことができませんでした。
 実際、会員からは、通知に<「医療機関」が「メーカーと協議して」電源確保や蘇生バッグ、代替機器の準備を>とあっても、会員からは、家族が主治医に問い合わせればメーカーに振られ、メーカーに問い合わせれば「ガソリンが手に入らないのと渋滞でとても対応できる状態にない」と悲鳴が聞こえてきたという報告もありました。
 また、注意喚起のために奔走していただいた訪問看護なども、駆けつけたくてもガソリンがない状況は同じですし、外出支援もあるヘルパー制度と違い、居宅内のサービスが前提の訪問看護制度では、普段のサービスで外部電源の確保を実践する場面はなく、ひとりひとり使っている機器の種類も機種も異なることから、指導助言されることには大変な苦労があったと推察します。
 ともあれ、関東の計画停電では、当事者、家族、関係者の必死の努力で犠牲者を出さずにすみました。けれども、その後も、犠牲がでないのか懸念される被災地のニュースが続けて流れました。
 これらのニュースや計画停電騒動から透けて見えた状況は、震災ゆえの危機的状況というより、この国で、医療機器や医療的ケアが必要な人たちが、普段からどういう状況に置かれていたかをさらけ出していました。つまり、付け焼刃の対応で危機を回避できたとしても、普段置かれている状況が改善されない限り、当事者たちの命は、今もこれからも、危険にさらされ続けることになるのです。
そこで、これらの状況を踏まえた緊急要望として、バクバクの会は、厚生労働省に宛て、 4月16日に「医療機器を使いながら暮らしている人たちの安全確保について」、22日に「いわゆる『医療的ケア』を必要とする人たちへの対応について」という、二つの震災後の安全確保に関わる要望書を提出しました。

■当事者が置かれている状況

 それでは、医療機器や医療的ケアが必要な人たちは、普段から、いったいどのような状況に置かれてきたのでしょうか。

 (1)縦割りで複雑な福祉制度の谷間で
 一つ目は、縦割りで複雑な福祉制度の谷間の中で、取り残されている人たちがあることです。医療機器を必要としている"状態"は同じでも、その状態をもたらした障害の"原因"によって、使える制度が異なり、受けられる支援に格差や谷間を生んでいます。
例えば、同じように人工呼吸器をつけていても、特定疾患や小児慢性特定疾患の認定を受けていれば、医療費は、入院時食事療養費や訪問看護療養費を含め、自己負担分は全額公費負担となりますが、障害の原因がこれらの病気に当てはまらなければ、公費負担とはなりません。代わりに自治体の「重度障害者医療費助成」制度があり、以前は、かかった医療費の自己負担分が全額助成されていましたが、次第に助成額が削減傾向にあり、一部自己負担を求める自治体が多くなってきています。さらに、自治体によっては、「訪問看護」や「入院時食事療養費」が、「重度障害者医療費助成」の適用外とされています。そのような自治体では、いくら在宅医療で、人工呼吸器使用者に訪問看護の週当たりの回数制限が設けられていなくても、利用すれば利用するほど費用がかさみ、使いたくても使えない状況が生まれます。このほか、日常生活用具の給付では、難病の制度と障害福祉の制度では、品目や年齢要件などが異なっているため、必要な人が必要なものを給付してもらえない状況もあります。
 当然のように、担当部署も、大人の難病・特定疾患は「疾病対策」、子どもの難病・小児慢性特定疾患は「母子保健」、難病の指定を受けていない病気や先天性障害・事故の後遺症は「障害福祉」、高齢に伴う障害は「高齢者・介護」の部署というふうに異なっています。したがって、震災後の注意喚起の事務連絡の多くの宛先となっていた疾病対策の担当課や保健所からの発信だけでは、普段から部署間で横断的な連携や情報の共有がない限り、緊急時に必要な情報がもれなく当事者に届くとは限らない状況だったということです。
 実際に、東北のある県支部の幹事によると、東北電力の計画停電の予定が発表された際、人工呼吸器以外の機器が欠かせない子どもたちにもいち早く注意喚起し、酸素ボンベの残量がなかった子どもや吸引器の予備やバッテリーの準備のない子どもへの対応ができたのは、障害福祉の部署からの連絡ではなく、たまたま支部として「難病連」に加盟していたことで、県の難病対策課から連絡を受けた「難病連」を通して連絡が届いたからです。難病ではない人工呼吸器利用者で自治体の災害時要援護者となっている人へ直接連絡があったのは、翌日だったと言います。
 4月7日夜の余震に伴う停電で、酸素吸入していた山形県尾花沢市の女性が死亡した事例でも、市の健康福祉課は、停電時の注意喚起情報を難病指定の在宅患者には伝えていたものの、指定外の患者には伝達していなかったと言います。電力会社の管轄営業所も酸素濃縮器使用を把握していなかったことから、本人も登録制度を知らなかったのではないかと推測しています。
 それでも、人工呼吸器や酸素濃縮器の場合は、医療機関を通して業者からレンタルしているため、緊急時は医療機関や業者からの情報提供が可能かもしれません。けれども、同じ医療機器でも電動吸引器やネブライザー(吸入器)等や、エアマットや電動ベッド等の福祉用具は、自費購入させられたり、難病や障害福祉の日常生活用具として給付されたりしている場合が多く、医療機関が使用状況を把握しておらず、情報が届かないということが推測されます。
 バクバクの会は、一貫して"病名"で判断するのではなく、"状態"で判断して支援する制度への転換を訴えてきました。縦割りではなく、横断的な制度へ転換しない限り、日常の支援で谷間や格差が生まれることはもちろん、非常時にも必要な情報や支援が必要な人に届かないということを、今回の震災により突き付けられたのではないでしょうか。
 
