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公開インタビュー「人工呼吸器をつけた子の親の会〈バクバクの会〉の成り立ちと現在」
「第二部 バクバクっ子による報告」平本歩さんの発表原稿

平本 歩 20110727 

last update:20110823

公開インタビュー「人工呼吸器をつけた子の親の会〈バクバクの会〉の成り立ちと現在」 平本歩さんの発表原稿


 こんにちは。バクバクの会編集長 平本歩です。25歳です。生後2ヶ月の時に入院し、6ヶ月の時に人工呼吸器をつけました。4歳の時に在宅し、地域の保育園・小学校・中学校・高校と通いました。大学受験をしましたが失敗しました。5年前に主な介護者だった父が亡くなり、今はほぼ毎日ヘルパーさんと過ごしています。
 小学校・中学校では、籍は障害児学級籍でしたが、全ての活動は普通学級で行いました。常に、障害児学級の先生がついて、授業のサポートをしてくれました。高校には障害児学級籍がなかったので、全て普通学級でした。私には常に痰の吸引等のケアが必要だったので、父が小学校〜高校までの12年間、学校に付き添っていました。
 地域での教育の「良さ」とは何かということですが、友達と通学できたこと、友達と遊んだり勉強できたことだと思います。今でも、小学校の時の友達とメールをしています。低学年の頃は、友達が私のところにたくさん来てくれたので、とても楽しかったです。今でも、仲のいい先生とメールしたり、道で会うと声をかけてくれるので、地域の学校に行ってよかったなと思います。

 次に、保育園の講師になった経緯と内容について答えます。
 ボランティアではなく、今は講師として行っています。2005年から5年間、卒園した保育園に月1回ボランティアに行っていました。5年間ボランティアに行っていて、私にも何かできないかなと思い、園長先生に「働かせて下さい!」とお願いしました。そして、昨年4月から講師として行っています。
 保育園では、ピアニカを園児達に聞かせてあげたり、園児達と一緒に絵を描いたりしています。例えば、父の日のために、父の絵を描く日がありました。私は、どんなふうに絵を描くかというと、ヘルパーさんに手を持ってもらって、私がわずかに手を動かして、ペンや絵の具で描きます。園児達は、絵を見て「上手やな。」、「うわ、下手くそ」、「気持ち悪い」と意見はいろいろ。私的には、上手に描けたのになと思いましたが…。
 鬼ごっこの時。「歩お姉さんは走れないから、歩いたほうがいいと思う。」と、園児達が遊び方を工夫してくれました。
 私は声が出ないので、文字盤で会話をしています。最初は、「歩お姉さんって声が出ないのに、どうやってお話するの?」と園児が聞くと、私は、「文字盤でお話するんやで」と答えます。ヘルパーさんが文字盤しているのを見て、中には、「私も文字盤したい!」と文字盤をしてくれる園児もいます。私が舌を動かして「文字盤して」と言っていると、ヘルパーさんより先に園児達が、「文字盤してって言うてるで」と教えてくれます。今の仕事が楽しいので、これからも、講師を続けていきたいです。

 今までに、新幹線に乗る時、「電源を使うなら承諾書を書け」と言われたり、大阪市バスに乗る時も、「ストレッチャーやから大きいし、他のお客さんの迷惑になるから」と乗車拒否をされ、とても嫌でした。新幹線の問題については国土交通省と話し合いをして解決し、大阪市バスの問題については大阪市交通局と話し合いをし、実車研修もして、「今後も市バスに乗っても良い」ということで、解決しました。
 しかし、入院中はヘルパーが使えない、泊を伴う講演に行く時、3人体制にはできない等、まだまだ解決できていない問題がたくさんあります。
 私は、家用と外出用の2台呼吸器を持っています。1台はレンタルですが、もう1台は自費です。1年に1回メンテナンスがありますが、そのお金だけで12万円、物品だけでも1万円を越える場合があり、貧乏の私にはとてもきついので、2台レンタルしてもらえるような活動をしていきたいです。
 父が亡くなる直前、私に「自立に向かって邁進せよ。」という遺言を残してくれました。一人暮らしするために、今年5月、実家の近くにある市営住宅を申し込みました。しかし、そこは単身不可でした。申し込みの時に、住宅管理センターに、ヘルパーさんが常時2人いるから3人で生活すること、物品や医療器具等の写真を撮って、これだけ物がいることを説明したら、受け付けてくれました。結局、抽選が外れ、残念な結果になってしまいました。でもめげずに、6月下旬から、家探しを始めました。4つの不動産屋を回りました。4軒家を見に行きました。家を見に行く前も、私がネットで探したり、不動産屋さんが何十軒も電話して探してくれたり、ここの家がいいなと思っていても、障害者やからと大家さんに断られたり、大家さんがいいよと言ってくれても、見に行ってみると間口が狭かったり…と、家探しは簡単ではありませんでした。が、つい最近、いい家が見つかり、来月から契約する予定です。楽しく生活できたらいいなと思います。
 これからの目標として、医療的ケアは、ヘルパーさんや事業所ができないというところが多いので、研修すれば、医療的ケアは誰でもできるということを、社会に訴えていきたいです。




*作成:八木 慎一
UP: 20110823 REV:
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