 (2)在宅医療推進の中で起こっていること
 二つ目は、機器のトラブルや災害時の備えと対処法も含めた十分な退院指導や、安全確保に必要な機器の支給や貸与がされず、また、地域の関係機関にも十分な橋渡しがされないまま、在宅に移行させられる事例が増えていることです。
 それでも、バクバクっ子の場合、緊急時はもちろん通学や外出など、年齢に応じた生活を送るためには欠かせないため、やむを得ず自前であっても、ほとんどの会員がこれらの器具を備え、日常的に使うことで、対処法にも習熟していましたが、高齢者や大人の場合、備えも指導もないまま、在宅に移行されている方もいるのではないでしょうか。
 実は、人工呼吸器等の医療機器が必要な在宅患者の多くは、医療機関で「在宅療養指導管理料」が算定されています。算定するためには、主治医が患者や看護にあたる人に、「在宅療養の方法、注意点、緊急時の措置」などの退院指導をきちんと行い、主治医が在宅療養に必要だと判断する機器を貸与し、必要かつ十分な量の衛生材料、医療材料を支給し、緊急事態に対処できるように、施設の体制や連携、患者の選定に十分留意しなければならないことになっています(保医発0305第1号 平成22年3月5日)※。
※・厚生労働省保険局医療課長・厚生労働省保険局歯科医療管理官 2010/03/05 「診療報酬の算定方法の一部改正に伴う実施上の留意事項について」 [PDF]
バクバクの会 抜粋・作成 2010 「在宅療養指導管理に関する通知」,「診療報酬の算定方法の一部改正に伴う実施上の留意事項について」(2010/03/05)をもとに作成 [PDF]

 けれども、在宅療養患者の急増に比例するかのように、容態が不安定であるにもかかわらず一方的に退院を勧められたり、十分な退院指導もしてもらえず、見切り発車的に安易に在宅生活へと移行させられたりしている事例も増えてきました。緊急時の連絡・支援体制についても、整備されているとは言い難く、家族が急病等で介護不能に陥って当事者の命が脅かされる事態でも、本人の具合が悪いのでない限り緊急時と見なされず入院させてもらえない、施設のショートステイも医療機器が欠かせないことを理由に受け入れを断られるといった実態もあります。
 さらに、安全に過ごすためには欠かせない生体情報モニター(パルスオキシメーターなど)や蘇生バッグ、外部バッテリーなど、非常に高額にもかかわらず、ほとんどの場合、病院からの貸与ではなく自費購入させられ、各指導管理に必要な衛生材料や医療材料さえ、必要なだけの支給がされず、自費購入させる度合いが増加しています。特に、人工呼吸器を使用する場合の生体情報モニターの併用と蘇生バッグ(手動式人工呼吸器)の常備については、医療事故防止のための必須事項として通知(医薬発第248号、平成13年3月27日)が出されていても、なお、この状況が続いているのです。
 そのようなわけで、これまで、会員はもちろん、在宅移行支援に携わる保健師や医療ソーシャルワーカーの方々からも、モニター機器や蘇生バッグ、外部バッテリーなどの補助制度はないのかという相談が会に度々寄せられてきました。以前は、在宅療養指導管理料の主旨を確認しながら話し合うよう助言すればよかったのですが、現在では、いくら話し合っても「病院も赤字だから」「病院の規則だから」「ほかの病院もそうだから」「在宅療養指導管理料だけではまかなえないから」などの理由で取り合ってもらえないという声が多く届くようになりました。
 バクバクの会は、これまで一貫して安易な在宅移行に警鐘を鳴らして来ましたが、ますます厳しくなる情勢を憂慮し、改めて厚生労働省に「在宅療養、在宅移行支援について」という要望書を提出したのが、昨年末でした。その際の面談で、私たちの解釈に間違いないことが確認できましたが、周知徹底するような通知の発出は難しいと言われました。病院名を通報してもらえば指導すると言われても、患者や家族には、通報などなかなかできることではありません。あきらめずに、なんとか周知徹底の通知を出してもらえるように働きかけていこうと役員で相談している矢先に起こったのが、今回の震災でした。
医療現場で人員も財政も逼迫しているという事情は、私たちも承知しています。だからといって、当事者が安心して暮らすためには、決して欠くことができないはずの十分な退院指導と必要な機器・物品の貸与・支給ができないのは仕方ないことだと、当事者や家族に負担を押し付ける状況が放置される限り、当事者の命は脅かされ続けるばかりか、医療体制の充実や実態に見合う診療報酬の見直しにも繋がっていかないのではないでしょうか。

 (3)自立と社会参加を阻む最大の壁=「医療的ケア」
 三つ目は、地域で暮らす "医療的ケア"が必要な当事者がこれだけ増えている中にあってもなお、"治療"とは異なる、暮らしていく上で常に必要な"支援"が、"医行為" とされたままになっていることから、当事者の社会参加や自立の機会が奪われ、命が脅かされている状況があることです。
 在宅医療推進の目的の第一は、病気や障害を持っても「できる限り住み慣れた地域・家庭において」「家族とともに生活し、通常の社会生活を送りたい。」という国民の願いを実現するために、「可能な限り患者の精神的・肉体的な自立を支援し、患者とその家族のQOL(生活の質)の向上を図ること」にあったはずです。"通常の社会生活"とは、もちろん在宅で病院と同じ毎日を送ることではなく、通園・通学、外出、旅行、地域行事への参加、趣味に興ずるなど、年齢やその人の思いに添った、ひとりの人間として当たり前の生活であるはずです。
 けれども、医療職以外が業務として医療的ケアに対応することが認められていないために、家の中での介護はもちろん、何をするにも家族の付き添いが条件とされてしまい、その結果、当事者の生活が当事者の意思ではなく、家族の介護力で左右され、同時に、家族の生活も健康も奪われ、疲労困憊の末、当事者の安全が脅かされるという悪循環が続いてきました。
 防災対策の第一歩として、普段からの"安全確保"と"地域の人々とのつながり"が欠かせません。"安全確保"には、安心して暮らせるように「必要な人に必要なケアが保障されること」も含まれます。しかし、必要なケアを保障するには、訪問看護では、時間数が限られており、外出には使えませんし、ヘルパーほど人員が確保されておらず地方では使いたくても派遣してもらえない状況もあります。結局、日常的にほとんど家族だけの綱渡りの介護体制で、近所付き合いさえままならない状況では、緊急事態に、なおさら、命が守られるわけがありません。
 安全確保のために"医行為"とされていることで、余計に安全が確保されないという状況は、4月初旬、被災地の高齢者施設で、介護職が経管栄養(胃ろう)への対応ができず、看護師2人では注入の回数を減らさざるを得ず、当事者が脱水などの体調不良に陥っているとの報道からも明らかでした。「ゆめ風基金」から日を置かず届く被災障害者救援レポートも、被災地の在宅や避難所で暮らす「医療的ケア」が必要な当事者に対して、家族が疲労困憊してケアに対応し続けるしかない厳しい状況を次々と映し出しています。
 バクバクの会は、長年、本人・家族が在宅で実施しているケアについては、「医行為」ではなく「生活支援行為」として、家族以外の非医療職(ヘルパーや教員)でも対応できるようにしてほしいと訴えてきました。もちろん、無条件というわけではなく、特定の人のケアに対して、それに対応した研修を受けたうえで、その人にケアを実施する場合には、「生活支援行為」として認めてほしいということです。
 誤解がないように言えば、医療が必要ないから勝手にさせてほしいという意味ではありません。生活のすべてを医師の管理下に置くことは不可能ですし、当事者の生活の広がりを考えると、医療職依存の生活には限界があるからです。だからこそ、私たちは、医療職の方々には、日常のケアの担い手というより、むしろ、当事者の当たり前の暮らしを実現するための頼りになる相談役としてサポートをしていただきながら、家族以外の非医療職による支援を可能にして、当事者の当たり前の生活を実現していこうと訴えてきました。
 昨年から、厚労省の検討会で、"医療的ケア"のうち、たんの吸引や経管栄養の実施をヘルパー等の介護職員にも業務として認めるための制度の在り方について、検討が続けられ、国会でも、介護福祉士法の改正を含めた介護サービス基盤強化のための法案審議が始まっています。これは、これまでの状況を打破するための大きな一歩かもしれませんが、あくまで"医療的ケア"は"医行為"であるという前提は変わらないまま、すなわち、"本来は看護職が対応すべきもの"を"次善の策"として、さまざまな条件つきで介護職に認めようというものです。対象となる医療的ケアの範囲も気管カニューレ内までの「たんの吸引」と「経管栄養」に限った検討となっており、バクバクっ子のほとんどが、必要なケアがこれだけでは賄えないことから、法制化により、状況が改善するどころか、安全確保に欠かせないケアが「規定にないからできない」といった硬直した状況が各地で生み出されないか不安は拭えません。
 現行でも、厚労省の通知によって、ヘルパーによるたんの吸引は、"違法性阻却"の考え方で"やむを得ない措置"として条件つきで認められています。特別支援学校では、教員も、看護職と連携しながら一定範囲のケアに対応できることになっています。けれども、法制化の議論が活発になるにつれ、現場では杓子定規な対応によって、当事者の思いが踏みにじられる事態が既に続出しています。
 例えば、親元を離れた自立生活を目指している成人バクバクっ子は、ヘルパーの派遣時間を増やしてほしいと行政に要望したところ、「吸引はヘルパーに認められていても、吸引時の人工呼吸器の着脱は医行為だから時間数は増やせない」と言われたあげく、施設で暮らすことを勧められました。また、看護師が常駐する特別支援学校でも、自治体によっては教育委員会が「教員による医療的ケアの対応を認めない」「気管切開・人工呼吸管理をしている児童・生徒は、本人の健康状態に関わらず通学を認めない」「気管カニューレが抜けても、緊急避難としての再挿入はせず、救急車を呼ぶ」と厳密に規定し、当初の通知の主旨が忘れ去られたように、当事者を排除する方向に進みつつあります。
 当事者の、ひとりの子ども・ひとりの人間として当たり前で安全な暮らしを実現するために、私たちは、引き続き、本人・家族が在宅で実施しているケアについては、「医行為」ではなく「生活支援行為」として認められるように求めていきたいと思っていますし、たくさんのみなさんに、この問題を一緒に考えていただきたいと思います。

■私たちが目指すべき方向とは

 このように、震災をきっかけに浮かび上がった課題は、まさしく、この20年間、バクバクっ子たちの当たり前の暮らしを阻み、私たちが危機感を持って改善を訴えてきた障壁そのものでした。今回の震災をめぐって、当初から、国や電力会社の説明の中で、何度も「想定外」の天災という言葉が使われました。けれども、少なくとも、難病や重度障害の人たちの命が、命からがら難を逃れたにも関わらず、震災後もなお、危険にさらされ続けているのは、「想定内」のことが放置し続けられてきた帰結だとは言えないでしょうか。
 国連障害者権利条約批准を目指し、障害者に関する制度の抜本的な見直しについて話し合うために昨年1月から始まった内閣府の「障がい者制度改革推進会議」の目標は、障害者の定義を個人の問題として心身の機能に注目する「医学モデル」であったものを、社会参加を難しくしている社会の側の問題を重視し、必要な支援を把握する「社会モデル」への転換を図り、制度の谷間を作らず、どんな障害があっても、当たり前に地域で暮らせるようなインクルーシブ社会を目指そうというものでした。
残念ながら、4月22日に閣議決定され衆議院に送付された「障害者基本法改正案」は、障がい者制度改革推進会議がまとめた「第二次意見」を十分反映したものとは言えませんでした。けれども、今回の震災は、誰もが安心して暮らせるためにはどうあるべきかという大きな宿題を、私たち国民に突き付け、障がい者制度改革推進会議でも、改正案が国会審議の中で少しでもよくなるように働きかけようと、災害時や緊急時の対応を含めた議論が始まっています。
 世間では、人工呼吸器や胃ろうに頼って生きている人たちを指して「あんなにまでして生きていて幸せなのか」と語られることがあります。昨今では、専門家の間でも、難病や重度障害の人たちの治療の不開始や延命中止について議論されています。けれども、人工呼吸器も医療的ケアも元気に生きるための手立てなのです。それらが必要な人たちが安心して暮らしていけるための施策について知恵を出し合わずして、「あんな状態で生きていくことは不幸だろう。」と決めつけた議論にすり替えられて行く先の社会は、私たちが望む社会でしょうか。
私たちは、これからも、あきらめずに、バクバクっ子たちとともに、普段から誰もが安心して暮らせるような社会となるよう、たくさんの人とつながり、意見を届けていきたいと思っています。


UP:20110827 REV:20110828
人工呼吸器をつけた子の親の会「バクバクの会」  ◇災害と障害者・病者:東日本大震災  ◇「医療的ケア」  ◇生存・生活 
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